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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策秋田県金融経済懇談会における挨拶要旨

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  • 文中に一部誤りがありましたので、次のとおり訂正致しました(2018年10月11日):
    2.内外経済の現状と先行き、(国内経済の先行き)の第2段落
    (誤)2018年度に+1.6%となった後、
    (正)2018年度に+1.5%となった後、

日本銀行政策委員会審議委員 櫻井 眞
2018年10月11日

1.はじめに

日本銀行の櫻井でございます。本日は、秋田県の各界を代表する皆さまとの懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆さまには、日ごろより日本銀行秋田支店の業務運営に際して様々なご支援を頂いております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

本日は、皆さまから、当地経済に関するお話や、私どもの政策・業務運営についての忌憚のないご意見を承りたく存じます。まず、私から、国内外の経済動向や日本銀行の政策運営等について、私なりの見方も交えながらお話しさせて頂きます。

2.内外経済の現状と先行き

海外経済

まず、海外経済の動向からお話しします。世界経済は、2016年後半からそれまで停滞していた貿易が拡大に転じ、2017年後半以降は拡大ペースが加速してきました。世界貿易が拡大するもとで、各国の内需が刺激される相乗効果が発揮され、先進国と新興国がバランスよく高い成長を続けてきました(図表1)。

各地域の状況をやや仔細にみると、米国経済は拡大が続いています。歴史的な低水準の失業率、好調な企業収益のもとで、個人消費、設備投資とも増加しており、拡張的な財政政策の効果もあって、高めの経済成長を続けています。欧州経済も、足もと幾分減速しつつも回復を続けています。

新興国では、中国経済は総じて安定した成長を続けています。好調な輸出に加え、足もと不確実性の高まりを受けた景気対策など、当局の機動的な政策対応もあって、内需が下支えされています。NIEs・ASEANも輸出が増加基調にあるもとで、内需も底堅く推移しています。ブラジル、ロシア等の資源国も、これまでやや回復が遅れていましたが、足もとインフレ率が落ち着くもとで緩やかに回復しています。

先行きも、海外経済は着実な成長を辿ると考えられます。IMFの世界経済見通しをみても、先行き+3%台後半の成長が予想されています。

もっとも、世界経済の先行きには不確実性が高まりつつあるのが実情です。具体的には、保護貿易的な施策の発動に伴う経済の下振れリスクと、国際金融市場の不確実性の高まりを契機とした新興国の資本流出リスクという、主に2つの下振れリスクに直面しつつあります。

保護貿易的な施策については、当事国だけでなく世界経済にマイナスの影響を及ぼすリスクがあります。国際貿易と海外投資を軸とするグローバルなサプライチェーンが確立しているもとで、世界経済に与えるマイナス効果は大きくなる可能性があります。今後の展開は判然としませんが、1980年代以降、国際貿易と海外投資が世界経済の拡大に主導的役割を果たしてきたことを踏まえると、今後、国際的な協調の枠組みが再構築されることを期待したいと考えます。

新興国の資本流出リスクについては、米国金利が上昇するもとで、通商問題を契機に、足もと一部の脆弱性の高い新興国で通貨安が発生しています。現時点では他の新興国への波及等は生じておりませんが、今後、国際金融市場の不確実性が高まり、広範な国・地域から資本が流出する事態が生じると、前述した世界貿易量を減少させるほか、資産価格の下落に伴う家計・企業のコンフィデンス低下といったルートを通じて、更なる経済成長の下振れに繋がるリスクもあります。今後の世界経済を見通すうえで、これらのリスクに特に注視していきたいと考えています。

国内経済の現状

次に、国内経済の動向です。海外経済の成長が続くもとで、きわめて緩和的な金融環境や政府支出による下支えもある中、わが国経済は緩やかに拡大を続けています。こうした拡大傾向は、当初の外需主導から内需の回復を伴う成長プロセスへと移行しつつあり、地方経済にも徐々に波及してきています。「さくらレポート」で東北地方の景気判断をみても、「緩やかな回復を続けている」としています。わが国の実質成長率をみると、2018年1~3月期は、天候不順など一時的な要因もあって小幅のマイナスとなりましたが、4~6月期には年率で+3.0%とプラス成長へ戻っています(図表2)。また、労働や資本の稼働率を示す需給ギャップもプラス幅が緩やかな拡大を続けており、ほぼ需要不足とはいえない状況にまで需要が回復してきたといえます。供給面の制約が強まる中で、それに対応するための設備投資の動きが活発化し、供給面の拡大や生産性の上昇に繋がっています。結果として、わが国経済は需要・供給の両面がバランスのとれた自律的な成長を続けています。

やや仔細にみますと、企業部門では、海外経済の着実な成長を背景に輸出が増加基調にあるほか、設備投資も増加傾向を続けています(図表3)。特に、設備投資は、企業収益や業況感が改善基調を続けるもとで、堅調に推移しています(図表4)。実際、企業の売上高経常利益率は改善傾向を続けているほか、9月短観で示された業況判断DIは幾分プラス幅を縮小しましたが、高水準で推移しています。こうしたもとで、2018年度の設備投資計画はかなり積極的なものとなっています。プラス成長が2年を超えて持続する中で、企業の先行き需要の期待がより確かなものに徐々に転換していることが示唆されます。また、日本政策投資銀行の調査で設備投資額を目的別にみても、製造業だけでなくサービス業でも能力増強や人手不足に対応した省力化投資などの割合が増加しています(図表5)。結果的に、こうした設備投資を通じて労働生産性の上昇は着実に進展していると考えられます。

家計部門では、雇用環境をみても、完全失業率は2.4%(2018年8月)まで低下し、ほぼ完全雇用の水準にあるほか、有効求人倍率は1.63倍(同)と44年ぶりの水準にまで上昇するなど、労働需給は着実な引き締まりを続けています(図表6)。人手不足を反映して、賃金も緩やかながらも着実に上昇してきています。個人消費も、こうした雇用・所得環境の改善を受けて、振れを伴いながらも、緩やかに増加しています(図表7)。

国内経済の先行き

先行きも、わが国の景気は、緩和的な金融環境と政府支出による下支えなどを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、緩やかな拡大基調を維持すると考えます。海外経済の先行きには不確実性もあるものの、当面輸出は増加基調を維持すると思われます。また、企業部門・家計部門の双方で、需要・供給がバランスよく成長する好循環がみられており、設備投資や個人消費も増加基調を辿ると思われます。なお、2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響は、軽減税率や教育無償化等の財政上の緩和措置などの政策対応により、家計への負担は前回増税時対比で軽減される可能性が相応にあると考えます。

2018年7月に日本銀行が公表した「展望レポート」では、政策委員の実質GDP成長率の見通しの中心値は、2018年度に+1.5%となった後、2019年度、2020年度にかけて、循環的な設備投資の減速やオリンピック関連需要の一巡などを背景に、潜在成長率とほぼ同等の水準である+0.8%に収れんしていく姿を見込んでいます(図表8)。

もちろん、先ほど触れたとおり、保護主義的な動きや新興国における資本流出によるショックの大きさ、およびその拡がり次第では、こうした中心的な見通しから下振れるリスクはあります。引き続き、こうしたリスクに十分注意しつつ、内外経済の動向を点検していきたいと考えています。

3.物価の現状と先行き

現時点までの物価動向の変遷

続いて物価情勢についてお話しします。消費者物価(除く生鮮食品)は、前年比0%台後半の緩やかな伸びに止まっています(図表9)。消費者物価の上昇の遅れについては、単純な需要不足による物価上昇の遅れとは考えづらく、需要面以外の多様な要因が関係していると思います。現状のわが国の物価を取り巻く環境について、1つの上昇要因と2つの抑制要因、合わせて3つの要因から整理してみます。

第1に、需給ギャップのプラス化に伴う物価押上げ圧力です。既に経済動向のパートで述べましたように、2017年以降、需給ギャップがプラスに転じ、足もとそのプラス幅は拡大しています。マクロでみた物価上昇圧力は確かに存在しています。

一方、第2の要因として、根強いデフレマインドに基づく物価下押し圧力が挙げられます。わが国経済における長期的なデフレの原因が、基本的に需要不足にあったことは明らかかと思います。需要の停滞に伴い、長期間に亘り需給ギャップのマイナス、すなわち、労働力や設備の過剰状態が長期化しました(前掲図表2)。こうした需要不足の状況が続いたことにより、企業部門では停滞する需要を奪い合うために、価格引き下げで対応しようとし(図表10)、そのために設備投資を抑制したほか、人件費等の固定費削減を進めました。これにより、マクロの供給力(潜在成長力)も低下しました。循環的な景気後退が、供給面への影響を通じて長期的な成長力を低下させる効果をヒステリシス(=履歴効果)と呼びますが、このヒステリシスがわが国経済に根深く定着したことで、企業の価格設定スタンスは慎重なものとなり、家計の値上げ許容度も低くなる、といった形でデフレマインドにも繋がっていると思われます。

さらに、新たに分かってきた第3の要因として、企業の供給面の対応で生産性が向上することで物価が抑制される効果があります。需給ギャップのプラス化により、企業部門が持つ既存の供給力では需要の増加に対応できなくなり、企業は、供給過剰のもとでは成り立っていた採算性の低いビジネスを取りやめ、省力化を企図した設備投資を推進するなど、生産性上昇に向けた積極的な対応を進めています。このように、生産性を上昇させることで、販売価格に転嫁せずに乗り切っている面があります。この点については、後ほど改めて詳しくご説明します。

まとめると、現時点における物価動向は、(1)プラスの需給ギャップ、(2)ヒステリシスに基づく根強いデフレマインド、(3)供給面の拡大に伴う生産性上昇、の3つの要因が複合的に影響しているものと考えられます。2017年以降、プラスの需給ギャップが実現する中で、企業部門の対応として、供給面の拡大がみられはじめたことで、当初想定していたよりも、物価上昇の見通しが下振れた面があるかと思います。

物価の先行き

3つの要因のうち、とくに供給面の拡大については、今後、生産性上昇による物価押し下げ効果がどの程度持続するか、正確に予測することは困難です。生産性上昇の効果が強ければ、ある程度の賃金上昇圧力は十分吸収することが可能で、このようなケースでは販売価格に転嫁されることなく物価上昇にはさらなる時間を要することになります。とはいえ、生産性上昇の余地は無限ではないので、物価抑制効果は徐々に減衰していくと予想しています。経済の緩やかな拡大を持続させ、需給ギャップをプラスに維持することで、物価も徐々に上昇率を高めていくと考えられます。実際に物価上昇がみられるようになれば、企業・家計が将来の物価上昇を期待する、すなわち期待インフレ率が上昇するようになり、デフレマインドが徐々に払しょくされ、最終的には「物価安定の目標」の達成に繋がると思われます。

4.金融政策

現行の金融緩和政策の基本的枠組み

現行の金融緩和政策は、2016年9月に導入された「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が基本的な枠組みとなっています(図表11)。その骨子は、2%の「物価安定の目標」を目指し「長短金利操作」(=イールドカーブ・コントロール)により、短期金利を-0.1%、10年物国債金利の操作目標をゼロ%程度と設定し、これと整合的な長短金利の形成を促すように国債買入れを行うというものです。約2年にわたり、この枠組みでイールドカーブ・コントロールが実施され、目標とする政策金利の水準はほぼ維持することができました。しかし、2%の「物価安定の目標」の実現には至らず、先ほど述べたように物価上昇には想定以上の時間を要することが明らかとなってきました。今後も強力な金融緩和政策を継続する必要が出てきたことを受けて、2018年7月に金融緩和の枠組みをさらに強化するための新たな措置を決定しました(図表12)。

2018年7月の決定で新たに導入された一連の措置のうち、特に重要と考える2つの点について簡単にご紹介します。第1は、今後の政策運営方針を示す「フォワードガイダンス」を明記したことです。今回の「フォワードガイダンス」は、「2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」というもので、将来に亘る政策方針の継続性をコミットするものとなっています。第2は、「長短金利操作」(=イールドカーブ・コントロール)の操作目標のうち長期金利について、「10年物国債金利ゼロ%程度」を維持しつつ、その水準が、市場参加者の経済・物価の見方などを反映してある程度変動しうることを明示することとしました。これまで、強力な金融緩和政策を継続するもとで、長期金利の変動幅は極めて狭くなっていたほか、マーケットメイクを行う業者間の取引高も減少し、市場機能低下への懸念が強まりつつありました。こうした状況を踏まえて、「ゼロ%程度」の操作目標は維持しつつ、実際の金利水準はある程度変動することを許容することで、市場機能の維持を図ることが適当であると判断しました。さらに、緩和政策の持続性に関連して、ETF買入れについても、年間約6兆円という買入れ目標自体は維持しつつ、市場の状況に応じて買入れ額が上下に変動しうることを明示しています。

こうした一連の措置の狙いは、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の基本的な枠組みを維持したうえで、その副作用へも配慮しつつ、金融緩和の持続可能性を高めることです。これにより、累積的な緩和効果はこれまでよりも強まることになると考えています。

今後の金融政策

今後の金融政策は、基本的に「フォワードガイダンス」で示した金融緩和政策の枠組みに沿って進められることになります。当面は、金融システムの安定性や実体経済の状況とその変化にも十分注視しつつ、「物価安定の目標」の達成に向けて強力な金融緩和政策を継続することが適当であると考えます。

そのうえで、政策の副作用の状況を不断に点検し、緩和効果と比較衡量しつつ、金融緩和政策の持続可能性を判断していくことが重要です。総需要が総供給を上回る良好なマクロ経済環境のもとで、「物価安定の目標」の達成を目指して、緩和的な金融環境を継続していくことは、金融・経済の両面で不均衡の蓄積に繋がるリスクがあり、これまで以上に広範な視点から政策の持続可能性を検討することが重要です。

このうち金融面での不均衡については、副作用の発生経路は、低金利が継続するもとで、(1)金融機関の収益力が低下し、先行きの資本基盤が累積的に劣化すること、あるいは(2)収益確保のためにリスクテイクを進める中で、外部環境の変化に伴いそれが不良化して、経営体力が毀損することで、金融仲介機能が適切に発揮されなくなるリスクが考えられます。金融システムレポートに加え、考査、オフサイト・モニタリングなど複数のチャネルを通じて、金融システムにおけるリスク状況を点検するとともに、必要に応じて、金融機関に対し、こうしたリスクへの対応を促していきたいと考えています。金融政策面でも、こうした金融面の不均衡が蓄積するリスクを点検しつつ、適切に政策判断を行っていくことが大切です。

強力な金融緩和政策を慎重かつ粘り強く継続することで、マクロの金融・経済のバランスを崩さずに、プラスの需給ギャップを長く維持し、「物価安定の目標」を実現していくことが今後の方向性といえるかと思います。

5.経済の供給面の変化と金融政策運営について

先ほど、物価の上昇が遅れている背景について、経済の供給面の拡大にかかる要因を採り上げました。以下では、これまでのお話と重複する部分もありますが、やや長い目でみた日本経済の供給面の変化と、そうしたもとでの今後の金融政策のあり方について、改めて私なりの見方を整理してお話しします。

経済の供給面の変化とその背景

わが国経済の現状をマクロの需給面の視点からみると、過去5年半以上に亘る強力な金融緩和政策のもとでも、2016年前半までは需給ギャップがマイナス、すなわち需要が供給を下回る需要不足の状況が続いていました。2017年以降、ようやく需要不足が解消し、需給ギャップがプラスの状況が続いています。これは、経済全体の需要が供給を上回る、需要超過・供給不足の状態といえます。こうした状況のもとで、供給面においても緩やかな拡大が進んでいます。労働市場における女性や高齢者の活用や、省力化投資を中心とする設備投資の力強い拡大などをみても、こうした評価が裏付けられると思います。

物価動向のパートで既に述べた通り、こうした供給面の拡大は、短期的にみれば、厳しい競争環境に直面する企業が価格を抑制することに繋がる側面があります。一方、省力化投資は、IoTやAIの活用など、生産性向上や技術進歩を通じて、中長期的にはわが国の潜在成長力を高める方向に寄与し得るものです。こうした供給面の拡大が、わが国経済・物価に与える影響を見極めていく必要がありますが、それは時間がかかるプロセスとなります。すなわち、需要面の変化は、政策的な措置により比較的短時間で表れます。一方、供給面の変化は、原油価格の変動など外的ショックによって生じるものを除くと、投資の実行に時間を要することから、需要面の変化よりも長い時間がかかります。供給面の変化によって実体経済や物価が変化するのにも、需要面の変化よりも長い時間がかかるということになります。こうした時間のかかる経済の構造変化の状況を、様々な観点から点検していくことの重要性は、これまで以上に高まっていると思います。

需給のバランスと金融政策

次に、こうした経済の需給バランスが変化するもとで求められる金融政策のあり方についてお話しします。

単純な需要不足のもとでの金融緩和政策と、需給均衡がほぼ実現した状態のもとでの金融緩和政策では、同じ金融緩和政策という大きな枠組みのもとでも、その視点には変化が求められつつあるように思います。

現行の金融政策が目指している「物価安定の目標」は、あくまで需給の均衡と潜在成長率が達成されているもとで、実現されることが適切なのだということを、改めて強調したいと思います。

足もとの日本経済をこの視点から考えてみると、需給ギャップはプラス転化し、成長率も潜在成長率を上回って推移しています。しかし、「物価安定の目標」だけは実現できていません。既に述べたように、物価の伸び悩みの原因は単純な需要不足にあるとは考えにくく、履歴効果に基づくデフレマインドが根強いことに加え、供給制約に直面して以降判明してきた、供給側の拡大による生産性の向上という要因もかなり影響しているのではないかと思います。

このような新たな変化を金融緩和政策との関連で考えると、「物価安定の目標」の実現のためには、今後は従来以上に供給面の動向を注視して、需給ギャップがプラスの状態を維持すること、同時に金融システム上の安定性にも十分注意しながら慎重に金融緩和政策を継続していくことが適当であると思います。「物価安定の目標」のみを重視し、その早期実現を図るため、やみくもに過大な需要超過を政策的に作り出すことは、たとえ可能であるとしても、マクロ経済の不均衡の拡大や金融システム上の不安定性を高める危険性があることを考慮すると、望ましくないと思います。

現在のわが国の物価は、単純な需要不足によるものではなく、需給ギャップ、履歴効果、供給要因という3つの要因に左右される状況へと変化しています。このうち、履歴効果がいつ減衰するか、供給要因がどの程度物価上昇の抑制効果を持つか、という点について、判断や予測は難しくなっています。物価変動プロセスの不確実性は、足もとやや高まりつつあるというのが実情かと思います。そこで、不確実性と金融政策との関係について少し触れておくことにします。

不確実性の存在と金融政策

先進国において、均衡状態における物価水準にかかる不確実性の強まりが指摘されるようになってきています1。わが国でも、長期に亘る金融緩和政策に伴う需要喚起により、需給ギャップは既にプラスに転じていますが、実際の物価上昇には結びついておらず、「物価安定の目標」と実際の物価上昇率に大きな乖離がある状況といえます。物価変動プロセスに不確実性が存在している状況、すなわち、「どの程度経済を刺激すればどの程度物価が上昇するのか」という政策の感応度に不確実性があることが明らかになってきているといえます。これは、供給面の動きや履歴効果に起因する物価変動メカニズム自体の不確実性とも密接に関係していると思います。

こうした不確実性のもとで金融政策をどう運営すべきかについて、「ある程度の慎重さを維持しつつ実行することが適当」であると指摘されています2,3。わが国経済の現状に照らして考えると、大変示唆に富む考え方といえます。物価変動メカニズム自体に不確実性が存在することが明らかとなりつつあるだけに、当面は、現行のフォワードガイダンスの枠組みのもとで、慎重に副作用の状況にも目配りしつつ、時間をかけて金融緩和政策を継続していくことが適当であると思います。

  1. Powell, Jerome H. (2018) "Monetary Policy in a Changing Economy," speech at the Economic Symposium in Jackson Hole.
  2. Brainard, William C. (1967) "Uncertainty and the Effectiveness of Policy," American Economic Review, vol.57 (May, Papers and Proceedings), pp.411-25.
  3. 上記論文のエッセンスの解説としては、武藤一郎・木村武(2005)「不確実性下の金融政策」日銀レビュー2005-J-17を参照。

6.おわりに ―― 秋田県経済について ――

最後に、秋田県経済についてお話させて頂きます。

秋田県経済は、内外需要の増加を背景に、回復しています。雇用・所得面では、有効求人倍率が過去最長となる44か月連続で1倍を上回って推移しており、労働需給は引き締まっています。また、高まる人手不足感を背景に、賃上げの動きも進んでいます。こうしたもとで、個人消費は緩やかな増加基調にあります。企業の生産活動をみると、当地産業の牽引役である電子部品・デバイスでは、ICT関連向けや車載向けを中心に緩やかに回復しているほか、はん用・生産用・業務用機械でも、国内外の設備投資需要等に支えられ、緩やかに回復しています。秋田支店の短観調査結果をみると、今年度の売上高と設備投資額は、製造業、非製造業とも前年比で増加する計画となっています。

一方、秋田県は全国に先行して人口減少や高齢化といった構造変化に直面しており、変化に対応した社会基盤の整備が喫緊の課題となっています。秋田県では、2015年10月に策定した「あきた未来総合戦略」のもとで、産業振興策に加え、移住・定住対策、少子化対策など、課題解決に向けた取り組みを進めています。

様々な課題はありますが、秋田県は、電子部品・デバイス産業や機械産業などの産業集積や、豊かな農林資源、さらにはポテンシャルの高い観光資源といった、地域活性化のカギとなり得る資源を豊富に有しています。具体的には、航空機産業の分野では、産官学連携のもと、大手航空機メーカーとの取引獲得に取り組んできており、出荷額も増加傾向にあります。新エネルギー産業の分野では、風力発電の導入量が全国2位の規模に拡大しているほか、バイオマス発電施設や地熱発電施設の建設も進んでいます。また、農業分野では、コメ依存農業からの脱却を目指し、競争力のある農産品の育成が進められています。

観光分野では、「秋田犬」が平昌オリンピック以降、全国的に注目され、秋田県の知名度が向上したほか、竿燈まつり、大曲の花火大会に加え、日本酒や稲庭うどんといった名産品など、多種多様な観光資源を有しています。観光資源の活用の面でも、外航クルーズ船の寄港数が2017年に過去最高を記録する中、クルーズターミナルの新設といった受入れ環境の整備など、インバウンド需要の取り込みに向けた動きも進んでおり、外国人観光客も大幅に増加しています。さらに、今年の夏の甲子園では秋田代表の活躍が連日報道され、秋田県やその県産品、観光資源に一段と注目が集まっています。

当地の経済が今後一層発展していくためには、これらの資源を更に有効に活用していくことが大変重要であると考えられます。

日本銀行としても、秋田支店を中心に、地域活性化に向けた取り組みに少しでも貢献できるよう努めてまいりたいと考えています。最後になりましたが、秋田県経済のますますの発展を心より祈念し、挨拶の言葉とさせて頂きます。

ご清聴、ありがとうございました。