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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策広島県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 布野 幸利
2019年7月3日

1.はじめに

日本銀行の布野でございます。ご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃から私どもの広島支店がご支援を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

本日は、まず私から、経済・物価情勢、金融政策などを説明させて頂き、最後に、広島県経済について触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様からの率直なお話を承りたく存じます。どうぞよろしくお願い致します。

2.最近の経済・物価情勢

(1)海外情勢

まず、海外経済は、減速の動きがみられるものの、総じてみれば緩やかに成長しています。保護主義的な動きなどから先行きの不透明感は高まっていますが、良好な雇用・所得環境などに支えられて個人消費は総じてみれば堅調に推移しているとみています。先行きについては、当面は減速の動きが続くものの、その後は幾分成長率を高め、総じてみれば緩やかに成長していくと考えております(図表1)。

主要地域別にみますと、米国経済は緩やかに拡大しているものの、欧州経済は減速しています。中国経済は、総じて安定した成長を続けているものの、製造業部門では弱さもみられています。その他の新興国・資源国経済については、各国の景気刺激策の効果などから、全体として緩やかに回復しています。先行き、米国経済は緩やかな拡大を続け、欧州経済は次第に減速した状態から脱していくと予想しています。中国経済は、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、概ね安定した成長経路をたどると考えられます。その他の新興国・資源国経済については、全体として緩やかな回復を続けると予想しています。

今後を見通すにあたって、米国のマクロ経済政策運営やそれが国際金融市場に及ぼす影響、米中通商交渉に見られるような保護主義的な動きの帰趨とその影響、新興国・資源国経済の動向、IT関連財のグローバルな調整の進捗状況、英国のEU離脱交渉の展開やその影響、地政学的リスクなど、先行きのリスク要素は多岐にわたり、大きいとみられます。海外経済は不安定な状況にあるともいえますので、わが国の企業や家計のマインドに与える影響も含めて、このようなリスクに気を配ることが必要です。

(2)日本経済・物価情勢

経済情勢

次に、日本経済についてですが、輸出と生産面に海外経済の減速の影響がみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大しています。実質GDPの成長率は、昨年10~12月に前期比年率プラス1.8%となったあと、本年1~3月もプラス2.2%となり、潜在成長率1を上回る成長を続けています(図表2)。先日公表された6月短観をみても、海外経済の減速などの影響を受けながらも、全産業全規模ベースの業況感はプラスを維持しています。この間、当地においては、昨年7月の西日本豪雨により甚大な被害を受けながらも、関係者のご尽力により、復旧・復興が着々と進んでいます。例えば、企業の生産活動は設備の毀損や断水、交通インフラの寸断により停滞いたしましたが、足もとではそうした影響は概ね解消しているほか、原爆ドームと厳島神社という2つの世界遺産や瀬戸内の多島美などには、国内外から多くの観光客が戻ってきています。

先行きのわが国経済は、当面、海外経済の減速の影響を受けるものの、均してみれば潜在成長率並みの成長を続け、拡大基調が続くとみられます2。すなわち、当面は、海外経済の減速の影響を受けて、輸出が弱めの動きとなるほか、設備投資についても、幾分減速することが見込まれます。一方、個人消費は、雇用・所得環境の改善が続くもとで、増加を続けるとみています。その後は、海外経済が総じてみれば緩やかに成長していくなかで、わが国の輸出は緩やかな増加基調に復していくとみています。国内需要は、消費税率引き上げなどの影響を受けつつも、きわめて緩和的な金融環境や政府支出による下支えなどを背景に、企業と家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調をたどると考えています。具体的な数値で申し上げると、日本銀行が4月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値は、2019年度プラス0.8%、2020年度プラス0.9%、2021年度プラス1.2%となっています(図表3)。

  1. わが国の潜在成長率を、一定の手法で推計すると、足もと「0%台後半」と計算される。ただし、潜在成長率は、推計手法や今後蓄積されていくデータにも左右される性格のものであるため、相当の幅をもってみる必要がある。
  2. 消費税率については、2019年10月に10%に引き上げられる(軽減税率については、酒類と外食を除く飲食料品および新聞に適用される)ことを前提としている。

物価情勢

続いて、物価情勢です。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比はプラス0%台後半となっています。加えてエネルギー価格の影響を除くと0%台半ばとなっており、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると、弱めの動きが続いています(図表4)。

先行き、マクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けるもとで、企業の賃金・価格設定スタンスは次第に積極化し、中長期的な予想物価上昇率も徐々に高まっていくとみています。この結果、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、時間はかかるものの徐々に上昇率を高めていくと考えています。具体的な数値で申し上げると、4月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値3は、2019年度プラス1.1%、2020年度プラス1.4%、2021年度プラス1.6%となっています(図表3)。

  1. 3消費税率については、2019年10月に10%に引き上げられること(軽減税率については酒類と外食を除く飲食料品および新聞に適用されること)、教育無償化政策については、幼児教育無償化が2019年10月に、高等教育無償化等が2020年4月に導入されることを前提としている。

3.経済・物価見通しを巡る留意点

以下では、こうした経済・物価見通しが実現していくにあたって、私が注目している点をお話ししたいと思います。

(1)雇用・所得環境

まず、雇用・所得環境についてお話しします。わが国の景気が緩やかな拡大を続けるもとで、マクロ的な需給ギャップは引き続きはっきりとしたプラスとなっており、さらに労働需給に着目いたしますと、着実な引き締まりを続けています(図表5)。労働力調査の雇用者数は振れを均してみればしっかりとした増加を続け、有効求人倍率はバブル期のピークを超えた高い水準にあるほか、失業率も引き続き低水準で推移しています(図表6)。これらの労働需給指標は、1990年代前半もしくは1970年代前半以来の引き締まり度合いであります。

このような労働需給のなか、本年度のベースアップは前年度並みの結果となり、一般労働者の所定内給与の前年比は、0%台後半で推移しています。また、労働需給の状況に感応的なパートの時給は、前年比プラス2%程度の高めの伸びとなっています(図表7)。この結果、一人当たり名目賃金は、振れを伴いつつも緩やかに上昇していますが、近年の女性と高齢者を中心とした弾力的な労働供給などから、労働需給の引き締まりに比べると弱めの伸びにとどまっています。

先行き、景気の拡大基調が続くもとで、雇用者数は引き続き増加し、労働需給は着実な引き締まりが続く可能性が高いことから、一人当たり名目賃金は伸び率を徐々に高めていくと考えています。

(2)物価動向

続いて、雇用・所得環境を踏まえたうえで、物価動向についてお話しします。消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比はプラス0%台半ばにとどまっています(図表4)。労働需給の引き締まりなどと比べて弱めの動きをしている背景には、長期にわたる低成長やデフレの経験などから、賃金と物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が企業や家計に根強く残っていることがあります。また、生産性向上余地の大きさや近年の情報技術の進歩などがコスト増加の吸収を企業にもたらし、ここしばらくの間、企業が値上げに慎重なスタンスを維持することを可能にしているという面もあります。

物価動向には様々な要因が影響を与えていますが、その基調は需給バランスによって規定されると考えています。すなわち、マクロ的な需給ギャップのプラスの状態は、所得から支出への前向きの循環メカニズムを通じて、物価上昇率を高めていきます。例えば家計を中心に考えますと、労働需給の引き締まりは賃金の上昇を通じて個人消費の増加を促し、消費者物価の前年比上昇率の高まりにつながっていきます。

この点について、消費者物価(除く生鮮食品)を構成する各品目の前年比について、上昇品目の割合から下落品目の割合を引いた指標をみると、振れを均してみればこのところ上昇しており、足もと、様々な変化が広がってきているとみています(図表8)。例えば、個人消費については、消費者の需要が多様化しているなか、企業は新たな需要を掘り起こすような新しい商品を開発・提供してきています。これに対して消費者は、必ずしも低価格でなくても、例えば新しい体験を提供する旅行など付加価値の高い差別化された商品やサービスであればそれを受け入れてきているようにみています。

先行き、マクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けるもとで、企業の賃金設定スタンスが次第に積極化し、家計の値上げ許容度が高まっていけば、実際に価格引き上げの動きが拡がり、中長期的な予想物価上昇率も徐々に高まるとみられます。そして、消費者物価の前年比は、徐々に上昇率を高めていくと考えています。一方で、企業や家計の考え方や慣行の変化は簡単なことではなく、その変化には相応の時間を要する可能性がある点に留意が必要です。

4.金融政策運営

次に、金融政策についてお話しします。

日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率プラス2%を「物価安定の目標」として、これをできるだけ早期に実現することを目指して金融政策の運営をしています。そして、その実現に向けて、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みのもと、経済・物価・金融情勢を踏まえて、強力な金融緩和を進めています。現状では、イールドカーブ・コントロールとも呼ばれる長短金利操作として、金融市場調節方針において、短期政策金利をマイナス0.1%に設定するとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう長期国債を買い入れることとしています(図表9)。これにより、長短金利は低水準で安定的に推移し、きわめて緩和的な金融環境は企業や家計の経済活動を刺激していると考えています。

一方で、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると、物価動向はなお弱めの動きを続けており、4月の展望レポートにおける政策委員見通しでも、「物価安定の目標」の実現にはなお時間がかかるとの認識が示されました。そこで、4月の金融政策決定会合において、日本銀行は、「物価安定の目標」の実現に向けて、「政策金利のフォワードガイダンス」を明確化することといたしました(図表10)。具体的には、既存のフォワードガイダンスに一部変更を加え、「海外経済の動向や消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持する」という方針を明らかにいたしました。これにより、現在の強力な金融緩和を粘り強く続けていくとの政策運営方針に変わりがないことをより明確にいたしました。ここで注意したいのは、まず、「当分の間」現在のきわめて低い長短金利が続くということ、加えて2020年春頃までを「少なくとも」と補足しているのは、2020年春頃を超えて、現在の低金利を維持する可能性が十分に存在するということです。詳しく言えば、「当分の間」はイコール「2020年春頃まで」ということではなく、それ以降をも含む期間を意味しています。

また、同金融政策決定会合では、強力な金融緩和の継続に資する措置の実施も決定いたしました(図表10)。具体的には、第1に日本銀行が金融機関に貸出等を行う際の担保の範囲の拡充として、日本銀行適格担保の拡充、第2に成長基盤強化支援オペの利便性向上、加えて第3の措置として日本銀行が保有する国債を一時的に貸し付ける制度の利用要件の緩和、第4に日本銀行が保有するETFを市場参加者に貸し付ける制度の導入、以上の4つです(図表10)。これらは、日本銀行による円滑な資金供給や市場機能の確保を通じて、強力な金融緩和を今後とも長く続けていくための持久力を高めるものです。

物価や予想物価上昇率がなかなか高まらない状況を踏まえると、「物価安定の目標」を実現するためには、十分に低い金利を長く維持することにより、できるだけ長期にわたって需給ギャップのプラスの状態を持続させることが必要です。フォワードガイダンスの明確化や各種措置は、強力な金融緩和の継続に対する信認を高め、「物価安定の目標」の実現をより確かなものにすると考えています。今後とも、「物価安定の目標」の実現に向けて、経済・物価・金融情勢を踏まえて、適切に金融政策運営を行っていく方針です。

5.日本経済の課題

次に、私なりに、より長期的な視点から、日本経済が置かれている状況を考えてみたいと思います。

日本銀行の推計によると、わが国の潜在成長率は足もとにおいて0%台後半で推移しています(図表11)。2010年前後に比べれば上昇しているものの、足もとは伸び悩んでいるともいえ、わが国は生産性向上に対する様々な課題を抱えているのも事実です。例えば、企業活動の観点から見ると、所期の目的を達成するための資源投入は必要最小限であるべきであり、その達成プロセスは経営のガバナンスとして管理されなければなりません。しかし、この考え方が正しく理解されないと、限界的な効用の如何を問わず、最大限の結果を目指して、労働等の資源が過剰に投入されがちとなります。このような傾向は様々な職種や業種において存在し、日本型の雇用慣行やボトムアップ型の経営スタイルがこの傾向を助長しているようにも見えます。

しかし、私は、先行き、幅広い主体による構造改革や成長戦略の取組みが進み、生産性の向上を通じて、潜在成長率は上昇していくと考えています。例えば、足もと、マクロ的な需給ギャップがプラスで推移し、人手不足といわれているように労働需給も相応にタイトな状態が維持されています。このような状況を背景として、生産性の低い部門における余剰人員が生産性の高い部門に移動し、労働市場の流動化といった雇用慣行の変化が始まっているようにみえます。また、働き方改革に代表されるような取組みも進展し、労働者も経営者も生産性向上の必要性に対する認識は深まってきているように思われます。構造改革や成長戦略の取組みを進めることは容易ではなく、中長期にわたるものとなりますが、成長力の底上げにつながる生産性向上に向けた環境は整ってきているといえましょう。

このような動きは、所得から支出への前向きの循環メカニズムを支えることにつながっていくとみています。すなわち、生産性向上は、循環メカニズムの起点の一つとなって、賃金の上昇や個人消費の増加を通じて、物価上昇を促していくと考えています。金融政策は、個々の経済主体の取組みを直接後押しすることは難しい面もあります。しかし、金融政策が総需要を喚起して、適度にタイトな需給環境が維持されることを通じて、このような取組みを幅広くサポートすることはできると思います。このため、日本銀行に求められるのは、「物価安定の目標」の実現や、それと整合的な「持続的な経済成長」の実現に向けて、強力な金融緩和を息長く続け、幅広い経済主体の取組みを粘り強く支えることではないかと考えています。

6.おわりに ―― 広島県経済について ――

最後に、広島県経済について触れさせていただきたいと思います。

足もとの広島県経済は、緩やかに拡大しています。昨年7月の西日本豪雨被害にかかる復旧・復興需要を背景に公共投資が増加しており、県内経済を下支えしているほか、米中貿易摩擦や中国経済の減速の影響が生産や輸出の一部でみられていますが、地元自動車メーカーの新型車効果や既往の豊富な受注残を抱えている先も多く、緩やかな増加基調を維持しています。また、個人消費も雇用・所得環境が着実な改善を続ける中、持ち直しています。

先行きについては、復旧・復興工事が本格化する中で、引き続き公共投資が景気を一定程度下支えしていくとみられますが、広島県は全国の中でも有効求人倍率が高く労働需給がタイトな地域の一つとなっています。このため、人手不足が復旧・復興工事の遅れにつながらないか、注意深くみていかなければなりません。また、自動車産業等の製造業のウェイトが高い広島県経済においては、米国の保護主義的な動きや中国を始めとする新興国・資源国の景気減速による影響も注視していく必要があると思います。

中長期的な観点から、今後の広島県経済の発展に向けて期待できる分野の一つとして、観光が挙げられると思います。広島県は、多くの観光資源に恵まれており、国内人口の減少が見込まれる中、交流人口の拡大に向けて、インバウンド需要に期待する声は少なくありません。広島県では、従来から宿泊施設が少ないと言われてきましたが、近年の観光客数の増加を受けて、市内中心部ではホテルの新設が相次いでいるほか、インバウンドを意識した多言語対応やキャッシュレス決済といった各種インフラ整備も進むなど、受入環境が整備されてきています。また、さらなる観光需要の喚起や滞在型観光の促進に向けて、県内では、しまなみ海道でのサイクルツーリズムや尾道におけるアートを切り口とした観光資源の充実のほか、夜神楽等の夜型観光コンテンツや各種体験型コンテンツの拡充など、様々な取組みが行われています。広島県経済が観光産業の活性化等を通じて一層発展していくことを期待しています。

日本銀行としても、広島支店を中心に情報収集と分析を丹念に行い、広島県経済の発展を後押ししていきたいと考えています。ご清聴ありがとうございました。