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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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和歌山県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 森本 宜久
2014年2月20日

目次

1.はじめに

日本銀行の森本宜久です。本日は、和歌山県の行政および金融・経済界を代表する皆様方にご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より大阪支店の業務運営に多大なご協力を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

さて、15年近く続いてきたデフレからの早期脱却と持続的な経済成長の実現を目指し、政府と日本銀行は、昨年1月に、それぞれの役割を明確にして一体となって取り組むことを公表しました。また、日本銀行は4月に、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、新たに「量的・質的金融緩和」を導入しました。これまでのところ、実体経済や金融市場、人々のマインドや期待が改善するなど、好転の動きが幅広くみられており、わが国経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっています。

本日は、各分野における最近の業況や、日本銀行の政策・業務運営に関して皆様方が日々感じておられることなどを直接お聞きしたいという思いで当地に参りました。まず私から、経済・物価情勢を概観したあと、金融政策についてご説明させて頂き、最後に、和歌山県経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や忌憚のないご意見を承りたく存じます。

どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)日本経済・物価情勢

日本経済の現状と見通し

まず、日本経済についてお話しさせて頂きます。日本経済は、昨年に入って下げ止まったあと、金融緩和や各種経済対策の効果等もあって国内需要が底堅く推移し、年央頃に緩やかな回復経路に復していきました。その後、足もとにかけては、輸出はやや勢いを欠くものの、内需が引き続き堅調に推移するもとで、緩やかな回復が続いています。企業の業況感は中小企業を含めた幅広い業種において改善しており、地域別にみても全国的に景気回復のすそ野が広がっています。需要動向をやや詳しくみると、輸出は、昨年前半は高めの伸びで推移しましたが、年後半以降は新興国・資源国経済の一部に弱めの動きがみられるもとで、やや勢いを欠いています。内需についてみると、個人消費は、雇用・所得環境が改善する中で基調としては底堅く推移しており、足もとでは新車販売の増加が目立つなど、耐久消費財を中心に消費税率引き上げ前の駆け込み需要もみられています。また、住宅投資も増加しています。公共投資も既往の各種経済対策の効果などから増加傾向が続いています。設備投資については、企業収益が改善するもとで、一致指標である資本財総供給が足もとで高めの伸びとなっているほか、先行指標である機械受注は、製造業も含めて、振れを伴いつつも改善傾向にあり、持ち直しています。これらを全体としてみると、底堅い内需に支えられる形で雇用・所得環境が改善しており、生産から所得、所得から支出へといった好循環が維持されています。

先行きの日本経済を展望すると、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調的には0%台半ばとみられる潜在成長率を上回る成長を続けていくと予想しています。先進国を中心に海外経済が緩やかに回復していくもとで、輸出も緩やかに増加していくと考えられます。この間、設備投資は企業収益の改善につれて緩やかな増加基調をたどるとみられます。個人消費や住宅投資については、雇用者所得の改善が次第にはっきりとしていくとみられることから、振れを伴いつつも、基調的には底堅く推移するとみています。公共投資は、当面、2013年度補正予算の効果等にも支えられて増加傾向で推移したのち、高水準で推移するとみられます。日本銀行が1月に発表した展望レポート・中間評価における政策委員見通しの中央値では、2013年度の成長率は2.7%、2014年度は1.4%、2015年度は1.5%とみています。

物価情勢

次に物価情勢です。生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、昨年6月にプラスに転じたあと、12月には+1.3%にまでプラス幅を拡大しています。また、食料や石油製品などのエネルギー関連価格を除いた消費者物価の前年比をみると+0.7%となり、上昇品目数の割合をみても下落品目数を上回るなど、経済のマクロ的な需給バランスが改善するもとで、幅広い品目に改善の動きが広がっています。先行きは、石油製品価格等の押し上げ効果が剥落するため、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、暫くの間、1%台前半で推移するとみられます。その後は、景気回復に伴うマクロ的な需給バランスの改善や、期待の転換による中長期的な予想物価上昇率の高まりなどを反映して上昇し、2015年度までの見通し期間の後半に、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いとみています。具体的な数値で申し上げれば、日本銀行が1月に発表した展望レポート・中間評価における政策委員見通しの中央値では、2013年度の消費者物価(除く生鮮食品、2014・2015年度は消費税率引き上げの直接的な影響を除くベース)の上昇率は0.7%、2014年度は1.3%、2015年度は1.9%とみています。

(2)経済・物価見通しを巡る主な論点

次に、経済と物価の見通しの前提について主な論点をお話ししたいと思います。日本経済は、先行きも生産から所得、所得から支出へといった前向きの循環メカニズムが、賃金の上昇、設備投資の回復を含めて働いていくことで持続的な成長を実現していくと見通しています。しかしながら、わが国では少子高齢化の進展につれて生産年齢人口が趨勢的に減少傾向にありますので、成長率を高めていくためには、労働力の確保や生産性向上に向けた取り組みを進め、企業や家計が将来の所得や需要に明るい見通しを持てるようにすることが必要です。足もとでは、女性や高齢者の労働参加の進展や、企業の成長分野への取り組みなど前向きな動きもみられます。今後、政府・企業の双方における成長力強化への積極的な取り組みが奏功するかたちで、成長期待が徐々に高まっていけば、次第に潜在成長率の上昇にもつながっていくと考えています。ここでは、見通しへの影響が大きいとみられる、海外経済と輸出動向、設備投資動向、雇用・所得動向、予想物価上昇率の動向についての考えをお話しします。

海外経済と輸出動向

まず、輸出動向をみるうえで海外経済の現状を確認すると、新興国・資源国の一部に緩慢な動きも残りますが、先進国を中心に回復しつつあると判断しています。

先行きについては、先進国を中心に回復していくとみています。IMFの世界経済見通しは1月に上方修正され、世界経済の成長率は、2013年は3.0%、2014年は3.7%、2015年は3.9%と、緩やかに伸び率を高めていく姿となっています。地域別にみると、米国経済は、寒波の影響もみられますが、雇用・所得環境が改善基調を続ける中、堅調な家計支出が企業部門にも波及し生産が増加するなど、徐々に景気回復のすそ野に広がりがみられています。またシェール革命による経済へのプラス効果もみられます。先行きを展望しても、財政協議の進展などから不確実性が幾分低下するもとで、財政面の下押し圧力が次第に和らいでいくこともあって、民需を中心に回復テンポが徐々に増していくと予想しています。また、欧州経済は、金融資本市場がひと頃に比べて落ち着く中で、企業や家計マインドの改善基調が続いています。そうしたもとで、個人消費が緩やかながらも持ち直しており、生産も持ち直しつつあります。欧州債務問題の帰趨や金融システム健全化に向けた動き、さらにはディスインフレ傾向にも注意が必要ですが、内需の持ち直しが続き、輸出も緩やかに回復していくことを背景に、先行きも持ち直しを続けていくと考えています。中国経済については、ひと頃に比べ幾分低めとはいえ、個人消費や固定資産投資などの堅調な内需を背景に、安定した成長が続いています。先行きについても、過剰設備や過剰債務の影響などの不確実性はありますが、当局が構造問題への取り組みを進めるとともに、景気にも配慮した政策運営を進める中、安定した成長を維持するとみています。その他の新興国・資源国の一部は、財政赤字や経常収支赤字などの構造的な問題を抱えるもとで、米国FRBによる資産買入れ減額を背景に資金流出の動きもみられており、実体経済への影響も含めて今後も注意が必要です。その他の新興国・資源国を全体としてみると、当面は成長に勢いを欠く状態が続くとみられますが、やや長い目でみれば、先進国の景気回復の好影響が及んでいくと考えています。

こうした海外経済のもとでわが国の輸出は持ち直し傾向にはありますが、やや勢いを欠く状況が続いています。そうした背景には、わが国製造業の部品等の現地調達拡大を伴う海外生産シフトといった構造的な要因が作用している面もありますが、基本的には、わが国経済との結びつきが強いASEANなどの新興国経済のもたつきの影響が大きいとみています。先行きについては、米国や欧州など先進国の成長率が高まっていくことから、中国やNIEsなどアジアを経由した間接的な輸出も含めて、全体として緩やかに増加していくと予想しています。

設備投資動向

次に、企業部門では、企業収益と需要の増加が設備投資につながっていくことが重要です。企業収益は、国内需要が堅調に推移するもとで、為替相場の動きもあって回復が続いており、設備投資についても、出遅れていた製造業も含め、全体として持ち直しています。

先行きについては、企業収益の改善や金融緩和効果を背景に、設備投資は緩やかな増加基調を続けるとみています。これを投資採算の観点からみると、景気回復に伴い資本収益率が上昇していくと同時に、予想物価上昇率の高まりなどを反映して実質金利が低下方向に向かうため、設備投資の採算性が改善し、金融緩和の投資刺激効果は強まっていくと考えています。投資対象としては、これまで投資抑制姿勢が続いていたことで維持更新投資などの潜在需要が積み上がり、これが顕在化しやすくなっています。また、防災対策やエネルギー関連投資等も期待できます。さらに、政府の規制・制度改革や減税措置、企業の事業再構築など競争力・成長力強化に向けた前向きな取り組みなどもあって、企業の中長期的な成長期待は緩やかに高まっていくと考えられます。そうした環境のもとで、設備投資が増加基調を続け、成長分野における資本の蓄積や労働生産性の向上が進んでいけば、経済の実力である潜在成長率も緩やかに上昇していくと見込まれます。

雇用・所得動向

次に、内需が持続的な回復を続けるために重要な雇用・所得動向についてお話ししたいと思います。足もとの個人消費をみると、団塊の世代を中心とする高齢者の積極的な消費が持続する中、株価上昇による資産効果も下支えとなり、底堅く推移しています。企業側の対応が進む中で今後も高齢者の活発な消費行動は続くとみられますが、経済がバランスよく改善していくうえでは、所得の改善により個人消費を支えていくことが鍵になると考えています。

現在の雇用・所得の動向をみると、労働需給面では、底堅い内需の動向などを受けて、有効求人倍率は1倍台に上昇し、完全失業率も3.7%に低下するなどリーマン・ショック前の水準を回復しており、着実な改善が続いています。短観の雇用人員判断DIをみても非製造業を中心に不足超幅が拡大するなど、企業の人手不足感は強まっています。こうした労働需給を反映して、企業側では、人手不足感の強い業種を中心に、採用要件を緩和・弾力化したり、未経験の資格取得支援などを前提とした育成型採用に転換する動きが広がりつつあります。また、女性や高齢者、外国人の活用を積極化・多様化する動きも進みつつあります。こうしたもとで主婦や無業者が求職を始める動きも活発となっており、労働力人口はこのところ増加に転じています。景気回復が持続するもとで、今後、こうした多様な雇用形態が定着していけば、生産年齢人口が趨勢的に減少するもとでの労働力確保につながり、わが国経済の中長期的な成長力を下支えしていくものと考えています。

こうした労働需給の改善は名目賃金にも影響しており、一般労働者の1人当たり名目賃金の前年比は、時間外給与や冬季賞与の増加から、小幅のプラスとなっています。また、パートの時間当たり名目賃金も、ごく緩やかに前年比上昇傾向を続けています。労働者全体でみた1人当たりの所定内給与は、賃金水準が相対的に低いパート比率の上昇もあって、未だ前年比小幅のマイナスですが、雇用者数と1人当たり賃金を乗じた雇用者所得をみれば、前年比プラスが続くなど、雇用・所得環境は全体として改善しています。

先行きについては、労働需給の改善が続くもとで、名目賃金には次第に上昇圧力がかかってくるとみています。今春の賃金改定交渉においては、労組側からベアを含む要求が出される一方で、経営側も、ベアを含めた賃金全体としては、ある程度の賃上げを容認する方針を示す企業がこれまでより多くなっているようです。企業収益が増加する中で、所定内給与の上昇を含めた相応の賃金上昇が実現するか注視していきたいと思います。

物価と予想物価上昇率の動向

次に、物価を巡る論点についてお話しします。わが国経済は、2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっており、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、これまでの市場予想に比べても、強めに推移してきていると言えます。企業や家計の予想物価上昇率についても全体として上昇しており、今後も「量的・質的金融緩和」のもとで、実際の物価上昇率の高まりもあって、上昇傾向をたどると考えています。ただ、消費者物価の前年比プラス幅は、暫くの間、1%台前半で推移するとみられますので、中長期の予想物価上昇率が想定通り上昇していくかについては、引き続き注視していく必要があります。さらに、物価が持続的に上昇していくためには、賃金上昇との好循環が実現していくことが重要ですので、今後の賃金交渉において、生産性向上への取り組みや物価の動きがどのように議論されていくか、注目したいと思います。

3.金融政策運営

(1)「量的・質的金融緩和」について

「量的・質的金融緩和」の枠組み

次に、金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的成長の実現に向けて、昨年1月に、消費者物価の前年比上昇率で2%の「物価安定の目標」を導入し、4月には、「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。

具体的な対応として、第1に、量的な金融緩和を推進する観点から、日本銀行が直接供給する通貨の総量であるマネタリーベース(銀行券と貨幣、日銀当座預金の合計)を年間約60〜70兆円に相当するペースで増加させ、2年間で2倍に拡大させることとしました。第2に、これを実現するため、長期国債の保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行っています。その際の長期国債買入れの平均残存期間は7年程度とし、長めの金利も含めたイールドカーブ全体に働きかけることを意識しています。第3に、ETFおよびJ-REITの保有残高が、それぞれ年間約1兆円、年間約300億円に相当するペースで増加するよう買入れを行っています。これらの措置からなる「量的・質的金融緩和」は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続することとしています。その際、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行います。この「物価安定の目標」の実現に当たっては、企業収益や雇用・賃金の増加などを伴いながら実体経済がバランスよく持続的に改善するもとで、物価が緩やかに上昇していく、という好循環をつくり出していくことが大切だと考えています。

「量的・質的金融緩和」の効果

次に「量的・質的金融緩和」導入後の状況についてお話しします。マネタリーベースは、大規模な国債買入れの進捗により、目標とする年間60〜70兆円程度の増加ペースに見合った動きとなっており、昨年末には当初見通しの200兆円に到達しました。本年末にかけては、名目GDPの約60%もの規模の270兆円にまでマネタリーベースを拡大していく予定です。昨年4月の導入当初には、国債市場で不安定な動きがみられましたが、日本銀行が市場参加者等と綿密な意見交換を行い、金融調節面できめ細かな措置を講じるもとで安定化していきました。その後、実体経済や金融市場に前向きな動きが広がっていき、「量的・質的金融緩和」は所期の効果を発揮しています。

この金融緩和策の実体経済への波及経路としては、主に名目の長期金利への低下圧力と予想物価上昇率の引き上げを通じた実質金利の引き下げと、ポートフォリオ・リバランス効果を念頭に置いて取り組んでいます。実質金利の引き下げに際しては、まず巨額の国債買入れにより需給を引き締めることで、名目の長期金利に強力な低下圧力を加えています。そして、「物価安定の目標」の早期実現を明確に約束し、これを裏付ける大規模な資産の買入れを継続することで、経済活動が活発化するとの人々の期待を高め、予想物価上昇率の引き上げを図ります。この結果、予想物価上昇率の上昇に比べて、名目金利の上昇を小幅にとどめることができれば、その分、実質金利を低下させることができます。企業や家計の支出行動は実質金利に影響されますので、実質金利が低下すれば、企業・家計の投資・消費活動の活性化につながると考えています。足もとの実質金利は、名目の長期金利が低位安定して推移する中、予想物価上昇率は全体として上昇しており、低下傾向にあるとみられます。先行きも、実際の物価上昇率の高まりと相俟って予想物価上昇率が高まっていくもとで、日本銀行による大規模な国債買入れが名目の長期金利に強力な低下圧力を加えることから、実質金利の低下傾向が続くと考えています。

次に、ポートフォリオ・リバランス効果は、日本銀行の資産買入れが金融機関や機関投資家等の運用サイドに貸出や株式等のリスク性資産への投資を促す効果です。家計も含めたマクロの投資フローをみると、国債保有が減少する一方、貸出のほか、株式・投信、社債への投資が増加していることが確認できます。これらには株価上昇の影響も含まれ、貸出増加額もマネタリーベースの拡大規模に比べるとまだ小さいですが、企業の資金需要の増勢は続いており、先行きも設備投資は緩やかな増加基調を続けるとみられますので、リスク性資産へのシフトを中心とするポートフォリオ・リバランスの動きは、今後、徐々に本格化していくと考えています。こうした波及経路が相乗的に作用することによって、マクロ的な需給バランスが改善するとともに実際の物価上昇率もさらに上昇していくと考えています。

金融資本市場等の動向

こうしたもとでわが国の金融環境は、緩和した状態が続いています。企業の資金調達コストは低水準で推移しており、長期の新規貸出約定平均金利は0.8%台と既往最低水準を更新しています。また、企業からみた金融機関の貸出態度は改善傾向にあり、中小企業の資金繰り判断DIは、直近ピークの2006年頃の水準まで改善しています。また、企業倒産件数も1月としては1991年以来の低水準となっています。銀行貸出残高は、中小企業向けのプラス幅が拡大するなど貸出先のすそ野を広げつつ、2%台半ばのプラスで推移しています。CP・社債についても、良好な発行環境が続いています。そうしたもとで、マネーストック(M2)の前年比は、4%台半ばの高い伸びとなっています。この間、金融資本市場をみると、短期金利はいずれのタームも0.1%を下回る水準で推移しています。長期金利は、米国の長期金利が経済回復などを背景として3%近傍に上昇するなど海外金利が総じて上昇した局面でも、歴史的にみて極めて低い0.6%から0.7%台で安定して推移しています。また、株価はひと頃に比べて大幅に上昇し、為替相場は円高修正が進んでいます。

実体経済の需要面では、消費税率引き上げに伴う駆け込みと反動が予想されますが、今後の金融政策を判断していくうえでは、そうした振れを均したうえで、2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっているかどうかが重要なポイントです。現状においては「量的・質的金融緩和」の実体経済への波及効果が明確になっていく中で好循環が続いていますが、引き続き、実体経済の動向と金融政策の効果を丹念に点検していくことが大事だと考えています。

また、金融緩和の効果を十分に発揮していくうえでは、財政の健全化に対する市場の信認を確保していくことも不可欠です。国際的にみても、わが国の財政は厳しい状況にあります。万が一にも財政に対する信認が低下するような場合には、長期金利が景気・物価と整合的でない形で上昇する可能性があります。政府は、2015年度のプライマリーバランスの赤字の対GDP比を半減する道筋を示すとともに、2020年度までの黒字化を目指していますが、こうした方針のもとで、今後も財政健全化に向けた努力が続けられるものと期待しています。

(2)「貸出支援基金」について

次に「貸出支援基金」についてお話しします。日本銀行では、強力な金融緩和に加えて、緩和的な金融環境を企業や家計に最大限に活かして頂けるよう後押しするために、「貸出支援基金」を設け、「貸出増加を支援するための資金供給」(貸出増加支援)と「成長基盤強化を支援するための資金供給」(成長基盤強化支援)の二つの制度を設けています。一昨日の金融政策決定会合では、近く期限の到来する両制度について、規模を2倍としたうえで、1年間延長することを決定しました。また、貸付期間を長期化し、固定金利0.1%で4年間(現在は1〜3年間)の資金供給を受けられることとしました。

より詳しく両制度の枠組みと今回の見直しについてご説明させて頂きますと、まず「貸出増加支援」は、金融機関の一段と積極的な行動と企業や家計の前向きな資金需要の増加を促すことを狙いとし、金融機関の貸出増加額に対して、その希望に応じて日本銀行が総枠無制限で低利かつ長期の資金を供給する仕組みです。今回の見直しでは、従来金融機関の貸出増加額までとしていた貸付限度額を倍増し、貸出増加額の2倍まで日本銀行から資金供給を受けられるようにしました。さらに、その貸付期間と金利については、従来の1〜3年、固定0.1%から期間を延長し、4年固定0.1%としました。貸出増加支援の残高は昨年末時点で約5兆円ですが、金融機関の貸出増加率と同制度の利用率が現状程度となるとの仮定を置いて試算すると、新たな枠組みの最終的な貸付残高は30兆円程度となると見込まれます。

次に「成長基盤強化支援」は、成長分野への資金の流れを後押しすることを目的としています。この措置では、医療・介護、環境・エネルギー、農林水産、観光といった成長力強化に資する分野への融資・投資を行う金融機関に対し、円貨と外貨のそれぞれで、長期かつ低利の資金を供給しています。従来、当制度では、1,000万円以上の融資・投資を対象とする総枠3兆5千億円の本則に加え、資本性の資金である出資やABL(Asset Based Lending)という売掛金や在庫等を担保とした融資などを対象とする特別枠や、小口の投融資を対象とした特別枠をそれぞれ5千億円設定しています。さらに、日本銀行が保有する米ドル資金を活用した120億米ドル(1.2兆円相当)の特別枠も設けています。今般の見直しでは、上限に近付いていた本則の総枠を倍増して7兆円にするとともに、対象金融機関ごとの上限を現行の1,500億円から1兆円に引き上げました。貸出期間や金利も、米ドル特別枠以外の貸付では、従来の1〜2年、固定0.1%から4年固定0.1%に期間を延長しました。

これからも経済の好循環を持続させていくためには、企業や家計が緩和的な金融環境を実際に活用して資金を調達し、これが投資や支出の増加を通じて、マクロ的な需給バランスの改善につながり、そのうえで成長力も高まっていくことが大事です。今回の両制度の延長・見直しは、そうした動きを加速させるものと考えています。企業部門では、投資をキャッシュ・フローの範囲内にとどめる動きが長らく続くもとで230兆円もの現預金を積み上げてきましたが、このところは外部からの資金調達で新たな投資に果敢にチャレンジする動きも増えてきています。日本銀行としても、これらの措置を通じて、企業の挑戦をしっかりとサポートして参りたいと考えています。

このような取り組みが、政府の競争力の強化に向けた「日本再興戦略」の具体的展開と相俟って、貸出増加や成長基盤の強化に向け、金融機関の一段と積極的な行動や企業や家計の前向きな資金需要の増加を促すことを期待しています。

4.おわりに ― 和歌山県経済について ―

以上、景気動向や金融政策運営についてお話ししました。最後に、和歌山県経済についてお話ししたいと思います。

和歌山県経済をみますと、有効求人倍率がリーマン・ショック前のピークを上回る水準に回復しているほか、当地機関の調査では、企業の業況感が昨年10〜12月期に現行調査形式となったこの13年間で初めてのプラス水準となるなど、緩やかに回復しています。当県では、鉄鋼や石油産業といった大企業製造業に加え、繊維関連や機械、食品加工などの多様な分野で優れた技術力のある企業が経済を支えています。また、豊かな自然と温暖な気候を活かした農林水産業、そして連綿と受け継いできた文化も背景にした観光産業など、当地経済にはさまざまな強みがあります。農産物では、梅・みかん・はっさく・柿などの果樹を筆頭に日本国内で高い競争力を持つものが多く、その加工でも強みを発揮しています。水産分野でも、マグロは日本有数の水揚げを誇り、最先端の養殖・育成技術の開発も進められています。近畿大学が世界で初めて完全養殖に成功した「近大マグロ」は、昨年、大阪に続いて東京へも進出し、高い注目を集めています。観光分野では、本年は「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界文化遺産登録から10周年を節目としたキャンペーンが開催されるとともに、来年には「高野山開創1200年記念大法会」や「紀の国わかやま国体・障害者スポーツ大会」が予定されるなど、大きなイベントが連続しています。あわせて、「近畿自動車道紀勢線」「京奈和自動車道」における道路網の整備が着実に進んでおり、交流人口の拡大が期待できます。和歌山県でも、急速な少子高齢化の進展など構造的な課題に直面していますが、県が策定された「長期総合計画〜未来に羽ばたく元気な和歌山〜」への取り組みにもみられるように、当地の強みを活かしつつ、持続的な成長につなげていくことが極めて大切なことだと思います。今後も、和歌山県経済がますます順調に発展を遂げられることを祈念いたします。

ご清聴ありがとうございました。