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【挨拶】 中央銀行決済システムの将来 ―経済のグローバル化と情報技術革新の中で― 日銀ネットの有効活用に向けた協議会における挨拶

日本銀行副総裁 中曽 宏
2017年4月21日

1.はじめに

日本銀行の中曽でございます。本日は、日銀ネットの有効活用に向けた協議会に多数のご参加を頂き、誠にありがとうございます。

現在、中央銀行の決済システムは、経済のグローバル化や情報技術革新の潮流の中で、世界的に大きな変革の時を迎えています。本日はこの点について私からお話し申し上げ、ご挨拶に代えさせて頂きたいと思います。

2.セントラル・バンキングの根幹としての決済システム

中央銀行の歴史と決済インフラ

歴史を振り返ると、多くの中央銀行は、国民国家成立後、近代から現代へと移り変わろうという時期に、支払決済の安定を目的として誕生しています。これに対し、景気循環に対処するマクロ政策としての中央銀行の金融政策が広く意識されたのは1930年代の大恐慌時であり、かなり最近のことです。このような金融政策や、「最後の貸し手」機能、すなわちLLRの有効性も、結局は、中央銀行の債務 ―日本であれば円― が、支払決済手段として人々に使われるということに依拠しています。

多くの中央銀行の歴史はせいぜい100年を超える程度であり、決して長い訳ではありませんが、それでも今日、殆どの国々で、中央銀行は一元的に「銀行券」を発行するとともに、大口資金決済システムや証券決済システムといった「中央銀行決済システム」を運営するに至っています。このことは、中央銀行がこれらのインフラを提供することに対する、各国共通の要請や経済合理性を反映していると考えられます。

各国において中央銀行は、信用リスクがなく、また決済の巻き戻しがないという意味での「ファイナリティ」を持つ中央銀行マネーを供給できる、唯一の存在です。このような中央銀行マネーを通じた決済は、過去の取引に由来する決済に伴うリスクから経済主体を解放し、将来に向けた経済活動にリソースを振り向けられるようにする、重要な意味を持っています。

銀行券と中央銀行決済システム

もっとも、「銀行券」と日銀ネットなどの「中央銀行決済システム」との間には、 ―いずれも中央銀行が提供する、ファイナリティのある決済インフラですが― いくつかの違いもあります。

すなわち、銀行券は、1年365日、1日24時間いつでも、誰でも使える決済手段です。また、銀行券から「価値」以外の情報は切り離されており、誰が誰に、いつ支払ったかといった情報は中央銀行には還元されませんので、この意味では「分散型」のインフラと言えます。一方、中央銀行決済システムは、中央銀行に決済情報が集まる「集中型」のインフラであり、また、参加者は銀行など経済主体の一部に限定され、稼動時間も限られています。

銀行券と中央銀行決済システムの間にこのような違いがあること自体、大変興味深いテーマですが、銀行券は、偽造防止技術などの進歩はあるとはいえ、基本的には、物理的な「紙」という性格を維持し続けてきました。一方で、中央銀行決済システムは、かつては紙の帳簿であったものが現在は電子化され、また決済方法の面でも、時点ネット決済から即時グロス決済に移行するなど、その時々の技術制約や経済金融構造の影響などを受けながら、かなり大きな変化を遂げてきています。このことは、現在の中央銀行決済システムの姿が将来も不変ではないことを、示唆するものでもあります。

3.グローバル化・情報技術革新と中央銀行決済システム

経済のグローバル化と中央銀行決済システム

実際、中央銀行決済システムは、昨今の経済のグローバル化や情報技術革新の中で、再び大きな環境変化に直面しています。この中で中央銀行は、「時間」と「空間」の両方の次元で、中央銀行マネーによるファイナリティのある決済を、経済社会にどこまで踏み込んで提供していくべきかという、チャレンジングな政策課題に直面しています。

経済のグローバル化に伴い国境を越えた経済活動が一段と増加する中、複数国で活動する企業が流動性管理を一元的に行おうとする具体的な動きなどがみられています。これらは、夜間も含めた新たな海外送金のニーズなどに結び付くものと考えられます。

また、金融機関もクロスボーダーでの活動を積極化する中、とりわけ邦銀にとって、外貨流動性の調達はますます重要な課題となっています。さらに、近年の世界金融危機の経験は、金融のグローバル化の下では流動性危機も国境を越えて伝播し得ることを示しました。こうした中、モラルハザードや中央銀行LLRへの依存を抑制し、グローバルな金融安定を確保していく観点からも、レポ取引など有担保の資金調達手段の重要性が高まっています。邦銀を含め各国の金融機関が比較的豊富に有している資産として、まずは母国の国債が挙げられる訳ですが、こうした母国資産を裏付けとして出先国(ホスト国)での外貨流動性を確保するファシリティが、さらに大きな意味を持つようになっています。このような環境の下、大口資金決済システムや国債決済システムを運営する中央銀行として、これらのインフラをいかに提供していくか、 ―例えば「空間」の次元でより踏み込んだ対応を行い、ファイナリティある決済をクロスボーダーでも提供していくべきか― といった点が、一段と問われています。

さらにリテール決済の面でも、深夜や週末の経済活動が増加する中、「24/7即時送金」と呼ばれる、いつでも即時の送金ができるインフラの構築が各国で進められています。これに伴って民間銀行などの間に深夜や週末に溜まる未決済残高については、担保や与信限度額の設定などで対処することも考えられますが、中央銀行が「時間」の面でさらに踏み込んだ対応をし、週末や夜間もファイナリティある決済を提供していくという選択肢も考えられます。実際、欧州や豪州では、このような対応が検討されているところです。

情報技術革新と中央銀行決済システム

この間、情報技術革新の進展に伴い、現金のハンドリングコストも一段と意識されやすくなっています。さらに、ビットコインのような仮想通貨も登場する中、最近では、「中央銀行が自ら、銀行券を代替するデジタル通貨を発行してはどうか」といった議論も出ています。こうした議論は、これまで基本的には紙技術に依拠してきた銀行券に、デジタル情報技術を応用できないかというものであり、「銀行券」の考え方自体に大きな影響を及ぼし得るものです。

同時に、中央銀行デジタル通貨の議論は、「銀行券」だけではなく、「中央銀行決済システム」のあり方にも関わるものです。すなわち、中央銀行によるデジタル通貨の発行は、中央銀行決済システムへのアクセスを時間・空間の両面で大幅に拡大し、銀行券を機能的に完全に代替するような極端なケースでは、中銀口座を全ての人に1年365日、1日24時間提供するのと似た効果を持つことにもなるからです。海外では、このような中央銀行デジタル通貨について、検討や調査研究を始める中央銀行も現れています。

さらに、世界的なフィンテックの潮流の中、米国のPayPalや中国のWeChatPayなど、ノンバンク企業が決済分野で大きなプレゼンスを占めるケースも増加しています。このように、決済サービスを提供するプレーヤーにも変化が生じている中、自らの決済システムへのアクセスをいかなる主体に認めていくべきか、改めて検討に着手する海外中央銀行もみられています。このように、経済のグローバル化に情報技術革新という要因も加わって、中央銀行決済システムを取り巻く環境は、新しいフェーズに入ってきています。

4.日本銀行の取り組み

日本銀行は、1980年代の日銀ネットの構築、その後の即時グロス決済の導入や流動性節約機能の導入など、自らが提供する決済インフラの高度化に努めてきており、2015年には新しい日銀ネットの全面稼動を開始させました。現在、経済のグローバル化や情報技術革新の潮流の中で、決済インフラも大きな環境変化に直面している訳ですが、日銀ネットは、このような新たな時代にも十分に対応可能なインフラであると自負しています。

そのうえで、只今申し上げたような環境変化の下、中央銀行が自らのインフラをいかに提供していくべきかを検討する上では、多くの論点もあります。

まず、中央銀行マネーと民間マネーの棲み分けや、決済の安定と民間主導のイノベーションとのバランスという論点が挙げられます。これらは従来からある論点ですが、フィンテック企業など新しい決済のプレーヤーが登場し、また、決済に伴うビッグデータが新たな付加価値の源泉として注目される中、この問題は、従来の「中央銀行マネーと商業銀行マネー」に、さらにフィンテック企業など新しいプレーヤーが提供する、「情報伝達機能」を伴う支払決済手段も加わり、一段と複雑化しています。

また、中央銀行の決済インフラは、経済の根幹を支えるものであるだけに、セキュリティの確保には細心の注意が必要です。加えて、決済に付随する情報が中央銀行に集まってきた場合、これをどう取り扱うべきかといった論点もあり得ます。さらに、ブロックチェーンや分散型台帳といった新しい技術が、中央銀行決済システムを含めた決済インフラ全般にどのようなインパクトを及ぼし得るのかという、新たな論点も出てきています。

いずれにしても、中央銀行の決済インフラは、究極的には国民のリソースを使って運営されているものです。したがって、中央銀行としてこれをどのように提供すべきかを考える上では、それが経済社会に貢献するものとなることが求められます。このような判断を行っていく上では、幅広いユーザーの方々との率直かつ建設的な意見交換が、きわめて重要です。

日本銀行はこれまでも、皆様のご意見も踏まえながら、時間・空間の両面から、自らの決済インフラの望ましい提供のあり方について検討を重ねたうえで、具体的な対応を採ってきています。まず「時間」の面では、昨年2月に日銀ネットの稼動時間を夜9時まで延長しており、今後とも望ましい稼動時間のあり方について検討を続ける考えです。また「空間」の面では、本日、日銀ネットへの海外端末からのアクセス、すなわち「グローバル・アクセス」を認めていく方針を対外公表しております。

日本銀行は今後とも、経済社会の変化に応じて、その時々で最善の機能を提供できるよう自らの決済インフラを進化させていく努力を続けていく所存です。また、そのためにも、皆様との建設的な対話を是非とも続けさせて頂きたいと願っております。

ご清聴ありがとうございました。