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金融政策決定会合議事要旨

(2005年 4月5、6日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2005年5月19、20日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2005年 5月25日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2005年4月5日(14:00〜16:04)
4月6日( 9:00〜13:02)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 福井俊彦(総裁)
  • 武藤敏郎(副総裁)
  • 岩田一政(  副総裁  )
  • 植田和男(審議委員)
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原 眞(  審議委員  )
  • 春 英彦(  審議委員  )
  • 福間年勝(  審議委員  )
  • 水野温氏(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省 石井 道遠 大臣官房総括審議官(5日)
    上田 勇 財務副大臣(6日)
  • 内閣府 浜野 潤  政策統括官(経済財政運営担当)

(執行部からの報告者)

  • 理事平野英治
  • 理事白川方明
  • 理事山本 晃
  • 企画局長山口廣秀
  • 企画局企画役内田眞一
  • 企画局企画役山岡浩巳
  • 金融市場局長中曽 宏
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局参事役門間一夫
  • 国際局長堀井昭成

(事務局)

  • 政策委員会室長秋山勝貞
  • 政策委員会室審議役武井敏一
  • 政策委員会室企画役村上憲司
  • 企画局企画役加藤 毅
  • 企画局企画役正木一博

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節は、前回会合(3月15、16日)で決定された方針1に従って運営した。この結果、当座預金残高は、期末日に当たる3月31日を含め、32〜35兆円台で推移した。

  1. 「日本銀行当座預金残高が30〜35兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、日本銀行による潤沢な資金供給のもとで、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、期末日の一時的な上昇(0.022%)を除き、概ねゼロ%近傍で推移した。ターム物レートも、総じて低位で推移している。

 株価は、米国株価の軟調や、2月のわが国経済指標が総じて予想比下振れとなったことを受けて弱含み、日経平均株価は足もと11千円台半ばで推移している。

 長期金利は、経済指標の下振れや株価の軟調を背景に低下し、足もとでは1.3%台前半で推移している。

 為替市場では、米国における利上げペースが加速するのではないかとの思惑を背景にドル高が進行しており、円の対米ドル相場は、足もと107円台まで下落している。

3.海外金融経済情勢

 米国経済は、個人消費と設備投資が増加を続けているほか、雇用も改善傾向を辿るなど、景気拡大が続いている。この間、インフレ率は緩やかながらも着実に上昇している。

 ユーロエリアでは、輸出には明るめの動きもみられるが、生産や雇用面での停滞感が引き続き根強く、景気回復のモメンタムは弱い。

 東アジアをみると、中国は、内外需ともに力強い拡大が続いている。NIEs、ASEAN諸国・地域でも、緩やかな景気拡大が持続している。ただし、韓国では、景気停滞感がなお強い。

 米欧の金融資本市場をみると、米国では、エネルギー価格上昇や国内需給の引き締まりが底流にある中、連邦公開市場委員会(FOMC)の声明文をきっかけに市場参加者の間でインフレ警戒感が幾分高まったことなどから、長期金利が上昇し、株価が下落した。この間、欧州では、株価、長期金利とも、総じてみれば横這い圏内で推移した。

 エマージング金融資本市場では、米国における金融環境の変化を背景に、多くの国・地域で株価、通貨が下落し、対米国債スプレッドが拡大した。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 輸出は、海外経済の拡大基調が続く中、世界的なIT関連の調整が徐々に進捗していることなどから持ち直しつつある。2月の輸出は、1月の増加の反動から減少したものの、1〜2月の10〜12月対比は+0.5%の増加となった。地域別には東アジア向け、財別には情報関連に持ち直しの動きがみられる。

 企業部門の動向をみると、3月短観によれば、企業の景況感にはやや慎重さが窺われるものの、企業収益は、2004年度は製造業・非製造業、大企業・中小企業を問わず、前年度比2桁の大幅な増加となったほか、2005年度も増益基調が続く見通しとなっている。こうしたもとで、2004年度の設備投資計画は、引き続き製造業を中心に高めの伸びとなったほか、2005年度の設備投資計画も、中小企業まで含めて、この時期としてはまずまずの結果となった。この間、機械投資の同時指標である資本財出荷(除く輸送機械)をみると、10〜12月、1〜2月と堅調な増加を続けている。また、建設投資の先行指標である建築着工床面積も、このところ振れが大きいものの、増加傾向を続けている。

 生産は、IT関連分野の在庫調整が続くもとで、横這い圏内の動きとなっている。鉱工業生産は2四半期連続で弱めの動きを続けた後、1〜2月は10〜12月対比で+1.4%と増加した。内訳をみると、輸送機械が増加しているほか、電子部品・デバイスについても下げ止まりの様相が強まってきている。

 雇用・所得環境をみると、求人関連指標や失業率は改善傾向を続けており、雇用者数は増加傾向にある。一人当たり平均でみた賃金は、所定内給与のマイナス幅が縮小する中で、特別給与はこのところ増加しており、全体として下げ止まりつつある。雇用者数の増加とあわせて考えると、雇用者所得の下げ止まりが明確になってきている。先行きについても、企業の人件費抑制姿勢は継続するとみられるが、収益が増加し雇用過剰感も払拭されていくもとで、雇用者所得は緩やかに増加していく可能性が高い。

 個人消費は、底堅く推移している。2月の全国百貨店、スーパーの販売額は、1月の反動もあって減少したが、1〜2月を均してみると、天候・災害要因が影響した10〜12月と比べて増加している。乗用車新車登録台数は、全体としては引き続き底堅い動きとなっているほか、家電販売もデジタル家電やパソコンを中心に順調な増加傾向が続いている。先行きの個人消費については、雇用者所得が緩やかに増加していく可能性が高いとみられるもとで、緩やかに回復していくと予想される。

 物価動向をみると、国際商品市況は上昇しており、これを反映して国内商品市況も石油製品や非鉄を中心に強含んでいる。この間、国内企業物価は、昨年末にかけて原油価格がいったん反落したことから足もと弱含んでいるが、先行きは内外商品市況の上昇を受けて再び強含んでいく可能性が高い。一方、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、電気・電話料金の引き下げの影響もあって小幅のマイナスとなっている。2月の前年比は−0.4%と、前月に比べマイナス幅を若干拡大した。先行きも、電気・電話料金の引き下げの影響が続くこともあって、小幅のマイナスで推移すると予想される。

(2)金融環境

 企業金融を巡る環境は、総じて緩和の方向にある。民間銀行の貸出姿勢は緩和してきており、企業からみた金融機関の貸出態度も、中小企業を含め、引き続き改善している。

 資本市場調達については、CP・社債とも良好な発行環境が続いており、CP・社債の発行残高は引き続き前年を上回って推移している。流通市場における社債の対国債信用スプレッドは、格付けの低いものまで含めてかなりの低水準となっている。

 マネタリーベースの伸び率は、前年比2%となっており、マネーサプライ(M2+CD)は、前年比2%程度の伸びが続いている。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.経済情勢

 経済情勢について、委員は、わが国の景気は、足もと引き続き踊り場的な局面にあるものの、基調としては回復を続けているとの認識を共有した。先行きについても、景気回復のメカニズムは維持されており、わが国景気は遠くないうちに踊り場を脱し、次第に持続性のある成長軌道に移行していくとの認識が共有された。こうした判断の背景として、多くの委員は、(1)IT関連分野における調整が進捗していること、(2)企業収益・設備投資が堅調に推移していること、(3)雇用者所得の下げ止まりにみられるように、企業部門から家計部門への波及も進んでいることなどを指摘した。

 海外経済に関して、委員は、米国や中国を中心に拡大を続けているとの見方を共有した。

 米国経済について、多くの委員は、個人消費と設備投資に支えられ、景気拡大を続けているとの認識を示した。また、何人かの委員は、長期間にわたる景気拡大に伴う需給環境の好転や、原油をはじめとする原材料価格の高騰、企業の価格支配力の回復などを背景に、生産者物価や消費者物価の前年比伸び率が着実に上昇しているほか、インフレ期待も幾分高まっていることを指摘した。

 中国経済について、何人かの委員は、固定資産投資が高めの伸びを続けており、力強い拡大を続けているとの見方を示した。このうち、ひとりの委員は、リスク要因として、インフレ圧力の高まりを指摘した。この点、別の委員は、中国では、景気過熱抑制策として、直接的な価格規制や行政指導的な手法に依存してきたため、どのような不均衡が経済に存在するかが見えにくくなっていることに注意する必要がある、と述べた。さらに、この委員は、インフレリスクが存在する一方で、ここ数年間に行われた設備投資が次第に生産能力化する中で、過剰設備の問題が先行き顕現化する可能性もあるとの見方を示した。

 このように海外経済の拡大が続くもとで、わが国の輸出は、均してみれば、横這いから持ち直しに転じつつあり、先行きについても増加していくとの見方が共有された。ある委員は、2月の輸出が大幅な増加となった前月との対比で減少に転じたことについて、中国の春節の影響が季節調整に適切に反映されていない可能性があり、1〜2月を均してみれば、持ち直していると評価できる、と述べた。この委員は、輸出の内訳に関して、東アジア向けのIT関連財の輸出が増加していることを指摘し、世界的なIT関連分野の調整が進捗していることを示唆するものである、と述べた。

 生産・在庫面について、委員は、IT関連分野の在庫調整が続くもとで、生産は足もと横ばい圏内の動きとなっているとの認識を共有した。

 ある委員は、IT関連財の調整の進捗度合いは、品目によってばらつきがあるものの、全体としてみれば、6月頃には一巡するとみてよいのではないか、と述べた。もっとも、この委員は、国内のパソコン出荷台数の伸び率が鈍化していること、先行指標である北米の半導体製造装置のBBレシオ(受注額を出荷額で割った比率)が低下していることなどを指摘し、調整が一巡した後のIT関連需要の回復力は緩やかなものとなる可能性がある、と付け加えた。この間、ある委員は、在庫の増加は、IT関連のように常に製品価格の下落に直面している産業では、経営にとってマイナス要因となる一方、原材料高の影響を受ける産業では、前向きな経営スタンスを表すものと考えられると指摘し、製品安・原材料高が進行する最近の環境において在庫動向を分析するに当たっては、こうしたミクロの視点を持つことが重要であると論じた。

 設備投資について、多くの委員は、好調な企業収益を背景に増加傾向を続けているとの見方を示した。この点に関連して、多くの委員は、3月短観では、収益・設備投資などの事業計画が比較的好調である一方、企業の業況判断は慎重化しており、両者に乖離がみられると述べた。この点に関し、何人かの委員は、足もとの業況感の悪化は、景気がIT関連分野における調整を背景に踊り場的な局面にあることを素直に反映したものと考えられると述べた。別の複数の委員は、業況判断DIの悪化は加工業種で特に大きいことなどを指摘しつつ、原材料高が進行する一方、製品への価格転嫁が困難な状況のもとで、企業収益が圧迫されることに対する懸念が反映されているのではないか、との見方を示した。ある委員は、前回調査との対比でDIが悪化した業種と、収益や設備投資計画が下方修正された業種との間には高い相関がみられ、DIの悪化を軽視すべきではない、と述べた。さらに別の委員も、素材産業の一部で業況判断DIが悪化していることや、2005年度の売上・収益計画に慎重さがみられることを踏まえると、DIの悪化を過小評価すべきではないと指摘した。

 この間、ある委員は、やや長い目でみた設備投資の見通しについて、資本ストック循環の観点から意見を述べた。この委員は、当面、期待成長率の高まりが期待できず、除却率も低下傾向にあることを踏まえると、資本係数の高まりをどのように予測するかがポイントとなるとしたうえで、2006年度以降の設備投資動向については幾分慎重にみておく必要があると述べた。もっとも、この委員は、中長期的な建設投資循環の観点からみると、2002年頃をボトムとして回復期に入っている可能性があると付け加えた。また、別の委員は、短観の設備投資計画が比較的好調である背景として、リストラによる収益体質改善の効果が限界に近づくもとで、グローバルな競争の激化や潤沢なキャッシュフローを背景に、企業が技術開発や生産性向上を通じた拡大均衡への指向を強めつつあるのではないか、と述べた。さらに別の委員は、景気が踊り場を脱却した後の回復力は、企業のコミットメントの強さに依存しているが、設備投資スタンスはコミットメントの程度を示すものであり、今後の情勢判断における重要な注目点であると述べた。

 雇用・所得面では、委員は、雇用者数が増加傾向にあるほか、賃金も下げ止まりつつあることから、雇用者所得の下げ止まりが明確になってきているとの認識を共有した。何人かの委員は、短観における雇用人員判断(全規模・全産業)が、ごく小幅ながら12年振りに「不足」超に転じたことを指摘し、雇用過剰感は全体として払拭されつつあると述べた。ある委員は、雇用者所得の下げ止まりの背景として、パート比率の上昇に歯止めがかかってきていることを指摘し、このように雇用の非正規化の流れが鈍化する中で、雇用者所得は先行き緩やかに増加していく可能性が高いと考えられるとの見方を示した。また、別の委員は、企業の支払配当の大幅な増加も家計部門の所得増加に寄与していると指摘し、雇用者所得の増加と合わせれば、本年度の個人所得課税や社会保障負担の増加額を十分相殺する計算となると述べた。もっとも、ある委員は、雇用者所得への波及は、短観や各種指標からみる労働力不足感の割には小幅なものに止まっているとの認識を示し、今後の雇用者所得の改善は、企業収益の動向に依存すると述べた。

 こうした雇用・所得環境のもとで、個人消費について、委員は、底堅く推移しているとの見方を共有した。この点に関し、ある委員は、短観において、小売や飲食店・宿泊など個人消費関連業種の業況判断DIが改善傾向を続けていることを指摘した。

 物価面について、多くの委員が、このところの原油価格や原材料価格の上昇と、これらが国内企業物価や消費者物価に及ぼす影響に関して意見を述べた。何人かの委員は、最近の原油価格の上昇について、ドバイ原油が既往最高値圏で推移していることを指摘し、中国やインドを含めた世界的な需要の拡大を背景とするものであると述べた。このうち、ある委員は、原油を含む原料や素材は、生産能力の限界を背景とするボトルネック・インフレの状況にあり、価格上昇は当面継続する可能性が高いとの見方を示した。こうした議論を踏まえ、委員は、当面の国内企業物価の動きについて、再び強含んでいく可能性が高いとの見方を共有した。

 この間、消費者物価については、生産性の向上や人件費の抑制を背景に、上昇しにくい状況が続いているとの見方が共有された。ある委員は、足もとの消費者物価は、規制緩和等による電気・電話料金の引き下げなどの特殊要因に下押しされている面があり、こうした要因を除いてみると、消費者物価指数の前年比マイナス幅は縮小傾向にあると述べた。別の委員は、景気の踊り場局面が続く中で、需給ギャップが一時的に拡大しているとみられることを踏まえれば、このところ消費者物価のマイナス幅の縮小ペースが鈍化していることは自然な動きであると述べた。この間、さらに別の複数の委員は、労働需給のタイト化や賃金の下げ止まり、為替の円安傾向といった最近の動きは、いずれも物価上昇に寄与するものであり、物価を巡る環境に変化が生じていないかどうか、注意してみていく必要があると述べた。

 公示地価が公表されたことを受け、何人かの委員は、地価の動向についてコメントした。これらの委員は、東京都心部の平均が15年振りにプラスに転じたことなどを指摘し、地価に底入れ感が窺われつつあると述べた。ある委員は、土地投資が堅調であること、不動産投資信託の取引も活況を呈していることなどを指摘し、地価の底入れが投資や消費に与える影響が注目されると述べた。別の委員は、この点に関し、海外投資家による不動産投資の活発化などを指摘し、資産価格の動向には十分目配りしていく必要があるとの見方を示した。

2.金融面の動向

 金融面に関して、委員は、極めて緩和的な環境が続いているとの認識を共有した。

 多くの委員は、4月1日にペイオフが全面解禁されたことに関連して、期末日を含め、その前後を通じて短期金融市場は落ち着いて推移したほか、業態間の預金シフトの動きなども生じていないと述べた。ある委員は、ペイオフ全面解禁後、まだ数日しか経っていないことを考えると、この先、何らかの影響が出てくる可能性も否定できず、金融市場や預金者の動向については、引き続き注意してみていく必要がある、と述べた。

 何人かの委員は、米国における長期金利の上昇について意見を述べた。ある委員は、3月の連邦公開市場委員会の声明文を受けて、利上げペースが加速するのではないかとの思惑が広がったことが、このところの米国長期金利の上昇、株価の軟調、ドル高の背景にあると指摘した。この委員は、こうした米国市場の動きが直ちに国際的な金融資本市場の不安定要因となる可能性は今のところ小さいと考えられるが、今後の動向は注意してみていく必要がある、と述べた。別の委員は、米国の長期金利上昇が、米国やエマージング諸国の景気への悪影響や、世界的な株式市場への波及などを通じて、わが国景気にマイナスの影響を与えるリスクには留意する必要があるとの見方を示した。

 ある委員は、最近の企業金融面の動向について、企業が潤沢な手許資金を保有していることや、短観において企業の資金繰り判断がバブル期並みの水準まで回復していることなどを指摘し、極めて緩和的な状態が続いているとの見方を示した。この委員は、今後、こうした潤沢な手許資金をどのように戦略的に用いていくかが財務面の重要な課題となっていると述べた。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 当面の金融政策運営については、前述のような経済金融情勢判断のもと、現在の「30〜35兆円程度」という当座預金残高目標を維持することが適当であるとの見解が大勢を占めた。

 こうした大勢意見に対して、ひとりの委員は、当座預金残高目標を減額し、「27〜32兆円程度」とすることが適当であるとの見解を示した。この委員は、その理由として、(1)これまでの当座預金残高目標の引き上げは、金融機関の流動性リスクに対する不安感が高まったことに対処するため、金融市場の安定確保を直接の理由として行った緊急避難的な措置であったが、ペイオフ全面解禁が円滑に実施されたことは、銀行の流動性リスクが大幅に低下し、金融システムが健全化・安定化したことを示すものと考えられること、(2)そうしたもとでは、コミットメントに沿って量的緩和政策の枠組みを維持し、デフレからの脱却を図るというこれまでのスタンスは不変としつつ、緊急避難的措置として引き上げてきた当座預金残高について減額を行い、長い目でみた金融政策正常化への方向性を明確にすることが適当であること、(3)金融環境が大幅に改善し、ペイオフ全面解禁が実施された後も、現行の「30〜35兆円程度」という当座預金残高目標値を据え置けば、市場機能の回復の妨げとなるほか、将来的な金融規律の低下、ひいては中央銀行に対する信認の低下に繋がる潜在的なリスクがあると考えられること、を指摘した。

 これに対し、何人かの委員は、過去何回かの当座預金残高目標の引き上げが金融市場や金融システムの安定確保を強く意識したものであったとしても、量的緩和政策の最終目標は、あくまで物価が継続的に下落することを防止し、持続的な経済成長のための基盤を整備することであり、ペイオフ全面解禁を直ちに当座預金残高目標の引き下げに結び付けることは適当でないと指摘した。そのうえで、大方の委員は、当面は現行の当座預金残高目標を維持しつつ、金融システムの安定度合いや、これを受けた流動性需要の動向について、景気・物価情勢ともあわせてしっかりと点検していくことが必要であるとの認識で一致した。

 何人かの委員は、先行きの調節運営について見解を示した。ある委員は、今後、金融機関の流動性需要が一段と減少する可能性があるが、こうした状況において市場機能を毀損することなく「30〜35兆円程度」という現状の目標値の達成が可能かどうかを検証したうえで、必要に応じて当座預金残高引き下げを含めた対応を考える必要があると述べた。別の委員も、現行の当座預金残高目標の維持が難しくなる場合には、デフレ克服にマイナスの影響が生じないことを確認しながら、残高目標を減額することも一つの選択肢として考えられるとの認識を示した。

 さらに別の委員は、金融システムが危機管理モードから平常モードに移行したもとでは、短期金融市場の機能を回復し、政策対応能力を確保する観点から、量的緩和政策の枠組みを維持しながら当座預金残高目標を段階的に引き下げることも、将来的には検討課題となり得るとの見方を示した。この委員は、債券市場においては、当座預金残高目標が早晩引き下げられることを織り込みつつあるように見受けられると付け加えた。

 この間、ある委員は、強力な金融緩和策を維持することによって将来インフレや資産価格の過度な上昇が生じる可能性は否定できないが、現時点では、依然として物価下落率が拡大した場合のコストの方が大きい、と述べた。さらに、この委員は、資金余剰感の強まりを背景に金融機関が余剰資金の運用に苦慮していることは事実であるが、こうした状況は、金融機関が必要とする以上の流動性を供給することを通じて金融機関行動に働きかけるという観点からは、量的緩和政策の本来の効果が発揮されてきたものとみることも可能であるとして、当座預金残高目標の削減に対して否定的な見方を示した。別の委員も、景気が踊り場にあり、先行きの回復力についても不確実性が伴う状況においては、現行の当座預金残高を維持し、金融政策面から景気回復を後押しすることが必要であるとの考えを述べた。

 この間、ひとりの委員は、量的緩和政策の解除に関するいわゆる3条件について、金融政策運営の重要な中間目標ではあるが、物価の安定と経済の持続的な成長という最終目的の達成という観点に照らして、将来的に見直す可能性も否定できないとの意見を示した。これに対し、別の委員は、現在の3条件は、金融政策の最終目標と十分整合的なものであり、これを堅持していくことが重要であると述べた。

IV.展望レポート(「経済・物価情勢の展望」)の対象期間延長について

 次回会合における展望レポートの決定・公表を控え、展望レポートの対象期間の延長について、委員の間で議論が行われた。

 多くの委員は、現在、当該年度のみを対象期間としている4月の展望レポートについて、当該年度に加え、翌年度を含めることが適当であるとの意見を表明した。これらの委員は、その理由として、(1)金融政策の効果はある程度の時間的なラグを伴って現われるものであり、2年程度の見通しを踏まえて情報発信を行うことが金融政策運営の透明性向上に資することや、(2)海外の中央銀行においても2年程度の見通しの公表は広く行われていることなどを指摘した。このうち、何人かの委員は、展望レポートで最も重要なことは、先行きの経済・物価動向に関する基本的なメカニズムに関する政策委員会としての判断を分かりやすく説明することであり、対象期間の延長に当たっては、参考としての位置付けに過ぎない見通し計数のみに過度な注目が集まることのないよう、対外的な情報発信のうえで十分留意する必要があると述べた。

 これに対し、何人かの委員は、一般論としては、金融政策運営の一層の透明性向上が必要であるとの趣旨には賛同しつつも、現時点における展望レポートの対象期間延長には否定的な見解を示した。これらの委員は、その理由として、消費者物価指数を基準とするコミットメントに基づいて政策運営を行っている現状においては、市場の関心が日本銀行による消費者物価指数の見通しに過度に集中することは避け難く、こうした状況のもとで相対的に確度の低い2006年度の見通し計数を公表することは、量的緩和政策の出口を含めた先行きの政策運営に関する不適切な情報発信となりかねず、金融政策運営の透明性向上には必ずしもつながらないことなどを指摘した。

V.政府からの出席者の発言

 会合では、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  •  わが国経済の現状をみると、大局的にみれば、景気回復局面にあると認識しているが、1月に比べて2月は若干弱めの経済指標もみられ、上り坂の中での微調整とも言える動きも続いている。こうした中、デフレは依然として継続している。また、最近の原油価格高騰が経済に与える影響についても十分留意する必要がある。
  •  このような経済状況のもと、民間需要主導の景気回復を持続的なものとするとともに、デフレから脱却することは政府・日銀が一体となって取り組むべき重要課題であり、その達成のために最大限の努力を行わなければいけない状況に変わりはないと考えている。
  •  日本銀行におかれては、現在の政策内容を継続するとともに、引き続き、デフレ克服に向け金融緩和政策を継続するという断固たるメッセージを市場や国民に示して頂きたいと考えている。

 また、内閣府の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。

  •  景気の現状については、一部に弱い動きが続いており、回復が緩やかになっている。政府としては、平成17年度には、政府・日本銀行一体となった取組みを進めることにより、デフレからの脱却に向けた進展を見込んでいる。また、平成18年度以降には、概ね名目2%程度、あるいはそれ以上の成長を実現するため、各分野の構造改革を加速、拡大することとしているところである。
  •  日本銀行におかれても、政府との意思疎通を密にしつつ、デフレからの脱却を確実にすべく、思い切った金融緩和を続けられることを期待する。デフレ克服には、結果としてマネーサプライが増加することが不可欠であることから、効果的な資金供給により、さらに実効性のある金融政策運営を行って頂きたいと考える。また、金融政策運営に関する透明性の一段の向上に努める中で、デフレ克服までの道筋を明確に示して頂くことを期待する。

VI.採決

 以上の議論を踏まえ、当面の金融市場調節方針については、当座預金残高目標を30〜35兆円程度とする現在の調節方針を維持することが適当であるとの意見が大勢となった。

 ただし、ひとりの委員は、前記のような理由から、当座預金残高目標を現行の「30〜35兆円程度」から「27〜32兆円程度」に引き下げることが適当であり、その旨の議案を提出したいと述べた。

 この間、展望レポートの対象期間の延長に関しては、4月の展望レポートの対象期間に、今後、当該年度に加え、翌年度を含めることとし、その旨対外公表することについて、多数の委員が賛意を示した。

 この結果、以下の議案が採決に付されることになった。

 福間委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「日本銀行当座預金残高が27〜32兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見を取りまとめる形で、以下の2つの議案が提出された。

金融市場調節方針に関する議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添1のとおり公表すること。

 日本銀行当座預金残高が30〜35兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、須田委員、中原委員、春委員、水野委員
  • 反対:福間委員

福間委員は、既述の議案提出を行ったこととの関係で、上記採決において反対した。

「『経済・物価情勢の展望』の対象期間について」の公表に関する議案(議長案)

 標題の件に関し、別添2のとおり対外公表すること。

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、春委員、福間委員、
  • 反対:須田委員、中原委員、水野委員

須田委員は、消費者物価指数を基準とするコミットメントに基づいて金融政策運営を行っている現状においては、展望レポートにおける物価見通しの計数に過度な注目が集まることは避けられないが、こうした状況のもとで、相対的に確度の低い2006年度の見通し計数を公表することは、量的緩和政策の出口を含めた先行きの政策運営に関する不適切な情報発信となりかねないと指摘した。そのうえで、現時点において、これまでと同じ内容や方法のまま、見通しの対象期間を2年間に延長することが金融政策運営の透明性の向上につながるかどうかは判断が難しく、本件については、期間延長に限らず、見通し計数の公表の内容や方法も含めて幅広くかつ十分に議論を尽くす必要があるとして、上記採決において反対した。

中原委員は、上記の理由に加え、(1)政策効果の時間的なラグを理由に展望レポートの対象期間を2年間に延長することは、見通し計数が政策の目標値であると誤解される惧れがあること、(2)GDPや消費者物価指数について、統計作成上の技術的問題や将来における改訂等に伴う不透明要因が多いことなどを踏まえると、現時点において対象期間を延長し、計数を公表することは適当ではないとして、上記採決において反対した。

水野委員は、(1)政策委員会において量的緩和政策解除のプロセスについて十分なコンセンサスが得られていない中で、展望レポートにおいて複数年度の見通しを公表しても、金融政策の透明性の向上には実質的にはつながらないこと、(2)今後も税制見直しの議論が継続すると見込まれる中で、マクロ経済政策が一定であることを前提に見通しを公表しても、金融市場にはあまり参考にならないこと、(3)FRBやECBなど海外の中央銀行の例は、非伝統的な金融政策運営を行っている現在の日本銀行には一概に当てはまらないことなどを理由に、上記採決において反対した。

VII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定された。

 この「基本的見解」は当日(4月6日)中に、また、これに背景説明を加えた「金融経済月報」は4月7日に、それぞれ公表することとされた。

以上


(別添1)
2005年 4月 6日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。  日本銀行当座預金残高が30〜35兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上


(別添2)
2005年 4月 6日
日本銀行

「経済・物価情勢の展望」の対象期間について

 日本銀行は、4月に公表する「経済・物価情勢の展望」が対象とする期間について、今後、当該年度に加え、翌年度を含めることにした。これにより、「経済・物価情勢の展望」の対象期間は、4月公表分、10月公表分ともに、当該年度および翌年度となる。

以上