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【挨拶】わが国経済・物価情勢と金融政策:量的・質的金融緩和の導入後2年間を振り返って

三重県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 白井 さゆり
2015年6月3日

目次

1.はじめに

皆様、おはようございます。本日はご多忙のところを、三重県の経済界を代表する皆様にお集まり頂き、光栄に存じます。また、日頃から日本銀行名古屋支店の業務運営にご協力頂いておりますことに、この場をお借りして、改めて御礼を申し上げます。さて、日本銀行は2013年4月に量的・質的金融緩和を導入しましたが、早いものでそれから2年ほど経過しました。そこで、本日は、まず初めに過去2年間の経済・物価動向の実績を振り返りながら、私なりの評価を致したいと思います。その上で、本年4月末に公表した「経済・物価情勢の展望」(通称、展望レポート)に示された2017年度までの経済・物価見通しについて、ご説明いたします。最後に、三重県経済について触れたいと思いますので、その後、皆様から当地経済の実情等についてご意見をお聞かせ頂ければ幸いです。

2.量的・質的金融緩和の導入後2年間の経済・物価の実績

それでは、過去2年間の経済・物価の実績についてお話をさせて頂きます。

(1)2013年度と2014年度のわが国経済の実績

最初に、経済活動を示す「実質GDP」に注目いたします。図表1は、量的・質的金融緩和の導入前の2012年度とともに、2013年度と2014年度について、各々前年からの変化額と伸び率を示しています。これによると、実質GDPの変化額は2012年度に+5.1兆円程度の増額となった後、2013年度は+11兆円程度とほぼ倍増しましたが、逆に2014年度は−5.6兆円程度の減額となりました。2013年度と2014年度の2年間を合計すると+5.2兆円程度の増額となり、2012年度1年分の増額規模となっています。対前年伸び率では、2012年度に1%程度上昇した後、2013年度は2%程度へと倍増し、2014年度は−1%と成長率としてはやや大きい下落率となっています。

消費税率引き上げの影響がなければプラス成長の継続

次に、2014年4月の消費税率の引き上げはわが国経済に多大な影響を与えましたので、金融緩和の効果を評価する上では、消費税率引き上げの影響を取り除いて経済の実績を確認してみることも重要です。そこで、消費税率引き上げが成長率に及ぼす影響についての日本銀行の試算値(2013年度は+0.5%ポイント程度、2014年度は−1.2%ポイント程度)を踏まえて、消費税率引き上げの影響を除いた2013年度と2014年度の実質GDPの前年からの変化額と変化率を算出してみました(前掲図表1)。

こうした試算を行う趣旨は金融緩和効果の評価が目的であり、当然のことですが、消費税率引き上げについては政府において決定されるものであることを申し添えます。また、この試算値は、家計支出(個人消費と住宅投資)、設備投資等への消費税率引き上げの影響を念頭に置いたものです。設備投資への影響を考慮しているのは、簡易課税・免税事業者等への影響も勘案しているからです。2013年度については、個人消費、住宅投資、設備投資の駆け込み需要の増加が実質GDPを押し上げた一方で、在庫投資の減少や輸入の増加は実質GDPを押し下げましたが、ネットの影響はプラス値(+0.5%ポイント)となっています。反対に、2014年度はこれらの影響が全て逆方向に働く他、実質所得の減少が個人消費や住宅投資を下押しするため、ネットの影響はマイナス値(−1.2%ポイント)となっています。もっとも、消費税率引き上げの影響だけを定量的に取り出すことは難しいことを踏まえると、相当な幅をもって解釈すべきことを申し添えます。

図表1によると、消費税率引き上げの影響を除いた実質GDPの変化額は、2013年度は+8.1兆円の増額となっており、消費税率引き上げによる押し上げ分の2.7兆円分だけ減少していますが、それでも1.6%程度の上昇率を維持しています。2014年度の変化額に至っては+0.8兆円の増額へとプラスに転じており、消費税率引き上げによる成長下押し分(6.4兆円程度)が無ければ、わが国経済は落ち込まずに0.2%程度成長していたと言えます。

量的・質的金融緩和の経済効果に関する私の見方

量的・質的金融緩和導入後2年間の実質GDP成長率は、前述したように、消費税率引き上げの影響を除いても、2013年度は1.6%程度と潜在成長率(0%台前半程度と推計)を大きく上回り、2014年度も0.2%程度と潜在成長率並みの成長をしたことになります。これには、政府による景気対策の他、金融緩和も寄与しています。ここで量的・質的金融緩和が経済成長に作用したメカニズムを整理すると、大規模な資産買い入れを伴う金融緩和により実質長期金利が低下(日本銀行では2年間で−0.7〜−0.9%ポイント程度、すなわち−1%ポイント弱と試算)して個人消費や設備投資を促し、為替円安や株高とともに、企業収益や(名目)雇用者報酬の増加をもたらしたと考えています。

こうした金融緩和の効果を踏まえると、皆様の中には、「(消費税率引き上げの影響を除けば)この2年間で実質GDPはもっと拡大していても良かったはずでは」と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。この点、個人消費については、(1)2013年度後半からの年金受給者に対する特例措置の解消、(2)(消費税率引き上げ以外の要因にもとづく物価上昇による)実質年金額の減額と実質賃金の下落、(3)2014年夏場頃の悪天候要因等が、ある程度抑制的に働いたと考えています。設備投資については増加しましたが、国内販売の伸び悩みもあって内需型企業を中心に慎重化し、当初予想したほどではありませんでした。輸出については、2014年度後半から対米向けを中心に増加していますが、生産拠点の海外シフト、一部の分野における国際競争力の低下、海外経済の緩慢な回復、Jカーブ効果等で伸び悩みました。加えて、後述するように、予想物価上昇率の持続的な上昇がみられなかったため、消費・投資の前倒しを促進する効果も減殺されたと思います。これらの要因が金融緩和効果を部分的に相殺し、2013年度および2014年度の実質GDP成長率が、当初の政策委員見通しから下振れることになったと考えています(図表2−1)。

需給ギャップについては、2012年度の−2.2%程度から2013年度には−0.7%へと、マイナス(需要不足)幅が+1.5%ポイント程度の改善となっています(前掲図表1)。2014年度の需給ギャップは−0.2%へとさらに改善し、+0.5%ポイント程度の改善幅となっています。2年間の合計で+2%ポイント程度も需給ギャップが改善しているのは評価に値します(図表3−(1))。しかし、2014年度の改善幅は限定的で、2013年4月当時の想定を大きく下回っています。2014年度のもたつきは消費税率引き上げの影響が予想外に大きかったことが主因ですが、前述したその他の需要下押し要因も「逆風」として作用しました。ただその一方で、2014年度の実質GDP成長率が−1%へと悪化した割には需給ギャップが0%近傍に留まったと評価できるかもしれません。すなわち、量的・質的金融緩和とその拡大による景気下支えがあったからこそ、逆風に対してこの程度の景気悪化で済んだとも言え、金融緩和の効果は否定されるべきではありません。

なお、需給ギャップの改善には、金融・財政政策の他、生産年齢人口の減少傾向に団塊世代の退職が重なったことによる人手不足感の高まり等の構造的な要因も影響しています。また、ある程度、(技術進歩率や資本ストックの伸び悩みによる)潜在成長率の低下も影響したように思います(図表3−(2))。

以上を纏めますと、量的・質的金融緩和は、逆風はありましたが、実質金利の低下によって実質GDP成長率を押し上げ、マイナスの領域にあった需給ギャップをゼロ%近傍まで改善することに寄与したのは確かです。また着実な企業収益と雇用の改善によって、企業・家計のマインドも回復しており、現在では、消費税率引き上げ後の景気回復を確かなものとしています。

展望レポートの「量的・質的金融緩和の効果の検証」について(経済面)

日本銀行は展望レポートの背景説明において量的・質的金融緩和の効果を検証していますが、私が理解しているところを補足説明させて頂きます1。ここでは、実質金利チャネルを念頭に置いたマクロ計量モデルをもとに(実際の推計値に近い)−0.8%ポイントの実質長期金利の低下幅を外生的に当てはめた場合の試算値を、実績値と比較して示しています。もし、実績値が試算値を上回るのであれば、実質金利チャネル以外の効果も働いたと示唆されます。結論はミックスで、実質GDPの改善幅については試算値が実績値を上回った一方で、需給ギャップの改善幅は実績値が試算値を上回りました。このことは前述の逆風があって実質GDPは試算値ほどには上昇しなかった一方、人手不足と潜在成長率の低下もあって、需給ギャップの改善幅は試算値を上回ったと言えると思います。私見ですが、逆風の存在を考えると、予想物価上昇率の持続的な上昇が実現していたならば、実質金利がもっと低下し、実質成長率を押し上げる効果が一段と高まり、需給ギャップの改善もより進展していたと考えられます。

  1.   1  2015年4月展望レポートのBOX2、3を参照。

(2)2013年度と2014年度のわが国の物価の実績

次に、物価の実績に移ります。まずは「GDPデフレーター」の対前年比伸び率をご覧いただくと、2012年度の−0.9%から2013年度には−0.3%へ上昇し、2014年度は2.5%、消費税率引き上げの直接的な影響分(1.4%程度)を除いても1.1%程度となり、プラスに転換していることが分かります(前掲図表1)。

プラス転換はGDPデフレーターでは2014年度、消費者物価では2013年度

とくに個人消費デフレーターの伸び率は1998年度から一貫してマイナスで推移してきましたが、それが2013年度からプラスに転じたことは注目されます。また、設備投資デフレーターも1990年代から品質調整やIT関連製品の価格低下傾向もあって恒常的に下落していましたが、2013年度からプラスに転じています。住宅投資デフレーターも住宅投資の駆け込み需要もあって上昇し、建設産業における労働者不足や建設資材高騰から現在でも上昇しています。

一方、消費者物価(除く生鮮食品、以下同じ)の伸び率については、2012年度の−0.2%から2013年度は0.8%、2014年度は2.8%(消費税率引き上げの直接的な影響を除くと0.8%程度)となっており、2013年度からプラスに転換しています(前掲図表1)。GDPデフレーターにもとづくとプラスへの転換時期が1年程度後ずれしたのは、2013年度は原油価格の高止まりや為替円安による輸入物価の上昇によって交易条件が悪化しており、輸入物価の上昇は消費者物価を押し上げていますが、GDPデフレーターは控除項目として押し下げ方向に作用したからです。

予想物価上昇率は最大0.7%ポイント上昇

予想物価上昇率の動向については、様々な指標をもとに(消費税の直接的影響を除いて)判断しています。過去2年間で、エコノミスト・市場参加者の中長期(通常は1年超)予想物価上昇率については+0.3〜+0.7%ポイント程度上昇しており、その多くは2013年度を中心に生じています(図表4−1、4−2)。一方、市場データにもとづく予想物価上昇率(インフレスワップ・レート等)は0%台前半程度の上昇に留まり、家計・企業の予想物価上昇率はあまり変化がないように見えます。エコノミスト・市場参加者の予想物価上昇率がいち早く上昇したのは、マクロ経済情報を重視して見通しを立てていることから、日本銀行の金融政策に迅速に反応しやすいからと考えられます。また、市場データにもとづく指標については当該市場の流動性リスクが影響する点に留意が必要です。

展望レポートの「量的・質的金融緩和の効果の検証」と私の見方(物価面)

金融緩和は、全体として、過度な円高によるデフレ圧力や流通業界でのディスカウント競争を緩和し、新規需要を開拓して適正な価格設定を志向する企業の意欲を引き出すことに寄与していると、私は評価しています。しかし、物価は緩やかなプラスに転じたとはいえ、(消費税率引き上げの直接的な影響を除く)消費者物価の伸び率が2014年度も僅か0.8%程度と2013年度並みに留まっており、2013年4月当初の想定を大きく下振れたのは事実です(前掲図表2−1)。

この点、前述の展望レポートの「量的・質的金融緩和の効果の検証」について、物価面で私なりに補足説明を致したいと思います。まず、過去2年間の物価変化率の上昇幅について、実績値が+1%ポイントと(マクロ計量モデルの)試算値を上回ったのは、需給ギャップの実績値が試算値よりも改善したためと考えられます。しかし、2%物価安定目標からまだ距離があるのは、急速な原油価格の下落が主因ですが、中長期的な予想物価上昇率の上昇幅が最大+0.7%ポイント程度に留まったことも重要な要因と考えています。

中長期の予想物価上昇率の動向については、2014年夏場以降、複数の指標が低下しましたが、ここには国内需要の弱さと原油価格の下落が相まって物価上昇率が低下したことが影響したと考えています。同年10月には、需要の弱さもあって予想物価上昇率の下落が続くと、前向きな賃金交渉や企業の価格決定行動が後戻りすることが懸念されたため、それを未然に防ぐために「金融緩和の拡大」を決定しました。そうした迅速な対応と原油価格の安定化もあって、予想物価上昇率は足もとでは横ばい圏内の動きとなっています。国内需要の回復も2014年度末にかけて明確になりつつあり、需給ギャップもプラスの領域に向けて改善しています。従って、物価の基調は崩れていないと判断しています。

とはいえ、実際の物価上昇率が0%近傍で推移している実情からみても、2%目標の実現に向けた道のりはまだ途上です。課題は、今後、中長期の予想物価上昇率が着実に高まっていくかにあります。前述の展望レポートでも、「2%目標の安定的実現には予想物価上昇率がさらに上昇していく必要がある」と明記しており、私の従来からの主張とも整合的です。私見ですが、エコノミスト・市場参加者の予想物価上昇率は、日本銀行の見通しとの整合性やその実現性をチェックするうえで有用であるほか、家計・企業の予想物価上昇率にもラグを伴って影響し得るとみています。しかし、最終的な物価安定の判断では、次に説明しますが、家計の物価感や予想物価上昇率と企業の価格設定力を重視すべきだと考えています。

家計と企業の予想物価上昇率(インフレ予想)の動きをどう理解すべきか

2%程度の物価安定の実現にとって重要なことは、消費者物価という言葉からも明らかなように家計のインフレ予想とそれらにもとづく支出行動です。そもそも世界の主要中央銀行が物価安定目標として消費者物価を対象としているのは、家計の生計費を安定化させることを目指しているからです。しかし、家計の予想物価上昇率の動向を把握する際の問題点として、他の主要中央銀行でもしばしば指摘されていますが、「上方バイアス」の存在が挙げられます。わが国の場合、例えば、デフレ時期を含めて、家計は常に物価は上昇していくと予想しています(図表5)。上方バイアスには、家計が日用品・ガソリン等の身近な財の価格をもとにインフレ予想を形成する傾向が影響しているようです。

無論、物価安定を考える上では、販売価格や賃金を決定する最終主体である企業の予想物価上昇率も重要です。しかし、企業は、利益マージンを確保するために、需要を無視して販売価格を永続的に引き上げることはできません。従って、物価の決定で最終的に重要になるのは、やはり「家計」の物価感や予想物価上昇率になると思います。家計と企業の予想物価上昇率の動向については、本年3月に私が欧州に出張した際の講演で詳しくお話し致しましたので、本日はそのなかから関連部分をご紹介します2。なお、企業の予想物価上昇率については、まだデータの蓄積がありませんので、解釈には幅を持つ必要があることを申し添えます。

  1. (1)家計の予想物価上昇率は、企業よりも高くなる傾向があります。この一因として企業と家計が念頭に置く「物価」が異なっていることが考えられます。実際、家計に対しては「あなたが購入する物やサービスの物価全体」を聞いており、企業の物価全般の質問では「CPIをイメージ」するよう明記しています。家計にこうした聞き方をしているのは、CPI情報を持ち合わせていない回答者も多く、見通しを立てにくいと考えられるからです。
  2. (2)もう一つの要因として、家計は、デフレが長く続いて所得が伸び悩んできたため、予算のタイト化を常に意識していることから物価上昇に敏感です。このため、物価が高いと感じ易く、物価上昇を予想しがちと考えられます。一方、企業はマクロ経済情報とともに、業界の販売価格見通しも意識しているので、予想物価上昇率は全体として家計よりも慎重になり、実際の物価上昇率に近い回答が得られ易くなると思われます。
  3. (3)また、家計は、物価上昇は予算タイト化を連想させるので「好ましくない」とみなすので、物価の上昇局面ではそれを容認しない姿勢が強まる傾向があります(図表6−1)。家計が物価上昇を容認しづらい傾向は、現在の所得が減少したと常に感じているだけでなく、将来の所得見通しも改善しないと予想していることも影響しています(図表6−2)。
  4. (4)こうした家計の物価感や物価上昇を容認しづらい傾向もあって、とくに大企業は、先行きの販売価格については慎重な見通しを立てているようです。また、大企業では最終需要財を中心に厳しい内外競争に直面する下で、先行きになるほど自社販売価格を見通しにくいと認識しているため、「分からない」選択肢を選ぶ回答が増えています。一方、中小企業は相対的に労働集約的でマージン率が低いため、生産コストの上昇が見通しに反映されて、高めの販売価格予想を形成する傾向があるように窺えます(図表7)。
  5. (5)しかし、大企業の販売価格見通しが中小企業よりも低く慎重であるとすれば、大企業が設定する慎重な価格設定が、取引関係を通じて中小企業にも影響を及ぼすと考えられます。その結果、中小企業が見通し通りに自社販売価格を高く設定できず、経営状況が厳しくなる企業も増えると見込まれます。今後、中小企業にとって生産性の改善や高付加価値ビジネスモデルの構築に、一段と取り組む必要性が高まっていくと推察されます。
  6. 最後に、家計の中長期の予想物価上昇率にどの程度金融政策が影響しているかについて触れたいと思います。「生活意識アンケート調査」をもとに、予想物価上昇率の情報源に対する回答割合(複数回答可)を確認しますと、金融政策の回答割合は全体の10%超程度となっています。一見すると金融政策の影響が限定的である印象を受けます。しかし、上方バイアス等を調整・平滑化した分布によれば、2013年は家計の予想物価上昇率が2%近辺に集中しており、金融政策の変更がある程度影響を及ぼし、2%程度へと回答が集中する効果があったことが窺えます(図表8)。

    以上を纏めますと、家計の予想物価上昇率の動向については、上方バイアスを意識しつつ、平均値や中央値だけでなく分布状況も確認した方が良いと言えます。さらに、家計支出の持続的な拡大を伴いながら2%物価安定目標を実現するためには、現在の所得環境とともに将来の所得見通しの改善が不可欠です。また、家計の2%目標や金融政策への認知度は現在でも低いままですので、日本銀行による国民目線に立った広報の工夫が一段と必要なことも示唆されています。一方、企業の予想物価上昇率については、「全規模・全産業」の平均値だけでなく、特に、「大企業・非製造業」の予想物価上昇率の動向を注視すべきと考えています。これは、労働生産性が相対的に低く、したがって生産コスト等の価格転嫁力が経営を左右するセクターは、非製造業が中心であるためです。

    1.   2  「緩やかなインフレ経済への転換に向けて—企業と家計のインフレ予想の現状」、ブリューゲル、欧州中央銀行、イングランド銀行における講演の邦訳、2015年3月を参照。

    3.わが国の経済・物価の中期見通しとリスク評価

    次に経済・物価の先行きについての日本銀行の「中心的な見通し」を、私自身の見方も交えて、ご説明します。

    (1)わが国の経済見通し

    初めに、実質GDP成長率についての中心的な見通しをご紹介しますと、2015年度と2016年度は、潜在成長率を大きく上回ると予想されます(前掲図表2−2)。内需が増加し、輸出も海外経済が回復するもとで緩やかに増加を続け、生産・所得・支出の好循環は持続していきます。また、緩和的な金融環境が維持されるもとで、企業・家計の成長期待や潜在成長率も緩やかに高まると想定しています。2017年度については、消費税率引き上げの影響や設備投資の拡大局面の一巡もあり、潜在成長率を下回りますが、プラス成長は維持するとみています。

    私自身の経済見通しについては、2015年度は1%台後半、2016年度は1%台半ば程度、2017年度は0%を少し上回る程度で推移すると予想しています。2015年度について中心的な見通しよりも慎重なのは、賃金上昇ペースの想定の違いもあるように思います。非製造業の労働生産性はこれまで殆ど改善していないことから、私は、今後の賃金もより緩やかな上昇を想定しており、それに見合った消費回復力を予想しています。

    (2)わが国の物価見通し

    消費者物価の伸び率についての中心的な見通しでは、当面0%近傍で推移した後、2015年度後半から上昇率を高め、2016年度前半頃に2%程度に達すると予想しています(前掲図表2−2)。需給ギャップは今後プラス幅が拡大し、中長期的な予想物価上昇率も2%程度に向けて収斂していくと想定しています。

    私自身の物価見通しは、物価の上昇メカニズムは中心的な見通しと同じですが、そのペースは2016年度末に2%程度に近づき、2017年度は2%を幾分下回る水準で推移すると予想しています。2015年度平均では0%台半ば程度と中央値対比で低く見ており、この背景には、企業の自社販売価格の引き上げがより緩やかに生じるとの慎重な見方があります。足もとの幾つかの企業調査(日銀短観を含む)によれば、一部の企業で仕入価格下落に対して販売価格の上昇を多少抑制する動きも確認されており、物価上昇率が0%近傍で推移する間はこうした状態が続くとみていることも影響しています。2016年度平均についても、1%台半ば程度と中央値対比で慎重な見通しを立てています。これは、所得の持続的な改善とともに家計の物価上昇を容認する姿勢が強まるにつれ、企業の価格設定力も高まり、中長期の予想物価上昇率が2%程度に向けて収斂していくプロセスが、より緩やかなペースで生じると考えているからです。

    なお、2%程度の達成時期についての中心的見通しですが、従来の「2015年度を中心とする期間」から、今回は「2016年度前半頃」へと1〜2四半期程度後ずれさせています。後ずれ自体は、私のこれまでの主張に沿っていますが、その表現について、私は「2016年度を中心とする期間」へと修正する案を提出しました。理由は、第一に、日本銀行の基本的見解として物価見通しの下振れリスクが大きいと判断していることから幅をもった表現が適切であること、第二に、従来の表現は「1年あるいは1年以上のレンジ」で示していたのを、「半年程度のレンジ」に狭めており、金融政策の柔軟性を弱める可能性があるからです。

    念のために申しあげておきますと、私は、量的・質的金融緩和の導入時から、家計・企業に過大な調整負担をかけない範囲で、「できるだけ早期に」2%目標の達成を目指してきており、私の提案はその見方を修正するものではありません。他の主要中央銀行と同様に、外生的な内外の要因によって環境が変われば、経済・物価の見通しを後ずれ(あるいは前倒し)させるのはごく自然なことです。新しい情報を適宜織り込み、目安としての目標達成時期を示しながら、持続性に配慮した2%程度のインフレ社会を速やかに実現するために努力をしていくことが重要です。これが、私が量的・質的金融緩和の導入時から主張し、また日本銀行を含む主要中央銀行が事実上採用している「フレキシブル・インフレーション・ターゲティング」の本質だと考えています。なお、前述した私自身の物価見通しは、見通し期間中に2%程度に達する可能性を排除していませんので、私の提案した表現なら概ねカバーされると判断しています。

    (3)経済・物価の見通しに対する上振れ・下振れ要因(リスク要因)

    中心的な見通しに対するリスク要因として、経済については全体として「リスクは上下にバランスしている」と、物価については全体として「下振れリスクが大きい」と、各々判断しています。

    私の見解を申し上げますと、経済のリスク要因については、2016年度までは欧州経済が上振れ、新興国経済が下振れするリスクを意識して、上下バランスしていると判断しています。しかし、2017年度は消費税率引き上げの影響を中心に下振れリスクが大きいと判断しています。物価のリスク要因については、下振れリスクが大きいと判断しています。とくに、実際の物価上昇率と2%目標の乖離が長期化して「物価安定目標の達成が難しい」との見方が広まると、中長期の予想物価上昇率が一段と上昇しにくくなるリスクがあります。

    金融政策運営について申し上げると、今後、物価の基調が高まっていくと予想されるため、私の物価見通しを前提とすれば、現状の資産買い入れ額を当面維持することが適当と判断しています。物価の基調が大きく弱まるような下振れリスクが顕在化する場合には、金融政策による対応を検討する余地があると思いますが、現時点ではそのような蓋然性は低いと、私は考えています。

    4.終わりに〜三重県経済について〜

    終わりに、三重県経済について触れておきたいと思います。三重県経済は、個人消費が持ち直す中、鉱工業生産は電子部品・デバイス産業に牽引されて全国を大きく上回る伸びとなっています。こうしたなか、北部には製造業が集積する一方、南部には自然や歴史文化的な資源が多いなど、地域により、経済規模や産業構造が大きく異なる点が特徴で、一部地区は深刻な人口減少に直面しており、地方創生が課題となっています。

    こうしたもとで、三重県は「みえ産業振興戦略」を策定し、(1)先端ものづくり産業、(2)観光産業等のサービス産業、(3)医療・健康関連産業等を重点的に創出・育成することに取り組んでいます。三重県は、松阪牛、伊勢海老、真珠といった高いブランド力を有する名産品を数多く産出するほか、伊勢神宮や世界遺産である熊野古道といった歴史文化的な観光資源にも恵まれています。こうした魅力的なコンテンツを活かしたインバウンド観光需要の促進は、今後の大きな成長エンジンになりうると思います。また、「みえライフイノベーション総合特区」ではロボット技術を介護に活かす研究開発等に取り組んでおり、全国的にニーズが高い試みとして、注視していきたいと思います。こうした地方創生に向けた取り組みには、金融機関も推進担当部署を設置するなどして支援しています。

    量的・質的金融緩和は、健全なリスクテイクの促進をその狙いの一つとしており、企業、行政、金融機関の前向きな取り組みを一段と後押しし、三重県経済のさらなる発展につながることを期待しつつ、私からの挨拶とさせていただきます。

    皆さま、ご清聴頂き、誠にありがとうございました。