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【講演】デフレ脱却の目指すもの

日本経済団体連合会審議員会における講演

日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年12月25日

目次

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、わが国経済界を代表する皆様の前でお話し申し上げる機会を賜り、誠に光栄に存じます。

今年も残すところ1週間となりました。今年の日本経済を振り返りますと、金融・財政両面での政策効果もあって、順調な回復経路をたどってきました(図表1)。実質GDPの成長率は、本年入り後、平均すると前期比年率+3%と、ゼロ%台半ばとみられる潜在成長率を大きく上回る伸びを続けました。先週公表した短観の企業の業況感をみても、本年入り後、明確な改善を続けており、全産業・全規模でみてリーマン・ショック前のピークまで回復しています。

今年は、物価面でも、好転の動きが続いてきました(図表2)。生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、6月にプラスに転じたあと、10月には+0.9%までプラス幅を拡大しており、年内には+1%を若干上回る可能性が高いとみています。物価上昇の中身をみても、石油製品などのエネルギー関連価格の押し上げだけでなく、経済のマクロ的な需給バランスが改善するもとで、幅広い品目に改善の動きが拡がっています。このことは、食料・エネルギーを除く消費者物価の前年比をみても、10月には+0.3%と、1998年8月以来15年ぶりのプラス幅となっていることにも表れています。

日本銀行は、早期のデフレ脱却を目指し、本年4月に「量的・質的金融緩和」を導入しました。本日は、今年の締めくくりに当たって、やや中長期的な観点から、わが国経済の歩みを振り返りつつ、デフレ脱却によってどのような経済・社会を目指していくのかについて、私の考え方を申し述べたいと思います。

2.デフレの問題

デフレという言葉は、一般的には「物価が持続的に下落する状態」を指すものと理解されます。日本経済は、90年代後半以降、15年近くにわたってデフレが続いていることになります(図表3)。

この時期の日本経済を振り返ると、90年代後半には、不良債権問題、アジア通貨危機、2000年代に入ってからは、米国のITバブルの崩壊、リーマン・ショック、東日本大震災など、様々なネガティブなショックが襲いました。また、新興国からの安値輸入品の流入、規制緩和に伴い競争が激化する中での企業の低価格戦略、非正規雇用による賃金水準の引き下げといった、物価に対する直接的な下押し要因も数多く存在しました。デフレの原因を特定することは容易ではありませんが、重要なことは、デフレは景気低迷の「結果」であるとともに、それ自体が景気低迷の長期化をもたらす「原因」となったことです。すなわち、15年近くに及ぶデフレのもとで、日本経済には、「物価が上がらない」、あるいは「物価が緩やかに低下する」ことを前提とした体質が定着してしまったと言えます。

この点をもう少し詳しくご説明しましょう。まず、企業からみれば、デフレのもとでは、製品やサービスの価格を引き上げることができないため、売上高は伸びず、収益も上がりにくくなります。したがって、人件費や設備投資をできるだけ抑制することになります。一方、家計にとっては、賃金が上がらないため、消費を抑えることになります。また、将来、物価が下落するのであれば、消費をできるだけ先送りしようとする傾向が強まります。価格が下がってから買えばよいからです。このように、消費が抑制されれば、企業は価格の引き下げを余儀なくされます。こうして、価格の下落、売上・収益の減少、賃金の抑制、消費の低迷、価格の下落といった悪循環が続いていくことになります。

ここで重要なことは、企業も家計も、それぞれの主体は合理的に行動しているということです。それぞれの主体が合理的と考えられる行動を取っているにもかかわらず、全体として悪い結果に導かれるという状況を、経済学の用語では「合成の誤謬」あるいは「協調の失敗」と呼んでいます。90年代後半以降のわが国のデフレは、その典型例と言えます。

こうした点を、90年代以降のマクロ経済指標で確認してみましょう。名目ベースでみたGDPや雇用者所得は、97年をピークとする長期下落傾向から、いまだに抜け出すことが出来ていません(図表4)。すなわち、日本経済は、デフレのもとで、名目でみた経済活動は一貫して収縮してきたということです。こうした状況は、先進国では極めてまれなケースです。例えば、米国の名目GDPと雇用者所得をみると、リーマン・ショックによる一時的な落ち込みはあっても、長期の成長トレンドは維持されています。こうした中、わが国の企業は、価格競争の激化から、生産活動にかかるコストを販売価格に転嫁できない状況が続きました(図表5)。短観の価格判断をみると、90年代後半以降、販売価格DIが仕入価格DIを一貫して下回る状態が継続しています。価格転嫁の難しい理由として、多くの企業は、「競合他社との価格競争の激しさ」を挙げており、「合成の誤謬」ないし「協調の失敗」が生じている可能性がうかがわれます。この間、企業の中長期的な期待成長率は、90年代以降、長期にわたって低下トレンドをたどってきました(図表6)。さらに、2000年代半ばに企業収益が大きく増加した局面でも、名目ベースの期待成長率が実質ベースを下回って推移したという事実は、デフレ期待がいかにしつこいものかを物語っています。

金融面からみても、長引くデフレはわが国経済の活力を奪ってきました。第1に、デフレ期待が定着すると、名目金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利は高止まりします(図表7)。企業の設備投資の意思決定にとって重要なのは、名目ではなく実質金利の動向です。たとえ名目の借入金利が低下しても、趨勢的に価格の下落が続くと予想されれば、実質ベースでみた投資のコストは高まり、設備投資の意欲を減退させてしまいます。企業が、革新的なアイデアを技術や製品の形に具体化させるためには、新たな機械を導入したり、新たな工場を建設したりする必要がありますが、デフレのもとで実質金利が高止まりを続けたことは、企業が前向きな投資活動を行うインセンティブを削いできました。

第2に、デフレ期待が定着すると、現金や預金は金利がゼロないし極めて低い水準であっても、これらを保有していることが、相対的に有利な投資になります(図表8)。デフレは、株式や投資信託などリスク性資産の収益率を低下させる一方で、元本が保証される現金や預金の実質的な収益率を高める方向に作用します。こうしたもとで、日本の金融資本市場では、従来の安全志向も相俟って、リターン志向の強いリスク性の資金が不足し、金融面から企業の成長を後押しする力が弱まりました。

マクロ的にみた資金フローについても、デフレの悪循環が続く中で、それ以前とは大きく異なった姿になりました。まず、企業部門は、1990年代前半まで長らく投資が貯蓄を上回る「資金不足」主体でした。企業のイノベーションは経済成長の源泉であり、企業部門が資金調達を行い、設備投資や研究開発を行うのが通常の経済の状態です。ところが1990年代後半以降は、企業部門は、慢性的に貯蓄が投資を上回る「資金余剰」主体へと変貌しました。そして、企業部門は、毎年積み上がる貯蓄の多くを、安全で有利な運用手段である現預金へと振り向けてきました(図表9)。このことは、銀行部門の立場からみれば、預金というバランスシートの負債サイドが拡大することを意味しますが、企業の設備投資意欲が停滞する中にあって、資産サイドでなかなか貸出を増やすことができませんでした。したがって、銀行部門は、低い名目金利でも安全で確実なリターンを生む国債への投資を増加させてきました(図表10)。この間、政府部門は、税収の減少と度重なる景気対策の実施に加え、少子高齢化の進展に伴う社会保障負担の増加もあって、大幅な財政赤字を続けてきました。その結果、政府債務残高は累増してきましたが、銀行部門による旺盛な需要に支えられて、国債の発行は円滑に進んできました。

以上のように、デフレが長引くもとで、わが国の経済・社会システムは、物価が上がらないことを前提とした仕組みが定着していきました。先ほども申し上げた通り、個々の経済主体は合理的に行動しており、行動様式を変えるインセンティブを持たないという意味で、このデフレの状態は、ある種の均衡状態にあります。これが、「デフレ均衡」とも呼ばれる所以です。デフレ均衡は安定しているからこそ、長期化し、克服するのがますます難しくなってきたと言えます。しかし、このような均衡状態は、いつまでも続けられるものではありません。何より、新たなビジネスを創造していく企業の積極的なチャレンジがなければ、日本経済の長期的な発展は望めません。日本経済の将来のために、出来るだけ早くデフレから脱却し、「縮小均衡」を「拡大均衡」に転換していくことが必要なのです。

3.「量的・質的金融緩和」の考え方―「期待」の抜本的転換

それでは、どのようにすれば、デフレから脱却できるのでしょうか。これに対する日本銀行の答えが、本年4月に導入した「量的・質的金融緩和」に他なりません。

先ほど申し上げたように、デフレ問題の本質は、「物価が上がらない」ことを前提に行動することが、企業や家計にとって合理的となっている点にあります。こうした「デフレ均衡」から抜け出すためには、「物価が緩やかに上昇する」ことを前提に行動する方が、より合理的な選択となるような経済環境に転換する必要があります。「合成の誤謬」によるデフレのもとでは、一社だけで価格や賃金の引き上げを実施することは不利益になりますが、多くの企業が同時に価格や賃金の引き上げを行えば、経済全体にプラスに働く訳ですから、政策当局としては、そのように人々のマインドセットを転換できるような大胆な政策を打ち出さなければなりません。要するに、「デフレ均衡」下のゲームのルールを打ち破る必要があるのです。

そのために、日本銀行は、消費者物価上昇率2%という「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現すると、強く明確にコミットしました。あわせて、こうした強く明確なコミットメントを裏打ちするために、量・質ともに従来とは次元の異なった大胆な金融緩和を行うことにしました(図表11)。さらに、この「量的・質的金融緩和」は、2%の目標を安定的に持続するために必要な時点まで、継続することを約束しています。その過程においては、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行うこととしています。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現に対して、全面的にコミットしているのです。

具体的な金融緩和の手法としては、日本銀行の保有額が年間約50兆円増加するように国債の買入れを行い、マネタリーベースを2年間で2倍に拡大させることとしています(図表12)。2年後のマネタリーベースは、名目GDPの約60%に達します。これは、現在の米国のFRB(22%)や英国のイングランド銀行(22%)のケースを遥かに凌駕する規模であり、歴史的にも例のない金融緩和と言えます。

「量的・質的金融緩和」は、様々な波及経路を想定していますが、日本銀行のこれまでの金融緩和政策や、海外の主要中央銀行で実施されている金融緩和政策と大きく異なるのは、「期待の転換」を特に重視している点です。「量的・質的金融緩和」は、強く明確なコミットメントとそれを裏打ちする異次元の金融緩和によって、市場や経済主体の期待を抜本的に転換し、インフレ予想を直接的に引き上げることを目指しています。インフレ予想が高まり、「先行き物価が上がっていく」との認識が定着すれば、実質金利の低下やポートフォリオ・リバランスといったチャネルに伴う景気刺激効果も強化されます。すなわち、第1に、長期国債の買入れは、国債需給への直接的な働きかけを通じて、名目長期金利に対し低下圧力を及ぼしますが、インフレ予想の高まりが加われば、実質長期金利は一段と低下することになり、投資を刺激する効果は強くなります。第2に、インフレ予想が高まれば、現預金を保有することの相対的な魅力は低下するため、投資家や金融機関が、株式や外債等のリスク資産へ運用をシフトさせたり、貸出を増やしていくことが期待されます。

このように、期待への働きかけを重視する「量的・質的金融緩和」の効果波及ルートは、デフレ下で定着してしまった悪循環を、ちょうど逆回転させていくプロセスにほかなりません。日本銀行は、デフレ期待の払拭を起点として、価格の緩やかな上昇、売上・収益の増加、賃金の上昇、消費の活性化、価格の緩やかな上昇といった形で、経済の好循環が実現し、定着することを目指しているのです。

4.インフレ予想の引き上げ

このように、「量的・質的金融緩和」は、インフレ予想を引き上げることを重視していますが、政策的にインフレ予想を引き上げることの実現可能性については、市場関係者やエコノミストの方々の中にも、依然として懐疑的な見方が少なくないように思われます。もとより、中央銀行が人々や市場の期待を意のままに動かせるものではないことは十分に承知していますが、ここでは、2つの点を指摘しておきたいと思います。

第1に、内外の歴史を振り返ると、人々のインフレ予想が短期間で大きく変化した事例は多くはないのは事実ですが、それらはいずれも、政策当局が強い覚悟で行った大胆な政策転換に裏付けられているということです。例えば、1930年代の米国の大恐慌では、ルーズベルト大統領は、デフレ脱却に向けた強い決意を明確に示し、「ニュー・ディール政策」を実行しました(図表13)。これにより、比較的短期間のうちにインフレ予想はシフトアップし、大恐慌に伴う激しいデフレは収束しました。同時期のわが国でも、「高橋財政」と呼ばれる、拡張的な為替・財政・金融政策の組み合わせが、昭和恐慌からの脱却に大きな成果をあげました。デフレとは逆のインフレ抑制の例になりますが、ボルカーFRB議長が、70年代末から80年代初にかけて強力な金融引き締めを行うことによってインフレ予想の引き下げに成功し、その後の低インフレ下での米国経済の繁栄の基礎を築いたことは、よく知られています(前掲図表13)。

第2に、インフレ予想の形成に当たっては、日本銀行の約束と行動という「フォワード・ルッキング」な要素に加え、金融緩和の進捗に伴って、実際のインフレ率も高まってくるという実績の積み重ね―つまり「適合的」ないしは「バックワード・ルッキング」な要素も重要であるという点です。消費者物価の前年比上昇率は、本年10月には+0.9%まで拡大しており、来年前半にかけて+1%を若干上回る水準で推移するものと見込まれます。15年近くにわたってデフレが続いたことを踏まえると、これ自体、重要な変化です。人々が実際に物価上昇を経験すれば、インフレ予想も、大きく変わってくるはずです。日本銀行としては、フォワード・ルッキング、バックワード・ルッキング双方の要素が相俟って、予想物価上昇率が上昇傾向をたどり、「物価安定の目標」である2%程度に向けて次第に収斂していくと考えています。

なお、これまで、「物価が緩やかに上昇する」と申し上げてきましたが、日本銀行が目指しているのは、あくまでも「物価の安定」であり、人為的にインフレを起こそうとしている訳ではありません。日本銀行の考える「物価の安定」を具体的な物価指数に即して数値的に定義すれば、消費者物価の前年比上昇率で2%であるということです。2%が望ましいと考える理由は、いくつかあります。第1は、消費者物価指数から計算されるインフレ率は、真のインフレ率よりも高めになるという上方バイアスの存在です。言い換えると、消費者物価の変化率がゼロということは、バイアスの分だけ、デフレであることを意味します。したがって、デフレを回避するためには、ある程度プラスのインフレ率を目指す必要があります。第2は、物価下落や景気悪化への金融政策の対応力を高めるという「のりしろ」の考え方です。名目金利はゼロ%以下に引き下げることはできません。日本の短期金利は、95年に0.5%に引き下げられて以来、約20年間にわたってゼロ%から0.5%の間で推移しています(図表14)。物価の下落や景気の悪化が生じても、名目短期金利の引き下げにより、経済活動を刺激することが難しくなっているのです。実際、リーマン・ショックという極めて大きな負のショックに対しても、日本銀行はわずか0.4%程度しか名目短期金利を引き下げることができませんでした。将来、2%程度の物価上昇が安定的に実現され、名目金利もそれを反映してある程度高い水準で形成されるようになれば、物価の下落や景気悪化に際し、利下げによって機動的に対応する余地も高まります。海外でも、同様の理由から、インフレ目標を2%程度に設定している国が多く、2%がグローバル・スタンダードになっているのです。

5.おわりに

このように、日本銀行は、2%の物価上昇率が安定的に持続する状態を目指していますが、長年にわたってデフレが続いてきただけに、具体的なイメージが湧きにくいかもしれません。最後に、デフレ脱却後の経済・社会の姿について一言申し上げて、本日の話を締め括りたいと思います。

2%の物価上昇率が安定的に持続する状態とは、端的に言えば、景気が普通の状態であっても、「物価がだいたい2%くらい上がる」ことを前提に各経済主体が行動するような状態と言えます。すなわち、価格や賃金の設定方式に2%程度の物価上昇が織り込まれた状態となることです。

こうした状態は、人々の中長期的なインフレ予想が2%程度で安定的に推移している米欧などの先進諸国では、既に実現しています。これらの国々では、2%程度の物価上昇が社会の制度や慣行にしっかりと埋め込まれているため、景気悪化などによって物価や賃金に一時的な下落圧力がかかっても、継続的に物価や賃金が下落するというデフレに陥ることは回避されています。この点で、ひとつ特殊かもしれませんが、際立った例を申し上げると、スウェーデンでは、労使間の賃金交渉においても、中央銀行の設定する2%のインフレ目標が、賃上げ率を決める議論の重要な出発点となる慣行が定着しています(図表15)。実際に、スウェーデンでは、賃金が安定的に上昇する中で、消費者物価の上昇率は、景気循環に伴う振れを均してみれば、2%前後で推移しています。

日本経済にとって、現在は、実体経済や金融市場、人々のマインドや期待など、好転の動きが幅広くみられており、デフレ脱却に向けた「千載一遇」のチャンスです。日本銀行は、「量的・質的金融緩和」を推進し、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現することをお約束します。経済界・産業界においても、経済の好循環の実現に向けた前向きな動きが拡がっていくことを強く期待しています。

ご清聴ありがとうございました。