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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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栃木県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 原田 泰
2015年11月11日

目次

1.はじめに

おはようございます。日本銀行の原田です。まず、9月の大雨災害で犠牲になられた方々に対して謹んで哀悼の意を表しますとともに、被災された方々に対して心よりお見舞いを申し上げます。

本日はお忙しい中、栃木県を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。皆様の前でお話しできることを大変光栄に思います。また、皆様には、日頃から私どもの調査統計局による栃木県経済の調査活動のほか、日本銀行各部署の業務運営に多大にご協力頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

日本銀行が、2013年4月に「量的・質的金融緩和(QQE)」を導入してから2年半余りたっています。本日は、「わが国の経済・物価情勢と金融政策」と題しまして、私なりに、この金融緩和政策を評価させて頂き、本年10月末に公表した「経済・物価情勢の展望」(通称、展望レポート)に示されました2017年度までの経済・物価見通しについてご説明いたします。最後に栃木県経済について、触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や、忌憚のないご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.金融政策の大転換

それ以前の金融政策から現在の「量的・質的金融緩和」に至るまでに、大きな転換がありました。2013年1月に日本銀行は2%の「物価安定の目標」を導入しました。さらに、3月に黒田東彦氏が日本銀行総裁に任命され、4月に日本銀行は、2年程度の期間を念頭にできる限り早期に実現するために「量的・質的金融緩和」を導入しました。

この「量的・質的金融緩和」の考え方を説明しますと、消費者物価の前年比上昇率2%への強いコミットメントと、それを実現するための大胆な金融緩和政策からなります。2013年4月の金融政策決定会合において、具体的な政策として、以下の決定を行いました。第一に、金融政策の操作目標を金利からマネタリーベースに変更し、その額が年間約60〜70兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行い、2012年末の138兆円から2014年末270兆円へ2年で2倍へ拡大する。第二に、「質」の面では、イールドカーブ全体の金利低下を促すために、長期国債の保有残高を年間約50兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行い、長国残高を2012年末の89兆円から2014年末190兆円へ、これも2年で2倍にする。また、買入れ国債の平均残存期間を3年弱から7年程度に延ばす。第三に、リスク資産のプレミアムを低下させる観点から、ETFの保有残高の増加額を年間約1兆円に、J-REITの保有残高の増加額を年間約300億円にする。さらに、第四として、2%の「物価安定目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するための必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続することを約束しました。

さらに、2014年4月の消費税率引き上げ後、その景気および物価への下押し効果の長期化が明らかになり、また、原油価格の下落という長期的には望ましいが短期的には物価下落の要因となる事象を見て、デフレマインドの転換が遅延するリスクに予防的に対応するため、同年10月「量的・質的金融緩和」の拡大を決定しました。これは、マネタリーベースの増加額を年間60〜70兆円から80兆円に、長期国債の保有残高の増加ベースを年間50兆円から80兆円に引き上げ、買入れ国債の平均残存期間を約7年から7〜10年に、かつ、ETFの保有残高の増加額を年間1兆円から3兆円に、J-REITの保有残高の増加額を年間300億円から900億円に引き上げるものです。

以下、これらの金融緩和政策の結果、何が起き、どういう問題があるのかについてご説明したいと思います。

3.転換の結果、何が起こったか

このような金融政策の大転換の結果、何が起きたのでしょうか。

生産、消費、投資の動き

まず、「量的・質的金融緩和」を実施した後、現在まで2年半余りの期間について、生産、消費、投資の動きを見ることにします。図表1を見ますと、2014年4月の消費税増税の負のショックを除外して考えれば、投資については、直近弱さが見られるものの、基調的には拡大しています。一方、生産と消費には停滞が見られます。消費税増税前の駆け込みとその反動という動きがありますが、それを除いても、順調に回復とは言い難いものがあります。

特に消費について見ますと、消費税増税の影響はかなり大きなものがあります。消費総合指数―供給側の統計と需要側の統計を組み合わせた指数で、GDPベースの消費に近い―は、駆け込み前のピークをいまだ超えていません。しかし、消費税を増税すれば、その分、家計の実質所得が減少しますから、消費が減るのは当然のことです。肝心なのは、それにもかかわらず、トレンドとして実質消費が増大しているかどうかです。日本銀行の中心的な見方は、「消費は底堅い」ですが、直近、懸念される動きがあるように私は思います。生産についても同様の状況にあります。

雇用は堅調に伸びている

それらに対して、「量的・質的金融緩和」への転換後、堅調に伸びたのは雇用です。図表2に見ますように、雇用指数はパートタイム、一般労働者とも継続的に上昇しています。失業率は順調に低下しています。

有効求人倍率でみても、図表3に見るように、2015年9月には1.24倍となりました。これは1992年1月以来の高さです。

景気回復は大都市だけのもので地方には及んでいないという声がありましたが、雇用の改善は全国に波及しています。前掲図表3のように、すべての地域で有効求人倍率が上昇しています。消費税増税後の中だるみはありましたが、もっとも低い北海道の有効求人倍率も2015年9月には0.99倍まで上昇しました。

賃金も上昇している

雇用は伸びても賃金は上がらないと言われてきましたが、図表4に見るように、賃金に雇用者数を掛けた雇用者所得で見れば上昇しています。もちろん、実質で見れば雇用者所得も増加していませんでしたが、2014年4月からの消費税増税の影響を除けば実質でも増加していました。消費税増税の影響が剥落する2015年4月以降は、増加の傾向がより明らかになってきています。

なおここで、2015年6月の数字が大きく落ち、7月の戻りも大きくはなかったのですが、賞与の結果を調べたアンケート調査のすべてが前年比プラスであることを踏まえると違和感があります1。個人的には、毎月勤労統計調査にサンプル・バイアスがあったのではないかと思っています。

賃金が上がらない理由として、通常使われる賃金データが、全労働者の月次の平均賃金であることがあります。企業は景気回復の初期には、非正規の労働者を雇って需要の増加に対応しようとします。需要が継続的に伸びるか確信が持てないからです。したがって、景気回復期には時給が低く、かつ、月の労働時間が短い労働者が増加します。すると、統計的には、全労働者の月の平均賃金が低下することになります。景気回復が続けば、企業は正規の労働者を雇うようになりますが、そうなるまで時間がかかります。

図表5は、一般労働者(フルタイム)とパートの労働者について、時間当たりの名目賃金を見たものです。一般労働者の賃金にはボーナスが含まれますので、季節調整をしても振れが大きく明確な傾向を見出すことが難しいですが、パートでは安定的に伸びています。景気回復が続くにつれて、両者の賃金とも継続的に増加し、賃金が増えていることが確認できるようになるでしょう。なお、「量的・質的金融緩和」開始の2013年4月から直近2015年9月までの賃金上昇率を見ると、一般労働者は1.2%、パート労働者は3.8%と、パート労働者の賃金の上昇が大きくなっています。

  1.   1  毎月勤労統計では2015年度夏季の賞与(6〜8月の特別給与)は前年比マイナス3.3%だった。日本経済団体連合会、日本経済新聞社、労務行政研究所、厚生労働省のアンケート調査では、それぞれ2.8%、2.1%、3.0%、4.0%の上昇となっている。

輸出は伸び悩んでいるが

「量的・質的金融緩和」の導入後も、輸出が伸びないという批判がありましたが、従来から金融緩和に反対していた人は、金融を緩和すれば輸出が急増して貿易摩擦が再燃し、大変なことになると言っていました。図表6に見るように、輸出があまり伸びなくて、景気が良くなっているのであれば、私としては、むしろ良いことと思います(今後の輸出動向については後述)。

日本は輸出主導で景気を拡大させてきたというイメージが強いのですが、過去の景気回復は必ずしも輸出主導だったわけではありません2。前掲図表6では、実質輸出指数と実質輸入指数とそれらの差を示しています。指数の差ですので、絶対水準に意味はなく、上昇と低下の方向だけに意味があります。1990年から現在まで、日本は1993年10月、1999年1月、2002年1月、2009年3月、2012年11月を底として5回の景気回復を経験していますが、その時に、輸出と輸出入差額の両方が増加したのは2002年と2009年の回復の2回しかありません。しかも、2002年の回復で輸出入差額が増大したのは3年以上たってからです。2009年の回復では、輸出入差額が増大したのは初期の期間だけで、それ以降は減少しています。

これは、金融緩和政策が、貿易摩擦など起こさずに景気を回復させることができることを示しています。

  1.   2  これは輸出主導をGDPに影響を与える純輸出が伸びているかどうかという基準で考えた場合です。

物価が上がっていないのは原油価格下落のため

現在、景気が腰折れするリスクがないわけではありませんが、以上述べましたように、今までのところ、景気は緩やかながらも回復しています。特に、雇用が継続的に改善しています。しかし、日本銀行が目標とした2%の消費者物価上昇率はまったく達成できていないではないかというご批判もあると思います。確かに、図表7に見ますように、日本銀行が当面の目標としています消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)3は、9月にはマイナス0.1%となり、物価は上がっていないように見えます。しかし、それは世界的な原油価格下落によって、エネルギー価格が低下したことによるもので、エネルギーと生鮮を除いた物価を見ますと、着実に上昇しています。エネルギー価格は、いつまでも下落を続ける訳ではありませんので、やがてこの効果が剥落しますと、エネルギーを除かない物価も上昇していくはずです。

  1.   3  なお、日本銀行は、生鮮食品を含む総合の物価指数を目標としていますが、物価の基調を見るために振れの大きい生鮮食品を除いた指数について見通しを立てています。

金融政策と物価の関係

この間の金融政策と物価の関係を図表8で見てみたいと思います。図表には、現実の物価上昇率と、物価連動国債から計算できる予想物価上昇率(BEI)4を書いてあります。2012年12月に第2次安倍政権が発足し、2013年4月に「量的・質的金融緩和」が行われたわけですが、それらとともにBEIが上昇し、現実の物価も上昇していることが分かります。その後、2014年度になって、現実の物価(消費税の影響を除いたベース、生鮮を除くベース、生鮮・エネルギーを除くベース)、BEIがともに停滞するようになります。そこで、2014年10月に「量的・質的金融緩和」の拡大をしたところ、再び、BEI、現実の物価(生鮮・エネルギーを除くベース)が上昇するようになっています。以上のことから、「量的・質的金融緩和」とその拡大は物価を上昇させる効果を持ち、現在、その効果が発現しているところだと認識できると思います。

なおここで、消費税が景気を下押しする効果を持ち、かつ、そのマイナス効果が物価にも下押し圧力をかけることを説明しておきたいと思います。消費税率の引き上げとは、家計の実質所得を減らして消費需要を減らすものですから、それ自体、物価を引き下げる効果があります。多くの議論では、このことが忘れられているように感じます。

  1.   4  予想物価上昇率には、図表8のような市場データ(物価連動国債の取引価格)から算出するもののほかに、企業や家計、エコノミストを対象としたサーベイ調査によるものがあります。日本銀行では、これらの指標を総合的に判断しています。

なぜ金融を緩和しなかったのか

「量的・質的金融緩和」の結果、日本経済は好転し、デフレ脱却に向かっています。黒田総裁の下で思い切った金融緩和が実施されるまで、日本銀行は十分な金融緩和を躊躇っていたとの批判がありました。その理由として次のような様々なことが指摘されています。金利がゼロになった以上、金融緩和することができない。量的緩和をしても日銀に当座預金が積み上がるだけで貸出は増えない。金利がゼロでは量的緩和をしても為替は動かない。為替が下がったとしたら通貨安競争になって大変だなどという議論がありました。しかし、量と質を通じた金融緩和はできました。貸出は増えていますし5、前述のように、円は下落し、かつ、通貨安競争は起こりませんでした6。また、金融緩和をすれば長期的には金利が上がり、大量の国債を抱えた一部の銀行が多額の含み損を抱えるのではないかと心配する向きもありました。もちろん、金利の上昇は、長い目でみれば銀行経営にはプラスですが、そうなる前に一時的に損失が拡大することが予想されます。しかし、私は、仮にそれが事実だとしても、金融緩和を先送りしたことは間違いだったと思います。このままデフレを続けていれば、銀行は貸出先がなく、ますます大量の国債を保有するしかなくなってくるからです。

銀行の資産の多くは貸出です。銀行部門全体で、金利が1%上昇した場合の債券時価の下落は7.5兆円ですが、その総資産は1,200兆円近くあります7。デフレが終わり、景気回復の結果として金利が上がるなら、銀行の貸出先企業の経営は好転して、貸出資産の健全度は上昇します。すなわち、普通の銀行を考えれば、景気回復で金利が上がった時には、銀行の経営状況は良くなっているはずです。

ノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のポール・クルーグマン教授は、1932年という大不況の真っただ中でFRBが金融緊縮策をとった理由を、国債の金利が低すぎて利益を得ることができないと金融機関が不満を述べたからだという論文を紹介しています8。そして、引締めの結果は、更なる不況の深化と銀行経営の困難だったのですから、一時的な狭い利益に執着した愚かな行為だったとしか言いようがありません。

  1.   5  今回の景気回復では貸出が伸びているが、過去には貸出が伸びなくても金融緩和によって景気が回復したことが多々ある。原田泰『日本を救ったリフレ派経済学』(日本経済新聞出版社、2014年)49-50頁参照。
  2.   6  上記の議論のうち為替に関しては、中川藍・原田泰「金融緩和政策、通貨戦争、交易条件」『経済セミナー』(2015年12月・2016年1月号、近刊)参照。
  3.   7  日本銀行「金融システムレポート(2015年10月)」図表III-1-29、図表IV-2-2を参照。
  4.   8  Paul Krugman, "Rate Rage in 1932," The Conscience of a Liberal, September 22, 2015.

4.「量的・質的金融緩和」が景気を回復させるメカニズム

以上、「量的・質的金融緩和」政策が経済を緩やかながら回復させたことを見てきましたが、それはいかなるメカニズムによるのでしょうか。

「量的・質的金融緩和」には、長期の金利を引き下げ、また、予想物価上昇率を引き上げて実質金利を低下させる効果がありました。予想物価上昇率を引き上げるためのマネタリーベースの拡大というコミットがあり、マネタリーベースの拡大による広い意味でのポートフォリオリバランス効果、すなわち、株価の上昇、円安をもたらしました9

図表9は、予想物価上昇率(BEI)と実質金利を示したものです。「量的・質的金融緩和」とともに、BEIが上昇しているのが分かります。これは実質金利を低下させ、資産価格の上昇、為替の下落、設備投資と耐久財消費の拡大を通じた雇用と生産の拡大を招き、経済を回復させます。

  1.   9   「量的・質的金融緩和:2年間の効果の検証」日銀レビュー、2015-J-8、岩田規久男・原田泰「金融政策と生産:予想インフレ率の経路」早稲田大学現代政治経済研究所WP, No.1202、2013年3月。

5.金融緩和政策への批判に対して

以上見たように、「量的・質的金融緩和」は経済をなんとか回復させています。なぜそうなるかの理論的根拠もあります。にもかかわらず、金融緩和政策への批判は収まることがありません。

まず、おおざっぱな批判から取り上げさせて頂きますと、

(1)「多くの人は景気回復の実感がない」という批判があります。確かに、景気が良くなったと感じている人は少ないものです。図表10は「1年前と比べて今の景気はどう変わりましたか」という問いに対する答えを見たものですが、良くなったという人は10%くらいしかいません。しかし、これは過去のデータを見ると決して低い水準ではありません。リーマンショック前の一番高かったときでも20%くらいしかいませんでした。しかも、途中で2014年度の消費税増税がありましたから、実感が高まるまで時間がかかるのだろうと思います。

次に、金融政策に関しての批判を上げますと、たとえば、

(2)「金融をいくら緩和しても輸出が増えないではないか」という批判があります。確かに、「量的・質的金融緩和」導入後の当初は、輸出は低迷していました。しかし、これは、リーマンショック後の円高を放置したことによる生産基盤の海外移転が原因です。為替が円安になったからと言って、国内に生産を戻すには時間がかかるからです。リーマンショック直後、現在しているような金融緩和政策を取っていれば、このような状況は避けられたと思います。

また、サービスの輸出の一部、海外からの観光収入が大きなものになっています。2012年の海外からの観光収入は1.2兆円でしたが、2013年には1.5兆円、2014年には2.0兆円弱、2015年は8月までの累計で既に2.0兆円を上回っています。海外に移転してしまった生産基盤を国内に戻すには時間がかかりますが、観光はすぐに反応できる産業と言えるようです。ただし、ホテル不足も目立っており、継続的に観光客を呼び込むには、ホテルなどの追加的な投資が必要でしょう。

また、2015年以降、再び輸出が減少していますが、これは米国の一時的な景気足踏み、中国をはじめとする新興国経済の成長減速に依るものです。

(3)「『量的・質的金融緩和』で国債を発行しやすくなり、財政規律が弛緩する」という批判もあります。しかし、金融政策の目的は、デフレマインドを払拭し、2%物価目標を達成し、それを通じて実体経済を改善、安定化することです。

そもそも、金融政策で財政規律が弛緩するなら、増税しても同じです。国債を発行しやすくなれば使ってしまうというのなら、私は、増税して収入が増えれば使ってしまうだろうと思います。財政は、政府と議会が責任を持って規律を維持するべきもので、金融政策とは関係がありません。

(4)「物価が上がっていないから金融緩和は失敗だ」という批判がありますが、もし、物価だけ上がって雇用が増えていなかったら大失敗と批判されているでしょう。雇用が増えているのですから大成功だと私は思います。物価は、雇用の拡大に伴う、需給ギャップの縮小、失業率の低下とともにいずれ上昇しますので、心配するには及びません。

(5)「今は良くても、そのうち大変なことが起きる」という批判もあります。たとえば、「今のところ物価は上がらないのだが、そのうちハイパーインフレになる」、「金利が急騰して大変なことになる」、「日銀のバランスシートが毀損して通貨の信認が失われる」という批判があります。しかし、このような批判は、既に起きていることはうまくいっていて批判できないので、何か良くないことが起きるかもしれないという批判にすり替えているだけだと私は思います。

6.「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)について

これまで基本的に過去のお話をして参りましたが、ここから展望レポートに基づきまして、2015年度以降の経済の見通しについてお話ししたいと思います。

今後の経済の中心的見通し(政策委員見通しの中央値)をご紹介いたしますと、図表11のように、2015年度の実質GDP成長率は1.2%、2016年度は1.4%、2017年度は0.3%となっています。

2017年度の実質経済成長率が低いのは、もちろん、2017年4月に予定されている消費税再増税の結果、消費の抑制が予想されるからです。これに対して、アベノミクス、一億総活躍社会の枠組みで、様々な工夫が期待されるところではないでしょうか。

消費者物価(生鮮食品を除く)の上昇率の中心的見通し(政策委員見通しの中央値)は2015年度0.1%、2016年度1.4%、2017年度3.1%(消費税の影響を除くと1.8%)となっています。ここで2017年度の見通しが、2016年度よりも低くなっているのは、消費税増税の景気マイナス効果が、物価をも押し下げるからです。

以上が中心的見通しですが、私自身の見通しは、これよりもわずかに低くなっています。ただここで皆様にご説明するほどの違いはありませんので省略いたします。

経済減速のリスク

経済と物価について、想定通りにならないリスクはもちろん多々あります。ここでは、今夏以降、不透明感が広がっている中国経済についてのみ、お話しさせて頂きます。中国経済については、統計データがあてにならないとの批判があります。確かに、中国の統計には疑問がありますが、実態よりもまったく過大な数字になっているかというとそうでもないと思います。

中国経済の、たとえば、生産統計が最近になって過大に出ていないかどうか、どうすれば分かるでしょうか。生産やGDPなどのように加工度の高い統計ではなく、相対的に加工度の低い統計、あるいは、中国の生産と関係の高い他の国の統計との関係を見ればよいと思います。そのような変数として、実質の輸出・輸入、中国と密接な経済関係のある台湾や韓国の生産、PMI(製造業購買者指数、中国政府とマーキットという民間機関が作成した二つの指数がある)などが考えられます。どのデータも中国の生産統計と同じような動きをしています。これらのデータから、中国の生産を推計すると、最近では、いずれも推計値の方が中国の生産統計よりも高い伸び率を示しています。これらのうち、台湾、韓国の生産での推計結果のみを図表12で示しておきます。この結果は、中国の生産統計がそれほど過大に推計されている訳ではないことを示唆しています。

また、中国の景気減速の日本への影響は、日本から中国への輸出の停滞という形で現れます。日本の対中国輸出は、既に低下しています。これがさらに大きく低下するということではないと思います。ただし、この低下が大きなものとなれば輸出の減少から生産の減少に及び、さらには雇用も悪化する可能性がないわけではありません。

7.終わりに

以上述べたように、「量的・質的金融緩和」は所期の効果を発揮しています。消費税増税のマイナスのショックはありましたが、雇用は継続的に回復しています。アベノミクスの恩恵は地方には来ないと言われていましたが、すべての地域で有効求人倍率が上がっています。雇用は伸びても賃金は上がらないと言われてきましたが、時給は上がっています。賃金と雇用者数を掛け合わせた雇用者所得で見れば、実質でも上がっています。企業の利益も上がっていますので、所得の全体は上がっています。これが消費や投資などの支出に結び付けば、生産も回復します。ただし、残念ながら、所得は継続的に上昇しているのですが、消費と投資の回復は弱いままです。

当初考えていたように物価は上がっていませんが、物価だけ上がって雇用が増えていなかったら大失敗だと私は思います。経済全体の需給が締まってくる中で、いずれ物価も上がってきます。本年度末には、消費者物価が2%に向けて上昇していることが確認できるでしょう。

ただし、中国経済を中心とした新興国経済の一層の減速、アメリカの金利引き上げが思わぬショックをもたらす可能性、ヨーロッパの債務危機の再燃など、日本経済を失速させるリスクはあります。所得から支出への循環が断ち切られてしまい、雇用が悪化し、物価を基調的に上昇させるメカニズムが危うくなれば、躊躇なく追加の金融緩和を行うことが必要と私は考えています。特に、雇用が景気に遅れて変化する遅行指標であることにも注意する必要があります。

最後に、栃木県経済について触れておきたいと思います。

栃木県は、県内総生産に占める第二次産業の割合が35%と全国7位の高さとなるなど、全国有数の「ものづくり県」と言われています。現在では、自動車・自動車部品や航空機部品といった輸送機械のほか、飲料・たばこ、電気機械、医療機器、光学機器など、幅広い業種の工場が県内に集積しています。また、近年においては、北関東自動車道の全線開通等により首都圏中心部などへのアクセスが一段と改善したこともあって、栃木県の年間工場立地件数が2012年以降5位以内と全国でもトップレベルを維持するなど、将来の飛躍に向けた動きもみられています。

こうしたものづくり県としての側面に加え、農業産出額が全国9位となるなど全国有数の農業県であることも特色のひとつとなっています。収穫量が46年連続1位のいちごをはじめ、二条大麦、かんぴょう、ニラ、生乳など、数多くの農産物で産出額が全国上位にランクインしており、ブランド力強化にも取り組まれています。

さらに、当県は、日光国立公園をはじめとする豊かな自然環境、世界遺産である日光の二社一寺(にしゃいちじ)(東照宮(とうしょうぐう)、二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)、輪王寺(りんのうじ))などの歴史遺産、豊富な温泉、結城紬や益子焼等の優れた伝統工芸品など、魅力的な地域資源にも恵まれています。当県の観光客入込数は、2011年に東日本大震災の影響から大きく落ち込みましたが、その後は回復に転じ、2014年には外国人観光客の大幅な増加もあって、過去最高を記録しており、本年も「日光東照宮四百年式年大祭」をはじめ、多くの観光客で賑わっていると伺っています。

今後もこのような特徴や強みを活かしながら、県内で様々な取り組みを進められることを通じて、栃木県経済が更なる発展を遂げていくことを祈念しつつ、挨拶の言葉とさせて頂きます。

最後に、あらためましてお礼申し上げます。ご清聴、ありがとうございました。