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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2021年9月27日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。また、日頃より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店の業務運営にご協力頂き、厚くお礼申し上げます。新型コロナウイルス感染症の影響が続く中、昨年に続き大阪訪問が叶わず大変残念ですが、オンライン形式で実現した、この機会に皆様からご意見を頂き、日本銀行の政策判断や業務運営に活かして参りたいと思います。私からは、経済物価情勢に対する日本銀行の見方をお話しした後、最近の金融政策運営の考え方についてご説明します。

2.経済・物価情勢

経済情勢

最初に経済情勢です。わが国の景気は、内外における感染症の影響から引き続き厳しい状況にありますが、基調としては持ち直していると判断しています。振り返りますと、実質GDPは、1回目の緊急事態宣言が発令された昨年4~6月には、幅広い経済活動が制約され、感染症流行前を1割程度下回る水準まで落ち込みましたが、昨年後半にかけて水準を切り上げてきました。本年入り後は、度重なる感染拡大と公衆衛生上の措置が個人消費への下押し圧力となるもとで、実質GDPは、横ばい圏内にとどまっており、4~6月の水準は感染症流行前をなお3%弱下回っています(図表1)。夏場にかけても、感染力の強いデルタ株の急激な流行を背景に、宿泊・飲食などの対面型サービスは低迷を余儀なくされており、個人消費全体も足踏み状態が長引いています。

このように、相次いで訪れる感染拡大の波により、わが国経済の足取りが重くなっているのは事実ですが、持ち直しのメカニズムは途切れていないと考えています。その主な理由は、海外経済の回復を起点とした企業部門における前向きの循環メカニズムが働いているからです。すなわち、海外経済は、国・地域ごとのばらつきが大きくなっていますが、積極的なマクロ経済政策を実施する先進国を中心に、高めの成長が続いています。とくに、製造業の生産活動は、グローバルなデジタル関連需要の力強い拡大に支えられて、堅調に推移しており、世界貿易量も順調な増加が続いています(図表2)。そうしたもとで、わが国の輸出や生産は、IT関連財や資本財を中心に、増加を続けています。企業収益も、製造業をけん引役として、しっかりとした改善を続けており、企業部門全体でみた収益水準は感染症流行前を既に上回っています(図表3)。こうした好調な企業業績は、設備投資の持ち直しにもつながっており、デジタル関連を中心に企業の投資意欲は前向きです。

先行きについては、当面、公衆衛生上の措置や感染症への警戒感が続く間は、個人消費の足踏み状態が続くとみていますが、その後は、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、わが国経済の回復傾向は明確になっていくというのが、メイン・シナリオです。ポイントは、堅調な企業部門が支えている間に、個人消費も回復に転じることで、経済全体で好循環が強まっていくかどうかです。こうした観点から、次の2点に注意が必要と考えています。

第1は、最近のデルタ株の流行が、個人消費に与える影響です。先ほど申し上げたように、足もと対面型サービスを中心に下押し圧力がかかっています。ただ、政府による様々な施策や日本銀行による資金繰り支援策にも支えられて、企業倒産や失業はかなり抑制されています。その結果、個人消費を規定する雇用・所得環境をみると、失業率の上昇は、経済活動の落ち込みと比べ小幅にとどまっています(図表4)。また、昨年度に減少した雇用者所得も、人手不足感の強い業種における賃上げの動きもあって、足もとでは下げ止まりから持ち直しに向かっています。この間、わが国でも、ワクチン接種は速いペースで進んでおり、人口対比でみた接種した人の割合は、米欧と遜色ない水準まで上昇しています。今後、ワクチン接種証明書や陰性証明書の活用などにより、感染抑制と消費活動の両立をいかに進めていくかが課題となりますが、以上のような雇用・所得環境を踏まえると、個人消費は、ペントアップ需要にも支えられて、回復に転じる可能性が高いとみています。ただし、そのタイミングやペースについては、今後の感染動向に大きく左右される点には留意が必要です。

第2は、一部でみられる供給制約や、最近の感染拡大がグローバルなサプライチェーンに及ぼす影響です。自動車販売やデジタル関連需要の回復などを背景としたグローバルな半導体不足は、なお供給面の制約となっています。さらに、わが国とサプライチェーン上のつながりが強い東南アジアでは、急激な感染拡大に伴って、工場の閉鎖を含む厳格な公衆衛生上の措置が講じられており、わが国製造業に対しても、部品調達の滞りなどの影響を与えています。このため、輸出や生産は、目先いったん増勢が鈍化すると予想されます。ただ、そうした動きは一時的であり、やや長い目でみれば、挽回生産や在庫復元の動きにも支えられて、輸出や生産の増加基調は続くとみています。そのもとで、企業部門で働いている収益から設備投資への前向きの循環も維持されると考えています。

これらの点を中心に、来月に作成・公表する「展望レポート」に向けて、内外経済の動向を注意深く点検していきます。

物価情勢

続いて、物価情勢です。わが国の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、ゼロ%程度となっています(図表5)。ただし、足もとの物価動向には、一時的な要因の影響が大きくなっているため、注意が必要です。まず、本年春の低価格プランの導入により大幅に下落した携帯電話通信料の1品目だけで、消費者物価全体をマイナス1%ポイント強押し下げています。一方、昨年物価を押し下げていた、エネルギー価格とGo Toトラベル事業による宿泊料の割引は、その反動という形で、足もとでは、物価を押し上げる方向に作用しています。これらの一時的な要因を除いた、いわば実力ベースの消費者物価の前年比は、このところ小幅のプラスで推移しています。このほかにも、日本銀行では、物価の基調を把握する観点から、様々なコア指標を点検していますが、いずれの指標をみても、経済活動の落ち込みとの対比で物価は底堅い動きを示しています(図表6)。

もっとも、わが国の消費者物価が、米欧との対比で弱い動きとなっていることは否定できません。米国で注目されるPCEデフレーターの前年比は4%を超え、30年ぶりの高い上昇率を示しているほか、ユーロ圏の消費者物価の前年比も3%程度まで上昇するなど、米欧では物価上昇圧力がはっきりと高まっています(図表7)。こうした米欧との対比でみた、わが国の物価の弱さの根底には、予想物価上昇率に関する適合的期待形成のメカニズムの強さ、すなわち、過去のデフレの経験から物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が経済主体の間に定着しているという事情があると考えています。このことを最近の企業行動に即して詳しくみると、次の2点が指摘できます。

第1は、感染症による需要の変化に対する企業行動の違いです。米国企業は、需要減を受けて雇用を削減したため、需要の急回復に直面して、思い切った賃金や価格の引き上げにより、雇用を回復させつつ需給のミスマッチの解消を図っています。これに対し、わが国では、米国ほどの需要の拡大がみられていないほか、企業は基本的に雇用を維持しており、需要が増加しても、価格を据え置いたまま速やかに生産量や出荷量を増やす余地を残しているとみられます。このことは、足もとのボトルネックの深刻度合いの違いにつながります。米欧では、経済活動の再開に伴う需要の急増に供給が十分に追い付かず、一部品目では生産者の入荷の遅延が深刻化していますが、わが国では、これまでのところ、米欧ほどの入荷の遅延はみられていません。

第2は、川上段階から川下や消費者段階への価格転嫁力の違いです(図表8)。世界経済の堅調な回復を受けて、グローバルな市場で決定される商品市況は、はっきりと上昇しています。こうしたもとで、生産者段階の物価は、程度の差はありますが、日米欧ともに大きく上昇しています。もっとも、わが国で、速やかに価格を引き上げている企業は、一定のフォーミュラに従ってコストを転嫁する慣行が定着している素材業種が中心であり、最終需要に近い、加工業種や消費関連業種では、コストの増加をマージンの縮小によって吸収する傾向が米欧対比で強いように見受けられます。

先ほどお話しした経済の見通しやわが国企業の価格設定行動の特徴を踏まえると、先行きの物価は、上昇していくとみていますが、ペースは緩やかなものになると考えています。すなわち、消費者物価の前年比は、当面、エネルギー価格の上昇を主因に、プラス幅を拡大させていくと予想しています。ただ、国際商品市況の上昇を転嫁する動きは、フォーミュラに基づく値決めの慣行が確立しているエネルギーを除き、限定的なものにとどまるとみています。その後は、携帯電話通信料による下押し要因が剥落するほか、需給ギャップの改善が続く中で、企業の価格設定スタンスも次第に積極化していくことが期待されます。そのもとで消費者物価は、徐々に上昇率を高めていくとみています。

3.日本銀行の金融政策運営

ここからは、日本銀行の金融政策運営についてお話しします。

先ほど申し上げたとおり、わが国経済は、デルタ株の流行により不透明感の強い状態にあります。このため、日本銀行としては、当面、感染症への対応が引き続き重要であると考えています(図表9)。とくに、企業等の資金繰りは、ひと頃に比べ改善しているものの、感染症の影響により売上の低迷が続く対面型サービスを中心に、厳しさがみられています。こうした情勢を踏まえ、日本銀行は、6月に「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」を来年3月末まで延長したところです。引き続き、このプログラムのもとで、企業の資金繰りをしっかりと支えていきます。もとより、今後も感染症の影響を注視し、必要と判断すれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる構えです。

やや長い目で先行きを展望しますと、現在の見通し期間の終盤である2023年度にかけて、物価上昇率は、徐々に高まっていくとはいえ、2%の「物価安定の目標」には達しない姿を見込んでいます。こうした見通しを踏まえると、3月の点検により持続性と機動性を増した「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、物価目標の実現に向けて、強力な金融緩和を粘り強く続けていく必要があると考えています。

4.おわりに

最後に、気候変動問題への金融政策面での取り組みについてお話しします。

気候変動問題は、中長期的に、経済・物価・金融情勢にきわめて大きな影響を及ぼし得るため、中央銀行の使命にも関係します。また、この問題は、いわゆる「外部性」の存在から、市場メカニズムだけでは解決が難しく、公的部門による関与が不可欠であることは、幅広く認識されています。さらに、脱炭素化に向けては、長期にわたって大規模な設備投資や研究開発投資が必要になるため、金融部門が果たす役割への期待も大きくなっています。

こうした認識のもと、日本銀行は、金融機関による多様な気候変動対応の投融資をバックファイナンスする、新たな資金供給制度を導入することとしました(図表10)。先週の金融政策決定会合では、制度の詳細を決定し、年内には実際の資金供給を開始する予定です。世界の喫緊の課題である気候変動への対応を進めるには、金融機関のみならず、企業や家計を含む幅広い主体による積極的な取り組みが求められます。もとより、環境政策は、行政や議会が行うものですが、日本銀行の新たな資金供給制度も一つの呼び水として、民間部門における取り組みが一段と進むことを期待しています。

ご清聴ありがとうございました。