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【講演】「量的・質的金融緩和」再考

資本市場研究会における講演要旨

日本銀行政策委員会審議委員 木内 登英
2015年12月3日

目次

1.はじめに

この度は、資本市場研究会主催の講演会でお話する機会を賜り、誠にありがとうございます。本日は、日本の経済・物価情勢について触れたうえで、日本銀行の金融政策につきまして、私の考えをお話させて頂きます。

2.経済・物価情勢

(1)足もとの経済・物価情勢

わが国の景気は、緩やかな回復を続けています。輸出や鉱工業生産は、新興国経済の減速の影響などから、このところ横ばい圏内の動きとなっていますが、国内需要面では、設備投資は、企業収益が明確に改善を続けるなかで、緩やかな増加基調にあるほか、個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、底堅く推移しています。こうしたなか、本年7〜9月の実質GDP成長率(一次速報値)は、前期比年率−0.8%となりました(図表1)。先行きについては、輸出は、当面横ばい圏内の動きを続けるとみられますが、その後は、新興国経済が減速した状態から脱していくにつれて、緩やかに増加していくと考えられるもとで、景気は、緩やかな回復を続けていくとみられます。

物価については、国内企業物価は、国際商品市況の下落を主因に、3か月前比でみて下落しているほか、消費者物価(除く生産食品)の前年比は、0%程度となっています(図表2)。先行きについても、国内企業物価は、国際商品市況の動きを反映して、当面下落を続けるとみられるほか、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、エネルギー価格下落の影響から、当面0%程度で推移するとみられます。

(2)経済・物価見通し

このような経済・物価情勢のもとで、日本銀行は、本年10月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)において、2015年度から2017年度までの経済・物価見通しを改定しました(図表3、4)。

今回の政策委員の中心的な見通しを7月時点と比較すると、実質GDP成長率は、2015年度については、輸出のもたつきなどから下方修正(7月時点+1.7% → 10月時点+1.2%)となる一方、2016年度は+1.4%、2017年度は+0.3%と、概ね変わっていません。すなわち、わが国の景気は、足もとの足踏み状態を徐々に脱し、2016年度にかけて潜在成長率を上回るペースでの成長を続けた後、2017年度については、消費税率引き上げの影響などから減速しつつも、プラス成長を維持すると予想しています。

また、消費者物価(除く生鮮食品)については、2015年度と2016年度は、原油価格下落の影響などから、比較的大きめの下方修正となっていますが(2015年度:7月時点+0.7% → 10月時点+0.1%、2016年度:7月時点+1.9% → 10月時点+1.4%)、2017年度は+1.8%と前回から変わっていません。すなわち、消費者物価(除く生鮮食品)は、当面0%程度で推移するとみられますが、原油価格(ドバイ)が1バレル50ドルを出発点として先行き緩やかに上昇していくとの前提のもと、次第に伸び率を高めていく姿を見込んでいます。

3.経済・物価見通しに関する留意点

私は、「量的・質的金融緩和」の政策効果などに助けられ、国内の経済・物価は、現時点での日本経済の実力に概ね見合った安定した状態を、既に取り戻したと考えています。また、展望レポートの見通し期間である2017年度にかけても、このような安定した状況が続くことを標準シナリオと考えています。もっとも、こうした私の見方は、展望レポートで示された政策委員の中心的な見通しと比べると、より慎重と言えます。そこで、以下では、私自身の見方に基づいて、経済・物価見通しに関する留意点を幾つか申し述べたいと思います。

(1)潜在成長率と需給ギャップ

日本銀行が10月の展望レポートで示した推計では、供給面から日本経済の実力に見合った成長ペースを示す潜在成長率は、0%台前半ないし半ば程度と依然低い水準に止っています(図表5)。また、労働力および生産設備の稼働状況を示す需給ギャップを本年4〜6月時点で−0.7%と推計しており、足もと幾分下振れたとは言え、2013年末頃から概ねゼロ近傍の中立的な水準を維持しています(図表6)。この点、OECDの推計値をみても、日本の需給ギャップは、他の主要国よりも良好な水準にあります(図表7)。このように需給ギャップが概ね解消された局面においては、景気回復初期のように需給ギャップが拡大した局面と比べると、潜在成長率を大きく上回る成長は実現しにくくなると考えられるほか、人手不足などの供給制約が経済活動に抑制的な影響を及ぼしやすくなると私自身はみています。

こうしたなか、以下で詳しくみていくように、私自身は、需要面からは、輸出、設備投資、個人消費のそれぞれに下押し要因がある一方、「量的・質的金融緩和」の累積した効果は、当面経済に好影響を及ぼし続けることから、2017年度にかけて、基調としては、潜在成長率並みの緩やかなペースでの成長が続き、政策委員の中心的な見通しよりは低いながらも、安定した経済・物価情勢が維持されると考えています。

(2)海外経済と輸出動向

海外経済については、中国経済の下振れに加えて、今夏以降の一段の商品市況下落の影響になお注意を要しますが、米国で良好な所得環境や金融環境に支えられて消費の堅調が維持され、また中国で実効性のある景気対策が講じられていくことを前提とすれば、海外経済が失速する可能性は依然として低いと考えています。しかし、最近のIMFなど国際機関による2015年の世界成長率見通しをみると、下方修正が目立っていることも確かです(図表8)。

この間、実質輸出をみると、本年7〜9月は前期比+0.3%と、ほぼ横ばいとなりました(図表9)。足もとの実質輸出の水準は、2010年以降の平均値とほぼ一致しており、実質輸出は、世界的な金融危機のもとでの落ち込みから回復した後、概ね横ばいで推移してきたことが分かります。この点から、実質輸出が昨年後半から本年初にかけての一時的な上向き傾向から足もと横ばい傾向に復していること自体は、国内経済の基調に大きな影響を与えないとも言えると思います。しかし、海外経済の先行きは依然として不透明であり、今後、輸出が明確に減少基調に転じるようなことがあれば、足もと横ばい圏内の動きとなっている生産活動に一段の下押しとなるほか、設備投資や、雇用情勢の変化を通じて個人消費にも悪影響を及ぼす可能性が考えられます。したがって、私自身は、海外経済の先行きとそれに伴う今後の輸出動向を、国内経済の主要な下振れリスクと位置付けています。

(3)設備投資動向

設備投資は、2015年度計画をみると概ね強めの内容となっていますが、実際の投資活動は依然として力強さを欠いており、企業の慎重な投資姿勢は大きく崩れてはいないようにみられます。収益環境が明確に好転するなかでも企業の姿勢に変化がみられない背景には、良好な収益環境の持続性に対する不安があると考えられます。すなわち、企業は、既往の円安やエネルギー価格下落などの交易条件の変化によって一時的に収益環境が改善したとしても、それが潜在成長率の高まりなどの構造的な変化に支えられた持続的な収益環境の改善ではないと判断した場合、潤沢な手許資金を積極的に設備投資に回すようなことはしないと考えられます。

こうしたなか、企業が設備投資を一段と積極化するためには、この先、政府の成長戦略や人口対策などにも後押しされて、中長期の期待成長率が明確に高まることが欠かせないと思います。他方、設備投資のストック循環に着目すると、設備投資は、2015年度に増加した後、現時点の期待成長率が今後も続くと仮定すると、2017年度に向けて、増加率は頭打ち傾向を示す可能性があると私自身は考えています。

(4)個人消費動向

個人消費は、雇用・所得環境の改善や緩和的な金融環境といった好環境のもとで底堅さを維持していますが、なお勢いを欠く状態が続いていると思っています。その背景には、消費者による当面の値上げ観測と、賃金上昇期待の低さがあると私自身は考えています。特に、本年春先以降、食料品や日用品の価格引き上げが広くみられている一方で、賃金の伸びが緩やかなものに止まっており、これらが消費者心理に悪影響を与えている可能性があるとみています。

こうした状況を、金融緩和の効果と合わせてみると、「量的・質的金融緩和」の導入当初は、政策の影響を受けて実質金利が低下を続ける一方、実質所得の見通しには大きな変化が生じなかったため、将来の消費を前借りする金融緩和効果が生じたものと考えています。しかし、現在の局面では、実質金利の低下が一巡している一方、賃金上昇率が物価上昇率に簡単には追いつかないとの見方が消費者の間に広まっているようにみられることから、当面の値上げ観測の広がりに伴って、実質所得の見通しが悪化し、消費活動が抑制的になっている可能性があります。また、そうした傾向は、年金生活者を含む高齢者世帯や低所得者により顕著に表れうると考えられます。

(5)物価情勢と物価見通し

物価情勢について、消費者物価の基調的な動きを、食料・エネルギーを除くベース(いわゆる「コアコア指数」)でみると、足もとで改善傾向がみられます。これには、昨年末から本年初にかけての景気情勢の改善や、既往の円安の効果が、時差を伴って物価の押し上げに寄与している面があると思います。しかし、足もとの景気情勢には鈍さがみられること、前年比での円安効果が今後一巡していくこと、川上に位置する企業物価が足もとで明確な下落基調にあることなどを踏まえると、コアコア指数が今後さらに加速傾向を続けていく余地は然程大きくないと私自身は考えています。ちなみに、このところ、食料品や日用品、耐久消費財などの価格上昇が目立っていますが、この点を企業物価指数で確認すると、上昇しているのは輸入品が中心です。このことは、最近のコアコア指数の上昇が円安の影響を強く受けており、円安効果の一巡で先行き上昇ペースが鈍る可能性を示唆していると考えられます。

また、物価の先行きを考えるうえでは、物価と賃金との関係に注目することも重要です。基調的な賃金動向を示す指標の一つである所定内賃金は、直近9月時点で前年比+0.1%に止まっており、伸びは緩やかなものに止まっています(図表10)。また、先行きの賃金を大きく左右する来年の春季労使交渉での賃上げ率については、今年と比べて不確実性が相応に高いように思います。すなわち、労働需給の逼迫や高水準の企業収益は、過去2年と同様に賃上げに追い風になるとしても、賃金上昇率の更なる押し上げという観点からは、効果は大きくないように思います。また、賃上げ交渉に大きな影響を与える物価上昇率の前年実績については、消費税率引き上げ効果の剥落とエネルギー価格下落の影響から、今年の春季労使交渉の際と比べて低く、賃上げの材料としては勢いに欠けるように思われます。こうしたもとで、実質所得の見通しが伸び悩み、個人消費に抑制的な効果をもたらすことで、基調的な物価上昇率の加速は一巡していくことが予想されます。

こうしたなか、私は、10月の展望レポートについて、「2%程度に達する時期は、・・・2016年度後半頃になる」との表現に反対しましたが、現時点でも、消費者物価(除く生鮮食品)の上昇率は当面0%程度で推移した後、かなり緩やかに上昇率を高めていくと考えており、2017年度まで視野に入れても2%に達する可能性は低いとみています。

4.金融政策運営

(1)「量的・質的金融緩和」と私の提案

日本銀行は、2013年4月、消費者物価上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭において、できるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」の導入を決定しました。また、昨年10月には、導入時から年間約60〜70兆円のペースで拡大してきたマネタリーベースを年間約80兆円へ、日本銀行長期国債保有残高の増加ペースを年間約50兆円から年間約80兆円へと変更するなどの拡大措置を実施しています(図表11)。

私は、こうした措置に対して、一定期間であれば効果が副作用を上回るぎりぎりの規模感と判断し、「量的・質的金融緩和」の導入には賛成しましたが、時間の経過とともに副作用が効果を上回るようになると考え、導入時から今年3月の金融政策決定会合まで、「『量的・質的金融緩和』を2年間程度の集中対応措置と位置付け、その後柔軟に見直すこととする」との提案を行ってきました(図表12)。これは、私自身としては、2%の物価安定目標を短期間で達成するのは難しいと考えるなか、「量的・質的金融緩和」を2%の物価安定目標の達成に強く結びつけて運営すると、導入時の政策が長期化あるいは強化され、副作用が累積的に高まることを心配したためです。

また、昨年10月の「量的・質的金融緩和」の拡大に対しては、副作用が効果を上回る時点が前倒しになるとの判断から反対し、その後は現行の方針に反対を続けてきました。さらに、今年4月以降は、マネタリーベースおよび長期国債保有残高の増加額を、現行の年間約80兆円に相当するペースから、「量的・質的金融緩和」導入時を下回る年間約45兆円に相当するペースへと減額することなどを提案し、その後も直近11月の金融政策決定会合まで、同様の提案を続けています。これは、「量的・質的金融緩和」導入から2年経過したタイミングで、効果と副作用の比較衡量を改めて慎重に行い、もはや長期国債の買入れペースなどについて、導入時の方針であっても、副作用が効果を上回ると判断したためです。また、日本銀行の長期国債保有残高を、導入時を下回る年間約45兆円に相当するペースで増加させる方針に修正すれば、日本銀行の年間買入れ額は国債のカレンダーベース市中発行分の50%弱程度の水準まで下がるなど、国債市場への過度の圧力が相応に緩和されるほか、国債買入れが早期に限界に達するリスクが軽減されて、国債買入れの持続性・安定性がむしろ当面は高まると考えました。

こうした私の提案は、資産買入れ額(フロー)の減額を意図するものであって、資産買入れ残高(ストック)を減額するものではありません。マネタリーベース増加額および長期国債買入れ額を減額しても、残高の積み上がりとともに今後も金融緩和は累積的に強化されていきます。私自身は、当面は、資産買入れ額を段階的に減額し、マネタリーベースと長期国債保有残高が一定となる状態に至ることを目指すのが適当であると考えています。もっとも、それは、「量的・質的金融緩和」の終了を意味するものではありません。超過準備が解消され、長期国債保有残高が正常化する「量的・質的金融緩和」の終了までには、極めて長い時間を要すると考えられます。そこで、以下では、私の提案の背景にある考え方について、「量的・質的金融緩和」の効果と副作用という観点を軸に、より詳細に述べたいと思います。

(2)実質長期金利と政策効果

「量的・質的金融緩和」の効果については、主に実質長期金利の低下を通じて国内民間需要を増加させる点にあると考えています。この点、実質長期金利の押し下げなどを通じて、これまでに累積した効果は、既に経済にしっかりと定着してきているとみています。特に、(1)需給ギャップが2013年末頃にほぼ解消され、その後も概ね中立的な状態が維持されていること、(2)企業や家計が経済活動の前提とする中長期の予想物価上昇率と実際の物価上昇率の間のギャップが縮小したことは、「量的・質的金融緩和」の効果の表れと評価しています。

もっとも、2014年半ば頃からは、実質長期金利の低下傾向が一巡し、足もとでは反転の動きもみられているため、追加的な効果は既に明確に逓減してきていると考えています(図表13)。また、各種サーベイや市場指標から中長期の予想物価上昇率をみると、2%の物価安定目標と整合的な水準まで依然として距離があるもとで、足もとでは一部に下振れ傾向さえみられています(図表14)。

私としては、今後も、期待に働きかけるといった日本銀行の政策姿勢のみで、中長期の予想物価上昇率を継続的に高めていくことは困難であると考えています。また、日本銀行が国債購入残高を増やし続けても実質長期金利が下がりにくくなっており、追加的な効果が明確に逓減する局面に至っているとみられる点を踏まえると、国債買入れ額を減額することで、効果を大きく減殺させることなく、以下でみるような各種副作用を減少させることによって、限界的な効果と副作用のバランスを改善させることができると考えています。

(3)潜在的な副作用への配慮

「量的・質的金融緩和」の副作用については、潜在的な要素が強いことから、必ずしも現時点で明確になっている訳ではありません。しかし、将来どこかの時点で顕現化すれば、上手く対応することが難しく、手遅れになってしまうリスクには十分注意する必要があります。こうした特性を踏まえて、私は、日本銀行が国債を大量に購入し保有することによって、国債市場を過度に歪めることから派生する様々な問題を特に注視しています。

具体的には、「国債市場の流動性や価格発見機能といった市場機能の低下や金融機関の収益悪化が、金融システムの不安定化に繋がりうるリスク」、「金融政策の正常化の過程での金利上昇リスク」、「国債価格の大幅な変動によって、広く金融・資産価格の見直しが生じ、金融・経済に深刻な影響を及ぼすリスク」などです。また、日本銀行による長期国債の大量購入に伴い、「中央銀行による財政ファイナンスとの認識がより高まる可能性」や「国債市場の安定が今後も保たれるとの過度な期待から、金利による財政規律メカニズムが損なわれるリスク」についても留意する必要があると考えています。

(4)国債購入の持続性と金利の安定性

以上の点に加えて、日本銀行による国債購入の技術的な限界と国債のタームプレミアムの上昇について述べたいと思います。現在のところ、日本銀行による国債買入れオペは円滑に行われており、技術的な問題は目立って表面化していません(図表15)。しかし、今後その限界が突然意識されれば、国債のタームプレミアムの大幅上昇など市場の混乱が生じやすく、それが実体経済や金融市場全体の安定を損ねることも考えられます。また、海外での金融不安などを受けて、国内金融機関がリスク回避姿勢を強め、国債保有の選好度合いを高めれば、国債需給の逼迫度が高まり、日本銀行による国債購入が俄かに困難化する事態も考えられます。こうした潜在的なリスクは、日本銀行による大規模な国債購入の進捗とともに、着実に高まっていると私自身は考えています。

今後、経済・物価環境の改善に伴い、期待インフレ率や成長率見通しの引き上げによって名目長期金利が上昇する場合、実体経済や金融市場への影響は大きくないと考えられます。一方、日本銀行の国債購入の持続性に対する不安など、その他の要因からタームプレミアムが上昇することで名目長期金利が上昇する場合は、その影響が深刻なものになる可能性も考えられます。国債買入れ策のもとで、「タームプレミアムは、現時点の日本銀行の国債保有残高に加えて、将来の日本銀行の国債保有残高の見通しによっても決まる」という考え方に立つと、市場で日本銀行の国債買入れの限界が突然意識された場合、日本銀行による国債買入れの継続期間や国債保有残高維持の期間が予想よりも短くなる、あるいは日本銀行の国債保有残高のピーク水準が低くなるなどの見通し修正が生じ、それがタームプレミアムの大幅な上昇に繋がる可能性が考えられます。こうしたリスクは、(1)国債買入れの限界が表面化するよりも前の段階で、国債買入れ額の減額措置を実施することによって、国債購入の持続性・安定性を高めるとともに、(2)当面の国債の購入継続や国債保有残高維持の考えを情報発信(フォワード・ガイダンス)することによって、軽減できる余地は比較的大きいと私自身は考えています。

(5)日本銀行の財務の健全性

「量的・質的金融緩和」の長期化に伴う副作用としては、日本銀行の収益およびバランスシートに与える影響にも注目しています(図表16)。「量的・質的金融緩和」のもとで、日本銀行の国債購入に伴う利子収入は、現在、年間1兆円を上回る規模に達しています。その多くは国庫に納付され政府の歳入となるため、日本銀行の国債買入れ策が長期化すると、その分政府の歳出を増やす余裕が生じ、景気浮揚効果を生じさせるとの見方もあります。

しかし、将来の「量的・質的金融緩和」の正常化の過程では、長期金利が上昇するなかにあっても、現行の会計ルール(償却原価法)のもとでは日本銀行の国債利子収入は緩やかにしか増加しない一方、日銀当座預金に対する付利金利の引き上げによって、日本銀行の利払いが一気に増加し、逆鞘が生じる可能性があります(図表17)。その場合、日本銀行の収益悪化や資本の毀損に繋がるとともに、国庫納付金の減少や滞りが発生し、政府の歳入が減少する事態を招くこととなりえます。しかも、ここで重要なのは、「量的・質的金融緩和」が長期化し、日銀当座預金の水準が高まるほど、その影響が大きくなる見合いにあるということです。

もちろん、長い目でみれば、長期金利の上昇に伴い、徐々に国債利子収入が増加するとともに逆鞘が解消し、収益環境の改善や自己資本の再積み増しに至ることも予想されますが、その道筋は具体的な金融政策手法や市場金利の動向に依存しており不確実性が高いうえ、相当の時間を要することが考えられます。こうした潜在的なリスクを考慮すれば、先ほど述べた景気浮揚効果への期待は容易には高まらないと思います。

加えて、日本銀行の収益悪化や自己資本の毀損が日本銀行の業務に直接支障を来すものではないとしても、日本銀行の財務の健全性に対する不安から、通貨価値の安定に何らかの悪影響を及ぼす可能性にも留意する必要があると思います。また、日本銀行による国庫納付金の減少を受けて、それ以前はみえにくかった「量的・質的金融緩和」のコストが、国民に明確に認識されるきっかけになる点も重要です。これは、日本銀行が、「量的・質的金融緩和」を通じて、政策的な所得配分に強く関わったことが、国民の間に広く認知されることでもあります。こうした問題は、「量的・質的金融緩和」が長期化するに及んで、より深刻度合いを強めていく点には十分に留意しておく必要があると考えています。

(6)今後の金融政策運営のあり方

これまでみてきたように、「量的・質的金融緩和」の副作用には様々なものがありますが、これら副作用は、「量的・質的金融緩和」の継続とともに逓減することなく、増加を続けていると考えています。また、「量的・質的金融緩和」は、正常化に着手してもその過程を完了するまでに相当の時間を要することを踏まえると、先行き相当な期間に亘って生じうる副作用を十分に考慮する必要があり、伝統的な金利政策と比べて格段にフォワード・ルッキングな政策運営を心掛けることが重要です。この点を踏まえて、私は、短期的な環境変化に対して「量的・質的金融緩和」の拡大措置をもって対応するといったファイン・チューニング的な金融政策手法は妥当ではないと考えています。

一方で、金融政策は特定の手段に依存するのではなく、各種手段を組み合わせながら柔軟かつ総合的に運営されるべきであると考えています。したがって、経済・物価情勢や金融環境が著しく悪化するような事態が起きれば、「量的・質的金融緩和」におけるマネタリーベースの年間増加目標額に拘らず、一時的に潤沢な円資金・外貨資金の供給を実施するなど、「量的・質的金融緩和」の拡大とは異なる追加的措置を検討する余地があると私自身は考えています。

(7)「物価安定の目標」の考え方

最後に、今後の金融政策運営方針と深く関わる「物価安定の目標」について、私自身の考えを申し上げたいと思います。私は、これまで述べてきた金融市場調節・資産買入れ方針の修正(国債買入れ額の減額等)提案に加えて、2%の「物価安定の目標」の達成時期を2年程度と限定せず、「中長期」の目標と位置付けることを提案しています。これら2つの提案は、以下にみるように一体であると言えます。

日本銀行が掲げる2%の「物価安定の目標」は、物価上昇率を一時的にではなく安定的に2%程度で持続させることを目指すものです。その実現に向けては、企業や家計が経済活動の前提とする中長期の予想物価上昇率が2%程度に達するだけでなく、その水準で安定することが必要条件になると考えています。また、企業や家計の中長期の予想物価上昇率は、日本銀行が掲げる物価目標の水準や、財・サービスおよび労働市場の需給関係、実際の物価上昇率の動向などの要因よりも、潜在成長率や労働生産性上昇率など供給側の要因、いわば経済の実力とも言える成長力によって決まる部分が大きいと考えています。この点から、私自身は、2%という物価目標水準は、現時点では日本経済の実力をかなり上回っていると思います(図表18、19)。したがって、物価上昇率の基調を高めるような構造変化が一段と進まない限り、金融政策のみで安定的に2%の物価目標を実現することは、現時点では難しいと考えています。こうしたなか、金融政策を通じて短期間で経済の実力以上に物価を押し上げようとすれば、経済・物価の安定をむしろ損ないかねないと考えています。

また、経済の実力を高めるためには、企業の技術革新とそれを生産性向上に繋げる設備投資の積極化が必要となります。企業の国内での設備投資活動を積極化させ、資本ストックの蓄積を通じて潜在成長率の上昇に結びつけるためには、企業の中長期的な内需の成長率見通しを高めるような政府による各種施策も必要となります。

既に述べたように、「量的・質的金融緩和」は相当の成果を挙げたと考えています。こうした現状のもと、経済政策全体の中で金融政策が今後担うべき役割は、良好な金融環境の維持を通じて、生産性上昇率や潜在成長率が2%の物価上昇率と整合的になる水準まで高まるよう、政府や企業の取り組みを側面から粘り強く支えることに重点を移していくことにあると私自身は考えています(図表20)。そのためには、将来、金融市場の大きな混乱に繋がりうるような金融緩和の副作用を軽減し、先行きのリスクや不確実性の低下に努めることで、景気が現在の経済の実力(潜在成長率)に見合ったペースで、緩やかながらも息の長い回復を続けていけるような政策運営を行うことが重要です。現在私が提案している金融市場調節・資産買入れ方針の修正は、こうした考え方に基づいたものであり、2%の物価安定目標の実現のためには、この方がむしろ近道であると考えています。

ご清聴ありがとうございました。