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【講演】「量的・質的金融緩和」とわが国の金融経済情勢

国際東アジア研究センターにおける講演

日本銀行副総裁 岩田 規久男
2014年3月24日

目次

1.はじめに

日本銀行の岩田でございます。本日は、国際東アジア研究センターからのお招きにより、「第2回成長戦略フォーラム」の講師としてまいりました。北九州にお住まいの方々をはじめとして、大勢の方にお集まり頂き、まことにありがとうございます。このような場でお話しする機会を頂きましたことに、心より感謝申し上げます。

さて、私は、ちょうど昨年の今頃、2013年3月20日付で日本銀行の副総裁を拝命しました。それまでのおよそ40年間は、大学で教鞭をとりつつ経済学の研究者として活動してきましたが、その活動の後半期にわたり一貫して主張していたのが、日本経済の抱える最大の課題がデフレからの早期脱却であり、そのために金融政策の果たすべき役割が決定的に重要である、ということでした。

私を含めた現在の総裁・副総裁が着任して間もない昨年4月4日、日本銀行は「量的・質的金融緩和」と呼ばれるかつてない規模の金融緩和政策の導入を決定し、これまで順調にその政策を進めてきています。

本日は、この「量的・質的金融緩和」のねらいを、実際の日本経済の動きと照らし合わせながらご説明したいと思います。

もっとも、「量的・質的金融緩和」を理解するためには、これにより実現しようとしている、消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」、いわゆるインフレ目標政策と、その背後にある考え方についてご理解頂く必要がありますので、まずはその辺りのお話から始めたいと存じます(図表1)。

2.「物価安定の目標」について

(1)なぜデフレが問題か

先ほど、デフレからの早期脱却が日本経済の大きな課題だと申し上げました。

デフレとは、「持続的な物価の下落」のことですが、一般的には、「経済が物価の下落と不況の悪循環に陥っている状態」、つまり「デフレ不況」と同じ意味で使われることが多いようです。

ただ、皆さんが日々の生活を送るうえでの感覚としては、「物価が下がるのは良いこと」とお感じになることも多いのではないでしょうか。様々な物やサービスの値段が下がって、同じ値段でより多くの物やサービスが手に入る。このことの何が問題なのでしょうか(図表2)。

支出の先送りによる総需要の縮小

はじめに、「物価」と「個々の物やサービスの価格」との違いを確認しておきます。

物価には、消費者物価や国内企業物価などがありますが、日本銀行が目指す「物価安定」は、具体的には「消費者物価」によって定義されています。消費者物価とは、様々な消費財・サービスの価格を、ある年(これを「基準年」といいます)の標準的な消費者の消費構成比でウェイト付けして合計した価格です。

基準年の消費者物価の水準を100として指数化したものが「消費者物価指数」です。この消費者物価指数が持続的に上昇する状態が「インフレ」であり、逆に、持続的に下落する状態が「デフレ」です。したがって、野菜やテレビなどの個々の物の価格が上がったり下がったりすることは、インフレでもデフレでもありません。

以上を確認したうえで、個々の物やサービスの価格ではなく、物価が持続的に下落するとどういう結果を招くかを考えてみましょう。

確かに、物価の下落それ自体は、皆さんの実質的な所得を高める効果があります。しかしながら、物価が持続的に下落するということは、先になればなるほど同じ値段でより多くの物やサービスが手に入る、言い換えると、現金や預金を持っているだけで価値が増えていくということですから、企業も家計も、できるだけお金を貯めこんで、消費や投資といった支出を伴う活動を先送りするようになります。つまり、経済学の言葉でいえば、総需要が減少してしまうわけです。ここが問題です。

総需要が減少して、物やサービスの売れ行きが悪くなると、企業はそれに見合った水準まで生産活動を縮小します。企業の収益は悪化し、雇用者の所得も低下しますから、皆さんの消費や住宅投資、企業の設備投資などの活動がさらに停滞します。つまり総需要がさらに縮小して、それによってますます物価が下落していきます。こうして、物価の下落と不況の悪循環に陥ってしまうのです(図表3)。

実質債務負担の増大

また、物価が下落するということは、物やサービスに対するお金の価値が上昇するということですから、お金を借りている人にとっては、将来返済するお金の価値が上昇するということになります。つまり、実質的な債務負担の増大です。

住宅ローンを抱えている場合に、デフレで賃金も不動産価格も下がっている中で、返済すべき金額は決まっていますから、だんだんと返済負担が重く感じられるようになると考えると、理解しやすいのではないでしょうか。

すでに抱えている借金の実質的な負担は重くなりますし、将来的な借金についても、実質的な返済負担は見た目の金利より重いわけですから、企業や家計は借金をすることに慎重になります。また、借金をしている家計や企業は、消費や投資を控えてでも、できるだけ早く借金を返済しようとします。

こうして、皆さんの住宅投資や企業の設備投資などが停滞し、総需要が縮小する結果、やはり不況と物価下落の悪循環が生まれるのです(図表3)。

(2)なぜ安定した緩やかなインフレが望ましいのか

逆に、安定した緩やかなインフレ、例えば消費者物価指数が前の年に比べて毎年2%程度上昇していくような環境においては、今ご説明したデフレとは逆のメカニズムが働くことになります(図表4)。

支出活動の活性化による総需要の拡大

すなわち、物価が将来にわたって上昇していくことが見通せるとするなら、皆さんの多くは、値段が上がる前に、買えるものはできるだけ買っておきたいと思うはずです。来月からの消費税率引き上げに備えた駆け込み需要という話がありますが、それと同じような心理が恒常的に働くのです。

もちろん、生鮮食料品のように、あらかじめ買っておくことができない物は沢山ありますし、サービスについては前倒しの購入ができないケースがほとんどだと思いますが、ここではあくまで「全体としての傾向」についてお話ししているとお考えください。

消費税率の引き上げのように、ある時点を境に物価が非連続的に変わるという一過性の出来事ではなく、徐々に上昇していくわけですから、支出を前倒しするインセンティブが、駆け込み需要ほど強烈ではないけれども、じわじわと恒常的に働くということになります。

このように、将来のインフレ見通しによって、消費や投資の支出活動が刺激されると、経済全体の総需要が増加しますので、物やサービスの売れ行きが良くなり、企業はそれに見合った水準まで生産活動を拡大します。企業の収益は好転し、雇用者の所得も増加しますから、皆さんの消費や住宅投資、企業の設備投資などの活動がさらに活発化します。つまり総需要がさらに増加して、それによって物価も上昇していきます。こうして、好景気と物価上昇の好循環が実現することになります(図表4)。

急激なインフレのコスト

ただし、ここで念頭に置いているのは、当然のことながら、「安定した緩やかな物価の上昇」であり、予期せざる急激なインフレ、いわゆるハイパーインフレのことではありません。

皆さんがよくご存じのとおり、ハイパーインフレは絶対に避けるべきものです。

物価の急上昇に賃金や年金などの引き上げが追いつかなければ、皆さんの実質的な所得が減少することになりますし、貯蓄している現金や預金の実質的な価値も急速に目減りします。過去の借金の実質的な返済負担が軽くなることにより、債権者が損をして債務者が得をするという、いわば債権者から債務者への予期せぬ所得移転が生じる一方で、新たにお金を借りる場合には、将来の高インフレに備えた高金利を貸し手から要求されるため、資金の調達が困難になります。

また、急激なインフレが進めば、物やサービスの価格を頻繁に改定する必要があるほか、将来の製造コストや販売価格などの見通しがつかなくなることから、生産活動の計画すら立てられなくなるなど、経済は大きな混乱に陥ることになるでしょう。

したがって、言うまでもないことですが、日本銀行が目指しているのは安定した緩やかなインフレが継続する状態であり、ハイパーインフレの発生を意図しているものではないことを、念のために申し上げておきたいと思います(図表4)。

(3)インフレ目標政策の利点

それでは、「安定した緩やかなインフレ」を実現するためには、どのような政策が望ましいのでしょうか。

その一つの答えが、インフレ目標政策(インフレーション・ターゲティング)と呼ばれる枠組みです。日本銀行が、消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」のもとで金融緩和を推進しているのも、インフレ目標政策の典型的な事例であるとご理解頂いてよいでしょう(図表5)。

政策の信頼性と予測可能性の向上

インフレ目標政策には様々な利点があります。

まず、将来のインフレ率について、具体的な数値目標を掲げるわけですから、目標を達成できたかどうかは客観的に判断できます。透明性が高くなることで、政策判断や目標の達成状況についての中央銀行の説明責任も重くなりますので、金融政策に対する信頼性は高まりやすいといえるでしょう。

将来の物価についての予測もしやすくなりますから、様々な経済主体が、それを前提として経済活動を行うことができるようになります。そして、この将来の物価についての予測可能性は、金融政策に対する信頼性が高まるほど、さらに強化されるのです(図表5)。

ハイパーインフレの防止

日本銀行の政策に対する懸念として、「いざ金融緩和を止めようと思っても、金融市場や政府からの圧力がかかるため、なかなか止められないのではないか。そうすると、結局ハイパーインフレになってしまうのではないか」という懸念の声が聞かれますが、この点についても、インフレ目標政策を採用していることが有効に働きます。

なぜなら、インフレ目標政策というのは、将来のインフレ率についての具体的な数値目標を掲げて、それを上回るインフレにもデフレにもしないことを約束する仕組みだからです。

日本ではデフレからの脱却の手段として議論されることの多いインフレ目標政策ですが、もともとは1980年代のニュージーランドなど、高インフレに悩んでいた国々によって採用された政策です。

仮にこの先、景気が過熱して2%の物価安定目標を大きく上回るような状況が予想される場合には、インフレ目標政策の枠組みに沿った、適切な対応をとるということも、日本銀行はすでにお約束しているとご理解下さい。

日本銀行は、日本銀行法で定められた理念に基づき、今後とも、政府との十分な意思疎通を図りつつも、自らの判断と責任において、金融政策運営を行っていくことを強調しておきたいと思います。(図表5)。

3. 「量的・質的金融緩和」のねらいと日本経済の現状

ここまで、消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」、いわゆるインフレ目標政策と、その背後にある考え方についてご説明してきました。

ここからは、2%の物価安定目標を実現するための政策として、昨年4月に導入した「量的・質的金融緩和」の内容と効果について、日本経済の現状も踏まえながらお話ししたいと思います。

(1)「量的・質的金融緩和」とは

「量的・質的金融緩和」には、大きく二つの柱が存在します(図表6)。

第一の柱は、2%の物価安定目標の早期達成についての「コミットメント」です。すなわち、「2%の物価安定目標を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現すること」について、日本銀行が「明確に約束している」ということです。

第二の柱は、第一の柱であるコミットメントを「具体的な行動で示す」ということです。具体的な行動は、「量的・質的」という言葉のとおり、日本銀行のバランスシートの「量」の拡大と「質」の変化の両面に表れています。

「量」の拡大とは、中央銀行から金融システムに直接供給するお金(これを「マネタリーベース」と呼んでいます)を、年間約60〜70兆円に相当する大幅なペースで増加させることです。

マネタリーベースを増加させる手段は、主に長期国債の買入れであり、日本銀行の長期国債保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行っています。

「質」の変化とは、リスクのより大きな資産を購入することです。長期国債については、満期の長い銘柄を買入れの対象に含めました。また、資産価格のプレミアムに働きかけるため、ETFとJ-REITの買入れ規模も拡大しました。

昨年4月に導入を決定した際には、「量・質ともに次元の違う金融緩和」という表現を使いましたが、まさしく過去に例をみない規模の金融緩和を行っているといえるでしょう。

(2)予想実質金利への働きかけ

こうした二つの柱からなる「量的・質的金融緩和」が実体経済に影響を及ぼしていく波及経路の最初の重要なポイントが、「予想実質金利を引き下げる」という効果です。少しややこしい話になりますが、しばらく我慢してお付き合い下さい(図表7)。

予想実質金利とは、皆さんが金融市場や銀行の店頭などで実際に目にする名目金利から、皆さんの予想する将来のインフレ率を差し引いた数値にあたります。

名目金利が「見た目の数字」、いわば客観的な金利であるのに対し、予想実質金利は、人々がそれぞれの物価見通しに基づいて主観的に予想する金利ですから、予想する主体によって様々な金利が存在することになります。

借り手の側に立って考えると、一定の名目金利でお金を借りたときに、「物価の変化を考慮すると、実質的な借入れコストはいくらになるか」ということについての、借り手の主観的な予想ということになります。したがって、ある経済主体の予想実質金利が低ければ低いほど、その経済主体は借入れの実質的なコストを低く予想しているということです。

「量的・質的金融緩和」には、金融市場で成立している名目金利を押し下げる効果と、個々の経済主体の予想インフレ率を引き上げる効果があり、いずれの効果も、名目金利と予想インフレ率の差分である予想実質金利を押し下げる方向に作用します(図表8)。

(3)実体経済への波及

多くの経済主体が予想実質金利を引き下げると、様々な面から実体経済における需要が刺激されます。

例えば、予想実質金利が低下すると、現預金や(物価連動国債等を除く)債券投資はこれまでよりも不利になるため、それらの金融資産から株式や土地・住宅等の実物資産、あるいはより金利の高い外貨への資金シフトが起こり、株高や外貨高などによる資産効果によって、家計の消費が刺激されます(図表9・10)。

また、予想実質金利の低下に加えて、消費の増加や円安による輸出環境の改善など複数の要因に後押しされた企業は、設備投資に積極的になると考えられます(図表11・12)。

内閣府・財務省の法人企業景気予測調査によると、大企業の景況感を示す景況判断指数は、4-6月期にマイナス9.8まで落ち込みますが、7-9月期にはプラス8.3まで改善すると予測されています。中堅・中小企業の景況感の変化の方向も大企業と同じです(図表13)。

これは、統計のクセが影響している可能性もありますが、2014年4月の消費税率引き上げ後の駆け込み需要の反動減が、短期間で収束すると、企業が予測していることを示しています。

こうして消費や投資などの需要が増加することによって、経済全体の総需要不足が解消されていけば、おのずと物価水準は上向いてきます。実際に、最近の消費者物価指数の動向をみますと、日本経済は、デフレからの脱却に向けた道筋を順調に辿っていると考えられます(図表14)。

また、需要が拡大すれば生産が増加しますので、雇用環境も好転します。といっても、急に給料やボーナスが上がるわけではなく、まずは非正規雇用を中心に、職に就いている人の数が先に増える傾向がありますが、企業収益の拡大と労働市場のひっ迫により、それぞれの働く人が手にする所得も徐々に増えていきます(図表15)。

こうして雇用者全体の所得が増加すると、それが株高や外貨高などによる資産効果が及ばない人々も含めた家計の消費をさらに押し上げ、企業収益の増加が設備投資も押し上げ、そうした需要の増加がまた所得の増加に結びつきます。

税収増による財政状況の好転や、資産価格の上昇による年金財政の好転なども、社会全体の将来に対する不安を軽くしてくれますので、これも経済にとってプラスの作用をもたらすでしょう。

このように、「量的・質的金融緩和」を起点としたデフレからの脱却が実現することにより、経済の好循環が続いていくと期待されます(図表16)。

(4)2015年度までの見通し

わが国経済の先行きについての、具体的な見通しとしては、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、雇用・所得環境の改善により、基調的には緩やかな回復を続けていくと考えています。

物価面では、消費者物価の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、暫くの間、1%台前半で推移するとみています。その後は、次第に上昇傾向に復し、2014 年度の終わり頃から2015 年度にかけて、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いとみています(図表17)。

4.おわりに

最後に、北九州経済についてお話させていただきます(図表18)。

北九州の経済は、リーマン・ショック以降、長らく低迷が続いてきましたが、円高修正などを背景に当地の主力である製造業で業況の改善が徐々に進み、最近では、大企業から中堅・中小企業への波及もみられはじめるなど、全体としては、緩やかに回復しています。

歴史的にみると、北九州は、明治時代から筑豊炭田や門司港を中心に栄え、こうした立地上の利点を活かして、官営の製鐵所が1901年に八幡で操業を開始しました。ちなみに、日本銀行北九州支店は、昨年120周年を迎えましたが、その前身である西部(さいぶ)支店が設置されたのも、おおよそこの頃(1893年)になります。

その後、北九州経済は、日本の近代化の舞台となるとともに、数々の困難に直面しながら、これらを糧に改善、進化を遂げてきました。こうした努力の積み重ねの結果、現在では、鉄鋼に加え、電気機械、自動車産業などを抱える日本有数の工業地帯として、また、アジアをはじめとする国際貿易の拠点としての地位を築いています。

また、産業以外の面でも、北九州市は、近年、OECDより「グリーン成長モデル都市」に、国からは「環境未来都市」に選定されるなど、世界を代表する環境都市の一つになっています。さらに、北九州市の八幡製鐵所関連施設を含む「明治日本の産業革命遺産」は、今年度の世界文化遺産推薦案件としてユネスコに推薦されることが決定しており、当地は産業観光面でも脚光を浴びつつあります。

今後、国際的な競争が激化する中、北九州経済の進む道は決して平坦ではないと思います。しかしながら当地には、もの作りの技術や人材など、長い年月をかけて築き上げた強固な産業基盤があります。また、当地は全国有数の24時間空港を有するほか、2014年度中に宮崎まで開通する予定の東九州自動車道の起点であるなど、交通・物流インフラも充実しております。こうした強みをフルに活かしながら、今後、北九州経済が、更なる成長・発展を遂げて行くことを祈念しています。

ご清聴、ありがとうございました。