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【挨拶】気候変動問題における金融の役割 ~3つの不可欠な要素~パリ・ユーロプラス主催「東京・インターナショナル・ファイナンシャル・フォーラム 2021」における挨拶の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2021年11月29日

1.はじめに

本日は、パリ・ユーロプラス主催「東京・インターナショナル・ファイナンシャル・フォーラム」にお招きいただき誠にありがとうございます。

パリ・ユーロプラスは、フランス・パリをベースとした、金融機関・投資家、取引所・清算機関、発行体、フランス銀行をはじめとする金融当局、法律事務所や会計士、コンサルティングファームなどの様々な関係者が参加されておられます。金融システムや金融市場がグローバル化・複雑化・相互連関化するもとでは、このように幅広い参加者が集まって、われわれが直面する様々な課題を議論し、金融市場を発展させていくためにともに取り組んでいく場は、きわめて重要であると思います。本日は、そうした貴重な場でお話しする機会をいただいたことを大変光栄に存じます。

さて、私からは、ヴィルロワ・ド・ガロー・フランス銀行総裁のご講演に続いて、本フォーラムのテーマの1つでもあります「サステナブル・ファイナンス」について、特に、気候変動問題における金融の役割という観点から、考えを申し述べたいと思います。

2.気候変動問題に対する意識の高まり

気候変動問題は、日々の生活にも大きな影響を与えるようになっており、人びとの問題意識も高まっています。地球規模での気温上昇のほか、大規模な自然災害の深刻さや発生頻度が増しています。気候変動は長期にわたって社会や経済活動に広範な影響を及ぼします。しかしながら、個々の企業や家計が経済活動を行う際に、それらが排出する温室効果ガスが気候変動にもたらす影響が十分には考慮されていない結果、社会・経済全体として過大な量の温室効果ガスが排出されています。

気候変動問題に対応するためには、こうした「負の外部性」を克服すべく、グローバルな対応を長期にわたって継続して行っていくことが求められます。また、科学技術・研究、エネルギー政策、各種規制、カーボンプライシングなど多面的なアプローチが必要です。日本では、昨年秋、政府が2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言し、目標達成に向けた様々な検討が進められています。こうしたネットゼロ(二酸化炭素排出量の実質ゼロ化)の実現を目指す動きを持続させていかなければなりません。

3.金融に期待される役割

こうした中で、金融セクターには、気候変動問題への対応において大きな役割が期待されています。サステナブル・ファイナンスの実現と促進です。そのためには、(1)気候変動に伴うリスクに対する金融システムの頑健性強化、(2)ネットゼロへの円滑な移行を支援するための金融資源の動員、(3)ディスクロージャーの拡充による市場機能の活用、の3つの要素が不可欠であると考えています。

(1)気候変動に伴うリスクに対する金融システムの頑健性強化

まず1点目は、気候変動に伴うリスクに対する金融システムの頑健性強化です。気候変動に伴うリスク(物理的リスクおよび移行リスク)は、様々な経路を介して、金融機関経営ひいては金融システムの安定にも影響を及ぼすと考えられます。これらは「気候関連金融リスク」と呼ばれています。金融機関それぞれが直面する気候関連金融リスクを適切に把握・管理し、それらのリスクに対する金融システムの安定を確保する必要があります。気候関連金融リスクの適切な管理は、社会・経済全体のシステミックな頑健性の強化にも繋がります。

しかしながら、先行き数十年にわたり、気候変動やこれを防止するための脱炭素化の取り組みが社会・経済・金融に与える影響については、不確実性が大きく、通常の金融リスク管理の手法により測定することはきわめて困難です。このため、いくつかの仮想的なシナリオを置いて、気候変動の程度や経済に与える影響をシミュレーションするシナリオ分析が有用とされており、各国当局や気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク(NGFS)などにおいて様々な議論・検討が進められています。日本銀行でも、金融庁とともに、大手行を対象にシナリオ分析の試行的な取り組みを進めているところです。

そうした中で、様々な実務的な課題も見つかっています。各地域の自然環境や産業構造によって、気候変動の影響は異なります。したがって、シナリオ分析やリスクの定量化の取り組みにあたっては、状況に応じて柔軟かつ適切に調整する必要があります。また、そうした経験をグローバルに持ち寄って知見を共有していくことも重要です。

たとえば、日本銀行では、シナリオ分析を補完する観点から、水害が多いというわが国の自然災害面のリスク特性を踏まえつつ、水害が企業財務に与える影響について定量的な分析を進めています1。これは類似の問題に直面するアジアの政策当局者からも高い関心が寄せられています。

(2)ネットゼロへの円滑な移行を支援するための金融資源の動員

次に2点目は、ネットゼロに向けた円滑な移行を支援するための金融資源の動員です。今後、中長期にわたって地球規模で脱炭素化の動きが大きく進んでいくと予想されます。そうした取り組みには社会全体で莫大な規模の資金が必要となります。たとえば、直近の国際エネルギー機関(IEA)の報告書によれば、2050年までにネットゼロを実現するためには、2030年まで世界全体で年間約4兆米ドルの投資が必要とされています2。これらを支えるためには、金融仲介機能が円滑に発揮されることが不可欠です。金融セクターは、自身が有する専門性や創意工夫によって、企業の脱炭素化の取り組みをバックアップしていかなければなりません。

実際の資金調達・供給にあたっては、各地域の市場構造に応じて、最適な方法を組み合わせていくことが重要です。たとえば、日本においては、グリーンボンドの発行額・件数は増えてきているものの、海外と比較すると規模・件数ともに小幅にとどまっています。そのため、金融資本市場を通じた資金供給に加えて、日本のような銀行中心型の金融システムにおいては、銀行を通じた気候関連投融資の促進が重要となります。銀行が自らの専門的知見を活かして、企業の脱炭素化に向けた取り組みを支援していくことが期待されます。これは欧州にもあてはまる点ではないかと思います。また、こうした背景から、日本銀行では、先般導入した「気候変動対応オペ」において、グリーンボンドを直接購入するのではなく、金融機関が自らの判断に基づき取り組む気候変動対応の投融資をバックファイナンスすることとしました。日本の市場構造を踏まえると、最も効果的な方法であると考えています。

加えて、産業構造によっても最適な資金支援のあり方は異なります。気候変動問題への対応は喫緊の課題ではあるものの、脱炭素化の取り組みには相応の時間がかかります。経済全体の脱炭素化を進めるうえでは、ただちに脱炭素化を実現することが難しい産業・業種に対して、それらの構造的な変化を安定的に支援していく取り組みも重要です。

(3)ディスクロージャーの拡充による市場機能の活用

最後の3点目は、ディスクロージャーの拡充による市場機能の活用です。気候変動問題への対応においては、市場メカニズムを活用して、積極的なリスクテイクを促していくことおよび資源の効率的な配分を図っていくことが重要です。先ほど述べたような脱炭素化に向けた金融面での支援は、投融資先の企業価値を中長期的に向上させ、ひいては投資家や金融機関自身のポートフォリオの分散化や収益性の向上に資するものです。

そうした形で金融市場が効率的に機能するためにはディスクロージャーがきわめて重要です。ディスクロージャーを通じて、投資家に気候関連投融資に必要な判断材料を提供すると同時に、市場が企業の行動を規律付けします。ディスクロージャーの質と量が拡充されることで、気候変動に伴うリスクが価格に適切に織り込まれ、その価格には企業価値がより正確に反映されます。

これまで金融安定理事会(FSB)により設置された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言がベースとなって議論が進んできました。TCFD提言は、気候変動問題に関する経営のガバナンス、戦略、リスク管理および指標・目標の開示を定める基本的なフレームワークです。さらに、今月グラスゴーで開催されたCOP26において、IFRS財団が新たに「国際サステナビリティ基準審議会」(ISSB)を設立し、サステナビリティ関連情報の開示に関するグローバルな共通基準の策定を目指すことを発表しました。グローバルに調和された形でディスクロージャーの質と量を拡充させていくことが重要です。

  1. 1山本弘樹・仲智美(2021)「水害が企業財務に与える影響に関する定量分析」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ No.21-J-3。
  2. 2International Energy Agency(2021)「World Energy Outlook 2021」

4.むすび

最後になりましたが、気候変動問題への対応はコストや経済成長の制約と捉えるべきではありません。脱炭素化はイノベーションを誘発し、新たな産業や雇用を創出する大きな可能性を秘めています。気候変動問題に立ち向かっていくためには、社会を構成するすべての主体が、地球を救うために必要な責任ある行動を取っていくことが何より不可欠です。

日本銀行としても、本日述べたような3つの要素を踏まえつつ、金融機関や市場参加者とともにネットゼロに向けた取り組みを強力にサポートしていきたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。