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【講演】緩やかなインフレ経済への転換に向けて -企業と家計のインフレ予想の現状-

ブリューゲル(3月4日)、欧州中央銀行(3月6日)、イングランド銀行(3月10日)における講演の邦訳

日本銀行政策委員会審議委員 白井 さゆり
2015年3月10日

目次

1.はじめに

皆様、こんにちは。本日は、日本銀行の金融政策についてお話しする機会をいただき光栄に存じます。日本銀行では2%の物価安定目標の実現を目指して2013年4月に「量的・質的金融緩和」(QQE)を導入しました。また、2014年10月には追加緩和を実施しましたが、その理由は、(1)消費税率引き上げ後の国内需要の弱さと原油価格の下落等が原因となって物価上昇率が低下していることが、(2)「予想物価上昇率(インフレ予想)」を下押しすることで前向きな賃金交渉や企業の価格決定行動を後戻りさせるリスクを未然に防ぐためです。つまり、所得から支出へと経済が好循環するメカニズムを確実にするための決断であったと、私は考えています。その後も原油価格はさらに下落し、物価上昇率は低下を続けていますが、国内需要は緩やかな回復基調にあります。予想物価上昇率についての日本銀行の見解は、「やや長い目でみれば、全体として上昇している」との判断を維持しています。今後は(名目・実質)所得の上昇が見込まれており、原油価格の下落が止まり緩やかな上昇に転じていけば、物価上昇率も上昇へと転じていくと予想されています。

欧州においても低インフレ状態が続いています。ユーロ圏では2014年末から原油価格の下落を主因に物価上昇率はマイナスに転じ、一部の予想物価上昇率も低下しています。欧州中央銀行(ECB)は、2015年1月に追加緩和を決定し、現在では日本銀行と類似した非伝統的な金融政策手段を採用しています。共通点は長期国債を中心とした様々な資産の買い入れにありますが、貸出実績にリンクして低金利の長期資金を供給している点も似ています(図表1)。欧州ではデフレの回避、日本ではデフレからの確実な脱却が、各中央銀行の重要な責務です。そうした点を念頭に置いて、本日は、QQE導入以降の約2年間に亘る日本銀行の「経済・物価見通し」を振り返り、かつ「直近」の見通しを上振れ・下振れさせるリスク要因について、私の見方をご説明します。その後、物価安定目標の実現において各中央銀行が重視する予想物価上昇率について、わが国の現状についてもお話しいたします。

2.日本銀行の経済・物価見通しとリスク評価

(1)日本銀行の経済・物価見通し(基本的シナリオ)

日本銀行では、実質GDPとコアCPI(総合から生鮮食品を除く)の対前年比変化率について、9人の政策委員による先行き3年度分の見通し(現在は2016年度まで)を四半期毎に示しています。図表2は、4つの評価時点、すわなち、(a)QQE導入時の2013年4月(2015年度まで)、(b)その1年後の2014年4月、(c)同10月、そして(d)直近の2015年1月を取り上げ、各時点の大勢見通しの中央値、最大値、最小値を示しています。日本銀行の基本的見解は「中央値」をもとに言及されることが多いため、以下、中央値をもとにお話しいたします。

日本銀行の経済・物価見通し(中央値)の推移を振り返ってみますと、QQE導入時の2013年4月時点から2015年1月時点までの2年弱の期間で、結果的に大幅な下方修正となっています(図表2)。このことは、今回を含めてQQE導入以降一貫して、中央値対比で低めで比較的慎重さを維持してきた私自身の見通しについても概ね同じことが言えます。勿論、見通しの前提となる内外情勢が変われば中央銀行の見通しが修正されるのはごく自然なことです。とはいえ、大幅な修正に至った背景についての明確な説明は必要だと思いますので、以下、私の考えをお話しいたします。

(2)日本銀行の経済見通しの修正について

2014年度の経済見通しの大幅な下方修正の背景

図表2をご覧になってまず目に留まるのが、2014年度の経済成長率が、2013年4月時点の1.4%から直近ではマイナス0.5%へと大幅に下方修正されている点だと思います。この理由として、四点指摘いたします。第一に、消費税率引き上げによる家計支出の落ち込みが当初の予想以上に大きく、しかもその後の回復ペースも当初予想よりも弱かったことが挙げられます。(耐久消費財等の)個人消費や住宅投資が大きく下振れしたのは、消費税率引き上げに伴う反動減だけでなく、主に消費増税による実質(可処分)所得の低下が原因です。

消費税率引き上げの負の影響が当初予想よりも大きくなった一因は、前回の消費税率引き上げ時(1997年)以降に起きた経済社会状況の変化を見極めづらかったことにあると思います。その変化とは、(1)年金受給世帯数が増加し、しかも年金給付額が(特例水準の解消で)減額していること、及び(2)(非正規雇用者数の増加と正社員の給与抑制が長く続いたことで)1人当たり平均所得水準が低下し、2014年4月の賃上げで改善してもなお低水準にあること等が挙げられます。この点は、私が昨年4月の消費税率引き上げ以前から、「雇用・所得環境の改善ぺース」が下振れるリスクとして重視すべきと主張してきたリスクであり、そのリスクが顕在化したとみています。こうした状況下で、「実質所得の減少によって需要が減少するケインズ効果」が、「財政・社会保障制度の持続性への信頼が高まることで需要が拡大する非ケインズ効果」を上回ったように思います。その他、2014年7〜10月の天候不順も個人消費を減退させました。しかし、現在では、消費税率引き上げの影響が減衰しており、個人消費は緩やかな回復を続けています。住宅投資も概ね底入れしています。

第二に、円の為替レートは大きく減価しましたが輸出量の浮揚効果は当初予想したほど顕れず、国内需要の減少を相殺しなかったことにあります。これは、過度な円高傾向が続いた局面で生産の海外移管が進んでいたこと、一部業種における国際価格競争力の低下、世界経済の回復の弱さ等が要因として挙げられます。円高修正は大企業・製造業には評価益等を通じて収益改善に寄与しましたが、国内大企業への部品・中間財のサプライヤーとして位置づけられる中小企業・製造業には恩恵が限定されたようです。しかし、2014年後半以降は、米国経済の回復や価格競争力の改善もあって輸出量は徐々に伸びつつあります。

下振れの主因は上記の2点ですが、第三として、設備投資も当初予想したほど拡大しませんでした。これは、2014年4月の汎用ソフトウェアのサポート期限切れや建設機械に対する排ガス規制強化によってパソコンや建設機械等の駆け込み需要とその反動が生じたことも原因です。また、昨年夏場から耐久消費財を中心に想定を超える在庫が積み上がったことから、設備投資を増やす計画を先送りする企業も一部に見られました。しかし、現在では、設備投資は回復を続け、在庫も減少し、鉱工業生産も増加に転じています。

第四に、潜在成長率は趨勢的に低下してきており、足もとでは幾分改善したものの0%台前半に留まっていることもあって、多くの家計が景気回復を実感できないことも需要の回復が遅れた背景にあります(図表3)。潜在成長率の低下は、人口動態的要因だけでなく、(企業の新陳代謝・ビジネスモデルの転換の遅れによる)全要素生産性(TFP)の伸び率の低下、そして(設備投資の先送りが長く続いたことによる)資本ストックの減少が原因とみています。

また、失業率は3%台へと低下して自然失業率に近づいており、生産年齢人口の減少も一因となって人手不足が徐々に顕在化しています。そうした人手不足は、新規雇用と名目所得の改善に寄与する一方で、主に地方や中小企業の事業機会を失わせ潜在成長力を弱めている面もあります。たとえば、技術者不足が深刻な建設業界では人件費と資材高騰もあって単価は上昇しましたが、昨年4−6月に公共投資の発注が前倒しされても着工件数を余り増やすことはできませんでした。住宅投資も、実質金利の低下が住宅ローンの潜在的需要を喚起する一方で、建設費の上昇にもとづく住宅価格の上昇は一般家計の住宅需要を部分的に抑制したようです。

なお、ここで強調したい点は、金融緩和政策がなければ、現状ほどの企業収益と雇用・名目所得の改善は実現せず、成長率は一段と下振れていたと考えられることです。実質金利はマイナスで推移し、株式・不動産等の資産効果、資金調達の多様化、円高修正等を通じて、企業の価格設定や設備投資、金融機関の投融資、個人投資家の投資意欲、外国人観光客の増加等で前向きな変化が徐々に生まれています(図表4)。従って、経済見通しは下振れしましたが、そのこと自体は金融緩和政策の効果を否定するものではありません。

2015年度及び2016年度の経済成長見通しの上方修正の背景

一方、2015年度の成長率は、直近の見通しでは2.1%と、2013年4月時点の1.5%と比べて大きく上振れています。上方修正は、予想以上の経済の落ち込みから戻る過程であるためごく自然なことです。それに加えて、直近の見通しの上方修正幅が特に大きい要因として、次の四点を個人的には勘案しています。それらは、(1)(原油安と2014年末からの円安のラグ効果等による)企業収益改善とそれによる設備投資の上振れ、(2)(原油安等によって)海外経済が次第に回復することがわが国の輸出に与えるプラスの影響、(3)(原油安や第2回目の消費税率引き上げの先送り等に伴う)実質所得の上昇とそれによる個人消費の上振れ、(4)2014年度補正予算に盛り込まれた経済対策の押し上げ効果等です。2016年度についても1.6%へと上振れていますが、第2回目の消費税率引き上げによる駆け込み需要の発生が2015年度から2016年度へと後ずれした影響も含まれています。

今後の潜在成長率については、(企業の新陳代謝や高付加価値な財・サービスの提供による)TFP伸び率の上昇、資本ストックの増加および労働力の再配分の促進によって、2016年度にかけて1%を少し下回る程度へと上昇していくと私は予想しています。また、政府の構造改革・成長戦略の進展や女性・高齢者が働きやすい環境が整えば、潜在成長率が一段と高まっていくと期待しています。

(3)日本銀行の物価見通しの修正について

次に、日本銀行の物価見通しに移ります。2014年度の見通しは、2013年4月時点の1.4%から2015年1月時点の0.9%へと下振れています(前掲図表2)。2014年度の下振れについては、(a)前年に物価が大きく上昇した反動(前年の裏)の影響が予想よりも大きいことの他、(b)需給ギャップが(ゼロ%近傍とはいえ)2014年4−6月から予想外の2四半期連続で悪化したためにその回復が遅れていること、(c)予想物価上昇率の上昇ペースが緩慢になっていること、(d)2014年7月頃からの原油価格の下落等が反映されているとみています(前掲図表3)。この結果、物価上昇率が上昇に転じていくタイミングは、2014年度中から2015年度後半へと後ずれしています。

2015年度の物価見通しについても、原油価格の下落を主因に、2013年4月時点の1.9%から直近では1%へと大きく下振れています。ここには、エネルギー価格のコアCPIへの寄与度はマイナスの0.7〜0.8%ポイント程度とする日本銀行の現在の試算結果が織り込まれています。2015年度全体を展望しますと、半ばにかけて原油価格の下落の影響が次第に減衰すると予想されています。その後は、(1)需給ギャップの改善ペースが、成長率の上振れにより当初の想定よりも加速し、(2)2014年11月からの一段の円安のラグ効果に加え、(3)予想物価上昇率も上昇に転じた後は、当初の想定よりも早いピッチで上昇していくと予想されています。こうした物価押し上げ圧力が強まる結果、年度後半には物価が従来の想定よりも力強いペースで上昇し、2015年度末にかけて2%程度に近づくと推計されています。

すなわち2014年度と2015年度の見通しの背景には、「物価の基調的な動き」が概ね不変との見方が維持されていることがあります。第一に、原油価格下落による物価への影響は一時的とみている一方で、経済活動にはプラスですし、やや長い目でみれば需給ギャップの改善を通じて物価の押し上げ要因にもなるからです。第二に、予想物価上昇率についてですが、市場ベースの指標は、米国・ユーロ圏と同様に最近まで低下していましたが、サーベイ調査にもとづく指標は総じて横ばいの動きとなっています。第三に、2015年春の賃金交渉において、労働組合側では2%以上のベースアップを要求し、企業団体側も賃金の引き上げに向けた最大限の努力を図る方針を示しています。この動きは、企業・家計の物価観や経済行動が緩やかなインフレ環境を前提とした方向へと着実に進んでいる兆しとみなせるからです。

こうした物価の上昇圧力が十分大きいため、物価上昇率は当初の想定よりも力強いペースで上昇して2015年度末にかけて2%程度に近づけると見込んでいます。だからこそ、「2015年度を中心とする期間に2%程度に達する可能性が高い」との判断が維持されています。また、2016年度についても同様の理由で、物価上昇率は2%を上回るという従来とほぼ不変の見通しが維持されています。

(4)日本銀行の経済・物価見通しについてのリスク評価

次に、直近の経済・物価見通しを上振れ・下振れさせる可能性のあるリスクについて、私が重視する内容を中心にお話しいたします。まず、経済見通しに関するリスクですが、特に注目しているのは海外要因です。世界の金融資本市場とコモディティ市場の動向が不安定化しているため、海外経済の先行きに対する不確実性が高く上下両方向のリスクになるとみています。すなわち、欧州経済については、原油価格の下落、債務問題、低インフレ、地政学的問題等が、設備投資や雇用に及ぼす影響を意識しています。米国では景気回復が明確ですが、連邦準備制度理事会(FRB)による「出口」に向けた金融政策運営が米国経済や世界の資本移動や金融資本市場に及ぼす影響を注視しています。米国経済の回復が継続し、金融政策の正常化がスムーズに実施され、原油価格もごく緩やかな上昇に転じていけば、世界経済が上振れる可能性も相応にあると思われます。

国内要因に関するリスクについては、企業収益や実質所得が改善しても設備投資や消費がどの程度拡大するかについては不確実性があると考えています。この理由として、(1)2014年度に実質所得が大きく減少した直後であり家計の負担感が和らぐには時間がかかること、(2)家計が恒常的な所得上昇を期待できない場合、実質所得の改善は一時的な収入の増加とみなされて貯蓄に多く回る可能性が考えられます。また、(3)わが国の成長期待や社会保障制度・財政規律への信頼が高まらないと投資や消費がさほど増えない可能性もあります。この点、金融緩和政策や政府の経済対策・成長戦略に呼応して、企業の基礎体力や地方経済の底上げを図ろうとする意欲の高い地方自治体、企業、金融機関が少しずつ増えているようですが、大きく進展しわが国が成長力を高めていくかについては、上下双方向のリスク要因として注視しています。

次に、物価見通しに関するリスクについてですが、次の三点に注目しています。第一に、原油価格の下落はエネルギー価格の低下を通じてわが国の物価を直接的に下押しするだけでなく、世界的なディスインフレがわが国の輸入価格を下押しする「間接的な経路」を通じても物価を下押しする可能性を意識しています。第二に、(名目・実質)所得の上昇によって家計のマインドが改善すれば、企業にとって販売価格を引き上げ易い環境になりますが、企業の中には、販売価格を抑制してシェア拡大を目指す先も相応に見られる可能性があります。第三に、予想物価上昇率は、2015年度中は現状程度で推移して、上昇していくタイミングが後ずれする可能性が考えられます。或いは、後述しますが、特に家計の予想物価上率は足もとの日用品やガソリン等の価格動向によっても影響を受け易いため、不安定化する可能性もあります。最後に私の個人的な見解ですが、物価上昇率の一時的な低下は、(昨年10月に追加緩和をしたこともあって)物価の基調や国内需要の回復ペースが持続している限り、容認し得ると受け止めています。しかしながら、物価上昇率が2%程度に近づくタイミングについては、直近の見通しから後ずれする可能性を含めて、不確実性が高まっていると考えています。

3.わが国における予想物価上昇率の動向

(1)物価の基調的な動き

ここで、先ほど触れた「物価の基調的な動き」についてご説明いたします。物価の基調的な動きは、需給ギャップや「中長期の」予想物価上昇率(及びその背後にある所得や企業の価格設定の動向)との関係をみて判断されますが、一般的には、代理変数として、一時的な変動要因の影響を除いたコアCPIに注目します。日本銀行では、生鮮食品を除くCPIをコアCPIとみなしています。この他、10%刈込平均値、ラスパイレス連鎖指数、コアCPIの上昇・下落品目比率、CPIの構成項目等も重視しています。また、企業物価指数、企業向けサービス価格、コモディティ価格といった幅広い物価動向もモニターしています。なお、コアCPI、刈込平均値、ラスパイレス連鎖指数については、昨年半ばから低下していますが、上昇・下落品目比率は横ばいとなっています(図表5)。

実際に、物価の基調的な動きが維持されていると判断する尺度としては、(1)幅広い品目で物価が上昇しているのか、(2)物価上昇が持続しているのか、(3)中長期の予想物価上昇率が総合的にみて上昇傾向或いは横ばい圏内の動きを維持しているのかが重要になります。現時点では上昇・下落品目比率をみると6割程度の幅広い品目で上昇傾向が継続しています。中長期の予想物価上昇率については、市場の関連指標(ブレークイーブンインフレ[BEI]率やインフレスワップレート等)の中には最近まで低下を示していた指標もありましたが、足もとでは横ばい又は幾分上昇しています(図表6)。また、企業・家計・エコノミスト等のサーベイにもとづく指標は概ね横ばいとなっています(図表7)。

(2)中長期の予想物価上昇率について

世界の主要中央銀行は明確な物価安定目標を掲げ、その多くが2%程度を中期的に実現するよう金融政策運営を行っています。その際、「フレキシブル・インフレーション・ターゲティング」の枠組みの下で、実際の物価上昇率が一時的に目標の2%程度から乖離することは容認されており、やがて目標に収斂していくと見通せることが重要だと考えられています。この収斂する力があるのかを判断する際に重要なのが、「中長期の予想物価上昇率」です。これが2%程度で安定(アンカー)していれば、たとえ実際の物価上昇率が暫く上下に変動しても、やがて2%程度に向かうと判断されます。この状態が実現していれば、賃金交渉や企業の販売価格設定の際に、2%程度の物価上昇率を想定して決定される度合いが強まり、2%程度の「物価安定が実現している」とみなせます。ただし、デフレが長く続いたわが国においては、予想物価上昇率がそもそもアンカーされておらず、しかもその水準は1%前後で変動してきました。従いまして、いかにして予想物価上昇率を2%程度に向けて高めていくことができるかが重視されています。

中長期の予想物価上昇率を示す指標は、水準や方向が相互に異なることが多いため、各中央銀行は複数の指標を見て総合判断しています。異なる動きが生じるのは、(1)各指標には様々な固有のバイアスがあること、(2)指標によっては異なる物価を対象としていること等が考えられます。(1)については(後述しますが)、わが国の場合、家計は常に物価が高くなると予想する上方バイアスがある一方で、企業は「販売価格の見通し」を慎重に考える下方バイアスがあると考えられています。(2)については、例えば、日本銀行の「生活意識アンケート調査」では、「あなたが購入する物やサービスの物価全体」についての見通しを聞いている一方で、日銀短観の「物価全般の見通し」ではCPIをイメージするよう明記しています。また、BEIやインフレスワップレートはコアCPIを対象としていますが、予想物価上昇率だけでなく様々なプレミアムが含まれます。図表8は、わが国の短期(1年以下)と中長期(1年超)の予想物価上昇率を示すサーベイにもとづく指標について、基本情報を整理したものです。

物価安定の実現において最終的に重要なのは企業・家計の予想物価上昇率とそれに基づく行動です。以下、それらの予想物価上昇率についてお話しします。

(3)企業の予想物価上昇率の動向

日銀短観(四半期)では資本金2,000万円以上の1万社程度の企業を対象に、「販売価格の見通し」(現在の水準と比較した変化率)と「物価全般の見通し」(前年比)について、それぞれ1年後、3年後、5年後の見通し期間について質問しています。同質問は2014年3月調査から開始しており、現時点では4調査時点(2014年3月、6月、9月、12月)分が入手できますが、まだデータの蓄積がありませんので解釈には幅をもつ必要があります。以下では、4つのグループ(大企業・製造業、大企業・非製造業、中小企業・製造業、中小企業・非製造業)にも分けてみていきます。あくまでも私個人の暫定的な見解ですが、興味深い点についてご紹介したいと思います。なお、調査結果はこれまでのところ4調査時点で大差がないため、主に直近(2014年12月)のデータをもとにお話しいたします。

販売価格の見通し(1年後、3年後、5年後)

販売価格の見通しについては、選択肢は「+20%程度以上」から「−20%程度以下」までの5%刻みの選択肢と「分からない」の合計10種類の選択肢があります。全規模・全産業の販売価格見通し(平均値)は、1年後は1%、3年後は1.7%、5年後は2%となっており、見通し期間が先行き遠くなるほど、現在の水準対比で上昇しています。注意点は、これらの数値は現在対比の変化率で、年間平均の上昇率ではないことです。そこでこれらの差をとりますと、3年後は(1年後対比で)0.7%増、5年後は(3年後対比で)0.3%増となり、先行き遠くなるほど販売価格の上昇幅は小さくなっています。なお、平均値は「分からない」回答を除いた平均ですので、特に3年後と5年後についてはサンプル数が限定される点に留意が必要です。

  • 第一に、大企業・製造業は販売価格が現在と比べて3年後は横ばい(+0.1%)、5年後にはむしろ下落(−0.2%)すると予想しており、他のグループが販売価格の上昇を予想しているのと対照的です(図表9)。下落の予想は、特に加工業種(電気機械や輸送機械等)の大企業で顕著にみられ、最終財のメーカーとして内外の厳しい価格競争に直接的に晒されていることから、販売価格の上昇を前提に経営計画を立てにくいことが推察されます。
  • 第二に、大企業・中小企業ともに、非製造業企業は、同規模の製造業企業よりも、販売価格がより高く上昇していくと予想しています。大企業については3年後では、建設・不動産で、5年後では、建設・不動産、小売、宿泊・飲食サービス等の業種で、販売価格が高くなると予想されています。中小企業においては、3年後は、建設・不動産、宿泊・飲食サービス等の業種で、5年後は、建設・不動産、卸・小売、宿泊・飲食サービス、運輸・郵便等で、より高い上昇が予想されています。これらの業種では、構造的な人手不足、都市における不動産価格の上昇、資材の高騰等の影響を既にかなり受けていると考えられます。

以上の二点から、今後の販売価格は、製造業よりも非製造業、特に人手不足の業種を中心に上昇が予想されているようです。

つぎに、前述の10種類の選択肢の中で回答が多い上位3つ(0%程度、5%程度、分からない)に注目しますと、以下のような結果がみられました。

  • 第三に、全規模・全産業では、1年後の見通しは「0%程度」と現在と同程度と予想する企業が全体の6割程度に達します。つぎに多い回答が「+5%程度」で、全体の2割程度を占めます。対照的に、3年後の見通しでは回答のばらつきが目立ち、「0%程度」が3割程度、「+5%程度」と「分からない」が2割超と、これら3つの選択肢の合計で8割程度に達します。5年後となりますと、「分からない」が最大の35%程度へと上昇し、代わって「0%程度」が2割程度へと低下、「+5%程度」は2割超を維持しています(図表10−1)。
  • 第四に、4グループに分けますと、製造業と非製造業の間よりも、大企業と中小企業の間での違いが目立ちます。1年後、3年後、5年後へと進むにつれ、「分からない」の回答が増えている点は大企業・中小企業とも共通しています。しかし、どの見通し期間をとっても大企業の方が「分からない」の回答が中小企業を上回ります。一方、中小企業の方は、大企業よりも「+5%」と高めの上昇を予想する回答割合が、どの見通し期間をとっても大きくなっています(図表10−2、10−3、10−4)。

以上の結果から、中小企業・製造業は、大企業への部品供給関係や、取扱う部品・中間財の範囲が限られることによって、販売価格の見通しを立てやすいと推察されます。中小企業・非製造業については、価格設定で影響力をもつ大企業の動向に注意を払いながらも、労働集約的で人手不足が深刻化している企業も多く、将来の生産費用の上昇を見込んで販売価格の上昇を見通しているように思われます。

物価全般の見通し(1年後、3年後、5年後)

つぎに、「物価全般の見通し」(CPIをイメージと明記)を見ていきます。回答者への選択肢は「+6%」から「−3%」まで1%刻みの10種類と、「イメージなし」を3種類の内訳区分で提示しています。まず、全規模・全産業の物価上昇率(対前年比)の見通し(平均値)は、1年後1.4%、3年後1.6%、5年後1.7%となっており、見通し期間が先行き遠くなるほど上昇率が高まっています(前掲図表7)。以下では、得られた結果についてやや詳しく三点ほどご紹介します。

  • 第一に、4グループに分けますと、製造業と非製造業の間よりも、大企業と中小企業の間の物価見通しの水準の違いが顕著です。大企業では1年後の見通しは、1.1%、3年後と5年後の見通しは1.2%、中小企業では1.7%程度、1.8%、1.9%と、いずれも先行き上昇していくという方向感は共通ですが、後者の方が高い水準となっています(図表11)。

さらに、回答者への選択肢の中で最多の回答が得られた上位4つ(0%程度、1%程度、2%程度、イメージなし)に注目しますと、以下のような結果となりました。

  • 第二に、全規模・全産業1年後の見通しは、「1%程度」が約3割、「+2%程度」と「0%程度」がそれぞれ2割前後、「イメージなし」は15%で、販売価格と比較して回答が分散しています。3年後の見通しについては、「イメージなし」が3割程度へと倍増し最多となる一方で、次いで多いのは「+1%程度」と「+2%程度」で各々2割程度となっています。5年後になるとこのパターンが強まり、「イメージなし」が4割程度へと上昇し、「+1%程度」と「+2%程度」が各々15%程度へと低下しています。全体として、「イメージなし」の回答割合が、販売価格の「分からない」の回答割合よりも、どの見通し期間をとっても大きくなっています(図表12−1)。
  • 第三に、4グループに分けますと、大企業の方が中小企業よりも「イメージなし」の回答が多く、3年後の見通しでは4割を超え、5年後の見通しでは5割を超えています。一方、中小企業の方が、大企業よりも、「+2%程度」の選択肢の回答割合がどの見通し期間でも大きくなっています(図表12−2、12−3、12−4)。

企業の予想物価上昇率についてのまとめ

前節でご紹介した販売価格と物価全般の見通しで得られた結果を踏まえると、暫定的に次のようにまとめられると思います。

  1. (1)物価全般の全規模・全産業の見通し(平均値)は、1年後1.4%、3年後1.6%、5年後1.7%と上昇しています。しかし、大企業の見通しは製造業・非製造業ともに先行きはほぼ横ばいですので、物価上昇率が上昇していく見通しは主に中小企業の見通しを反映しています。また、大企業は、販売価格見通しについても、中小企業より低めで慎重にみているようです。
  2. (2)販売価格も物価全般も、大企業の方が、中小企業よりも「分からない」、「イメージなし」の回答が多くなっています。これは、大企業では最終需要財を中心に厳しい内外競争に直面する下で、販売価格や物価全般の先行きを見通しにくいと感じている一方で、中小企業は相対的にマージン率が低いため、(仕入価格や人件費等の)生産費用の上昇が見通しに反映されている可能性があります。
  3. (3)大企業の販売価格の見通しが中小企業より慎重ということは、大企業の設定する慎重な価格設定が、取引関係を通じて中小企業にも影響を及ぼす可能性が考えられます。その結果、価格転嫁が難しい中小企業もあり、経営状況が厳しくなる可能性が示唆されます。中小企業によるマージン率の改善や高付加価値ビジネスモデルの構築といった対応がますます重要になると推察されます。
  4. (4)価格設定における大企業の影響力が大きいとするならば、特に最終財に近い加工業種等の大企業の販売価格の見通しを集計すると一般物価(例えばCPI)見通しに近づくと考えられます。もしそうした大企業が慎重で低めの販売価格設定を維持する場合には、実際の一般物価の上昇率は、全規模・全産業の物価全般の見通し(平均値)が示唆する水準よりも低くなる可能性があります。
  5. (5)最後に、販売価格も物価全般もそれぞれ「分からない」、「イメージなし」の回答が、3年後は2〜4割程度、5年後は3〜5割程度へと増えています。また、3年後、5年後になるほど選択肢の間で回答のばらつきが目立ちます。物価全般については、見通しの平均値が最も高い中小企業の5年後でも1.9%です。以上より、企業の中長期の予想物価上昇率はまだ安定しておらず、また2%程度に上昇していくには、まだ道半ばと言えます。

(4)家計の予想物価上昇率の動向

日本銀行の「生活意識に関するアンケート調査」では、4,000人を調査対象(回答率は半分強)として、1年後と5年後の予想物価上昇率について聞いています。現行の調査方法によるデータは2006年6月以降から直近の2014年12月調査分まで、四半期毎に入手できます。この他の指標としては、公表データを加工して作成することができる、「現在の物価に対する実感D.I.」(1年前対比)、「物価の受け止め方D.I.」(上昇が望ましいとする回答比率と下落が望ましいとする回答比率の差)といったものも有用です。以上の指標と同調査から得られる関連指標(収入D.I.、支出D.I.、雇用環境D.I.)をもとに、足もとの指標から短期(1年後)及び中長期(5年程度)の予想物価上昇率へと順に、興味深い点をご紹介いたします。

物価の受け止め方(物価上昇を容認する姿勢)について

  • 「現在の物価に対する実感D.I.」と「物価の受け止め方D.I.」との推移をみますと、逆相関の関係がみられます(図表13)。すなわち、現在の物価が1年前と比べて高いと感じる場合に、「物価の受け止め方D.I.」が下落し、物価上昇を容認する姿勢が後退する傾向がみられます。なお、2009年末から2010年初めに「物価の受け止め方D.I.」が上昇していますが、これは世界金融危機による景気後退によってCPI上昇率が大きくマイナスとなり、「現在の物価に対する実感D.I.」も低下した時期に当たります。このことは、物価下落の背後にある景気後退を意識して、物価上昇を好ましいこと、又は、物価下落を困ったことだとする回答が増えたからと考えられます。
  • 物価上昇率が高まった2008年と2014年を比較しますと、「物価の受け止め方D.I.」の水準が2014年の方が高く、物価上昇を容認する姿勢が強まっています。これは、2014年の方が雇用・所得環境が改善しているためと思われます。実際、「現在の収入D.I.」、「1年後の収入D.I.」、「雇用環境D.I.」は、いずれも2014年の方が高くなっています(図表14)。

1年後の予想物価上昇率と収入・支出の関係について

  • 1年後の予想物価上昇率(平均値)は、デフレの時期を含めてプラスで推移しており、家計は1年後の物価は上がると常に予想する傾向があります。一方、「現在の収入D.I.」と「1年後の収入D.I.」はマイナス超となっており、家計は現在の収入が1年前より常に減ったと感じ、1年後は現在よりも常に減ると予想していることが分かります。1年後の物価が現在より上昇すると予想しているのに、1年後の収入が現在よりも減少すると予想する家計が多いわけです。このことからは、1年後の実質所得が現在より減少すると予想していることが示唆されます(図表15)。
  • 「現在の支出D.I.」は常にプラス超、「1年後の支出D.I.」は常にマイナス超となっています(前掲図表15)。つまり、家計は1年前と比べて現在の支出を増やしたものの、1年後の支出は現在よりも減らそうと計画する傾向があることが分かります。しかも、「現在の支出D.I.」が増えるときは、その理由として「生活関連の物やサービスの値段が上がったから」の回答割合が増える傾向があります。

以上の特徴を踏まえると、家計が1年後の支出を減らすと計画するのは、実質所得が1年後に低下すると予想しているためと考えられます。一般論として、家計は予算制約を異時点間で均すために、例えば、1年後に物価上昇が見込まれる際には、上昇前に予め買っておくことで将来の支出を減らそうと考える傾向があるように思います。この点、1年後の物価上昇期待が高まる際に「現在の支出D.I.」が上昇しているのは生活防衛のための行動の表れとも考えられます。

現在の物価感と予想物価上昇率(1年と5年)について

  • 1年後と同じく、5年後の予想物価上昇率(平均値)も、デフレの時期でもマイナスにならず、家計は常に物価が上昇すると予想していることがうかがわれます(図表16)。
  • 「現在の物価上昇率に対する実感」の変動は最も大きく、次いで1年後、そして5年後の予想物価上昇率の順になっています。特に2008年の「現在の物価上昇率に対する実感」の変動幅は1年後や5年後の予想物価上昇率よりも大きく、足もとの物価がかなり高いと感じても、先行きの上昇は落ち着くと予想していたと考えられます(前掲図表16)。対照的に、2014年はこれら三つの指標とも4〜5%程度で安定しています。
  • 家計の物価の見方に対する情報源(2013年9月調査から半年毎に実施)については、直近(2014年9月調査)では、「現在の物価に対する実感」と「5年後の物価に対する見方」共に、1位が「食料等の頻繁に購入する品目の価格動向」、2位が「ガソリン価格動向」となっており、いずれも、回答者の5割超が重要な情報源として挙げています(図表17)。
  • 5年後の予想物価上昇率は長く安定しており、2013年1月の2%の物価安定目標の採用と同年4月のQQE導入の前後で変化がないようにみえます(この点については後述します)。

(5)家計の予想物価上昇率についての総括と企業の予想物価上昇率との関係

前節でみられた家計の物価感や予想物価上昇率に関する特徴について、企業の予想物価上昇率とも関連づけて総括しますと、次のように整理できます。

  1. (1)家計の5年後の予想物価上昇率(平均値)は長く安定的に推移しており、一見すると4%程度でアンカーされているようにみえます。しかし5年後の物価に対する見方の情報源として、日用品やガソリン等の影響が圧倒的に大きく、さほど金融政策が挙げられていないことから、必ずしもアンカーされているとは言えないと思われます。
  2. (2)興味深い点は、「マスコミ報道」を情報源として挙げる回答が、5年後の物価に対する見方の方が、現在の物価に対する実感よりも、上回っていることです。また、「為替の動向」についても同様な傾向がみられます。このことから、長期のインフレ予想の形成においては、第3者の評価や客観的な情報を利用する度合いが強まる傾向がうかがわれます(前掲図表17)。
  3. (3)また、家計の1年後と5年後の予想物価上昇率をみると、2%の物価安定目標やQQEの導入前後で変化が殆どみられず、一見すると金融政策の影響が限定的にみえます。しかし、同調査の回答には「報告バイアス」(極端な数値、マイナス回答を回避する下方硬直性、整数や5の倍数を回答する傾向等)の存在が知られています。そこで、これを調整して平滑化した分布をみますと1、1年後と5年後の予想物価上昇率ともに、2013年にかけて物価下落方向の歪みが縮小しています。また、5年後については物価上昇方向の右裾も薄くなっています。その結果、2%程度の数値を中心に尖りが増しており、家計の予想が2%近辺に集中しています(図表18)。このことは、金融政策の変更が家計の予想物価上昇率に影響を及ぼし、2%程度へと回答が集中している可能性が示唆されます。
  4. (4)家計の予想物価上昇率は、企業よりも常に高く、上方バイアスがあるようです。この理由として2点考えられます。まず、企業と家計が念頭に置く「物価」が異なっていることが指摘できます。家計に対しては「あなたが購入する物やサービスの物価全体」を聞いており、企業の物価全般の質問では「CPIをイメージ」と明記しています。家計にこうした聞き方をしているのは、CPI情報を持ち合わせていない回答者も多く、見通しを立てにくいと考えられるからです。
  5. (5)もうひとつは、家計は長期にわたる所得の伸び悩みと家計の予算制約のタイト化を常に意識している結果として物価が高いと常に感じやすい可能性があります。その一方で、企業は自社を取り巻く経済環境や取引関係をもとに慎重な物価の見通しを立てる傾向が考えられます。すなわち、企業の側ではよりマクロ的な情報を重視するとみられるほか、仕入れ価格だけでなく販売価格を意識する先もあることから、予想物価上昇率は全体として家計よりも低くなり、実際の物価上昇率に近い回答が得られやすくなると思われます。

以上の結果を受けた最も重要なメッセージは、家計は、1年後も5年後も物価が常に上昇すると予想しており、しかも物価上昇は家計の負担を高めるので「好ましくない」と考える傾向があることです。こうした家計の物価感も影響して、大企業は、製造業・非製造業ともに、先行きの物価全般と販売価格の見通しを慎重に置いている可能性があります。

家計が物価上昇を容認しにくい背景には、現在の収入が減少したと感じているだけでなく、将来の収入予想も改善しないとの予想もあるようです。言い換えれば、家計支出の拡大を伴いながら2%の物価安定目標を実現するためには、家計が物価上昇を容認する姿勢が広まる必要があり、そのためには、現在の雇用・所得環境の改善だけでなく、将来の収入期待が高まることが不可欠だと言えます。この点、2015年度から見込まれる(名目・実質)所得の改善は、物価安定目標の実現に向けて重要な意味をもつものとして注視したいと思います。

  1. 西口周作、中島上智、今久保圭「家計のインフレ予想の多様性とその変化」日銀レビュー、2014−J−1,2014年3月。

4.最後に

日本銀行が2%の数値目標を掲げた理由は、(1)再度デフレに陥らないために、統計の上方バイアスも勘案したある程度の「物価上昇率のバッファー」を残しておく必要性、(2)景気後退局面において柔軟な金融政策発動余地を維持しておく必要性、(3)恒常的な円高を避けるために国際基準となりつつある2%程度の目標に合わせる必要性、等を考慮したためです。加えて、わが国経済は、過去15年間に亘り名目GDPが横ばいないし低下していますが、この伸びがプラス圏内で推移するような経済状況の実現が不可欠だと考えられているからです。

とはいえ、家計は「物価上昇は生活費の上昇をもたらし好ましくない」と捉える傾向があり、しかも2014年度は実質所得が低下したことから、2%目標を掲げることの意味を広く理解していただくのは容易ではありません。しかし、2015年度以降は(名目・実質)所得が上昇していくことが見込まれます。そこで、2%目標の重要性や金融緩和の意図に対する理解が国民・市場に浸透していくように、日本銀行による広報活動をもっと工夫する必要があると考えています。今後も改善を目指して努力をしていく所存です。

なお、2014年度の日本銀行の経済見通しは大きく下振れましたが、わが国の経済状況はQQE以前の状況と比べれば改善しており、かつその原動力である前向きなメカニズムは持続しています。従って、今は金融緩和を続けてそうした回復プロセスを支えていくことが大切です。また、政府による構造改革・成長戦略と相俟って、企業・金融機関等による潜在需要を掘り起こす商品・サービスが次々と生まれる好循環が働いていくことを、心より願っています。

以上で、私の講演を終わりたいと思います。ご清聴ありがとうございました。