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金融政策決定会合議事要旨

(2001年 8月13、14日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2001年9月18日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2001年 9月25日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
2001年8月13日(14:00〜16:19)
2001年8月14日( 9:01〜13:04)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口泰(  副総裁  )
  • 三木利夫(審議委員)
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
  • 田谷禎三(  審議委員  )
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原眞(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省 藤井 秀人  大臣官房総括審議官(13、14日)
  • 内閣府 岩田 一政  政策統括官
         (経済財政—景気判断・政策分析担当)(13日)
    竹中 平蔵  経済財政政策担当大臣(14日)

(執行部からの報告者)

  • 理事松島正之
  • 理事増渕 稔
  • 理事永田俊一
  • 企画室審議役白川方明
  • 企画室参事役雨宮正佳
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局企画役吉田知生
  • 国際局長平野英治

(事務局)

  • 政策委員会室長横田 格
  • 政策委員会室審議役中山泰男
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室調査役衛藤公洋
  • 企画室調査役長井滋人

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節は、前回会合(7月12、13日)で決定された金融市場調節方針1にしたがって、日本銀行当座預金残高が5兆円程度となるような調節を行った。こうした調節のもとで、無担保コールレート(オーバーナイト物)は、月末日などに0.02%となったことを除けば、0.01%で極めて落ち着いて推移した。同レートの今積み期間中の加重平均金利は、8月10日までで0.01%と史上最低水準となっている。

 この間、9月中間期末越えの資金需要の高まりに対応して、昨年を上回るペースで9月末越えの資金供給オペを実施している。また、金融市場調節の入札連絡事務に関する新システムが7月23日にカットオーバーした。これを受けて実施した2回の手形全店買入オペは、対象金融機関の拡大と利便性向上の効果から、応札倍率が本店買入オペを上回るなど、順調に立ち上がっている。

  1. 「日本銀行当座預金残高が5兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 最近の金融・為替市場の動きを概観すると、株価が年初来安値を窺うなど軟調に推移するなかで、長期金利は一時1.4%台にまで上昇したほか、短期金利も9月末越え金利が強含んでいる。円の対ドル相場は、しばらく123〜125円台でもみ合ったあと、ここにきて122円前後にまで上昇している。

 株価は、日米IT関連企業の業績下方修正が相次いだこと、不良債権処理額の上振れや株式含み損拡大懸念から銀行株が軟調なこと、持合い解消売り圧力が高まっていることなどを背景に、下落基調が続いている。市場では、米国景気の下期回復期待の後退から海外株価が軟化していることもあって、先行き下値不安が根強い状況である。

 長期金利は、前回会合以降、補正予算を巡る議論などを受けて需給悪化懸念が意識され、一時1.4%台にまで上昇した。また、株安等を受けた金融機関の利益確定売りから、中期ゾーンでも金利上昇がみられている。8月6日週の後半以降、買い戻しの動きもみられるが、市場では、当面、需給悪化材料に反応し易い不安定な展開が予想されている。この間短期金利は、9月末越え金利が、一部都銀の前倒し調達の動きから強含んでいるが、今のところ季節的な変動の範囲内の動きと考えられる。

 円の対ドル相場は、日米とも景気の先行き不透明感が強まり、両国の株価が不安定な動きを続けるなか、123〜125円台で方向感なくもみ合う展開が続いていたが、米当局のドル高政策修正に対する市場の思惑の強まりなどから、8月9日以降、122円前後まで円高が進んでいる。

3.海外金融経済情勢

 前回会合以降、世界的な景気の同時減速傾向が一段と明確になっている。

 米国では、本年第2四半期の実質GDP成長率が、前期比年率+0.7%と93年第1四半期以来の低い伸びとなった。個人消費や住宅投資など家計部門の需要は底固く推移しているが、企業部門は、収益の悪化を背景に設備投資が大幅に減少するなど、調整が深まっている。また、このところの労働生産性上昇率の低下に伴い、コスト面から企業収益が圧迫される構図が明確になっている。雇用面では、7月失業率は前月比横這いとなったが、企業部門の生産調整の動きから雇用者数が製造業・非製造業とも減少するなど、雇用環境の悪化が続いている。この間、物価は落ち着いた動きとなっている。なお、8月8日公表のベージュ・ブックは、小売売上げの全般的な弱含み傾向を指摘するなど、景気の弱さを認識させるものと受け止められている。

 ユーロエリアの景気も減速している。企業部門では、米国向け輸出の伸び鈍化の影響などから、ドイツ、フランスを中心に生産は減少傾向にあり、企業コンフィデンスが悪化傾向を辿るなかで、設備投資も減速している。家計部門は、個人消費が底固いものの、消費者コンフィデンスはこのところ悪化しており、ドイツでは、失業者の増加もあって小売売上げ数量の伸び率低下が続くといった弱材料もみられている。この間、イタリアの第2四半期の実質GDP成長率はマイナスとなった。

 東アジア諸国では、IT関連を中心に米国・日本向け輸出の減少が続いているため、生産も減少基調にあるなど、景気の減速が続いている。

 国際金融面では、世界同時減速傾向の強まりを受けて、米国、ユーロエリアとも、長期金利が低下傾向を辿る一方、株価は不安定な地合いが続いている。なお、米国FF先物金利は、次回FOMC(8月21日開催予定)における0.25%利下げをほぼ織り込み、さらに年内に、もう1回の利下げを織り込む展開となっている。

 エマージング市場では、7月中旬にかけて、アルゼンチン政府の債務返済能力に対する懸念から、同国債の対米国債スプレッドが急拡大し、ブラジル等ラ米諸国や一部東欧諸国でも、国債相場や通貨が下落する動きがみられた。その後、アルゼンチンで、政府の歳出削減案が議会で可決されたほか、IMFの支援も決定され、混乱の拡大には一応歯止めがかかっているが、同国債の対米国債スプレッドはなお高止まっており、今後の動向には引続き留意が必要である。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 わが国景気の現状は、輸出と生産の大幅な減少を主因に、調整が一段と深まっている。

 最終需要面をみると、個人消費は総じて横這いで推移しているが、住宅投資、公共投資は減少している。輸出は、海外経済の減速、とりわけ情報関連財の需要低迷を背景に大幅な減少が続いており、これを受けて設備投資も減少している。

 こうした最終需要動向に加え、電子部品や一部素材分野での在庫調整圧力が強いこともあって、生産は大幅な減少を続けている。企業収益の悪化から、家計の所得形成も徐々に弱まりつつある。

 世界の半導体出荷、パソコン出荷などは、4〜6月の実績が春頃の業界予想に比べ大幅に下振れるなど、厳しい状況が続いている。こうしたもとで、輸出は情報関連財や資本財の落込みから、1〜3月に続き4〜6月も大幅な減少となった。鉄鋼・化学など中間財の輸出も、ここにきて減少幅を拡大している。設備投資も、4〜6月資本財出荷が大幅な減少となったほか、機械受注も7〜9月は減少見通しとなっていることなどからみて、急激というほどではないにせよ、減少傾向を辿っているとみられる。

 生産は、4〜6月の大幅減少のあと、生産財を中心とする在庫調整圧力もあって、7〜9月もマイナス基調を続けるとみられる。こうした状況下、雇用面では、6月の新規求人が前月までの増加傾向から減少に転じたほか、名目賃金も中小非製造業の特別給与を中心に、前年比のマイナス幅を拡大するなど、所得形成が徐々に弱まりつつある。

 個人消費では、4〜6月の消費水準指数が前期比マイナスに転じたものの、乗用車販売が一段と伸びを高めているほか、百貨店売上げやサービス関連統計など底固い指標もみられる。消費者コンフィデンスも、春にかけて低下した後、概ね横這いとなっている。

 景気の先行きについては、年末辺りに世界的な情報関連財の在庫調整が一巡することを前提とすれば、輸出の回復に伴って生産が持ち直していくシナリオを一応期待できる。ただ、海外経済や世界的な情報関連需要については、回復時期・回復テンポ両面で慎重な見方が増えている。国内では、生産面を中心とする調整が長引くにつれて、企業収益、さらには家計の所得形成も弱まっていくとみられるため、そのことが景気調整のさらなる長期化・広範化に繋がる可能性が無視できなくなっている。

 この間、物価面をみると、卸売物価は3ヶ月前対比で−0.2%程度の下落が続いている。内訳をみると、情報関連財に加え、鉄鋼・建材関連やその他素材が下落幅を拡大している。企業向けサービス価格も前年比マイナス幅を拡大している。消費者物価は引続き弱含みで推移している。全般に、需要の弱さに起因する低下圧力が働きやすくなっている点には留意が必要である。

(2)金融環境

 金融環境をみると、民間の資金需要は、昨年後半から本年前半にかけてマイナス幅を縮小させた後、このところ再び減少傾向を強めているように見受けられる。資本市場を通じる資金仲介は、CP残高が4ヶ月連続で既往ピークを更新するなど伸びを高めているものの、銀行貸出はマイナス幅を拡大している。

 銀行貸出の減少は、基本的には、資金需要の低迷によるところが大きいとみられる。ただ、銀行の融資姿勢をみると、優良企業については貸出姿勢を積極化する一方で、信用力の低い先に対しては慎重化するなど、貸出スタンスの二極化の動きがみられる。中小企業からみた金融機関の貸出態度は、足許やや厳しめの方向に振れているほか、主要銀行に対する貸出動向アンケートでも、大企業向けに大きな変化がない一方で、中小企業向け融資を幾分慎重化させている姿が窺われる。この間、資本市場調達は、信用力の高い大企業が主な調達主体となっていることから高い伸びを続けている。

 この間、マネー関連指標をみると、超低金利のもとで流動性保有に伴う機会費用が極めて小さくなっていることから、銀行貸出などクレジット指標とは対照的に、堅調な伸びとなっている。7月のマネタリーベースは、郵貯の大量満期到来に伴う郵便局の手許現金積上げを主因に、前年比+8.0%と前月(+7.6%)をさらに上回る高い伸びとなった。7月のマネーサプライ(M2+CD)も、郵貯等からの資金シフトを主因に、前年比+3.3%と伸びを高めた。内訳は、M1を構成する現金通貨や預金通貨の伸びが中心となっている。

 企業倒産はこのところ月1,500件前後の推移が続いている。この約4分の1を占める特別保証制度関連倒産の内訳をみると、建設業のウエイトが徐々に高まっている。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.景気の現状

 景気の現状について、委員会は、前回会合(7月12、13日)以降、一段と厳しさを増しているとの認識で一致した。その背景について、多くの委員は、輸出と生産の落込みが広範化するとともに、そうした企業部門の調整が雇用・賃金を通じ家計部門にも及びつつあることを指摘した。このうちひとりの委員は「景気は後戻りを続けている」と表現し、別のある委員は「前回会合時に比べ景気の悪化テンポが加速している」と述べた。

 まず企業部門の動向について、大方の委員が、輸出と設備投資の下振れが明確になり、生産の落込みがさらに厳しくなっているとの見方を共有した。

 企業部門の調整の広がりに関し、多くの委員は、情報関連分野の調整が長期化するなかで、鉄鋼、化学、一般機械、輸送用機械など幅広い業種で出荷減少・在庫積上りがみられ、調整の動きが情報関連以外の業種にも広がりつつあると指摘した。このうちのある委員は、一部素材業種では、内需不振と本邦企業の海外生産シフトから、生産の落込みと製品価格の低下に直面しており、こうした業種の現場からは「デフレ・スパイラルの様相を呈している」との声も出ていると述べた。

 こうした企業部門の悪化が、雇用や家計の所得形成、さらには個人消費に及ぼす影響についても議論がなされた。多くの委員が、6月の名目賃金や新規求人の減少に着目し、生産の落込みの影響が夏季賞与など家計所得の減少に繋がってきているとの認識を共有した。何人かの委員は、特に中小企業・非製造業で賃金の弱さが目立つ点に言及した。また、これらの委員は、就業者数の減少にも拘わらず、失業率が横這いである点に注目し、自営業者等の労働市場からの退出傾向が強まっている可能性を指摘した。ある委員は、企業の淘汰、新旧交代のなかで、賃金の下押し圧力が高まっていると述べた。

 個人消費については、多くの委員が、強めの指標と弱めの指標が混在しており、これまでのところは、何とか持ちこたえているとの見方を示した。しかし、上述のような雇用・所得形成の弱さに鑑みると、今後消費の減退に繋がっていく可能性が高いとの見方が共有された。ある委員は、消費マインドを下振れさせる要因として、過去1年半の間に本邦の株式時価総額がおよそ500兆円から350兆円前後に落ち込んだとの試算を示したうえで、ITバブルの崩壊による逆資産効果を指摘した。別のある委員は、雇用不安や年金など社会保障制度に対する不安を指摘した。

 物価については、複数の委員が、各種物価指標で前年比マイナス幅の拡大傾向に歯止めがかかっておらず、需要の弱さに起因する物価下落の傾向が強まっていると述べた。ある委員は、わが国の高コスト体質是正を迫る物価下落はなお続かざるを得ないとしたうえで、消費者物価前年比が安定的にゼロ%以上になるまで現行調節方式を続けるとのコミットメントは、そうした供給面からくる物価低下圧力を打ち消す程度まで需要を回復させていくことを念頭に置いたものと理解される、と述べた。

2.景気の先行き

 景気の先行きに関しては、世界的なIT部門の調整や米国など世界経済の動向が引続き重要な鍵となる、との見方で一致した。

 まず、多くの委員は、IT関連需要の落込みが従来みていた以上に厳しく、世界的に在庫調整に目途がつく時期が後ずれしている、との見方を共有した。ある委員は、情報関連財受注の落込みからみて、在庫調整が進捗しても、生産は順調に回復しないのではないか、と述べた。別のある委員は、過去の積極的な能力増強投資で情報関連財は供給過剰となっており、資本ストック調整が長引くのではないか、と述べた。もうひとりの委員は、長い目でみた情報関連分野の成長性は高いが、今は調整局面にあり、回復トレンドに復するには次世代商品による需要喚起を待つ必要があるとの見方を示した。

 米国経済については、大方の委員が、設備投資や生産の減少が続いており、先行き緩やかな回復に転ずるとしても、その時期はさらに後ずれし、回復のテンポも鈍くならざるを得ないとの見方を共有した。また複数の委員が、米国経済の先行きをみるうえで、家計部門の動向が重要な鍵になると述べた。このうちひとりの委員は、消費の底固さは家計所得の伸びに支えられてきたが、企業収益と生産性の悪化が家計所得に及ぶ可能性があると言及した。この委員も含め、複数の委員が、8月発表の地区連銀経済報告で消費の陰りを示す記述があること、消費者コンフィデンスが低下していることを懸念材料として挙げた。別のある委員は、住宅価格上昇に伴う家計の借入れ能力向上が消費下支えの一因となっている点を指摘したうえで、住宅価格の上昇にはバブル的な要素があった可能性があり、今後住宅価格が下落すれば、こうしたメカニズムが崩れかねないとの見方を示した。この委員はまた、米国の労働生産性が遡及して下方改訂され、従来考えられていたほど高くなかった点を懸念材料として指摘したほか、税金還付の効果は既に出尽くしたのではないかとの見解を述べた。

 この間、ひとりの委員は欧州・アジア経済でも減速が一層明確化している点を指摘した。また別のある委員も、世界経済は同時不況の様相を強めており、世界貿易量の減少、特に東アジアやASEAN諸国の落込みが日本経済に及ぼす影響が懸念される、との見方を示した。

 日本経済を取り巻く環境が厳しさを増しているなかで、わが国の景気の先行きについても、慎重な意見が多く出された。まず、生産調整の終了時期について、多くの委員が、生産の落込みにも拘わらず在庫が減っておらず、調整は長期化する可能性が高くなっているとの認識を共有した。ある委員は、鉱工業生産指数の時系列分析を示しつつ、生産が回復に転じるのは早くても来年4月以降になると述べ、別のある委員も、素材業種の在庫調整の遅れを例示しつつ、完了時期は来年度上期以降になると述べた。

 この間、複数の委員が、前回会合以降明らかになった企業の業績予想の下方修正や減産・リストラ計画公表の動きに言及しつつ、6月短観の収益・投資計画が楽観的なものであったことが明らかになっている、と述べた。別の委員も、このところの総合電機・通信メーカーなどの収益予想の下方修正は短期間の修正幅としては極めて異例であり、下期の計画にはなお下方修正リスクがある、として企業収益の厳しさを強調した。

 このため、多くの委員が、企業部門の調整が家計部門に波及していくリスクが強まっていることに懸念を示した。複数の委員は、企業の生産、収益の状況に照らすと、冬の賞与も期待できないとの見方を示した。このため、これまでのところ持ちこたえてきた個人消費についても、今後留意すべき局面に入っているとの見解が多く示された。

 こうした景気見通しを背景に、先行きの物価動向についても、慎重な見方が共有された。ある委員は、設備投資の減少などから需給ギャップが拡大し、今後物価低下圧力がさらに強まる可能性が増大していると指摘した。また、賃金の弱さに関連して、複数の委員が非製造業での賃金低下がサービス価格、さらには消費者物価の下落に繋がる可能性に留意すべきと述べたほか、何人かの委員が、所得の減少がさらなる需要低迷、物価下落に繋がる可能性を指摘した。こうした議論を総括して、ある委員は、3月の金融緩和措置はある程度の物価下落を視野に入れたものであったが、その後の景気展開を踏まえると、もう一段の下落を心配すべきリスクが出てきている、と述べた。

 以上を踏まえて、複数の委員が、4月の「展望レポート」との比較の観点から、情勢を整理した。このうち多くの委員は、同レポートで指摘した4つのリスク要因((1)海外経済やIT関連分野の動向、(2)資産価格の動向、(3)構造調整の影響、(4)国民の将来に対する不安感)のうち、最初の2点については、景気悪化の方向で現実化していると述べた。複数の委員は、3番目の構造調整の影響についても、市場は既にその短期的なデフレインパクトを織り込み始めているのではないかと述べた。このため、多くの委員は、「下期以降、米国経済の調整進捗に伴って、わが国の輸出や生産への下押し圧力は徐々に減衰する」という標準シナリオが実現する蓋然性は低下しているとの見方を共有した。ある委員は、4月に公表した本年度の成長率に関する委員の大勢見通し(+0.3%〜+0.8%)は、現時点では下方修正が必要となっていると述べた。また別の委員も、成長率がプラスになるような明確な材料は見えてきていないと述べた。こうしたなかで、ひとりの委員は、標準シナリオは既に崩壊していると指摘し、一段と厳しい評価を示した。

 このほか、何人かの委員から、先行きの景気に関するその他の留意点が幾つか提示された。

 ある委員は、本邦企業の海外生産シフトが、景気回復を妨げる可能性があると述べた。この委員は、情報通信、家電等の業種が、(1)低賃金、(2)低地価、(3)品質向上、(4)中国元の事実上のドルペッグなどを背景に、生産拠点の中国シフトを加速していること、またこうした動きが自動車関連企業などにも広がりつつあるため、国内需要以上に国内の生産が減少する傾向にあることを指摘した。さらにこの委員は、中国のWTO加盟に加え、元相場が競争力の実態を反映した水準に調整されていかないと、日本やアジア経済への影響は大きいと付言した。もうひとりの委員も、産業界は構造改革に直面してビジネスモデルの再構築を模索しており、その過程で産業の空洞化が進む可能性があるとの見方を示した。

 また、別のある委員は、地方経済が相当疲弊しており、これが先行き深刻化するリスクに留意すべきと述べた。この委員は、その背景として、(1)工場立地からみて情報関連産業や輸出の低迷によるダメージは地方が大きいとみられること、(2)地方から大都市への人口流入が強まっていること、(3)公共投資削減の影響も地方に出やすいことを指摘した。

 同じ委員は、石油価格の動向にも警戒が必要との見方を示した。この委員は、(1)OPECの減産で世界的な経済減速にも拘わらず価格は横這いで推移していること、(2)こうしたなかで今後冬の需要期を迎えることなどから、年末にかけて石油価格が上昇する可能性が高いとの見通しを述べた。さらにこの委員は、中東情勢が緊迫化しつつあることから、その動向如何では石油価格が急上昇しかねない点を懸念材料として指摘した。

3.金融面の動向

 最近の金融環境について、多くの委員が、年初来安値圏で不安定な動きを続ける株価動向とその影響を懸念材料として指摘した。ある委員は、企業業績の悪化というファンダメンタルな要因に加え、市場が金融機関の決算対策や持合い解消の売り圧力といったマイナス材料に敏感になっており、9月末にかけて不安定な地合いが続くことを想定しておくべきと述べた。別の委員は、3月緩和効果の出尽くし感から、市場は「催促相場」的な色彩を強めている、と表現した。もうひとりの委員は、持合い解消圧力が株価の頭を抑える要因となっており、株価回復には、自社株買いも含めた企業のROE向上努力や、証券税制見直しによる個人貯蓄の呼び込みといった抜本的な対応が必要との見解を示した。この間、ある委員は、日米株価の先行きについて触れ、(1)米国企業の業績は二極化しており、NYダウは高値更新の可能性が残っているものの、NASDAQ指数は下落余地が大きい、(2)本邦株価も年初来安値の更新が避けられなくなってきた、との厳しい見通しを述べた。

 こうした株価動向を踏まえ、複数の委員は、株価下落が企業・家計のコンフィデンスや金融機関の融資態度に与える影響を注視する必要があると述べた。このうちのひとりの委員は、資産価格の上昇によって家計の消費を刺激する景気回復ルートを期待したいところであるが、足許の株安はむしろその逆の効果を懸念しなければならないレベルに入ってきていると述べた。別の委員は、このところの銀行格付引下げの動きなどに言及しつつ、銀行に対する市場の評価は依然厳しく、時価会計の下で、さらなる株価下落が金融機関の財務状態に対する市場の懸念を高める可能性にも留意が必要と述べた。

 こうしたなかで、多くの委員が、金融機関の貸出姿勢に言及した。これらの委員は、優良企業とそれ以外で融資スタンスの二極化が強まっているとの見方を共有した。このうちひとりの委員は、夏場頃から銀行による企業の信用度などに応じた利鞘確保の動きが広がっており、中小企業への貸渋りにつながる可能性には留意する必要があると述べた。ただしこの委員は、こうした傾向は、銀行経営の健全化のために、基本的な方向として望ましい動きであると付け加えた。もうひとりの委員は、健全化計画の見直しで、大手行の今年度不良債権処理額が大幅に増加した点に言及し、今後の処理の影響や、銀行の融資姿勢の変化には目を凝らす必要があると述べた。こうした状況を総括して、ある委員は、銀行与信が景気の波に同調する動きがマイルドなかたちで起こり始めていると述べたうえで、株価下落で銀行与信が厳しさを増すリスクに注意が必要と指摘した。

 また、会合直前の8月9〜10日にかけて円高が進んだ点を踏まえ、為替相場についても複数の委員が言及した。ある委員は、機関投資家の対外投資が慎重化しており、米国経済の低迷長期化で、当面円高傾向が強まる可能性もあると述べたほか、別の委員も、米国経済や企業業績に対する厳しい見方から、日欧の投資家がドル離れの傾向を強めているとの見解を示した。もうひとりの委員は、米国経済の減速を背景に米産業界からドル高是正を求める声が出ていることに着目した。この委員は、(1)本邦企業も円安がかえってダンピング問題や輸入制限問題に発展しかねない点を警戒し始めていること、また(2)為替相場は基本的に市場原理で決まるべきものであるが、本邦企業がメガコンペティションを勝ち抜くためにリストラを進めているなかで、為替相場は安定が大事であり、その急激な変動は避ける必要があること、(3)為替相場がファンダメンタルズに沿って安定的に推移する限り、政策当局が相場についていちいちコメントすべきではないことを指摘した。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 続いて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 大方の委員が、金融調節方針を現状維持とした前回会合時と比較して、(1)IT分野の調整が想定以上に深く、長期化の様相を呈している、(2)収益・設備投資・生産の悪化が一段と明確になり、IT関連以外の業種にも調整が広がってきている、(3)そうした企業部門の調整が、雇用・所得環境の弱まりを通じて家計部門にも波及しつつあり、当面は調整圧力が継続する、との認識を共有した。加えて、複数の委員が、株価の軟調や金融機関の不良債権処理促進・融資姿勢の厳格化など、金融面からのダウンサイドリスクが高まっている点を指摘した。こうした情勢判断を踏まえ、委員会は、今回追加的な緩和策を講じることが適当であるとの認識で一致した。何人かの委員は、今回の追加緩和には、現状における経済の悪化への対応という側面と、先行きのリスクに対する予防的な対応という側面がある点を強調した。

 そのうえで、具体的な緩和策について、大方の委員は、3月19日に講じた新しい金融市場調節方式の枠組みのもとで、日銀当座預金残高を現在の5兆円程度から6兆円程度に増額し、その効果を見極めることが適当との見解を示した。当座預金の増額幅については、ある委員が、現段階で金融調節上実行可能とみられる範囲内で最大限の引上げを図るという意味で1兆円の増額が適当と述べ、他の委員も概ね同じ考え方を共有した。

 ただし、ひとりの委員は、政策変更のタイミングとしては今がぎりぎりのタイミングになっていると強調したうえで、3月19日の金融調節方式の枠組みを一部変更し、2003年1〜3月期までにインフレ率をゼロ%以上とする、時間軸についての明確なターゲットを導入するとともに、そのもとで当座預金残高を7兆円に増額すべきである、と述べた。

 当座預金の増額に期待される効果について、複数の委員が、僅かながらもさらなる金利低下を促す効果、金融機関のリスクテイクや資産選択の多様化を促す効果、企業や家計の期待に働きかける効果などが考えられると述べた。

 また、複数の委員が金融面の脆弱性への対応という側面を指摘した。ある委員は、中間期末にかけて株価の下落に端を発して金融面の脆弱性が高まる可能性があり、流動性の面からそうしたリスクを予め小さくしておくことが適当である、との見解を示した。別のある委員も、今のところジャパン・プレミアムや信用スプレッドは落ち着いているが、今後の情勢次第では金融システムが不安定化する可能性もあり、中間期末を控え、流動性懸念を封じ込めることに意味があると述べた。

 このほか、複数の委員が、このタイミングで金融緩和に踏み切ることにより、景気の回復と物価の安定の確保に対する日本銀行の強い決意を示すべきであると述べた。

 ただし、これらの委員も含め、多くの委員は、こうした効果はある程度期待できるものの、必ずしも確実とはいえないことにも留意する必要があると述べた。これらの委員は、金融緩和が効果を発揮するためには、不良債権問題への対応も含めた構造改革の進展により、前向きの経済活動が活発化することが必要であることを指摘した。

 以上の議論を総括するかたちで、ある委員は、長短金利水準が非常に低い現状では追加緩和の効果は必ずしも確実ではないが、経済情勢の悪化に鑑み、なにがしかの効果を期待して対応していくことが必要な段階に至っている、と述べた。さらにこの委員は、6月の「基本方針」に続き、概算要求基準の策定、改革工程表の作成など、政府において構造改革の具体化の動きが漸くみられ始めている点は心強い進展であり、金融緩和はこうした動きを側面支援するという面もある、との見解を示した。

 この間、ある委員は、為替相場への影響にも触れ、米国経済のスローダウン等を背景に市場で米当局のドル高政策修正への思惑が高まっていることから、円安をもたらす効果も限定的ではないかと述べた。しかし、この委員も含め、複数の委員が、そうした事情にも拘わらず自然な円安の流れが仮にできるようならば、これを容認していくべきではないかと述べた。

 次に、多くの委員が、3月に決めた金融市場調節方式の枠組みに沿って、当座預金の供給を円滑に行っていく観点から、国債買切りオペの増額を併せて実施することが望ましいとの見解を示した。このほか、複数の委員が、国債買切りオペ増額が金融緩和効果を補強する可能性に言及した。ある委員は、金融システムの現状に照らし銀行経由での緩和効果の浸透には期待しにくく、金融市場ルートでの効果を中心に考えざるを得なくなっていること、日銀当座預金と代替性の強い短期資産を対象とするオペのみで資金を供給する場合に比べポートフォリオ・リバランス効果が期待できることを挙げた。別のある委員も、国債買切りオペ増額は、リスク・プレミアム等への働きかけを通じ、時間軸効果による金利引下げ以上の緩和効果をもたらす可能性があると述べた。

 もっとも、補正予算の行方など国債需給要因に神経質な最近の市場環境を踏まえ、大方の委員は、国債買切りオペ増額に対する市場の受け止め方には十分留意すべきとの見解を示した。ある委員は、3月に決定した銀行券発行残高の制限をしっかり維持することが大前提になると述べた。別の複数の委員も、国債買切りオペ増額が国債の価格支持を意図したものでないと明確にすること、市場に財政ファイナンスと認識されないことが不可欠であると述べた。このうちのある委員は、先般閣議了解された来年度概算要求基準により、政府の財政規律維持の方針が明確になっていることは、国債買切りオペ増額の副作用を防ぐ効果があると述べた。

 この間、複数の委員が、国債買切りオペ増額の必要性と増額方法について執行部の見解を求め、執行部は次のように述べた。

  •  当座預金残高の目標を6兆円程度とする場合、ベースとなる長期資金の供給を厚くし、短期オペに対する負担を減らしておく観点から、国債買切りオペを増額することが適当と判断される。
  •  その際、短期オペの個々の札割れに個別に対応して国債買切りオペを行うのでなく、現在月4千億円のペースで行っている月間の買入れ額を増額することが適当と考えられる。また、日銀の出方について無用の憶測を呼び、市場が不安定化するのを避けるため、月何回いくらというルールを明確にしておく必要がある。
  •  増額幅については、最近の市場地合い等を踏まえ、2千億円の増額としたい。また、オペ先の集玉能力等を勘案し、1回当たりの入札金額を増やすのでなく、オペ回数を現在の月2回から月3回に増やすことで対応することが適当と考える。
  •  仮に当座預金残高の引上げが決定された場合には、政策変更の公表文のなかに、国債買切りオペ増額に関する以上のような執行部方針も盛り込み、オペのタイミングや規模に関する市場の思惑を排除しておくことが適当と考える。
  •  なお、銀行券発行残高上限に関し、銀行券のある程度の伸びを前提にすると、月2千億円の増額であれば、早期に上限に達することはないと考えられる。

 このほか、委員会では、物価安定に向けたマクロ経済政策全般のあり方について議論が行われた。ある委員は、(1)物価に影響する政策としては、通常の経済環境下において、中長期のスパンでは金融政策の役割が大きいが、(2)流動性の罠に近い現状では、金融政策の効果は限定的であり、財政・為替政策がより強い影響を持つ可能性がある、(3)従って、財政面から厳しい引締めを行いつつ金融政策のみで物価安定を図るという考え方は生産的でないと述べた。別のある委員は、(1)物価が需給バランスのなかで決まるものである以上、財政政策も当然物価に影響する、(2)財政政策がより引締め的に運営されるとすれば財政からは物価に下方圧力がかかってくる、(3)一方、中長期的な財政バランスや年金など社会保障のサステナビリティについて、国民の信認を明確にする政策が打ち出されれば、国民の現在の支出態度を積極化させる可能性があり、財政政策がこうしたルートで物価の安定に寄与する可能性がある、との見方を示した。

 この点に関連し、もうひとりの委員も、デフレからの早期脱却が最重要課題としたうえで、(1)金融政策では流動性のさらなる潤沢な供給を行う一方で、(2)政府サイドでは歳出の質的改善による有効需要の刺激、税制見直しや規制緩和等による環境整備が必要、(3)こうした政府・日銀の対応と民間の自助努力の「合わせ技」があってはじめて物価下落に歯止めをかけ得る、と述べた。この委員は、こうしたなかで日銀に求められるものは、金融市場への潤沢な資金供給に加え、デフレファイターとしての決意を示し、企業・家計の期待に働きかけることであると述べた。なお、ひとりの委員は、政策を巡る日銀と政府の見解の相違をことさらに強調する報道等が、経済主体の心理や国際的信認に悪影響を与えている可能性にも留意し、政府と十分な意思疎通を図っていくことが重要であると述べた。

 また、先行きの金融政策運営について、何人かの委員が、さらなる情勢悪化に対し、金融政策面でどのように対応し得るか検討を深めていく必要があると述べた。

 この関連で、複数の委員はインフレーション・ターゲティングにも言及した。ある委員は、(1)現状では副作用を伴わずに物価目標を達成する手段がなく、厳格なターゲットの設定は難しいが、(2)望ましい物価水準に何らかのかたちで言及することが民間の期待形成に好ましい影響を与え得るのかどうか、十分検討すべきである、と述べた。別のひとりの委員は、現在の「消費者物価前年比が安定的にゼロ%以上となるまで現行調節方式を続ける」というコミットメントを、期限を明示した明確なターゲットに変更するべきであると主張した。この委員は、その理由として、(1)今後年金の物価スライド問題も絡んで、デフレ克服のための中央銀行の責任は一段と重くなること、(2)政府や特殊法人などの政策評価の枠組みが整うなかで、日本銀行としても政策評価のための目標を作る必要があること、を挙げた。

IV.政府からの出席者の発言

  会合の中では、内閣府からの出席者から、以下のような趣旨の発言があった。

  •  本日の議論によれば、経済の実態については、予想より悪くなっているということであり、政府もそうした厳しい認識を共有している。4〜6月のGDPもかなり厳しい数字になると予想される。その意味でも、金融政策に対する期待は高い。
  •  政府は、現在、6月の「基本方針」の具体化を進めている。財政政策運営面では、総理の強い決意のもとで、来年度の新規国債発行を30兆円に抑えるべく、構造改革に矛盾しないかたちで5兆円の歳出削減と2兆円の歳出積み増しを行うこととした。本日の議論でも財政面からの景気対策に関する指摘があったが、概算要求に際しては、需要や生産誘発効果を十分考慮することとしている。また、構造改革に向けて、課題とスケジュール観を示す「改革工程表」作成を進めている。当面できるものは「改革先行プログラム」として、必要なら予算をつけて実施していく。このように短期的な総需要管理にも配慮できるかたちになっている。
  •  政治的な議論のなかでは、金融政策を魔法の杖のように考える意見も少なくなく、決定会合の場における議論と大きなギャップがある。金融政策は高度に専門的であり、それ故に日銀の独立性・専門性を重視した政策決定メカニズムが必要とされている訳であるが、只今述べたような政治的な風土との対話ということも、日本銀行のアカウンタビリティ確保のうえで重要な課題である。
  •  構造改革に成功した海外諸国の事例に共通する要素は、(1)国民と当局が危機感を共有していること、(2)政府の姿勢がブレないこと、の2点である。2つめの観点では、日銀もデフレファイターとしての決意を示すべく、メッセージの発し方も含め工夫の余地がないか議論して頂きたい。
  •  以上を踏まえ、一層の量的緩和に向けて毅然たる態度で臨んで頂きたい。

 財務省からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  •  政府は構造改革の第一歩となる来年度予算の概算要求基準を閣議了解した。新規国債発行額を30兆円に抑制すべく、歳出については、思い切った縮減と重点的な配分を実現することとしている。
  •  3月の金融緩和措置後も物価は下落を続けている。物価の下落は、実質金利の上昇を通じ、企業の投資意欲を減退させるとともに、消費の先送りを招来し、需要を抑制する。また、企業が幾ら債務削減に努めても、実質債務負担は軽減されない。物価下落に反転の兆しがみられないなかにおいては、より実効性のある金融緩和が必要であり、機動的に金融政策運営を行って頂きたい。
  •  短期金利がほぼゼロのもとでは、短期資産を中心とするオペの効果は限定的であり、市場の期待に働きかけることも必要であることに留意し、例えば、長期国債買入れの増額や時間軸の強化等を含め、経済により効果のある政策を幅広く検討頂きたい。

V.採決

 以上のような議論を踏まえ、会合では、3月に決めた金融市場調節方式の枠組みのもとで、日銀当座預金残高を6兆円に引き上げるとの考え方が大勢となった。

 ただし、ひとりの委員からは、(1)4月の「展望レポート」で示した標準シナリオが既に崩壊していること、(2)物価下落がここにきて加速していること、(3)特殊法人改革等における政策評価の考え方を踏まえ、日銀も中期的な目標を明確に定めるべきであること、などの理由から、3月19日に決定した金融市場調節方式を一部変更し、予め定めた時期までに消費者物価指数の前年比上昇率をゼロ%以上とすることをターゲットにすることが適当であるとの考え方が示された。さらに、この委員は、日銀当座預金残高を7兆円程度に引き上げるとともに、この円滑な実施のために保有長期国債の残高を銀行券発行残高までとする制限を外すことが必要である、と述べた。

 この結果、以下の議案が採決に付されることになった。

 中原伸之委員からは、金融市場調節方式について、「2003年1〜3月に同時期平均の消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率をゼロ%以上とすることをターゲットとして、金融市場調節を行うこと」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 次いで同委員から、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「日本銀行当座預金残高が7兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う」とともに、これを円滑に実施するため、「3月19日決定の金融市場調節方式のうち、『ただし、日本銀行が保有する長期国債の残高(支配玉<現先売買を調整した実質保有分>ベース)は、銀行券発行残高を上限とする。』の部分を削除する」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

金融市場調節方針の決定に関する議案(議長案)

1.次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。

 日本銀行当座預金残高が6兆円程度となるよう金融市場調節を行う。
 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

2.対外公表文は別途決定すること。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

 中原伸之委員は、(1)前回金融政策決定会合以降の経済の悪化を踏まえると、現時点では当座預金1兆円の上積みでは対応として不十分かつ後手に回ってしまうおそれがあり、もっと思い切った手を打つ必要があること、(2)経済が異常事態にあることを認識し、非伝統的な手段も含め、金融政策を講じていくべきであること、(3)景気が「展望レポート」における標準シナリオから完全に離脱した事態を重くみるべきであることなどを挙げ、上記議案の採決において反対した。

VI.対外公表文の検討

 本日の決定を踏まえて、執行部が作成した対外公表文の原案をもとに、委員の間で議論が行われ、「金融市場調節方針の変更について」(別紙)が採決に付された。採決の結果、賛成多数で決定され、同日公表されることとなった。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

 中原伸之委員は、上記の金融市場調節方針の決定に関する議案に反対した理由と同じ理由から、上記採決において反対した。

 なお、政策変更時の恒例にしたがい、本日、議長が記者会見を行うこととなった。

VII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が賛成多数で決定され、それを掲載した金融経済月報を8月15日に公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

 中原伸之委員は、(1)経済悪化の深刻さや広がりが十分表現されていないこと、(2)米国経済の見通しに関する記述は楽観的に過ぎ、一般的な見方として記述すべきではないこと、(3)「生産の減少が内需の減少を誘発しつつ景気調整の広範化に繋がっていくリスク」は既に現実化していること、(4)物価の低下圧力がこれまで以上に高まっている実態が表現されていないこと、(5)公共投資の減少やその地方経済への影響についての記述が不十分なこと、などを理由に上記採決において反対した。

VIII.議事要旨の承認

前々回会合(6月28日)、前回会合(7月12、13日)の議事要旨が全員一致で承認され、8月17日に公表することとされた。

以上


(別紙)
2001年8月14日
日本銀行

金融市場調節方針の変更について

  1.  日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において金融市場調節方針の変更を決定した。また、新たな調節方針のもとで、円滑な資金供給に資するため、長期国債の買い入れを増額することとした。
    (1)金融市場調節方針の変更(賛成多数)
     日本銀行当座預金残高を、これまでの5兆円程度から、6兆円程度に増額する(別添)。
    (2)長期国債の買い入れ増額
     これまで月4千億円ペースで行ってきた長期国債の買い入れを、月6千億円ペースに増額する。
  2.  日本経済の状況をみると、輸出と生産の大幅な減少を主因に、景気調整が一段と深まっている。また、生産の減少が内需の減少を誘発しつつ、調整の広範化につながっていく可能性や、内外資本市場の動きが実体経済に及ぼす悪影響などに、一段と留意が必要な局面になっている。物価面では、今後、需要の弱さに起因する物価低下圧力がさらに強まるおそれがある。
  3.  日本銀行は、物価が継続的に下落することを防止し、持続的な経済成長の基盤を整備するという断固たる決意のもと、本年に入り、内外の中央銀行の歴史に例をみない思いきった金融緩和措置を講じてきた。この結果、金融市場には潤沢に資金が供給され、長短市場金利はきわめて低い水準に低下している。
     しかし、経済・物価情勢の厳しい展開と先行き見通しを踏まえると、この際、3月に決定した金融政策の枠組みのもとで、金融面から景気回復を支援する力をさらに強化することが必要かつ適当と判断した。
  4.  日本銀行は、今後とも、日本経済が安定的かつ持続的な成長軌道に復帰することを支援するために、中央銀行としてなしうる最大限の努力を続けていく方針である。
  5.  しかし、世界経済の動向や日本経済が直面する課題の重さを踏まえると、経済再生の取り組みは決して容易なものではない。また、金融緩和の効果が十分発揮され、日本経済が安定的かつ持続的な成長軌道に復帰するためには、構造改革の進展が不可欠の条件である。
  6.  この点、政府の強力なリーダーシップのもとで、具体的な改革への取り組みが開始されたことは、心強い進展である。今回の措置も含め、これまでの一連の金融緩和措置は、こうした各方面における改革努力を最大限支援する効果を併せもつものである。日本銀行としては、政府、民間の双方において、短期的な痛みを乗り越えて、構造改革への取り組みがたゆまず進められることを強く期待している。

以上


(別添)
平成13年8月14日
日本銀行

当面の金融政策運営について

日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。

 日本銀行当座預金残高が6兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上