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【挨拶】新型コロナウイルス感染症に対する政策対応の「これまで」と「これから」―国際金融危機の教訓を踏まえて― IMF・東京大学共催バーチャル・コンファレンスにおける開会挨拶の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2020年11月24日

1.はじめに

本日は、IMF・東京大学が共催するコンファレンスでお話しする機会を頂き、誠に光栄です。国際金融危機(The Global Financial Crisis)から10年余り、また日本の金融危機やアジア通貨危機から20年余りが経過した今日、我々は、新型コロナウイルス感染症がもたらした新たな危機に直面しています。このきわめてチャレンジングな状況に立ち向かうためにも、危機対応に関する過去の経験から学び、将来に向けて有益な示唆を得ようとする本コンファレンスの開催は、誠に時宜を得たものです。

2.新型コロナウイルス感染症に対する「これまで」の政策対応

新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大は、グローバルな経済に国際金融危機を上回る大きな影響を及ぼしています。各国の2020年4~6月期のGDP成長率は、大幅な落ち込みとなりました。また、実体経済の悪化に対する懸念から、国際金融市場は、本年3月に、株やクレジット資産の価格急落、CPや社債発行市場の機能停止、新興国からの多額の資金流出など、一時大きく不安定化しました。

これに対して、各国の政府・中央銀行や国際機関は、きわめて迅速に前例のない規模で、財政・金融面の政策対応を打ち出しています。こうした対応により、経済主体の資金繰りは下支えされ、市場は国際金融危機時と比べて短期間で落ち着きを取り戻し、世界経済は持ち直しに転じました。

私は、これまでのコロナショック(COVID-19 shock)に対する政策対応には、重要な点が3つあると考えています。

第一に、中央銀行や国際機関による迅速で大量の流動性供給により、「実体経済と金融の負の相乗作用」の顕在化を回避したことです。

国際金融危機の教訓は、不確実性が高まる中で市場のコンフィデンスが失われると、金融機関の資金調達が困難化して著しい信用収縮が生じ、実体経済と金融がスパイラル的に悪化しうるということでした。これに対し、中央銀行による潤沢な流動性供給やスワップラインによるドル供給――すなわち「グローバルな最後の貸し手」(Global Lender of Last Resort)機能――は、負の相乗作用のグローバルな連鎖に対する防波堤として、市場のコンフィデンスの回復に大きな役割を果たしました。

コロナショックは、国際金融危機と異なり、実体経済ショックでした。しかし、市場のコンフィデンスの喪失が、負の相乗作用の引き金となりかねないリスクは共通していました。国際金融危機の経験を通じて、こうしたリスクへの危機感が共有されていたことが、各国中央銀行によるスワップラインの拡充やドル供給・幅広い資産の買入れ、IMFによる緊急融資制度の拡充など、思い切った流動性供給につながったと考えています。

第二に、経済と金融システムの安定化のために、財政政策と金融政策が連携して発動されていることです。

この点は国際金融危機と同様ですが、今回は、財政・金融政策が、より迅速かつ大規模に連携して発動されたことが特徴です。感染症の影響により所得が急減するもとで、政府は、所得補償や債務保証を含む大規模な経済対策を実施し、中央銀行は、企業等の資金繰り支援や金融市場の安定化を目的とした強力な金融緩和措置を行っています。特に、資金繰り支援では、財政政策が政府保証などにより信用補完を行い、金融政策が流動性供給を行うという、それぞれの役割を果たすことで、円滑な金融仲介機能を通じて、事業や雇用を下支えしていると思います。

第三に、国際金融規制により金融機関が頑健性を高めていたことに加えて、金融当局が規制・監督上必要な措置を迅速に講じたことです。

国際金融危機を踏まえた国際金融規制の強化により、金融機関が十分な資本と流動性を備えていたことは、所期の狙いどおり、金融部門が実体経済ショックを増幅するのではなく緩衝して、負の相乗作用に対する歯止めとなりました。さらに、バーゼルIII完全実施の1年延期、資本・流動性バッファーの利用勧奨などは、円滑な金融仲介機能の確保に資するものであったと評価しています。

3.「これから」の政策対応に求められるもの

では、これからの政策対応には、何が求められるのでしょうか。

足もと、感染の再拡大もみられるなど、先行きを巡る情勢はきわめて不確実性が高い状況が続いています。したがって、当面は、これまでの対応をしっかりと継続することにより、経済や金融システムの安定を確保していくことが何よりも重要です。この点、今後、企業や家計が直面する課題が流動性から債務返済能力にシフトしていく中で、金融システムに影響を及ぼす可能性にも注意が必要です。長期的な視点からは、日本の金融危機や国際金融危機の後、過剰債務から生じたバランスシート調整などもあって、長期にわたり金融面から経済に対する下押し圧力が作用したように、金融面の不均衡のリスクについても注意を払わなければなりません。

また、国際金融危機がその後の金融規制・監督改革につながったように、コロナショックから得られた教訓に学ぶことも重要です。例えば、コロナショック初期の市場の不安定化は、金融仲介機能において、MMFや投資ファンドなどのノンバンクの役割が増していることを示しました。こうした金融システムの構造変化を、注意深く検証していく努力が求められます。

感染症の影響は、いずれは収束に向かっていくとみられるもとで、やや長い目で見た構造変化への対応も重要です。その際、人口動態の変化や気候変動など感染症拡大以前から認識されていた課題に加えて、デジタル化やサイバーセキュリティなど、感染症の拡大をきっかけに急速に重要性を高めつつある課題に対して、社会全体で取り組んでいく必要があります。こうした取り組みは、ポスト・コロナの世界経済の潜在成長率を引き上げていく原動力になるはずです。

4.おわりに

先行きの不確実性がきわめて大きいもとで、こうしたチャレンジングな課題に取り組んでいくうえで、国際的な連携が一層重要となっています。世界中の英知を結集し、力を合わせて前に進むことが、今ほど求められることはありません。本コンファレンスが、まさにその重要な一歩となることを祈念して、私の挨拶を締めくくりたいと思います。