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【挨拶】わが国の経済・金融情勢と金融政策

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高知県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 佐藤 健裕
2014年12月4日

目次

1.はじめに

本日は、高知県の政治・経済・金融界を代表する皆様方にお集まり頂き感謝する。皆様には日頃より日本銀行高知支店の様々な業務運営にご協力を頂いている。この場をお借りして、厚く御礼申し上げる。

本日の懇談会では、まず私から国内外の経済・金融情勢と最近の日本銀行の金融政策についてお話させて頂いたうえで、高知県経済について若干触れさせて頂きたい。その後、皆様方から、当地実情に関するお話や、日本銀行の政策運営に対するご意見などをお伺いしたい。

2.内外経済・金融情勢

(1)世界経済の動向

IMFによる最近の世界経済見通しの下方修正に示されるように、世界経済の先行きについては、このところ欧州や一部の新興国にやや慎重な見方がみられる(図表1)。世界経済の減速懸念などから、原油価格等の国際商品市況も軟調に推移している。国際商品市況の下落は消費国である先進国・地域の経済には購買力の増加を通じて追い風となる一方、新興国・地域に含まれる資源国の経済には下押し要因となりうる。国際商品市況の変動により全体として、所得形成や分配にどのような影響が及ぶかを注視しているが、このところの世界経済の成長において、新興国・地域の寄与度は無視できないだけに、先行きの世界経済がIMFの見通しにあるように順調に成長率を高めていくかどうかは不確実性がある。

国・地域毎の状況について概観すると、米国経済は雇用の順調な回復を映じた家計支出の拡大から民間需要を中心とした着実な回復が続いており、先行きも前向きな循環に支えられながら徐々に成長率を高めていくと見込まれる。このところのガソリン価格低下も消費への追い風である。こうした見通しが幅広く共有されるなかで、金融政策については、2015年中とも言われる金融引き締め開始のタイミングとそのペースに市場の関心は移っている(図表2)。

これに対し、ユーロ圏経済は債務問題などに伴う調整圧力が残り、物価上昇率の低下傾向が見られるほか、ロシア経済の減速の影響などから、中核国であるドイツの製造業が夏場に一時的な変調を示し、家計・企業マインドも慎重化した。ドイツ経済は、足許では製造業の生産が横ばい圏内の動きとなっているが、堅調なサービス業に支えられて基調としては、緩やかな回復が続くとみている。もっとも、構造調整の遅れが指摘されるフランスやイタリアでは不透明感があり、先行きも債務問題の帰趨や金融システム健全化に向けた動きに留意する必要がある。また、低インフレの長期化やデフレに転じるリスクを相応に意識しておく必要があるように思われる(図表3)。ECBはこうしたリスクに対処するべく6月と9月に相次いで、マイナス金利の導入などを含め、緩和策を打ち出し、更に11月の政策理事会でも緩和強化の方向性を明示した。もっとも、ユーロ圏の物価上昇率は足許も低下傾向に明確に歯止めが掛かっていない。ECBは先行きのリスク要因に積極的に対処するスタンスであることから、今後の政策対応とその効果を注意深く見守りたい。

ロシア、ブラジルなど一部の新興国・地域は先に述べた国際商品市況の下落に加え、通貨下落や金融引き締めの影響からスタグフレーション的な景気後退に見舞われている。もっとも、新興国・地域間のばらつきも大きい。

中国経済について触れると、当局は構造調整を進めるなか、成長の質を重視するスタンスを維持し、成長率のわずかな下振れは許容する方針と見受けられる。もっとも、不動産市況の軟化等から下振れリスクが意識されるなか、一段の減速に対しては、小刻みな対策を打つことで景気を下支えするスタンスもまた不変である。先月21日に発表された金融緩和もそうしたスタンスの表れと理解している。中長期的には、人口動態に基づく潜在成長率の比較的急速な低下が見込まれ、上振れ余地があまりないように見受けられるが、少なくとも短期的には下振れリスクをはらみつつも概ね安定成長経路を辿ろう(図表4)。

このように世界経済は、欧州と新興国・地域の減速リスクが意識されるなか、比較的順調な回復基調を辿る米国頼みの様相となっている。もっとも、世界経済のリンケージが強まるなか、足許好調な米国も欧州や新興国・地域の減速の影響を受ける可能性は相応にあろう(図表5)。また、足許、地政学的リスクが一部に高まっているほか、西アフリカにおける感染症の拡がりも新たなリスク要因として意識されている。

(2)国際金融資本市場の動向

国際金融資本市場では、夏場までは低ボラティリティ下で投資家にsearch for yieldの動きがみられるゴルディロクス的状況であったが、先に述べたように世界経済の見通しが慎重化するなか、秋口には投資家のリスク回避姿勢が一時強まり、市場のボラティリティも全般に高まった。先に挙げた国際商品市況の下落のほか、質への逃避の動きを映じた長期金利低下もみられた。足許はこうしたリスク回避的傾向が和らぎ、株価は世界的に堅調だが、国際商品市況は引き続き軟調である。

こうした市場の状況が、単にこの夏場までの過熱の反動であったのか、あるいは最近の「長期停滞論」にみられるような慎重論の拡がりを示唆するのか、各市場の連関を整合的に説明するのは難しいが、背景として、FRBによる金融引き締めが具体的に意識されるなか、一時的にせよ、過度の楽観の巻き戻しが生じ、国際商品市場でその余波が続いている側面はあろう。また、先に述べた欧州や新興国・地域の減速が、成長のけん引役である米国を巻き込むリスクも、とりわけ国際商品市場では相応に意識されていると考える。

前者について補足すると、足許進行中の国際的な金融規制強化の動き(図表6)も市場のボラティリティ上昇にいくばくか関連しているように見受けられる。すなわち、規制の結果、主要なマーケット・メーカーのリスクテイクが制約され、市場全体としてリスクの吸収余力や流動性が低下している可能性である。こうした問題は、主要国の中央銀行が潤沢な流動性を市場に供給している間は概ね封印されてきたものの、米FRBが出口政策に関し情報発信を始め、市場参加者の間で政策金利の引き上げや流動性供給の絞り込みがある程度具体性をもって意識されるなかで、改めて浮上してきたのであろう。先行き、実際に引き締めが実行される局面では、規制の影響が一段と色濃く市場に出る可能性もある。無論、リーマンショックのような大規模な危機再来を予防する上で規制は重要だが、規制が市場参加者のリスクテイクを過度に妨げたり、市場の価格形成機能を過度に阻害することがないよう、バランスも望まれる。

(3)国内経済の動向

国内経済は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動などの影響から、自動車などの耐久財消費や住宅関連に弱めの動きが残り、自動車などの消費の弱さはこれまで生産面に影響してきた。もっとも、足許は輸出の弱めの動きに歯止めが掛かり、自動車中心に生じたミニ在庫調整の関連分野への波及もごく短期間で終わりそうな様相である。また、堅調な雇用・所得環境が維持されるもとで、企業収益は好調で、回復のメカニズム自体はしっかりと働いていることから、先行きは、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動などの影響が収束に向かうもとで、景気は緩やかな回復経路をたどっていくとみている(図表7)。

こうした見通しは、7-9月期GDP一次速報が2四半期連続のマイナス成長となり、また景気動向指数の一致指数が基調変化の可能性を示すなかでは楽観的に聞こえるかもしれない。確かに、雇用関連指標などは遅行指標であるがゆえに、足許の堅調な雇用情勢が必ずしも先行きの景気の堅調さを示すとは限らない。実際、雇用の先行指標である新規求人数や新規求人倍率は、製造業における生産調整がやや長引いたことを受け、企業の採用スタンスが慎重化したとみられることから、夏場にかけ一時的に頭打ち感がみられた。

もっとも、短観にみる企業の雇用不足感は90年代初頭のバブル期以来であるほか、国内生産が不芳な割に製造業の企業マインドは底堅さを維持している(図表8)。こうしたマインドの底堅さの背景として、海外子会社の良好な業績を受け、企業の連結利益が好調であることも指摘できよう。連結ベースの企業の良好なパフォーマンスは足許の輸出の弱さを補完する役割を果たしていると思われる。すなわち、海外子会社の生み出す利益が配当などの形で国内に還流することで、いわば新たな所得形成パターンが強まっているようにも思われる(図表9)。国内経済指標は確かに一部に弱さが残るものの、私としては、企業のグローバル化の進展という現状を踏まえ、より包括的な判断をする必要性を感じている。

先行きのリスク要因にも留意したい。第一は輸出の動向である。海外経済が先行き順調に成長率を高めていくかどうか不透明感があるなかで、製造業の海外生産シフトの動きはペースを鈍化させつつもなお続く見通しである。このため茲元の一段の円安が輸出の回復を後押しするかどうかは不透明感がある。第二は円安の影響である。エネルギー価格低下は家計・企業の実質購買力を高め、日本経済に明確にプラスに作用する反面、円安は国内生産の多くを占め、かつ今回の景気回復の牽引役である非製造業にとり交易条件面でマイナス要因となる。第三は家計・企業マインドの動向である。これまで国内経済指標の弱さの割に、とりわけ製造業のマインド指標は底堅く推移したが、ここに来て景気ウォッチャー調査の各DIの動きが一段と冴えなくなるなど、マインドには弱めの動きがみられる。同DIは短期的に景気に高い先行性を有しているだけに、その動きには注意を要する。同調査のコメントをみると、消費税率の再引き上げや天候要因、円安への言及が目立っており、これらの要因がマインドに与える影響には注意が必要である。

(4)物価面の動向

生鮮食品を除く消費者物価の前年比上昇率(消費税率引き上げ影響を除くベース)は昨年末以降1%台前半の動きが1年近く続いたのち、足許は為替が円安方向で推移するもとでも、原油など国際商品市況下落の影響などから、1%程度となっている。こうした動きの背景として、消費税率引き上げ前の駆け込み需要の反動減が長引いたことなども、企業の価格設定行動に影響を及ぼした可能性がある(図表10)。来年前半ぐらいまでを見通すと、原油価格や為替相場を現状横ばい程度とみると、先行きは本年前半の物価上昇の裏が出ることもあり、消費者物価の前年比は引き続き伸び悩む可能性がある。

もっとも、私の考えでは、国際商品市況の下落は、資源国への所得移転の縮小を意味し、日本経済にとり明確なプラス要因であり、やや長い目で見れば物価にとってもプラス要因と考える。また、供給側の統計をみる限り、駆け込み需要の反動の影響はほぼ収束しており、反動減の下で幾分慎重化した企業の価格設定行動にも先行き幾分好影響が及ぶことが期待される。

やや長い目で見た物価上昇メカニズムについては、先般の「展望レポート」にあるように、生産資源、すなわち労働力と資本ストックの稼働状況に着目している。とりわけ、最近の人手不足、すなわち労働資源の逼迫は、全体として賃金上昇圧力をもたらし、こうした賃金上昇圧力が物価に相応の影響を及ぼしているように見受けられる。その点、堅調と見込まれる冬季賞与を受けて消費が持ち直し、その好影響が物価に及ぶという経路も目先期待が持てよう。

もっとも、持続的な経済成長と物価安定にとって重要なのは、生産性の上昇に見合った賃金の上昇であり、それはやや長い目でみれば、企業の設備投資スタンスに依存する。足許は労働需給逼迫を梃子に、企業が省力化投資などを活発化することで、生産性の面で一段の飛躍を果たせるかどうか、あるいは設備投資への消極スタンスから生産性の顕著な向上を果たせず、したがって賃金の伸びも持続的でなくなるか、引き続きその岐路にあるように思われる。

企業の設備投資スタンスについて付言すると、引き続き更新・維持目的中心ではあるものの、合理化・省力化、製品高度化に向けた投資に前向きな動きがみられるようになってきた点は心強い(図表11)。最近の為替動向を映じて、企業の間では、国内と海外生産のバランスを見直す動きも一部にみられる。こうした企業のいわば立地戦略は短期的な為替相場動向に左右されるものではないので、足許の為替情勢を受けて生産の国内回帰が一気に強まるとは考えにくい。もっとも、企業の中長期的な相場観が修正されていくなかで、過度の円高の再来はないとの見通しが強まれば、その限りでもなかろう。

3.当面の金融政策運営

(1)「量的・質的金融緩和」の拡大について

日本銀行は10月末の金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」の拡大を決定した。私自身はこの決定に反対票を投じたことから、この政策変更について話すには微妙な立場にあるので、可能な範囲で私自身の考え方を示したい。

まず第一に、私自身はこれまで述べたように、経済・物価の基本的な前向きのメカニズムは維持されているとみていることから、追加的な金融緩和は不要と判断した。当面の消費者物価コアの前年比上昇率はエネルギー価格下落の影響が円安の影響よりも強めに出ることから、1%前後から1%未満となり、2%の「物価安定の目標」実現がやや遠のいたように見えるかもしれない。先般の日本銀行の決定は、そうした物価の下振れリスクにある種の保険をかけるものだと思う。もっとも、私としては、月々の物価指数の振れよりも、重要なのは、物価の基調と考える。その点、最近の原油等、国際商品市況の下落は確かにコア指数の下押し要因となる一方、先に述べたように、やや長い目で見れば、所得移転の縮小により日本経済には明確なプラス要因である。

また、「物価安定の目標」の達成度合いを評価するにあたっては、特定の指数の月々の振れに着目するのではなく、より幅広くかつフォワードルッキングに、例えば企業や家計など幅広い経済主体が、実際に2%程度の物価上昇率を前提とした経営計画なり消費行動をとるかどうか、より一般化すれば、過去15年超にわたるデフレの下で米国対比低位に張り付いているとされる人々の中長期的な予想物価上昇率が米国並みの2%程度にリアンカリングされる見通しとなるかどうかが重要と考える(図表12)。

ただし、中長期的な予想物価上昇率は、特定の経済指標があるわけでもなく、計測が困難である。事後的にはフィリップス曲線の切片の変化として捉えることは可能かもしれないが、リアルタイムの計測は仮にできたとしても推計誤差などを考慮するとその評価には慎重にならざるを得ない。結局のところ、人々の中長期的な予想物価上昇率が変化する、あるいはしたかどうかは、幅広い経済主体の行動様式などから定性的に判断していくほかはないように思われる。

その点、例えば、本年度の賃金交渉ではリーマンショック以降久方ぶりに多くの企業でベースアップが実現した。その背景には政労使協議の立ち上げなど、実現にむけた政府のイニシアティブがあった上に、労使も物価上昇という経済状況の変化を受け、物価上昇に見合う賃金上昇率の達成、というデフレの下で大方忘れられていた命題を改めて意識し、実際の賃上げに一部なりとも反映されるようになったことが挙げられる。こうした観点からは「量的・質的金融緩和」は一定の役割を果たしていると評価できる。

無論、こうした賃上げが人々の中期的な予想物価上昇率の2%へのリアンカリングに十分かと問われれば、現状は道半ばである。しかし、来年度に向けた労使交渉でも過年度の物価動向や先行きの物価見通しが実際の賃金にある程度織り込まれていき、2年連続で相応のベア実現となれば、デフレ下で賃金、なかんずく基本給は上がらないものという人々の固定観念、いわばデフレ予想を打ち破る突破口が更に開けることになろう。その意味で、来年度に向けた賃金交渉の動向を注意深く見守っている。

私としては、「物価安定の目標」実現に真に必要なのは、幅広い主体の構造改革努力を通じた生産性上昇とそれによる潜在成長力向上と考える。そうしたもとで緩やかな物価上昇が生じ、生産性に見合う賃金の改善が持続的に進むことで人々はデフレ脱却の恩恵を享受できるようになるであろう。

(2)「量的・質的金融緩和」の効果

第二に、「量的・質的金融緩和」の拡大についてはその限界的な効果の逓減に留意する必要があろう。そもそも、「量的・質的金融緩和」の拡大により先行きの金利は一段と低下すると見込まれるものの、名目金利は既に歴史的な低水準にあり、実質金利も大幅なマイナスとなっていることを踏まえると、経済・物価に対する限界的な押し上げ圧力は大きくないと判断される。また、「量的・質的金融緩和」の効果は日本銀行による資産買入れの進捗とともに累積的に強まる。その効果は長短金利水準に端的に現れており、今後も買入れ進捗により更に強まろう。こうしたプロセスを「量的・質的金融緩和」の拡大で更に加速する必要性は、コストとベネフィットを勘案すると乏しいように思われる。

ここで「量的・質的金融緩和」が金利面に及ぼす効果に触れると、日本銀行は長期国債について、政府の新規国債発行予定額を大幅に上回る年間80兆円をネットで買入れることにコミットした。日本銀行による買入れが政府の新規発行分を上回る部分は、結果的に、日本銀行が直接あるいは間接的に市中の国債保有残高を減らすこととなる。もっとも、国債を保有する機関投資家の多くは金融規制上の事情などから消去法的に国債を保有せざるを得ない状況にあり、もともと国債への選好が強い。こうした投資家のネット保有残高を減らす形で本行が買入れ行うと、その影響は、買入れの継続とともに市場の価格形成面でより強まっていくであろう。すなわち国債価格はより上昇(金利は低下)しやすくなる。

短期金融市場には、買入れの影響がより端的に現れ、マイナス領域での金利形成も頻繁にみられる。こうした金利形成については、本行の10bpsのいわゆる付利(補完当座預金制度)との裁定が働くことから、超過準備にマイナス金利を課すECBの例とは異なり、マイナス幅が大幅に拡大する状況にはないと認識している。もっとも、市場におけるこうした金利形成が実体経済面に何らかの歪みをもたらしたり、金融不均衡の蓄積に繋がらないかどうか、あるいは預金金利や、MMFやMRFなど広義の決済システムに不測の影響が出ないかどうか、注意深く見守っていく必要がある。

(3)「量的・質的金融緩和」の継続期間について

第三に、新たな「量的・質的金融緩和」は、「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点までオープンエンドで継続することとしているが、私としては、「物価安定の目標」はもともと柔軟、かつ上下にアローアンスのある概念と考えているので、「物価安定の目標」を安定的に持続するために「必要な時点まで」という対外公表文の文言についても、従来から、見通しベースの柔軟なターゲティングを提唱しているところである。

そうした柔軟なターゲティングは政策運営の透明性の点で劣るとの指摘はあろう。今回の緩和拡大もそうした認識のもと、日本銀行が2%の「物価安定の目標」の実現という「結果」にコミットしているからこそなされたものと私は考えている。

しかし、透明性と柔軟性のトレードオフは主要国の中央銀行が同様に経験しているところであり、透明性を高めようとしても、単純なルールに基づく政策運営は、実際は容易ではない。FRBやBOEも経済指標に基づく政策変更ルールを撤回し、結局、総合判断に戻ったことは重要な教訓を含んでいるように思われる。私としてはルールベースの政策運営は一見容易に見えても、実際の運営上さまざまな課題が見えてくるものであり、結局は将来の経済・物価情勢に応じて臨機応変に考えていくしかないように思われる。

物価は経済の体温であり、中央銀行が直接に操作可能な変数ではない。一般論として、中央銀行の政策が物価に波及する経路は、金利低下や為替相場、資産価格などが考えられるが、いずれも間接的なものである。その点、特定の期間内に特定の上昇率を目指すという硬直的な考え方には違和感があるし、仮にそれが実現できない場合、中央銀行の信認は低下のリスクに晒されよう。

(4)財政健全化の重要性

最後に、消費税率再引き上げ延期に関連して、財政健全化の重要性について改めて触れたい。前述のように、日本銀行は政府の新規発行額を大幅に超える国債買入れ等を行い、人々の中長期的な予想物価上昇率の押し上げを図っているが、その最終的な成否は政府の財政健全化へのコミットメントに依存する。また、そうしたコミットメントが守られているかを判断するのは政府や日本銀行ではなく、市場である。仮に市場で政府のコミットメントに対する疑念が高まれば、その影響は国債市場におけるリスクプレミアムの拡大として現れるであろうが、それに対する中央銀行の処方箋は限られる(図表13)。

やや長い目でみて、日本銀行が「量的・質的金融緩和」からの出口を探る際も、スムーズに出口を迎えるうえで、やはり政府の財政健全化努力が重要である。その点、米国では緊縮的な財政政策と金融政策の連携が結果的に取れ、長期金利水準はFRBが出口に関する情報発信を始めた頃よりも基調として低下している。冒頭述べたように、主要国における長期金利水準の低下傾向は、緊縮的な財政政策のみならず、長期停滞論が影響している可能性もあり、その評価には慎重であるべきだが、財政と金融政策の連携という点では学ぶべき点があるように思われる。

4.おわりに〜高知県経済の現状と課題〜

最後に、高知県経済について話したい。

高知県は、県内総生産などからみて、製造業のウェイトが全国と比べ小さい一方で、建設業やサービス業といった非製造業のウェイトが相対的に高く、輸出よりも内需に支えられた産業構造となっている。このため、2000年代の全国的な輸出産業主導での景気回復局面では高知県は長期に亘り景気が低迷したものの、昨年以降は、高知県も力強さやテンポの点で幾分差はあるが、全国と同様に公共投資等を中心とした内需主導による改善の動きが続いている。

足許においても、夏から秋にかけての荒天によって、小売や観光関連、農業等を中心に少なからぬ損失が生じ売上回復に水をさされたものの、個人消費の下支えとなる雇用・所得環境は改善基調が続いているほか、企業マインドも底堅く推移しており、県内景気の緩やかな回復基調は維持されているとみている(図表14)。

もっとも、より長い目でみると、高知県は、長年の景気低迷が拍車をかける形で全国に10年以上先んじて少子高齢化や人口減少などの構造的な課題に直面しており、県内市場の縮小や労働力不足などが懸念されている。また、甚大な被害が想定されている南海トラフ巨大地震・津波に備えた防災対策の実施などの容易ならざる課題も抱えている。

ただ、こうした課題に対して、各方面から解決に向けた取り組みが進められていることは心強い。例えば、高知県では「第2期高知県産業振興計画」を進めており、地産地消・地産外商の強化、第一次産業の強化と六次産業化の推進、防災関連産業や新エネルギーなどの新たな産業の育成、県外・海外からの誘客促進を企図した観光振興など、幅広い分野において官民協働による産業振興に向けた取り組みが行われている。高齢化や人口減少が懸念される中で、製造業や第一次産業等の振興を図り、県外や海外市場に向けた外商を推進することを通じて、「高知家(こうちけ)」というブランドの下で、県内産業を持続的に発展させる本戦略には、大変な熱意と意欲を感じる。

高知県は、幕末の志士をはじめとして、歴史上の偉人を数多く輩出しており、進取の気性が根付いた土地柄と聞いている。産官学金で連携し、大胆かつ果敢な取り組みによって、高知県経済が一層活性化していくことを期待したい。