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【挨拶】 デジタル化:「暮らし」のための金融サービス FIN/SUM(フィンサム)2022における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2022年3月29日

はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、ビデオメッセージという形ではありますが、FIN/SUM(フィンサム)2022でお話する機会を頂戴し、誠にありがとうございます。

今年のFIN/SUMのテーマは、「ビジネスと暮らしの二刀流」です。現代の社会における様々な課題、例えば気候変動、パンデミック、格差はいずれも、私たちの「暮らし」に大きくかかわっています。そうしたもとで、金融サービスは、人々の様々な「暮らし」のニーズに応えるよう、絶えず進化していかなければなりません。事業者が人々の「暮らし」のニーズに応えようとしっかりと取り組んでいくのであれば、新たな「ビジネス」を次々と生み出し、成長の源泉ともなっていくでしょう。また、あらゆる経済活動は、究極的には、人々の「暮らし」をより良くするものであるべきでしょう。

そこで、本日は、人々の「暮らし」に合った金融サービスを、より多くの人々が享受できるようになっていくうえで、デジタル化が果たしていく役割について、お話ししたいと思います。

消費者と事業者の「新結合」

前回のこの場では、イノベーションの「元祖」であるシュンペーターが著した『経済発展の理論』の中で、「新結合」という言葉により、イノベーションの概念を提唱したことを申し上げました。彼によれば、イノベーションとは必ずしも技術革新ではなく、新しい組み合わせを創ること、「新結合」を作り出すことでありました。

現在、デジタル化は、様々な分野において、「新結合」を作り出しています。

かつて、消費者向け金融サービスは、店舗において対面で提供されるものでありました。今やインターネットやスマートフォンの普及により、オンラインでの銀行取引や証券取引、スマートフォンを活用した決済サービスなど、デジタル化された非対面の金融サービスは珍しくありません。コロナ禍は、こうしたデジタルチャネルを通じたサービスへの需要を、年代を問わず、高めることになりました。

デジタルな世界では、地理的な制約がありません。最近、「メタバース」という言葉がよく聞かれます。英語の「超(meta)」と「宇宙(universe)」を組み合わせた造語で、もとはSF作家のニール・スティーヴンスンが1992年に発表した小説『スノウ・クラッシュ』に登場する架空の仮想空間サービスの名称ですが、現在では様々な主体のアバターと呼ばれる分身が、地理的制約を超えて、様々な活動を行うことを指して広く使われています。メタバースに限ったことではありませんが、デジタル世界の特性は、事業者と消費者との新たな組み合わせを生む可能性を秘めています。生活圏に制約されず、様々な事業者へのアクセスが可能となることで、消費者は、そのニーズに最適なサービスを受けることが容易となっていきます。こうした環境は、事業者が新たな、優れたサービスを開発するインセンティブ付けともなるでしょう。地理的条件に制約されていた時に比べて広い市場が設定されることで、消費者のニッチな需要に応えるサービスについてもビジネス化が可能となり、消費者の選択肢は増えていくことが期待できます。

こうした可能性は、金融サービスにおいても同様であり、デジタルチャネルを通じて、より様々な金融サービスが、より多くの人へと提供されていくとみられます。例えば、就労、就学している外国人の方々の郷里送金ニーズに対し、インターネットを活用して多言語でサービスを提供している事業者の方々のビジネスは既に活発です。わが国においては先行き、地方を中心とした人口減少が予想されており、過疎地域において広範な金融サービスを提供する手段としてデジタルなサービスを提供していくことの必要性は高まっていくと考えられます。

その際、念頭に置いておくべきことの一つは、すべての金融事業者が一様なデジタルサービスを消費者に提供することは難しく、また、それが正しいわけでもないということです。事業者がデジタルサービスを供給する能力も、消費者がデジタルなサービスを受入れる度合いも一様ではありません。加えて、消費者が求めるサービスの内容も一様ではありません。

デジタルなサービスに積極的な消費者については、その多様なニーズに応える事業者との組み合わせがもっと作られていくという「新結合」を期待していくことになります。同時に、引き続き非デジタルなサービスを求める消費者に対して、そのニーズに応じたサービスを提供する事業者が存在することも重要です。デジタルチャネルを通じて、社会全体としての消費者と事業者との「結合」を強固なものとし、潜在している様々なニーズを取りこぼさない。そうしたことにより、わが国経済の成長力を引き上げていくことにもつながりやすいと考えられます。

デジタルなサービスを発展させていく際には、グローバルな視点を持つことが重要です。日本国内の顧客のニーズに、きめ細やかに応じていくこと自体は、素晴らしいことです。しかし、技術や社会の国際的なトレンドを意識しないまま、ガラパゴス的なサービスの最適化を進めてしまうと、ビジネス化が可能な領域は拡がっていきません。また、国際的なトレンドを取り込んでサービス内容を高めていくことや、日本国内にとどまらず、より広い市場でも受け入れられるようなサービスに発展させていくことは、難しくなっていくでしょう。

データの「新結合」

さて、金融サービスのデジタル化は、データの結合を促進する効果も有しています。例えば、銀行や資金移動業者では、マネー・ロンダリングなどへの対策として、多くのコストを払って、不正取引のモニタリングを行っています。近年、機械学習技術を用いた不正取引の自動検知システムの導入や検討が進められていますが、個々の事業者では必ずしも十分な量の学習データが得られないといった課題もあります。この点、最近は、特定の個人との対応関係が排斥された機械学習の学習済パラメータを、一定の条件のもと、他の事業者と共有することで検知の実効性・効率性を高める取り組みが進められています。G20が2020年に作成したクロスボーダー決済の改善に向けたロードマップに沿って、様々な国際的な取り組みが進められていますが、適切なかたちでデータの結合が行われることは、既存業務の高度化や効率化に役立つほか、新たな価値の創出を通じ、より多くの消費者が、よりニーズに合った金融サービスにアクセスできるようになることにつながると期待されます。

加えて、金融データと非金融データの「新結合」が、新たな価値を創出することも期待できるかも知れません。例えば、預金口座の動きには、個人の暮らしに関する様々な情報が含まれています。そうした情報からは、消費者がどのような金融・非金融サービスを潜在的に必要としているかが見えてくる可能性があります。ネットビジネスやコンシューマービジネスが先行していた分野であるパーソナライズド・マーケティングは、最近、金融機関の間でも、他業態との「新結合」として、すなわち、各種の情報を活用し、顧客満足度を高めていく試みとして、広がりつつあります。金融事業者と非金融事業者の提携により、両者に跨るデータをもとに、消費者の信用スコアを算出し、同スコアを融資審査に活用する取り組みもみられます。こうした「データの担保化」により、従来は融資を受けることが困難であった層の顧客にもファイナンスの機会が与えられれば、より多くの人の「暮らし」に役立つことになるでしょう。

このようなデータの「新結合」を、消費者が安心できるかたちで進めていくうえでは、やはり、プライバシーに対する配慮は極めて重要です。個人情報保護法などの法令を遵守することはもとより、同意の取得や、社会的に受け入れられるような目的でのデータ分析実施や分析結果の活用などに関する様々な議論があることは、みなさまご承知かと思います。

データの「結合」は、その量、範囲が増加するほど、ネットワーク効果が働き、そこから得られる果実は加速度的に増加すると指摘されています。このこと自体は、消費者により高い便益をもたらしうるものですが、ある特定の主体が多くのデータを囲い込んでしまった場合には、独占や寡占に伴う新たな問題を引き起こす可能性もあります。データの独占は、競争やイノベーションを阻害し、最終的には消費者の便益にもマイナスの影響を及ぼす可能性がある点は意識する必要があります。

おわりに

頂いた時間の残りが無くなってきましたので、最後に、中央銀行デジタル通貨(CBDC)について、一言触れておきたいと思います。日本銀行では、一昨年10月に「中央銀行デジタル通貨に関する取り組み方針」を公表したあと、昨年4月から、CBDCの基本的な機能を確認する概念実証フェーズ1を行ってきました。フェーズ1の実験作業は予定通り終了し、来月からは追加的な機能を確認するフェーズ2を開始する予定です。

日本銀行として、現時点でCBDCを発行する計画はないとの考え方に変わりはありませんが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要であると考えています。日本銀行としては、社会のデジタル化に伴う様々な「新結合」が生まれる中、今の、そして将来の「暮らし」が中央銀行マネーにどのような役割を果たすことを期待しているのかについて、内外の様々な方々のお知恵も借りながら、しっかりと考えていきたいと思います。

それでは、今年のFIN/SUMにおいて、多くの「新結合」が生まれることを心より祈念して、私からのご挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。