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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策長野県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 政井 貴子
2018年7月5日

I.はじめに

本日は、長野県の行政および金融・経済界を代表される皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、日頃より日本銀行松本支店および長野事務所の業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして御礼申し上げます。

金融経済懇談会は、日本銀行の政策委員が、金融経済情勢や金融政策についてご説明申し上げるとともに、各地の経済・金融の現状や日本銀行の政策に対するご意見などを拝聴させて頂く機会として開催しております。

本日は、経済・物価情勢や日本銀行の金融政策などについてお話させて頂き、その後、皆様から当地の実情に即したお話やご意見などを承りたく存じます。

II.経済・物価情勢

日本銀行は、4月末の政策委員会・金融政策決定会合において、「経済・物価情勢の展望」、いわゆる「展望レポート」を取りまとめ、2020年度までの経済・物価見通しを公表しました。

経済・物価情勢については、「展望レポート」の内容に沿って、お話したいと思います。

1.海外経済の動向

はじめに、海外経済の動向ですが、現状について、「総じてみれば着実な成長が続いている」と判断しています。

先行きについては、世界的に製造業の生産・貿易活動が堅調に推移し、先進国・新興国がバランスよく成長すると想定しています。4月に公表されたIMFの世界経済見通しでも、概ね同様の見方が示されています(図表1)。

主要地域別にみると、米国経済は引き続き拡大を続けると見込まれるほか、欧州経済も回復を続けるとみられます。

中国については、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、今後も概ね安定した成長経路をたどると考えています。

中国以外の新興国・資源国では、全体として緩やかな回復を続けると予想しています。

海外経済には、上下双方向のリスクがありますが、私自身が下振れリスクとして最も懸念しているのは、米国の保護主義的な動きの帰趨についてです。短期的には、通商政策の不透明感の高まりがグローバルな金融市場のボラティリティの急上昇に繋がり得ます。そのことがまた、企業や家計のマインドに悪影響を及ぼし得るものです。中長期的にみると、仮に、こうした動きが世界的に強まっていくこととなれば、グローバルに活動する企業の経営判断を大きく左右するものとなりかねず、その場合、貿易や投資の資本フローに対する影響は無視できません。このため、保護主義的な動きが今後、国際的な資金のアロケーションに歪みを生じさせるリスクがないかどうか、よく注視していきたいと思います。

2.わが国の経済・物価情勢

(1)現状

次に、国内の経済・物価情勢についてお話します。

わが国の景気については、「所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している」と判断しています。内外需要の増加を映じて、鉱工業生産が増加基調にあるほか、労働需給は着実な引き締まりを続けています。この結果、労働と設備の稼働状況を表すマクロ的な需給ギャップは着実にプラス幅を拡大しています(図表2、3、4)。

国内需要の面では、設備投資は、企業収益や業況感が改善基調を維持するもとで、増加傾向を続けています(図表5)。6月短観における2018年度の事業計画をみると、GDPの概念に近いベースの設備投資計画は、前年比+8.7%と、6月調査結果の過去平均(2004~2017年度:+4.4%)をはっきりと上回るなど、大企業を中心に堅調なスタンスとなっています。家計部門をみると、住宅投資は弱含んで推移していますが、個人消費は、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、振れを伴いながらも緩やかに増加しています(図表6)。また、輸出は、先ほどお話した海外経済の着実な成長を背景に、増加基調にあります(図表7)。

物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比がエネルギー価格の上昇を反映して、0%台後半となっています(図表8)。

(2)先行きの見通し

先行きについては、2020年度までの見通し期間中、景気面では「緩やかな拡大を続ける」と予想しています。国内需要は、きわめて緩和的な金融環境や政府支出による下支えなどを背景に、増加基調をたどると考えられます。この間、海外経済の成長に伴い、輸出は基調として緩やかな増加を続けるとみられます。以上のもとで、2018年度は潜在成長率を上回る成長を続けるとみられます。2019年度から2020年度にかけては、設備投資の循環的な減速や消費税率引き上げの影響を背景に、成長ペースは鈍化するものの、外需に支えられて景気の拡大基調が続くと見込まれます。4月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値をみると、実質GDP成長率は18年度+1.6%、19年度+0.8%、20年度+0.8%となっています(図表9)。

主要な項目別にみると、まず、設備投資は、増加を続けていくと予想しています。これは、きわめて投資刺激的な金融環境が維持されるもと、企業収益の改善や財政投融資や投資促進税制の効果の発現、そして期待成長率の緩やかな改善などが効いてくるためです。具体的な案件としては、(1)景気拡大に沿った能力増強投資に加え、(2)オリンピック・都市再開発に関連した投資、(3)人手不足等に対応した効率化・省力化投資、(4)成長分野への研究・開発(R&D)投資などの増加が見込まれます。個人消費は、雇用者所得の増加に加え、耐久財の買い替え需要などもあり、基調としては緩やかな増加傾向をたどると見込まれるほか、住宅投資は、横ばい圏内の動きを続けると予想されます。輸出は、当面、わが国が比較優位を持つ資本財や情報関連が堅調に推移して増加基調を続ける可能性が高く、その後は、海外経済の改善等から緩やかな増加を続けると予想しています。鉱工業生産についても、当面はしっかりと増加を続け、その後も、基調としては緩やかな増加を続けると見込んでいます。

また、物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、エネルギー価格の押し上げ圧力は緩やかに減衰するものの、需給ギャップが改善するもとで、企業の賃金・価格設定スタンスも次第に積極化するとともに、予想物価上昇率も次第に伸びを高めていくことから、2%に向けて上昇率を高めていくと考えています。4月の展望レポートにおける消費者物価(除く生鮮食品)の前年比について、政策委員見通しの中央値は、18年度+1.3%、19年度および20年度は、消費税率引き上げの影響を除き、+1.8%となっています(前掲図表9)。

4月の展望レポート公表後における物価の動向をみると、想定対比若干弱めの動きとなっていますが、私自身は、物価上昇に向けたモメンタムは引き続き維持されていると考えています。

見通しに対するリスク要因として、経済情勢については、米国の経済政策運営や地政学的リスクなど海外経済の動向、企業や家計の中長期的な成長期待、財政の中長期的な持続可能性のほか、2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響が、また、物価情勢については、これらに加えて、企業や家計の中長期的な予想物価上昇率の動向、マクロ的な需給ギャップに対する価格の感応度が低い品目があること、今後の為替相場の変動や国際商品市況の動向が挙げられます。

国内の経済・物価情勢の先行きをみるうえで、私自身は、予定されている消費増税の影響に特に注目しています。この点、展望レポートでは、消費増税前後の家計のネット負担額は、過去2回対比小幅なものにとどまるとの試算が示されています(図表10)。1997年度は、消費税率の2%ポイントの引き上げに加えて、追加的な負担(所得減税の打ち切りや医療費の自己負担増加など)があったことから、家計にとっては8兆円超のネット負担増と試算されます。また、2014年度は、税率が3%ポイント引き上げられるもとで、給付措置などの負担軽減策が講じられたものの、年金関連の負担増加から、8兆円程度のネット負担増と試算されます。これに対して2019年度は、税率は2%ポイント引き上げられるものの、軽減税率や年金生活者支援給付金という複数の負担軽減措置のほか、教育無償化が予定されている結果、家計にとってのネット負担額は、2兆円程度にとどまると試算されています。ただし、こうした試算は、家計にとっての直接的な負担額を機械的に示したものであり、消費税のインパクトは、経済状況によって消費者マインドに与える影響が大きく異なり得るなど、相当な不確実性があることは言うまでもありません。昨今の良好な雇用環境を踏まえると、賃金を主たる収入とする家計のマインドは相応にしっかりとしていることが期待されると思います。他方、年金等を主たる収入とする家計にとっては、負担軽減措置などが予定されているとはいえ、食料品やガソリンといった基礎的な消費の物価動向などにも大きな影響を受けると考えられます。これらのバランスをよくみていく必要があると考えています。

III.日本銀行の金融政策

次に、日本銀行の金融政策についてお話します。

1.きわめて緩和的な金融環境の実現

日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指して、2013年に「量的・質的金融緩和」を導入して以降、一貫して強力な金融緩和を行うことにより、きわめて緩和的な金融環境を実現しています。日本銀行は、後ほどお話する枠組みのもとで、大規模な国債買入れによるイールドカーブ全体の押し下げを図っています。

きわめて緩和的な金融環境の維持は、企業の資金調達環境の改善に繋がっています。とりわけ資金のアベイラビリティという観点では、中小企業を中心に、改善傾向が強まっています。金融機関の貸出態度は非常に積極的になっており、短観のDIでみると、中小企業については、1980年代末以来の高水準となっています。企業の資金繰りも同様です。短観のDIをみると、中小企業を中心に足もとにおいても改善傾向が強まっています(図表11)。このような企業の資金調達環境の改善は、企業収益の改善度合いからすると控えめとはいえ、先ほどお話した設備投資への堅調なスタンスに繋がっているとみています。このことは、今回の景気回復局面において、内需と外需が比較的バランスよく景気を牽引している背景の1つだと思います1

こうしたもと、企業や家計の経済活動は活発化し、需給ギャップは着実に改善しています(前掲図表4)。日本銀行としては、こうした緩和的な金融環境を維持することにより、わが国の経済活動を強力にサポートしていると考えています。

  1. なお、帝国データバンクのアンケート調査では、金融機関借入で資金調達する企業の割合は、設備投資にかける費用が5,000万円以上の場合、約半数程度となっています(2018年度の設備投資に関する企業の意識調査、2018年5月16日)。

2.長短金利操作付き量的・質的金融緩和

現在、日本銀行が採用している「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みは2つの要素から成り立っています。

1つは日本銀行が長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール」です。2016年9月に導入したこの枠組みでは、短期政策金利と10年金利の操作目標を示すこととしています。現在の「金融市場調節方針」では、短期政策金利を▲0.1%に設定するとともに、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とし、これを実現するように国債買入れを行っています。このような形で大規模に国債を買い入れることにより、さきほど触れたとおり、きわめて緩和的な金融環境が維持することが可能となっています。

もう1つは、消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大方針を維持する「オーバーシュート型コミットメント」です。「物価安定の目標」は、景気循環を均して平均的に実現する必要があるため、2%を超えることはもともと想定されていますが、こうしたコミットメントにより2%の目標の手前で緩和を止めることはないという日本銀行の強い決意を示しています。よく指摘されるとおり、わが国の場合、人々の物価観が物価安定目標の近傍でアンカーされているという状況にはまだなっていません。こうした中で、中央銀行が強いメッセージを発することは、人々の物価観――いわゆる予想物価上昇率――を2%にアンカリングしていくうえで大きな意義があると考えています。

3.強力な金融緩和を息長く続ける必要性

こうした日本銀行の強力な金融緩和は、きわめて緩和的な金融環境の実現を通じて所期の効果を発揮しているとはいえ、経済の着実な改善度合いに比べて、現実の物価上昇がなお力強さに欠けていることもまた事実です。

デフレマインドが想定以上にしつこいことが分かってくる中で、日本銀行の金融政策に対しては次のようなご意見を聞くことが多くなっていると感じます。まず、そもそも2%の「物価安定の目標」は必要ないのではないか、といったご意見です。また、2%の目標を目指すにせよ、強力な金融緩和の継続に疑義を示す向きがあります。例えば、金融機関の収益への配慮等から、金利水準を調整すべきではないか、といった声があります。1点目については、後ほど詳しくお話することとし、まず2点目についてお話します。

毎回の金融政策決定会合では、(1)貸出・社債金利への波及、(2)経済への影響、(3)金融機能への影響など、経済・物価・金融情勢を総合的に勘案したうえで金融市場調節方針を決定しています。2016年9月の「総括的な検証」でもお示ししているとおり、金融政策の運営にあたり、金融仲介機能や広い意味での金融機能への影響は考慮すべきポイントです。現実に、銀行間の競争激化のほか、強力な金融緩和などが貸出利鞘の縮小圧力となっていることには留意が必要だと思います。もっとも、金融機関の預貸利鞘は90年代以降、低成長に伴い趨勢的に縮小傾向となっており、その意味でかねてより金融機関経営の課題でした(図表12)。さらに、フィンテックをはじめとする技術革新や人口・企業数の減少といった環境変化に対する中長期的な取組みが喫緊の課題となっています。このような金融機関経営に影響を及ぼす構造的な問題と、金融緩和に伴う影響は、区別して分析・議論すべきであると考えています。

日本経済は、ようやく「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなったところですので、デフレからの脱却を確実にしておくべきだと考えています。もちろん、日本銀行は物価だけが上がれば良いと考えている訳ではありません。2%の「物価安定の目標」が成長力の強化とともにあることは、2013年の政府・日本銀行の共同声明2でも強調されている通りです。また、「量的・質的金融緩和」を導入した月の翌月(2013年5月)の講演においても、中曽副総裁(当時)が、「私たちが目指す『物価安定の目標』とは、企業収益や雇用・賃金の増加を伴いながら実体経済がバランスよく改善するという好循環の中で達成されるべきものです」と話しています3。他方、後に詳しくお話するとおり、確実なデフレからの脱却は日本経済にとって積年の課題であり、きわめて重要だと考えています。

デフレマインドが根強い状況のもと、2%の「物価安定の目標」の実現には相応の時間がかかることも念頭に置く必要があります。強力な金融緩和が長期化しつつある中、経済・物価・金融情勢について従来以上に肌理細かな検討を行いつつ、持続可能な形で強力な金融緩和を息長く続けることが適当と考えています。

  1. 2「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」。
  2. 3「『量的・質的金融緩和』の基本的考え方」、内閣府経済社会総合研究所主催国際コンファレンスにおける講演、2013年5月31日。

IV.「物価安定の目標」の意義:なぜ2%か

日本銀行が2013年に「物価安定の目標」を導入して5年半が経過しましたが、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」の必要性が広く人々に受け入れられているとは言い難いと思います。

日本銀行が行う金融政策の目的は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」です。物価の安定とは、概念的には「家計や企業等の様々な経済主体が物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」といえます4。物価の安定が望ましいことについては、直観的にも人々に受け入れやすいと思いますが、それを特定の物価指数の具体的な数値で定義するにあたっては、もともと決定的な根拠がない中で定義せざるを得ないため、理解を得ることが難しいものとなっていると思います。この点は、海外の中央銀行も同様の難しさを抱えています。イエレン前FRB議長は、「物価の安定とはインフレが全くないという意味ではない」としたうえで、「研究の成果および何十年もの経験に基づき、(『物価の安定』とする物価上昇率について)年率2%と定義している」と説明しています5。そして、他の殆どの主要な中央銀行が、FRBの定義する2%と似通ったインフレ目標値を採用していることに言及しています。

人々にとって、高インフレが望ましくないのであれば、「中央銀行が0%の物価上昇率を目標としないのはなぜか?」といった疑問が生じるのは自然です6。この点に関して、技術的な論点を別にすれば、「デフレに陥るリスクを回避するためのバッファー」というのが、年率2%の物価上昇を物価安定と定義している中央銀行の共通の答えのように思います7(図表13)。これは、デフレとなることを極力回避するための「のり代」の確保という意味と、中央銀行の金利引下げ余地の確保――ごく単純化すれば、景気に中立的な名目金利水準は、潜在成長率と物価上昇率の合計によって決まるため、潜在成長率と物価上昇率それぞれが高まる分、金利操作による金融緩和余地が生まれます――という意味の両方があると考えています。

この点に関連して、私自身が重視していることを2点申し上げたいと思います。第1に、デフレのコストについての認識です。わが国において、「デフレは何としても避けるべきものである」という認識は海外と比べると弱いのではないかという印象を持っています。海外では、特にリーマン危機以降、日本のデフレと経済停滞が長期にわたって継続していることを「日本化(Japanization)」と呼んで、そうならないための研究が盛んに行われています。米国のある雑誌は昨年、同様の文脈で、「世界は『日本病』の危険に瀕しているか?」という特集を組みました8。世界の金融経済を取り扱う当局者、学者、専門家らは、日本のような状況に陥る可能性およびそれを回避する方策について今も侃々諤々と議論しています。

なぜ世界中が日本のデフレに注目しているかといえば、デフレは、それが仮にマイルドなものであってデフレスパイラルを引き起こすものでないとしても、長引く場合には将来にわたって非常に大きな経済の重石になると考えられるからです。

デフレは、私たちにとって一体何が問題になるのでしょうか。まず、家計にとっては、往々にして賃金の下落を伴うという意味で問題です。賃金と切り離して、デフレは実質所得の増加になるのでプラスだと受け止める方もおられるかもしれません。確かに、一過性なマイルドなデフレであれば、特段大きな問題は生じないかもしれませんが、それが長い間継続すると、経済の停滞を通じて最終的には家計に負担が強いられることになります。デフレは、幾つかの経路を通じて経済の大きな重石となります。教科書的によく知られた問題としては、デフレが継続する場合、家計と企業が先行き財・サービス価格の低下と不確実な状態の継続を予想することで、支出の先送りと借入の抑制が選好されるということがあります。こうした行動が、経済全体では景気低迷及びデフレの長期化に繋がることとなり、いわば経済の悪循環に陥るというメカニズムです。

さらに、継続的なデフレは、それが長引けば長引くほど、人々の習慣として定着することで、なおのこと脱却することが困難になるという厄介な問題があります。実際、日本の場合、まさに、15年以上に及ぶデフレの経験が人々に根付いてしまっていることが、2%の「物価安定の目標」の実現を難しくしているのではないかと思います。以上の点を踏まえると、2%の「物価安定の目標」のもと、デフレから完全に脱却することが、最終的にはわが国の家計にとっても望ましいものと考えています。世界が日本の長きにわたるデフレから教訓を得ようと必死になっている中、わが国自身もその経験をより直視すべきだと思っています。

第2に、わが国において海外と同程度の物価上昇を目指すことの重要性です。2%がグローバル・スタンダードだという言い方もよくされますが、より本質的には、日本と海外が同程度の物価上昇率を実現することにより、長い目でみた為替の安定、ひいては金融市場の安定や企業活動の安定をもたらすことが強調されるべきだと思います。より具体的には、企業経営者の視点に立つと、為替レートは様々な要因により当然変動するものですが、内外の物価上昇率の違いを背景とした長期的なトレンドを持たないと思えるようになれば、ある程度の振れがあっても企業マインドを大きく損なうことはないのではないかと考えています。今後も日本経済のグローバル化が一層進展すると見込まれる中、国内の物価が海外と同程度で上昇していくという意味で、海外と並走していくことは、わが国経済が安定した成長を遂げていくうえで大切なことだと考えています。

  1. 4「金融政策運営の枠組みのもとでの『物価安定の目標』について」(日本銀行、2013年1月22日)。
  2. 5 Janet L. Yellen, "The Goals of Monetary Policy and How We Pursue Them," remarks at the Commonwealth Club, San Francisco, California, January 18, 2017.
  3. 6こうした疑問が生じるのは、人々のインフレ期待が2%程度にアンカリングされているとみられる米国でも同じのようであり、先に引用した講演でイエレン前議長はこの点も取り上げています。
  4. 7日本が長きにわたるデフレに苦しむ経験からも、デフレからの脱却が困難であることがよく知られることとなりました。このことは、主要な中央銀行の間で年率2%の物価上昇を物価安定と定義することがコンセンサスに至った背景の1つであると思います。
  5. 8"Is the World at Risk of the "Japan Disease"?," The International Economy, Summer 2017, Washington, D.C.

V.おわりに ―― 長野県経済について ――

最後に、長野県経済についてお話させて頂きます。

長野県は、IT・機械関連を中心とした製造業が集積し、優れた技術力を武器に、グローバル市場に対して競争力の高い製品を提供する最先端の「ものづくり県」であるとともに、日本アルプスに囲まれた国内有数の観光県でもあります。

長野県経済の現状をみると、国内外からの半導体製造装置や産業用ロボットなどに対する需要の増加を追い風に、IT・機械関連を主要産業に抱える当地の生産は高水準を維持しています。製造業の活況は、雇用・所得環境の着実な改善に繋がり、小売や飲食などの非製造業にも波及しつつあることで、長野県の経済は緩やかな拡大を続けています。

また、近年、長野県が策定する「航空機産業振興ビジョン」や「食品製造業振興ビジョン」のもと、産官学金が連携して航空宇宙産業や健康・医療分野などで新たな需要を創出する取組みを進めておられると伺っています。

さらに、長野県では、少子高齢化が全国を上回るペースで進行する中、全国対比でみても厳しい人手不足に直面していますが、当地企業は次のような取組みによって難局を好機に変えておられる企業が多いと伺いました。第1に、AIやIoTをいち早く取り入れて省人化・省力化投資を進めておられることです。長野県では、IoT分野の研究・開発や事業化を支援する「IoT事業化プロデューサー」の招聘や、今後、「IoTデバイス事業化・開発センター」を設置する計画にあるなど、こうした先進技術の導入を積極的に後押しされているとのことです。第2に、「ものづくりは人づくり」ということを重視され、定年を迎える技術者の雇用環境を整備することで、技術の伝承を含む人材の育成に積極的に取り組まれていることです。この点、長野県は、「人生二毛作社会」の実現に向けて「シニア活動推進コーディネーター」を県内各地に配置し、関係機関と連携して、高齢者の就業・社会活動の促進を支援しておられます。こうした企業と行政の取組みが奏功して、全国一位の高齢者の就業率となっているのではないかと思います。また、このような当地企業と行政の対応は、全国のモデルケースとなり得るものと期待しています。

観光面をみると、長野県は、豊富な観光資源を抱え、古くから観光県の地位を確立してきました。多くの著名人に愛され、日本を代表する避暑地であり、2019年のG20・関係閣僚会合の開催予定地にもなっている軽井沢や、創建から約1,400年を数え、数え年で7年に一度の盛儀「御開帳」で有名な善光寺、現存する五重六階の天守の中で日本最古の松本城、年間約120万人が訪れる山岳景勝地の上高地など、観光地は枚挙にいとまがありません。近年は、インバウンド客が急激に増加しており、2017年度の外国人延べ宿泊者数は約142万人泊と、全国を上回る前年比+21%の伸びとなるなど、当地の観光産業にも好影響が及び始めています。こうした中、長野県では、「長野県観光戦略2018」を策定し、関係機関と連携して、観光を担う人材の育成や二次交通を含む交通インフラの充実、インバウンドの受入れ環境の整備に取り組んでおり、さらなる観光振興が期待されています。

皆様のこうした前向きな取組みが結実し、長野県の経済が一層の発展を遂げられることを祈念しまして、挨拶の言葉とさせて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。