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【講演】日本経済と金融政策

ACCJ、EBC、SCCIJ共催Joint Luncheonにおける講演の邦訳

日本銀行副総裁 中曽 宏
2014年7月8日

目次

1.はじめに

本日は、日本とスイスの国交樹立150周年を記念する行事の一つである、在日スイス商工会議所、在日米国商工会議所、欧州ビジネス協会共催のビジネス・ランチョンにお招きいただき、皆様の前でお話しする機会を賜り、誠に光栄です。

さて、欧米諸国では、2008年のグローバル金融危機以降、景気の低迷が続き、未だに本格的な景気回復には至っていません。そうしたもとで、ユーロ圏では、このところインフレ率が低い水準で推移しており、ディスインフレーションの懸念が生じています。一方で、日本では、グローバル金融危機に先立つ1990年代後半からデフレが続いていましたが、昨年4月に導入した「量的・質的金融緩和」のもとで、現在、ようやくデフレ脱却への道筋がみえつつあります。そこで、本日は、15年にわたるデフレのもとでの日本の経験について、グローバル金融危機以降の欧米諸国の金融政策との比較も交えつつ、お話ししたいと思います。

2.日本経済がデフレ均衡に陥った背景

日本は、1990年代の後半から、消費者物価の前年比が、ゼロないしわずかなマイナスが続く、デフレの状態にありました。日本のデフレの特徴は、緩やかですが、しつこいということです(図表1)。1998年度から2012年度までの消費者物価の下落率は年平均で−0.3%にすぎませんでしたが、それは15年にわたって続きました。なぜデフレに陥ったのか、その原因を特定することは大変に困難です。しかし、日本経済がデフレに陥った1990年代後半の状況を振り返ると、次の2つの点を指摘することができます。

第一に、日本では、資産バブルが1990年代初頭に崩壊し、その後、企業や金融機関は痛んだバランスシートの調整を進めました。しかし、金融機関の不良債権は、景気の悪化が続いたこともあって増加を続けました(図表2)。1997年には、大手金融機関の連続破綻で、金融危機はその頂点を迎えます。そうしたもとで、既に低下していた金融仲介機能は大きく毀損しました。金融仲介機能の毀損は、実体経済に対して負のショックとして作用したことから、バランスシート調整には一段と長い時間がかかりました。金融と経済が互いにマイナスの影響を及ぼしあって落ち込んでいったと言えます。バブルの崩壊とその後のバランスシート調整が、経済に対して逆風として作用するという「負の相乗効果」は、グローバル金融危機以降の景気後退の中でも長い期間にわたってみられました。

第二に、日本のバブル崩壊後の景気の悪化とインフレ率の低下に対して、日本銀行は、金利の引き下げで対応しました。1990年8月に6%あった政策金利は、1998年9月には0.25%と当時としては世界的にも例のない水準まで引き下げられました(図表3)。この結果、金融危機により金融システム不安が本格化した1997年から1998年頃には、伝統的な金融政策の手段をほぼ使い切っていました。また、金融仲介機能が低下したために、金融政策の効果が波及しにくい状態になっていました。

こうした状況が重なるもとで、日本経済はデフレに陥っていきました。2000年代に入ってからは人口動態の変化による労働人口減少という新たなショックも加わりました。そして、デフレの状態が続いたことで、人々にはデフレ期待が定着し、「物価は上がらない」あるいは「物価は緩やかに低下する」ことを前提とした経済行動が根付いてしまいました。その結果、価格の下落、売上・収益の減少、賃金の抑制、消費の低迷、価格の下落という悪循環に陥ったのです。こうした状態は、一旦その罠にはまり込むと出ることが難しいという意味で、「デフレ均衡」という言い方ができます。このように、デフレは長引くほど、抜け出すことが困難になります。従って、重要なことは、デフレを長引かせないことです。このことは、我々が学んだ大きな教訓の一つです。

3.日本銀行が行ってきた非伝統的金融政策

「量的・質的金融緩和」前の政策

今申し上げたように、わが国では、1998年9月には、政策金利は0.25%に達し、金利操作という伝統的な金融政策の手段をほぼ使い切った状況になりました。経済学の用語を用いれば、日本経済は「ゼロ金利制約」に直面しました。しかし、それでも経済・物価情勢は改善しませんでした。そこで、日本銀行では、様々な非伝統的金融政策に踏み切ることにしたのです(図表4)。

皆様は、「ゼロ金利政策」、「量的緩和政策」、「信用緩和政策」、「フォワードガイダンス」といった言葉をお聞きになったことがあると思います。これらは、グローバル金融危機以降、多くの欧米諸国の中央銀行が採用してきた非伝統的金融政策の名称です。実は、こうした政策あるいはその原型のほとんどは、日本銀行が1990年代後半以降の15年にわたるデフレへの対応として、世界に先駆けて実行してきたものなのです。個別の政策についての具体的な説明は省略しますが、日本銀行が「量的・質的金融緩和」より前に行った政策を、今の時点で振り返ってみると、次の2つのことが指摘できると思います。

第一に、過去の政策は、金融システムの安定を維持し、経済を下支えすることで、日本経済が急激な景気悪化と大幅な物価下落が続くデフレ・スパイラルに陥るのを防ぐことに貢献したと思います。金融機関が多額の不良債権を抱えるもとで、金融システムには大きなストレスがかかりましたが、日本銀行による思い切った資金供給は、金融機関の流動性懸念を払拭する効果を持ち、その結果、大規模な信用収縮は回避されました。「中央銀行の『最後の貸し手』機能を通じた流動性供給が、金融システムの安定確保に効果を持つ」ということは、日本が苦労して学んだ教訓の一つです。私は、そうした教訓を海外の中央銀行関係者などに伝える努力を行ってきましたが、日本の経験のエッセンスは、2008年のグローバル金融危機への各国中央銀行の対応に活かされました。主要国の中央銀行は、リーマン・ブラザーズの破綻直後から、速やかに多額の資金供給を行ったほか、協調してドル資金の供給を行うオペレーションを実施しました。このように金融システムの安定維持に貢献したことに加えて、過去の政策は、緩和的な金融環境を実現することで、日本経済の下支えにも寄与したと考えています。実際、日本の長期金利は、2000年代を通じてほぼ1%台という低い水準で推移しました。また、実質GDPも、2000年から2007年にかけては、年平均1.5%で成長しました。こうして、日本経済は、デフレ・スパイラルに陥ることを免れたのです。

しかしながら、第二に、様々な非伝統的金融政策を用いて対応を行ってきたにもかかわらず、日本経済が緩やかな物価下落が続く状態から脱け出すことはできませんでした。その意味で、過去の政策は、日本経済がデフレから脱却するのに十分ではありませんでした。それでは、過去の政策には、何が足りなかったのでしょうか。私は、2つのポイントがあると考えています。

一つめは、物価安定へのコミットメントの強さです。後から振り返ってみると、過去の政策は、物価安定へのコミットメントが十分に強くなかったために、人々に定着したデフレ期待を払拭することができませんでした。2001年から2006年までの量的緩和政策の当時、日本銀行はまだ明確な物価安定目標を採用してはいませんでした。また、量的緩和政策では、「消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで」継続するというフォワードガイダンスを導入しましたが、閾値はゼロ%と低いものでした。

二つめは、政策のインパクトの大きさです。経済が「デフレ均衡」に陥った場合、それは一種の均衡状態にあるため、そこから脱却するには経済に十分な初速を与えなければなりません。そのためには、大きなインパクトが必要になります。日本銀行では、短期金利を限りなくゼロ%近くまで低下させたり、バランスシートの規模を対名目GDP比で30%近くにまで拡大するなど、当時としては世界に例のない規模での政策を行ってきました。しかし、それでも結果的には、「デフレ均衡」から脱却するのに十分なインパクトではありませんでした。

「量的・質的金融緩和」の導入

昨年4月に導入を決定した「量的・質的金融緩和」は、こうした経験を踏まえて設計されたものです(図表5)。「量的・質的金融緩和」は2つの要素を兼ね備えています。一つは、物価安定への強く明確なコミットメントです。具体的には、2%の「物価安定の目標」を、「2年程度」を念頭に、できるだけ早期に実現することを約束しています。ただし、このことは「量的・質的金融緩和」を2年で終了させることを意味しているわけではありません。我々は、「量的・質的金融緩和」を、2%の「物価安定の目標」を安定的に持続するために必要な時点まで継続することにもコミットしています。もう一つは、そうした「コミットメント」を裏打ちする大規模な金融緩和です。「量的・質的金融緩和」の導入に際しては、日本銀行が供給する通貨であるマネタリーベースを2年間で2倍に拡大することとし、これを実現するため、残存年限の長いものを含めて巨額の国債買入れを行うことなどを決定しました。

「量的・質的金融緩和」の効果波及の経路としては、様々なものを想定していますが、特に重要なのは、予想インフレ率の引き上げを起点とするルートです。「量的・質的金融緩和」の特徴は、積極的に民間主体の期待形成に働きかける点にあります。その意味で、予想インフレ率の引き上げはそれ自体が重要です。加えて、予想インフレ率の引き上げは、「量的・質的金融緩和」の導入時に10年物の長期金利が1%もなく、名目金利の引き下げ余地が限られた状態にあった日本において、さらなる緩和余地を作るうえで重要なポイントとなりました。設備投資や個人消費の決定に影響を与えるのは、名目金利から予想インフレ率を差し引いた実質金利です。日本では、名目金利の引き下げ余地はほとんどない一方で、予想インフレ率は2%の「物価安定の目標」と比べて低すぎる水準にあるので、これを引き上げる余地は十分にあります。そこで、予想インフレ率を引き上げつつ、巨額の国債買入れにより名目金利に低下圧力を加えて、その上昇を予想インフレ率の上昇幅以下に抑えることができれば、実質金利が低下して、実体経済を刺激することができるのです。

日本の金融政策と欧米の金融政策

ここで、日本銀行の金融政策と、グローバル金融危機以降の欧米の中央銀行の金融政策とを比べてみたいと思います。まず言えることは、グローバル金融危機以降の欧米の中央銀行の金融政策は、日本銀行が1990年代以降に採用してきた金融政策とよく似ているということです。すなわち、政策金利に引き下げ余地がある間は、政策金利を引き下げることによる対応がなされました(前掲図表3)。しかし、政策金利がゼロ近傍に達したあとは、多くの中央銀行がバランスシートを拡大させる政策を採用しました(図表6)。

しかしながら、日本と欧米諸国とでは、前提となる経済・物価情勢が違うため、政策運営上の課題は異なっています。米、英、ユーロ圏では、グローバル金融危機以降、景気は回復傾向にはありますが、失業率がなお高い水準にあるなど、経済のスラックは大きい状態です(図表7)。経済学の用語を用いれば、需給ギャップがマイナスの状態にあります。一方、インフレ率は低下傾向にあるものの、中長期的な予想インフレ率は2%程度で概ねアンカーされているとみられます(図表8)。このような経済・物価情勢のもとでは、インフレ予想を動かさずに、どうやって経済を刺激して、失業率を低下させるかが政策運営上の課題となります。

これに対して、日本では、失業率は3.5%と、グローバル金融危機前のボトムを下回る水準まで低下しており、経済のスラックは限られた状態となっています。一方で、日本では、15年にわたるデフレのもとで、人々にデフレ期待が定着し、中長期的な予想インフレ率はかなり低いところまで下がってしまいました。こうした状況では、どうやってインフレ予想を引き上げるかが課題となります。「量的・質的金融緩和」において、民間主体のインフレ予想に直接働きかけるルートを重視しているのは、こうした課題を踏まえたものです。

この間、スイスは、米、英、ユーロ圏とも、また、日本とも異なる課題に直面しています。すなわち、スイスにおいては、フラン高による輸入物価の低下が、インフレ率の低下を招いてきました。そのため、スイス国立銀行(SNB)では、対ユーロでのスイスフランの上限を決め、それを維持するために無制限に介入するという政策対応を行っています。SNBのバランスシートの対名目GDP比率が日本銀行よりも高い水準にあるのは、こうした政策のもとで外貨建て資産の保有が増加していることを反映するものです。

4.「量的・質的金融緩和」後、1年の成果

この1年の成果

日本銀行が、「量的・質的金融緩和」を導入してから、1年強が経過しました。この間、「量的・質的金融緩和」は所期の効果を発揮しており、日本経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調にたどっています。日本銀行が巨額の国債買入れを行うもとで、長期金利は低い水準で安定的に推移しており、最近は0.6%を下回っています(図表9)。物価連動国債の利回りから計算されるBEIや各種のアンケートから判断される予想インフレ率は上昇しています(図表10)。この結果、実質金利は低下し、民間需要を刺激しています。そうしたもとで、景気の前向きな循環メカニズムはしっかりと作用し続けており、日本経済は緩やかな回復を続けています。実質GDPは、6四半期連続でプラスとなっています(図表11)。

物価面では、「量的・質的金融緩和」導入時に−0.5%だった消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、5月には+1.4%まで改善しました。こうしたインフレ率の高まりの背景には、次の2つのメカニズムが働いています。第一に、経済のスラックが縮まり、需給ギャップが改善していることです。需給ギャップは、雇用誘発効果の大きい国内需要が堅調に推移していることを反映して、労働面を中心に改善を続けており、最近は過去の長期平均並みであるゼロ近傍に達しています(図表12)。こうしたもとで、需給面からみた、賃金と物価の上昇圧力は強まっています。第二に、中長期的な予想インフレ率が上昇しており、そのことが実際の賃金・物価形成に影響を及ぼし始めていることです。冒頭で述べたように、デフレのもとで、日本経済には「物価は上がらない」あるいは「物価は緩やかに低下する」ことを前提として、「消費や投資を控えることが合理的」という経済行動が定着してしまいました。こうしたもとで、例えば、物価上昇分を毎年賃金に反映させるベースアップという慣行も、デフレのもとで久しく失われていました。しかし、この春の賃金交渉では、久しぶりに多くの企業でベースアップが復活しました。このように、労使間の賃金交渉においても、物価上昇率の高まりが意識されるようになってきています。

先行きについては、需給ギャップの改善と予想インフレ率の上昇という基調的な物価上昇圧力がかかり続けるため、消費者物価の前年比は、2015年度を中心とする期間に、「物価安定の目標」である2%程度に達する可能性が高いと考えています。もっとも、物価の動きは、短期的には様々な要因によって左右されますので、今申し上げた動きが必ずしも一直線に進むわけではありません。特に、夏場にかけては、これまでの円安やエネルギー価格の上昇の影響が減衰していくため、プラス幅が一旦縮小し、その後再び上昇基調に復する可能性が高いことは付言しておきたいと思います。

2方面からの批判

ところで、「量的・質的金融緩和」に対しては、2つの方面からの批判が聞かれています。そこで、それぞれの批判について、私の考え方を述べたいと思います。

第一の批判は、「日本銀行の物価見通しどおりに、消費者物価上昇率が、2015年度を中心とする期間に、『物価安定の目標』である2%程度に達するとは考えられない」というものです。実際、多くの民間エコノミストの物価見通しは、上方修正されてきたとはいえ、引き続き、日本銀行に比べると慎重な見通しとなっています。「量的・質的金融緩和」は過去に例のない政策ですので、政策効果について懐疑的な見方があることは理解できます。

しかしながら、この1年間の物価の動きをみると、昨年4月に「量的・質的金融緩和」を導入した時点で多くの人々が予想していたよりも、かなり高い物価上昇率が実現していることは間違いありません。この1年間の物価上昇率と需給ギャップの動きは、従来の物価上昇率と需給ギャップの関係では説明できないものとなっていますが、これは予想インフレ率が上昇しつつあることを示唆しています。従って、今後も、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで「量的・質的金融緩和」を継続していくことが重要です。もちろん、何らかのリスク要因によって見通しに変化が生じ、「物価安定の目標」を達成するために必要であれば躊躇なく調整を行う方針です。

第二の批判は、「『量的・質的金融緩和』からの『出口』が難しいのではないか」というものです。特に、「2%の『物価安定の目標』の実現後も、財政への配慮から、大量の国債買入れの継続を余儀なくされるのではないか」との懸念が聞かれます。これについては、2点だけ述べておきたいと思います。第一に、「量的・質的金融緩和」やそのもとでの国債の買入れは、あくまで2%の「物価安定の目標」の実現のために行っているものです。そうした目的を超えて、財政ファイナンスを行う考えは全くありません。第二に、我々は、「量的緩和」からの「出口」を経験した唯一の中央銀行です。私は、当時、金融市場局長として実際に「出口」を完了させています。もちろん、「量的緩和」と「量的・質的金融緩和」は同じではありませんが、日本銀行は、「出口」の手段を十分に有していると考えています。ただし、強調しておきたいのは、現在は、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するよう最大限の努力を行っている最中です。また、「出口」の対応は、経済・物価情勢などによって変わり得るものです。従って、この段階で、「出口」を具体的に議論するのは時期尚早であると考えています。

5.おわりに

成長力強化の緊要性

最後に、日本経済の中長期的な課題についてお話ししたいと思います。

先程、日本の物価情勢についてお話しした際、消費者物価の前年比が上昇している背景の一つとして、需給ギャップが改善を続けており、最近は過去の長期平均並みであるゼロ近傍に達していることを挙げました。これは、景気が緩やかに回復するもとで需要が高まっていることによるものですが、その一方で、やや長い目でみて、日本経済の供給力が低くなってきていることも影響しています。実際、日本の潜在成長率は、1990年代以降、趨勢的に低下してきました(図表13)。

潜在成長率は、労働投入や資本ストックの伸びに加えて、イノベーションなどを通じた生産性の向上によって決まります。そこで、潜在成長率が低下した背景で、労働投入、資本ストック、生産性の3つの要素のそれぞれについて、どのようなことが生じていたのか振り返ってみたいと思います。

第一に、労働投入については、少子高齢化が大きく影響しています。少子高齢化は、多くの先進国に共通してみられる現象ですが、日本ではひときわ急速に進んでいます(図表14)。こうした人口動態の変化は、労働供給力の低下というかたちで、潜在成長率を下押しする要因となってきました。

第二に、資本ストックについては、バブル崩壊後のバランスシート調整の過程で、企業が過剰設備の解消に追われたことや、長引くデフレのもとで、企業の投資意欲が削がれ、設備投資が先送りされがちになったことなどから、その蓄積が鈍化しました。

第三に、生産性上昇率も低下しました。その理由として、1990年代に生じた情報通信技術の発展とグローバル競争の激化という世界経済の大きな変化に対して、バブルの後始末に追われた日本企業が十分対応できなかったことが挙げられます。さらに、先程申し上げた「デフレ均衡」のもとで、企業によるイノベーションが生じにくくなったことも、生産性上昇率が高まりにくい状態を長引かせることになったと思われます。

そうしたもとで、中長期的にみて日本経済が持続的に成長するためには、これら3つの要素のそれぞれを引き上げていくことが必要です。成長力の強化については、これまでも日本経済の課題として認識されてきましたが、需要が弱いもとでは、現実味を持った課題として捉えにくかったことも確かです。その意味で、供給制約が現実化している今こそ、長年の課題に取り組む絶好のチャンスだと考えています。

具体的には、(1)女性や高齢者を中心に労働参加を高めるほか、高度な外国人材を活用することなどで、労働供給を増加させること、(2)企業の前向きな投資を促進して、資本ストックを蓄積すること、(3)規制・制度改革を通じて生産性を向上させていくことが必要です。そのためには、民間主体と政策当局がそれぞれの立場で取り組みを進めていくことが不可欠です。各種のイノベーションは実際の経済活動の中で生み出されるものであり、また、現実に投資を決定するのは企業ですから、民間主体の取り組みが重要であることは言うまでもありません。加えて、そうした取り組みを促す環境を整備する観点から、政策当局が果たす役割も重要です。この点、政府は、成長力底上げのための政策として「日本再興戦略」を策定し、この1年間その実行に取り組んできました。先月には、その成果を踏まえて「日本再興戦略」の改訂も行われたところです。政府の成長戦略は、先程申し上げた3つの要素それぞれの引き上げに対応した施策を含むものとして高く評価できると考えています。今後も、政府による成長戦略が着実に実行されることを強く期待しています。

おわりに

日本経済は、デフレの制圧が視野に入ってきました。我々としては、「量的・質的金融緩和」を着実に推進していくことによって、2%の「物価安定の目標」をできるだけ速やかに実現したいと考えています。また、こうして、「デフレ均衡」から脱却し、2%程度の物価上昇率が安定的に持続する世界に移行することができれば、企業や家計のアニマルスピリットを蘇らせ、積極的な投資やイノベーションを促進することで、日本経済の中長期的な成長力の強化にもつながると考えています。また、このことは、世界経済全体の発展にも貢献するものであると信じています。