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金融政策決定会合議事要旨

(1998年 7月16日開催分)*

  • 本議事要旨は98年 8月11日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年 8月14日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年7月16日(9:00〜11:26、12:11〜15:50)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   松永光 大臣(9:00〜10:00)
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜15:50)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室参事(企画第1課長)山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役前田栄治

I.前々回会合の議事要旨の承認

前々回会合(6月12日)の議事要旨が、全員一致で承認され、7月22日に公表することとされた。

II.大蔵大臣からの発言

 政府からの出席者として会合に参加した大蔵大臣から、金融再生トータルプランをはじめとする不良債権問題に対する取り組み等、政府の経済運営の考え方について、以下のような発言があった。

● わが国経済の現状については、停滞が長引き、引き続き厳しい状況にあると認識している。こうしたもとで、総合経済対策を策定したが、このための補正予算が先般成立したことを受け、その効果の早期発現に向けて、着実かつ迅速な執行に努めていく考えである。

● 一方、わが国経済を再活性化し、現在進められている金融システム改革を成功させるためには、金融機関に対し不良債権の抜本的な処理を促し、金融が本来の機能を早急に回復させることが求められている。こうした観点から、土地・債権流動化等に関して先にとりまとめられた金融再生トータルプランの第1次とりまとめに引き続いて、このほど、同第2次とりまとめが行われた。

 第2次とりまとめは、(1)不良債権の積極的処理促進の制度的枠組み整備、(2)透明性及びディスクロージャーの向上、(3)銀行監督及び健全性基準の強化、(4)ブリッジバンク制度の導入等金融システムの安定化と機能強化、の4つの柱からなっている。

 このうちブリッジバンク制度については、国が金融機関の破綻処理に責任を持つこと等により、預金者保護と金融システムの安定を確保し、迅速に金融の危機管理を行うことを可能とし、さらには善意かつ健全な借り手対策にも資すると考えている。

● 日本銀行においては、金融市場の現状に鑑み、金融システムの安定性を確保するため、引き続き潤沢かつ円滑な資金供給により、金融機関の資金繰り不安感の払拭や健全な企業に対する資金供給の円滑化等に努めることが重要であると考えている。

● 今後とも、大蔵省としては、金融監督庁及び日本銀行とともに、金融システムの安定とわが国金融の再生に向けて、強い決意を持って取り組んでいく考えである。

III.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融調節の運営実績

 金融調節については、前回会合(6月25日)で決定された方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す)に沿って運営した。

 具体的にみると、前回会合直後の6月26日には、賞与払いや月末日接近に伴う資金需給の逼迫感が意識される中、一部行の経営問題に関する思惑が一段と高まったこともあって、2兆円もの大幅な積み上造成にもかかわらず、オーバーナイト・レートは強含みに推移した。このため、翌営業日の29日には、過去最大級となる3兆円を上回る積み上調節を実施した。加えて、金融機関の合併報道等から金融システム不安の高まりに対する懸念がやや後退したことなどもあって、オーバーナイト・レートは0.3%台半ばまで低下した。7月に入ってからは、オーバーナイト・レートは、幾分強含む場面もみられたが、総じて安定的な推移を辿った。以上の結果、前積み期間中(6月16日〜7月15日)のオーバーナイト・レートは、加重平均で0.42%となった。

 この間、ターム物金利は、金融システム不安の高まりを反映して、6月末にかけて上昇したあと、幾分低下したが、6月央までの水準に比べれば依然高めで推移している。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

  円の対米ドル相場は、6月下旬には、金融システム不安の高まり等を背景に一時143円台まで下落したが、月末から7月初にかけて、金融再生トータルプランの公表や恒久減税への期待感の高まり等を背景にやや反発し、その後は140円台前後で推移した。参議院議員選挙直後(7月13日)も、一旦は円安に振れたが、その後は株価の落ち着きや介入警戒感等から、140円台前後の安定した動きを取り戻している。

 この間、ドイツマルクの対米ドル相場は、ロシア金融市場の動揺等から徐々に軟化し、一時1.83マルク台まで下落したが、今週入り後はロシア情勢の好転から1.80マルク台へと反発している。

 東アジア通貨は、対米ドルでみて、韓国・ウォンが上昇している一方、シンガポール・ドル、インドネシア・ルピア、マレーシア・リンギットが下落、その他は概ね横這いの動きとなっている。

(2)海外金融経済情勢

 米国経済の動向をみると、家計支出は引き続き堅調に推移している一方、外需がアジア向けを中心に減速しているほか、製造業部門における指標(NAPMの景況指数)が悪化する等、やや拡大テンポ鈍化を示す動きもみられる。こうしたもとで、物価は引き続き落ち着いた動きを示している。30年物米国国債の流通利回りは、ロシア情勢に対する懸念を背景とした「安全性への逃避(flight to quality)」の動きや、製造業部門を中心に景気拡大テンポ鈍化を示す動きがみられたこと等を受けて、7月6日には5.57%と70年代の発行開始以来の最低水準をつけた。もっとも、今週入り後はロシア情勢の落ち着きとともに反発をみている。この間、株価はハイテク株中心に既往ピークを更新している。

 欧州では、ドイツ、フランス、英国いずれも良好な経済パフォーマンスを示している。

 東アジアでは、経済調整が続いており、シンガポール、インドネシア、マレーシアでは、各国当局が経済成長見通しを大幅に下方修正している。こうした中で、シンガポール、マレーシア等では、国内景気面に配慮した経済対策を打ち出してきている。

 ロシアについては、同国政府とIMF・世銀との間で経済プログラムが合意され、IMFの追加金融支援策が発動される見通しとなったことから、金融・通貨市場は徐々に落ち着きを取り戻しつつある。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 経済の現状をみると、公共投資は下げ止まり傾向にあるが、設備投資が大幅に減少しているほか、住宅投資も不振が続いている。個人消費については、一段の悪化には歯止めが掛かっているが、はっきりした回復もみられていない。この間、輸出は横這い圏内の動きにとどまっている。こうした最終需要の弱さを反映して、在庫は積み上がりを続けており、企業は大幅な減産に取り組んでいる。この結果、企業収益が減少しているほか、賃金も前年水準を割り込むなど、引き続き雇用・所得環境の大幅な悪化が目立っている。このような状況の下、企業の業況感は悪化を続けている。物価面では、国内卸売物価が軟化を続けているほか、消費者物価も、制度要因を除いた実勢でみて、僅かに前年水準を割り込んでいる。このように、景気の現状は、昨年末以降、個人消費、輸出だけでなく、設備投資においても、最終需要の下振れが生じ、これが、生産面や雇用・所得面への波及を強めている状況にある。この結果、実質GDPや鉱工業生産などでみた最近の景気悪化のテンポは、バブル崩壊後の景気後退期を上回り、第1次石油危機当時に近いものとなっている。

 先行きについてみると、経済対策の効果によって、秋口以降、少なくとも一旦は景気の悪化に歯止めが掛かり、デフレ・スパイラルのリスクも回避できるとの見通しは、現在もなお維持可能と考えられる。しかし、中小企業を中心に設備投資調整が深まる可能性が高くなっているほか、企業・家計の所得環境の悪化が直ちに改まるともみられない。こうした状況では、総合経済対策の執行が本格化しても、民間需要への波及に多くを期待することは困難である。このため、下期の回復は微弱なものにとどまる公算が大きく、今後の追加的なショックに対する抵抗力は乏しいと考えられる。

(2)金融情勢

 金融面をみると、株価や長期国債流通利回りは、6月中旬以降、金融再生トータルプランの公表や恒久減税実施を巡る思惑の台頭などをきっかけに、反発した。なかでも株価は、3月期末時点の水準まで回復している。これは、市場の景況感が、依然慎重さを残しながらも、不良債権問題の抜本的処理や財政面からの景気支持策継続に対する期待感の高まりを背景に、幾分持ち直しつつあることを示唆しているように窺われる。

 一方、一部金融機関の経営問題を巡る報道をきっかけに、ターム物短期市場金利やジャパン・プレミアムは一時かなりの上昇をみた。その後、日本銀行による潤沢な資金供給の継続や金融再生トータルプランの公表もあって、市場の不安心理は次第に鎮静化に向かっているが、6月央までの水準に比べれば、ターム物金利は依然やや高めのレベルが続いている。また、社債と国債の利回り格差が概ね横這いで推移する一方で、金融債と国債の利回り格差は拡大している。これらからみると、市場はとくに金融機関の信用リスクに対して警戒感を強めているように窺われる。

 量的金融指標をみると、民間銀行貸出が低迷を続ける下で、マネーサプライも総じて伸び率鈍化傾向を辿っている。これには、民間銀行が慎重な融資姿勢を維持していることに加えて、経済情勢全般の悪化から企業の資金需要が落ち込んできていることが強く影響しているものとみられる。こうしたなかで、信用力の相対的に低い企業にとっては、資金のアベイラビリティー、金利の両面で、厳しい資金調達環境が続くものとみられる。こうした状況が実体経済に与える影響については、引き続き注意深く点検していく必要がある。

IV.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

 景気の現状については、前回会合時以降、設備投資や生産、さらには雇用・所得面において、下振れを示す経済指標の発表が多かったことを踏まえて、マイナス方向の循環の力が幾分強まっているとの判断が、多くの委員から示された。

 まず、設備投資については、6月短観における中小企業の今年度投資計画について、過去この時期に観察されたような修正幅ほどには上方修正されず、大幅な前年割れとなっていることや、機械受注統計も減少テンポが強まっていることなどから、多くの委員から、予想を上回るペースで設備投資の減少が続いているとの判断が示された。こうした設備投資の減少につき、ある委員から、景気回復にとって懸念材料とみていた要素のひとつが実際に顕在化したものとの評価がなされた。

 設備投資を巡る具体的な論点として、ある委員から、中小企業が金利低下や資材の価格低下を活かして、景気回復を先取りする形で設備投資に踏み切る、いわゆる「逆張り経営」の動きは、過去の景気低迷期にはよくみられたが、今回の局面ではまったく影を潜めているとの指摘があった。その委員は、その要因として、97年中の緊縮的な財政運営による家計部門の負担の増加と、日本経済が抱えている金融システム不安が影響しているとの意見であった。また、別の委員からは、企業経営者がデフレ懸念を有している現状では、金利が下がったとしても、あるいは資金が確保されたとしても、設備投資は回復しないのではないかとの見解が示された。さらに他の委員からは、設備投資、建設投資の中期的な循環パターンに従えば、93年頃をボトムとした上昇局面が続くはずであるが、実際には設備投資・建設投資ともに再び下方に向かっており、過去に例をみない動きが生じているとの指摘もあった。この背景について、その委員から、「バブルの清算」など必要な調整がなお不十分であった点が挙げられ、最近の実質収益率が実質金利に比べて低過ぎることも勘案すると、98年度の設備投資が−6〜7%になるなど、今後も下降トレンドが続くのではないかとの見通しが述べられた。

 次に、個人消費については、「悪化にほぼ歯止めが掛かっているが、回復感にも乏しい展開が続いている」という見方で、委員の認識はほぼ一致した。

 具体的には、ある委員から、最近の猛暑が消費にプラスに作用しているほか、乗用車については、平均車齢が92年の4.5年から96年の5.0年まで上昇しており、潜在的な買い替えのマグニチュードが大きくなってきているとの見解が示された。また、別の委員からも、猛暑がエアコン等に与えている好影響が指摘され、夏期の平均気温1度の上昇が個人消費を0.5%押し上げるとの試算を踏まえつつ、猛暑がこのまま続けば、総合経済対策の効果が秋口に現れるまでのブリッジングが円滑になるとの意見が出された。

 ただ、これらの委員も含め、数名の委員から、生産活動が一段と低下してきているもとで、雇用者所得が明確に減少してきており、これが当面の消費にどのように作用するか注意を要するとの見解が示された。また、家計が将来について強い不安を持っていることが、個人消費の回復を制約しているとの指摘が複数の委員からなされ、さらにその背景として、金融システム不安のほか、雇用に関するセーフティ・ネットの整備の遅れ、年金制度に関する不安、将来にわたる租税負担の問題などが挙げられた。そのうち一人からは、85年頃からの消費性向の趨勢的な低下は、年金制度の先行き不安等に伴って若年層の生涯設計が困難化してきていることを、反映しているのではないかとの意見が述べられた。また、同じ委員から、これまで個人消費を支えてきたとみられる上位所得層(第4分位や第5分位)においても、このところ可処分所得の伸びが鈍化している点に対し、懸念が表明された。

 また、住宅投資が低金利にもかかわらず低迷を続けている点について、ある委員から、個人消費と同様に、家計における先行きの雇用・所得不安が影響しているほか、資産デフレが買い替え需要を抑制しているという要因も無視できないとの指摘があった。その委員は、資産デフレの問題について、住宅ローンを抱える世帯の消費性向が低下しているとの試算や高所得者層の消費が低迷している点を挙げて、その影響の大きさを指摘するとともに、住宅投資については、耐久財の消費を喚起するなど波及効果が大きいだけに、住宅取得を促進するような税制面での思い切った措置が必要ではないかとの意見を述べた。

 この間、輸出については、アジア向け輸出落ち込みのマイナス要因を強調する意見が一部にあった。すなわち、ある委員から、最近のアジア向け輸出は、数量ベースで前年を2割近く下回っており、これが続けばGDPを1%近く押し下げる要因になるとの指摘があった。

 一方で、既往の為替円安や欧米の景気堅調を背景に、輸出は下げ止まりから幾分持ち直しつつあるのではないかとの見方を示す委員も少なくなかった。こうした見方を述べた委員の一人からは、欧州の輸出市場である中南米や中近東においては、欧州が景気堅調から域内への供給を優先させているため、日本からの輸出余地が拡大しているとの指摘があった。ただ、同じ委員から、欧米における日本製品のシェア拡大に伴って、貿易摩擦が再燃しないとも限らず、輸出に景気の牽引役としての大きな期待を寄せることは困難との見方が付け加えられた。

 生産・在庫面については、ある委員から、自動車の在庫調整が完了しつつあることなどから、7〜9月にさらに生産が大きく落ち込むというような二番底の懸念はやや遠のいたとの指摘があった。もっとも、別の委員からは、昨年秋から本年春頃までのペース(前期比約−2%)で減産が継続されると仮定しても、在庫調整が年内に完了することは難しく、かつそうした減産に伴って失業率が5%程度まで上昇、設備投資は2割程度減少するような調整圧力がかかるとの試算が示された。他の大方の委員の間でも、最終需要面における設備投資の大幅な落ち込みなどから、このところ減産幅が予想以上に拡大しているにもかかわらず、在庫調整は自動車を除き遅れ気味になっているとの見方が、概ね共通した認識であった。

 以上のような最終需要や生産・在庫の動向を踏まえ、景気の現状については、最終需要→生産→所得・雇用といった循環メカニズムが、マイナス方向の力を幾分強めているとの点で、委員の判断は概ね一致していた。

 景気の先行きについては、設備調整を中心としたマイナスの循環の力が予想以上に強まっていることなどを踏まえると、景気が速やかに自律的な回復軌道に戻る可能性は低下しているとの見方が多かった。この点に関連して、ある委員から、日本経済は優勝劣敗を伴う市場経済への適合過程にあるため、企業の生産性向上の努力が、労働や資本の中長期的な調整圧力として当分加わり続ける可能性が高いとの見解が示された。そのうえで、その委員から、98年度の成長率は−1%台前半、99年度の成長率も、減税と公共投資を3兆円ずつ上積みしても−0.5%程度との見通しが示された。さらに、同じ委員から、ダウンサイド・リスクのひとつとして、米国の株価が本年夏から秋にかけて9,600〜9,700ドル程度に達したところで崩れるとの予想を述べたあと、米国の株価が2割下落すると米国のGDPが1.5%減少するとの試算を念頭に置きつつ、そのことから日本経済に悪影響が及ぶ可能性に留意すべきとの指摘もあった。

 もっとも、ほとんどの委員から、総合経済対策の効果や、これまでの円安の効果など、今後顕在化してくることが期待される要因についての言及があり、年度後半に、少なくとも一旦は景気の下押し圧力に歯止めがかかるとの点で、委員の見解は概ね一致していた。ある委員からは、設備投資の減少などによって最近追加的に生じたデフレ圧力は、GDP比0.5〜1.0%程度と考えられ、これはちょうど、恒久的な税制改革がある程度期待できる情勢になりつつあることなどによって、概ね相殺されるマグニチュードではないかとの見方が示された。

 デフレ・スパイラルの可能性についても、数名の委員から、既往の為替円安や国際商品市況の下げ止まりといった点からその懸念が幾分後退しているほか、今後景気の下押し圧力に歯止めが掛かるにつれ、国内需給面からのリスクも和らぐのではないかとの見方が示された。ただ、ある委員から、日本経済が依然デフレ・スパイラルの入り口に立っている状況に変わりはないとの認識が示されるなど、この問題について注意を喚起する発言も少なくなかった。

 また、政府・与党が金融再生トータルプランを策定し、不良債権の抜本的処理に対する強い取組み姿勢を示したことや、恒久的な税制改革に関する議論が活発化していることに伴って、株価や円相場がやや反発していることに関しても意見が交換された。

 ある委員からは、株価が一段と下落し、それが金融システムや景気に対し悪影響を及ぼす可能性を、当面注目すべきダウンサイド・リスクのひとつとみているが、取り敢えずそうしたリスクは顕在化していないとの指摘があった。そのうえで、同じ委員から、株価が安定を取り戻したと言い切れるわけではないが、現状のような小康が保たれれば、総合経済対策の効果が現れ始める前の段階で経済が一段と落ち込んでしまうという事態は、回避できるのではないかとの見方が示された。

 また、円相場については、ある委員から、現状程度の相場水準は、金融・資本市場全体の安定に悪影響を及ぼすということさえなければ、輸出企業にとって居心地の良いレベルと言ってよいとの発言があった。別の委員からも、市場において、論理的な根拠はともかく、円安が株安につながるとのパーセプションが根強いなかにあっては、円相場が一頃に比べ幾分反発し現状のレベルで安定していることは、輸出にプラスに作用しつつ、アジア諸国および国内の株価へ悪影響を与えないという点で、微妙なバランスを保ちえているとの見解が示された。他方、現在の日本経済の弱さからみれば、円相場は160〜200円まで下落してもおかしくはないとの海外論調を紹介した委員もあった。

 なお、景気の先行きを展望するうえでは、今後の政府の経済政策運営がきわめて重要との観点から、以下のような議論が展開された。

 すなわち、現在の景気の低迷は、企業や家計が前向きな将来ビジョンを描けないことに起因する面が大きいため、税制や年金制度の見直し、不良債権の抜本的処理などによって、企業・家計のコンフィデンスを改善させることが重要ということで、委員の認識は共通していた。これに関連して、最近の株価、長期金利や円相場などの反発は、現在検討・議論が進んでいる政府の様々な対策に対して、市場が取り敢えずは前向きに評価している証左であり、政府はこうした市場の期待を裏切らないような政策を進めることが重要であるとの意見が、数名の委員から出された。

 また、複数の委員から、今後検討が本格化する99年度予算についても、十分に景気に配慮したものとする必要があるとの見解が述べられた。ある委員からは、やや具体的に、現行の財政構造改革法のもとで99年度の予算編成が行われると、98年度の当初予算に比べて抑制的なものとならざるを得ず、98年度補正後との対比では史上最大級のフィスカル・ドラッグが、抵抗力の弱まった経済にかかるという事態にもなりかねないとの見通しが示された。そのうえで、同じ委員から、99年度当初予算や恒久的な税制改革の論議においては、当面の景気の弱さに配慮する必要がある一方、税制改革の効果を高めるためにも、中長期的な目標としては、歳出の重点化など小さな政府に向けての道筋を明らかにすることが重要との意見が述べられた。

 この間、金融面については、マネーサプライや銀行貸出などの量的金融指標が低迷を続けている背景として、引き続き資金需要の弱さが最も大きな要因であるとの見方が多かった。ただ、ある委員からは、今後、不良債権の抜本的処理が進められるなかで、銀行の融資姿勢の厳格化がさらに進む可能性も念頭に置く必要があるとの指摘があった。また、別の委員からは、金融機関が貸出先の選別を行いつつ貸出スプレッドを引き上げること自体は、貸出行動の正常化と捉えうるが、それが景気にマイナスの影響を及ぼす可能性も否定できないという点で、注意深くみておく必要があるとの主張がなされた。さらに同じ委員から、最近はとくに中小企業の資金繰りが、業績の落ち込みなどから一段と悪化しており、9月期末にかけての企業金融はこれまで以上に注意深くみていく必要があるという点が強調された。この間、不良債権の処理スピードを上げていくことについて、長い目でみれば日本経済にプラスであっても、短期的には景気にとって重大なリスク・ファクターとなりうる点に注意を払う必要があるとの指摘を行う委員もあった。

V.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 前述のとおり、多くの委員が、景気の現状について従来よりもやや厳しい認識を共有したが、金融政策面では、ほとんどの委員から、現状の金利水準を維持することが適当であるとの意見が示された。

 こうした考え方の背景として、(1)総合経済対策の効果を踏まえると、先行き景気が——テンポは緩やかにせよ——回復に向かうシナリオが崩れたわけではないこと、(2)金融再生トータルプランの公表や恒久減税についての議論の活発化に伴って、株式市場等がそれらをポジティブに評価しており、ダウンサイド・リスクの顕現化も避けられていること、(3)金利引き下げ余地がすでに限られていることを踏まえると、追加的な金融緩和措置のもつ効果、副作用について十分慎重な検討が必要であること、などの点が指摘された。

 これらについて具体的にみると、ある委員から、短観等で設備投資について予想以上の弱さが確認されたが、総合経済対策の効果等によって年度後半に景気が回復に向かう展望自体が失われたわけではないため、現状の金融緩和基調を維持するのが適当との意見が述べられた。また、複数の委員から、金融再生トータルプランのとりまとめが公表され今後具体化される見込みにあるほか、政府による恒久的な税制改革の検討も本格化することが予想されることなどを考えると、まずはこれらの展開を見守ることが先決との見解が示された。それらの委員からは、こうした動きを受けて株価が反発していることなどから、差し当っては景気のダウンサイド・リスクも低下しているとみてよいのではないかとの指摘もあった。

 さらに、多くの委員から、ダウンサイド・リスクが不幸にして顕在化した場合に備えて、金融政策面における危機対応手段を確保しておくことも重要であるとの意見が述べられた。これに関連して、ある委員から、先行きデフレ・スパイラルの惧れが強まるような場合には、預金準備率の引き下げを含めた金融緩和措置を採るのが適当との発言があった。また、別の複数の委員からも、危機対応などを目的として追加的な金融緩和を採ることになった場合には、可能な手段を幅広く検討すべきとの見解が示された。具体的には、危機対応策としては、預金準備率の引き下げや、コールレートをゼロまで引き下げるなど、可能な手段をすべてパッケージにすべきといった意見や、金融システムの取り扱いがうまくいかず、内外の市場にショックが生じるような場合には、大量の流動性供給を行わざるを得ないといった意見があった。一方、そうした大幅な量的緩和が必要になるのは、99年度について財政面からの施策が打たれても、なお景気が底割れするようなケースではないかとの見解を述べる委員もあった。

 金融緩和の効果や副作用についての議論も行われた。すなわち、(1)金利が投資採算や資産価格を押し上げる効果、(2)為替円安を通じる効果、(3)金融仲介機能の向上を通じる効果、といった金融緩和の波及経路が、金利の低下余地が限られている現状において十分に働くかどうか慎重な検討が必要であるとの意見が、数多くの委員から述べられた。

 このうち、為替円安を通じる効果については、複数の委員から、小幅の利下げであっても円安が進行する可能性があるが、市場に「円安が株安やアジア通貨安をもたらす」とのパーセプションが強いことを踏まえると、それが日本経済にとって果たしてプラスといえるかどうかは疑問なしとしないとの見解が示された。この点を金融政策運営上どの程度考慮すべきかについて、ある委員から、そもそも日本経済が弱いから円安になるのであり、円安に囚われて金融政策を動かせないと考えるのは不適当であるとの指摘があった。もっとも、別の委員からは、為替相場に過度に制約されるのは問題だが、アジア諸国において円安に対する警戒感がきわめて強い状況等を踏まえると、円安を惹起しかねないような政策をとる場合には、十分な対外的説得力が必要になるとの反論がなされた。さらに、別の委員からは、一般論としては、為替相場を通じる金融政策の効果を否定的に評価すべきではないが、その時々の市場における特殊な状況も勘案する必要がある、との意見が述べられた。

 この間、ある委員から、通常金利感応度が最も高い住宅投資が低迷していることは、利下げの効果が小さくなってきていることの現われではないかとの指摘があった。企業に対する影響に関しても、その委員を含め複数の委員から、7月の支店長会議における報告でも示されたように、現時点では、企業からの利下げ要望は意外に少ないとの指摘があった。

 さらに、ある委員からは、「0.5%の低金利」と「1ドル140円の円安水準」を踏まえると、金融政策面からはかなり緩和的なフレームワークを提供しており、これでも景気が上向かないのは、その原因が金融政策以外にあるためではないかとの意見が述べられた。この点を踏まえ、その委員からは、マネタリーベースの量的拡大も含め、現時点で何らかの追加的な金融緩和を行っても、いわば「壊れたエンジンに油を注ぐようなもの」であって、確実な効果は期待できないとの主張がなされた。その委員はさらに続けて、まずは「壊れたエンジン」を修理することが必要であり、具体的には、税制の見直し等を含めた財政面による対応とともに、金融システムの建て直しなどが重要との指摘を行った。別の委員からも、マネタリー・ベースが10%近く伸びているときにM2+CDが3.5%程度しか伸びていないことなどからみて、金融仲介機能の低下が金融緩和効果を阻害していることは明らかであり、この点、まずは不良債権処理の動向を見守ることが必要であるとの意見が述べられた。

 一方、金融仲介機能の低下への対応策については、日本銀行としても、仲介機能の不全を補完するために直接金融の円滑化を促すといった観点から、CPオペの一層の活用や、場合によっては社債等も視野に入れながら、オペ対象の拡充を考えうるのではないかとの意見が、複数の委員から述べられた。この点、金融政策面からの対応としては、潤沢な資金供給による金利の上昇圧力緩和が中心的な対策となるが、あわせてオペ対象の拡大等についても、技術的な側面を含めて、早急に検討を進めることが適当との見解が、多くの委員から示された。

 以上のように、現時点ではこれまでの金融緩和基調を維持することが適当との意見が多いなかで、ある委員から、コールレート(オーバーナイト物)の誘導水準を0.35%に引き下げてはどうかとの提案が出された。その委員は、前々回および前回会合では、コールレートの誘導水準を0.40%に引き下げる提案を行っていたが、今回は、経済情勢が一段と悪化していることに鑑み、引き下げ幅を大き目にすることが適当であるとの考えを示した。現在の調整過程が厳しいものである点に関しては、景気動向指数の一致指数が、景気の山であった97年3月に比べて約12%、先行指数は約18%と、急速に低下している事実に言及があった。また、その委員からは、物価の下落を断固として阻止する旨、日本銀行としての決意を示すことの必要性も指摘された。さらに、その委員は、他の委員が指摘するような、総合経済対策の効果や税制改革の検討本格化に期待を寄せるといった点にある程度理解を示しつつも、それらが経済に及ぼす効果は不確実性を伴うものであり、仮に効果が出るとしても、それまでの間、一段の金融緩和により景気を下支えする必要があるとの見解を示した。危機対応的に金融政策手段を温存しておくといった考え方に対しては、危機的な状況において一段の金融緩和を行っても効果の程度には疑問が残るため、まずは予防的に小幅の金融緩和を行っておくのが望ましいとの意見が付け加えられた。

 しかし、この委員の提案について、他の委員からは、前回同様、このような小幅の利下げでは効果が小さい点などを理由に、引き続き消極的な見解が示された。なお、上記の提案を行った委員も含め、複数の委員から、景気情勢が悪化するなかで金融政策が現状維持を続けていることは、日本銀行としてなし得ることを十分に行っていないという批判を招くのではないかとの疑問が提示された。もっとも、これに対しては、ある委員から、2年10か月にわたり前代未聞の低金利を維持してきていること自体、中小企業の収益を下支えする効果等を通じ、日本経済に対して既に大きな貢献をしてきていると言いうるのではないかとの反論がなされた。

 このほか、一部で主張されている、いわゆる「調整インフレ論」についても、議論が行われた。ある委員からは、中央銀行の責務は「物価の安定」を図ることであって、インフレにもデフレにもしてはならないとの意見が述べられた。また、別の委員からは、仮に「調整インフレ」を生じさせた場合、本来日本経済が避けて通れない様々な調整を妨げてしまう結果、却って将来に禍根を残しかねないとの指摘があった。

 さらに別の委員からは、人々の期待に影響を及ぼし得るという点で、「インフレターゲット」の導入は検討に値すると考え、これまで対外的にもそうした意見を表明してきたが、それが一部で「調整インフレ」といった歪んだ形で議論されていることは、遺憾であるとの発言があった。その委員は、景気の悪化が深刻で最適な金融政策が実質金利をマイナスとすることであるようなケースを念頭に置くと、若干プラスの物価上昇率(たとえば1〜1.5%程度)を目標として設定することは、デフレ懸念を払拭する観点から検討に値すると考えられるが、調整インフレ論で指摘されるような3〜4%のインフレ率は受け容れることはできないとの考えであった。

 ただ、その委員も含め数名の委員から、仮に「インフレターゲット」を掲げたとしても、金利の低下余地が限られている現状においては、人々の期待にどの程度働きかけうるかについては不確実性があるとの意見が述べられた。

VI.経済企画庁からの出席者の発言

  経済企画庁調整局長から、以下のような発言があった。

● 政府では、わが国の経済動向について、「景気は停滞が長引き、引き続き厳しい状況にある」との見解にある。

● このような経済情勢のもとで、政府としては、今後、総額16兆円超の「総合経済対策」の着実な実施を図るほか、金融再生トータルプランに基づいた不良債権の抜本的処理策の実現を目指す所存にある。

● ただ、こうした諸施策の本格的な効果が現れるまでに、経済の一段悪化といった事態が生じないとも限らない。日本銀行においては、そうしたことも念頭に置きつつ、企業への資金供給が量的に確保されることに十分配慮した政策運営を行うよう、要望したい。

VII.採決

 以上の検討の結果、次回金融政策決定会合までの金融政策運営については、現状の金融緩和姿勢を維持し、総合経済対策の効果がどのように出てくるか、また金融再生トータルプランや税制改革を巡る論議が今後どのように具体化されていくかといった点を含めて、経済面、金融面の動向を注意深く見守っていくことが適当であるという見解を、ほとんどの委員が支持した。一方、金融緩和方向への金利変更を行うべきとの提案もあったため、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.35%前後で推移するよう促すこととする旨の議案が提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数の意見をとりまとめる形で、次の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員
  • 反対:中原委員

 中原委員は、経済情勢が一段と悪化しており、政府の諸施策の効果についても不確実性が大きいもとでは、各種の調整に伴う痛みをある程度和らげる意味でも、現時点において多少の利下げを行っておくことが必要であるとの立場から、上記採決において反対した。

VIII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を7月21日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成10年 7月16日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

以上