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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

熊本県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 中曽 宏
2015年7月27日

目次

1.はじめに

日本銀行の中曽でございます。本日は、当地の行政および金融・経済界を代表する皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行熊本支店の様々な業務運営にご協力を頂いております。この場をお借りして改めて厚くお礼申し上げます。

日本銀行では、15年近く続いたデフレからの脱却を目指して、一昨年の4月に「量的・質的金融緩和」を導入しました。その後、「量的・質的金融緩和」は所期の効果を発揮しており、そのもとでわが国の経済・物価状況は大きく改善しています。昨年夏以降の原油価格の大幅な下落の影響などから、消費者物価の前年比上昇率は低下し、最近では0%程度となっていますが、後で詳しくご説明するように、物価の基調は改善を続けています。

本日は、皆様との意見交換に先立って、私から、内外経済の現状と先行きの見方についてお話ししたいと思います。その後、「量的・質的金融緩和」のメカニズムとその効果についてご説明したうえで、わが国の物価情勢と日本銀行の金融政策運営についてお話しいたします。

2.内外経済の現状と先行き

最初に、内外の経済情勢についてです。わが国の景気は緩やかな回復を続けており、企業部門・家計部門ともに所得から支出への前向きの循環が明確になってきています。すなわち、企業部門では、収益が過去最高水準となり、設備投資の増加がはっきりとしてきました。また、家計部門では、2年連続でベースアップが実現するなど、賃金は増加し、個人消費も底堅く推移しています。

一方、昨年秋以降、増加が続いてきた輸出については、最近は幾分増勢が鈍化しています。ただ、これは海外経済の一時的な減速によるものであり、先行きは、海外経済が回復するもとで、これまでの為替相場の動きにも支えられて、振れを伴いつつも、緩やかに増加していくとみています。

海外経済とわが国の輸出

そこで、まず海外経済についてお話ししたいと思います。海外経済は、新興国などの一部になお緩慢さを残しつつも、先進国を中心に回復しています。本年の1〜3月は、米国や中国を中心に成長率がやや大きめに鈍化しましたが、先行きは、先進国を中心に緩やかな回復を続け、その好影響が次第に新興国にも及んでいくとみています。こうした見方はIMFなどの国際機関でも共有されています。IMFが先日公表した世界経済見通しをみると、本年1〜3月の成長率の鈍化を受けて、2015年は下方修正されて+3.3%となっていますが、2016年は+3.8%と緩やかに成長率を高めていくとの見方が示されています(図表1)。

地域別にやや詳しくお話しします。まず、米国経済ですが、原油安やドル高などを背景に鉱工業部門に調整の動きがみられていますが、家計支出に支えられたしっかりとした回復が続いているとみています。1〜3月は、寒波や港湾ストといった一時的な要因の影響もあって、小幅のマイナス成長となりました(図表2)。もっとも、良好な雇用・所得環境が続くもとで、最近では、冬場の落ち込みから脱して、成長のモメンタムが回復してきています。春先以降、小売売上高や自動車販売が改善するなど、個人消費は明確にリバウンドしています。先行きも、原油安やドル高の影響を受ける部門はあるものの、良好な雇用・所得環境に支えられた堅調な家計支出を起点に、民間需要を中心とした成長を続けると見込んでいます。

金融政策面では、政策正常化の次のステップである短期金利の引き上げが視野に入ってきています。米国経済の状況がそれだけ改善しているということであると思います。もっとも、グローバル金融危機以降のゼロ金利が解除されることをきっかけに、国際資金フローの巻き戻しなどを通じて新興国市場を中心に不測の影響が及ばないか注意してみていく必要があると考えています。

次に、欧州経済です。ユーロ圏の実質GDPは8四半期連続で増加するなど、景気は緩やかな回復を続けています(図表3)。労働市場が改善するもとで原油安や株高の効果もあって個人消費がこのところはっきりと増加しているほか、ユーロ安による輸出や企業業績の改善から、企業のマインドや生産活動も回復基調をたどっています。また、物価面では、一時マイナスとなっていた総合ベースの消費者物価の前年比が最近では小幅のプラスに復しており、一頃に比べてデフレ懸念は緩和してきています。今後も、ユーロ安やECBによる金融緩和の効果が浸透していくもとで、緩やかな回復が続くと考えられます。

欧州における目下の最大の不確実性はギリシャの債務問題です。今月のユーロ圏首脳会議において条件付きで新たな金融支援策についての合意がみられ、現在、欧州安定化メカニズム(ESM)による金融支援プログラムの締結に向けた交渉が行われています。ギリシャのユーロ圏からの離脱というシナリオは回避され、国際金融市場ではこれを好感した動きとなっています。ギリシャでは、経済や金融システム、財政の状況を立て直すという大きな課題が残っています。特に、金融機関に対する迅速な資本注入と流動性支援によって信用仲介機能を回復することが、ギリシャ経済の再建にとって不可欠であると考えています。日本銀行としては、ギリシャの債務問題が、関係諸機関や欧州各国の協力のもとで、解決に向けて着実に進展することを強く期待しています。

ここで、新興国に目を転じますと、中国では、過剰設備のもとでの固定資産投資の減速や不動産市場における調整の継続を背景に、成長のモメンタムが鈍化しています(図表4)。こうしたもとで、当局は、春以降、財政・金融の両面で景気下支えの姿勢を明確にしてきています。先行きについては、過剰設備や不動産市場の調整が長引く可能性については注意が必要ですが、成長ペースを幾分切り下げながらも、概ね安定した成長経路を辿ると考えています。もっとも、中国経済が成長率を維持したとしても、公共投資が中心になるとみられますので、アジア諸国やわが国の輸出に対する効果がどの程度のものとなるかについては、引き続き注意してみていく必要があると思います。

以上、全体として海外経済は、米中経済の減速から一時的に成長率が鈍化しましたが、先行きは、先進国を中心に緩やかな回復を続けると考えています。もちろん、海外経済については、米国の金融政策の正常化が国際金融資本市場に及ぼす影響、ギリシャの債務問題、中国を含む新興国経済の動向など、様々な不確実性があり、引き続き、注意深くみていきたいと思います。

海外経済の動向を踏まえて、わが国の輸出および生産についてみてみますと、増加が続いてきましたが、足もとではやや勢いを欠いています(図表5)。輸出については、1〜3月の海外経済の減速の影響がラグを伴って現れてきたことから、また、生産については、こうした輸出の動きに加え、軽乗用車や鉄鋼の在庫調整圧力が強まっていることなどから、モメンタムが一時的に鈍化しています。もっとも、先行きについては、海外経済が先進国を中心に緩やかな回復を続け、また、国内需要が改善するもとで在庫調整の動きも早晩一巡するとみられることから、輸出・生産は、振れを伴いつつも、緩やかに増加していくと考えています。

企業部門:高水準の企業収益と前向きな投資スタンス

国内経済に目を転じると、企業部門では、収益がこれまでの原油価格の下落や為替の円高修正の効果もあって、過去最高水準まで増加しています(図表6)。先行きも、内外需要の増加に伴い売上げが拡大するもとで、しっかりした増加基調を続けるとみています。

このように収益が過去最高水準まで増加するもとで、企業の前向きな投資スタンスは維持されています。GDP統計の実質設備投資は1〜3月ははっきりと増加しました。また、6月短観をみると、企業の設備投資計画は、昨年度に続いて今年度も増加する姿となっています。特に、製造業大企業の計画は、円高修正の定着を眺めた国内投資の積極化の動きもあって、この時期としては2004年度以来の高水準となっています。このように前向きな投資スタンスが維持されていることは、企業がこのところの輸出・生産の鈍さを一時的なものと考えていることを示していると思います。今後も、企業収益の改善や金融緩和効果が引き続き押し上げに作用する中、国内投資を積極化させる動きが続くこともあって、設備投資は緩やかな増加を続けると考えています。

家計部門:改善が続く雇用・所得環境と底堅い個人消費

次に、家計部門です。企業部門の好調さが、労働需給の引き締まりとそれに伴う雇用・所得環境の改善に繋がっています。失業率は3.3%と1997年以来の低水準となっています(図表7)。雇用に対する企業の見方をみても、人手不足感が一段と強まっています。タイトな労働需給は、賃金上昇圧力として作用しています。名目賃金は、今春の賃金改定交渉において、多くの企業で昨年を上回るベースアップを含む賃上げが実現したこともあって、振れを伴いつつも緩やかに上昇しています。このように、雇用者数が増加し、一人当たりの名目賃金が上昇していることから、両者の掛け算である雇用者所得も緩やかに増加しています(図表8)。

個人消費は、昨年度は弱めの動きとなりました。これは、消費税率引き上げの影響が予想以上に大きかったことに加え、夏場の天候不順なども重なり、強い逆風となったためです。しかし、今年度はこれらの逆風は止み、むしろ追い風が吹いています。名目賃金は昨年に引き続き増加しており、中小企業などへの拡がりもみられています。また、これまでの原油価格の下落などもあって、今後、実質賃金は持続的な形で増加していくと予想されます。昨年末にかけて大きく落ち込んだ消費者マインドも、はっきりと持ち直しています。こうしたもとで、個人消費は底堅さを増しており、今後も、雇用・所得環境の着実な改善が続くもとで、株高による資産効果もあって、引き続き底堅く推移すると見込まれます。

「展望レポート」の中間評価

このように、わが国経済では、先行きも、企業部門・家計部門ともに所得から支出への前向きの循環メカニズムが働き続けるもとで、国内民需が堅調に推移し、輸出も振れを伴いつつも緩やかに増加していくと見込まれます。日本銀行では、先日、4月の「展望レポート」の中間評価を公表しました。2015年度については、このところの輸出・生産の鈍さから4月時点と比べて成長率が幾分下振れるものの、2015年度および2016年度ともに、0%台前半から半ば程度と推計される潜在成長率を上回る成長を続けると予想しています。2017年度は、同年4月に予定されている消費税率引き上げの影響などから、潜在成長率を幾分下回る程度に減速しつつも、プラス成長を続けると見込んでいます。中間評価における政策委員の見通しの中央値で申し上げると、2015年度は+1%台後半、2016年度は+1%台半ば、2017年度は+0%台前半と予想しています(図表9)。

3.わが国の物価情勢と金融政策運営

続いて、わが国の物価情勢と金融政策運営についてお話しします。

「量的・質的金融緩和」のメカニズム

まず、現在、日本銀行が進めている「量的・質的金融緩和」のメカニズムについて振り返っておきたいと思います。「量的・質的金融緩和」では、物価上昇率を勘案した実質金利の低下を主な波及チャネルとして想定しています(図表10)。すなわち、2%の「物価安定の目標」に対する強く明確なコミットメントとこれを裏打ちする大規模な金融緩和によって予想物価上昇率を引き上げるとともに、巨額の国債買入れによってイールドカーブ全体に下押し圧力を加えることによって、実質金利を引き下げることが政策効果の起点となります。実質金利の低下により民間需要が刺激されることで、景気が好転し、需給ギャップが改善します。需給ギャップの改善は、実際の物価上昇率を押し上げます。実際の物価上昇率が上昇すれば、人々の予想物価上昇率がさらに押し上げられます。

「量的・質的金融緩和」の効果

「量的・質的金融緩和」は、今申し上げたメカニズムが働くもとで、所期の効果を発揮しています。名目長期金利は、日本銀行の大量の国債買入れによって低下し、10年債の利回りでみると0.3%程度の低下となっています。中長期の予想物価上昇率については、各種のアンケートや、市場で取引される物価連動国債の利回りから計算する値など様々な指標がありますが、「量的・質的金融緩和」の導入前と比べて0.5%程度上昇しているとみられます。名目長期金利の低下幅と予想物価上昇率の上昇幅を合わせると、実質金利の低下幅は1%弱程度ということになります。

「量的・質的金融緩和」導入以降の金融市場や経済・物価の好転は、実質金利の1%程度の低下と概ね整合的なものと考えられます。金融市場は、「量的・質的金融緩和」の導入に対して比較的早く反応し、株価は大きく上昇し、為替市場ではそれまでの過度な円高の修正が進みました。貸出も緩やかに伸びを高め、現在は、2%台半ばの伸び率となっています。円高の修正や株価の上昇、貸出の増加の動きは、実質金利の低下による金融環境をさらに緩和的なものとしました。このような緩和的な金融環境のもとで、企業・家計の両部門で所得から支出へという前向きの循環メカニズムが働き、わが国経済は大きく好転しました。もちろん、賃金などのコストが上昇する一方で、スムーズに価格転嫁ができる企業ばかりではないため、個々の企業のレベルでは景気が良くなったという実感を持ちにくい方もいらっしゃることとは思います。しかし、わが国経済全体でみれば、収益や賃金の増加を伴いながら緩やかに価格が上昇し、その結果、収益や賃金はさらに増加するというデフレ期とは逆の好循環が働き始めており、そのもとで経済の体温は徐々に上がってきていると思います。

物価の見通しと先行きの金融政策運営

経済の好転を受けて、物価の基調も着実に改善しています。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、「量的・質的金融緩和」導入前の−0.5%から、昨年4月には、消費税率引き上げの直接的な影響を除くベースで+1.5%まで改善しました(図表11)。しかし、その後は、昨年夏場以降、原油価格が大きく下落したことや、消費税率引き上げ後の需要面の弱めの動きを背景に、消費者物価の前年比は低下し、このところ0%程度となっています。

先行きも、エネルギー価格下落の影響から、夏場までは0%程度で推移しますが、その後早めのピッチで上昇率を高め、2016年度の前半頃に「物価安定の目標」である2%程度に達すると見通しています。こうした見通しについては、「今0%程度なのに、本当に来年度の前半頃に2%まで上昇するのか」という疑問を抱かれるかもしれません。これについては、消費者物価のうちエネルギー価格に影響される部分とそれ以外の部分の動きに分けて考えるのが分かりやすいと思います。

まず、エネルギー価格に影響される部分です。原油価格は、昨年半ばまでは1バレルあたり100ドルを超えていましたが、その後大幅に下落し、一時は40ドル程度まで低下しました。割合にして、6割以上の価格下落になります。こうした原油価格の下落は、ある程度の時間差を伴いつつ、ガソリン価格や電気代など各種のエネルギー価格の下押しに寄与します。その影響は、今年の夏場が最も大きく、消費者物価を前年比で1%程度押し下げると考えられます。逆にいえば、もし原油価格が下落していなかったとすれば、この夏の消費者物価の前年比は、実際よりも1%程度高くなるという計算になります。また、原油価格が下落し続けるのでない限り、前年比でみたマイナスの影響はいずれなくなります。原油価格の先行きを予想するのは困難ですが、現状程度の水準からごく緩やかに上昇していくと仮定すれば―先物価格などをみると、そのように予想している関係者が多いようですが―、消費者物価の前年比に与えるマイナスの影響は、今年度後半から次第に縮小し、来年度前半には、ほぼゼロになります。すなわち、エネルギー価格のマイナス寄与が剥落するだけでも、この夏と比べて、来年度前半には、物価上昇率は1%程度高まることになるのです。

こうした変化に加えて、物価の基調についても、さらに改善していくものと見込まれます。物価の基調的な動きは、経済全体としての需給ギャップと、予想物価上昇率によって規定されると考えられます。まず、需給ギャップについては、「量的・質的金融緩和」導入の直前には−2%程度でしたが、その後、労働需給が引き締まり、設備の稼働状況も高まってきたことから、過去の長期平均である0%程度まで改善しています。先行きについても、潜在成長率を上回る成長が続くもとで、需給ギャップはプラス幅を拡大していくと見込まれます。

次に、予想物価上昇率は、先程申し上げたように、全体として上昇しているとみていますが、特に、このところの企業の賃金・価格設定行動の変化に注目しています。賃金設定については、多くの企業において2年連続でベースアップが実現しています。さらに、価格戦略についても、これまでの低価格戦略から、付加価値を高めて販売価格を引き上げる戦略に切り替える動きがみられています。デフレのもとでは、企業は販売価格を引き上げることができず、収益確保のため人件費などのコストをできるだけ抑制することで対応してきました。しかしながら、景気回復が続くもとで、仕入価格や人件費などの上昇を販売価格に転嫁できる企業が増えてきたように見受けられます。とりわけ、新年度入り後、価格改定の動きが拡がりつつあることは、近年になかった特徴といえます。先般の日本銀行の支店長会議においても、多くの支店から、こうした内容の報告が聞かれました。

このような変化は、データ面からも確認できます(図表12)。消費者物価指数(除く生鮮食品)を構成する524品目のうち、上昇した品目数から下落した品目数を差し引いた指標をみると、このところ一段と上昇しており、直近5月は2003年以降で最も高くなっています。さらに、日用品や食品価格を速報している東大や一橋大の物価指数をみると、4月以降、前年比ではっきりとしたプラスに転じており、直近までプラス幅の拡大傾向が続いています。昨年は、4月の消費税率の引き上げにあわせて、多くの商品で値上げが行われましたが、販売不振のため、ほどなく価格下落に転じました。今年の動きは、昨年とは対照的なものといえます。

このように、「量的・質的金融緩和」が所期の効果を発揮するもとで、企業収益の改善や雇用・賃金の増加を伴いながら、物価上昇率が緩やかに高まっていくというメカニズムが働いています。先行きの消費者物価の前年比は、当面0%程度で推移するとみられますが、物価の基調が着実に高まり、原油価格下落の影響が剥落するに伴って、「物価安定の目標」である2%に向けて上昇率を高めていくと考えられます。2%程度に達する時期は、先程申し上げたように、原油価格が現状程度の水準から緩やかに上昇していくとの前提に立てば、2016年度前半頃になると予想しています(前掲図表9)。

先行きの金融政策運営については、従来どおり、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するのに必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続します。その際、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行っていくという方針に変わりはありません。

日本経済の成長力強化

これまで、経済・物価情勢と金融政策運営についてお話ししてきましたが、日本経済の課題である成長力強化についても申し上げたいと思います。

日本の潜在成長率は、1990年代以降、趨勢的に低下してきました(図表13)。成長力を底上げすることは日本経済にとって重要な課題であり、現在、政府では各種の構造改革を進めています。政府の主導のもとで、様々な規制・制度改革が着実に実行されていることは非常に心強く感じています。そのうえで、構造改革に関して2点指摘しておきたいと思います。

第1に、経済が好転している今こそ、構造改革を前に進める好機だということです。経済が好転することで、構造改革の必要性や具体的な課題がより明確になるからです。例えば、少子高齢化が進むわが国で、成長力を引き上げるためには、女性や高齢者の労働参加が重要であることは頭では理解できても、失業率が高い状況では切実な問題とはなりませんでした。経済が好転し、労働需給がタイト化したことで、企業や世の中全体に労働面の供給制約が意識され、女性や高齢者の活躍促進に向けた施策の実現が進みました。また、規制改革という文脈でも、企業や家計の経済活動が活発になることで、規制や制度のうちどの部分が経済活動の障害になるのかが明確になります。実際のニーズが生じることは、規制改革を進める大きな原動力になります。

第2に、構造改革が経済に及ぼす影響についてです。構造改革は、基本的には、経済の長期的な成長や持続性を高めるために行う必要があるものです。この点、欧州をはじめ海外では、構造改革は短期的には痛みを伴い景気を下押しするのではないかという議論が行われています。しかし、構造改革には、成長期待を高め、短期的に消費や投資を促進し需要を刺激するものも少なくありません。例えば、企業活動のフロンティアを拡げ、企業が「やってみたかったこと」を実現したり、企業の挑戦心を喚起したりするような規制改革は、将来の企業の生産性や利益を高めるという予想を生み成長期待を高めることで、短期的にも投資を誘発する効果があると考えられます。また、将来の社会保障の持続性に対する人々の信認を高めることができれば、家計がより安心してお金を使うことができるようになります。このような構造改革は、短期的にも経済の好転に寄与するものです。

日本経済の持続的な成長を実現するためには、デフレを克服するとともに、成長力を高めるための課題に官民一体で取り組む必要があります。日本銀行としては、「量的・質的金融緩和」を着実に進め、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に達成することにより、人々の間に定着してしまったデフレ・マインドを払拭し、企業や家計の前向きな経済活動を促すことで、成長力の強化に貢献したいと考えています。

4.おわりに

最後に熊本県経済の現状等についてお話しします。

熊本県経済は、基調として緩やかな回復を続けています。全国と同様、企業・家計の両部門で所得から支出への前向きの循環メカニズムが働いています。企業部門では、特に製造業において、当地主力の電子部品・デバイス、生産用機械といった業種が内外需要を取り込みつつ、高水準の生産を続けており、そのもとで設備投資は増加基調にあります。熊本支店の6月短観でも、今年度の設備投資計画は製造業を中心に二桁増となっています。家計部門では、大都市圏に比べれば消費税率引き上げ後の個人消費の持ち直しの動きは、なお緩慢です。もっとも、5月の有効求人倍率が1.11倍と統計開始以来の最高水準になるなど、労働需給は引き締まっています。タイトな労働需給を背景に、県内企業でも人材の繋留に向けて、ベースアップを含めた賃上げの動きが拡がっています。このように雇用・所得環境が改善するもとで、個人消費の回復基調も徐々に明確になっていくことが期待されます。

私は、40年近く前に福岡支店に勤務していたことがあり、当時、熊本県ではテクノポリス建設構想を掲げ、先端技術分野の集積に取り組まれていたことを記憶しています。熊本県では、その後も積極的な企業誘致を進めた結果、現在では、電子部品・デバイスや機械関連企業の集積がみられ、当地産業の一翼を担っていることは大変喜ばしいことです。また、当地は、熊本城や阿蘇山、天草をはじめ観光資源に恵まれています。万田坑と三角西港が「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産へ登録されることも決まりました。熊本空港国際線のチャーター便の増便や定期便の開設、八代港へのクルーズ船の寄港増も予定されています。観光産業の強化をはじめとして、熊本県では、地域の活性化に向けて、産官学と地域の金融機関が協働して取り組みを強化しています。地方の成長力を高めるための着眼点の一つは、各地域が有する有形・無形の資源を最大限有効活用することにあると思います。当地は、電子部品・デバイスや機械などの産業集積、豊かな自然や景観、歴史・文化を構成要素とする観光資源、競争力を有する農林水産業、成長著しいアジアとの地理的な近接性といった多様な強みを有しています。熊本県において、これらの強みを活かした各種の取り組みが進められていることは、大変心強いことだと思います。

日本銀行としても、熊本支店を中心に当地における地域活性化に向けた取り組みに、少しでも貢献できるよう努めてまいりたいと考えています。最後になりましたが、熊本県経済のますますの発展を心より祈念し、挨拶の言葉とさせて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。