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金融政策決定会合議事要旨

(1998年 5月19日開催分)*

  • 本議事要旨は98年 6月25日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年 6月30日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年 5月19日(9:00〜11:58、12:50〜16:10)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   中村正三郎 政務次官(注)
  • 経済企画庁 塩谷隆英 調整局長
  • (注)中村政務次官は、11:27〜11:58、12:50〜14:03の間、所用のため退席した。

(執行部からの報告者)

  • 理事永島 旭
  • 理事米澤潤一
  • 理事黒田 巌
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長杉田正博
  • 調査統計局長松島正之
  • 企画室企画第1課長山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長三谷隆博
  • 政策委員会室渡部 訓
  • 企画室調査役門間一夫

I. 前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(4月9日)の議事要旨が検討されたのち、全員一致で承認され、5月22日に公表することとされた。

II. 執行部からの報告の概要

1.最近の金融調節の運営実績

 金融調節については、前回会合(4月24日)で決定された方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す)に沿って運営した。

 具体的にみると、4月末から5月初にかけては、連休の行楽資金需要の高まりなどを受けて、オーバーナイト・レートは強含む気配を示した。こうした状況に対して、朝方の積み上幅を拡大する調節を行った結果、レートは0.45%前後で比較的安定した動きとなった。5月の連休明けには、銀行券の還流や追加的な金融緩和を巡る思惑の台頭などから、オーバーナイト・レートは一時0.4%を下回る水準まで低下したため、朝方の積み上幅をゼロとする調節や積み下調節も交えて、その安定に努めた。これらの結果、前積み期間中(4月16日〜5月15日)の平均オーバーナイト・レートは、0.43%で着地した。なお、ここ2〜3日は、インドネシア情勢の緊迫化からレートに再び上昇圧力がかかっているため、調節面でも積み上幅を拡大している。

 当面は、特段大きな資金過不足のない状況が続くと見込まれるが、市場の地合いを確かめながら、レポオペ、CPオペ等による資金供給、売出手形オペによる資金吸収を使い分けつつ、弾力的な調節を行っていく方針である。

 この間、ターム物金利は、景気指標の悪化等を背景に金融緩和を巡る思惑が台頭するもとで低下傾向を辿り、昨年11月の水準に概ね復した。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対米ドル相場は、前回会合以降振れを伴いつつもジリ安傾向を辿り、最近は136円台と91年9月以来の円安水準になっている。これは、基本的には日米長期金利差──さらにその背後にある経済ファンダメンタルズの格差──を反映したものとみられる。また、インドネシア情勢の緊迫化に伴う東アジア通貨安や、バーミンガム・サミットで目新しい円安防止策が出されなかったことに伴う介入警戒感の後退も、円安方向に作用したものとみられる。為替市場は、1〜3月の日本の経常収支黒字が対名目GDPで3%程度にまで達したことには、ほとんど注目していない。円の対ドイツマルク相場も、1マルク=76円台と、93年2月以来の円安水準になっている。

 この間、東アジア通貨は、反政府暴動が発生したインドネシアのルピアが急落したのをはじめ、全般に前回決定会合時よりも下落している。この結果、円の実効レートをみると、対米ドル、対ドイツマルク等の円安が、対東アジア通貨での円高と概ね相殺し合い、横這い圏内の動きとなっている。なお、最近はロシア・ルーブルが急落している。

(2)海外金融経済情勢

 米国経済の動向をみると、外需が悪化しているが、家計支出を中心に内需の堅調が続いており、第1四半期の実質成長率は年率4.2%を記録するなど、減速の兆しは現れていない。第2四半期は、外需の悪化傾向持続、第1四半期に増加した在庫の取り崩し、設備投資の減速等を背景に、実質成長率が2%台に低下するとの見方が今のところ多い。雇用面での指標は総じて強く、失業率は4.3%と低い水準にある。こうしたもとでも、物価は、全体として落ち着いた基調を続けている。この間、マネーサプライは、銀行貸出の増加や活発な株式取引等を反映して、伸びをさらに高めている。株価の上昇については、米国外からはその行き過ぎを警戒する声が強いが、米国内では、生産性上昇等に立脚してこれを正当化する議論も依然根強い。

 欧州経済の動向をみると、ドイツでは、緩やかながら景気の回復が続いている。フランスでも、個人消費や生産面を中心に、景気は引き続き回復基調にある。英国では、外需や個人消費を中心に景気減速の兆しがみられるが、失業率の低下や賃金の上昇等が続いており、労働需給は依然逼迫している。こうした状況を背景に、一時後退していた利上げ観測が再び台頭しつつある。

 東アジア経済は、引き続き調整局面にある。タイや韓国では、為替相場下落の影響等から、輸出が漸く少しずつ回復しており、経常収支が改善しつつある。しかし、そうしたところへ、インドネシア情勢の悪化が生じた。インドネシアについては、当面6月末までにIMF融資継続の条件(エネルギー価格の引き上げなど)が満たされるのか、また暴動が経済活動に与える影響はどうかなど、懸念材料が多い。その近隣諸国への影響については見方が分かれているが、インドネシア向け債権や投資残高が多い韓国への影響などが注目されている。この間、中国の経済は引き続き減速しているが、貿易収支は黒字が続いている。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 最終需要面をみると、公共投資に下げ止まりの兆しがみられ、家計支出の悪化には歯止めがかかってきているとみられる。しかし、輸出はアジアの通貨・経済調整の影響などから減少しているほか、設備投資も引き続き減少傾向にある。こうした最終需要の弱さを反映して、在庫が一段と積み上がっており、生産は減少を続けている。この結果、企業収益が悪化しており、雇用・所得面の悪化も顕著になってきている。このように、生産・所得・支出を巡る循環は、マイナス方向へのモメンタムが働いており、引き続き経済活動全般に対する下押し圧力が強い状況にある。

 先行きについてみると、設備投資が引き続き調整局面にあると見込まれることなどから、民間最終需要に当面目立った回復は見込みにくく、広汎な業種で在庫調整が継続され、企業収益への圧迫が続くものと考えられる。しかし一方、政府によって総事業規模16兆円を超える総合経済対策が決定され、対策を実施するための補正予算等が国会に提出されている。これが成立すれば、夏場から年度後半にかけて段々と効果が顕在化すると見込まれ、景気の下押し圧力に歯止めが掛かることが期待される。因みに、今回の総合経済対策は、定量的評価が難しい土地・債権流動化策や中小企業対策、雇用対策等を除いて考えても、98年度中のGDPを1%台前半程度の幅で押し上げるとの試算が可能である。もっとも、これが企業や家計のコンフィデンスを回復させ、民間経済主導の自律的回復につながっていくかどうかは、現時点では判断し難い。

 物価については、国内需給ギャップ拡大による内生的な低下圧力を背景に、当面は軟調に推移する可能性が高い。しかし、総合経済対策が実行に移されていく中で、98年度後半には需給ギャップの拡大に徐々に歯止めがかかるとみられるため、経済がデフレ・スパイラルに陥るリスクは、対策が決定される以前に比べて小さくなっていると考えられる。

(2)金融情勢

 金融面をみると、短期金融市場におけるターム物金利は4月下旬以降軟化傾向を強め、現在は0.6%程度と昨年11月半ば以前の水準にかなり近づいてきている。長期金利についても、国債と民間債の利回り格差は昨年秋以降拡大したままの状態が続いているが、国債利回りが一段と低下していることに伴い、民間債利回りを含めた長期金利全般の水準が低下してきている。この間、株価も、4月半ば以降軟化傾向を辿っている。これらの動きからは、市場において一旦強まった信用リスクへの警戒感はほとんど変化していない一方、景況感の改善がみられないもとで追加的な金融緩和期待も一部に出てきていることが窺われる。

 量的金融指標をみると、民間銀行貸出(5業態、平残ベース)は、4月はマイナス幅をさらに拡大させた。こうした平残ベースでの落ち込みには、3月期末に多額の貸出金償却や貸出残高の圧縮が行われたことも影響しているとみられるが、この点を踏まえても、民間銀行貸出が依然低調であることに変わりはない。これには、民間銀行が、中期的な収益性・健全性の向上といった課題を抱えながら慎重な融資姿勢を維持していることや、実体経済活動に基づく資金需要が一段と減退してきていることが影響しているように窺われる。資本市場調達等を含めた民間企業の資金調達全体をみても、増加テンポがかなり鈍化してきており、こうした状況のもとで、マネーサプライの伸びも低下してきている。また、信用力の相違に伴う金利格差が引き続き大きいことなどからみて、中小企業を中心に、企業によっては厳しい資金調達環境が続く可能性が高く、その実体経済に与える影響については今後も注意深く点検していく必要がある。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

 景気の現状についての討議では、昨年秋以降急速に落ち込んだ個人消費の動向や、それに密接にかかわる雇用・所得環境の動向をどう評価するかが、ひとつの焦点となった。全体としては、個人消費の悪化に歯止めがかかってきたことを示唆する材料もあるが、反面、不確実な要素も少なくなく、とりわけ最近の雇用・所得環境の悪化を踏まえると、家計支出の動向についてはなお慎重に評価しておくべきとの見方がほとんどであった。具体的には、次のような意見があった。

  • 個人消費関連の諸指標の動きからみると、まだ不安定な面が大きいが、一方的に低下していくことにはならないという点は、確認されつつあるのではないか。
  • 3月の諸指標をみると、個人消費の急速な悪化には歯止めがかかった兆しがある。ただ、4月の指標では、その点が再び不明確になった。また、雇用・所得環境が顕著に悪化していることを踏まえると、マインド面を含め、家計支出の動きは引き続き注意を要する状況にある。
  • 97年春以降における個人消費の悪化の背景は、(1)消費税率引き上げなどによる所得分配面の変化、(2)金融システム不安によるマインドの悪化、(3)雇用・所得面に関連する先行き不安、という3段階に整理することができる。現在はこの3段階目に入っているだけにやや心配な動きである。
  • 製造業の生産水準は、素材産業を中心に大きく落ち込んでいる。これまでは、円安の効果等も含め輸出で利益を出してきたが、さらに輸出を伸ばすのは難しくなってきている。そうした状況のもとで、再びリストラが強化されていくのかどうか、その結果として常用雇用にまで大きな調整圧力が及んでいくのかどうか、注意深くみるべき段階にあるように思われる。
  • 在庫調整は本年度一杯かかる可能性があり、この点を勘案すると、失業率は向こう1〜2年にわたり上昇を続け、ピーク時には4.5〜5%程度を超える惧れもあるのではないか。
  • 最近における雇用情勢の悪化には、(1)経済活動全般の停滞が雇用に及んでいるという循環的な側面と、(2)より中期的な産業調整に伴って特定の業種(金融、建設等)での雇用調整圧力が顕在化しているという構造的な側面とがあり、後者についてどのぐらいの期間で一巡してくるかが一つのポイントである。
  • 共働き世帯の女性の半数はパート労働者であるが、そこに現在大きな調整圧力がかかっていて、家庭の主婦が財布の紐を締めているものとみられる。先行きが不透明な中では、常用雇用は増加しにくいとみられるため、裁量労働制や人材派遣等、より柔軟な形態での雇用確保の基盤を整備することが重要と考えられる。

 その他の最終需要については、輸出や設備投資が減少している点について、数名の委員から言及があった。こうした最終需要のもとで、在庫の積み上がりと生産の減少が続いており、生産・所得・支出を巡る循環がマイナス方向に働いていること、したがって経済活動全般に対する下押し圧力の強い状況が続いていることについて、委員の認識は概ね共通であった。

 こうした景気の下押し圧力に関連して、ある委員から、景気一致指数をみると、97年5月頃の山を100として現在は91〜92の水準となっており、これは91年2月を山とするバブル崩壊直後の調整局面とほぼ同様の急激な落ち方であることに、注意しておく必要があるとの指摘がなされた。また、他の複数の委員から、現時点で景気底入れの兆しがみえているとは言い難いという趣旨の発言があった。

 景気の先行きについては、前回会合(4月24日)以降に正式に公表された総合経済対策の規模や内容を踏まえて、討議が行われた。

 多くの委員から、今回の総合経済対策は過去最大の規模を有しており、補正予算等の必要な手当てが順調に進めば、夏場頃からその効果が現れ始め、景気の下押し圧力に歯止めが掛かることを期待してよいのではないかといった趣旨の意見が述べられた。具体的にみると、ある委員からは、現在の在庫水準等からみると夏場頃までは明るい経済指標が出てくる可能性は低いが、総合経済対策が実施に移されれば、公共投資の影響が及びやすい業種を中心に、秋口には景況の悪化に歯止め感が出てくるのではないかとの見方が示された。別の委員からは、4〜6月の生産は大きく落ち込むが、夏場には経済対策の効果が出始めることを考えると、落ち込みの動きはそこでとまるとの見解が示された。もう一人の委員からは、97年度後半にかなり大きな最終需要の減退があり、生産・所得の減退を通じた第2段階の需要収縮が現在生じつつあると考えられるが、通常は第2段階の収縮は第1段階よりもマイナス幅が小さく、ちょうどそこへ経済対策の効果が出てくることになるので、当面の経済について悲観的にみる必要はないとの意見が述べられた。さらに別の委員からは、土地・債権の流動化策等定量化の難しいものは勘案しないなど控えめな前提を置いても、総合経済対策の効果は常識的にみて大きいものであり、景気は向こう2〜3四半期内に底を打って緩やかな回復に向かうことが一応想定できるとの見方が示された。

 ただ、その一方で、経済対策によって景気の下押し圧力に歯止めがかかっても、その後経済が民間需要主導の自律的な回復過程に復するかどうかは、現時点では見極め難いという点で、委員の意見の一致をみた。すなわち、ある委員からは、97年秋頃から設備投資が調整局面に入ったとみられることや、最近における雇用情勢の一層の悪化等を踏まえると、景気対策が民間需要を大きく動かすに至るかどうかについて、楽観的にはなれないとの意見が述べられた。別の委員からは、そもそも現局面を中長期的な視点からみると、91年2月を山とする10年単位の設備投資循環の下降局面にあり、現在30兆円程度のデフレギャップが存在しているとの試算が可能であることも考え併せると、16兆円の需要対策で果たして持続的な景気回復につながるかどうかは確信が持てないという見方も示された。また、数名の委員から、現在の民間需要の弱さは経済の長期的な先行きに対する悲観的な見方に起因している面があると考えられること、したがって民間需要主導の回復へ移行していくための条件として、税制や社会保障制度、および不良債権問題に関する適切な施策が打たれる必要があることなどが述べられた。さらに、総合経済対策が実施されてもなお残るリスク・ファクターとして、アジア経済の調整の長期化が、家計のマインドや金融機関の不良債権増加など様々なルートを通じて日本経済に及ぼしうる悪影響について、複数の委員から指摘があった。

 また、総合経済対策の効果が顕在化するまでの間に経済にさらなる下押し圧力がかかるリスクについても、言及がみられた。具体的には、ある委員から、総合経済対策が株式市場で評価されていない理由について複数の仮説を考えることができるが(後述)、いかなる仮説を採るにせよ、株価の低迷自体が実体経済に悪影響を及ぼすリスクを、無視することはできないとの懸念が示された。同じ委員からは、金融システムは基本的に脆弱な状態が続いており、このままの状態で何らかの大きなショックが生じた場合には、市場が再び動揺するリスクがあるのではないかとの指摘もあった。

 物価動向を踏まえ、経済が先行きデフレ・スパイラルに陥るリスクをどうみるかについても議論が行われた。ある委員からは、景気がかなりのスピードで落ち込んできていることや、卸売物価の下落傾向、さらには最近のマネーサプライの伸び率低下等からみると、経済は先行き古典的なデフレ・スパイラルに陥るか、場合によっては現在既に陥っている可能性も否定できないとの見解が示された。また、もう一人の委員から、95年の物価下落が大きな内外価格差のもとでのコストダウンや新商品開発によるものであったと考えられるのに対し、最近の物価下落は主に需給の悪化によるものとみられ、企業収益も悪化していることを勘案すると、現在デフレ・スパイラルの入り口ぐらいには立っているのではないかとの意見が述べられた。企業収益について、その委員からは、これまでに判明している357社の97年度当期利益が前年比3割もの減少となっている点を踏まえると、環境が一段と厳しい98年度上期はさらに悪い結果が予想されること、そこから類推すると3月短観における98年度の収益予想は楽観的過ぎることなどの見解が述べられた。

 しかし、他の大多数の委員からは、総合経済対策が決定されたことにより、経済が先行きデフレ・スパイラルに陥るリスクは小さくなったという点にウェイトを置いた見解が述べられた。具体的には、ある委員から、国内卸売物価や、消費者物価の中の商品価格の下落傾向には、国際商品市況の下落に加えて国内需給ギャップが大きいことも作用しているが、総合経済対策によって需給のさらなる悪化が止まるため、デフレ・スパイラルに陥ることは何とか回避されるのではないかとの意見が出された。別の委員からも、需給ギャップが今後2〜3か月で目立って改善することはないが、総合経済対策の手触り感が出てくれば先行きに対する人々の見方が変化し、デフレ・スパイラル入りは回避可能との見解が示された。さらにもう一人の委員からは、98年度の売上高経常利益率は過去の平均並みを確保しうるという3月短観の見通しに立脚すれば——先ほど指摘があったようにこの見通し自体が楽観的に過ぎるのかどうかには注意をする必要があるが——、現在の物価下落傾向が本当のデフレ・スパイラルに転化していくことにはならないのではないかとの意見が述べられた。

 もっとも、これらの委員も含め、物価は当面軟調傾向を続ける可能性が高いだけに十分に注意してみていく必要があるとの認識は、概ね共通であった。ある委員からは、物価下落のうち輸入物価の下落に起因する部分は企業収益にとってはプラスという考え方もあるが、国際商品市況の下落自体、わが国を含むアジア経済全体の需給悪化を反映したものであることに注意しておく必要があるとの指摘があった。また同じ委員から、電気機器の価格下落は生産性上昇を反映したものと解釈されることが多いが、最近の動きについては生産性上昇の裏付けが必ずしも明らかではなく、需要低迷による面も大きいのではないかとの見方も述べられた。

 なお、デフレ・スパイラルの特徴の一つは、名目金利の低下余地が乏しい中で物価が下落し、実質金利の上昇に歯止めがかからなくなる点であるが、そうした観点から現在の実質金利をどうみるかについても意見が交わされた。ある委員からは、消費者物価上昇率を用いて計算した実質金利をみると、消費者物価上昇率の低下傾向に伴ってこのところ幾分上昇しているが、92〜93年頃に比べれば水準としてはまだ低いとの指摘があった。これに対して、別の委員からは、実質金利の計測は本来先行きのインフレ率に対する人々の予測を用いるべきであり、その場合上下1%程度の計測誤差が十分生じうることを考慮すべきとの見解が示された。この点を踏まえて、同じ委員から、人々の予測するインフレ率が低下した場合、名目金利水準が未だ高かった92〜93年当時は金利引き下げによって実質金利の上昇を抑える余地があったのに対し、現在は名目金利がゼロに近く引き下げ余地に乏しいため、実質金利が上昇していくリスクは現在の方が大きいとの主張がなされた。

 金融市況の動きについては、総合経済対策の発表後も長期金利や株価が総じて低迷を続けていることに、委員の関心が集まった。総合経済対策に対してこれまでのところ株価の反応が弱い理由について、ある委員から次のような、ありうべき3つの仮説が示された。

  1. (1)市場は、経済対策の内容をまだ十分消化しておらず、差し当たり現在出てきている弱い経済指標に目を奪われている。
  2. (2)市場は、公共事業を中心とするケインズ・タイプの経済対策にはもはや効果はないと評価している。
  3. (3)市場は、経済対策自体にはそれ相応の効果があるとみているが、その対策効果が出尽くした後の先行きの日本経済について、弱いとみている。

 その委員は、仮に仮説(1)が正しければ、今後経済指標面に良い材料が出てきさえすれば株価は上昇するということになるが、実際にはこれら(1)〜(3)が全て混ざり合っている可能性が高いとの見方を示した。また、別の委員からは、日経平均はピーク3万9千円弱からボトム時は1万4千円台まで下落したが、その後この下落幅の3分の1まで戻したことがほとんどないという中期的にみて弱い流れの中で、仮に今後企業倒産が大幅に増加するというようなことになれば、株価の一段の下落という悲観シナリオも完全には否定できないとの意見が述べられた。

 この間、ターム物金利や長期金利が最近やや目立って低下していることについては、ある委員から、資金需要が弱いことや、市場において金融緩和が長期化するという期待が強まっていることを反映した動きであろうとの指摘があった。別の委員からは、長期金利の低下によって長短スプレッドがかなり縮小しており、これは景気に底入れの兆しが見えないもとで、市場のデフレ予想が強まっているためではないかとの見方が示された。一方、長期金利の低下が経済の弱さを反映した動きであることは間違いないが、このような市場の自律的な動き自体が景気をサポートする力を持つ面があるとの指摘を行う委員もあった。

 その委員からは、為替市場において円安が進んでいることも、長期金利の低下と同様、景気下支え方向での市場の自律的な動きと評価しうるとの見解が示された。これに同調する他の委員もあった一方、別の委員から、確かに円安は日本にとってプラスであるが、他国にとってはマイナスになりうること、とりわけなお不安定な経済情勢にあるアジア諸国に対してどういう影響が及ぶかということも、念頭に置いておく必要があるとの意見が述べられた。

 量的金融指標については、民間金融機関貸出やマネーサプライが、このところ弱い動きとなっていることへの言及が多くみられた。ある委員からは、マネーサプライは実体経済に対する先行指標と考えられているので、マネーサプライの伸び率低下をこのまま放置すると景気へ悪影響が及ぶのではないかとの懸念が示された。別の委員からは、M2+CDは投信から預金へのシフトインなどの動きに攪乱されていて実勢が読みにくいが、そうした攪乱要因のない広義流動性でみると、伸びが昨年央頃から傾向的に低下し、さらにこの4月に目立って低下したのは、やや気がかりな動きであるとの意見が述べられた。また、もう一人の委員からは、そうしたマクロ的な指標もさることながら、中小企業等の資金調達環境が厳しいという資金偏在の問題にも、引き続き注意を要するとの指摘があった。

IV. 当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 まず、金利の引き上げについては、預金者や年金生活者等に配慮して金利を引き上げてはどうかという議論がみられることに対して、中央銀行としてはあくまでもマクロ経済の観点から政策運営を行うべきである旨の発言があった。別の委員からは、不動産、建設、金融等へのダメージや、雇用全般への影響を考えると、現在は到底利上げが可能な状況ではないとの見方が示された。さらに、利上げが資産価格へ与えるマイナスの影響や、金融システム不安の助長につながることに強い懸念を示す委員もあった。このように、現状では利上げという選択肢は採り得ないという点で、委員の認識は共通であった。

 一方、金利の引き下げについては、先行きの情勢展開に応じて、引き続きオプションの一つとして検討していくとしても、現時点で利下げに踏み切ることには慎重にならざるを得ないとの点で、委員の意見が一致した。

 すなわち、複数の委員から、総合経済対策が打ち出されて景気の下押し圧力に歯止めがかかる可能性が高まりつつある一方、様々なダウンサイド・リスクが残っていることも事実であるため、何らかの緊急事態が生じた場合に追加的な金融緩和で対応する余地を残しておくべきではないかとの見方が示された。また、現在はデフレ・リスクがあるとしても、その評価はもう少し時間をかけて見極めうる状況にあるとみられるとの発言もあった。やや別の観点として、複数の委員からは、ターム物金利が落ち着き、長期金利が低下してきていることから、実質的には市場においてなにがしか金融緩和と同等の効果が既にある程度生じているとみることもでき、その分、政策対応として金融緩和策を採る必要性は減じているのではないかという趣旨の意見があった。仮に金利を引き下げるとしても、98年度補正予算が成立した後で、総合経済対策が動き出すのに合わせて行うことが、金利引き下げの効果をより有効に引き出しうるとの見方も示された。さらに別の委員からは、金利の引き下げは企業部門の資金調達コスト削減に資するが、現状では家計の心理面にマイナスに働きうることにも目を向ける必要があるとの発言があった。

 このように、少なくとも直ちに一段の利下げを行うことには慎重にならざるを得ないという議論の展開の中で、他に採り得る措置はないかという点について、いくつかの言及があった。すなわち、ある委員から、政府が大規模な総合経済対策を決定し、金融システム問題への取り組みも強化している状況に鑑みると、日本銀行としても、企業や家計のコンフィデンス回復に資することを念頭に置きつつ、例えば、預金準備率の引き下げを検討することはどうかとの見方が示された。これに対し、別の委員から、円滑な金融調節運営という観点からみて弊害を伴いかねない預金準備率の引き下げよりも、量的金融指標を増加させることを視野に入れつつ、国債買い切りオペ増額等の手段を講じることも検討に値するのではないかとの見解が示された。これらの議論を受けて、複数の委員から、現時点で結論は出せないが、今後一段の金融緩和が必要になる場合に備えて、色々な政策オプションについて検討を深めておくことは有益かもしれないとの趣旨の発言があった。

 なお、ある委員から、金融政策の基本スタンスは現状維持のままでよいが、その範囲内でオーバーナイト・レートがなるべく低水準で推移するよう、市場の反応を確かめながら促してみてはどうかとの意見もあった。

 また、金融政策と密接に関わる問題として、多くの委員から、金融システム問題を早期に解決していくことの重要性が指摘された。すなわち、複数の委員から、総合経済対策の総需要創出効果が働いている間にいかに不良債権の処理が進展するかが、その後経済が自律的な回復へ移行しうるかどうかにとって大きなファクターになるという趣旨の意見が述べられた。別の委員からは、不良債権問題が残存し銀行部門の信用創造機能が弱い間は、日本銀行がいくら流動性を供給しても貸出やマネーサプライの増加にはつながりにくいこと、したがって30兆円の金融システム安定化策を如何に有効に活用していくかが重要であり、それに関連して日本銀行としてもできるだけの努力を続けていく必要があることが指摘された。別の委員からは、米国の例をみても、土地・債権の流動化は不良債権の処理を進めるうえで有効性の高い措置であり、この面でも日本銀行として可能なことは積極的に行っていく必要があるとの発言があった。また、土地・債権流動化策を資本注入策と効果的に組み合わせることなどによって、不良債権処理の環境が整っていけば、マクロの金融緩和策の効果も大きなものになりうるとの指摘もあった。

 最後に、政府から出席した大蔵省中村政務次官より、骨子以下のような発言があった。

  • 先般のバーミンガム・サミットでは、今回の総合経済対策や、不良債権処理へ向けての政府の取り組みが、非常に高く評価された。本日の会合においても、執行部から、総事業規模16兆円を超える総合経済対策によって景気の下押し圧力に歯止めが掛かることが期待され、デフレ・スパイラルに陥るリスクも少なくなったとの報告があったが、そのような評価に感謝する。
  • 貸し渋り問題については、政府としても様々な努力を続けているので、日本銀行においても、円滑かつ的確な資金供給により金融機関の資金繰り不安感の払拭等に努めることが、引き続き重要である。

V. 採決

 以上の検討の結果、次回金融政策決定会合までの金融政策運営については、現状の金融緩和姿勢を維持し、総合経済対策の効果を含めて経済面、金融面の動向を注意深く見守っていくことが適当であるという点で、概ね共通の見解に達した。

 これを踏まえ、議長が以下の議案をとりまとめ、採決が行われた。

議案

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、中原委員、篠塚委員、植田委員
  • 反対:なし

VI. 金融経済月報「基本的見解」の検討

 最後に、当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を5月21日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成10年 5月19日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(全員一致)。

以上