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今なぜ経済資本運営か

(7月11日・12日開催ワークショップ「経済資本運営の可能性と課題」基調講演)

2007年7月27日
日本銀行金融機構局

講演に使用した資料は、PDF形式でご利用頂けます。ダウンロードはこちら(fsc0707c1.pdf、81KB)。

目次

1.はじめに

日本銀行金融高度化センター長の宮野谷です。本ワークショップの開催に当たり、経済資本運営の重要性やそこで求められる視点、邦銀にとっての課題などについて申し述べたいと思います。

2.高まる経済資本運営の重要性

近年、経済資本運営の重要性が高まってきておりますが、その背景として、(1)新たな規制監督の枠組みであるバーゼルIIへの移行、(2)金融イノベーションの進行、(3)金融業のビジネス・フロンティアの拡大、の3点を挙げたいと思います。以下、それぞれについて説明します。

第一に、バーゼルIIへの移行です。他の産業では単純に「資本」と呼ぶものを、金融業でわざわざ「経済資本」という言い方をするのは、金融業には「経済資本」とは別に「規制資本」という概念があるからです。すなわち、金融業においては、経営者が自由に株主利益のみを追求する場合に最適となる自己資本比率が、金融システム全体の健全性を確保するうえで最適になるとは限らない、という問題があります。そのため、資産規模やリスクテイク量との関係でみて最低限必要な資本の確保を規制によって義務づけるという考え方が、比較的古くから採られており、そのような規制上の最低水準を満たす資本が「規制資本」と呼ばれています。

バーゼルIIのもとでは、これまでのバーゼルIに比べて、リスクと規制資本の対応関係が、より精密に定義されるようになりました。それに加えて、バーゼルIIの大きな特徴は、経営者に最低所要自己資本の確保を求めるだけでなく、経営者が経営の健全性も考慮のうえ自らの判断で保有する自己資本、すなわち「経済資本」について、規制当局によるレビュー・プロセス(pillar2)を備えていることです。さらに、そうした経済資本について、情報開示の充実によって市場からの規律を高めるという考え方(pillar3)も、バーゼルIIには盛り込まれています。とくにpillar2の導入によって、金融機関は最低所要自己資本をクリアするだけでは不十分となり、経済資本運営についても規制当局に対するアカウンタビリティーが求められるようになりました。これは画期的な変化です。こうした新しい規制環境が、経済資本運営に関する議論を刺激する重要な背景となっています。

第二に、金融イノベーションの進行です。情報技術や金融工学の発展は、リスク管理技術の高度化を可能にしています。しかし同時に、金融イノベーションの進行は、金融商品が陳腐化するスピードを速めているとも言えます。そうした環境のもとで、金融機関が高い収益率を維持していくためには、より効率的な金融サービスの提供、あるいは、より複雑で見えにくいリスクテイクへと、常に挑戦を続けていかなければなりません。また、機関投資家やヘッジファンドなど多様なリスクマネーがグローバルに市場を駆け巡るようになり、それらとどのように役割分担をしていくかが、金融機関のリスク・プロファイルや収益力を左右するようになってきています。

マクロ経済の持続的な成長には、需要と供給がともにバランスのとれた形で拡大していかなければなりませんが、それと同じように、金融イノベーションが金融市場の持続的発展に直結するかどうかは、テイクされるリスクの増大ないし複雑化とリスク管理技術の高度化が、バランスよく進行するかどうかにかかっています。人類の歴史を振り返ってみても、技術進歩は自動的に人々の幸せを約束してきたわけではなく、争いや不平等、社会秩序の不安定化など、多くの惨禍や苦悩を生み出す一面を持っていたことも否定できません。技術進歩が生まれる土壌そのものは大切にしつつ、その成果を世界の平和と繁栄に体現させていく——そのための叡智を探り当て、哲学を共有しようとするたゆまぬ努力が、人類の真の発展を支えていると言ってもよいでしょう。金融の世界においても、イノベーションの速い時代であればあるほど、それにふさわしいリスク管理の枠組みと価値創造の哲学を、多様なステークホールダーに訴えかけ、共感を得ていくことが、金融機関経営者の益々重要な役割になるものと考えられます。

第三に、金融業のビジネス・フロンティアの拡大です。現在、世界経済は、1970年代以来と言われる力強い成長局面にあります。高齢化が進行し資産運用ニーズの強い先進国では、様々な投資家が海外の有利な投資機会を狙っている一方で、高成長過程にある新興国は、それらを引き寄せてうまく活用しようと、マクロ環境や各種インフラの整備を競っています。また、グローバリゼーションの進展が、労働集約的な財の価格を上昇しにくくする一方で、資源価格の高騰を引き起こすなど、相対価格の大きな変動をもたらしています。さらに、世界経済の成長持続性という観点から、環境問題などへの対応も重要な課題になってきており、それらの克服にできるだけ市場メカニズムを活用していこうという試みが、着実に拡大しています。以上のような目覚しい変化は、すべて金融ビジネスのフロンティアを大きく押し広げるものであり、潜在的なビジネス機会を経営に取り込めない場合の逸失利益は、無視し得ないものになってきています。個々の金融機関が、経済資本運営の枠組みを高度化し、新種のリスクテイクへの対応力を高めることには相応のコストがかかります。しかし、そこに精力を注ぎ込まず、限られたリスクにしか挑戦できない場合の機会費用は、意外に大きなものとなるかも知れないのです。

以上述べた三つの点、すなわち、規制環境の変化、金融イノベーションの進行、ビジネス・フロンティアの拡大は、それぞれが独立の要因ではなく、相互に影響を与え合っています。ビジネス・フロンティアの拡大がさらなる金融イノベーションへと金融機関を駆り立て、金融イノベーションが市場参加者の多層化を促して、ビジネス・フロンティアをさらに広げています。そうした好循環が健全な形で持続する環境を保持するよう、規制も時代に即して変化を続けています。これらは、今後も絡み合いながら、さらなる進化を続けていくでしょう。そのプロセスで重要な機能を発揮しえるのが、まさに金融機関の経済資本運営なのだと、私は考えています。

3.経済資本運営に求められる視点

次に、経済資本運営に求められる視点についてお話しします。これまで述べてきたことからも推察されると思いますが、経済資本運営に求められる視点は、第一に、収益性や健全性を高めるツールとして機能すること、第二に、多様なステークホールダーとの透明性の高いコミュニケーションを可能にすることです。

第一の「収益性や健全性を高めるツール」という点についてですが、これをもう少しブレークダウンすると、(1)リスクを的確に認識する枠組み、(2)リスク対比で収益を高める工夫、(3)リスク対比で資本の十分性を維持する工夫、という三つの要素からなると考えられます。

まず、リスクを常時、可能な限り正確に認識することは、収益性や健全性を確保するための大前提です。リスクの認識とは、見えにくい不確実性をなるべく見やすい形に組み直して評価する作業です。VaRなどを使った定量的な把握が基本になりますが、その際の信頼水準の考え方や、ストレステストの活用法などを含め、リスクの評価体系全体としての有効性がポイントになります。

次に、「リスク対比で収益を高める」という点ですが、そもそも経済資本運営において認識すべき収益は、管理会計的な捉え方が基本となり、そこには金融業独特の難しさがあります。例えば、貸出の経済価値や非市場性有価証券の含み損益など、財務諸表に直ちには反映されない資産や負債の価値の変動について、どこまで現在のリターンに反映させて考えるか、という問題があります。この点は、「先行きのキャッシュフロー」という、今は見えないものについて、その期待値とリスクをどう認識するかにかかっています。金融業のバランスシートは大半が金融資産・負債ですので、「リスクの認識が正確に出来なければ、リターンも正確には認識できない」という問題が、他の業種以上に重要だと考えられます。さらに、リスクに見合ったリターンが採れているかどうかの判断基準には、株主から要求される資本コストをどう認識するかも大きく影響します。

以上のような難しさを克服しながら、部門別、地域別、プロダクト別など、有効な切り口を見つけて、組織全体にリスク・リターンの向上意識を浸透させていくこと、——それこそが、経済資本運営の真髄であり、金融機関経営の核心であると言えます。

さらに、三つめの要素として、経済資本運営は、そうしたリスク・リターンの向上への取り組みが、リスク対比で十分な自己資本のもとで行われているか否かを確認するための枠組みとして機能する必要があります。資本の十分性を達成することだけが目的なのであれば、非常に多めの資本をバッファーとして残しておくなど、保守的に対応すればよいわけですが、それでは資本に対する十分なリターンを挙げることは難しくなります。バッファーを節約しながら経営の健全性を維持するためには、リスクの顕在化を早期に察知して、リスク量や資本を柔軟に調整できる動態的な対応力が物を言うことになります。

以上申し上げた収益性や健全性を高めるという第一の視点に加えて、経済資本運営に求められる二番目の視点は、様々なステークホールダーとのコミュニケーションを円滑にする、いわば共通言語としての機能です。例えば、金融機関経営の健全性を最優先に考える規制当局と、ハイリターンを追求しがちな株主とは、利害が一致しない場合もありえます。経済資本運営は、様々なステークホールダーに対し、できるだけ客観的な評価材料を提供し、バランスのとれたコーポレート・ガバナンスを働きやすくするという重要な役割を担っているのです。

ただ、健全性・収益性の向上と円滑なコミュニケーションとの間には、一見すると、トレードオフの関係があるようにも見えます。リスクのありようが複雑になるにつれて、正確なリスクの把握には複雑で高等な技術が必要とされますが、その一方で、コミュニケーションのしやすさという点では、リスクの所在をなるべくシンプルに示す必要があるからです。しかし、そうしたトレードオフが存在するからこそ、それを乗り越えるところに付加価値の源泉があるとも言えます。多様で複雑なリスクを採りつつも、その本質をシンプルな形で捉え直して、経営判断やステークホールダーとの対話に役立てる——それは、多様化し、進化する顧客ニーズに機敏に応えつつ、持続的に収益を挙げていくための必要条件だと言ってもよいでしょう。

たとえて言いますと、地球が球体をしていて、どんなに大きく複雑でも、メルカトルやモルワイデ図法といった一定の手法の下で、一枚の世界地図にあらわすことができます。メルカトル図法では、グリーンランドや南極大陸が実際よりかなり拡大されてしまいますが、人がほとんどいないので、そうしたデフォルメも一般の人々は許容しているわけです。経済資本運営の面でも、こうした表現とコミュニケーションの手法を工夫する、不断の努力が求められているのだと思います。

4.邦銀の課題

経済資本運営は、一般論としては以上のような役割を期待されているわけですが、個々の金融機関にとっては、経済資本運営の最適な形は一様ではありません。それぞれの金融機関が置かれた環境や経営哲学などによって、経済資本運営の独自のスタイルが追求され、試行錯誤の中で進化していくべきものです。とくに、国が異なれば、金融を取り巻く歴史も社会構造も異なり、銀行の代表的なビジネスモデルも異なります。そこで、経済資本運営をめぐる邦銀にとっての課題を述べてみます。

日本の銀行は、欧米系の主要銀行と比べた場合、借り手との長期的な関係を通じる価値創造、すなわちリレーションシップ・バンキングの度合いが大きいことが特徴です。高度成長期にその力を発揮したメインバンク制は、90年前後に生じたバブルの生成と崩壊、それに続く経済の構造変化の中で、機能不全に陥りました。その後の長期にわたる不良債権処理のプロセスを経て、邦銀は今、新しいビジネスモデルの構築へと再スタートを切ったところです。

例えば、ここ数年は、シンジケート・ローンが大幅に増加しており、信用リスクをメインバンクが一手に引き受けるのではなく、多くの金融機関でシェアするシステムへと徐々に変化しています。しかしそれでも、長い歳月の中で、経済社会構造の一部として根をおろしてきた企業と金融機関の関係は、そう簡単に劇的な変化を遂げるものでもありません。シンジケート・ローンが増加しているとは言っても、そのセカンダリー市場は未成熟で、邦銀の与信スタンスは基本的に「オリジネート・アンド・ホールド」です。また、クレジット・デフォルト・スワップの市場も、近年急速に拡大しているとは言え、米国に比べればその規模は、100分の1程度に過ぎません。このように日本では、信用リスクの移転取引は、今なお揺籃期にあります。

その間に、欧米の金融機関では、金融イノベーションの進展や、ヘッジファンドなどの新たなプレーヤーの急成長と表裏をなす形で、ビジネスモデルを大きく変化させてきました。このことは、欧米主要行と邦銀で、経済資本運営を巡る具体的な課題も異なりうることを意味しています。例えば、「クレジット市場の流動性低下に対する脆弱性」や、「デリバティブ取引の急成長に伴うオペレーショナル・リスクの増大」など、欧米主要行にとって喫緊の課題となっているテーマの多くは、邦銀では必ずしも最優先の課題とは限りません。しかしその一方で、リレーション重視の長期的な貸出が多い邦銀のビジネスモデルは、もともとリスク・リターンの認識を巡る独自の難しさを抱えているように思います。

すなわち第一に、クレジット市場が未発達であるため、市場価格を利用した貸出価値の評価は限定的にしか行えません。そのことによって、オリジネート段階におけるプライシングが甘くなる可能性や、貸出価値の変動に対する認識が遅れる可能性を、最小限に食い止める管理体制をいかにして構築するかが、重要な課題の一つです。

第二に、顧客との長期的な関係を重視する貸出は、途中売却が困難であることなどによって、どうしても実質的な貸出期間が長くなる傾向があります。近年、機動的な与信ポートフォリオ・マネジメントの動きが、大手行を中心にみられるようになってきましたが、その経営への浸透はなお限定的なものにとどまっています。その結果、優良な大企業向けの貸出には、なお大口のものが少なくありません。地域銀行においては、資金需要が盛り上がりを欠き、預貸率が低いこともあって、貸出資産の積み上げが経営上の優先課題となっており、与信の大口集中や地域集中への対応は必ずしも十分とは言い切れません。

このように、相応の集中リスクを抱えていながら、顧客との関係等を背景に、その調整速度に限界があるとすれば、例えば、「保有期間1年のUL」という標準的な計測手法で把握できるリスクと、把握できないリスク——例えば、経済の下降局面における「メイン寄せ」のリスク——を、虚心坦懐に分析することの重要性は大きいと思います。

第三に、顧客との長期的な関係を重視する邦銀ビジネスでは、顧客の株式を政策投資株として保有する戦略が広く用いられています。安定株主として顧客企業の価値変動を吸収する代わりに、金融機関にとっては、純粋な株式投資収益だけでなく、「手数料ビジネスなど業務推進上の総合的なメリットがある」、と言われています。ただし、そうした戦略の結果として、邦銀の抱える株価変動リスクは大きなものになっています。景気後退等のダウンサイド・ショックが生じれば、株価と貸出価値は同時に低下するという問題もあります。また、一般に政策投資株は、顧客企業の同意なしに売却することが難しいため、市場環境等の変化に応じて保有量の柔軟なコントロールを行うことはできません。こうした制約などを踏まえてリスクを把握し、それとの対比でみて、いわゆる「総合採算」の合理性をきちんと確認することが、邦銀の経済資本運営における重要なテーマであると考えられます。

日本式の、長期的なストック型ビジネスモデルの場合、価値創造につながる部分と、そうでない部分を、客観的に峻別する作業は、決して容易ではないかもしれません。しかし、それを経済資本運営という枠組みの中でしっかりと整理し、足場を固めていくことが、国際業務を含めて、いよいよ「守りから攻め」へと転じようとしている邦銀にとって、競争力あるビジネス展開への重要なステップになると考えられます。

5.おわりに——ワークショップへの期待——

以上、邦銀の例をひきつつ、ビジネスモデルの特徴や、それを取り巻くステークホールダーの性格によって、適切な経済資本運営の形は大きく異なりうることを、述べてまいりました。しかし、より重要なのは、経済資本運営を、現状のビジネスモデルに適応する枠組みにとどめずに、未来へ向けた能動的な情報発信装置として機能させることです。グローバル経済の変貌や、金融技術、情報技術の進歩を見据えつつ、株主が見落としている視点があればそこに光を当て、変化し続ける価値創造の姿を巡って規制当局とも積極的に対話することが重要です。リスク・リターンの精緻な分析に基づく経営のビジョンと哲学を、経済資本運営という共通言語で活き活きと表現し、ステークホールダーとの質の高いコミュニケーションに結びつけることが極めて重要で、そうした前向きな取り組みの中から、ビジネスモデルを進化させる力が生まれてくると考えられます。

何十年に一度という世界経済の成長が今後も持続するかどうかは、不均衡の蓄積を未然に防ぐことができるかどうかにかかっています。そしてそれは、金融機関のリスクテイク行動と、それを規定するガバナンスのあり方に大きく依存します。ビジネスモデルと市場と規制が、ともに影響を与え合いながら健全な進化を遂げていくプロセスをどう確保するか——その点において、経済資本運営には、おおいなる可能性が秘められています。しかし同時に、複雑化するリスクの独創的なマネジメントを、共通に理解し合える言語で説明することは、非常に大きな挑戦でもあります。技術的に超えなければならないハードルも、たくさんあります。

経済資本運営の様々な可能性を掘り起こし、知見を共有したい——そのような思いから、本日のワークショップには、内外の金融機関や規制当局、金融関連の有識者の方々に、多数お集まりいただきました。経済資本運営に寄せる期待や、直面する課題について、それぞれのご見識やご経験に基づく活発な意見交換を、おおいに期待しております。多様なバックグラウンドを持つプレゼンター、パネリストの方々、フロアにご参加いただくすべての皆様に、これからニ日間の率直かつ熱のこもった議論を期待いたしまして、私からの挨拶とさせていただきます。

ご清聴ありがとうございました。

以上

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