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【講演】2%の「物価安定の目標」の早期実現と日本経済の持続的な成長に向けて

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経済同友会会員懇談会における講演

日本銀行総裁 黒田 東彦
2014年6月23日

目次

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、経済同友会会員懇談会にお招きいただき、各界でご活躍の皆様の前でお話しする機会を賜り、誠に光栄です。

昨年4月、日本銀行は、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に2%の「物価安定の目標」を実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました。それから1年余り、この政策は所期の効果を発揮しており、日本経済は2%の目標実現に向けた道筋を順調にたどっています。ただし、なお途半ばであり、今後も、「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続していく方針です。

そこで本日は、まず、日本銀行の経済・物価の現状と先行きに対する見方についてお話します。そのうえで、2%に向けた物価上昇のメカニズムについて、少し掘り下げてご説明したいと思います。最後に、中長期的な成長力の強化に向けて取り組むべき課題について、私の考えをお話します。

2.経済・物価の現状と先行き

経済情勢

最初に経済情勢についてみますと、4月の消費税率引き上げ後、耐久財などの個人消費を中心に駆け込み需要の反動減が現れていますが、設備投資を含め国内需要は、基調としては堅調に推移しています。そのもとで、景気の前向きな循環メカニズムは、雇用・所得環境の明確な改善を伴いながら、しっかりと作用し続けており、日本経済は緩やかな回復基調を続けています。

先行きについても、国内需要が堅調さを維持し、輸出も緩やかながら増加していくと見込まれることから、生産・所得・支出の好循環は持続すると考えています。したがって、この先3年程度を見通して、わが国経済は、2回の消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、基調的には潜在成長率を上回る成長を続けると予想しています(図表1)。

こうした見通しが実現するにあたっては、第一に、海外経済の回復を背景に輸出が増加に転じていくこと、第二に、これまで景気を牽引してきた国内需要の堅調さが持続すること、の2点がポイントとなります。これらの点について、詳しくお話します。

輸出と海外経済

まず、輸出についてみますと、過度な円高水準の修正にもかかわらず、このところ横這い圏内の動きとなるなど、伸び悩んでいます(図表2)。こうした動きには、製造業を中心に海外生産が拡大していることなど構造的な要因も影響しているとみられますが、基本的には、ASEANをはじめとする新興国経済のもたつきなど循環的な要因の影響が大きいと考えています。また、消費税率引き上げ前の駆け込み需要への対応から国内向け出荷を優先する動きや、米国の寒波といった、一時的な要因も輸出を下押ししたとみられます。したがって、先行きについては、こうした一時的な要因が剥落するとともに、新興国も含めた海外経済の成長率が徐々に高まっていく中で、緩やかながらも増加に転じていくと予想しています。

そこで、海外経済の現状と先行きについて、やや詳しくみますと、現在、新興国の一部になお緩慢さを残しつつも、米欧などの先進国を中心に回復しており、先行きも緩やかな回復が続くとみています。この点、IMFの世界経済見通しをみると、世界経済の成長率は、2013年に3.0%まで低下した後、2014年は3.6%、2015年は3.9%と、次第に伸び率を高めていく姿となっています(図表3)。地域別にみると、米国経済は、1〜3月のGDP成長率は寒波の影響などからマイナスとなりましたが、寒波の和らいだ3月以降、多くの経済指標はリバウンドしており、民間需要を中心とする緩やかな回復基調に戻っています。先行きも、緩和的な金融環境のもとで、雇用・所得環境の改善が明確になるにつれて、回復ペースが徐々に高まっていくと考えています。欧州経済は、過剰債務などの構造問題を抱える中で、1%を下回る消費者物価の上昇率が半年以上続いていることから、デフレを懸念する声も聞かれます。もっとも、最近では、企業や家計のマインドが改善するもとで循環的に景気を押し上げる力が働いており、GDP成長率が4四半期連続でプラス成長を続けるなど、緩やかに回復しています。先行きも、内需の回復に加え、外需も緩やかに改善すると見込まれることから、回復を続けるとみています。中国経済は、年初来みられてきた成長の勢いの鈍化にも歯止めがかかっており、今後は、政府による景気刺激策などもあって、概ね現状程度の安定した成長を続けると考えています。中国以外の新興国・資源国では、当面は成長に勢いを欠くものの、やや長い目でみれば、先進国の景気回復を背景に持ち直していくと考えています。もちろん、当面の牽引役を担う先進国をみると、米国経済の回復ペースや欧州債務問題の今後の展開に気をつける必要があります。加えて、中国における過剰設備や過剰債務の問題、経常収支の赤字や高いインフレ率といった構造問題を抱える新興国・資源国の動向、一部の国の地政学的リスクなどについても目が離せません。このように世界経済の先行きを巡っては様々な不確実性があり、十分に注意する必要があると考えています。

国内需要の持続性

次に、国内需要の持続性に関して、設備投資と個人消費の現状と先行きをどうみているか、ご説明したいと思います(図表4)。

まず、設備投資については、海外生産シフトの進展などから伸びは期待できないとの指摘もありますが、実際の計数をみると、GDP統計において4四半期連続での増加となるなど、緩やかに増加しています。特に1〜3月は、一部ソフトウェアのサポート期限切れに伴う更新需要や排ガス規制強化前の駆け込み需要といった一時的な押し上げ要因が働いたこともあって、前期比+7.6%という高い伸びとなりました。先行きについても、企業収益が改善を続けると見込まれる中、設備稼働率が上昇してきていることや、金融緩和の効果が下支えとなることから、緩やかな増加基調をたどるとみています。

個人消費については、消費税率引き上げの影響をどうみるかがポイントです。この点については、駆け込み需要の反動という短期的な影響と、税率引き上げによる実質所得の押し下げという徐々に現れてくる影響とに分けて考える必要があります。このうち、駆け込み需要の反動について、これまでに出た経済指標などで確認すると、自動車など駆け込み需要が大きかった耐久財を中心に、反動減がはっきりと現れています。もっとも、企業からは、「反動の大きさは概ね想定の範囲内であり、消費の基調的な底堅さは維持されている」との声が多く聞かれており、現時点では、反動の影響は夏場から減衰していくとみておいて良いと思います。一方、実質所得の押し下げを通じた影響については、雇用・所得環境の改善によってどの程度緩和できるかがカギとなります。この点、労働需給の着実な改善が続くもとで、雇用者所得は今後も緩やかに持ち直していくとみており、個人消費の底堅さは維持されると考えています。いずれにしても、消費税率引き上げの影響については、もう少し時間をかけて点検していく必要があると思います。

物価情勢

続いて、物価情勢についてお話します。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、昨年12月から4か月連続で+1.3%となった後、4月は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて+1.5%と、プラス幅を幾分拡大しました(図表5)。その中身をみると、エネルギー関連の押し上げ幅が頭打ちとなる一方で、緩やかな景気回復が続くもとで、幅広い品目で改善の動きがみられています。

先行きについては、需給ギャップの改善など基調的な物価上昇圧力が強まっていく一方、エネルギーを中心とした輸入物価の押し上げ効果が減衰していくことから、暫くの間、1%台前半で推移すると予想しています。特に、これから夏場に向けては、前年比プラス幅が一旦1%近傍まで縮小するとみられます。その後は、基調的な物価上昇圧力が引き続き強まっていく中で、本年度後半から再び上昇傾向をたどり、2014年度から16年度までの見通し期間の中盤頃、すなわち15年度を中心とする期間に、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いと考えています。さらにその先は、中長期的なインフレ予想が2%程度に向けて収斂していくもとで、需給ギャップのプラス幅が拡大することから、強含んで推移するとみています(前掲図表1)。

このように、日本経済は、2%程度の物価上昇率を実現し、その後、これを安定的に持続する成長経路へと移行していく可能性が高いと考えています。

3.2%の「物価安定の目標」への道筋

ところで、今ほど申し上げた物価の見通しは、市場参加者やエコノミストの平均的な見方に比べて、かなり強めの数字となっています。そこで以下では、2%に向けた物価上昇のメカニズムについて、日本銀行の考え方をもう少し掘り下げてご説明したいと思います。予めまとめますと、第一に、需給ギャップが着実に改善していくこと、第二に、中長期的な予想物価上昇率が高まり、それが実際の賃金・物価形成に影響を与えていくこと、この2つの理由から、先行きさらに物価上昇圧力が高まっていくとみています。

需給ギャップの面からの物価上昇圧力

まず、需給ギャップについてみてみましょう。今回の景気回復は、公共投資や個人消費といった国内需要が牽引してきたという点に特徴があり、その結果、業種別にみれば非製造業が回復の中心を担っています。非製造業は、製造業に比べて多くの人手を必要とすることから、労働需給の引き締まり傾向が全体に強まっています。この点は、皆様が日々実感されているところかと思います。データをみても、失業率は3%台半ばとみられる構造的失業率に近付きつつありますし、有効求人倍率は1.08倍まで上昇し、リーマン・ショック前のピーク水準に達しています(図表6)。こうした労働需給の引き締まりは、賃金にも影響し始めており、今春の賃金改定交渉では、賞与の引き上げのほか、ベースアップを実施する企業が大幅に増えました。このような労働面の稼働率の高まりに加え、設備についても非製造業を中心に不足感が強まるもとで、マクロでみた需給ギャップは緩やかな改善を続けています。その水準については、相当の幅を持ってみる必要がありますが、過去の長期平均並みであるゼロ近傍に達しているとみています(図表7)。先行きについても、潜在成長率を上回る成長が続くとみられることから、需給ギャップの面からの物価上昇圧力は、一段と強まっていくと考えられます。

予想物価上昇率の面からの物価上昇圧力

次に、中長期的な予想物価上昇率の動きについて確認します。人々の予想物価上昇率は、様々なアンケートや市場の指標からみて、全体として上昇しているとみられます(図表8)。上昇の背景となっているメカニズムをみると、まず、「量的・質的金融緩和」におけるデフレ脱却に向けた強く明確なコミットメントとそれを裏打ちする大胆な金融緩和によって経済主体の期待が変化し、予想物価上昇率が上がり始めたと考えられます。その後、需給ギャップの改善と相まって現実に物価上昇率が高まったことも、さらなる予想物価上昇率の上昇に繋がりました。先ほど申し上げたように、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、1%を超える上昇を続けています。これは、2008年頃の国際商品市況高の時期を除けば、1993年以来ほぼ20年ぶりのことです。そのような物価上昇率を経験することは、企業や家計の物価に対する見方を変化させ、賃金・物価形成に影響を及ぼし始めています。今年の春闘でもみられたとおり、労使間の賃金交渉において、物価上昇率の高まりが意識されるようになってきています。企業の価格戦略としても、これまでの低価格戦略から、付加価値を高めながら販売価格を引き上げる動きがみられてきています。今後も、日本銀行が「量的・質的金融緩和」を着実に推進し、実際の物価上昇率が1%を上回って上昇する中で、中長期的な予想物価上昇率は上昇傾向をたどり、この面からの物価上昇圧力は強まっていくとみています。

フィリップス曲線の上方シフト

以上のことを、やや専門的になりますが、「フィリップス曲線」という概念を用いて整理してみたいと思います(図表9)。フィリップス曲線は、需給ギャップと物価上昇率の関係を示したもので、「景気が良く、労働市場や財・サービス市場で需給が引き締まれば、物価は上がる」というメカニズムを表しています。ここでは、縦軸が物価上昇率、横軸が需給ギャップを示しており、景気が良くなって需給ギャップが右方向に進めば、物価上昇率が高まって上方向に進むという、「右肩上がり」の姿が想定されています。なお、物価上昇率については、円安の影響を受けやすい食料品とエネルギーを除いたベースの消費者物価を使っています。

そこでまず、「量的・質的金融緩和」を導入する前の状況を振り返ります。緑の線は1990年代前半までのデータに基づくフィリップス曲線、青い線は1990年代後半以降のデータに基づくフィリップス曲線を示していますが、両者を見比べると、デフレが長らく続く間に、下方にシフトしたことが分かります。この結果、例えば需給ギャップがゼロの時、すなわち、景気が普通の状態の時でも物価上昇率が0%程度という経済・物価の関係が出来上がってしまいました。こうした世界では、企業や家計の間には「物価は下がる、あるいは、上がらない」という意識が定着していました。

「量的・質的金融緩和」は、こうした企業や家計のデフレ・マインドを抜本的に転換し、予想物価上昇率を2%に向けて引き上げることを狙っています。このことをフィリップス曲線に即して言えば、緑の線より若干上方までシフトさせ、需給ギャップがゼロ、すなわち、景気が「普通の状態」の時に物価上昇率が2%になるような経済・物価の関係を作り出そうとしているということです。

最近1年の動き

では、こうした狙いに照らして、現状はどこまで進んでいるのでしょうか。そこで、「量的・質的金融緩和」導入後の変化を確認します。図表の赤い丸は最近1年の動きを示していますが、2つの特徴がみて取れます。

1つ目は、「量的・質的金融緩和」のもとで潜在成長率を上回る景気の回復が続いているため、需給ギャップが改善し、右方向に動いてきていることです。これにより、物価には上昇圧力が加わっています。

2つ目は、赤い丸が青い線で示したデフレ期のフィリップス曲線よりも上方に位置していることです。これは、需給ギャップの改善だけでは説明できないほどの物価上昇がみられていることを意味します。その理由としては、いくつかの要因が考えられます。ひとつには、先ほど申し上げたとおり、ここでは食料品とエネルギーを除いていますが、これら以外の品目に対しても円安の影響は一部働いていると思われます。また、青いフィリップス曲線の時期、とりわけ2000年代の中盤には、雇用の非正規化の進展や新興国からの安値輸入品の流入など、賃金・物価を押し下げる要因が強く働いていましたが、現在は、これらがさらに強まる局面ではないことも影響していると考えられます。さらに、「量的・質的金融緩和」のもとで、人々の予想物価上昇率が上昇し、フィリップス曲線の上方へのシフトが始まっているとみられます。このことは、先ほど述べたとおり、様々なアンケートや市場の指標でみた予想物価上昇率の動向や最近の賃金・価格形成の特徴からも裏付けられます。

これらの要因の影響を厳密に区分することは困難です。ただ、昨年4月に「量的・質的金融緩和」を導入した時点で多くの人々が予想していたよりも、かなり高い物価上昇率が実現したことは事実であり、少なくとも、この1年の経済と物価の関係は従来想定されていたものと違っていると言うことはできると思います。私どもは、端的にこれを「量的・質的金融緩和」が所期の効果を発揮しているため、と考えています。すなわち、現在までの物価の動きは、日本銀行が昨年4月に公表した物価見通しに概ね沿ったものであり、私どもにとっては予想外の物価上昇が起きているわけではありません。ここまでは、「量的・質的金融緩和」を導入した際に思い描いていたメカニズムに沿って、消費者物価上昇率が上昇し、1%台前半に達したということです。

今後もこのメカニズムが働き続けることで、目標である2%に向かっていくと考えています。もっとも、「量的・質的金融緩和」の目的は、2%に一時的に達することではなく、これを安定的に持続することです。そのためには、予想物価上昇率を2%に向けて収斂させ、ここで定着させること―「錨を下ろす」という意味で、アンカーすると言います―が必要になります。噛み砕いて言えば、人々が2%の物価上昇率を当たり前のものとして経済活動を行う世界を実現するということです。ここに向けては、現実の物価上昇率と予想物価上昇率をさらに引き上げていくことが必要であり、その意味で「途半ば」であると申し上げたわけです。

したがって、今後も、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続していきます。そのうえで、何らかのリスク要因によって見通しに変化が生じ、「物価安定の目標」を実現するために必要になれば、躊躇なく調整を行う方針です。

4.中長期的な成長力の強化に向けて

以上お話してきたように、日本経済は緩やかな回復を続けており、2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっています。もっとも、そうした中で、「人手不足」や「供給制約」といった供給力の問題が議論されることが多くなってきました。その背後にある潜在成長率の低下は、これまでも日本経済の課題として意識されてきたものの、需要が弱かったため、むしろ「余剰人員」や「過剰設備」が目先の問題となっていました。ところが、この1年ほどの間に状況が変わりました。大規模な金融緩和、財政支出、民間活動の活性化によって需要が高まってきた結果、水面下に隠れていた供給力の問題が顕現化してきたのです。こうした状況のもとで、中長期的な観点から供給力を強化することが重要だという認識が広がってきたように思います。このように、実際に問題として顕現化してきた今こそが、課題の克服に向けた取り組みを進めるチャンスです。そこで、以下では、中長期的な成長力の問題について、私の考えを述べたいと思います。

中長期的な成長力、すなわち潜在成長率は、資本ストックや労働投入といった生産要素の伸び、イノベーションなどを通じた生産性の向上によって決定されます。わが国の潜在成長率は、1990年代以降、趨勢的に低下してきました(図表10)。

その背景についてやや詳しくみますと、1990年代については、資本ストックや生産性の伸び率低下が大きく影響しました。日本企業は、それ以前のバブル期に積み上がった雇用・設備・債務という、いわゆる「3つの過剰」の解消に追われ、グローバル化や情報通信技術の進展などの環境変化に十分対応できませんでした。また、過剰自体の調整が必ずしも円滑に進まず、経済の非効率な部分が温存されたことが、経済全体の新陳代謝の遅れや生産性の低下に繋がった面もあると思います。その後は、急速な少子高齢化の進行による人口動態面の変化に伴う就業者数の減少や、経済の成熟化による労働時間の減少といった、労働投入の減少が潜在成長率の押し下げ要因として効いてきました。さらに、デフレが長引く中で、リーマン・ショックなどのショックも加わり、設備投資は先送りされ、資本ストックの伸びが抑制されました。このように様々な押し下げ要因が加わり続けた結果、日本経済の潜在成長率は1990年代以降低下を続け、最近では「0%台半ば」で推移しているとみられます。

では、これを引き上げるために、具体的に何をすべきなのでしょうか。一言でいえば、先ほどご説明した、潜在成長率を決定する各要素について、それを引き上げるための取り組みを着実に進めていくことです。すなわち、(1)企業における前向きな投資を促して資本ストックを蓄積していくこと、(2)女性・高齢者などを中心に労働参加を高めるほか、高度な外国人材を活用することにより、労働の供給力を高めていくこと、(3)規制・制度改革を通じて生産性を向上させていくことが重要です。この点、政府は、「民間投資を喚起するための成長戦略」として「日本再興戦略」を策定し、その実行に取り組んでいます。同時に、その後の検討も踏まえながら、「日本再興戦略」の改訂に向けた取り纏め作業を現在進めているところです。日本銀行としては、政府による成長戦略の着実な実行に強く期待しています。

5.おわりに

最後に、成長力強化と金融政策運営の関係について、一言申し上げたいと思います。成長力強化の取り組みは極めて重要ですが、中長期的な課題です。それが実を結び、実際に潜在成長率が引き上げられるまでにはある程度の時間を要します。その際、潜在成長率が順調に高まっていくことが望ましいことは言うまでもありませんが、仮に潜在成長率が上昇しないからといって、金融政策運営上、「物価安定の目標」の達成が困難になるということはありません。「量的・質的金融緩和」を着実に推進することで、先ほど申し上げたメカニズムに沿って、すなわち、需給ギャップの改善と予想物価上昇率の上昇を通じて、2%は達成できると考えています。また、潜在成長率がどうであれ、日本銀行の「物価の安定」についての使命は変わりません。日本銀行は、自らの責任において、できるだけ早期に2%の「物価安定の目標」を実現するよう、金融政策運営を行います。

なお、成長力の強化は、主として政府の成長戦略とそのもとでの民間主体の積極的な行動によって実現していくべきものですが、日本銀行が貢献できる部分もあると考えています。すなわち、デフレのもとでは、個々の企業にとって、設備投資などの積極的な行動はリスク・リターンの面で割に合わず、むしろ現金を保有して現状維持的な行動を取ることが合理的でした。こうしたデフレを前提とした行動原理を、2%の物価上昇を前提とした行動原理に変えることは、企業の積極的な投資や生産性向上に向けた取り組みにつながるものと考えられます。そうした意味合いも込めまして、日本銀行は、「量的・質的金融緩和」を着実に推進し、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現することを改めてお約束します。それが皆様方の積極的な活動を支える環境整備となることを願いながら、本日の講演を終えたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。