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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策札幌市金融経済懇談会における挨拶

日本銀行政策委員会審議委員 布野 幸利
2017年8月2日

1.はじめに

日本銀行の布野でございます。本日は、ご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から私どもの札幌支店がご支援を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

まず私から、経済・物価情勢、金融政策などを説明させて頂き、最後に、北海道経済について触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様から、当地経済に関するお話や忌憚のないご意見を承りたく存じます。どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)海外情勢

まず、海外経済の動向ですが、グローバルな製造業の業況感は改善傾向にあるほか、世界貿易量も回復しています。こうしたもとで、海外経済は総じてみれば緩やかな成長が続いています。先行きについては、緩やかに成長率を高めていくと想定しており、7月に公表されたIMFによる成長率見通しでも、成長率を高めていく見込み(2016年プラス3.2%→2017年プラス3.5%→2018年プラス3.6%)となっています(図表1)。

主要地域別にみますと、米国経済については、雇用・所得環境の着実な改善を背景として、家計支出を中心に、しっかりとした回復を続けています。先行きについては、国内民間需要を中心にしっかりとした成長が続くとみています。欧州経済についても、家計部門を中心に、緩やかながら着実な回復を続けています。先行き、英国のEU離脱交渉の展開をはじめとする政治情勢や金融セクターを含む債務問題を巡る不透明感が経済活動の重石となるものの、基調としては緩やかな回復経路をたどると考えられます。中国経済は、当局による景気下支え策の効果もあって、総じて安定した成長を続けています。先行きは、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、概ね安定した成長経路をたどるとみています。その他の新興国・資源国経済は、全体として持ち直しています。先行きは、先進国の着実な成長の波及や景気刺激策の効果などから、成長率は徐々に高まっていくと考えられます。

今後を見通すにあたって、米国の経済政策運営やそれが国際金融市場に及ぼす影響、新興国や資源国経済の動向、英国のEU離脱交渉の展開やその影響、金融セクターを含む欧州債務問題の展開、地政学的リスクなど、先行きのリスク要素は多岐にわたっております。海外経済が成長率を高めている今だからこそ、一方でリスクにも気を配ることが肝要であるとも言えましょう。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、こうした海外経済のもとでの日本経済についてですが、わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大しています。実質GDPの成長率は、1~3月に約11年振りの5四半期連続のプラス成長となりました。内訳をみると、内需、外需ともに増加し、「0%台後半」とみられる潜在成長率1をやや上回る成長となっています(図表2)。

先行きのわが国経済を展望すると、緩やかな拡大を続けるとみています。2018年度までの期間を展望すると、国内需要は、きわめて緩和的な金融環境や政府の大型経済対策による財政支出などを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えています。この間、海外経済が緩やかに成長率を高めていくにつれて、輸出も、基調として緩やかな増加を続けるとみられます。2019年度については、内需の減速から成長ペースは鈍化するものの、外需に支えられて、景気拡大が続くと見込まれます2。具体的な数値で申し上げると、日本銀行が7月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値は、2017年度プラス1.8%、2018年度プラス1.4%、2019年度プラス0.7%となっています(図表3)。

  1. わが国の潜在成長率を、一定の手法で推計すると、「0%台後半」と計算される。ただし、潜在成長率は、推計手法や今後蓄積されていくデータにも左右される性格のものであるため、相当の幅をもってみる必要がある。
  2. 消費税率については、2019年10月に10%に引き上げられる(軽減税率については、酒類と外食を除く飲食料品および新聞に適用される)ことを前提としている。

物価情勢

次は、物価情勢です。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、0%台前半となっています。生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価の前年比は、2015年冬のプラス1.2%をピークに、プラス幅の縮小傾向が続いたあと、このところ0%程度で推移しています(図表4)。

物価の先行きを展望すると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、マクロ的な需給ギャップの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりなどによって、プラス幅の拡大基調を続けていくと考えられます。2019年度頃には、プラス2%程度に達する可能性が高いとみています。具体的な数値で申し上げると、7月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値3は、2017年度プラス1.1%、2018年度プラス1.5%、2019年度は消費税率引き上げによる直接的な影響を除いたベースでプラス1.8%となっています(図表3)。

  1. 3消費税率については、2019年10月に10%に引き上げられること(軽減税率については酒類と外食を除く飲食料品および新聞に適用されること)を前提としているが、各政策委員は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いた消費者物価の見通し計数を作成している。消費税率引き上げの直接的な影響を含む2019年度の消費者物価の見通しは、税率引き上げが課税品目にフル転嫁されることを前提に、物価の押し上げ寄与を機械的に計算したうえで(プラス0.5%ポイント)、これを政策委員の見通し計数に足し上げたものである。

3.経済・物価見通しを巡る主な留意点

以下では、こうした経済・物価見通しが実現していくにあたって、私自身が留意している点をお話ししたいと思います。

(1)雇用・所得環境

まず、雇用・所得環境ですが、労働需給は着実な引き締まりを続けており、雇用者所得も緩やかに増加しています。雇用面では、雇用者数は1%程度の伸びを続けています。そのもとで着実な上昇傾向をたどっている有効求人倍率は1990年代前半のバブル期のピークを超えており、関連指標でみた人手不足感も強まっています。失業率も、振れを伴いつつも緩やかな低下傾向を続けており、足もとでは3%程度となっています(図表5)。先行きも、雇用者数は引き続き増加し、労働需給は一段と引き締まっていくとみています。賃金面では、時間当たり名目賃金でみると、振れを伴いつつも、基調としては伸びを高めています。このうち、パートの時間当たり名目賃金は、足もとではプラス2%台前半と高めの伸びとなっています(図表6)。先行きは、インフレ予想の高まりが明確になるにつれてベースアップが伸びを高めるもとで、一般労働者の賃金も緩やかに伸び率を高めていくと想定しています。

このような雇用面・賃金面の見通しのもとで、先行きの雇用者所得は、緩やかに増加し、2019年度までの見通し期間の後半には、名目GDP成長率を若干上回るペースで増加していくとみています。もっとも、企業における賃金などの設定スタンスが慎重なものにとどまるリスクがあり、今後の企業の動きに注目しています。

(2)個人消費動向

次に、個人消費についてお話しします。個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に底堅さを増しており、消費活動指数をみますと増加を続けています(図表7)。形態別にみますと、耐久財は、自動車や家電の買い替え需要を主因に緩やかな増加傾向にあります。非耐久財は、衣服を中心に弱めの動きが長引いていましたが、足もとでは持ち直しつつあります。この間、サービスは、振れを伴いつつも、通信や医療福祉の趨勢的な増加を反映して、緩やかな増加を続けています。先行きは、消費税率引き上げに伴う振れを伴いつつも、基調としましては、雇用者所得の増加と、耐久財の買い替え需要などにも支えられて、緩やかな増加傾向をたどると見込んでいます。

(3)設備投資動向

続いて、設備投資動向についてお話しします。企業収益が改善するなかで、設備投資は緩やかな増加基調にあります(図表8)。2017年度の設備投資計画をみると、大企業を中心に堅調なスタンスとなっています。具体的には、2016年度に前年比プラス0.4%の増加となったあと、2017年度も同プラス5.9%と増加する見通しとなっています(図表9)。先行きは、(1)企業収益の改善、(2)低金利や緩和的な貸出スタンスといったきわめて投資刺激的な金融環境、(3)財政投融資や投資減税などの財政政策の効果、(4)期待成長率の緩やかな改善などを背景に、緩やかな増加を続けると見込まれます。

(4)物価動向

次に、物価上昇率を規定する主な要因である需給ギャップと予想物価上昇率についてお話しします。第1に、マクロ的な需給ギャップについては、昨年7~9月に小幅のプラスに転じたあと改善を続けており、足もとではプラス幅を幾分拡大しています(図表10)。先行きについては、2017年度はプラス幅を一段と拡大し、その後も、内外需要の増加を反映して、資本・労働の両面でプラス幅の緩やかな拡大が続くと見込んでいます。2019年度下期には、消費増税の影響から、プラス幅の拡大は一服するものの、比較的大幅なプラスを維持すると予想しています。

第2に、中長期的な予想物価上昇率については、弱含みの局面が続いているものの、このところ、一部に上昇を示す指標もみられています。先行きについては、先ず(1)「適合的な期待形成」の面において、マクロ的な需給ギャップが改善するなかで、企業の賃金・価格設定スタンスも次第に積極化していくと予想されること、また(2)「フォワードルッキングな期待形成」の面において、日本銀行が「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進していくことから、中長期的な予想物価上昇率は上昇傾向をたどるとみています。

4.金融政策運営

次に、金融政策についてお話しします。

日本銀行は、2013年1月に、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現することを目指すと表明しており、同4月に、そのために必要な施策として「量的・質的金融緩和」を導入しました。その後、いくつかの段階を経て、昨年9月には、これまでの金融政策の「総括的な検証」を行い、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入することとしました。

この枠組みの主な内容は2点あります(図表11)。1点目は、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」の実現に向けたモメンタムを維持するために最も適切と考えられる長短金利の形成を促す「イールドカーブ・コントロール」です。現状では、具体的に、金融市場調節方針において、短期政策金利をマイナス0.1%に設定するとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行っています。2点目は、「物価安定の目標」を実現し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、緩和の枠組みを継続する「オーバーシュート型コミットメント」です。この点では、具体的に、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続することとしています。

「総括的な検証」でも示していますが、2%の「物価安定の目標」を実現できていない点については、(1)予想物価上昇率を引き上げる過程で、原油価格の大幅な下落などの外的要因によって実際の物価上昇率が低下し、(2)これがわが国ではもともと「適合的な期待形成」の要素が強い予想物価上昇率の下押しに作用したことが主な要因と考えています。この点を踏まえ、予想物価上昇率における「フォワード・ルッキングな期待形成」を強めるため、「オーバーシュート型コミットメント」を採用し、「物価安定の目標」の実現に対する人々の信認を高め、予想物価上昇率をより強力な方法で高めていくこととしました。

先行きの金融政策については、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続することとなります。一部からは、2%の物価上昇率を目指す必要はないという声が聞かれます。しかし、経済に負のショックが生じた際には、実質金利を十分に引き下げ、経済をしっかり下支えすることが必要となります。このためには、物価上昇率を2%程度に安定させ、予想物価上昇率を2%にアンカーすることによって、実質金利の引き下げ余地を十分に確保するため、2%の「物価安定の目標」の実現を目指すことが重要となります。足もとにおいて、この目標の実現に向けたモメンタムは維持されており、消費者物価の前年比は、今後、2%に向けて上昇率を高めていくと考えられます。しかし、モメンタムはなお力強さに欠け、「物価安定の目標」の実現への道筋は未だ道半ばにあります。こうした現在の経済・物価・金融情勢を踏まえると、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、強力な金融緩和をしっかりと推進していくことが重要であると考えています。

5.日本経済の課題

次に、私なりに、より長期的な視点から、日本経済が置かれている状況を考えてみたいと思います。

日本銀行の目指す物価の安定は、持続可能な物価の安定を目指したものであります。そして、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた幅広い主体の取組の進展に伴い、持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率が高まっていくと考えています。この認識に立って、日本銀行は、「物価安定の目標」を中心的な物価指標である消費者物価の前年比上昇率でプラス2%としています。

競争力や成長力を強化するためには、生産性の引き上げなどに通じる構造改革が求められます。この際、企業経営の観点から重要なのは、需要の傾向に供給を合わせることであります。わが国のような人口減少社会においては、多くの財とサービスについて需要が減少することが見込まれますので、この傾向に対応した供給力の調整、すなわち人員と設備の適切な調整が重要となります。わが国経済の生産性は国際的に見て引き上げの余地があり、製造業、非製造業を問わず、人員、設備の偏在、過剰な在庫や値引き等々が存在しています。こうした偏在の適正化や過剰の削減などをすべての分野で進めていくことが必要です。

こうした取り組みを、痛みを和らげつつ円滑に進めていくには、成長分野を確保する成長戦略が必要です。すなわち、新しい需要を掘り起こすような財とサービスの開発、提供や、地域外の需要へのアクセス拡充などが同時に求められます。これまで、わが国経済は厳しい経営環境の中で、長年に亘ってこうした努力を続け、強い対応力を示して来ましたが、今後も同様の努力が求められます。

金融環境が極めて緩和的で労働需給がタイトである今は、構造改革と成長戦略を進める好機であり、これを逃すべきではありません。実体経済を担う民間部門が生産性向上や需要創出などに向けて一層のリーダーシップを発揮すべきだと考えています。また金融機関には、関係先企業のこうした努力に対するコンサルティング活動が期待されます。特に地方においては、人材面を始め、情報、知識、経験の点で恵まれた立場にある金融機関がリーダーシップを発揮することが期待されます。

加えて、人手不足が深刻になるなかで、労働投入量の増加は難易度の高い課題であります。しかし、労働需給の引き締まりには産業分野毎の差異もみられますので、需給が適度にタイトな現況では、産業間の労働者の移動も含んだ雇用の流動化などをより広範囲に進めるチャンスでもあると考えています。個別企業内では、管理職の経営力強化や意識改革の為の再教育が必要となるでしょう。また、意志決定プロセスの見直しや、重複作業など付加価値を生まない業務や過剰サービスの削減といった対策、女性や高齢者の活用に繋がるような業務プロセスの改善等も展開すべきです。この点、日本銀行では地域経済報告(さくらレポート)の別冊において「各地域における女性の活躍促進に向けた企業等の取り組み」を調査しました。これによると、女性の労働参加は幅広い地域で増加しており、業績向上や生産性向上に繋がったという声も聞かれたところです。

6.おわりに —— 北海道経済について ——

以上、経済・物価情勢や金融政策運営などについてお話ししました。最後に、北海道経済についてお話ししたいと思います。

北海道経済は回復していると認識しています。昨年の台風被害の復旧工事に伴い公共投資が増加しています。また、外需の堅調さが直接的・間接的に波及しており、輸出・生産面の持ち直しや、製造業を中心とした設備投資の増加に寄与しています。さらに、個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に回復しており、観光もインバウンド客を中心に好調です。

ただし、こうした回復の動きには、不漁に伴う水産加工の不振の影響や、製造業立地を背景とした海外需要の取り込み方の違いなどにより、地域的なバラつきが相応にあると伺っています。また、より長い目でみれば、当地は、人口減少に伴う構造的な下押し圧力を、全国よりも強く受けており、これを克服していくことが当地経済の大きな課題となっています。

こうした課題に対して、当地では、強みである「食」と「観光」分野を中心に、域外需要の取り込みや生産性向上に向けた積極的な動きが出てきています。

例えば、「食」分野では、食料品製造業において、消費者ニーズに応じて製品の付加価値を高めつつ、北海道外・海外マーケットへ販路拡大を図る動きがみられています。

また、「観光」分野では、環境変化に対応した観光コンテンツの充実と都市インフラの整備が着実に進展しています。具体的には、インバウンド客の団体旅行から個人旅行へのシフトに対応した広域観光ルート整備や、2030年の北海道新幹線・札幌延伸も見据えた、札幌市中心部の再開発事業や活況なホテル建設が挙げられます。

このような前向きな取り組みによって当地経済の生産性が高まり、来年命名150周年を迎える「北海道」が、次の150年に向けて、持続的な成長を遂げていくことに期待しています。ご静聴ありがとうございました。