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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2019年9月24日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店の様々な業務運営にご協力頂いています。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

日本銀行は、先週の金融政策決定会合において、わが国の物価動向について、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに、より注意が必要な情勢になりつつあると判断しました。また、こうした情勢にあることを念頭に置きながら、日本銀行の経済・物価見通しを示す「展望レポート」を取りまとめる次回の金融政策決定会合において、経済・物価動向を改めて点検していく考えであることを明らかにしました。本日は、こうした判断の背景となる日本銀行の経済・物価情勢に関する認識をお話しした後、金融政策運営の基本的な考え方についてご説明します。

2.内外の経済情勢

それでは、海外経済の動向から話を始めます。海外経済は、総じてみれば緩やかに成長していますが、今年に入ってからは、成長ペースが鈍化する動きが続いています(図表1)。7月に公表されたIMFの世界経済見通しでは、2019年の成長率は+3.2%と、前年の+3.6%から減速することが見込まれています。米中貿易摩擦の拡大・長期化やIT関連財の調整などを背景に、世界貿易量の伸びははっきりと鈍化しています。グローバルな製造業の業況感も、5月以降、改善・悪化の境目である50を割り込んだ状態が続いています。主要地域毎にみると、米国経済は、個人消費の増加などに支えられて緩やかな拡大が続いています。一方で、中国や欧州では弱めの動きが続いています。中国は、米国による追加関税の影響や当局による債務抑制政策などを受けて、製造業部門では弱さがみられる状況が続いています。欧州は、昨年後半以降、EU域内の自動車排ガス規制強化もあって、ドイツを中心に生産が減少しているほか、中国向け輸出の下振れも経済の下押し要因となっています。

わが国経済をみると、こうした海外経済の減速の影響を受けて、輸出は、中国やNIEs・ASEAN向けの設備投資関連の資本財を中心に、今年に入ってから弱めの動きとなっています(図表2)。また、輸出やそれに関連する生産の弱さは、製造業における業況感の慎重化に繋がっています。この点、中国を始めアジア諸国と経済面での結び付きの強い当地では、特に実感があるのではないかと思います。

もっとも、わが国の内需は堅調さを維持しています。これまでのところ、海外経済の減速の影響が内需にまで及んでいるようにはみえません(図表3)。設備投資は、企業収益が総じて高水準を維持する中、増加傾向を続けています。法人企業統計の全産業全規模の利益率は、歴史的な高水準を維持しています。そうしたもとで、GDPベースの設備投資をみると、4~6月期は前期比プラスとなっており、増勢が続いています。家計部門に目を転じると、個人消費は、振れを伴いつつも緩やかに増加しています。個人消費が増加している背景には、雇用・所得環境の改善が続いていることがあります(図表4)。有効求人倍率がバブル期のピークを超えた高水準で推移し、失業率も2%台前半とバブル期並みの低い水準で推移しています。労働需給が引き締まった状態が続くもとで、雇用者所得も増加しています。このように、わが国経済は、輸出は弱めの動きですが、企業や家計部門における所得から支出への前向きの循環メカニズムが働き続けるもとで、基調としては緩やかに拡大しています。

先行き、わが国経済は、当面、海外経済の減速の影響を受けるものの、基調としては緩やかな拡大を続けると考えています。こうした見通しについて、ポイントとなるのは、次の2点です。第一に、海外経済の持ち直しがいつ頃になるのかという点です。第二に、海外経済が持ち直しに転じるまでの間、内需の堅調さが持続するのかという点です。

最初に内需の持続性からお話しします。まず、個人消費ですが、先行きも、雇用・所得環境の改善が続くもとで、緩やかな増加を続けるとみています。消費税率引き上げの影響には注意が必要ですが、2014年の税率引き上げ時と比べると家計の負担増加が小幅なものにとどまることや、各種の需要平準化策が実施されることなどから、影響は小さいとみています。また、政府支出も、国土強靱化政策に伴う公共投資の増加や、オリンピック・パラリンピック開催に伴う支出などを背景に、先行きの景気を下支えすると考えられます。内需の持続性を左右するポイントになるのは、設備投資です。海外経済の減速にもかかわらず、設備投資がしっかりとしている背景としては、人手不足に対応した効率化・省力化投資、成長分野への研究開発投資、都市再開発関連の投資といった、海外需要の変化や景気循環の影響を相対的に受けにくい投資の増加があるように思います。実際、当地でも、大阪・関西万博のテーマであるライフサイエンス分野への研究開発投資、自動車の電装化や5G対応といった中長期的な戦略的投資が幅広くみられているほか、キタやミナミなどの地域を始めとして再開発が相次いでいると伺っています。先行きも設備投資は、高水準の企業収益や投資刺激的な金融環境にも支えられて、緩やかに増加していくとみています。このように、わが国の内需の持続性は相応に高いと考えられます。しかしながら、海外経済や金融市場の動向次第では、企業や家計のマインドに影響を及ぼす可能性があります。特に、海外経済の減速が予想以上に長引くようなことになれば、製造業を中心に企業の投資スタンスが慎重化する可能性には注意が必要です。

そこで、もう一つのポイントである、海外経済の先行きについてお話しします。海外経済は、当面、減速の動きが続くものの、その後は、各国における財政・金融政策の効果の発現や、IT関連財のグローバルな調整の進捗などから幾分成長率を高め、総じてみれば緩やかに成長していくとみています。持ち直しの時期については、今のところ、IMFなどの見通しと同様、年後半から来年にかけてと考えています。この点、IT関連財の調整は、悪化を続ける局面から脱しつつあるようにみえますが、世界経済が持ち直しに転じるはっきりとした兆しは確認できていません。そうしたもとで、海外経済の下振れリスクは高まりつつあるとみられます(図表5)。米中貿易摩擦は、米中双方が段階的に追加関税の対象を拡げてきており、拡大・長期化の様相を呈しています。両国は、交渉継続の姿勢を示していますが、今後の展開は予断を許さない状況です。海外経済の不確実性としては、貿易摩擦以外にも、英国のEU離脱交渉の帰趨や中国の景気刺激策の効果、中東の地政学的リスクなど様々なものがあります。新興国経済の動向を巡る不透明感も気がかりです。このように、海外経済の下振れリスクが高まりつつあるもとで、持ち直しの時期についても想定より遅れる可能性を意識する必要があります。先ほどお話しした内需の堅調さが維持されている間に、海外経済が持ち直してくるか、しっかりと点検する必要がある局面にきていると考えています。

3.わが国の物価情勢

続いて、わが国の物価情勢についてご説明します。消費者物価の前年比は+0%台半ばで推移しています(図表6)。景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると弱めの動きです。この理由は色々ありますが、長期にわたる低成長やデフレの経験から、わが国には賃金や物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が根強く残っていることが大きいと考えています。そのため、企業の慎重な賃金・価格設定スタンスや家計の値上げに対する慎重な見方が転換するのに時間がかかっています。

もっとも、プラスの需給ギャップ、すなわち経済の活動水準の高まりを原動力として、賃金や物価が緩やかに上昇するという基本的なメカニズムは働き続けています。この点を、もう少し敷衍してご説明します。先ほど述べたように、景気が緩やかに拡大し、労働需給が引き締まった状態が続く中で、雇用者の賃金は上昇を続けており、ベアも6年連続で実現しています。一方で、企業は、経済活動の活発化による人件費や物流費などのコストの上昇圧力に直面しています。そうした中で、企業が販売価格を引き上げる動きが徐々に拡がっています(図表7)。短観の販売価格判断をみると、「上昇している」と答える企業の割合が、「下落している」と答える企業の割合を上回る状態が7四半期続いています。これは、既にバブル期を超える長さです。企業の価格設定スタンスは着実に積極化しています。また、消費者物価指数を構成する各品目の前年比について、上昇品目の割合から下落品目の割合を差し引いた指標をみると、このところ緩やかに上昇しています。もちろん、企業が販売価格を引き上げることができているのは、雇用・所得環境の改善を背景に、家計の値上げ許容度が緩やかながらも高まっているためです。そして、雇用・所得環境の改善は、景気が緩やかに拡大し、プラスの需給ギャップが維持されているからこそ実現しています。

先行きについても、景気の拡大基調が続き、需給ギャップはプラスの状態を続けるとみています。経済の活動水準が高い状態が続く中で、企業の賃金・価格設定スタンスは次第に積極化し、このところ横ばいで推移している企業や家計の中長期的な予想物価上昇率も徐々に高まっていくと想定しています。そうしたもとで、時間を要するものの、消費者物価の前年比は、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えています。

もっとも、こうした物価の中心的な見通しについては、下振れリスクの方が大きいと考えています。特に、このところ、海外経済の減速が続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるだけに、海外経済を起点とした経済の下振れが物価にまで波及するリスクには、より注意が必要な状況です。この点は、この後、金融政策運営の考え方をお話しする中で、詳しくご説明いたします。

4.日本銀行の金融政策運営

そこで、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。

現在、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という枠組みのもとで、強力な金融緩和を推進しています(図表8)。金融緩和の主な波及メカニズムとして想定しているのは、名目金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利の引き下げです。現在、実質金利は、景気に中立的である自然利子率を十分に下回る水準で推移し、経済活動を幅広く刺激しています。こうしたもとで、プラスの需給ギャップを起点とした物価上昇のメカニズムが作動していることは、先ほどお話しした通りです。「物価安定の目標」を実現していくため、物価上昇のメカニズムを働かせ続け、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持していくことが重要と考えています。

こうした日本銀行の金融政策運営スタンスは、昨年、本席でお話しした方針と基本的に変わっていません。一方、海外の主要中央銀行の金融政策運営は、昨年の正常化方向の動きから大きく変化しています。今月、ECBが政策金利の引き下げや資産買入れの再開などを決定したほか、FRBも7月に続く政策金利の引き下げを決定しました。これらの決定の背景には、世界経済減速の長期化と不確実性の高まりという、わが国も共通して直面する要素があります。ECBのドラギ総裁は、金融緩和決定後の記者会見で、地政学的な要因や保護主義の脅威の高まりなどに関する不確実性の長期化を背景に、世界貿易は弱含んでおり、ユーロエリア経済の下振れリスクが大きいことを強調しています。

このように、政策運営にあたって、リスク予防的・保険的な対応を意識するという点では、日本銀行も同様のスタンスにあります。その際、日本銀行にとってポイントとなるのは、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムの評価であり、先行き、モメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じます。「物価安定の目標」に向けたモメンタムの点検にあたっては、様々な要素が判断材料となりますが、次の2点がとりわけ重要と考えています。第一に、プラスの需給ギャップ、すなわち経済の活動水準が高い状態が続いていくか、そのもとで、企業の賃金・価格設定スタンスが積極化していくかという点です。第二に、企業や家計の中長期的な予想物価上昇率の動向です。これらの点からみて、今のところ「物価安定の目標」に向けたモメンタムは維持されていると考えています。すなわち、最近では、需給ギャップがプラスの状態を続けるもとで、コストの上昇を反映して、幅広い企業で販売価格引き上げの動きがみられています。先行きも、これまで物価上昇を遅らせてきた要因の多くが次第に解消し、価格引き上げの動きが拡がる中で、予想物価上昇率が高まっていくとみています。こうしたもとで、消費者物価の前年比は、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えています。従って、日本銀行としては、現在の政策を続けていくことが適当と判断しています。

もっとも、海外経済の減速が続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、物価のモメンタムが損なわれる惧れに、より注意が必要な情勢になりつつあります。特に注意が必要なのは、需給ギャップの動向です。海外経済の下振れリスクが顕在化すれば、輸出の弱さが長引くことや企業の投資スタンスが慎重化することなどによって、わが国経済の成長率が大きく鈍化する惧れがあります。その場合、需給ギャップの下振れを通じて、「物価安定の目標」に向けたモメンタムに影響が及ぶ可能性があります。また、わが国では、実際の物価上昇率が予想物価上昇率に影響を与える、いわゆる「適合的な期待形成」の影響が大きいことにも注意が必要です。原油価格は、足もとでは地政学的リスクの高まりから幾分上昇する場面もみられますが、やや長い目でみれば、海外経済の減速などを背景に、幾分下落しています。原油価格がさらに下落し、実際の物価上昇率がはっきり低下すれば、予想物価上昇率にも影響が及ぶ可能性があります。

日本銀行としては、このように「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつあることを念頭に、「展望レポート」を公表する次回の金融政策決定会合において、経済・物価動向を改めてしっかりと点検していく考えです。もとより、次回会合では、その時点までに判明する様々な経済指標や支店長会議での報告、金融市場の動向なども踏まえて、幅広い観点から経済・物価動向を点検します。このところ、米中通商交渉の進展への期待から、投資家のリスク回避姿勢は幾分後退しつつあるなど、状況は目まぐるしく変化しています。点検の結果について、現時点では予断を持っていないことも申し上げておきます。

最後に、現在の日本銀行の金融政策運営についての基本的な考え方を改めてご説明しておきたいと思います。ポイントは3点です。

第一に、経済・物価・金融情勢に応じた柔軟な対応が可能で、持続性の高い、現在の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みが、今後も前提になるということです。金融緩和措置を考える場合の具体的な選択肢としては、短期政策金利の引き下げ、長期金利操作目標の引き下げ、資産買入れの拡大、マネタリーベースの拡大ペースの加速などがあり、また、これらの組み合わせや応用といったことも考えられます。状況に応じて適切な手段を選択することになりますが、いずれにしても、基本的には、実質金利や資産価格のプレミアムを通じて、政策効果が発揮されるものと考えています。

第二に、2016年9月、日本銀行が量的・質的金融緩和実施後の政策効果と効果波及メカニズムを検証した、いわゆる「総括検証」の結論は、現時点でも妥当すると考えていることです。例えば、金利の期間構造による経済・物価への影響については、短中期ゾーンの金利の効果が相対的に大きいとの認識に変化はありません。一方で、超長期金利が過度に低下すれば、保険や年金などの運用利回りが低下し、マインド面などを通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性があるとの考え方も変わっていません。

第三に、金融政策運営にあたっては、政策のベネフィットとコストをしっかりと比較衡量したうえで、適切な措置を考えることが重要ということです。先ほど述べたように、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、実質金利の低下を通じて経済活動を幅広く刺激しており、政策効果をしっかりと発揮しています。もっとも、低金利環境がさらに長期化することになれば、金融仲介機能や市場機能に及ぼす影響など、政策のコストにも一段と留意が必要になると考えています。したがって、政策の持続性をさらに強化するためにどのようなことが必要かという点は、今後とも重要な検討課題であると認識しています。

日本銀行としては、引き続き、様々なリスクを注意深く点検しつつ、経済・物価・金融情勢を踏まえ、予断を持つことなく、適切な政策運営を行っていく方針です。今後とも、中央銀行としてなしうる最大限の努力を続け、わが国の企業活動をしっかりとサポートしていく方針です。

ご清聴ありがとうございました。