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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策山梨県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 中村 豊明
2022年2月9日

1.はじめに

日本銀行の中村でございます。この度は新型コロナウイルス感染症が急速に拡大している大変厳しい状況の中、山梨県の行政および金融・経済界を代表する皆様とオンライン形式で懇談させて頂く貴重な機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃から甲府支店の円滑な業務運営に当たり、多大なご支援を賜り厚く御礼申し上げます。

本日は、内外の金融経済情勢や金融政策などについて説明させて頂き、山梨県経済の現状と期待される取り組みに触れさせて頂いた後、皆様から率直なお話を承りたく存じます。今回は訪問が叶わず大変残念ですが、皆様との懇談を通じて、地域経済の現状や課題に対する理解を深め、頂いたご意見を日本銀行の業務や政策判断に活かしてまいりたいと存じます。

2.内外経済情勢

(1)経済・物価の現状と展望

海外経済は、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、国・地域ごとにばらつきを伴いつつも、総じてみれば回復しています(図表1)。先進国では、ワクチン接種が進展するもとで、オミクロン株の感染拡大に応じて対象を絞った公衆衛生上の措置が取られながら、経済活動の再開が続いています。新興国・資源国でも、ワクチン接種が進展するもとで、総じてみれば持ち直しています。

そうしたもとで、日本経済は持ち直しが明確化しています(図表2)。輸出や生産は、供給制約の影響を受けつつも、増加基調を続けています。個人消費も、足もとではオミクロン株拡大による下押し圧力が懸念されますが、昨年秋口以降、持ち直しが明確化しています。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、携帯電話通信料の引き下げの影響がみられるものの、エネルギー価格などの上昇を反映して、小幅のプラスとなっています(図表3)。

日本経済の先行きを展望しますと、感染症の影響や供給制約の影響が徐々に和らぐもとで、回復していくとみられます。そして、消費者物価の前年比も、原材料コスト上昇の価格転嫁が緩やかに進むもとで、携帯電話通信料下落の影響も剥落していくことから、プラス幅を拡大していくと見込まれます。

(2)経済・物価のリスク要因

こうした見通しを巡る不確実性として、私が特に注目しているポイントをお話します。

1点目は、「世界の市場」であり「世界の工場」でもある中国経済です。ゼロコロナ政策のもとでのオミクロン株の感染拡大が、世界経済の下押しと、グローバルな供給制約や物価上昇圧力の長期化につながるリスクがあります。また、高齢化や米欧との対立激化、規制強化などによる中長期的な成長力の低下も懸念されますので、注意が必要と思います。

2点目は、企業の価格設定行動です。原材料コスト上昇の販売価格転嫁の進み方には、上下双方向に不確実性があります。価格転嫁が十分進まなければ、企業業績が下押しされ、賃金と未来への投資が抑制される悪循環に陥りかねません。一方、物価上昇に対する企業のセンチメントはこのところ高まっており、川上から川下に向かって値上げが広がりつつありますので、価格転嫁が想定以上に進む可能性もあります(図表4)。価格設定行動の積極化は、日本経済の新たな成長軌道へのシフトと物価安定目標の実現に関わる重要な要素と考えています。

3点目は、家計の現預金保蔵志向の変化です。家計の現預金残高は、増加を続け、1,072兆円1に達しました(図表5)。感染拡大前のトレンド対比で+44兆円増加していますので、感染症の影響が徐々に和らいでいけば、ペントアップ需要が顕在化し、経済活動の活発化につながることが期待されます。また、若年層を中心に金融資産投資への関心も高まっており、後述のとおり、配当・分配金等を通じて安定的に世界経済の成長の果実を獲得できるようになれば、長い目でみた成長と分配の好循環の実現に寄与することも期待されます。一方、家計の日本企業に対する成長期待が低下すると、こうした動きが低調になりますので、企業による成長に向けた取り組みとともに、動向を注視しています。

4点目は、中小企業を中心とする投資動向です。現預金残高については、大企業、中小企業のいずれも趨勢的に増加していますが、中小企業のネット有利子負債残高は、大企業とは異なり、趨勢的に減少しており、2018年以降も増加していません(図表6)。また、今年度の設備投資計画の足取りをみると、大企業(全産業)は過去の平均と同様の動きで、前年度比+9%超の計画が維持されていますが、年度末にかけて上方修正される傾向がある中小企業(全産業)は、12月短観時点でやや弱めの動きとなっています(図表7)。中小企業が投資を抑制して現預金を保蔵するスタンスを強めると、長年の課題である生産性向上の実現が先送りになりますので、注意が必要です。

  1. 12021年9月末時点。

3.金融政策運営

次に、金融政策運営についてお話します。日本銀行は2020年3月以降、感染症への対応として、(1)新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム、(2)潤沢かつ弾力的な資金供給、(3)ETFおよびJ-REITの買入れの「3つの柱」からなる強力な金融緩和措置を講じています。これらの対応は、政府の施策や金融機関の積極的な取り組みと相俟って効果を発揮しており、わが国の金融環境は全体として緩和した状態にあります。

もっとも、対面型サービス業など一部の業種や中小企業の資金繰りには、なお厳しさが残っており、オミクロン株の感染拡大など、感染症の影響を巡る不確実性も高い状態が続いています。そのため、昨年12月には中小企業等の資金繰り支援に万全を期す観点から、特別プログラムの一部の期限を半年間延長しました(図表8)。引き続き、感染症の影響をはじめとする状況変化を注視し、適切な措置を講じていきたいと考えています。そのうえで、2%の物価安定目標の実現に向けて、現在の強力な金融緩和を粘り強く続けていく方針です。

そして、気候変動問題は、中長期的に経済・物価・金融情勢にきわめて大きな影響を及ぼしうるものであることから、その政策対応の一つとして、気候変動分野での民間金融機関の多様な取り組みを支援するための資金供給を行っています。その初回のオペレーションを昨年12月に行いましたが、2兆円超の資金供給となりました。こうした結果は、金融機関による気候変動対応投融資が既に相応に進んでいることを示していると考えられ、中小企業を含めて企業の気候変動対応投資が想定以上に進む可能性があります。国内投資の息の長い拡大につながることが期待されますので、企業の取り組み状況や投資計画についてもしっかりみていきたいと考えています。

4.高度成長期の成功モデルの変革と新たな成長の実現に向けた課題

日本経済の構造変化と経済システム変革の取り組み

ここからは、より長期的な視点から、日本経済の構造変化と経済システムの変革の取り組みについて、私自身が1975年から2020年まで勤めていた民間企業での経験も踏まえて私見をお話したいと思います。

高度成長期から1980年代前半まで輸出主導型の成長を牽引した日本のビジネスモデルは、冷戦下の安定した政治経済環境や円安環境のもとで、自動車や家電といった既存の製品について「国内に集中投資をして高品質なものを安価に作って世界に売る」というものでした。そして、終身雇用・年功序列などの長期雇用慣行、メインバンク制や下請け・系列などの企業間の長期的関係、行政指導や業界団体を通じた政府・企業の連携を骨格とする「日本株式会社」が形成され、輸出主導型・キャッチアップ型の成長を支えました。

しかし、80年代後半以降、日本の経済環境は激変しました。例えば、プラザ合意以降の急激な円高進行、キャッチアップの終了、冷戦終結とグローバル化の進展、新興国の台頭です。成長にはリスクを伴う挑戦が必要な時代となる中で、日本の経済システムも、新時代に適応した変革が必要でしたが、バブル景気とその崩壊もあって、企業は雇用・設備・債務の「3つの過剰」2を抱え、変革は先送りされました。

90年代後半から2000年代初のアジア通貨危機やドットコムバブル崩壊でも、長期雇用慣行などが障害となり、多くの企業は付加価値を高める事業ポートフォリオ改革を断行できませんでした。業績悪化に直面し、人材投資を含む人件費や、研究開発費、減価償却費等の削減によるコスト構造改革で対応し、既存の事業ポートフォリオを維持したため、国内で過当競争に陥り価格下落が進みました。そして、長期のデフレによる投資コストの回収可能性の低下なども加わり、投資抑制とイノベーション不足が進行しました。

その後、2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災の2度の危機で、企業は歴史的な円高などの所謂「6重苦」3に直面しました。これに適応するため、製造業大企業は海外進出を強化し、円高でも海外で稼ぐ力を高めました。2013年頃からは非製造業を含めて対外直接投資が一層拡大し、今日に至るまで第一次所得収支(海外への投資に伴う収支)を通じて、わが国の安定した経常黒字体質の形成に貢献しています(図表9)。もっとも、こうした動きは大企業が中心で、足もとでも企業部門の資金余剰が続いています。

この点、長期にわたるデフレのもとでみられていたように、企業による投資が活発に行われないと、新たな製品・サービスや事業を創出するイノベーションが不足し、賃金を受け取る家計は、成長期待の低下などから、消費や投資を抑制して預金保蔵の割合を高めます。価格引き下げによって需要の維持に努めたとしても、家計から企業に流れる資金は減り、企業は投資を一層抑制し、イノベーションの不足が進行し、資金循環が小さくなり、低成長体質に陥ってしまいます(簡略化した構図は図表10)。

しかし、状況は大きく変わりつつあります。「6重苦」のうち、歴史的な円高、EPAの遅れ、高い法人税率の3つは概ね解消されたと考えられます。特に2018年12月発効のTPP11や本年1月発効のRCEPによって、輸出や海外進出のハードルが下がりましたので、こうした枠組みを活用した企業活動の活性化が期待されます。そして、わが国の成長戦略の重要分野とされる「デジタル化」と「気候変動対応」には、バリューチェーン全体で多くの企業を巻き込みながら、多額の国内投資を持続的に行う必要があります。また、バリューチェーンの見直しが進み、再編などを通じて大きく成長する中小企業やスタートアップが現われ、新事業・新商品の創出や新たな需要拡大につながることも考えられます。こうしたダイナミズムの復活により、企業の過度な貯蓄マインドが変化し、設備、ソフトウェア、研究開発、人材、M&Aなどの投資が更なる投資を呼ぶ形で資金循環が拡大し、新たな経済成長と持続的な賃金上昇の実現につながると期待しています(こうした好循環が定着した状況を簡略化した構図は図表11)。

  1. 2経済企画庁「経済白書 平成11年版」
  2. 3「6重苦」とは、(1)歴史的な円高、(2)経済連携協定(EPA)の遅れ、(3)法人実効税率の高さ、(4)労働市場の硬直性、(5)厳しい環境規制、(6)電力不足・コスト高。

新たな成長の実現に向けた課題と取り組み

こうした好循環の実現には、ポストコロナ社会への移行とともに、日本経済の大きな課題であるダイナミズムの不足を解決する必要があります。なかでも、年功序列型賃金体系や内部昇進制度を含む長期雇用慣行を骨格とする日本型雇用システムと硬直的な労働市場は変革が必要です。

輸出や国内の産業クラスターを通じた需要と供給の安定的な成長があり、「カイゼン」に代表されるプロセス・イノベーションで成長を牽引した時代には、日本型雇用システムが有効でした。しかし、現在のように、無形資産が高い価値を生み、成長にはリスクを伴う挑戦が必要なVUCA4の時代では、個別の企業が自前主義で成長を持続することは容易ではありません。全ての事業の維持に固執すれば、企業は事業ポートフォリオ改革が遅れて総花的な経営となり、過大なコストを抱えて低収益に陥るため、却って従業員に所得の低迷を強いることになり、将来不安が強まります。

特に2022年度からは、「団塊の世代」が後期高齢者入りを始めます。この10年は女性や高齢者の労働参加の拡大が経済成長に貢献してきましたが、今後は労働参加率の一層の引き上げが難しい中で、生産性の向上がますます重要となってきます(図表12)。そして、生産性の向上には、経営者は事業と「人」の成長を重視し、低生産性事業をベストオーナーに集約し、M&Aなどを通じて成長事業へリソース集中を図る一方、個人は付加価値向上につながる発想・能力を高める研鑽を重ねるなど、企業や家計が成長や豊かさの実現に向けて果敢に挑戦することがきわめて重要と思います。

こうした観点では、積極的な挑戦を促すセーフティネットや持続可能な社会保障制度の整備も重要です。例えば、子育て中の働き盛り層が老後の不安を強めることなく転職するためには、企業年金は重要な要素です。政府は、中小企業における企業年金の普及・拡大に向けて、2018年に簡易型DC(簡易企業型年金)とiDeCo+(中小事業主掛金納付制度)を導入し、その後も対象範囲の拡大といった制度改善を進めていますが、iDeCo+の加入者数は23千人5にとどまっています。転職者の企業規模別移動の状況をみると、大企業間での転職者数や中小企業から大企業への転職者数は大きく増加している一方、中小企業間や大企業から中小企業への転職者数は減少あるいは横ばい傾向であり、年金の問題が中小企業への労働移動が活発化しない一因となっている可能性があります(図表13)。日本経済の新たな成長の実現にはスタートアップを含む成長事業への労働移動が円滑に進む必要がありますので、企業経営者や金融機関、行政による取り組みの加速を期待しています。

  1. 4VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉で、変化が大きく、将来の予測が困難な状態を意味する。
  2. 5国民年金基金連合会「加入等の概況(令和3年11月時点)」

5.日本企業のダイナミズムの復活と人的投資強化による新たな成長の実現

現在、世界では、持続可能性や「人」を重視し、新たな投資や成長につなげる、新しい資本主義の構築を目指す動きが進んでおり、政府は日本がこの動きをリードすることを目指しています。昨年11月に「新しい資本主義実現会議」が公表した緊急提言6は、成長戦略と分配戦略から成る包括的な内容となっていますが、その中から日本企業のダイナミズムの復活と「人」への投資強化について私見を申し上げたいと思います。

  1. 6令和3年11月8日「緊急提言~未来を切り拓く「新しい資本主義」とその起動に向けて~」

日本企業のダイナミズムの復活

持続的な所得増加は経済成長によって生み出され、経済成長は企業による持続的な成長投資を通じたイノベーションによって生み出されます。そのイノベーションの鍵となるのは、企業のダイナミズムの復活と新しいビジネスに必要な人材の育成だと思います。

VUCAの時代にリスクを伴う挑戦を避けてきたことが、イノベーション不足につながっているように思います。OECD7によると、新製品や新サービスを投入した企業の割合は、日本の製造業は9.9%、サービス業は4.9%と、ドイツ(製造業18.8%、サービス業9.0%)や米国(製造業12.7%、サービス業7.6%)よりもかなり低い水準です。

日本が得意としてきたプロセス・イノベーションも、デジタル化で大きな遅れをとりました。米国企業では、デジタイゼーション(アナログ・物理データのデジタルデータ化)やデジタライゼーション(個別の業務・製造プロセスのデジタル化)により既存事業の雇用を削減して効率化し、成長事業で新たな雇用を創出していますが、日本企業ではこうしたメカニズムが働きにくいことがデジタル化の遅れにつながった面があると思います。

しかし、先進国が進めるDX(デジタル・トランスフォーメーション)は、データが価値を生むビジネスモデルへの変革であり、コスト構造改革が主眼ではありません。また、クラウドサービスの拡大により導入のコストと時間の削減が可能となるなど、デジタル化のハードルが下がりましたので、ビジネスモデルの変革を加速し、飛躍するチャンスが到来していると思います。

そして、日本がデジタル化や気候変動対応などの分野で力を発揮するためには、その担い手となるスタートアップの成長がきわめて重要です。日本のスタートアップは近年増加傾向にありますが、他の先進国と比べると日本の開廃業率は引き続き低水準です(図表14)。日本の起業家に対するアンケートによると、日本で起業が少ない理由として、「失敗に対する危惧」が最も高くなっています8。セーフティネットの拡充など、失敗しても再挑戦できる環境を整え、積極的な挑戦を促すことが重要です。

日本では大きく成長するスタートアップが少なく、ユニコーン(時価総額10億ドル超の未公開企業)の数は、米国488社、中国170社、英国37社、ドイツ25社に対し、日本はわずか6社です9。スタートアップの成長を促進するうえでは、人材や顧客ベースに加えて、資金が重要ですが、ベンチャーキャピタル(VC)による国内スタートアップへの投資額は、米国と比べて非常に小さいままです(図表15)。

こうした現状の変革に向けて、政府は、新規株式公開(IPO)プロセスの改善や投資家保護の観点を踏まえた特別買収目的会社(SPAC)制度の検討など、スタートアップの創出と成長に向けた環境整備を進める方針を示しています。こうした取り組みやVC等によるスタートアップの成長支援が進むとともに、M&Aなどを通じたベストオーナーへの統合が活発化し、起業家が繰り返し新事業を立ち上げて、成長を牽引するなど、日本企業のダイナミズムが復活し、多くのイノベーションが生まれ、日本の新たな成長が早期に実現されることを強く期待しております。

  1. 7OECD「OECD Science, Technology, and Industry Scoreboard 2017」
  2. 8一般社団法人ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書2021」
  3. 9CB Insightsによる調査(2021年12月31日時点)。

人的投資の強化

企業のダイナミズムと並ぶイノベーションのもう一つの鍵が「人」です。

年功序列型賃金体系や内部昇進制度を含む長期雇用慣行のもとでは、経営者、従業員の双方で、生産効率向上の優先順位が高く、事業活動を通じた経験の蓄積やOJT(On-the-Job Training)を重視する傾向が強くありました。既存事業の効率性向上が成長を牽引した時代には、日本型の人材育成システムが有効に機能していたと思います。

しかし、VUCAの時代となった今、既存事業の効率性を高めるだけでは、持続的な成長は難しくなりました。既存事業の延長線上にあるOJTでは非連続なイノベーションの実現は困難であり、新たな発想や能力の獲得のための人的投資が必要です。しかし、人的投資は、企業会計上「費用」として扱われるため、日本では抑制的に運用されてきました。例えば、企業の能力開発費の対GDP比は、先進国の中でも低く、Off-JTOff-the-Job Training)や自己啓発支援に支出した費用の労働者一人当たり平均額も、減少傾向にあります(図表16、17)。

こうした中、企業の人的投資を促進するため、首相は先月の施政方針演説で、企業の人的投資などの非財務情報の開示ルールを年内に策定する方針を明らかにされました。これまで人的投資については、他社と比較できるベンチマークがなく、KPI(重要業績評価指標)も設定できなかったことなどから、人事戦略を経営戦略に紐づけにくかったのですが、企業の人的投資の見える化により、経営者は具体的な目標設定や実現施策の構築を図りやすくなると期待されます。また、投資家や社員も企業の成長性などの評価に活用するようになり、企業の成長を加速させる可能性を秘めていると思います。

成長と分配の好循環へ

こうした取り組みの進展により、持続的な経済成長が実現するとともに、「社員が会社を選ぶ時代」への転換が一層進むと思います。1世帯当たりの平均所得金額をみると、2000年の617万円から2018年は552万円と低下していますが、これには高齢化の影響が含まれています(図表18)。高齢者世帯以外の世帯では、2000年の678万円から2012年に610万円へ低下した後、コロナ前の2018年には659万円まで上昇していました。超高齢化が進む日本全体を豊かにするためには、働く人々の所得を一層高めていくことが重要です。構造的な人手不足のもとで、いずれ「社員が会社を選ぶ時代」になりますので、多くの経営者は会社の魅力や成長力を高める成長戦略と、社員の成長につながる人的投資、報酬引き上げ、株式報酬制度の活用、年金制度の整備などの人材戦略を積極化することが期待されます。

そして、個人も自身の付加価値を高める研鑽を重ねるとともに、長期・分散・積立による金融資産投資を通じた安定収入の増加と老後に向けた資産形成を進めることが求められるようになると思います。日本の家計の金融資産は、2021年9月末時点で約2,000兆円となりましたが、現預金が54%と突出して高く、株式や投資信託は合計15%にとどまっています。因みに、米国は真逆で、それぞれ13%と51%です10

家計の現預金保蔵志向の根強さには、過去のバブル崩壊とその後の長期にわたる日本経済の低迷によるトラウマの影響が考えられます。特に、高年齢層では、過去の経験から、日本企業の株価は日本のGDPに連動すると考えがちです。しかし、20代や30代にはこうしたトラウマが殆どなく、日本企業のグローバル化に伴い、日本の株価が世界経済の成長とともに上昇することを経験しています。実際に、NISAやiDeCoといった制度面のサポートもあり、若年層を中心に投資信託などへの関心が高まっているようです。

家計についても、長期・分散・積立による金融資産投資で、配当・分配金等を通じて安定的に世界経済の成長の果実を獲得できるようになれば、成長と分配の好循環の実現に寄与すると考えています。そして粘り強い金融緩和が下支えとなり、企業と「人」による活発なイノベーションが日本経済の潜在成長率を高め、2%の物価目標の実現に近づいていくものと考えています。

  1. 102021年3月末時点。

6.おわりに ―― 山梨県経済について ――

最後に、山梨県経済についてお話します。

山梨県の景気は、新年入り後、感染症の急拡大を受け、飲食店や宿泊施設で予約のキャンセルがみられるなど、サービス消費を中心に影響を受けています。一方、財消費は総じて底堅く推移していることに加え、生産面では、一部に部品調達難などの供給制約の影響がみられますが、当地でウエイトの大きい半導体関連・電子部品を中心に回復が継続しています。

より長い目でみますと、山梨県は全国を上回るペースで人口減少が進んでおり、趨勢的な需要下押しや人手不足による供給制約への対応が重要な課題です。しかし、山梨県には、こうした逆風を乗り越えて、着実な経済成長を実現するうえで、大きな強みがあると考えています。

第一は、生産用機械や電気機械、電子部品等の分野で高い技術力を持つ企業の集積です。コロナ禍を受けたグローバルなデジタル化とサプライチェーン強靭化の加速により、関連機器や部品の需要は今後も拡大を続けると予想されますので、当地にも幅広い恩恵がもたらされることが期待されます。

第二は、東京圏に隣接する高い利便性と、富士山や八ヶ岳、南アルプスなどの豊かな自然、多様な泉質を有する温泉地、日本一の生産量を誇るぶどう・桃などの果樹園、80を超える国内最大数を誇るワイナリーなどの魅力あふれる観光コンテンツです。当地のワイン醸造用のブドウ品種「甲州」は、世界的なブランド地位を確立しています。また、日本酒も国の地理的表示(GI)に指定され、ブランド価値を高めています。こうした観光コンテンツや関連商品を活かした高付加価値化が期待されます。

第三は、水素・燃料電池や医療機器などの次世代産業の育成支援です。県や山梨大学を中心に、水素・燃料電池分野の高水準の技術研究・評価機関が集積しており、県のリーダーシップのもと、日本を代表する燃料電池の評価機関の誘致や、研究成果を活用した事業化研究などが行われているほか、企業との連携を通じて水素製造の事業化に向けた取り組みが進められています。また、当地製造業の高い微細加工技術を活かし、「メディカル・デバイス・コリドー推進計画11」のもとで医療機器産業の育成が進められているなど、企業や人材の育成に注力されています。

第四は、将来の成長の担い手となることが期待されるスタートアップや成長を目指す中小企業の存在です。山梨県は、起業や新事業の展開を支援する官民の取り組みが進んでおり、小規模企業の割合が全国で最も高く(88.5%)12、スタートアップや活力あふれる中小企業の成長による山梨県経済の飛躍が期待されます。先日、経営者の方々からオンラインでお話を伺い、グローバル展開やデジタル化、気候変動対応等により更なる成長を目指す企業や、先代から引き継いだ事業を新しいビジネスモデルに革新して成長を目指す企業など、夢の実現に向けて熱く語る姿に感銘を受けました。こうした企業が成長を続け、日本経済の成長も牽引していかれるものと期待しています。

第五は、交通インフラの整備です。中部横断自動車道は昨年8月に山梨県・静岡県間が全面開通したほか、リニア中央新幹線の開通に向けた取り組みが進められています。こうしたインフラ整備が、企業誘致の促進や移住者・交流人口の増加に加え、今申し上げた他の強みとの相乗効果につながることが期待されます。

今後も山梨県経済が、こうした強みを活かしながら、産官学の連携強化を通じて、持続的な成長を遂げていかれることを祈念して、私からのご挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。

  1. 11山梨県の機械電子産業における優れた技術を医療機器関連分野に活用し、医療機器関連産業を甲府盆地から静岡県東部の医療産業集積地「ファルマバレー」を結ぶ一体に集積する「メディカル・デバイス・コリドー構想」を実現するための計画。
  2. 12小規模企業は、常用雇用者数20人以下(卸売、小売、飲食、宿泊・娯楽を除くサービス業は5人以下)の会社。2016年時点(出所:中小企業庁)。