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金融政策決定会合議事要旨

(1998年 9月9日開催分)*

  • 本議事要旨は98年10月13日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年10月16日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年9月9日(9:01〜12:33、14:35〜17:41)
──会合は、速水委員の国会出席のため、昼食時間を含め、12:33〜14:35の間、中断した。
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   谷垣禎一 政務次官(9:01〜10:09)
  • 経済企画庁 今井 宏 政務次官(9:01〜17:41)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室参事(企画第1課長)山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役 飛田正太郎
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役栗原達司

I.大蔵省、経済企画庁からの出席者の発言

 政府からの出席者として、まず谷垣大蔵政務次官から、政府の経済・財政運営の考え方等について、以下のような発言があった。

  • わが国経済の現状をみると、景気は低迷状態が長引き、きわめて厳しい状況にある。このため、政府としてはまず、総合経済対策、98年度補正予算の着実な実施と、金融再生トータルプランの早期実施に取り組むこととしている。その上で、一刻も早く景気回復を図るため、99年度に向けて切れ目なく施策を実行すべく、事業規模10兆円を超える98年度第2次補正予算と99年度当初予算を、一体のものとして編成する方針である。
  • 税制については、6兆円を相当程度上回る恒久的な減税を実施することとしている。また、99年度一般会計概算要求額については、政策的経費である一般歳出が「景気対策臨時緊急特別枠」の4兆円等を含め、前年度比11%増となっている。
  • 金融再生トータルプランに関しては、本臨時国会に、5種類6本の法案が提出されている。こうした中で、金融関係法案の野党3党対案が去る9月3日に提出され、現在与野党間で精力的に意見調整が行われている。政府としても、法案が一日も早く成立するよう最大限努力する所存である。
  • また、貸し渋りに対しては、先般、信用補完制度の拡充、政府系金融機関の融資制度の充実等を内容とする「中小企業等貸し渋り対策大綱」を閣議決定した。これにより、資金規模40兆円を超える対応が可能となった。
  • 9月4日、サンフランシスコで行われた日米蔵相会談では、世界市場の動向ならびに米国と日本の現下の経済状況および経済政策について、幅広く忌憚のない意見交換が行われた。

 続いて、今井経済企画政務次官からは、上記と同様に、政府による金融システム安定化策、98年度第2次補正予算および税制改正などへの取り組みのほか、以下の発言があった。

  • わが国の景気は低迷状態が長引き、きわめて厳しい状況にあるが、世界経済全体をみても、アジア経済の低迷やロシアの不安定化等、要注意の領域に入ったものとみられる。わが国については、今後、総合経済対策の効果が期待されるが、雇用情勢、金融機関の不良債権問題等の懸念もあり、しばらくはこのような厳しさが続くと思われる。
  • こうした中、今般、経済戦略会議が発足し、国民の将来に対する自信と安心を高める政策等を検討することとしている。

II.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(7月28日)の議事要旨が、全員一致で承認され、9月14日に公表することとされた。

III.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融調節の運営実績

 金融調節については、前回会合(8月11日)で決定された方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す)に従って運営した。

 前積み期間(7月16日〜8月15日)についてみると、積み最終日(8月14日)には、軟調な株価の推移が銀行の資金調達懸念につながったことなどから、オーバーナイト・レートは0.49%まで上昇した。しかし、期間中は全般に落ち着いた推移を辿っていたため、平均レートとしては0.43%となった。

 8月16日からの新しい積み期間については、期初に市場の一部で準備預金の積みを早めに進捗させたいとする動きがみられたほか、8月末から9月初にかけて株価が下落したことや大幅な税揚げがみられたことなどから、金利上昇圧力が強まった。こうした動きに対して、日本銀行は、日々の金融調節の中で、朝方の積み上幅を1兆円前後とする大量の資金供給を実施し、金利の安定化に努めた。この結果、今積み期間中(8月16日〜9月15日)のオーバーナイト・レートは、昨日(9月8日)までの加重平均で0.42%となっている。

 この間、ターム物金利は、銀行株の下落が続く中にあって、9月中間期末越えに対する意識が徐々に強まったことから、8月中を通じて、強含みで推移した。しかし、日本銀行が、CPオペなどを通じて、期末越えの資金供給を着実に積み上げたことなどを受けて、8月末以降、金利は若干低下している。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 前回会合以降、ロシアの政治・経済の混乱に端を発する国際的な金融市場の動揺の中で、米国経済の先行きに対する不透明感が強まり、米国株価が大きく下落した。また、ロシア、中南米等のエマージング市場で損失を蒙ったヘッジファンドが、益出しを狙って円の買い戻し意欲を強めた。これらがいずれも円高要因として寄与したため、円の対ドル相場は、振幅を伴いつつも大幅に上昇した。

 この間、ドイツマルクの対米ドル相場は、ロシア情勢の悪化を受けていったんは下落したが、8月末以降は、米国景気に対する不透明感の台頭をきっかけにドル買い警戒感が強まったことから、急反発に転じている。

 東アジア通貨は、対米ドルでみて総じて底固い展開となった。とくにインドネシア・ルピアの続伸と、マレーシア・リンギの急上昇が目立った。また、中国人民元に関してはひと頃の切り下げ観測が後退している。この間、韓国ウォンは弱含みで推移している。

 一方、ロシア・ルーブルの大幅下落が商品市況の軟化懸念を台頭させたことから、一次産品輸出国の通貨安が目立ってきており、カナダ・ドルや中南米諸国通貨などがこのところ大きく売り込まれている。

(2)海外金融経済情勢

 米国株価は、米国の企業業績がロシア、中南米などの情勢を受けて悪化するとの懸念から、大きく下落した。もっとも、ダウの下落が現在の8,000ドル前後のレベルで止まるのであれば、市場が予測した調整の範囲内であるとの見方もある。また、欧州各国の株価も下落している。このような状況の下で、国際金融市場では、資金が米国等の先進国の国債にシフトする「安全性への逃避(flight to quality)」の動きが強まっている。

 この間、米国経済をみると、輸出や国内自動車販売などを除けば、個人消費関連や住宅投資などの経済指標がいずれも堅調な動きを示しており、全体としてみれば、これまでは力強い拡大を続けてきた。しかし、ここにきて、上記のようなロシアや中南米情勢が米国の企業業績の悪化や株価の下落をもたらし、そうした動きが米国景気に与えるインパクトを警戒視する見方も増えている。グリーンスパンFRB議長も9月初めの講演で、「米国の景気、物価の先行きに対するアップサイド、ダウンサイドのリスクは均衡した」と述べており、市場では利下げ観測も出始めている。

 欧州では、ドイツ、フランス経済が緩やかな拡大を続けている。一方英国では、ポンド高の影響から外需が減少しているほか、個人消費にも減速の兆しがみられ始めている。しかし、労働需給は引き締まった状況が依然続いており、物価の上昇懸念は根強く残っている。

 東アジアでは、本年の経済成長見通しを下方修正する動きが相次いでいる。こうした状況下、タイ、韓国では、IMFプログラムが実行、達成されるもとで、経済情勢の悪化に対処するため、財政、金融面からの引き締め措置を幾分緩和する動きがみられている。また、中国では、洪水被害が生産活動に及ぼすマイナスの影響が懸念されている。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 最終需要をみると、純輸出は輸入の減少を主因に増加しているが、設備投資が大幅な減少を続けているほか、住宅投資もここにきて一段と減少している。また、個人消費は一進一退を続けている。このように最終需要が減退を続ける中で、企業が大幅な減産を続けてきた結果、耐久消費財等を中心に在庫調整には一定の進捗がみられる。しかし減産の下で、企業収益が減少しているほか、雇用者数と賃金がともに減少するなど、雇用・所得の大幅な悪化が続いている。

 物価面では、国内卸売物価が需給ギャップの拡大持続を背景に、引き続き下落基調にある。また、消費者物価も、前年水準を若干下回っている。

 このように、わが国の経済情勢は全般に悪化を続けているが、最近の特徴は、主として中小企業が、これまでの収益の悪化等を背景に、設備投資や雇用の大幅な削減に着手していることにある。とくに雇用削減の動きは、予想以上のテンポで家計所得を圧迫しており、特別減税にもかかわらず、家計支出が低迷を続ける要因のひとつとなっている。

 先行きについては、以上のような所得面の悪化や最終需要の下振れを踏まえると、年度後半も、低成長にとどまる公算が大きくなってきており、従来想定していたパスよりも下方を走ることになると見込まれる。ただ、昨年末から1〜3月にかけて、家計支出、アジア向け輸出、設備投資と相次いで生じた最終需要面のショックは、このところ小康を保っており、今後、総合経済対策の効果が、徐々に景気の悪化に歯止めを掛け、これ以上の景気・物価のスパイラル的な悪化を招来するリスクは回避できるという従来のシナリオは、なお維持されていると考えられる。

 しかし、企業収益や雇用・所得の悪化が示すように、経済活動の水準は相当に低いものとなっているだけに、追加的なショックに対する抵抗力は弱まっている。こうした中で、ロシアの債務繰り延べを契機とした世界的な金融システムへの不安感の台頭を含め、金融・資本市場がかなり不安定な状態にあることは否定し難い。これらが、先行きに対する不安感の増大といった形で、消費マインドの悪化、あるいは企業の支出活動の慎重化に繋がらないかという点を、リスクとして認識しておく必要がある。

 また、金融システムを巡る国会審議の帰趨がどのようになるか、9月末にかけて、企業倒産がどの程度増えるか、それらが株価、あるいは家計・企業のコンフィデンスにどのような悪影響を及ぼすか、という点も注意してみていく必要がある。

(2)金融情勢

 前回会合以降、金融市場は、ロシアの金融危機に端を発する世界的な株価の下落や金融システム問題を巡る不透明感の高まりから、不安定な動きを示した。具体的には、円相場はボトムの約1ヶ月前に比べ15円程度円高になっている。株価は、8月末にバブル崩壊後の最安値を記録したあと反発に転じたが、それでもなお1ヶ月前に比べ1千円程度低い水準で推移している。また、長期国債流通利回りは過去最低水準を更新している。

 この間、邦銀の信用リスクに対する警戒感も一段と強まった。ジャパン・プレミアムは、6月下旬に一部金融機関の経営問題の表明化をきっかけに拡大したあと、7月にはいったん落ち着きをみせたが、7月半ば以降は、金融再生法案の帰趨を巡る不透明感も加わって、ジリジリと上昇を続けている。また、ジャパン・プレミアムと裁定関係にある、ユーロ円とTBの間の金利格差も拡大を続けている。年末の資金繰りに対する市場の神経質な見方を勘案すると、これらの金利リスクプレミアムは、今後も直ちには縮小しにくい状況とみられる。

 もっとも、金利水準をみると、TB金利はもちろんのこと、——リスクプレミアムの拡大を伴いながらも、——ユーロ円金利(とくに先物)も徐々に低下している。これには、株価の下落を受けて、金融緩和に対する思惑が市場に台頭したことが影響しているものとみられる。

 このほか長期債市場でも、信用力の相違に伴う金利格差が拡大している。すなわち金融債と国債との金利格差がさらに拡大したほか、8月末の株安をきっかけに、それまで比較的安定的に推移していた社債と国債との金利格差も再びジリジリと拡大に向かっている。

 なお、長期金利が大きく低下したのと並行して、株価も下落したため、イールド・スプレッド(長期債利回り−予想株式益回り)は過去最低水準にまで低下している。これは、企業収益の成長率に対する市場の予想が下振れするとともに、株価に対する先行き不透明感が一段と強まった(リスクプレミアムの拡大)ことを示唆している。

 金融の量的指標をみると、マネーサプライは3%台半ばと、伸び率の鈍化傾向が一服してきている。実体経済活動に伴う資金需要そのものは弱い状態が続いているが、金融機関の融資姿勢の慎重化を受けて、大企業を中心に、手許流動性を早めかつ厚めに確保しておこうとする動きがみられる。そうした先では、社債、CPの発行を増やしているほか、銀行借入も継続している模様であり、そうした動きがマネーサプライの下支えに寄与している。ただ、中小企業を中心に、企業によっては、アベイラビリティー、金利の両面で厳しい環境にあることには変りなく、引き続き注意深く点検していく必要がある。

IV.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状については、前回会合(8月11日)以降も、設備投資の大幅な減少、住宅投資の一段の低迷、さらには雇用・所得の大幅な減少など、経済指標が一段と悪くなってきていることを踏まえて、経済情勢は全般に悪化が続いているとの認識が概ね共有された。それとともに、この悪化テンポが、これまで想定していたペースを上回るものかどうかという点を含めて、様々な議論が行われた。

 まず設備投資については、複数の委員から、最近の落ち込みの角度はきわめて急であり、底がまだ見えないとの趣旨の発言があった。また、ほかの委員からは、最近は大企業でさえ銀行の慎重な融資姿勢の煽りを受けて合理化投資がままならないとしたうえで、先行指標である機械受注の落ち込みなどからみると、98年度の設備投資の前年比は−10%台までマイナス幅を拡大させるおそれがあるとの見通しを述べた。さらに、別の委員からも、体力の乏しくなってきている企業の投資抑制が目立つほか、ここにきて上場企業の設備投資も減少しており、これが中小企業の業績をさらに圧迫しているとの指摘があるなど、各委員は、設備投資について、きわめて厳しい認識で一致した。

 次に家計支出に関しては、住宅投資の一段の落ち込みに各委員の関心が集まった。複数の委員から、足許の住宅着工の落ち込みは予想外の下振れであるとの見解が示されたほか、ほかのある委員は、家計が将来に対する展望を失くしているために、勇気をもって住宅購入に踏み切ることができなくなっているとの見方を示した。また、別の委員からは、今後場合によっては着工戸数の年率 100万戸割れもありうるのではないかとの懸念が表明された。

 個人消費については、ある委員から、自動車販売やパソコンを中心とする家電販売の動きは底固くなってきているとの指摘があったほか、別の委員も個人消費全体はとりあえず下げ止まりの印象があるとの見方を示した。しかし、これとは別の委員からは、自動車販売で好調なのは新型車とフルモデルチェンジ車に限られているとの発言があった。また、その委員も含めた複数の委員からは、これまでのところ、今年度の特別減税4兆円の効果は殆ど窺われないとの指摘があった。さらに何名かの委員からは、最近の雇用情勢の一段の悪化が消費をさらに圧迫する可能性があるとの見方が示され、委員の間の個人消費に関する認識は、一進一退の動きが続いており、現時点では力強く持ち直す展望は持てないとの見方で、概ね一致していた。

 こうした議論を踏まえて、ある委員から、住宅ローンを抱えた家計では消費支出が伸び悩んでおり、この際、政策減税として住宅ローン金利の全額所得控除を実施して、住宅投資と個人消費を梃子入れする必要があるのではないか、との指摘がなされた。また、別の委員からも、民需回復の柱は、自動車と住宅であり、これらの分野への政策減税が検討に値しようとの見解が述べられた。

 また、公共投資については、ある委員から、6月の本席で経済企画庁の出席者から経済対策の効果は8月より出始めるとの見通しが示されたが、総合経済対策に伴う公共工事発注の動きは、地方を中心に鈍く、予想に比べて2か月程度遅れているのではないかとの指摘があった。また、別の委員からも、公共工事の遅れに伴って、年度前半には目途がつくと見込んでいた建設財の在庫調整が大幅に遅れてきているとの発言があった。

 このように最終需要が低迷している下で、生産・雇用所得面の動向に関しても、厳しい現状認識が相次いで示された。

 まず生産面については、ある委員は、一部の耐久消費財の在庫調整が進捗していることは一応明るい材料ではあるが、素材産業の出荷・生産には下げ止まり感がみられないと発言した。また別の委員も、設備投資の落ち込みの影響から資本財の出荷、生産の不振が目立っているとの指摘を行った上で、最近の生産の落ち込みに伴って企業の景況感も急速に後退していると述べた。

 雇用・所得面については、多くの委員から、最終需要の低迷と経済の活動水準の低下の影響が、企業収益や雇用・賃金にも色濃く反映され始めており、これがさらに、最終需要の一層の下押しをもたらしかねないとの懸念が表明された。具体的には、ある委員から、雇用・賃金の調整は、本来は企業収益のサポート要因であり、ポジティブに評価しうるものであるが、現状は、急速な業績悪化に伴って企業が支出態度を慎重化させている結果として、設備投資の抑制とともに予想を越えるピッチで雇用・賃金調整が進められており、到底前向きの評価をなしうる状況ではないとの見解が述べられた。また、ほかの複数の委員は、こうした急ピッチの雇用調整はとくに中小企業を中心に深刻に現れており、これが家計支出の一層の抑制要因として働いているとの見方を示した。

 なお最近の雇用調整に関しては、複数の委員から、従来の日本的経営システムがなかなか機能しない状態に追い込まれているとの意見が述べられた。このうち一人の委員は、オイルショック時のような厳しい雇用調整局面では、中小企業が雇用吸収のバッファーとして機能していたが、現状中小企業にはそうしたゆとりは全くなくなっているとの指摘を行った。

 足許の物価動向については、ある委員が、最近は本年前半のような輸入原材料の価格下落の影響は薄れているが、内生的な物価の弱さが目立っていると述べたほか、別の委員も、卸売物価の低下ピッチは和らいでいるが、消費者物価の下落が鮮明になっているとの発言を行った。また、ほかの複数の委員も、GDPギャップが徐々に拡大していることに言及して、内生的な物価の弱さに懸念を表明した。さらに、別の委員は、現在は企業が販価を何とか持ちこたえさせているが、経営の現状を踏まえると、仮に本年度下期の景気がさらに悪化した場合には、販価を一気に引き下げざるを得ないギリギリの状態にあるとの見方を示した。

 以上のように、景気の現状に関しては、設備投資や住宅投資が当初見込みを上回るスピードで落ち込んでいるうえ、雇用・所得環境の急速な悪化が最終需要をさらに一段と下押す危険性が出てきているとの見方で、各委員の判断は概ね一致していた。

(2)金融面の動き

 金融面の動きに関しては、まず最近の株価の動向について多くの委員から懸念が表明された。

 ある委員が、8月末にバブル崩壊後の最安値を更新した株価に関して、足許は持ち直しているが依然不安定な状態にあり、このような状態が続くと、企業や家計のコンフィデンスのさらなる低下から、景気や物価の下振れリスクが高まることになるとの見解を述べた。また別の委員も、直近の株価の急反発に目を奪われることなく、その背後にある企業業績の悪化を注視すべきであるとの発言を行った。さらに別の委員は、企業が資金効率を引き上げるために株式の持ち合いを解消しようとしても、その一方で、自社の株価が低い水準にあるため他社から買収を受けるリスクも増大しており、持ち合い解消に容易には動きにくくなっているとの事情を指摘した。

 また委員の間では、日本の株価との関係で米国株価の先行きは大きな注目材料であるという点で認識の一致がみられた。このうちの一人の委員は、金融システム問題の進展が市場参加者の先行き見通しを好転させて株価を下支えするというシナリオが動き出す前に、海外からのショックが入ってきた結果、株式市場の脆弱性がさらに増してしまっているとの見解を示した。また、別の委員は、ロシアの混乱は世界的にリスクプレミアムを上昇させているが、それに伴って生じた米国のリスクプレミアムの上昇は、過去の経験に照らせば、景気下降の先行指標であることが多いとの指摘を行った。さらにもう一人の委員は、本年前半欧州から米国への資本流入が急増したが、これが今後も継続するのかどうかについて予断を持たずに見守る必要があるとした上で、年内の米国株価動向の帰趨に強い関心を抱いており、それが米国と日本の実体経済に与える影響も、細心の注意を払って点検していく必要があると発言した。

 さらに何人かの委員が、金融システム問題を巡る不透明感が、金融市場や実体経済に重石となってのしかかっているとする趣旨の発言を行った。

 具体的には、ある委員は、今後金融再生関連法案の審議が進んでいけば、不透明感は次第に薄らいでいこうとの見通しを述べたうえで、金融業自体が構造調整に直面している産業であるだけに、リストラなどの動きが短期的には経済に対してプレッシャーをかけていくことになろうと述べた。また、ほかの複数の委員は、金融再生法案の国会審議の進捗度合や一部金融機関の処理問題など、金融システム問題全体の先行きが不透明であることを眺めて家計が防衛的な支出態度を強めている感があるとの見方を示した。

 このほか委員の間では、企業や金融機関の信用リスクに関する議論も活発に行われた。ある委員は、最近の大型企業倒産や赤字決算を受けて、金融機関が運転資金の審査基準を厳格化しているほか、企業では企業間信用の供与に神経質になっており、その結果現金決済の割合が高まっているが、このような企業間信用の収縮は、企業活動の制約要因となるとの懸念を表明した。また、別の委員も、中小企業は金融機関の融資姿勢の慎重化から強い資金制約を受けており、今後、仮に企業間信用のパイプが閉ざされることになると、その経営は一層厳しい状況に追い込まれるとの見方を述べた。さらにもう一人の委員は、政府の「中小企業等貸し渋り対策大綱」が、現下の中小企業の厳しい資金繰り状況を緩和する材料として機能することを期待しているとの趣旨の発言を行った。これらの委員からは、今は企業活動を資金の量的側面から支えることが重要な局面にあるとの見解が付け加えられた。

 なお最近のマネーサプライの動きに関しては、ある委員から、伸び率自体はまずまずの水準にあるが、執行部からの報告にあったように、実体経済活動に伴う資金需要というよりはアベイラビリティー確保のための動きであるとすれば、ポジティブな評価は難しいとの見解が示された。

(3)景気の先行き

 景気の先行きについては、足許の経済情勢が予想を上回るテンポで悪化を示していることや、金融面で不安定な動きが続いていることなどを踏まえ、今後の弾力的な財政運営によって経済がデフレスパイラルに陥ることは何とか避けられるとした前回会合での判断が、引き続き妥当かどうかという点を中心に、議論が展開された。

 まず、ほとんどの委員は、総合経済対策の効果は今後本格的に出てこようし、6兆円を上回る減税や、いわゆる「15か月予算」の下で、公共投資が切れ目なく実施されれば、景気の悪化に歯止めをかける力が働くことになるという点で、認識はほぼ一致していた。

 しかしながら、各委員からは、こうした基本的な認識のもとでも、様々なリスクが浮上していることについて、以下のような指摘が出された。

 財政支出に関連して、ある委員から、設備投資の大幅な減少などの民間需要の急激な後退が、公共投資増加の効果を打ち消してしまうことになるのではないかとの発言があった。その委員はそれに加えて、現在明らかになっている財政支出プログラムのままでは、先行き99年度下期以降は公共投資が再び急速に細る計算になるとの指摘を付け加えた。また、別の委員からも、GDPギャップが拡大し、これから金融機関の不良債権処理が本格化するもとでは、財政面からの当面の効果としては、景気の悪化に歯止めをかけるのが精一杯ではないか、との見方が示された。さらにほかの委員も、強力な財政支援措置によるマイルドな景気回復の道筋自体は失われていないとしつつも、経済の活動水準自体が低下を続けている中にあって、総合経済対策における公共工事の発注が遅れたため、景気の転換点の展望が不明確になっているとの見解を示した。

 もう一人の別の委員は、こうした議論を総括するかたちで、足許の設備投資と住宅投資の下振れ、在庫調整の動きと最近の所得形成の悪化、さらには今後99年度にかけての財政面からの梃子入れの効果を織り込むと、98年度、99年度の風速ベースの実質GDPはいずれも1%前後となるが、それらは潜在GDPをやや下回るため、GDPギャップの拡大に対する十分な歯止めにはならない可能性があるとの試算結果を紹介した。その委員はさらに、98年度の第2次補正予算執行の大部分が99年度入り後となることや、足許の総合経済対策の遅れをカウントすると、98年度下期の見通しはさらに下振れる上に、99年度にもマイナスの波及効果が及ぶリスクがあると述べた。しかしその委員は、金融システムやロシア情勢などの外的ファクターが急転直下で解決すれば、現局面が景気のボトムになる可能性がない訳ではないとしつつも、その確率はそう高くはないであろうと付け加えた。

 このような財政面の効果に関するリスクを各委員が述べる中にあって、別の委員は、これまでの減税は確かに目立った効果をもたらしておらず、景気下支えに何がしか寄与するのが精一杯であった面はあるが、それでも、もしこれがなかりせばということを考えると、相応の効果をもたらしたと評価できるとした上で、来年度にかけても、公共事業と減税で相当の資金を投入しているので、その効果は必ず現れるはずであり、そこに注目したいと発言した。

 外需に関しても、これまでは景気支持要因として機能してきたが、今後もこれを期待しうるかどうかについて意見が交わされた。

 まずある委員が、98年度前半の日本経済を支えたのは純輸出のみであったと指摘し、これを受けてほかの委員も、確かに製造業の一部主力業種では、為替の円安や国内販売の不振の下で輸出に注力し、それが企業収益を下支えしてきたと指摘した。その上でその委員は、この下期以降、米国経済が減速傾向を示すことになれば、貿易摩擦が再燃するおそれがあり、この面からも、これらの業種では輸出を落とし、生産を抑制せざるをえなくなるのではないかとの見通しを述べた。

 また、このところの円相場の反発については、多くの委員から、日本経済のファンダメンタルズの改善が伴ってきておらず、これまで純輸出のみが景気回復の拠り所になってきたことを踏まえると、経済に対してプレッシャーを与えるものではないかとの見解が示された。具体的には、ある委員から、漸く在庫調整が終了しようとしている自動車関係にとっては、最近の円相場の反発はひとつの不安材料となるとの見方が述べられたほか、ほかの委員からも、輸入物価の下落を通じて国内卸売物価への下押し圧力となりかねないとの趣旨の発言が出された。

 なお多くの委員から、日本経済は、金融システム問題を含めた厳しい構造調整局面にあり、これが経済の先行き不透明感を強めているとの発言がみられた。このうち、ある委員からは、経済主体に明確な展望を持たせるためには、財政面からの恒久減税や政策減税の実施とともに、これが先行きの増税で相殺されてしまうという認識につながらないように、わが国の将来ビジョンを提示することが必要であるとの見解が示された。また、その委員は、財政支出の構造改革が重要であることに加えて、即効性の面からは従来型の公共事業がもたらす効果も軽視できず、都市型インフラの整備と21世紀を展望しうるビッグ・プロジェクトの策定が有効であろうとの意見も示した。

 このように景気の先行き見通しについては、各委員とも、財政面からの効果になお期待しつつも、前回会合までよりも厳しめの見方を採った。

 しかし、景気の現状と先行きを合わせた、総括判断の程度については、委員毎に温度差もみられた。

 具体的には、数名の委員は、(1) 日本経済はデフレスパイラルの入り口に立っている、(2) 実体経済や金融市場の動きからみると、先行きデフレスパイラルに陥る可能性も必ずしも否定できず、ひとたびスパイラルに陥ると、そこから抜け出すためのコストは多大になる、などとして、それぞれの厳しい判断を示した。

 また、別の複数の委員は、日本経済はすでにデフレスパイラルに踏み込んでいる可能性もあるとの、より厳しい判断を示した。このうちのひとりの委員は、(1) 景気動向指数からは、景気の悪化テンポがバブル崩壊直後に匹敵するスピードであることが窺われること、(2) 直近の日本商工会議所の早期景気観測調査からは、中小企業の厳しい状況が窺われること、を指摘した上で、経済情勢全般に関する深刻な懸念を表明した。また、もう一人の委員も、経済成長率のマイナス傾向が続いていることについて強い憂慮を示し、景気は回復の兆しが見えない厳しいコースを辿っていると発言した。

 一方、こうした見方に対して、ほかの一人の委員は、経済の下押し圧力と、政策が経済を引き上げようとする力とがうまく噛み合わず、景気展開がもたついたかたちとなることは、ある程度想定の範囲内であるとした上で、そうは言っても最近の状況は厳しく、これを放置すれば、金融市場の不安定化を通じて、実体経済の調整をさらに遅らせるリスクがあるとの見解を述べた。

 さらに別の一人の委員は、現在は4月以降、最悪の局面にあることは事実であるが、今後は、16兆円の経済対策の効果がようやく産業界にも浸透するはずであり、減税も家計に相応の効果をもたらしうる余地を残しているとの立場をとった。

V.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 景気情勢についてもっとも厳しめの判断を下した複数の委員は、そうした認識を前提に、この際もう一段の金融緩和措置に踏み切るべきであると主張した。

 具体的には、ある委員は、日銀としては景気の底割れを防ぐために何らかの措置を講ずる必要があるとして、前回会合と同様に無担保コールレートの誘導水準を0.25%に引き下げることを主張した。その委員は、金融機関が慎重な融資姿勢を続け、一部にクレジットクランチの状況もみられていると指摘した上で、資金の潤沢な供給は金融機関の融資姿勢の緩和につながるが、現在の「潤沢な資金供給」はあくまで市場金利を0.40〜0.42%近傍とする範囲内でのものであり、資金を追加的に供給していくためには、金利の目標を0.25%程度にまで緩めることが必要条件となると発言した。さらにその委員は、金融緩和のタイミングとしても、現在は、円相場が上昇しているためにアジア通貨への波及の懸念が少ないとの考えを述べた。また、金利引き下げが年金生活者、預金生活者などに及ぼす影響についても、現在のように失業が急速に増加しているような状況では、企業サイドのサポートが優先されるのは止むを得ないとの判断を示した。

 別の委員も、デフレスパイラルに陥るリスクを2か月強にわたって見守ってきたが、総合経済対策の効果の浸透や金融システム安定化に向けたスキーム作りの遅れに加え、金融資本市場の不安定な動向を踏まえると、今がまさに、日本銀行がそうしたリスクを縮減するための政策の実施を迅速かつ果敢に決定し、それを国民に伝えるタイミングである、との立場をとった。具体的には、(1) 公定歩合を据え置きとするが、市場金利の誘導目標を0.25%前後に引き下げ、金融市場に対して潤沢な資金供給を行うことを調節方針とすること、(2) 準備預金制度上の準備率を引き下げ、所要準備額を約1兆円程度圧縮すること、の2つをセットで実施することが適当であると発言した。さらに、その委員は、こうした政策対応の狙いとして、潤沢な流動性の供給を第一に挙げて、これにより、企業や家計のコンフィデンスの一段の悪化と金融機関の融資対応力の萎縮を防ぐことが重要であると主張した。また、金利誘導水準についても、具体的な値を明記することが好ましいとの意見を付け加えた。

 また、このほかの数名の委員も、金融市場の安定化の観点や、追加的な金融緩和の景気に対する効果、その副作用などを勘案した上で、一段の金融緩和に踏み切るのが適当との結論を示した。

 ある委員は、経済情勢はきわめて厳しく、これに対する対策としては、財政政策と金融システム面での抜本的対策ということになろうが、日本経済の現状がすでにデフレの入り口に立っているといった相当に深刻な認識を踏まえれば、——金利引き下げの効果が全くゼロということではない以上は——金融政策面からも可能なことは実施するのが望ましいと言えるタイミングになっているのではないかとの見解を示した。その委員はさらに、今年度下期から来年度にかけての景気回復期待を完全に放棄する必要はないにしても、リスク・シナリオがデフレ方向にあるということであれば、そのリスク・シナリオに十分に留意した政策運営を考えるべきであるとの判断を付け加えた。その委員は、金利引き下げの副作用について、前回会合までは円安の進行がアジア経済に及ぼす影響を懸念したが、最近の円相場上昇の背景にある市場センチメントをみれば、そのようなリスクは後退していると判断されると述べたほか、家計マインドに及ぼす悪影響についても引き続き十分に念頭に置いておく必要があるが、これだけ企業部門に対するプレッシャーが強まり、雇用や賃金に悪影響が出ていることを踏まえると、まず企業部門をサポートすることが家計部門にとってもプラスになるとの考え方を示した。こうした判断を踏まえて、その委員は無担保コールレートの0.25%の引き下げが適当な選択肢であると主張した。

 また別の委員は、前回会合までは、金融緩和措置は、市場において不測の混乱が生じた時のためにある程度温存しておいたほうがよいとの判断をもっていたが、総合経済対策の効果の出方が遅れ気味であり、経済全体がデフレスパイラルに陥るリスクが徐々に高まっていることや、一度それに陥った場合これを克服するためのコストが多大になることに強い懸念を有しているとの考え方を表明した。その委員は、その上で、金融システム問題の先行きが依然不透明であることや8月末以降の株価の不安定な動きを踏まえると、金融市場全体の地合いを整えておく趣旨で、金融面から対応を講じていく必要性が高まっているとの考えを示した。なおその委員は、金利引き下げの副作用として、家計の金利収入面に新たな影響が及ぶことは十分念頭にあるが、マクロ金融政策で直接に応えていくことは難しく、むしろ今は経済全体の活力を取り戻すようにすることが先決であるとの見解を示した。

 さらにほかの委員も、景気の現状および先行きについては、前回会合までよりも幾分厳しくなっており、最近の金融市場の不安定な動きをも踏まえると、企業、家計のコンフィデンスの悪化を通じて、景気や物価が下振れするリスクは高まっているとみられるとの指摘を行った。その上で、金融政策運営面では、これまでのように「現状維持」を続けることが適当かどうか、十分に吟味せざるを得なくなってきていると述べた。その委員は、金利引き下げがどの程度の効果を期待しうるかという点についてはなお議論の余地はあるが、金融システム面で不透明な状況が続く中にあっては金融市場の安定化を含め、日銀の決意を表明すべき段階にきているとの認識を示した。また、仮に金利を引き下げたとしても、円安を通じてアジア経済に混乱を及ぼすリスクは低下しているとの見解を示した。

 別の一人の委員は、まず、経済のデフレ圧力が強まりつつあり、それが加速するリスクも無視できないことや、経済の活動水準との関係で財政政策に所期の効果は期待できないこと、さらには金融システム問題の不透明感や金融市場の不安定化といった論点を挙げて、金融緩和の是非を改めて問うべきタイミングが到来したとの認識を示した。その上で、金融緩和効果の波及チャンネルに焦点を当てて、(1) 金利低下と、それが資産価格上昇を通じて経済主体の支出を促す効果については、平常時であれば期待できるルートであるが、不良債権問題が重石となっている現局面では多くを期待しにくく、精々住宅投資をサポートする程度ではないかと述べる一方で、(2) 金利引き下げが自国通貨安を通じて経済を支える効果は、過去の歴史からみても十分にサポートされると指摘したほか、(3) 量的緩和を伴う金利引き下げであれば、経済主体の期待形成を通ずる効果が見込まれると述べた。また、金利引き下げに伴うマイナス要因については、(1) 利子所得を巡る議論は、無視はできないが、そのマイナスインパクトを過大視すべきではないのではないかとしたほか、(2) 円安がアジア通貨に悪影響を及ぼす懸念については、すでに円高方向にある足許の環境ではその蓋然性が低いと述べた。一方、(3) 金融緩和の効果が半年から1年後に出てくるとすると、財政政策の効果が本格化するタイミングと重なって、経済をかえって不安定化させるリスクも一応は念頭に置く必要があると付け加えた。以上のような論点を考慮した上で、その委員は、金融緩和措置の効果は、ここまで金利水準が下がっているために、十全には発揮されない可能性があるが、これまで懸念材料としてきた副作用もさほど大きくはならないとみられるので、結論的には、緩和方向に強いバイアスを有していると総括した。

 もう一人の委員は、金融資本市場に不安定な動きはあるが、長短金利は総じて落ち着いており、切迫した状況にある訳ではないことを踏まえると、今回何らかの措置をとることには、かなりの躊躇を感じるところでもあるが、その一方で、財政支出の効果がなかなか本格化しない中にあって、経済の活動水準の低下は看過できる状況ではなくなっており、ショックに対する抵抗力が低下していることに懸念を強めているとの趣旨の発言を行った。また、物価の下落に伴って実質金利が上昇しており、日本経済はデフレスパイラルの入り口周辺にいるのではないかとの見解を示したうえで、金融政策についても、デフレ回避策を採ることの優先順位が上がってきているのではないかと結論づけた。その委員はそれに付け加えて、低金利に対する社会的な批判に対しては、そのような措置が、歴史的にみて異例であることを説明していく必要があるとの考えを述べた。

 さらに、景気がもたついている状況はあらかじめ想定していた範囲内であるとは言え、これの市場経由のリスクに懸念を表明した一人の委員も、不良債権問題などを巡ってアク抜け感が出ない金融市場に対して、流動性供給を断固として続けていく日本銀行の姿勢を強く訴えていくことは、きわめて重要であると発言した。その委員は、このような姿勢は、歴史的に大きな転換を図ろうとしているわが国経済に対して、日本銀行としても全力を挙げている重みを世間に深く認識してもらうことに繋がるとした上で、潤沢な資金供給を確実に実行するためには、結果としての金利引き下げも容認されるべきであるとの考え方を示した。さらにその委員は、金利引き下げのインパクトを強く受ける家計部門の一部のことを考えると、「苦渋の見切り発車」のかたちとなるが、先ずは流動性供給が優先されるべきであるという考え方を丁寧に説明することによって、そうした方面の理解も何とか得ることができるのではないかとの見解を付け加えた。

 こうした金融緩和方向に対する議論に対して、別の一人の委員は、これ以上の金利の引き下げは、企業のリストラの煽りを受けて支出の抑制に追い込まれている家計を一層苦しめることになり、望ましい選択とは言えないと反論した上で、金融調節方針の現状維持を主張した。その委員は、現在の経済情勢は4月以降最悪であることを認めつつも、貯蓄広報中央委員会のアンケート調査「貯蓄と消費に関する世論調査」において、最近の消費抑制の理由が手取り収入の減少にあることを引用して、この局面で金利収入が減少した場合には、家計支出がさらに抑制され、景気全体にもマイナスとなりうるとの懸念を述べた。これに加えて、現在は企業側からの金利引き下げ要望の声は少なく、利下げをしても経済全体に十分に資金が回るようになることは期待できないのではないかとの指摘を行った。その上でその委員は、このようなデメリット等を踏まえると、現時点は一段の金融緩和が必要な局面とは思えず、今後下期に本格化する財政支出の効果を待つ方が先決であると結論づけた。

 以上のように、多くの委員が金融政策の基本的スタンスとして、もう一段の緩和が必要となっており、市場金利の引き下げが適当であるとの意見を述べた。それとともに委員会では、今後金融市場がさらに不安定化した場合に日本銀行は引き続き断固とした姿勢で臨んでいくことを、市場に対して明確に発信していくことが重要であるとして、活発な議論が続けられた。

 まず、金融政策の基本的なスタンスについて、緩和方向に強いバイアスを有しているとしたある委員は、不良債権問題の深刻化の影響が企業金融にも及んでいる結果として、有効需要が減少しているような状況を踏まえると、金融緩和措置を採る以上は、アナウンスメント効果を含めて大きな効果が出るように工夫することが望ましいと発言した。さらにその委員は、そうした観点から、市場金利の誘導レンジとして0〜0.3%程度を念頭に置いたうえで、デフレの進行や、マネーサプライの落ち込み、さらには金融市場の混乱などがみられる場合、必要に応じて、レンジの中で誘導水準を引き下げていくといったことは考えられないかとの問題提起を行った。

 これを受けてほかの委員も、金融市場が不安定な状況を踏まえ、金利水準の誘導目標を定めながら、弾力的な資金供給を行いうる余地も残しておくことが必要であると発言した。また別の委員からも、状況次第では、仮に市場金利が誘導目標を下回ることがあっても資金供給を続ける姿勢を示すことが望ましい局面がありえようとの見解が示された。

 さらに、市場金利の誘導水準を0.25%とすることが適当であるとしたほかの一人の委員も、金融市場の安定確保に万全を期す観点から、マーケット全体が逼迫した際には、市場金利が引き下げ後の誘導目標を下回ることとなっても、日本銀行はリザーブを供給する用意があるという姿勢を示すべきであると述べた。その上でその委員は、こうした考えと、0〜0.3%の誘導レンジの中で徐々に引き下げる方法とは、大枠において相違はないのではないかと発言し、誘導レンジに関する問題提起を行った委員もこれに同意した。

 このほか、もう一人の委員からは、潤沢な資金供給の実施とそれに伴う市場金利の低下を容認するのであれば、公定歩合をあわせて引き下げることも検討対象となりうるのではないかとの問題提起があった。これに対しては、何名かの委員から、現局面は金融市場が混乱に陥っているというまでの状況にはなく、今回は市場金利のみを引き下げることが適当であるとの意見が示された。また、別のある委員からは、公定歩合に連動する市中金利はすでに限られたものとなっているので、市場金利の誘導目標を金融政策運営の柱として物事を考えるということでとりあえずよいのではないか、との見解も付け加えられた。

 このように、金融市場の安定化のために必要な場合には、引き下げ後の無担保コールレートの誘導目標にかかわらず、さらに資金供給を行うようにするとの考え方で、多くの委員は認識を共有した。そうしたもとで、金融政策決定会合の手続き面の理解として、ある委員から、誘導目標にかかわらず潤沢な資金供給を行うことの判断を執行部に委ねることと、政策委員会の関係をどのように考えるかとの問題提起があった。これに対しては、何名かの委員から考え方が示されたあと、総括として、「現状、金融市場は不安定な状況にあり、突発的な動きが生じる惧れも考えられるため、執行部がその必要性を判断して、新たなコールレート誘導目標にかかわらず機動的、弾力的に潤沢な資金供給を行いうるよう、金融政策決定会合から執行部に対するディレクティブの中にそうした文言を書き加えることとするが、執行部がこれを実行した場合には直ちに政策委員に報告することとし、政策委員はこれを吟味して必要があると判断する場合には、法令に則り議長に対して金融政策決定会合の開催を求めることができる」との手続きが、委員の間で確認、同意された。

VI.採決

 以上の検討の結果、次回金融政策決定会合までの金融政策運営については、(1) 景気のこれ以上の悪化を防止し、(2) 金融市場の安定に万全を期するために、現状の金融緩和姿勢をもう一段進めて、無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.25%程度にまで低下することを促すとともに、金融市場の安定維持の観点から、必要な場合には一層潤沢な資金供給を行うことが適当であるという見解を、多くの委員が支持した。他方、これとは異なる見解の委員、あるいは、緩和手段について追加的な意見をもった委員も存在したため、次の3つの議案が採決に付されることとなった。

 篠塚委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促すという、現状維持を内容とする議案が提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 三木委員からは、(1) 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、無担保コールレート(オーバーナイト物)を平均的にみて0.25%前後で推移するように促す。また、金融市場に対して潤沢な資金供給を行う。(2) さらに準備預金制度の準備率を引き下げ、平均所要準備額を約1兆円減少させることを内容とする議案が提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数の意見をとりまとめる形で、次の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。

 なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、中原委員、植田委員
  • 反対:篠塚委員

——篠塚委員は、経済情勢は悪化を辿っているが、金利の引き下げは家計に一層の負担を負わせることになりかねない一方、これまでのところ金融資本市場に深刻な混乱が発生しているとまではみられないため、現時点においては、金融面からの新たな追加措置は不要であるとの立場から、上記採決において反対した。

VII.対外発表文「金融市場調節方針の変更について」の検討

 対外発表文「金融市場調節方針の変更について」が検討され、採決の結果、別添のとおり公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、中原委員、植田委員
  • 反対:篠塚委員

VIII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を9月11日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成10年 9月 9日
日本銀行

金融市場調節方針の変更について

  1. (1)日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、金融市場調節方針を一段と緩和し、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。
    無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。
    なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。
  2. (2)わが国の景気は全般に悪化を続けており、物価も軟調に推移している。金融面でも、民間銀行貸出が減少を続けるなかで、マネーサプライの伸びは緩やかなものとなっている。この間、金融資本市場では、金利のリスクプレミアムや株価などに不安定な動きがみられる。
    今後、総合経済対策の実施等によって、景気のさらなる悪化には徐々に歯止めがかかるものと期待される。しかし、経済活動の水準はすでに相当低下している。また最近の金融資本市場の動向や企業倒産の増加等が、企業や家計のコンフィデンスを一層低下させるおそれがある。これらを踏まえると、先行き、景気や物価がさらに下振れる可能性も必ずしも否定できない。
  3. (3)日本銀行は、インフレでもデフレでもない、「物価の安定」を金融政策運営の目標としている。上記のような金融経済情勢を踏まえて、日本銀行は、経済がデフレスパイラルに陥ることを未然に防止し、景気悪化に歯止めをかけることをより確実にするため、この際、上記の金融緩和措置を採ることが適当と判断した。
  4. (4)日本銀行としては、上記の金融政策運営方針のもとで、引き続き潤沢な資金供給に努め、これを通じて、金融市場の安定に万全を期すとともに、マネーサプライの拡大を促していく考えである。
  5. (5)日本経済にとって、現在、景気の回復と金融システムの建て直しは、一刻の猶予もならない課題である。今回の金融緩和措置が、これらの課題の克服にも資することを期待するとともに、関係各方面が一丸となって取組み強化を図られることを強く期待する。

以上