金融政策

ホーム > 金融政策 > 金融政策決定会合の運営 > 金融政策決定会合議事要旨 1998年 > 金融政策決定会合議事要旨(1998年 8月11日開催分)

金融政策決定会合議事要旨

(1998年 8月11日開催分)*

  • 本議事要旨は98年 9月24日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年 9月29日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年8月11日(9:00〜11:30、12:22〜16:04)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)(注)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
  • (注)速水委員は、月例経済報告等に関する関係閣僚会議に出席のため、9:00〜9:22の間、会議を欠席した。この間、藤原委員が、日本銀行法第16条第5項の規定に基づき、議長の職務を代理した。
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   谷垣禎一 政務次官(9:13〜10:10)
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜16:04)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室参事(企画第1課長)山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役 飛田正太郎
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役栗原達司

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融調節の運営実績

 金融調節については、前回会合(7月16日)で決定された方針(無担保コールレ金融調節については、前回会合(7月28日)で決定された方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す)に従って運営した。

 具体的にみると、7月後半は、9月中間期末が徐々に意識され始めて金利上昇圧力が高まったため、大量の資金供給を行い、朝方の積み上幅を連日1兆円前後とした。こうした金融調節を受けて、次第に金利上昇圧力も緩和されたため、7月末以降は、日々の積み上幅を1〜4千億円まで圧縮した。この結果、今積み期間中(7月16日〜8月15日)のオーバーナイト・レートは、昨日(8月10日)までの加重平均で0.43%となっている。

 この間、ターム物金利も、7月末以降、金利上昇圧力が幾分和らいだ。これは市場で、(1)新政権の発足によりドラスティックな金融システム再生策がとられる可能性は低下したとの見方が強まったこと、(2)7月末の日銀総裁講演の中で、期末に向けて企業金融の円滑化にも配慮しながら、きめ細かい調節を行うとの方針が示されたこと、さらには(3)8月入り後6営業日連続でCPオペを実施したこと、などが影響したものとみられる。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対米ドル相場は、7月末以降下落しており、昨日(8月10日)のニューヨーク市場では146.37円でクローズした。市場では、日米の景気格差に加えて、ここにきて、中国人民元の切り下げや香港ドルの米ドルペッグ制放棄に関するルーマーが、アジア通貨全般の切り下げ懸念につながっており、円の下値不安は強い状態にある。

 この間、ドイツマルクの対米ドル相場は、ロシア金融市場が小康状態にあるほか、米国株価が下落していることから、強含みで推移している。

 東アジア通貨は、対米ドルでみて総じて底固く推移しており、とくにインドネシア・ルピアの続伸が目立った。しかし、韓国ウォンは軟調に推移した。また、中国人民元や香港ドルは、中国と香港の経済が輸出の落ち込みや中国の洪水などを受けて減速傾向を明確化させてきていることなどを背景に、このところ売り圧力が高まっている。

(2)海外金融経済情勢

 米国経済の動向をみると、アジア向け輸出の減少を映じて外需の悪化が明確になっているほか、GMのストライキが在庫投資や生産に悪影響を及ぼした。しかし、7月の雇用統計は良好な雇用環境が続いていることを示しており、この結果、家計支出を中心とした内需の堅調な拡大は持続しているとみられる。この間、物価は全体として引き続き落ち着いて推移しているが、企業の雇用コストには幾分上昇圧力がかかっているように見受けられる。

 この間、株価は、グリーンスパンFRB議長の議会証言(7月21、22日)以来調整色が強まっていたが、8月初旬にはアジア経済の低迷やドル高進行等を背景とする企業業績への懸念の高まりを主因に、大幅に下落した。ただし市場では、これまでのところ、「企業の業績の下方修正に応じた調整の範囲内」といった冷静な受け止め方が大勢である。なお、債券市場では、このような株価の下落を受けた「安全性への逃避(flight to quality)」の動きが再び強まり、長期金利が低下している。

 欧州では、ドイツ、フランスでは全体としてみれば緩やかな景気拡大が続いているが、英国では、個人消費などに減速の兆しはみられるものの、物価の上昇懸念が依然根強い状態にある。

 東アジアでは、タイ、韓国など、為替安定が確保されつつある国では、実体経済情勢の深刻化を受けて、これまでの緊縮的マクロ政策を幾分緩和する動きが見られ始めている。一方、インドネシアでは、物価が引き続き上昇しており、緊縮的な経済政策運営が続けられている。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 経済の現状をみると、公共投資は下げ止まり傾向にあるが、設備投資は中小企業を中心に大幅な減少を続けているほか、住宅投資が一段と低迷している。また、個人消費は一進一退を続けている。この間、純輸出は、輸入の減少から再び増加に転じているが、輸出は概ね横這い圏内の推移にとどまっている。こうした最終需要動向の下で、企業が大幅な減産を実施してきた結果、一部の耐久消費財では在庫調整の進捗がみられるが、在庫水準は全般になお高い。また、大幅な減産が、企業収益の減少をもたらしているほか、失業率の上昇や雇用者所得の前年割れが続くなど、雇用・所得面の大幅な悪化が続いている。物価面では、国内卸売物価の下落テンポは幾分小幅となりつつあるが、需給ギャップの拡大を背景に、基調的には下落を続けており、消費者物価も、実勢ベースでは、前年比マイナスで推移している。このように現状は、最終需要の大幅な減少を反映して、生産や雇用・所得面の調整がさらに深まってきており、最近では、こうした動きが、さらに、投資意欲や消費マインドの減退につながりつつあるように窺われる。以上のように、経済情勢は、全般的に悪化を続けている。

 もとより、総合経済対策の効果によって、秋口以降、少なくともいったんは景気の悪化に歯止めがかかり、デフレ・スパイラルに陥るリスクも回避できると考えられる。しかし、稼働率の低さや失業率の高さから窺われるように、経済の活動水準が相当な低水準となっている状況の下では、総合経済対策の執行が本格化しても、民間需要への波及効果は限定的なものにとどまるうえ、追加的なショックに対する抵抗力が乏しくなっている点が懸念される。

 その一方、新政権の下で、第2次補正予算の編成や6兆円超の所得税・法人税減税の構想が示されている。これらが、どの程度景気のプラス要因になるか、その内容や実施のタイミングに注目していく必要がある。

(2)金融情勢

 金融面をみると、短期金融市場では、金融システム問題に対する警戒感を引き続き残しながらも、日本銀行による潤沢な資金供給を背景に、不安心理が徐々に後退している。具体的には、9月期末を越える現物取引には、流動性リスクに対する警戒感が根強くみられる一方で、1か月物取引やユーロ円金利先物では金利低下の動きがみられ始めている。

 長期金利は、6月初めにつけた既往ボトム近辺まで低下しており、円相場が6月半ばの水準まで下落していることと見合った動きとなっている。一方、株価も軟化しているが、6月半ばの水準と比べると、なお1,000円程度高い水準で踏み止まっている。

 ただ、新政権の大規模な財政運営方針にもかかわらず、市場の反応はこれまでのところ鈍い。株価軟化の背景として、市場では、足許の経済情勢が悪化を続けていることや、米国株価の下落、中国人民元切り下げルーマー、さらには金融再生法案を巡る国会審議の方向が見定め難いことなどが指摘されている。

 企業金融面では、民間銀行貸出が全体として低迷基調を続けている一方で、社債発行は、大企業が手許資金確保の姿勢を強めていることを反映して高水準を続けている。社債の発行レートは、幾分低下気味で推移しており、格付けの高い企業の資金調達は相対的に順便であることが窺われる。その一方、中堅・中小企業は、銀行の融資スタンスを眺めて設備投資に慎重になるなど、引き続き企業によっては、金利、アベイラビリティの両面で、厳しい資金調達環境が続いている。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状については、前回会合(7月28日)以降も、設備投資の大幅な減少や、雇用・所得環境の悪化を示す経済指標が発表されたことを踏まえて、多くの委員から、全般に経済情勢の悪化が続いているとの判断が示された。

 まず設備投資については、中小企業を中心に大幅な減少となっていることや、先行指標の落ち込みも大きくなっていることなどを踏まえて、全体として予想を上回るペースで減少しているとの判断で、概ね意見の一致をみた。

 具体的には、ある委員は、建築着工床面積が非居住用全体でマイナスを続けていることや、機械受注が、製造業のほか、中小・個人企業の動きを反映する代理店経由分でも落ちてきていること、さらにはトラック販売が不振を続けていることなどからみて、設備投資はきわめて不振な状態に陥っているとの見方を示した。また別の委員も、設備投資の状況は深刻であり、98年度の設備投資前年比は、−8〜−10%程度に達するのではないかとの見通しを述べた。さらに、何名かの委員は、こうした投資スタンスの萎縮について、企業の中期的な期待成長率が下方屈折している可能性を示しているのではないかと指摘した。

 次に家計支出に関して、住宅投資は、低迷が続き回復の兆しも全くみられないという点で、各委員の認識は一致していた。また個人消費についても、財、サービス支出の一部には回復の兆しがみられない訳ではないが、全体としての回復を確認できる状況にはなく、一進一退の動きが続いているとの見方が概ね共有された。

 これを具体的にみると、何名かの委員から、自動車販売が下げ止まりの傾向を示しているのは、ひとつの明るい兆しであるとの指摘があった。これに対して、ある委員は、小型RVの新車効果が寄与した面が強く、楽観できる状況にはないとの意見を述べた。またその委員は、先行きに向けて気懸かりな点として、(1)足許の住宅投資の低迷が、6〜9か月のラグを伴って耐久消費財に波及する可能性がある、(2)都市労働者は、公共事業増加の恩恵にはほとんど浴せないため、今後も支出に慎重となる可能性がある、といった点を指摘した。また、その委員を含めた多くの委員が、当面の消費回復策として減税の効果に期待しつつ、足許の雇用・所得環境の悪化が、家計のコンフィデンスの悪化を通じて、個人消費をさらに下押しする可能性がないかどうか、十分に注目していく必要があるとの見解を示した。

 このように企業・家計部門の需要が低迷しているとの認識の下で、生産・雇用所得面の動向に関しても、活発な議論が行われた。

 まず生産面については、複数の委員が、自動車の在庫調整が完了したことは一応明るいニュースであると指摘した。これに対してある委員は、素材業界の中には、固定費の圧迫から生産水準をこれ以上は落とせない状態に追い込まれている業種があり、このような業種では在庫調整の完了が先送りされようとの見通しを示した。また、その委員は、生産の減少には、とくに資本財向けとアジア向け出荷の落ち込みが影響しており、今後はこうした状況の下で、製造業のダイナミックなリストラが必至であるとの見方も付け加えた。また、ほかのもう一人の委員も、生産が年率2割を越えるペースで減少し、稼働率も足かけ23年ぶりの低水準にまで落ち込んでいることは、経済が予想より弱いところを動いていると認めざるを得ず、このような経済活動の水準の低さ自体が、総合経済対策の効果を減殺するとともに、設備や雇用ストックの大きな調整のうねりを作り出す可能性があるとの懸念を表明した。

 次に雇用所得面について、ある委員は、35〜44才の失業率の上昇が目立つなど、現在の雇用情勢は質的な悪化を伴っているとの認識を示した。その委員はさらに、雇用の過剰感が払拭されるためには完全失業者が400万人を越える惧れがあるとの見方を示した上で、今後も失業者の発生が続き、製造業を中心とした中期的な雇用調整に発展する惧れがあるとの懸念を述べた。また別の委員からは、企業倒産の動向に言及があり、最近の傾向として、企業規模では中堅企業の倒産が、また倒産原因では、これまでのバブル型よりも本業型が増加しているとの指摘があった。その委員はさらに、景気低迷が続く中で企業の耐久力は低下しているため、今後、本格的な雇用削減や企業淘汰が進む可能性があるとの懸念を示した。

 外需に関しては、ある委員から、現在の経常黒字増加は、輸入の減少によってもたらされているため、輸出が国内民需の落ち込みをカバーするほどの力とはなっていないが、国内所得の増加要因として、経済を下支えしている面があることは評価できるとの見解が示された。またもう一人の委員からも、これと同様に、アジア経済の低迷などを踏まえると輸出市場の拡大は望みにくいが、円安による価格効果が企業収益をサポートする役割を果たしているとの発言があった。

 以上のような最終需要や生産・所得の動向を踏まえ、景気の現状については、生産→所得→支出といった循環メカニズムが、引き続きマイナスの方向に働いており、時間の経過とともに、経済の活動水準がじりじりと下がってきているという点で、ほとんどの委員の判断は一致していた。

(2)景気の先行き

 景気の先行きについては、足許の展開がこのようなマイナスの循環メカニズムの働く状況の中にあって、これから具体化される弾力的な財政運営方針や金融システム再生のための諸施策等が経済にどのような効果をもたらすかという点を軸として、議論が展開された。

 まず、各委員は、すでに実行に移された総合経済対策について、公共工事が今後本格化し、年度後半には景気の悪化に歯止めがかかることが予想されるが、経済活動の水準が相当程度低下しているため、その効果の民間需要への波及は限定されたものにならざるを得まいといった認識を共有した。

 次に、新政権による弾力的な財政運営に関しては、ほとんどの委員が、景気回復を実現していく上で、きわめて大きな財政支援措置が採られることになるものと、これを評価した。すなわち、財政構造改革法を前提とすると、98年度後半にいったん経済の悪化に歯止めがかかったあとも、99年度の経済については強い不透明感が残っていたが、今回、6兆円を上回る所得税・法人税減税の実施方針や今年度を実質的に上回る99年度公共事業の策定方針など、その骨格が明らかになりつつあり、経済が再び悪化に転じるリスクは小さくなったのではないかとの見方が、それらの委員の間での共通した認識であった。

 ある委員は、これらの景気浮揚効果は、98年度中の財政政策の景気浮揚効果と比べると、0.5%強上回るものであり、この結果、99年度の実質成長率は1.5%程度になるのではないかとの試算結果を紹介した。その委員は、その上で、今後はGDPギャップが一方的に拡大することや、経済がデフレ・スパイラルに陥ることは何とか避けられるとの見解を表明した。また別の委員からも、企業経営者は、9月までの間を何とか耐えきれば、98年度下期以降の回復の波に乗ることができるのではないかといった期待を抱いていただけに、新たな財政運営方針によって先行きの2番底懸念は薄らいだものとみられると評価した。ただし、その委員は、企業経営者は現在手持ち在庫の換金売りへの誘惑と、販価下落の懸念との狭間で、ギリギリの状況を続けており、日本経済がデフレの淵に立っていることに変わりはないとも述べた。

 そうした中で、ほかの一人の委員は、新政権の財政運営方針の全貌が明らかになっていない現段階では、その効果に関する判断を下すことは時期尚早であるとの意見を述べた。同じ委員は、実行段階に入った総合経済対策については、とくに地方単独事業(今回約1.5兆円)の効果に言及し、過去の例をみると、その平均消化率は5割程度に止まっており、しかも執行が景気に対して後追い的になる傾向があるため、今回、景気悪化の歯止めという役割を果たすためには、このような点が是正される必要があると発言した。その委員はさらに、こうした立場を採る背景としての経済の現状認識について、足許の企業経営は製品価格下落によって収益がさらに圧迫されているなど深刻な事態に陥っており、今後は、本格的な資本ストックの調整やダイナミックなリストラによる雇用調整が避けられないと指摘したほか、地価水準も収益還元レベルに比べれば、引き続き割高の水準にあり、現時点の日本経済は底入れを展望できる状況には全くないとして、大方の委員に比べて慎重な見解を述べた。

 さらに、このような景気回復に向けての新政権の強い決意表明にもかかわらず、株価などが軟調に推移するなど、市場の反応が鈍いことをどのように理解すればよいかという点に関して、多様な観点からの意見が交わされた。

 ある委員は、構造調整を論点として挙げ、こうした構造調整局面で、短期的な刺激策を中長期的な施策よりも優先すると、経済主体の中長期見通しが悪化する結果、かえって短期刺激策の効果も殺いでしまう可能性があるという見解を述べた。もっともこの委員は、現在の市場が、単に、ここ数年の経済対策が失敗した記憶に引きずられているだけの可能性も十分にありうると指摘した。また、別の委員は、構造調整が抱えるそもそもの難しさとして、個別セクター毎の構造調整の成果をマクロ経済全体に如何に有機的に結び付けて、その効果を引き出すことができるのかという点にあり、現在の日本経済は、まさにそのような難しい局面に差しかかりつつあるとの見解を述べた。

 第二の論点として、複数の委員は、東アジアの株価・通貨の下落とともに、米国株価が不安定化していることが市場のコンフィデンスに影響していると指摘した。また別のある委員は、このようなアジア、米国の状況のほかに、金融システムの問題も踏まえ、夏から秋にかけての日本の株価の行方に深刻な懸念を表明した。

 さらに別のある委員からは、財政の将来展望が不透明な下で、定率減税案が将来の増税を連想させているのではないかとの意見が示されたほか、もう一人の委員は、直近の経済指標が芳しくないことが株価により強い影響を与えているとの見方を述べた。

 これらの意見に対して、以上とは別のもう一人の委員は、新政権による施策の表明がなかりせば市場で何が起きたかということを考えると、やはりそれは大きな効果をもたらしたと評価することができると発言した。

 以上の議論を踏まえて、政府の財政措置の効果を確実にするためには何が必要かという点についても、議論が交わされた。

 ある委員は、このような施策が民間の経済活動の誘い水になるかどうかについては、政策の具体的な内容と財政の中期展望という、2つの観点にかかっているとの整理を示した。前者の政策の内容については、複数の委員から、バラマキ型の財政支出を改め、情報通信、環境、教育、医療などに投入されるべきであるとの意見が示されたが、そのうちの一人の委員は、即効性という点では従来型の公共事業がもたらす効果も軽視できないとした上で、例えば、21世紀を展望したビッグプロジェクトを打ち出すのも一案ではないかと指摘した。一方、財政の中期展望を明確にすることの必要性についても複数の委員が言及したが、このうちのある委員は、減税財源にとどまらず、将来の税制や社会保障の姿を示すことが、消費者コンフィデンスの改善にとって重要であると強調した。

 また、このような財政面からの施策とともに、わが国経済の信認を回復させ、景気の本格的な回復につなげていくためには、一刻も早く金融システムを建て直すことが何よりも必要であるという認識が、各委員から一致して示された。

 具体的には、多くの委員から、目先の問題として、市場は一部金融機関を巡る処理を強く意識しているとの指摘がなされた上で、ある委員は、こうした状況の下で、問題が先送りされたり、あるいは金融再生プランの実行に手間取ったりすると、市場から思わぬ反発を蒙るリスクがあると述べた。一方、別の委員は、金融システム問題は、ひとつひとつ丁寧に解決することが大事であり、問題をひとつ解決すれば、市場のムードは相応に良くなるものであることを念頭に置いて、拙速を避けていく必要があるとの考えを示した。さらにもう一人の委員は、自己査定結果の自主的な開示や早期償却など、金融構造改革をできるところから始めることが大切であり、この面での銀行経営者の意識改革も望まれるとの見解を表明した。

 続いて、議論は、不良債権処理と実体経済との関係におよび、ある委員は、本来、不良債権処理の進展は、人々の心理面への好影響を通じて資産市場の回復を可能にするが、その一方で、銀行の再編や借り手の整理に対する懸念が、マーケットや貸し手の行動を萎縮させるリスクがあるとの見方を示した。また別の委員は、企業の抵抗力が大きく低下している現状では、銀行再編などの動きは、企業による雇用調整などを加速させる可能性を指摘し、さらに別の委員は、そのような調整が消費や投資のコンフィデンスの悪化に跳ね返るリスクがあると述べた。その委員は、これに加えて、不良債権処理は時間との戦いであり、国会における金融システム再生に向けた枠組み作りの議論が、早急に進められることを期待していると付言した。

 この間、金融の量的側面について、ある委員から、名目経済成長率がゼロの中で、マネーサプライが3%台の伸びを維持しているのは何故か、との問題提起があった。これに関連して、別の委員は、日本経済全体で年間約500兆円の所得が形成されるためには、金融機関の追加的な信用供与が不可欠であり、その追加分がストックとしてのマネーサプライの伸びになっているが、そうした観点からみると3%台の伸び率が必要十分な水準にあるとは言えないとの見解を述べた。さらにもう一人の委員からも、名目成長率やマーシャルのkなどから考えると、3%程度の伸びは低すぎ、5%程度の伸びが適当であるとの考えが示された。

 また複数の委員が、企業金融を巡る環境に言及し、中小企業の設備資金の銀行借入れ申し込みがなかなか通らない事例や、商社などの一部大企業が資本市場で調達した資金をグループ子会社に供給している例などを引きながら、かつての銀行の機能を今や大企業が担っている感があるとの見方を示した。これに対して、ある委員は、最近の金融機関は、一様な量的絞り込みから、相手先の信用力に応じて融資するスタンスへと変わってきていると指摘した。さらに別の委員は、金融機関が、収益性・健全性の観点等から、信用力の低い企業に対しては慎重な与信行動をとっているのは事実であるが、その一方で、金融機関は優良な投資案件を懸命に求めており、最近の基本的な問題は、やはり有望な投資案件そのものが少なくなっていることではないかとの意見を述べた。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 前述のとおり、景気の現状について、従来どおり、ないしは、それよりもやや厳しめの認識を示す委員が多い下で、金融政策運営については、大半の委員が、現状の金利水準を維持することが適当であるとの見解を示した。

 こうした考え方の背景として、(1)新政権が弾力的な財政運営方針を掲げていることを踏まえると、日本経済が99年度にかけてデフレ・スパイラルに陥るリスクはさほど大きくないとみられること、(2)金利引き下げ余地がすでに限られていることを踏まえると、追加的な金融緩和措置の有する効果、副作用については十分慎重な検討が必要であること、などの点が指摘された。

 これらについて具体的にみると、ある委員は、経済活動の水準がこれほどまでに低下すると、そのこと自体が、設備、雇用のストックに対して強いプレッシャーとして働くことは事実であると指摘した。同じ委員は、その上で、ほかの委員とともに、98年度から99年度にかけての大規模な財政パッケージ組成が具体性を帯びてきていることを踏まえると、まずはその内容と効果を見守ることが先決なのではないかとの意見を述べた。また、それらの委員は、最近の円安を踏まえると、デフレ・スパイラルを避けうるようなメカニズムが、政策面、市場面の双方から出てきているのではないか、との見方も付け加えた。

 また、別の委員は、企業サイドからの利下げ要望の声はこれまでのところ小さいように窺われると述べたほか、もう一人の委員からは、企業の中期的な期待成長率が下方屈折している場合、金融政策面から対応する余地は乏しく、むしろ不良債権処理や税制改革などを通じて、経済主体のコンフィデンスを回復させていくことが重要であるとの見解が述べられた。さらに、複数の委員からは、昨年の消費税率引き上げ以来、家計は過度に支出防衛的になっており、追加的な利下げは消費性向をむしろ一段と低下させ、減税効果を阻害する惧れもなしとはしないとの指摘が出された。

 このように多くの委員が、現段階での追加的な金融緩和には慎重な姿勢であった。もっとも、ある委員は、こうした考えを軸に据えつつも、仮に財政面の効果が期待されたとおりには現れず、それを契機に市場の混乱が生じるような場合には、追加的な金融緩和の検討が必要となるのではないかとの見解を述べた。

 また別の委員は、金融システム面でかなりのリスクを抱えている中にあって、7月末の日銀総裁講演において、期末に向けた日本銀行の潤沢な資金供給スタンスを示したことは、市場に安心感を与えたと評価できるとした上で、厳しい経済情勢の中で日本銀行として最大限の努力を続けていることを今後とも積極的に訴えていくべきであるとの考えを示した。そうした観点から、その委員は、今回の金融政策判断そのものが「現状維持」であっても、会合の議事要旨としては、引き続き金融市場に対して潤沢な流動性を供給していくとの方針を議案の前後に明記すべきである、との意見を述べ、多くの委員がこれを支持した。また、その委員も含めた何名かの委員は、今後、何らかのショックを契機に、市場で不測の混乱が生じるような場合には、市場金利の引き下げと大量の流動性供給、さらには預金準備率の引き下げなど、日本銀行が有するあらゆる政策手段を活用する必要があるとの認識を共有した。

 また金融調節手段に関して、複数の委員が、企業の資金調達手段の多様化を積極的に支援する観点から、資産担保証券の適格担保化などについて検討すべきであると指摘した。

 なお、こうした中で一人の委員からは、企業の資金調達がスムーズにはいかず、クレジットクランチが起きている状態を解消するためには、マネーサプライの伸びを5%程度に引き上げる必要があり、この点、日本銀行による潤沢な資金供給は不可欠と言えるが、金利据え置きの下で資金供給を増やしていくことには限界があるのではないか、との指摘が出された。

 さらに、金融緩和策と為替円安の関係、さらにはアジア経済との関係をどのように考えるか、という点についても、活発な議論が交わされた。

 まずある委員が、市場では、円相場とアジア通貨との連動関係を硬直的に捉え過ぎてはいないかとの問題提起を行った。これに関して、その委員も含めた複数の委員が、(1)日本とアジアでの生産の棲み分けが進展してきている現状では、双方の製品が第三国市場で競合するケースは減っており、円安がアジアに直接的な悪影響を及ぼすことは、従前に比べて少なくなっているのではないか、(2)日本経済の立ち直りこそが、アジアからの輸入を回復させる効果も持ちうるのではないか、といった見方を示した。また、別の委員からは、日本円も含めてアジア各国の通貨が軟調に推移しているのは、基本的にはそれぞれの国の経済ファンダメンタルズが弱まっていることを反映したものであるとの指摘があった。

 そうした観点を踏まえて、本件を問題提起した委員は、先行き金融緩和を検討するような局面で、仮に円安が進行していたとしても、金融政策の検討は、もっぱら、日本経済を立ち直らせる観点を軸に据えて行われるべきであるとの意見を述べた。しかし、これに対して、ある委員は、金融政策は基本的に国内経済情勢に応じて運営していくものであるが、その時々の金融政策の検討に当たっては、予想される為替相場の反応と、その内外に及ぼす影響を全く考慮しない訳にはいかないのではないかとの考えを述べた。

 このように会合では多様な意見が出されたが、いずれにしても日本に関しては、金融、財政等の各方面から、早急に日本経済を建て直して内外の信認を回復させることが、為替の円安傾向に歯止めをかけるための最良の方法であるという点で、意見の一致をみた。

 以上のように、会合ではこれまでの金融緩和基調を維持することが適当との意見が大勢であったが、ある委員から、コールレート(オーバーナイト物)の誘導水準を0.25%に引き下げるべきとの提案が出された。その委員は、前回、前々回の会合でコールレートの誘導水準を0.35%まで引き下げることを提案したが、今回は、設備投資、雇用の調整深化など、事態が一段と悪化していることに鑑み、引き下げ幅をより大きなものにしたとの考えを示した。また、その委員は、現在の経済状況は前回金融緩和を行った95年9月時点と比較しても、現在の方が悪くなっており、ここで金融緩和に踏み切らないとすれば強い違和感を禁じ得ないとの意見を述べたほか、最近の日米株式市場の不安定な動きを踏まえ、不測の事態に備えてあらかじめ金融緩和の手を打っておくことが必要であり、そのタイミングが今年度下期以降になるのでは遅すぎるとの見解を示した。

 しかし、この委員の提案については、多くの委員から、現在は財政政策の効果を見極めるのが先決であるなど、引き続き消極的な反応が示された。またある委員からは、不良債権処理の過程などで金融システムにかかりうるテンションについては、その時その時で対応するしかないとの考えが示された。さらにもう一人の委員は、金融機関のリスクテイク能力が極端に低下していることを踏まえると、これの復元を金利政策のみによって実現するのは難しいのではないかとの意見を示した。その委員は、95年9月当時の金融緩和政策について、当時は、利下げが資産価格に好影響を及ぼす経路を期待しやすい状況にあったが、現在は、市場の中期的な期待がかなり悲観的になっているため、こうした面からの効果を期待しにくいとの見方を述べた。

IV.大蔵省、経済企画庁からの出席者の発言

 政府からの出席者として、午前中に会合に参加した谷垣大蔵政務次官から、景気の現状等について以下のような発言があった。

  • わが国経済の現状をみると、家計や企業のマインドの慎重化などから、最終需要が弱くなっており、この影響が生産・雇用面にも広まっている。こうしたことから、景気は低迷状態が長引き、はなはだ厳しい状況にあると認識している。
  • 政府としては、まずもって景気の回復に全力を尽くすために、過去最大規模の総合経済対策や金融再生トータルプランを着実かつ迅速に実施する所存である。その上で、99年度に向けて切れ目なく施策を実行すべく、事業規模10兆円を超える98年度第2次補正予算を編成することとしている。さらに、来年度予算編成の基本方針については、蔵相より、当面の景気回復への配慮を最優先する観点から、「公共事業の執行が年度末に切れ目を生じないようにすること」および「99年度の公共事業は、98年度のそれを実質的に上回るようにすること」の2点が指示されている。
  • また税制については、抜本的な見直しを展望しつつ、景気に最大限配慮して、6兆円を相当程度上回る恒久的な減税を実施することとしている。金融再生トータルプランに関しては、本臨時国会に、いわゆるブリッジバンク制度導入のための法案や、不動産関連権利等調整委員会を設置するための法案など5種類6本の法案を提出した。

 また、経済企画庁の出席者からは、新政権の98年度第2次補正予算や税制改正への取り組みのほか、以下の発言があった。

  • 本日の政府月例経済報告において、経済の現状を「景気は低迷状態が長引き、はなはだ厳しい状況にある」として、先月から表現を変えた。これは、国民により分かりやすい表現を心がけた結果であって、判断を大きく下方修正した訳ではない。
  • このような厳しい状況の下、政府では総合経済対策の実行に意を用いている。ただし、地方議会における98年度補正予算の承認が9月になっている先も多く、地方によって対策の効果がまだ現れていないところもある。

V.採決

 以上の検討の結果、次回金融政策決定会合までの金融政策運営については、現状の金融緩和姿勢を維持し、(1)弾力的な財政政策の具体的内容とその効果、(2)金融再生トータルプランを巡る国会審議の帰趨とその影響などを含めて、経済面、金融面の動向を注意深く見守っていくことが適当であるという見解を、ほとんどの委員が支持した。一方、金融緩和方向への金利変更を行うべきとの提案もあったため、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促すこととする旨の議案が提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

議案(議長案)

 議長からは、会合における多数の意見をとりまとめる形で、次の議案が提出された。
 本案は、当該金融調節方針の下で、市場の状況に応じて、金融市場に対して潤沢な資金供給を行うことを趣旨とするものである。

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員
  • 反対:中原委員

——中原委員は、経済情勢の悪化は深刻であり、政府の諸施策の効果は現れるとしてもかなりの時間を要する下では、株価急落などの不測の事態が起こる可能性も考慮して、一層潤沢な資金供給を図るためにも現時点において利下げを行うべきであるとの立場から、上記採決において反対した。

VI.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を8月13日に公表することとされた。

VII.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(7月16日)の議事要旨が、全員一致で承認され、8月14日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成10年 8月11日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

以上