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【講演】未踏の領域にさらに踏み込む中央銀行

日本外国特派員協会における講演

日本銀行政策委員会審議委員 宮尾 龍蔵
2013年5月28日

目次

1.はじめに

本日は日本外国特派員協会でお話する機会を頂き、大変光栄であり、嬉しく思っています。世界金融危機を経て5年近くが経過し、先進国の中央銀行による非伝統的な金融政策の取組みが続いています。去る4月、日本銀行は「量的・質的金融緩和(Quantitative and Qualitative Monetary Easing:QQE)」を導入し、未踏の領域にさらに踏み込む決断を行いました。

多くの中央銀行は、物価安定を通じて経済の持続的成長に貢献するため、積極的な緩和政策を推進しています。積極果敢な措置は財政政策との境界領域にも及んできており、金融システムの安定を目指す面での役割も格段に増してきています。

現代の中央銀行には、物価の安定と金融システム安定の確保にむけて、これまで以上に大きな役割と説明責任が課せられ、果断かつ細心の舵取りが期待されています。この講演では、未踏の領域にさらに踏み込む日本銀行の金融政策について述べたいと思います。

2.経済・物価情勢と2%物価安定目標への道筋

では、足もとの経済・物価情勢と先行きの中心的な見通しについて、全体感から説明します。

まず景気についてですが、わが国の景気は、持ち直しつつあります。公共投資は増加を続けています。住宅投資は持ち直し傾向にあり、個人消費も底堅さを増しています。輸出や生産は下げ止まっており、設備投資も下げ止まりつつあります。先行きについては、金融緩和や各種経済対策の効果から国内需要が底堅く推移し、海外経済の成長率が次第に高まっていくことなどを背景に、本年中ごろには緩やかな回復経路に復していくと考えられます。その後は、生産・所得・支出の好循環が維持されるもとで、基調的には潜在成長率を上回る成長を続けるとみています。

物価については、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、このところゼロ%ないし小幅のマイナスが続いていますが、先行きは、マクロ的な需給バランスの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを反映して上昇傾向をたどり、見通し期間(3年間)の後半にかけて、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いと見ています(図表1)。

以上の全体感を踏まえて、2%の目標を達成する具体的な道筋として、私自身は、次の6つのステップに整理して考えています(図表2)。

まず、(1)海外経済の持ち直しは、わが国の輸出・生産の回復基調を後押しし、企業収益を高めます。(2)基調的なリスクオン(リスクに対して前向きな状態)の継続と米国長期金利の緩やかな上昇により、さらには日本銀行の強力な緩和策により、資産価格などを含む金融環境は緩和した状態が強まっていきます。(3)それらは企業の設備投資や構造変革など前向きな動きを後押しし、潜在成長率の緩やかな上昇をもたらします。(4)持続的な景気回復期待のもと、家計の消費支出も堅調に推移し、需給ギャップの改善を伴いつつ物価は徐々に上昇します。(5)この間、人々のインフレ予想も徐々に高まり、こうしたもとで、2014年度には1%を上回る物価上昇率を実現します。(6)その後も、(1)から(5)の好循環メカニズムが維持される下で景気回復は持続し、人々のインフレ予想と中長期的なトレンド・インフレ率(アンカー)は2%へ向けて徐々に高まっていきます。以上の結果、実際の物価上昇率も上昇を続け、2%の物価安定目標に近づいていくとみられます。

このように、2%の目標は、持続的な景気回復を伴いながらバランス良く物価が上昇していくという形で達成されると考えます。なお、インフレ率の動向にとって鍵を握る人々の予想インフレ率は、現実のインフレ率、景気回復期待、そして中長期的なトレンド・インフレ率(アンカー)の3つの要因で決まってくるとみられます。上記(5)あるいは(6)のステップでは、足もとのインフレ率の実績が徐々に高まり、景気回復期待も着実に高まることで、人々のインフレ予想が立ち上がることが重要です。そのうえで、実績が1%を超えてさらに高まっていけば、それに加えて人々が認識するアンカーも高まっていくとみているのです。

3.量的・質的金融緩和

(1)概要と特徴

去る4月、日本銀行は量的・質的金融緩和を導入しました。これは、2%の物価安定目標を、2年程度の期間を念頭に、できるだけ早期に実現するために必要な措置であり、日本銀行の極めて強い緩和姿勢を示す政策です。

全体のバランスシート規模(すなわち量)の面では、金融市場調節の操作目標を、従来の無担保コールレート・オーバーナイト物からマネタリーベースに変更し、年間60-70兆円に相当するペースで拡大していきます。一方、バランスシートの資産側に計上される買入れ資産(つまり質)の面では、長期国債の買入れを拡大し、買入れ国債の年限も長期化しました。すなわち、長期国債の保有残高が年間50兆円に相当するペースで増加する大規模な買入れを行うとともに、買入れの平均残存期間を7年程度へと長期化しました。またETF、J-REITといったリスク性資産の買入れも思い切って増額しました。

今回の新たな枠組みには大きな特徴があります。第1に、バランスシートの量と質の両面から、相当に踏み込んだということです。第2に、戦力の逐次投入はせず、デフレ脱却に必要な施策をすべて講じました。そして、第3に、量的・質的金融緩和の継続について、2%の物価安定目標を安定的に持続するために必要な時点まで継続することとし、政策目標と関連づける形で強力な量的・質的緩和の継続を約束しています。

付言すれば、それは柔軟なインフレ目標政策の枠組みのもとで実施されるという点です。インフレ目標を掲げる他の多くの中央銀行がそうであるように、物価安定目標は、景気回復を伴ってバランス良く実現されるものであり、どんな犠牲を払っても2%のインフレ率だけを達成すれば良いといった硬直的な政策運営を行う枠組みではありません。また、「2%」と目標をピンポイントで示していますが、ここから少しのずれも許容しないということではなく、平均的かつ安定的に維持されるよう運営されるべきものです。

(2)長期金利の経路

量的・質的金融緩和は、長めの金利および資産価格へ働きかけること、ポートフォリオ調整やインフレ予想に働きかけることを重要な波及経路として考えています(図表3)。

ここで今回の措置がもたらす長期金利への影響について、改めて整理しておきましょう。まず第1に、長期国債買入れにより、市場で流通している国債を吸収することから、先行きの国債金利にはタームプレミアム部分に下落圧力がかかり続けます。第2に、上記の道筋で示したように、今後、景気回復期待ならびにインフレ予想が高まってくることで、長期金利のベースとなる予想短期金利の部分(将来の短期金利の予想経路)が徐々に高まってきます。米国など海外経済の順調な回復と海外の長期金利上昇の影響を受けて、わが国の長期金利に上昇圧力がかかることも、同じく予想短期金利部分の上昇と解釈できます。

今後の長期金利の経路には、政策措置とその効果により、また外部環境の変化により、上下両方向の力が加わりながら推移していくものとみられます。そこでのポイントは、景気回復期待などから長期金利に上昇圧力がかかる局面でもなお、金融政策の面から金利に下押し圧力をかけ続けることで、景気回復をさらに強力にサポートしていくという点です。景気回復期待やインフレ期待が着実に高まってくるもとで、量的・質的緩和を継続すれば景気刺激効果はさらに高まっていくため、その効果を十分念頭におく必要があります。

この間、長期金利は、米欧長期金利の上昇や本邦株価の上昇などを背景に上昇する局面もみられていますが、日本銀行としては、債券市場の動きを丹念に点検し、市場参加者と密接な意見交換を行いつつ、必要に応じて、買入れ頻度やペース、買入れ対象の調整をするなど、政策効果の浸透を促すため、弾力的なオペ運用を行っているところです。

なお、将来的な長期金利の経路を考える際には、財政リスクプレミアムの高まりによる、意図せざる悪い金利上昇は避けなければなりません。政府による財政健全化へ向けた取組みは、国際的にも動向が注目されており、着実に進展させることが強く期待されます。

付言すると、悪い金利上昇のリスクを抑制するためにより根本的に必要なのは、経済の規制・制度改革など、経済全体の実力を高める方策を前に進めて、わが国経済への信認を常に向上させることです。今後の極めて緩和的な金融環境を成長へとつなげるためにも、規制・制度改革や貿易政策などを通じて、民間部門のアニマルスピリットを一段と強力に後押しすることが重要です。

また、異例の緩和策に伴って、その出口政策の過程では相応の時間がかかることが予想されます。まだ具体的な計画を議論する時期ではありませんが、今後、必要な時期がくれば、当然のことながら、市場が予測可能な形でのスムーズな戦略をデザインしていかなければなりません。この点、Fedでは出口に関する基本的な計画についての検討を進めており、対外的な情報発信にも注力しています。重要なことは、長短金利が全体として安定的な経路に沿って推移することであり、丁寧な情報発信を通じて、先行きの経済物価情勢や政策運営に対する市場の予測可能性を高めることです。そういう将来の課題も、しっかりと念頭におきながら、適切な政策運営を心掛けてまいります。

(3)先行きのリスク

先行きの経済・物価情勢には、海外経済情勢、国際資本市場動向、内外の政策運営、民間部門の経済行動など、上下双方向にさまざまなリスクが考えられます。今後、仮にそれらのリスクが顕在化する場合には、その大きさや持続性などを総合的に判断し、必要な調整を行ってまいります。

重要なのは、先行きの政策運営として、2%目標を安定的に達成するために必要な時点まで量的・質的緩和を継続するという強い姿勢を約束しているという点です。この約束により、たとえば仮に下方リスクが顕在化して景気・物価の見通しが下振れる場合には、市場参加者は、目標の達成時期が後ずれすると予想するため、それだけ量的・質的緩和の継続期間が延び、長期国債など資産買入総額は増加すると予想します。その結果、緩和は強化され、長めの金利や資産価格などへの働きかけが一段と強まるため、物価安定目標がより早く実現する方向に作用します。上振れリスクが顕在化する場合には、逆のメカニズムが働きます。このように、物価安定目標と関連付けて量的・質的緩和の継続にコミットすることには、上下双方向のリスクの影響を軽減し、経済や時間軸を安定化する「自動安定化メカニズム」もビルトインされているのです。

4.わが国の「量的緩和政策」の経験

(1)量的緩和政策をどう評価するか

わが国の量的緩和政策は、2001年から2006年にかけて実施された、非伝統的な金融緩和政策の先駆けとも言える政策枠組みです。量的指標として、バランスシートの負債側にある日銀当座預金残高が対象となり、その規模は、開始時の5兆円程度から35兆円程度まで順次拡大されました。一方、資産側では、当初長期国債買入れの増額が実施され、その後は資金供給オペ手段を多様化することで日銀当座預金の積み上げが図られました。なお、プルーデンス政策との位置付けではありますが、金融システム不安への対応措置として、リスク性資産の買入れ(銀行保有株の買入れ)も実施されました。そして、量的緩和政策の枠組みは、消費者物価上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで続けることも約束されました(コミットメント)。

この量的緩和政策の効果としては、2006年時点の実証研究のサーベイ(鵜飼2006)によれば、政策継続へのコミットメントが予想短期金利の経路を通じて短中期ゾーンの金利低下に寄与した効果があったと要約されています。一方で、量的なバランスシート拡大、ならびに長期国債買入れなどの資産サイドの変化(質の面)については、それぞれについて、ポートフォリオ・リバランスを通じた効果、予想短期金利を通じた効果(シグナル効果)とも、結果はまちまちであったと報告されています。ただし、これらはいずれも、金融環境をどれだけ緩和的な方向に変化させたかという金融市場での評価に止まっており、より重要な、最終的な景気・物価への効果については、当時の実証研究ではまだ明確に確認されていませんでした。1

その後、量的緩和政策の実証研究は、金融環境への効果、そして景気・物価へのマクロ経済効果に関する検証が徐々に進められてきました。2最終的な景気・物価まで分析した研究はまだ数多くはありませんが、これまでの実証結果を要約すると、実体経済に対して特に株価のルートを中心に正の効果をもたらすという結果が示されてきています(Honda et al.(2007)、Shibamoto and Tachibana(2013))。

なお、量的緩和政策の効果を議論する場合に、量の面(日銀当座預金を通じたマネタリーべース/バランスシートの拡大)、質の面(長期国債買入れなど資産サイドの変化)、さらには緩和継続へのコミットメントを通じて長めの金利に働きかける面(時間軸効果)、それぞれを厳密に区別して効果を検証することは、本来難しいものと考えられます。なぜなら、量全体の拡大は、当然資産サイドの変化を伴います。また、たとえば長期国債買入れが長めの金利に働きかける場合、タームプレミアム部分の低下と予想短期金利の低下(シグナル効果)の両方の可能性があり、後者はコミットメントによる時間軸効果と重なってきます。量・質・コミットメント、それらを個別に分解して議論するよりも、すべてを含んだ政策パッケージとして捉えて、全体の効果を検証する視点が重要であり、それは特に最終的なマクロ経済効果の分析において必要であると考えます。

  1. もっとも、金融機関の資金繰り不安を回避し、金融システムの安定化を図ることを通じて、景気・物価のさらなる悪化を防いだ効果は大きかったと見られています。
  2. 金融環境への効果を分析した最近の研究として、たとえばUeda(2013)は、イベントスタディを実施して、政策変化がもたらす2カ月ウインドウの効果を検証しています。その結果、量的緩和政策の導入当初に実施された長期国債買入れ増額を伴う量の拡大は、株価や為替レートなどに有意な効果がみられるが、国債買入れ増額を伴わない量の拡大には有意な効果は検出されない、という結果を報告しています。一方、最終的な景気・物価への効果の検証としては、Honda-Kuroki-Tachibana(2007)による時系列アプローチに基づく検証がよく知られており、最近の研究としてはKimura-Nakajima(2013)、Shibamoto-Tachibana(2013)などがあります。

(2)量的緩和政策のマクロ経済効果:時系列アプローチに基づく検証

ここでは、最近の実証研究の進展なども踏まえて、量的緩和政策のマクロ経済効果について、金融政策の効果を検証する計量手法としてしばしば用いられる時系列アプローチに基づき、私自身が行った分析結果を紹介したいと思います。以下で示すものは、あくまでも1つの暫定的な実証結果であることを強調しておきます。

ここで用いる分析手法の概要ならびに実証結果の詳細については、巻末の付論をご覧ください。ベースとなるモデルには、生産、マネタリーベース、株価、為替レート、それに物価上昇率を用います。

分析期間としては、(1)2001年3月−2006年3月(量的緩和政策の実施期間)、(2)2001年3月−2007年3月((1)のサンプル終期を1年延長)、(3)2002年3月−2007年3月((2)のサンプル始期を1年短縮)を用いました。(2)の狙いは、出口が近づくにつれて緩和効果が高まる可能性を念頭においたもので、サンプルを延長して(1)と比較することで、量的緩和政策の終盤期における政策効果について調べることができます。(3)では、開始から1年程度の期間、量的拡大には長期国債買入れ増額が伴っていたことから、(2)と比べることで、長期国債買入れに代表される資産サイドの変化(つまり質の面)が政策効果に違いをもたらすかどうか分析できます。3

主要な実証結果は、以下のように要約できます。

  1. (イ)マネタリーベースの外生的な増加ショックは、生産、株価に対してプラス、為替レートにマイナス(円安)の効果を及ぼす。ただし、それらの効果は相応の不確実性が伴う。
  2. (ロ)物価上昇率に対しては、(2)の延長されたサンプル期間について、プラスの効果が得られた(ただし、それ以外のサンプルでは、効果は明確ではなかった)。
  3. (ハ)(1)と(2)のサンプルを比較すると、生産に対して、(2)の方が効果は大きくかつ持続的で、統計的にも有意な結果が得られた。量的緩和の終盤にかけて、より大きな効果を発揮した可能性を示唆している。
  4. (二)(2)と(3)のサンプルを比較すると、(3)の方が生産に対する効果が小さい。量的緩和当初の時期では、長期国債の買入れ増額を伴っており、金融システム不安も高まっていたことから、導入当初における質の面の効果がより顕著であった可能性を示唆している。

以上のように、全体として量的緩和政策は、景気(ここでは生産)に対して相応の効果があり、その際、資産価格(株価および為替レート)を通じた波及ルートが機能していたことがみて取れます。一方で、物価に対する効果は、景気への効果ほど明確ではありませんでした。これは、政策による景気の改善に対して、物価の反応はそれほど大きくはない、つまりこの間のフィリップス曲線の傾きはより緩やかであると解釈できます。

ここに示されたのは、推計期間における外生的なマネタリーベースの増加がもたらす効果ですが、それは純粋な量だけの効果というよりは、その間に起こった資産サイドの変化(長期国債の買入れ増加、銀行保有株買取など)やそれを通じた金融システム安定化の効果、出口が意識される終盤期にかけて強まるコミットメント効果など、政策パッケージ全体の効果であると理解されるべきものです。

なお、繰り返しになりますが、以上の結果ならびに解釈は、あくまでも暫定的なものであり、また推定結果には相応の不確実性が伴っていることに十分留意する必要があります。

  1. 3ここで、(3)の期間の終期を2006年3月として、(1)の結果と比べることも可能です。もっともその場合には、サンプル数が減少し、実証結果の標準誤差がより大きくなるという問題が生じます。ここでは、できるだけサンプル数を確保して、より正確な推定に基づき比較を行う観点から、(2)と(3)の推計結果を比較することにしました。

(3)量的・質的金融緩和への意味合い

以上の暫定的な分析結果を踏まえ、わが国の量的緩和政策の経験は、今般実施した量的・質的金融緩和のパフォーマンスに対して、どのような意味合いを持つでしょうか。

量的緩和政策当時の経済情勢を振り返ると、後半期にかけて(2003年以降)、次のような好循環が実現しました。すなわち、この時期、銀行の不良債権問題、金融システム不安に概ね目途がつく中、海外経済の力強い回復という追い風を受け、企業の「3つの過剰(雇用、設備、債務)」の解消へ向けた調整、構造変革や新規の投資支出などの取組みが進みました。その動きを、当時の量的緩和政策や為替政策が金融面から強力にサポートして、景気は息長く回復し、需給ギャップもプラスへと浮上しました。物価上昇率は徐々にマイナス幅を縮小し、中長期的なトレンド・インフレ率も明確に上昇しました。すなわち、海外経済の回復、強力な金融緩和、構造改革の進展と潜在成長率の高まり、持続的な景気回復、中長期的なインフレ見通しの上昇などの好循環メカニズムを2003年−2006年の時期に経験したのです(図表4〜図表6、実線囲み部分)。

量的・質的金融緩和は、量的緩和政策と比べても、量・質の両面において、はるかに大規模かつドラスティックな緩和措置です。また、回復に向かう内外の経済情勢とその好循環メカニズムの展望について、当時と重なる部分も多いとみられます。したがって、現在の量的・質的緩和には、包括緩和期からの累積的な効果とともに、今後の経済・物価見通しで想定されている中心シナリオ——すなわち、2003−2006年の時期にみられたのと同様の好循環メカニズムのもとで物価安定目標を達成していく道筋——を金融面から一層強力にサポートすると考えられます。

また当時とは異なり、現在は物価安定目標を2%として明確に掲げ、その早期実現に必要と考えられる施策をすべて講じることで、目標実現へ向けた極めて強い姿勢を示しています。そのうえで、この措置を、2%目標を安定的に持続するために必要な時点まで継続することにコミットしています。したがって、人々のインフレ予想が立ち上がるメカニズムについても、当時より強く作用すると期待されるのです。

5.おわりに

過去2・3年のわが国経済は、海外経済減速の長期化、国際金融市場のリスク回避傾向と持続的な円高などを背景に、全般的に委縮した状態が続いていました。強い先行き不透明感のもとで、企業は守りを固めることに注力し、設備投資など前向きな取組みに対しても慎重姿勢を続けてきたとみられます。

しかし、日本の多くの企業は、そもそも厳しい逆風に耐える底力があります。事実、100年以上存続する企業が20,000社以上あると報告されており、数多くの企業が、外部環境の変化に即応して事業構造を転換し、ビジネスを継続してきました。日本企業が、持てる技術と知恵を結集して、国内外で高い付加価値を創出し、成長する力は健在です。そして、海外経済情勢やマーケット環境が好転するなかで、企業が本来のアニマルスピリットを発揮する環境がようやく整ってきたと考えます。

日本銀行は、こうした実体経済の担い手を金融面から強力にサポートし、物価安定を通じた経済の持続的成長に貢献するため、量的・質的金融緩和を決断しました。未踏の領域にさらに奥深く進み、政策の舵取りにはこれまで以上に大きな役割と説明責任が求められます。今後とも、適切な情勢判断と政策運営に一層注力してまいります。

本日はご清聴ありがとうございました。

付論 量的緩和政策のマクロ経済効果:実証分析の概要

日本の量的緩和政策のマクロ経済効果に関して、時系列アプローチ(ベクトル自己回帰モデル)に基づき検証を行いました。この付論では、実証分析の概要を説明します。

背景

経済変数間の多様な相互依存関係は、一般に連立方程式体系で表現されます。そこで、モデル内部で決定される主要な経済変数(たとえば景気、物価、マネー、資産価格など)が、外部要因の変化(たとえば金融政策の変化)によってどのような影響を受けるかを分析します。

時系列アプローチは、伝統的な大規模計量モデルとともに、政策効果の検証に用いられる主要な分析アプローチの1つであり、比較的小規模のモデルのもとで、より少ない識別制約によって検証できるという特徴があります。わが国の量的緩和政策に関するマクロ実証分析においても、この時系列モデルが中心ツールとして使われてきました(Honda et al.(2007)など)。4

  1. 4マクロ経済効果を検証する手法としては、時系列アプローチに加えて、既存の計量モデルに金融変数の動きを挿入する「プラグイン」アプローチ、動学的確率一般均衡モデルによる検証なども試みられています(Chung et al.(2012)、Chen et al.(2012)など)。

分析の概要

基本モデルは、鉱工業生産(y)、マネタリーベース(MB)、名目実効為替レート(e)、日経平均株価(pk)の4変数、および消費者物価インフレ率(π)を加えた5変数から成るベクトル自己回帰(Vector autoregression:VAR)モデルに基づきます。各変数は、インフレ率を除き、いずれも対数値を取り、月次データを利用します。5

サンプル期間は、(1)2001年3月−2006年3月、(2)2001年3月−2007年3月、(3)2002年3月−2007年3月です。モデルのラグ次数は4期を想定します。

マネタリーベースの外生的な変化を、標準的なリカーシブ制約に基づき、金融政策ショックとして識別します。

 分析の手続きは、上記の4変数もしくは5変数の誘導形モデルの推計を行い、構造モデル識別のための制約条件を課して、構造モデルを推定します。そして、識別されるマネタリーベース・ショックの1単位の増加(1%変化)が、モデル内の変数に対して、時間を通じてどのような効果を及ぼすか—動学的な効果—を推定します。それは、マネタリーベース・ショックの各変数に及ぼすインパルス反応関数として求められます。

  1. 5各データの詳細は以下のとおり。鉱工業生産指数(季節調整済、出所:経済産業省)。 マネタリーベース(準備率調整後、平均残高、季節調整済、出所:日本銀行ホームページ)。名目実効為替レート(出所:日本銀行ホームページ)、日経平均株価(月中平均、出所:Bloomberg)、消費者物価インフレ率(前年比上昇率、食料・エネルギー除く総合、出所:総務省)。

実証結果

 付図表1、2には、マネタリーベース・ショックが各変数に及ぼす動学的効果、すなわちインパルス反応の推定値が報告されています。図の実線は、インパルス反応の点推定値、点線は1標準誤差バンド(68%信頼区間)を表します。

推計されたインパルス反応をみると、マネタリーベースの外生的な増加により、生産は増加、株価は上昇、為替は減価するとの結果が得られました。ただし、標準誤差バンドの幅は相応に広く、信頼区間に0が含まれているものも見られます。従って、推定された効果には相応に不確実性が伴うことに留意する必要があります。

またインフレ率に対しては、(2)のサンプル期間について、ある程度有意なプラス効果が検出されました(付図表2の中央列・最下段)。もっとも、それ以外のサンプルでは、効果は限定的でした。

3つのサンプル期間を比較すると、全体として、(2)の期間に基づく効果(点推定値)が最も大きくかつ持続的であり、とりわけ生産に対して、統計的に有意な結果が得られました。

追加的な検証

上記の基本モデルに加えて、いくつか異なる特定化に基づいた追加分析(異なる変数、サンプル期間、ラグ次数、識別制約など)を行い、実証結果の頑健性について検証を行いました。

すなわち、(i)マネタリーベースに代えて、日銀当座預金を用いる。(ii)当時の金融経済情勢にとって重要と思われる他の変数を追加する(4変数モデルにそれぞれを追加):米国株価、日米金利差(2年債、10年債)、長期金利、純輸出、実質設備投資、潜在産出量など。6(iii)別のサンプル期間を用いる:2001年3月−2008年3月、2002年3月−2008年3月。(iv)別のラグ次数を用いる(6期あるいは8期)。(v)別の識別制約を想定する7、といった追加検証です。

以上の追加検証の結果、総じて同様の分析結果が得られ、上記の実証結果が相応に頑健であることが確認されました。

  1. 6各変数を4変数モデルの最後に追加して5変数モデルとし、リカーシブ制約に基づき推計しました。データの概要は以下の通り。米国株価はダウ平均指数(月中平均)。日米金利差は米国国債金利−日本国債金利(2年債利回り、10年債利回り、それぞれについて日米の金利差を導出)。長期金利は10年債金利。純輸出、設備投資支出は実質四半期データ(内閣府GDP統計)を線形補完した月次データ。潜在産出量は生産関数アプローチに基づき筆者推計(四半期データを線形補完により月次データに変換)。金利変数以外はすべて対数値。
  2. 7ここでは、リカーシブ制約を維持したもとでモデルの変数の順序を変更する、あるいはモデルに別の非リカーシブ制約を想定したもとで、追加検証を行いました。前者では、変数順序を変更して次の5変数モデルを推計しました:(y,e, pk, MB, π)、(MB, e, pk, y, π)、(e, pk, MB, y, π)。後者では、基本の5変数モデルのもと、株価ショックあるいはインフレ率ショックがMBに対して同時点に影響を及ぼすことを容認し(つまりMBの政策反応にこれらの同時点制約を課さない)、そのうえでMBショックあるいは為替ショックはインフレ率に対して同時点に影響を及ぼさない(同時点制約を追加)と想定し、推計を行いました。

参考文献

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  • Honda,Yuzo, Yoshihiro Kuroki and Minoru Tachibana (2007), "An Injection of Base Money at Zero Interest Rates: Empirical Evidence from the Japanese Experience 2001-2006," Discussion Paper No.07-08, OSIPP, Osaka University, March 2007.
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