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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策奈良県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 政井 貴子
2020年2月6日

I.はじめに

本日は、奈良県の行政および金融・経済界を代表される皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行大阪支店の業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして御礼申し上げます。

金融経済懇談会は、日本銀行の政策委員が、金融経済情勢や金融政策についてご説明申し上げるとともに、各地の経済・金融の現状や日本銀行の政策に対するご意見などを拝聴させて頂く機会として開催しております。

本日は、まず、私から、わが国の経済・物価情勢や日本銀行の金融政策などについてご説明させて頂き、その後、皆様から当地の実情に即したお話やご意見などを承りたく存じます。

II.経済・物価情勢

日本銀行は、1月の政策委員会・金融政策決定会合において、「経済・物価情勢の展望」、いわゆる「展望レポート」を取りまとめ、2021年度までの経済・物価見通しを公表しました。

以下、経済・物価情勢については、「展望レポート」の内容に沿って、お話したいと思います。

1.海外経済の動向

はじめに、海外経済の現状については、「減速の動きが続いているが、総じてみれば緩やかに成長している」と判断しています。

海外経済を巡る下振れリスクは、依然として大きいとみられますが、米中通商交渉や英国のEU離脱問題の進展などを背景にこのところ一時期よりも幾分緩和されたと感じています。こうしたリスクに対する見方は、IMFが先月公表した世界経済見通しでも「世界経済の見通しは今も下振れするリスクが優勢であるが、10月時点と比べると、深刻な結果に終わる可能性は薄らいでいる」1と評価されていたように、他の国際機関等でも共有されていると思います。

先行きについては、成長ペースの持ち直しにはやや時間を要するものの、その後は、各国のマクロ経済政策の効果発現や、グローバルなITサイクルの好転などに伴う製造業部門の持ち直しを背景に成長率を高め、総じてみれば緩やかに成長していくとみています。IMFでも、1月の世界経済見通しにおいて、世界経済の成長率は、緩和的な金融環境が続く中、新興国が牽引する形で、2021年には概ね過去平均並みの3.4%に復していくとしています(図表1(1))。

実際、昨年11月には、世界貿易量と相関の高いグローバル製造業PMIは、7ヶ月ぶりに節目の50を回復し(図表1(2))、持ち直しの兆しが見られていますし、主要地域別にみても、例えば、ITサイクルの好転から、NIEs・ASEAN(香港を除く)の製造業PMIも昨年12月に節目の50を上回るなど、製造業部門に改善の兆しが見られていると思います。私自身は、製造業を中心とした海外経済の持ち直し時期やペースについて慎重に見ていましたが、こうした流れが続いていけば、本年半ばにかけて持ち直していくと評価しています。

  1. https://www.imf.org/ja/Publications/WEO/Issues/2020/01/20/weo-update-january2020 参照。

2.わが国の経済情勢

(1)現状

わが国の景気については、「海外経済の減速や自然災害などの影響から輸出・生産や企業マインド面に弱めの動きがみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している」と判断しています。

昨年12月の短観(業況判断DI)をみると、製造業がはっきりと慎重化している一方、非製造業が国内需要の増加基調を背景に良好な水準を維持していることから、全体として「良い」超を維持しています(図表2(1))。また、7~9月期の実質GDPは、設備投資や政府支出といった内需が下支えし、前期比年率+1.8%と、4四半期連続のプラス成長となっています(図表2(2))。これまでのわが国の景気拡大局面に比して、外需の弱さを内需が支えるという特徴的な姿が維持されています。

需要項目別にみると、まず外需については、海外経済の減速が続いているもとで、輸出は自動車関連と資本財を中心に弱めの動きが続いています(図表3(3))。鉱工業生産は、自然災害(台風19号など)によるサプライチェーンへの影響も相まって減少しています(図表3(4))。一方、内需については、企業収益が総じて高水準を維持するなか、設備投資は増加傾向を続けています(図表4(5))。やや仔細に見ると、建設投資では、老朽化した既存ビルの建て替えなど、ヴィンテージの若返りを企図したものが少なくないとみられるほか、ビッグデータ、AI、IoT関連のソフトウェア投資や、CASE2関連の研究開発投資も着実な増加を続けています(図表4(6))。公共投資も、災害からの復旧・復興工事や国土強靱化関連工事を中心に、緩やかに増加しています。個人消費については、消費税率引き上げなどの影響による振れを伴いつつも、雇用・所得環境の着実な改善を背景に緩やかに増加しています(図表5(7))。この間、労働需給は、完全失業率が2%台前半の今次景気拡大局面のボトム近傍で推移するなど、引き締まった状態が続いています(図表5(8))。

  1. 2Connected, Autonomous, Shared & Services, Electric

(2)先行き

先行きのわが国経済は、「当面、海外経済の減速の影響が残るものの、内需への波及は限定的となり、2021年度までの見通し期間を通じて、拡大基調が続く」と予想しています。

海外経済の持ち直しにやや時間を要するもとで、輸出は、当面、弱めの動きとなるものの、海外経済の持ち直しに伴い、緩やかな増加基調に復していく見通しです。指標などでも、外需について明るい兆しがみられ始めています。例えば、情報関連輸出は、スマートフォン向けやデータセンター向けを中心に、足もと増加基調に転じており、今後も、5G通信関連需要にも支えられて、しっかりとした増加基調を続けることが見込まれます。ミクロヒアリングでも、1月の地域経済報告(さくらレポート)では、「グローバルなITサイクルが好転するもとで、今後の中国向け半導体製造装置の本格回復を期待できる状況になっている」といった声が聞かれたところです。

国内需要については、きわめて緩和的な金融環境や積極的な政府支出などを背景に、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調を辿ると考えています。すなわち、設備投資は、海外経済減速の影響から製造業の機械投資を中心にいったん減速するほか、やや長い目でみれば、資本ストックの積み上がりなどが減速圧力として作用するものの、緩和的な金融環境のもとで、都市再開発関連やインバウンド対応の建設投資、人手不足に対応した効率化・省力化投資、成長分野へのソフトウェア・研究開発投資などを中心に、緩やかな増加を続けるとみています。個人消費は、消費税率引き上げなどの影響が次第に減衰し、緩やかな増加傾向を辿ると見込まれます。この間、政府支出は、オリンピック関連需要に加え、昨年12月に閣議決定された政府の総合経済対策(「安心と成長の未来を拓く総合経済対策」)を背景とした災害復旧・復興関連、国土強靱化関連を中心に2020年度にかけて着実に増加した後、高めの水準で推移し、景気を下支えすると期待されます。

以上の内外需要を反映して、実質GDPは、2019年度下期に、海外経済の減速や消費税率引き上げ、自然災害などの影響から、上期対比でいったんマイナス成長となる可能性はあるものの、その後は2021年度にかけて次第に成長率を高めていくと見込まれます。これを1月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値で表すと、2019年度の実質GDP成長率は+0.8%、2020年度は+0.9%、2021年度は+1.1%となります(図表6)。

(3)先行きのリスク

持続的な成長のためには、内需と外需がバランス良く成長していくことが重要だと思っています。こうした観点から、先行きの中心的な見通しに対するリスク要因の中でも、私が特に気に留めている点を2点指摘したいと思います。

まず、外需の面では、引き続き、海外経済の動向が挙げられます。下振れリスクは、米中通商交渉の進展などからひと頃よりも幾分低下したと評価していますが、依然として大きいことに変わりなく、中でも、新型コロナウィルスの拡大による中国を始めとした世界経済への影響、それらのリスクがわが国の企業や家計へ与える影響も注視していく必要があると考えています。

内需については、個人消費の緩やかな増加基調が維持されるかがポイントだと考えています。この点、消費税率引き上げの影響は、政府による各種の家計支援策(キャッシュレス決済時のポイント還元制度、年金生活者支援給付金、プレミアム商品券など)もあって、前回増税時と比べて抑制的となるとみられますが、実質所得減少の影響が、今後、時間をかけて徐々に現れてくる可能性もあり、長い目で見た個人消費の基調に変化がないか、しっかりみていきたいと考えています。

3.物価情勢

(1)現状

続いて、わが国の物価についてお話したいと思います。

最近の物価動向をみると、既往の原油価格の下落や携帯電話関連の値下げの影響が物価下押しの主因となり、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、昨年10月以降の消費税率引き上げと教育無償化の影響を含め+0%台半ばの水準で推移しています(図表7(1))。これまでの景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると、物価の弱めの動きが続いているという評価に変わりありません。

こうした物価上昇に時間を要している背景については、2018年7月の展望レポートに詳しいですが3、改めて申し上げると、デジタル化を始めとする技術進歩などのグローバルな要因に加え、長期にわたる低成長やデフレの経験などから、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が根強く残っているというわが国固有の事情も作用してきたことが挙げられます。こうした物価の上昇を遅らせてきたわが国固有の要因の解消には時間を要しており、物価のマクロ的な需給ギャップへの感応度が高まりにくく、適合的な期待形成の力が強い予想物価上昇率も上がりにくい状況が続いていると考えられています。

もっとも、モメンタムは維持されており、今後、拡大していくための種火のようなものは、引き続き感じられると思っています4。例えば、消費者物価における家賃の伸びが上向きつつある点です。2018年7月の展望レポートでは、2017年度の食料・エネルギーを除く消費者物価の前年比を日米独の3か国で比較してみると、わが国の上昇率が最も低くなっていることには、公共料金や家賃の伸びの低さが大きく寄与している点を指摘しています5。また、今回の展望レポートでも、公共料金や家賃などが鈍い動きを続けている点を、物価の上昇を遅らせている要因の一つとしています。この点、わが国の家賃については、このところの地価の上昇傾向を背景に、東京都区部では、一昨年半ば頃から傾向としてプラス寄与が続いていたほか、全国でも、昨年11月の消費者物価指数では11年ぶりにプラス寄与に転化しました(図表7(2))。こうした流れが持続すれば、長期的な物価の基調にも影響を与えていくと注目しています。

海外に目を転じると、世界的に物価が上昇しにくい状況が続いていることを背景として、低インフレの要因と、その状況下での政策運営について議論が活発に行われています。その中でも、わが国の物価動向は、このところ他国と異なる動きとなっています。長期的な物価の傾向を確認してみると、米国や欧州ではインフレ率が低下している一方、わが国ではインフレ率が上昇していることが確認できます(図表8(3))。

グローバルに物価が上がりにくい傾向にあるにもかかわらず、わが国のインフレ率が全体として上昇してきた背景として、2013年1月の政府との共同声明のもとで、本行の進めてきた強力な金融緩和の果たしてきた役割は、相応にある、と思っています。

  1. 3http://www.boj.or.jp/mopo/outlook/gor1807a.pdf 参照。
  2. 42019年9月の三重県金融経済懇談会における挨拶要旨を参照。
  3. 52018年7月展望レポートのBOX6(公共料金と家賃の動向)を参照。なお、帰属家賃も含めれば、家賃と公共料金を合わせ、消費者物価指数(除く食料・エネルギー)の5割弱のウェイトを占める。

(2)先行きの中心的な見通し

先行きの物価動向ですが、消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比は、マクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けることや、中長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えています。1月の展望レポートにおけるコアCPIの前年比について、政策委員見通しの中央値は、2019年度+0.6%、2020年度+1.0%、2021年度+1.4%と予想しています(前掲図表6)。

(3)物価のリスク要因

こうした中心的な見方に対するリスクとして、注目している点を2点申し上げます。

第一に、先行きの実質賃金の伸びについてです。賃金と物価の関係は、長い目でみると概ね同じような動きになっています(図表8(4))。実際、雇用所得環境の改善を背景に、家計の値上げ許容度にも緩やかながら変化が見られています。今後、中心的な見通しが維持されるには、一層実質賃金が上昇し、こうした傾向をさらに強めていく必要があると思っています。

第二に、為替相場の変動や国際商品市況の動向についてです。これらは、直接的な物価への影響はもとより、企業や個人のマインドにネガティブな影響が及びうるため、引き続きリスクとして意識しています。

III.日本銀行の金融政策

次に、日本銀行の金融政策についてお話します。

1.現在の金融政策の枠組み

日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%を「物価安定の目標」と定め、これをできるだけ早期に実現することを目指し、現在の枠組みである「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を実施しています。具体的には、短期の政策金利を「マイナス0.1%」、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」とする金融市場調節方針を定め、これを実現するように国債の買入れを行うなど、きわめて緩和的な金融環境を維持することにより、企業や家計の経済活動をサポートしてきました(図表9)。

政策運営については、これまでもその時々の経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、総合的に勘案して、最適と考えられる政策を判断していくという姿勢を示していました。特に昨年の夏場以降、海外経済の動向を中心とした経済・物価の下振れリスクが高まるもと、緩和方向を意識した政策運営を行うスタンスをはっきりと示すことで、日本銀行の考え方を一層明確にし、コミュニケーションの強化を意識した政策運営を行って参りました。具体的には、昨年7月の金融政策決定会合では、その公表文に、物価のモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な緩和措置を講じることを示しました。また、10月には、緩和方向をより意識した政策運営を行っているという日本銀行の政策運営スタンスを明確にする観点から、新たな「政策金利のフォワードガイダンス」を決定しました。具体的には、政策金利については、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定しているというものです。

2.今後の金融政策運営

先月の金融政策決定会合では、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムは維持されているものの、なお力強さに欠けており、引き続き注意深く点検していく必要があること、が改めて確認されました。特に、海外経済を起点とするわが国経済・物価の下振れリスクは、ひと頃よりも幾分低下したとはいえ、依然として大きいとみられます。今後の政策運営についても、これらが顕在化し、物価のモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加の緩和策を講じることが必要だと考えています。

もっとも、成長期待がなかなか高まらない中、世界的に緩和的な金融環境は長期に亘ってきており、こうした低金利環境の継続が、企業や投資家などのリスクテイク姿勢を一層前傾化させる懸念について国際機関等6で意識されるのは当然だと思いますし、私自身も、年金などの運用利回りの低下が経済活動に及ぼす影響も含め、こうした問題意識を共有しています。それでも、わが国では、デフレからの完全脱却を目指し、持続可能な成長を後押しするためには、現在の政策を息長く続けていくことが未だ不可欠だと感じています。今後とも、政策の効果と副作用の両方にしっかりと目配りしつつ、その時々で必要と考えられる施策を不断に検討し、適切な政策運営に努めて参りたいと思います。

  1. 6例えば、昨年10月にIMFが公表した「国際金融安定性報告書(2019年10月版)」を参照。

IV.女性の活躍推進

2017年8月の愛媛県金融経済懇談会では、わが国の経済で生産年齢人口の減少が進み、人手不足が深刻化している中で、女性の活躍推進は日本経済の成長力強化の観点からも非常に重要であると同時に、こうした取り組みを梃子に経営の変革を図ることも企業にとって一つの選択肢ではないか、との趣旨のお話をさせて頂きました。今回も少しだけ「女性の活躍推進」についてお話したいと思います。

女性のエンパワーメントについては、昨年6月のG20大阪サミットで首脳特別イベントが開催され、女性の労働参画、女子・女性のSTEM(Science、Technology、Engineering and Mathematics)を含む教育支援、女性ビジネスリーダー・女性起業家の声の反映という3つの優先分野において、取り組みをさらに進めていくことが確認されました7。また、イェレン前FRB議長が会長を務める全米経済学会の本年1月の年次総会では、経済学者には未だ白人男性が多く多様性に欠けているとの指摘が聞かれる中、ジェンダーなどをテーマとしたセッションが複数開催され、その中の一つとして、米欧の中央銀行高官が参加して、中央銀行における女性活躍(Women in Central Banking)に関するパネルディスカッションが行われました8

こうした世界の潮流の中で、わが国に目を向けると、2015年12月に策定された第4次男女共同参画基本計画に沿って、内閣府(男女共同参画局)が中心となり、女性の就業率の向上や女性リーダーの育成など12の分野について、2020年までに達成すべき数値目標を掲げて取り組みを進めておられます。こうした取り組みの足もとまでの成果をみてみると、「25歳から44歳までの女性の就業率」(目標:2020年77%、最新値:2018年76.5%)などのように、目標達成がみえている項目がある一方、「上場企業役員に占める女性の割合」(目標:2020年10%、最新値:2019年5.2%)などのように、あるべき姿と現実の間に未だギャップが残っているのも事実です。こうしたことを映じてか、昨年12月に世界経済フォーラムが発表した最新の「ジェンダー・ギャップ指数」において、日本は、世界153カ国中121位となり、一昨年の110位からさらに順位を落とし、わが国として過去最低水準となりました。

とはいえ、女性活躍の前提となる人々の意識には、着実に変化がみられると感じています。例えば、「男の子は男らしく、女の子は女らしくしつけたほうがよい」と考える人の割合を調べた内閣府の調査をみると、1972年には女性(母親)74.8%、男性(父親)78.3%であったのが、2014年にはそれぞれ40.4%、64.1%に低下しています。もっとも、こうした固定的な性別での役割分担意識について、女性の意識には比較的大きな変化が窺われる一方で、男性の変化は相対的に小さいことから、母親と父親の間で意識にギャップが生まれているという新たな課題も浮かび上がってきます。こうした課題にも一つひとつ丁寧に向かい合っていくことで、女性の活躍推進をきっかけとしたノルム(規範)の前向きな変化が進んでいくのだろうと、希望を持って考えています。

「今解決しないと思われていることでも、永遠に解決しないわけではありません。時間はかかるけれど、努力を続けることで解決することもあるのです。成功例をきちんと伝えて解決に向かうような流れにつなげることが大切です」。これは、女性初・日本人初の国連難民高等弁務官として難民問題に長年尽力され、昨年10月に亡くなった緒方貞子さんがあるインタビューで語った言葉です9。女性リーダーとして最前線におられた緒方さんのこの言葉は、女性活躍推進にも通じるものではないでしょうか。

  1. 7https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/g20/osaka19/pdf/special_event/jp/special_event_03.pdf 参照。
  2. 8https://www.aeaweb.org/conference/2020/preliminary/2263?q=eNqrVipOLS7OzM8LqSxIVbKqhnGVrJQMlWp1lBKLi_OTgRwlHaWS1KJcXAgrJbESKpSZmwphlWWmloO0FxUUXDAFTA1AegsS01Mh5lwwXDBunx4U 参照。
  3. 9https://www.japanforunhcr.org/archives/3833/ 参照。

V.おわりに ―― 奈良県経済について ――

最後に、奈良県経済についてお話します。大阪など関西の近隣都市との違いにも触れつつ、製造業、インバウンド消費、労働力について、当地の現状と将来性に関する私なりの見方をお話したいと思います。

まず、製造業の状況です。関西全体でみると、海外経済の減速を主因に、生産は弱めの動きとなっていますが、ITサイクルの好転や5G関連投資の本格化などを背景に、ITセクターを中心に改善の兆しも窺われています。こうした中で奈良県の産業構造をみると、大阪や京都といった多くの製造業を抱える近隣都市のベッドタウンとして発展してきた経緯もあり、サービス産業のウェイトが相対的に高く、現時点では、ITサイクルの好転やIoTの拡がりといった流れの中で当地経済が受ける直接的なベネフィットは、近隣都市ほど大きくないかもしれません。

もっとも、先行きに目を転じてみると、当地の製造業にも、近隣都市と同様、大きなポテンシャルが感じられます。その背景の一つは、産学連携を促進させる取り組みです。例えば、奈良市の中心部から10キロ圏内に、奈良、大阪、京都の3府県にまたがる関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)があります。けいはんな学研都市では、自動運転等の新技術や新たな交通システムの確立に向けて、企業が参加する実証実験が進められるなど、オープンイノベーションに向けた取り組みが積極的に行われているほか、当地の大学でも、地元企業との研究事業において連携する動きがみられています。こうした産学連携などから生み出されたアイディアを具体化するのが、モノづくり力です。この点、当地には、大手メーカーの生産施設があり、はん用・生産用・業務用機械の分野で高い技術力を発揮されているほか、地場産業であるプラスチック製品は全国平均よりも高い生産ウェイトを占めるなど、幅広い分野で存在感を発揮されています。また、全国の生産量の9割を占める墨や茶筅、吉野杉を用いた精巧な家具など、伝統工芸分野でも高いモノづくり力を発揮してきておられます。こうしたモノづくり力が、当地を含め関西のイノベーションを支えていくものと捉えています。

次に、インバウンドです。言うまでもなくインバウンド消費は、関西経済の牽引役の一つであり、当地でも奈良公園に押し寄せる外国人観光客に象徴されるように、そのベネフィットを受けています。一方で、大阪や京都に滞在し、日帰りで奈良を訪れる、いわゆる「通過型」観光も多く、インバウンド消費の経済効果を必ずしも十分には享受できていないことが課題として指摘されているのも事実です。この点、当地では、長らく宿泊施設の少なさが指摘されていたところですが、外国人観光客が着実に増加する中、宿泊施設の建設が進んでいると伺っています。もちろん、こうした供給面の改善は、潜在的な需要の高さが伴っていなくてはいけません。その観点では、今回、当地を訪問させていただき、国内外の人々を惹きつける多種多様な魅力の一端を感じることができました。例えば、当地がわが国の首都であった奈良時代から現代に引き継がれた文化財の素晴らしさには圧倒されましたし、世界遺産と多数の野生の鹿が共生する様は、奈良県民の大らかさを体現しているように感じました。また、吉野の桜をはじめ、当地には四季折々の美しさもあり、観光資源のポテンシャルは大きいと感じています。

最後に、労働力についてです。関西全体でも少子高齢化に伴う人手不足への対応が経営課題の一つとなっていますが、その中でも、当地は、県外就業率の高さと、女性就業率の低さが相まって、長い目でみた労働力確保に課題を抱えているようにも窺われます。しかし、見方を変えれば、女性を中心に人材面での活躍機会の拡大が期待できるとも言えます。この点、すでに当地では、女性活躍に向けて様々な取り組みが進められていると伺っています。例えば、2017年に立ち上げられた「なら女性活躍推進倶楽部」では、会員企業と連携し、企業と大学生や再就職を希望する女性とをマッチングする機会を提供したり、セミナーや交流会の開催等を通じて、就業機会の拡充に取り組んでおられます。また、女性も含めた起業のための制度融資の利用件数が増加傾向にあるなど、県内経済の活力向上にプラスの効果を与えるものと期待しています。

ここまで申し上げてきましたとおり、当地は、産業面や観光面だけでなく、人材面での活躍機会など、多くのポテンシャルを有しておられます。今後とも、官民が一体となって様々な取り組みを推進していくことで、新たなイノベーションや変化を伴いながら、従来以上の発展を遂げられていくものと期待しています。

日本銀行では、大阪支店を中心に、こうした地域活性化の取り組みに一層貢献できるように努めて参りたいと考えております。奈良県経済のますますの発展を祈念し、私からのご挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。