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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営愛媛県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 若田部 昌澄
2020年2月5日

1.はじめに

おはようございます。日本銀行の若田部でございます。本日は、愛媛県の行政および金融・経済界を代表する皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より、私どもの松山支店の様々な業務運営にご協力いただいております。この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます。

さて、日本銀行は、1月の政策委員会・金融政策決定会合において、2021年度までの経済・物価見通しを、四半期に一度の『経済・物価情勢の展望』(いわゆる『展望レポート』)として取り纏め、公表いたしました。本日は、その内容もご紹介しながら、世界経済を含めた経済・物価情勢に対する日本銀行の見方と金融政策運営について、ことに経済成長に注目して、ご説明いたします。

2.金融経済情勢

(1)世界経済の動向

世界経済の動向から始めます。世界経済の成長率は、2018年の半ば頃から鈍化しており、IMF(国際通貨基金)の最新の見通しによると2019年の成長率は10年ぶりに小幅ながら3%を下回ったものとみられます(図表1)。

今回の世界経済の成長鈍化のきっかけは、米中貿易問題を巡る不確実性の高まりや、スマートフォン向け等の需要鈍化を受けたITサイクルの調整などから、グローバルに製造業の活動が急減速したことでした(図表2)。不確実性の高まりは設備投資の先送りにもつながり、IT関連財や資本財を中心に世界的に貿易が大幅に減速しています。もっとも、このように製造業部門でやや大きめな調整がみられた一方で、世界的に非製造業部門は堅調に推移しました。こうした製造業と非製造業との対比は「デカップリング」現象と呼ばれています。

この世界的なデカップリングの背景には、そもそも多くの国で雇用・所得環境が良好であったことに加え、各国が景気減速リスクの高まりに対応して金融・財政政策によるマクロ経済対策を強化したことがあります。この結果、緩和的な金融環境や引き締まった労働需給、堅調な消費者マインドなどが維持され、製造業が減速するもとでも、各国の内需が支えられました。もっとも、デカップリングが永続する保証はありません。製造業の減速が長期化すれば、その影響が次第に非製造業や家計に波及することも考えられます。逆に、内需が持ちこたえているうちに製造業の調整に目処が付けば、世界経済は成長経路に復していくことが期待できます。この点、日本銀行としては、後者の、世界経済が次第に持ち直していくシナリオが実現する可能性が高いとみています。ここでは、その根拠を2つ指摘しておきます。

1点目は、米中間の通商交渉や英国のEU離脱問題など、グローバルな不確実性の根底にあった問題に一定の進捗がみられることです。後ほど申し上げますように世界経済を巡る不確実性は依然として大きいと判断していますが、これらを受けて不透明感が多少とも薄らいでいけば、企業の行動を前向きなものに転換させると考えられます。

2点目は、グローバルな製造業の調整が進捗し、業況感も改善していることです(図表3)。とくにIT分野では、世界的に在庫調整が進み、半導体出荷額も持ち直しています。先行きも、データセンターや5G通信関連などでの需要増加が見込まれており、生産活動を押し上げていくと期待されます。

こうした見方は国際機関とも共通したものです。例えば、IMFの世界経済見通しでも、世界経済の成長率見通しは、2019年の2.9%から、2020年は3.3%まで高まる姿となっています(前掲図表1)。

(2)わが国経済の現状と先行き

次に、わが国の経済情勢に話題を転じたいと思います。世界経済の成長ペースの鈍化は、外需の弱めの動きなどを介して、わが国にも影響を及ぼしています。昨年10~12月には、これに消費税率引き上げや自然災害の影響なども加わり、わが国の経済は、いったん大きく減速したものとみられます。もっとも、日本銀行としては、現時点では、こうした減速は一時的なものであり、わが国の景気は、基調としては緩やかに拡大しているとみています。これは、内需の3本柱である設備投資、個人消費、政府支出の基調が、何れもしっかりとしていると判断しているためです。この点について、具体的にみていきたいと思います。

最初に、設備投資です。わが国の設備投資は、増加傾向を続けています(図表4)。海外経済減速の影響を受けて製造業の一部で能力増強投資を見送る動きもみられますが、これまでのところ、建設投資は増加を続けているほか、企業が、将来を見据えた戦略的な投資に取り組む姿にも変化はみられません。先行きについても、これらの投資は、増加を続けると判断しています。建設投資については、わが国では、1990年代初頭のバブル崩壊以降の建設投資の長期低迷を反映して建築物の老朽化が進んでおり、潜在的な建て替え需要が大きくなっています。こうした潜在需要は、緩和的な金融環境のもとで、先行きも息長く建設投資を下支えしていくと考えられます。また、人口動態の変化も見据えた省力化投資は引き続き増加していくと見込まれますし、最近では、幅広い業種で、新規ビジネス創出や販路拡大、マーケティングなどを目的としたビッグデータ、AI、IoT関連のIT投資も、徐々に積極化してきているように窺われます1

次に、個人消費です(図表5)。当面の個人消費をみるうえでは、昨年10月の消費税率引き上げの影響が注目されます。この点、10~12月の個人消費は大きく落ち込みましたが、これには自然災害なども影響している点に注意が必要です。こうした特殊要因を除くと、これまでのところ、消費税率引き上げの影響は、2014年の前回引き上げ時と比べれば、小幅にとどまっていると判断しています。もっとも、消費税の影響を巡る不確実性はなお大きく、先行きの景気をみるうえでの一つのリスクです。この点は、後ほど改めて取り上げます。

最後に、政府支出です。近年、日本でも自然災害が相次いでいます2。政府は、自然災害や経済の下方リスクを乗り越え、未来の安心を確保すべく、昨年末、2016年以来となる経済対策を策定しています。経済対策の各種施策の実施により、公共工事などの政府支出は、当面、増加を続けると見込まれます(図表6)。さらに、日本銀行が大規模金融緩和を継続するもとで、経済情勢に対応して機動的に財政政策が運営されることは、金融緩和と財政刺激の相乗作用を高め、景気刺激効果をより強力なものにすると考えています。一般に、政府が国債増発を通じて政府支出を増加させると、長めの市場金利に上昇圧力が加わり、これが次第に民間投資などを抑制するメカニズムが働きます。これに対して、政府支出が拡大するもとでも、中央銀行が市場金利の上昇を抑制すれば、民間投資などへのマイナスの影響は限られ、景気刺激効果の強まりが期待できるということです3

このように、これまでのところ内需の基調はしっかりとしており、先行きも、増加傾向をたどると見込まれます。日本銀行が1月に公表した『展望レポート』では、海外経済が次第に持ち直していくことも踏まえ、わが国の実質国内総生産(GDP)の成長率は、2019年度に+0.8%となったあと、2020年度+0.9%、2021年度は+1.1%と徐々に高まっていく見通しを示しています(図表7)。

  1. 『経済・物価情勢の展望(2020年1月)』「BOX3 最近の設備投資の底堅さの背景」を参照。
  2. 若田部昌澄「社会インフラとしての金融・決済システム:災害時対応の視点から――名古屋市立大学大学院主催シンポジウム「自然災害の発生が金融市場・金融機関に与える影響」における冒頭発言要旨――」2019年11月28日。
    http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2019/ko191128a.htm/
  3. 『経済・物価情勢の展望(2020年1月)』「BOX1 ポリシーミックスの効果」を参照。

(3)リスクに対する評価

ただし、こうした中心的な見通しには不確実性があり、現状では、下振れリスクに注視が必要な点を強調しておきたいと思います。

第1のリスクは、海外経済の動向です。米中間の通商交渉は第1段階の合意が成立しましたが、米中間には、なお多くの根深い対立点が残っています。中東情勢を巡る地政学的リスクにも注意が必要です。さらに、最近では、新型コロナウイルス感染症が拡大しており、その世界経済への影響についても不確実性が高まっています。報道件数などからグローバルな政策不確実性を捉えた指標はなお高水準にあります(図表8)。こうした情勢を踏まえると、不確実性の低下に伴い、企業行動が積極化し、貿易活動や設備投資も持ち直していくというシナリオが実現するか、しっかりと点検していく必要があります。

第2のリスクは、内需の動向です。消費税率引き上げの家計支出への影響は、(1)税率引き上げ前の需要増とその反動減、(2)税率引き上げに伴う家計の実質所得の減少に分けることができます。このうち、前者の需要増とその反動減については、政府による対策もあって、今次局面では、前回増税時と比べ抑制的だったとみられます(図表9)。一方、実質所得減少の影響は、家計の支出スタンス――消費性向――の変化などを介して、徐々に現れてくる可能性があります。前回増税時と比較しますと、今回は、各種支援策等によって消費税率引き上げに伴う家計のネット負担額の増加が抑制されているほか、雇用者所得の伸びも維持されており、これらが実質所得を下支えする方向に作用すると考えられます。この点、家計の支出スタンスを比較的早く把握できる消費者マインドをみますと、税率引き上げ前は弱めの動きを続けてきましたが、税率引き上げ後は、「暮らし向き」の判断などを中心に、相応に持ち直しているように窺われます(図表10)。もっとも、現時点では家計の支出スタンスを見極めるのは時期尚早であり、今後のデータを注意深く確認していきたいと考えています。

3.物価情勢

続いて、物価情勢について、ご説明します(図表11)。わが国では、長年にわたって、物価が持続的に下落する状況が続いてきました。そうした状況を打開するため、日本銀行は、2013年に「量的・質的金融緩和」を導入し、それ以降、大規模金融緩和を推し進めてきました。現在、わが国の経済は大きく改善し、消費者物価の前年比はプラスの状況が定着しており、既に「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなっています。

もちろん、足もとの消費者物価の前年比はゼロ%台半ばと、日本銀行が「物価安定の目標」としている2%との対比でみれば、なお低い水準にあります。物価を下押しする幾つかの要因はみられていますが、企業が人件費や運送費などの上昇圧力を販売価格に反映させていく動きは、緩やかながらも続いています。

日本銀行は、先行きも、物価上昇率が徐々に高まっていく姿を想定しています(図表12)。経済の拡大が続き、労働需給の引き締まった状態が維持されれば、賃金や雇用者所得の上昇率は次第に高まっていくと想定されます。この結果、家計はより値上げを受け入れやすくなり、企業は販売価格をさらに引き上げられると考えられます。賃金と物価の上昇が続いていけば、人々の先行きの物価上昇率に対する予想も高まり、緩やかな物価上昇が実現すると考えられます。『展望レポート』では、このようなメカニズムが働くもとで、生鮮食品を除く消費者物価の上昇率が、2019年度+0.6%、2020年度+1.0%、2021年度+1.4%と徐々に高まっていくと見通しています。

もっとも、こうしたシナリオは、下振れリスクを伴っています。とくに、現在の情勢下では、経済の下振れリスクが顕在化し、物価にも波及するリスクを意識しておく必要があります。日本銀行としては、今後とも、経済・物価動向を丹念に点検し、2%の「物価安定の目標」に向けて物価上昇率が高まっていくメカニズムが維持されていくか、確認していく方針です。

4.「日本化」と経済成長を巡る議論

(1)「日本化」とは何か

最近、先進国経済の「日本化(Japanification)」という言葉がしきりに使われるようになりました4。この言葉には、あまり正確な定義はないのですが、先進国では、世界的金融危機以降、経済成長率、インフレ率、そして金利が低下し、それが続いています。低成長、低インフレ、低金利が長期にわたり継続すると、経済の成長力、潜在成長率が低くなり、さらに低成長、低インフレ、低金利が持続します。日本は、1990年代からこうした現象を経験していますから、日本のような経済状況に陥ることを警戒する、という意味で「日本化」は使われています5

図では、1990年以降のわが国のGDPを、様々な角度から、他の先進各国と比較して示しています(図表13)。ここから分かることは、3点あります。第1に、名目でみたGDPは、日本は明らかに国際的にみて成長率の見劣りがすることです。ことに、90年代の前半に成長率の下方屈曲が起きて以降、2013年頃まで、ほとんど名目GDPは上がっておりません。第2に、物価の変動を考慮した実質GDPでみると、日本の経済成長率はやはり国際比較をしてみても低位にありますが、名目値ほど低いわけではありません。第3に、生産年齢人口一人当たりの実質GDPでみるならば、日本の経済成長率は、他の先進国と比べても平均的なところに位置します。

この最後の事実をもって、日本の経済成長率はそれほど悪くなく、「日本化」と言われる経済の停滞は誇張されている、という意見もあります。ただし、重要なのは、人々は、名目値により実感を覚えるということです。この当時、名目値が低迷した一因としては、物価の下落、つまりデフレが続いていたことが挙げられます。また、デフレのもとで、失業率も上昇していました。仮に「就職氷河期」と呼ばれる時期に失業していた人々が雇用されていたならば、日本の経済成長率はさらに高かったと考えられます。

  1. 4 今年、米国カリフォルニア州サンディエゴで開催されたアメリカ経済学会では、「日本化、長期停滞、財政・金融政策の課題」と題したセッションが開催されました。
    https://www.aeaweb.org/webcasts/2020/japanification-secular-stagnation-fiscal-monetary-policy-challenges
  2. 5伊藤隆敏米コロンビア大学教授は、次の4つの基準を用いて日本化(Japanization)を定義しています。それらは、(1)長期にわたり実際の成長率が潜在成長率を下回る、(2)実質自然利子率がゼロよりも下がり、実際の実質利子率よりも下がる、(3)名目(政策)金利がゼロになる、(4)デフレ、すなわち物価上昇率がマイナスになる、です。Ito,T., 2016. “Japanization: Is it Endemic or Epidemic?” NBER Working Paper No. 21954.

(2)経済成長の重要性

ここで、経済成長がいかに重要かについて、確認したいと思います。第1に、経済成長は、平均してみれば、人々の生活水準、栄養状態、衛生環境を向上させます。GDPから、賃金や利子や配当といった所得が払われます。GDPが伸びないと、人々の所得も伸びません。なお、GDPの問題点は数多く指摘されておりますが、それに代わる指標がなかなか見当たらないのも実情です6

第2に、経済成長は雇用をもたらします。経済学では長らく、オークンの法則と呼ばれる経験則が知られています。これは、経済成長率と失業率(の変化)の間には、負の相関関係を見出すことができるというものです。つまり、経済成長率が高くなると、失業率は低下します。現代の日本でもこの関係が成立しています7(図表14)。失業が、経済的のみならず、様々な人的・社会的コストを社会にもたらすことも考慮しますと、経済成長によって雇用を維持することは望ましいということになります。

第3に、成長は様々な政府サービスの維持を可能にします。国防・警察・司法・社会保障・医療サービス・社会的インフラ・基礎教育・基礎科学研究といった公共財の提供には財源が必要であり、その財源は経済の規模に依存します8

もちろん、成長には様々な課題があります。環境汚染、気候変動が世界的な課題となっています。しかし、現在排出している二酸化炭素の量を減らすにも、イノベーションが必要であり、それには一定の研究開発支出が必要になります。成長の課題を考えるためにも、成長のもたらす果実と比較することが重要です9

  1. 6かつて提唱された国民純福祉(Net National Welfare)、人間開発指数(Human Development Index)は、いずれもGDP、所得水準を含んでいます。また、社会進歩指数(Social Progress Index)は衛生状態や教育へのアクセスなど社会指標だけからなりますが、これらはGDPと密接な関係があります。
  2. 7米国を始めとする他の先進各国でもオークンの法則が成立していることについては、以下の文献を参照してください。Ball, L., Leigh, D., and Loungani, P., 2017. “Okun’s Law: Fit at 50?” Journal of Money, Credit and Banking 49(7), 1413-1441.
  3. 8このほか、経済成長が社会の開放性、寛容性、流動性、民主主義などをもたらすと論じるものとして、Friedman, B. M., The Moral Consequences of Economic Growth (New York: Knopf, 2005:地主敏樹・重富公生・佐々木豊訳『経済成長とモラル』東洋経済新報社、2011年)を参照してください。
  4. 9先進国では、成長しながらもエネルギーや鉱物資源などの消費量、二酸化炭素の排出量も少なくなる「脱物質化(dematerialization)」が進んでいる、という議論もあります。McAfee, A., More from Less (London: Simon & Schuster, 2019).

(3)人口減少と経済成長

ところで、日本では少子高齢化が進行しています。日本の生産年齢人口は1995年でピークをつけ、日本の総人口も2008年でピークをつけています。65歳以上の高齢者が総人口に占める割合は上昇し続けています。こうした少子高齢化に伴い、日本の成長可能性を疑問視する声が多くあります。

もっとも、歴史を紐解けば、かつては人口過剰が懸念されました。例えば、トマス・ロバート・マルサスは『人口の原理』(初版1798年)で、人口は幾何級数的に増えるのに、食料は算術級数的にしか増えず、人口増加によって一人当たりでみた生活水準の向上が抑制される、と論じました。日本でも最近までは長らく人口過剰が懸念されました10

現実には、人口減少は確かに経済への逆風にはなりえますが、その下でも経済成長はできます。愛媛県を例にとってみますと、愛媛県の総人口は減少を続けていますが、近年の県内総生産は緩やかに増えています(図表15)。また、一人当たりの実質GDPの成長率と人口増加率について、国際比較をしてみても、相関関係は見当たりません(図表16)。ちなみに、インフレ率と人口増加率の間にも、相関関係は見当たりません。

供給面からみると、経済成長の源泉は、大きくいって、資本、労働、そして技術・技能などの広い意味での「知識」に分けられます。この中で、成長にとって決定的に重要なのは知識です。そもそも、資本や労働を使う前に、どのような財やサービスを生産し消費するかを決めるには、一定の知識が必要です。戦後日本の経済成長をみますと、戦後の高度成長期ですら、労働投入量の貢献分は少なく、資本や知識の寄与分が大きいことが分かります(図表17)。

この点、現在、労働については、失業者が減り、女性と高齢者が労働市場に参入していることで、労働力人口が増えているのは良いことです11。なお、以前と比べて、最近の高齢者は健康になっています。例えば、平均歩行速度では5年、歯の平均本数では10年若返っています(図表18)。また、90年代の日本では資本の貢献分が低迷しましたが、近年ようやく設備投資が拡大し始めました。

その投資の中身としてソフトウェア・研究開発投資が増えていることから分かるように、現代は、人々の技能・熟練、科学技術、教育といった知識がますます重要になる時代です。また、そうした知識経済化は、グローバル化と密接につながっています。グローバル化といえば、財やサービスの交換に目が行きがちですし、確かに労働集約的な財の輸入や観光を呼び込むことは少子高齢化への対応にもなりますが、知識の交換の側面を忘れてはいけません。

もっとも、少子高齢化は、単純な労働投入量だけでなく、様々な経路で経済成長に影響を及ぼしえますし12、社会保障その他の側面への影響も考えられます13。人口が減ると知識生産に従事する人間が少なくなるので、経済成長が終焉を迎えるという議論もあります14。人口減少が経済成長に及ぼす影響については引き続き、研究していく必要があります。

  1. 10田所昌幸「人口論の変遷」『法学研究』84(1)、63-90頁、 2011年1月。
  2. 11少子高齢化で生産年齢人口の減少が起きているから失業率が下がっているという議論がありますが、実際には2013年以降、生産年齢人口は減りながらも、労働力人口が増えて失業率が下がっています。若田部昌澄「最近の金融経済情勢と金融政策運営──青森県金融経済懇談会における挨拶 ──」2019年6月27日。
    http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2019/ko190627a.htm/
  3. 12若田部昌澄「日本経済は変化したのか:課題と展望――ジャパン・ソサエティNYにおける講演――」2019年10月3日、図表3を参照。
    http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2019/ko191004a.htm/
  4. 13人口のもつ様々な側面については、Morland, P., The Human Tide: How Population Shaped the Modern World (London: Hodder & Stoughton, 2019:渡会圭子訳『人口で語る世界史』文芸春秋、2019年)を参照。
  5. 14Harding, R., 2020. “The Costs of a Declining Population” Financial Times, January 14, 2020; Jones, C. I., 2020. “The End of Economic Growth?: Unintended Consequences of a Declining Population.” NBER Working Paper No.26651. その段階になると、いよいよAIの役割が増すのではないかと推測されます。Aghion, P., Jones, B. F., and Jones, C. I., “Artificial Intelligence and Economic Growth" in Agrawal, A., Gans, J., and Goldfarb, A. (eds.), The Economics of Artificial Intelligence: An Agenda (Chicago: University of Chicago Press, 2019), pp.237-282.

(4)金融政策の役割

日本銀行の金融政策の理念は、物価の安定を図ることを通じて「国民経済の健全な発展に資すること」にあります。もちろん、経済成長には、供給側に働きかける成長政策の支えが大事ですが、「日本化」が教えてくれるのは、名目値を安定させる需要側の金融・財政政策が経済成長の維持にとっても重要だということです15

  1. 15「日本化」の経験は、名目値と実質値、短期と長期、景気循環と経済成長といった経済学における様々な二分法に疑問を投げかけるものです。「履歴効果」が存在する場合に、金融政策の負のショックは実質GDPに長期的な負の影響をもたらしうることについては、研究が進んできています。資本と技術への履歴効果を強調する論文として、以下があります。Jorda, O., Singh, S.R., and Taylor, A. M., 2020, “The Long-Run Effects of Monetary Policy” NBER Working Paper No. 26666.

5.愛媛県経済について

次に、愛媛県の経済についてお話しします。愛媛県の景気は、企業の生産活動に幾分弱めの動きがみられますが、全体として回復を続けています。設備投資は、大型投資がみられた前年度の水準は下回りますが、省力化や能力増強、研究開発投資など、積極的な投資スタンスが維持されています。公共投資は、西日本豪雨被害からの復旧・復興関連工事を中心に増加しているほか、個人消費は、消費税率引き上げ等の影響による振れを伴いつつも、着実に持ち直しています。

さらに将来を見据えて、人口減少のもとで、どのように成長を実現していくかに注目したいと思います。愛媛県では、様々な課題に対し、その克服に向けた取り組みが少なからずみられています。

例えば、当県の製造品出荷額が全国2位の紙・パルプ産業では、製紙メーカーが旺盛な内外需要に対応するための能力増強や労働生産性向上を企図した設備投資を行っています。さらに、数多くの関連企業が集積し「海事クラスター」を形成している当地海運造船業は、海外勢と競合するもとで、製造能力の増強や船隊規模の拡大を進めるほか、生産効率の向上を企図し、研究開発への取り組みや企業間の連携を強めています。

このほか、当県での生産量が全国1位の柑橘農業では、西日本豪雨被害からの復興に向けた取り組みを進める中、「愛媛南予の柑橘農業システム」が日本農業遺産に認定されました。また、当県が全国に誇る高級柑橘において、新たに「紅プリンセス」が開発され、今後、本格生産が期待されています。さらに、海面養殖業漁業産出額が全国1位の水産業や、水稲農業などでも、当県オリジナルブランド米「ひめの凜」が開発されるなど、県内一次産業は高付加価値化に向けた取り組みを進めています。「ひめの凜」の開発には、県農林水産研究所の16年に及ぶ努力があったと伺っております。

県外需要を取り込むという点では、観光も重要です。道後温泉のシンボルでもある重要文化財「道後温泉本館」は、前回の改築から120年が経過し、将来を考えた保存修理工事を行いながら、並行して営業も続けています。こうした進め方は全国初と聞いています。この間、「道後REBORNプロジェクト」を実施するなど、様々な工夫により誘客に取り組んでいます。また、昨年7月には松山-台北直行便の定期就航が開始しました。国内からの観光客、海外からの観光客ともに、総じて県内の入込みは堅調に推移しています。さらに、本年4月には同直行便の増便が予定されるなど、今後さらなる観光客の増加が期待されます。愛媛県経済の益々の発展を期待しています。

6.終わりに

先ほど、「日本化」が低インフレないしはデフレと低成長経済の代名詞のように用いられていると述べました。もっとも、世界的金融危機後、欧州や米国では物価上昇率は下がりましたが、日本は2013年の大規模金融緩和の開始以来、物価上昇率をデフレ圏内からプラスに引き上げたことは注目に値します(図表19)。

もちろん、わが国の物価上昇率は、日本銀行が定める「物価安定の目標」である2%には達しておらず、再びデフレに陥るリスクも完全には払拭されておりません。こうした状況を踏まえ、日本銀行は大規模金融緩和を継続しています。とくに、昨年夏場以降は、世界経済の減速が続き、わが国の経済・物価の下振れリスクが大きくなったため、緩和方向を意識して政策運営を行うスタンスを明示してきました。わが国の経済・物価の下振れリスクは、依然として大きいと考えています。日本銀行としては、引き続き、様々なリスクを注意深く点検したうえで、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる方針です。

今のところ「日本化」は長期にわたるデフレと低成長に陥らないように警戒する教訓話ですが、今後は、わが国がデフレからの脱却と成長率の向上を成し遂げた成功話でありたいものです。

愛媛県にちなんだ小説といえば、正岡子規、秋山好古・真之兄弟を主人公にした『坂の上の雲』が著名ですが、司馬遼太郎には「伊達の黒船」という名編があります。幕末の宇和島藩で、苗字もない身分出身の細工師嘉蔵(前原巧山)が、海外からの知識をどん欲に取り入れて、黒船来航からわずか5年7か月で蒸気船の建造に成功する物語です。ともに建造に携わった日本陸軍の創始者村田蔵六(大村益次郎)が、「欧州であれば大学教授でもあろうにも」と述べたとされる逸材でした。嘉蔵の人生は、知識とグローバル化という、日本がとるべき成長への進路を指示しているように思えてなりません。

ご清聴ありがとうございました。