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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

青森県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 木内 登英
2015年9月3日

目次

1.はじめに

本日は、青森県の各界における皆様と懇談をさせて頂く機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から日本銀行青森支店の様々な業務運営に対するご支援を頂いております。この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

本日は、まず私から、海外経済の動向を踏まえた日本の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策につきまして、日本銀行ならびに私の考えをお話させて頂きます。その後、皆様方から、当地の実情に関するお話や、日本銀行の政策運営に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.経済・物価情勢

(1)足もとの経済・物価情勢

わが国の景気は、緩やかな回復を続けています。4〜6月の実質GDP(一次速報値)は、前期比年率▲1.6%と3四半期振りのマイナス成長となりました(図表1)。また、鉱工業生産についても、4〜6月は、春頃にかけての海外経済減速の影響や軽乗用車の在庫調整などから、3四半期振りに前期比減少となりましたが、振れを伴いつつも、持ち直しています。先行きの鉱工業生産は、振れを伴いつつも、以下に述べる内外需要を反映して、緩やかに増加していくと考えられます。また、こうしたもとで、景気は緩やかな回復を続けていくとみられます。

まず、内需をみますと、個人消費は、雇用・所得環境が着実に改善するもとで、底堅く推移しています。乗用車の新車登録台数(除く軽乗用車)は、4〜6月は増加しましたが、7〜8月の4〜6月対比は減少しています。また、家電販売額(実質)は、スマートフォンの販売増や訪日外国人向けの販売増に支えられて、緩やかな増加傾向を辿っていますが、初夏の天候不順に伴うエアコンの販売不振などもあって弱めの動きとなっています。この間、全国百貨店売上高は、株価上昇による資産効果や消費者マインドの改善などもあって堅調に推移していますが、4〜6月は天候不順などの影響から減少しました。一方、サービス関連について、旅行取扱額は、海外旅行は減少しているものの、国内旅行は堅調に推移しているほか、外食産業売上高も底堅い動きを続けています。

また、雇用・所得環境をみますと、労働需給は着実な改善を続けており、雇用者所得は緩やかに増加しています。完全失業率は、3%台前半の低水準で推移しており、振れを均せば緩やかな改善傾向を続けています。また、有効求人倍率も、7月は1.21倍と1992年2月以来の高水準となるなど、このところ改善傾向が明確になっています。所定内給与の前年比をみても、一般労働者がベースアップの影響などからプラス幅を緩やかに拡大しており、パート労働者も含めた全体でも緩やかに上昇しています。先行きについても、雇用者所得は、経済活動や企業業績の回復につれて、緩やかな増加を続けると考えられます。このように雇用・所得環境が着実に改善を続けるもとで、個人消費は引き続き底堅く推移するとみられます。

この間、設備投資は、企業収益が改善するなかで、緩やかな増加基調にあります。機械投資の一致指標である資本財総供給(除く輸送機械)をみると、振れを伴いつつも緩やかな増加基調を辿っています。また、先行指標をみると、機械受注(船舶・電力を除く民需)は、製造業を中心に緩やかに増加しているほか、建築着工床面積(民間非居住用)は、年明け以降、振れを伴いつつも持ち直しつつあります。こうしたなか、2015年度の設備投資計画も、前年度から伸びを高める姿となっています。これらの点を踏まえると、先行きの設備投資は、企業収益が改善傾向を辿るなかで、緩やかな増加を続けると予想されます。

次に、外需をみますと、輸出環境について、海外経済は、一部になお緩慢さを残しつつも、先進国を中心に回復しています。主要地域別にみると、米国では、原油安やドル高などを背景に鉱工業部門に調整の動きがみられるものの、家計支出に支えられた回復が続いています。欧州では、緩やかな回復基調にあります。中国では、基調として安定成長を維持していますが、製造業部門の過剰設備問題や不動産市場の調整が下押し圧力となっています。新興国・資源国経済(除く中国)については、中国の景気減速の影響もあって、全体として成長が鈍化した状態となっています。

こうしたもとで、輸出は、振れを伴いつつも、持ち直しています。実質輸出は、昨年7〜9月以降、3四半期連続で増加した後、4〜6月は減少となり、足もと、春頃にかけての海外経済減速の影響から鈍さがみられています。先行きについては、ギリシャ情勢を含む債務問題の帰趨や新興国・資源国経済の動向など注意すべき点もありますが、先進国を中心とした海外経済の緩やかな回復持続が見込まれるなか、輸出は、振れを伴いつつも、緩やかに増加していくと考えられます。

最後に、物価情勢に目を転じると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、0%程度となっています(図表2)。先行きについても、エネルギー価格下落の影響から、当面0%程度で推移するとみられます。

(2)経済・物価見通し

足もとの経済・物価情勢は以上のとおりですが、日本銀行は4月に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の中間評価を7月に行い、2017年度までの経済・物価見通しを改定しました(図表3、4)。

7月の中間評価における政策委員の成長率・物価見通し(中央値)をみると、実質GDP成長率は、4月時点と比べて、2015年度は+1.7%と輸出の鈍さなどから幾分下振れる一方、2016年度は+1.5%、2017年度は+0.2%と概ね不変です。すなわち、2016年度にかけて潜在成長率を上回る成長を続けたあと、2017年度は、消費税率引き上げの影響などから減速するとみられますが、プラス成長を維持する見込みです。また、消費者物価(除く生鮮食品)は、2015年度は+0.7%、2016年度は+1.9%、2017年度は+1.8%と4月時点から概ね不変です。消費者物価(除く生鮮食品)は当面0%程度で推移するとみられますが、原油価格(ドバイ)が1バレル60ドルを出発点として先行き緩やかに上昇していくとの前提のもと、次第に伸び率を高めていくと見込んでいます。

3.経済・物価見通しを巡る主な留意点

私は、過去2年半近くに及ぶ「量的・質的金融緩和」の効果などから、国内の経済・物価は、既に現在の日本経済の実力に見合った安定した状態を取り戻したと考えており、4月の展望レポート、7月の中間評価の予測期間である2017年度にかけては、このような安定した状況が続くと予想しています。もっとも、私自身は、前述の7月の中間評価で示された政策委員の中心的な見通しに比べると、経済・物価見通しについてより慎重な見方をしています。以下では、こうした私自身の見方に基づき、先行きの経済・物価見通しに関する留意点を幾つか申し述べたいと思います。

(1)需給ギャップ・潜在成長率と成長率見通し

日本銀行が4月の展望レポートで示した推計では、供給面から日本経済の実力に見合った成長ペースを示す潜在成長率は、0%台前半ないし半ば程度と低い水準に止っています(図表5)。また、日本銀行は、2015 年1〜3月時点で、労働力および生産設備の稼働状況を示す需給ギャップを+0.1%と推計しており、2013年末以来概ねゼロ近傍の中立的な水準を維持しています(図表6)。ちなみに、OECDの推計値でみても、日本の需給ギャップは、他の主要国よりも良好な水準にあります(図表7)。これら需給ギャップの推計結果については幅をもってみる必要がありますが、短観の生産・営業用設備判断DIと雇用人員判断DIを加重平均した指数をみると概ね推計結果と整合的な動きを示しており、有効求人倍率などをみても労働需給は中立よりも逼迫の度合いを強めているようにみられます。ただし、こうした需給ギャップが概ね解消された局面においては、景気回復初期のような需給ギャップが拡大した局面と比べると、潜在成長率を大きく上回るような成長は実現しにくくなると考えられるほか、人手不足などの供給制約が経済活動に抑制的な影響を及ぼす可能性も私自身はみています。

こうしたなか、私自身は、以下で詳しくみていくように、需要面からは、輸出、設備投資、個人消費のそれぞれに下押し要因がある一方、「量的・質的金融緩和」による累積された効果が経済に好影響を及ぼし続けることから、2017年度にかけて、基調としては、潜在成長率並みの緩やかなペースでの成長が続き、7月の中間評価で示された政策委員の中心的な見通しよりは低いながらも、安定した経済・物価情勢が維持されるとみています。

(2)海外経済と輸出動向

海外経済について、直近のIMFなど国際機関による2015年の成長率見通しをみると、昨年末と比較して下方修正されています(図表8)。これには、日本にとって重要な輸出先である、米国と中国の成長率の下振れが強く影響しています。

米国経済は、1〜3月に悪天候や港湾ストなどの影響から成長率が落ち込んだあと、全体としては持ち直していますが、足もとでも個人消費を中心に鈍さが残っています。今年前半の平均成長率は従来のトレンドを下回りましたが、年後半の成長ペースがトレンドを回復するかは依然として不確実であり、今後も労働生産性上昇率の下振れ傾向が解消されない場合は、成長トレンドの下振れ観測も加わり、良好な雇用情勢だけでは景気の先行きに楽観論は拡がりにくいように思います。この間、中国でも成長率の下振れ傾向が続いており、雇用情勢の悪化やインフレ率の下振れなどと合わせて考えると、現状は必ずしも需給ギャップに中立的な安定した状況とは言えず、潜在成長率の低下を上回るペースでの成長率鈍化が進んでいるようにも推察されます。また、高水準の民間債務が積み上がり脆弱性を抱えるアジア諸国については、米中経済の下振れの影響が波及するなかで、経済の下振れ傾向がより顕著になる可能性もあります。

こうした輸出環境のもとで、実質輸出は、4〜6月は▲3.6%と3四半期振りのマイナスとなるなど、4〜6月の実質GDP成長率の下振れ、いわゆる景気の「踊り場」をもたらす背景の一つとなったと私自身はみています(図表9)。実質輸出は、7〜9月には前期比でみて緩やかながら増加に復すると考えられますが、その後も当面は勢いを欠く状況が続き、製造業の生産・雇用への影響を通じて、成長率の上昇はかなり緩やかなものになることが見込まれます。

(3)期待成長率と設備投資動向

設備投資は、収益環境の改善や設備稼働率の高まりなどを背景に、増加基調を続けていますが、国内設備投資を中心に、企業の慎重な投資姿勢は依然大きく崩れてはいないようにみられます。これは、将来の人手不足への強い警戒感などから、企業が新規雇用を積極化しているのと対照的にもみえます。

こうしたなか、企業が設備投資を一段と積極化するには、この先、政府の成長戦略や人口対策などにも後押しされて、中長期の期待成長率が明確に高まることが欠かせないと思います。また、設備投資のストック循環に着目すると、設備投資は、2015年度に増加したあと、先々は、現時点の期待成長率が続くと仮定すると、2017年度に向けて伸び率が頭打ち傾向を示す可能性があると私自身は考えています(図表10)。

(4)値上げ観測と個人消費動向

個人消費は、雇用・所得環境の改善や緩和的な金融環境といった好環境にも関わらず、なお勢いを欠く状態が続いています。その背景の一つには、消費者による当面の値上げ観測があると考えられます。特に4月以降は、食料品など日用品の価格引き上げが広くみられますが、最近の景気ウォッチャー調査のコメント内容や消費動向調査の消費者態度指数のもたつきは、これらが消費者心理に悪影響を与えたものであると私自身はみています(図表11)。

こうした状況を、金融緩和の効果と合わせて考えると、「量的・質的金融緩和」の導入当初は、政策の影響を受けて実質金利が低下を続ける一方、先行きの実質所得の見通しには大きな変化が生じなかったため、将来の消費を前借りする金融緩和効果が一時的に生じたものと考えています。しかし、現在の局面では、実質金利の低下が一巡していることや、賃金上昇率が物価上昇率に簡単には追いつかないとの見方が消費者の間で広まっているように見受けられることから、各種日用品の当面の値上げ観測が広がれば、当面の実質所得の見通しが悪化し、消費活動がより抑制的になる可能性があります。またそうした傾向は、年金生活者を含む高齢者世帯や低所得者により顕著に表れる可能性が考えられます。

(5)物価情勢と物価見通し

物価情勢については、民間発表の小売価格統計には、食料品を中心に明確な上昇傾向がみられますが、より広範囲の物価指標である総務省公表の全国消費者物価指数には、依然として大きな変化はみられません。振れの大きい食料品とエネルギーを除くベース(いわゆる「コアコア指数」)でみても、幾分上昇率を高め始めた可能性も考えられますが、消費税増税後で価格上昇率が鈍った前年の裏といった面もあり、なお明確な基調の変化とは判断できないと思います。ちなみに、消費者物価の上昇率が顕著に高まった2013年から2014年初めにかけての状況と足もとを比較すると、需給ギャップの改善ペースに大きな差があることに加え、今回は、電気製品の価格上昇が、円安の下でも比較的落ち着いている点に違いがあります。こうしたもとで、既往の円安による物価の押し上げ効果は、2014年に比べると目立たなくなってきているように窺われます。

なお、足もとスーパーなどでは、食料品価格を引き上げても売り上げが落ちないため、メーカーの値上げを販売価格に転嫁したり、販売促進目的でのセールを控える動きがみられていますが、これには昨年の消費税増税前の駆け込みの反動減の影響で、今年4月以降の前年比の売り上げが高めに振れたことを、売り上げの堅調さの表れと小売店が過大評価している可能性も考えられます。さらには、食料品は必需性が強く、その消費の価格弾性値は相対的に低いと考えられることから、値上げにも関わらず売り上げが落ちにくい一因である可能性も考えられます。こうした食料品など日用品の価格引き上げが、この先消費者の防衛的な消費姿勢を助長し、その結果、値上げの動きが抑えられる可能性も考慮に入れておく必要があります。

こうしたなか、私は、4月の展望レポートでは、「2%程度に達する時期は、・・・2016年度前半頃になる」との表現に反対しましたが、現在でも、物価上昇率は当面0%程度で推移したあと、かなり緩やかに上昇率を高めていくと考えており、2017年度まで視野に入れても2%に達する可能性は低いとみています。

4.金融政策運営

日本銀行は、2013年4月、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭において、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。また、昨年10月には「量的・質的金融緩和」の拡大を決定し、それまで年間約60〜70兆円のペースで拡大してきたマネタリーベースを年間約80兆円拡大することとしたほか、日本銀行の長期国債保有残高の増加ペースを年間約50兆円から年間約80兆円とし、ETFやJ-REITの保有残高の増加ペースも3倍にしました。

私自身は、「量的・質的金融緩和」の導入には賛成したものの、昨年10月の拡大には反対し、また、導入から2年が経過した本年4月以降、金融市場調節・資産買入れ方針の修正(資産買入れ額の減額等)提案を続けています。以下では、こうした私の政策スタンスとその背後にある考え方について、政策の効果と副作用という観点から、詳しく述べたいと思います。

(1)「量的・質的金融緩和」に関する私の見方

日本銀行は、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入し、マネタリーベースを年間約60〜70兆円、長期国債保有残高を年間約50兆円のペースで増加するよう金融市場調節・資産買入れを行う方針を決定しました。私自身は、こうした導入時の方針について、一定期間であれば、効果が副作用を上回るぎりぎりの規模感と判断し、賛成しました。しかし一方で、時間の経過とともに副作用が効果を上回るようになると考え、2013年4月の導入時から今年3月の金融政策決定会合まで、「「量的・質的金融緩和」を2年間程度の集中対応措置と位置付け、その後柔軟に見直すこととする」との提案を行ってきました。これは、私自身としては2%の物価安定目標を短期間で達成するのは難しいと考えるなか、「量的・質的金融緩和」を2%の物価安定目標の達成に強く結びつけて運営すると、導入時の政策が長期化あるいは強化され、副作用が累積的に高まることを心配したためです。こうした考えのもと、昨年10月の「量的・質的金融緩和」の拡大にあたっては、長期国債保有残高の増加ペースを約50兆円から約80兆円に拡大することなどによって副作用が効果を上回る時点が前倒しになると判断し、私自身は同措置に反対するとともに、導入時の方針が妥当であると主張して、その後も現行方針に反対を続けてきました。

そのうえで、私は、本年4月7、8日に開かれた金融政策決定会合において、(イ)マネタリーベースおよび長期国債保有残高の増加額を、現行のそれぞれ年間約80兆円に相当するペースから、それぞれ導入時を下回る年間約45兆円に相当するペースへ減額すること、(ロ)長期国債買入れの平均残存期間を、現行の7〜10年程度から、導入時の7年程度にすること、(ハ)ETF、J-REITの保有残高の年間増加ペースについて、それぞれ約3兆円、約900億円から、導入時の約1兆円、約300億円へと減額すること、を提案し、その後も直近8月6、7日の金融政策決定会合まで、同様の提案を続けています。これは、「量的・質的金融緩和」導入当初から念頭に置いていた、「量的・質的金融緩和」導入から2年経過したタイミングで、効果と副作用の比較衡量を改めて慎重に行ったうえで、もはや長期国債の買入れペースなどについて、導入時の方針であっても、副作用が効果を上回ると判断したことによるものです。また、長期国債保有残高を導入時を下回る年間約45兆円のペースで増加させる方針に修正すれば、日本銀行の年間買入れ額は長期国債のカレンダーベース市中発行分の50%弱程度の水準まで下がるなど、国債市場への過度の圧力が相応に緩和されると考えました。

なお、こうした私の提案は資産買入れ額の減額を提案するものであり、資産買入れ残高を減額するものではありません。マネタリーベース増加額および長期国債買入れ額を減額しても、残高の積み上がりとともに今後も金融緩和は累積的に強化されていきます。私自身は、ひとまず、段階的に減額を進めていき、マネタリーベースと長期国債保有残高が一定となる状態に至ることを目指すのが適当と考えていますが、それは「量的・質的金融緩和」の終了を意味するものではありません。超過準備が解消され、長期国債保有額が正常化する「量的・質的金融緩和」の終了までには、極めて長い時間を要すると考えられます。私の提案は、全体の政策パッケージの中で、「量的・質的金融緩和」のウェイトをやや引き下げて、実質ゼロ金利政策や貸出増加支援資金供給などを含め、多様な政策ツールの組み合わせといった柔軟な政策運営へと移行していく第一歩であると位置付けています。

(2)「量的・質的金融緩和」の効果

以下では、このような私自身の提案の背景にある考え方について、「量的・質的金融緩和」の効果と副作用という観点からより詳細に検討してみたいと思います。

まず、「量的・質的金融緩和」による効果については、日本銀行が本年5月に公表した「「量的・質的金融緩和」:2年間の効果の検証」の中でも示しているように、実質長期金利の低下を通じて、国内民間需要を増加させ、国内経済全体にプラスの波及効果をもたらし続けている点にあると考えています(図表12)。また、これまでに累積した政策効果は、既に経済にしっかりと定着してきているとみています。

この点について、私自身は、以下の3つのギャップの縮小度合いに照らしてみても、明らかであると考えています。第一に、経済が需要不足の状態にある場合、需要面に働きかけて需給ギャップを解消させることが金融政策の重要な役割と考えられます。先にみたように、日本銀行の試算によれば、需給ギャップは2013年末頃に概ね解消され、その後も中立的な状態が維持されています。第二に、わが国では、長い間、企業や家計が経済活動の前提とする中長期の予想物価上昇率が概ねプラスで推移してきた一方、実際の物価上昇率は低迷してきたため、望ましくない経済環境にありました。「量的・質的金融緩和」導入後、中長期の予想物価上昇率と実際の物価上昇率のギャップは縮小しました。第三に、こうした需給ギャップの縮小や物価上昇率の高まりを受けて、テイラー・ルールに基づく政策金利の水準はマイナスから0%近傍まで上昇し、事実上0%近傍にある実際の短期金利とのギャップが概ね解消されたとの試算も得られます。このことは、「量的・質的金融緩和」によって、ゼロ金利制約の影響が克服されてきた可能性を示唆していると思います。

もっとも、2014年半ば頃からは、政策効果の主な源泉と考えられる実質長期金利の低下が一巡しているため、追加的な効果は逓減してきていると考えます(図表13)。名目金利を10年国債利回りでみると、昨年までの低下基調は一巡しつつあるように思います。こうした動きは、海外での金利動向に影響されている面があるとは言え、近年の日本国債のタームプレミアムの著しい低下が既に限界に近づいているといった国内要因にも根差していると思います。一方、中長期の予想物価上昇率については、各種サーベイや市場指標でみて足もとまで大きな変化はみられず、2%の物価安定目標と整合的な水準までには依然として距離があるもとで、比較的安定的に推移しています(図表14)。この先も、世界的にディスインフレ傾向が根強い点も踏まえると、期待に働きかけるといった日本銀行の政策姿勢のみで、中長期の予想物価上昇率を継続的に高めていくことは困難であるとみています。

(3)「量的・質的金融緩和」の副作用

「量的・質的金融緩和」の副作用については、潜在的な要素が強いことから必ずしも現時点で明確になっている訳ではありません。もっとも、副作用については、将来どこかの時点で顕現化すれば上手く対応することが難しく、手遅れになってしまうリスクには十分注意する必要があります。そうした特性を踏まえ、私としては、日本銀行が国債を大量に購入し保有することによって国債市場を過度に歪めることから派生する様々な問題 — 国債市場の流動性や価格発見機能といった市場機能の低下など、金融システムの不安定化に繋がりうる潜在的リスク — を特に注視しています。

例えば、国債市場の流動性が著しく低下すれば、ショックに対する耐性が低下し、国債市場のボラティリティが高まるなど、市場が不安定化しやすくなります。特に国債価格は、様々な金融・資産価格形成に影響を及ぼすことから、国債価格の大幅な変動が広く金融・資産価格の見直しに繋がり、それが金融・経済に深刻な影響を及ぼすリスクが蓄積されている可能性もあります。また、長期国債の大量購入に伴い、中央銀行による財政ファイナンスとみなされるリスクがより高まる可能性や、国債市場の安定が今後も保たれるとの過度な期待から、金利による財政規律メカニズムが損なわれるリスクについても留意する必要があります。さらには、国債は無制限に存在する訳でなく、また日本銀行が発行済みの国債を市中から全て購入できるわけではないことを踏まえると、国債買入れ策の持続性の問題がいずれ表面化する可能性もあります。国債買入れの限界がいつ生じるかを予見することは非常に困難ですが、仮に国債買入れに支障が生じるような事態が突然生じれば、金融政策に対する信認の低下や先行きの金融政策運営に関する不確実性が急速に高まることで、金融市場の不安定性が一気に高まることも考えられます。

また、「量的・質的金融緩和」の副作用としては、このような国債市場に関わる問題に加え、将来、金融政策を正常化する過程で、日本銀行の収益が悪化し、自己資本の毀損や国民負担の増加へ繋がる可能性を懸念しています。例えば、日本銀行が保有する国債残高を償還見合いで減少させていくにつれて利子収入が減少する一方、累積した超過準備に対する利払いが増えることによって、日本銀行の収益環境が悪化し、自己資本が毀損する可能性があります。こうした事態が生じると、日本銀行の財務の健全性に対する不安が生じて、通貨価値の安定を損なう可能性があるほか、国庫納付金の減少や日本銀行への資本注入などを通じて最終的には予想外の国民負担増に繋がる可能性も念頭に入れておく必要があります。

こうした副作用は、「量的・質的金融緩和」の継続とともに逓減することなく増加していると考えています。また、「量的・質的金融緩和」は正常化に着手してもその過程を完了するまでに相当の時間を要することを踏まえると、先行き相当な期間に亘って生じうる副作用を十分に考慮し、伝統的な金利政策と比べても、よりフォワード・ルッキングに政策運営を進めることが重要です。金融政策の副作用は、他の経済政策と比べて、実際に目にみえるかたちで顕現化するまではみえにくいという特徴があると思います。そのため、日本銀行が政策の副作用について広く丁寧に説明するとともに、それら副作用に細心の注意を払って政策運営を行っていることを対外的に示すことで、政策への信頼感が高まるとともに、政策効果を高めることにも繋がると考えています。

(4)効果と副作用の比較衡量

これまで「量的・質的金融緩和」の効果と副作用について詳しくみてきましたが、これら効果については、日本銀行の国債購入残高(ストック)に規定される面が強い一方、国債市場の流動性低下など副作用は、ストックのみではなく、日本銀行の国債買入れ額(フロー)にも相応に影響を受けると私自身は考えています。既に国債購入残高を増やしても実質長期金利が低下しにくくなり、追加的な効果が明確に逓減する局面に至っていることを踏まえると、国債買入れ額を減額することで、効果を大きく減殺することなく、副作用を減少させることで、限界的な効果と副作用のバランスを改善させることができると私は考えています。

既に述べたように、私の提案は、国債買入れ額(フロー)の減額であって、国債購入残高(ストック)の減額を提案している訳ではありません。「量的・質的金融緩和」の累積的な効果は既に経済にしっかりと定着してきており、国債購入残高を減少させない限り、その効果を大きく損ねることはないと考えています。国債買入れ額の減額措置など「量的・質的金融緩和」の正常化について、金融市場の反応を危惧するあまり対応を先送りすれば、金融市場が不安定化する潜在的リスクはより一層高まり、結果的に「量的・質的金融緩和」の今までの成果を台無しにしてしまう惧れがあります。「量的・質的金融緩和」の成否は、正常化を円滑に完了した時点で評価される点には留意する必要があります。

(5)「物価安定の目標」の実現に向けて

私は、これまで述べてきたように金融市場調節・資産買入れ方針の修正(資産買入れ額の減額等)提案を行っていますが、それに加えて、2%の「物価安定の目標」の達成時期を2年程度と限定せず、「中長期」の目標と位置付けることを提案しています。

日本銀行が掲げる2%の「物価安定の目標」とは、物価上昇率を一時的にではなく安定的に2%程度で持続させることを目指すものです。その実現のためには、企業や家計が経済活動の前提とする中長期の予想物価上昇率が2%程度に達し、かつその水準で安定することが必要条件になると考えています。また、企業や家計の中長期の予想物価上昇率は、日本銀行が掲げる物価目標の水準や、財・サービスや労働市場の需給関係、実際の物価上昇率の動向などの要因よりも、潜在成長率や労働生産性上昇率など供給側の要因、いわば経済の実力とも言える成長力によって決まる部分が大きいと考えます。この点から、私自身は、2%という物価目標水準は、現時点では日本経済の実力をかなり上回っていると思います。したがって、物価上昇率の基調を高めるような構造変化が一段と進まない限り、金融政策のみで安定的に2%の物価目標を実現することは、現時点では難しいと考えています(図表15)。こうしたなか、短期間で経済の実力以上に物価を押し上げようと過度な緩和状態を続ければ、経済・物価の安定をむしろ損ねてしまうリスクがあると考えています。

また、経済の実力を高めるためには、企業の技術革新とそれを生産性向上に繋げる設備投資の積極化が必要となります。企業の国内での設備投資活動を積極化させ、資本ストックの蓄積を通じて潜在成長率の上昇に結びつけるためには、企業の中長期的な内需の成長率見通しを高める施策も必要となります。この点から、中長期的に内需拡大の障害となりうる人口減少や巨額な政府債務といった構造問題への対応も重要です。また、財政健全化に向けた取り組みは、金融市場の安定維持を通じて、「量的・質的金融緩和」の効果が最大限発揮される環境を整えるとともに、将来的には、「量的・質的金融緩和」の円滑な正常化を可能にさせるという面からも重要です。

既に述べたとおり、金融政策に本来期待される役割に照らして、「量的・質的金融緩和」は相当の成果を挙げたと考えます。こうした現状のもと、経済政策全体の中で金融政策が今後担うべき役割は、良好な金融環境の維持を通じて、生産性上昇率や潜在成長率が2%の物価上昇率と整合的になる水準まで高まるよう、政府や企業の取り組みを側面から粘り強く支えることに重点を移していくことであると考えています。そのためには、金融市場の大きな混乱に将来繋がりうるような金融緩和の副作用を軽減し、先行きのリスクや不確実性の低下に努めることで、景気が現在の経済の実力(潜在成長率)に見合ったペースで、緩やかながらも息の長い回復を続けていけるような政策運営を行うことが重要です。現在私が提案している金融市場調節・資産買入れ方針の修正は、こうした考え方に基づいたものであり、2%の物価安定目標実現のためには、この方が近道であると考えています。

また、今後の金融政策運営にあたっては、日本銀行の金融政策運営の枠組みである「2つの柱」をこれまで以上に意識し、柔軟な政策運営を行う必要があると考えます。具体的には、第1の柱では、先行き2年程度の経済・物価情勢について最も蓋然性が高いと判断される見通しが、各時点での日本経済の実力に照らして妥当であるか、その都度点検します。この点に関連して、金融政策を通じて2年程度先に目指すべき物価上昇率は、政府や企業といった各主体の取組みによって潜在成長率並びに持続的な物価上昇率の水準が高まるにつれて、徐々に高まっていくと考えられます。その水準は中長期的には2%程度に達する可能性もありますが、その都度、各時点での経済の実力に見合った妥当な水準を踏まえて、政策運営を行うことが重要であると考えます。また、第2の柱では、より長期の視点から、物価安定のもとでの持続的な成長を実現するとの観点から、政策運営にあたって考慮すべき様々なリスクをつぶさに点検することが重要です。その際、短期的な経済・物価情勢のみに目を奪われることなく、金融システムの不安定化に繋がりうる中長期のリスクに十分注意し、長い目でみた経済・物価の安定確保を図るといった視点が重要となります。そのことは、中長期的にみて国民経済の健全な発展に資するとともに、将来に亘って、日本銀行の政策の信頼性の維持・向上に繋がるものと考えます。

5.終わりに 〜青森県経済について〜

結びにあたり、青森県経済についてお話したいと思います。

当地は、豊かな自然に囲まれて、農林水産業が盛んなほか、自然・歴史・文化と多種多様の豊かな観光資源を有しているという大きな強みを持っています。

農林水産業については、りんごをはじめとして、にんにくや長芋、イカやホタテなど、全国トップクラスの生産・水揚げ量を誇る品目を多く抱えているほか、近年は畜産業において大規模で近代的な事業の拡大が進んでいます。こうしたことを背景に、全国的には農林水産業が低迷するなか、当地では生産額が増加傾向にあり、ここ10年間の伸び率は全国1位となっています。最近は、ブランド力の向上や6次産業化により付加価値を高める取り組みが一層推進されており、地元金融機関もこうした取り組みを積極的に支援していると聞いております。

また、観光業では、世界遺産の白神山地や、桜の名所としても有名な弘前城、縄文遺跡群、ねぶた祭りなど、自然環境や歴史的な文化財といった豊富な観光資源に恵まれています。さらには、来年3月の北海道新幹線開業を前に、北海道函館地区との連携強化やビジネスチャンスの拡大に取り組んでおられ、交流人口の増加による経済効果が期待されます。

これらに加えて、近年、成長分野における新産業の創出にも積極的に取り組まれています。特に、再生可能エネルギー関連産業では、風力発電の設備容量が全国一を誇り、今後もさらなる発展が期待されます。また、医療機関の研究・医療水準が高いことや地元企業が医療機器に適した製造技術を有するといった強みを活かすべく、医療・健康産業の振興にも注力されています。

こうしたご努力が実を結び、青森県経済が一層の発展を遂げられることを願っております。

ご清聴ありがとうございました。