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【発言要旨】日本経済の潜在成長力と「量的・質的金融緩和」

韓国中銀主催国際コンファレンスにおける冒頭発言の邦訳

日本銀行副総裁 岩田 規久男
2014年6月3日

目次

日本銀行の岩田規久男です。私からは、現在日本銀行が行っている金融政策と、本パネル・ディスカッションのテーマである潜在成長力の強化との関係について、私の考えをお話ししたいと思います。

量的・質的金融緩和の概要

はじめに、日本銀行が進めている金融政策のフレームワークについて、簡単にご説明します(図表1)。

日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」を設定しており、この目標の実現に向けて、2013年4月以降、「量的・質的金融緩和」と呼ばれる強力な金融緩和政策を進めています。

「量的・質的金融緩和」には、大きく二つの柱が存在します。

第一の柱は、2%の物価安定目標の早期達成についての「コミットメント」です。具体的には、「2%の物価安定目標を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」と、目標達成までの期限も示しながら、明確に約束しました。

第二の柱は、第一の柱であるコミットメントを「具体的な行動で示す」ということであり、残存期間の長いものを含めて巨額の国債買入れを行うこと等によって、マネタリーベースを2年間で2倍に拡大することが中心となっています。「量的・質的」という言葉が示すとおり、日本銀行のバランスシートの「量」の拡大と「質」の変化の両面を用いた金融緩和政策といえます。

量的・質的金融緩和の波及メカニズム

「量的・質的金融緩和」の波及メカニズムの鍵となるのは、予想実質金利の引き下げです(図表2)。インフレ目標の達成にかかる明確なコミットメントと、それを裏打ちする大規模な金融緩和によって予想インフレ率を引き上げることに加え、短期名目金利がほぼゼロである下で、巨額の長期国債買入れによって長期名目金利の上昇圧力を抑制することにより、予想長期実質金利に対する下方圧力が生じます。

予想実質金利の低下による刺激の効果として総需要が拡大することで、デフレの原因となっている需給ギャップが解消されます。また、需給ギャップが解消すれば、現実の物価上昇率が高まり、それが予想インフレ率を物価安定目標に向けてさらに上昇させるという、好循環も期待できます。

物価安定目標の実現に懐疑的な意見として、「為替レートの円安化が進まないのであれば2%の物価安定目標の実現は難しい」との指摘が頻繁に聞かれますが、今申し上げたように、「量的・質的金融緩和」の波及メカニズムのポイントは、「予想インフレ率の引き上げと需給ギャップの改善の好循環によって2%の物価安定目標を実現する」ということであり、円安による輸入物価の上昇に依存したものではありません。

日本では、1990年代後半から長期にわたりデフレが続く中で、人々の予想インフレ率が低下し、「デフレ予想」が定着した状況にありました。人々の予想に直接働きかけて「デフレ予想」を払拭すること、すなわち、人々の予想インフレ率を引き上げることを政策効果の中心に据えた点が、「量的・質的金融緩和」の大きな特徴となっています。

日本経済の現状

「量的・質的金融緩和」の導入から1年2か月が経過しましたが、これまでのところ、所期の効果が出ていると考えています。様々な経済主体に対するアンケート調査や、国債市場で観測されるブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)などをみると、わが国の予想インフレ率は全体として上昇しています(図表3)。また、名目金利についても、日本国債の金利は低い水準で安定的に推移しています。

こうした緩和的な金融環境のもとで、生産・所得・支出という前向きの循環メカニズムを伴いながら、日本経済は緩やかな回復を続けています(図表4)。物価についても、例えば生鮮食品を除くベースでみた消費者物価の前年比上昇率は、長期間続いたマイナスの状態から、4月時点で1.5%(消費税率引き上げの直接的な影響を除くベース)まで改善しています(図表5)。このように、わが国経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調に辿っており、我々はこの政策に確かな手応えを感じています。

金融政策と成長戦略の役割分担

それでは、こうした日本銀行の金融政策と、日本経済の潜在成長力の間には、どのような関係があるのでしょうか(図表6)。

日本は現在、(1)大胆な金融緩和、(2)機動的な財政政策、(3)民間投資を喚起する成長戦略を組み合わせたマクロ経済政策に取り組んでおり、これらは、「アベノミクスの三本の矢」と呼ばれています。

こうしたポリシーミックスの中で、金融政策の役割は、直接的には「デフレからの脱却」に尽きるわけですが、潜在成長力との関係では次のように整理できると思います。

第一の役割は、言うまでもなく、大規模な金融緩和により総需要を刺激し、需給ギャップを解消することにより、経済を本来の潜在成長軌道に復帰させることです。デフレと不況の悪循環を、デフレからの脱却により断ち切ることとも表現できます。

「量的・質的金融緩和」によって需給ギャップが解消される過程では、労働者がより効率的に働けるようになったり、マインドの改善した企業がリスクを取って資本設備を増やしたり、技術革新を進めたりする結果として、潜在成長率もある程度高まると思います。しかし、それ以上に潜在成長率を高めるのは、金融政策ではなく、規制改革などの政策手段を持っている政府の役割です。

したがって、第二の役割は、政府が成長戦略による経済の構造改革を推し進め、潜在成長軌道自体の引き上げを図るために必要な環境を、デフレからの脱却により整えることであるといえます。

経済がある程度好調でなければ、経済の効率性とダイナミズムを高め、生産性を引き上げるための構造改革も進めることができません。デフレ不況下では、規制緩和を通じた競争促進政策等による痛みに対して、強い抵抗が生じるためです。「創造的破壊」という言葉がありますが、デフレ不況が継続していては、「破壊」の後に「創造」が続かないということです。

また、仮に成長戦略による経済の構造改革が進んだとしても、構造改革は基本的には日本経済の総供給能力を拡大させるサプライサイド政策であり、それに見合う総需要がなければ、却ってデフレ圧力を生んでしまうという面もあります。したがって、構造改革から生じるデフレ圧力を和らげるためにも、適切な金融緩和による下支えは必須なのです。

今後の課題

日本政府は、2%の実質経済成長の達成を目標にしていますが、仮に、成長戦略が停滞し潜在成長力の強化が進まなければ、物価安定目標の達成は、「マイルドなインフレ下における低実質成長」をもたらす可能性があります。もちろん、長期にわたるデフレ不況からの脱却だけでも、大きな達成ではあるわけですが、日本経済再生に向けた取り組みの成果としては、それだけでは十分とはいえません。日本銀行としては、日本経済の潜在成長力の強化に向けて、政府による成長戦略がさらに推進されていくことを、強く期待しています。

逆に、成長戦略による経済の構造改革が進んだ結果として潜在成長率が上昇した場合、一時的に需給ギャップが悪化し、物価に対する下落圧力が生じる可能性があります。しかし、日本銀行は、2%の物価安定目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで「量的・質的金融緩和」を続けますから、そうした物価下落圧力をはね返すことができます。

日本経済が、2%程度の安定したインフレ率の下で、より高い実質成長を実現する日が、そう遠からず訪れることを期待しつつ、着実に「量的・質的金融緩和」を進めていきたいと考えています。