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第1章 決済の目的2.決済する理由

次に、私たちがなぜ「決済」ということをするのか――決済の目的は何なのか――について考えてみることにしましょう。この問題を解くうえでは、決済と時間との関係、具体的には、何か品物を受け取ってから代金を支払うまでの時間差について調べておくことが有益です。

ツケ払いというもの

ものを渡す側からみて、買い手が「行きずり」の客(=通りすがりの客、素性の分からない客)である場合、代金については直ちにその場で払わせるのが普通です。町のスーパーマーケットで買い物をしたときや、映画館に入るときに「おかねは明日まで待って下さい」と頼んでも、ふつう受け入れられないでしょう。鉄道やバスに乗るときも、公衆電話をかけるのも、必ずおかねと引換えです。西部劇のバーでもグラス1杯の酒を受け取るごとにおかねを払わされています。このように「行きずり」のケースでは、品物のデリバリー(引渡し)と代金の支払いとの間の時間差はゼロとなるのが――言い換えれば「即金払い」が――一般的なのです。

ところが、世の中には「即金払い」だけでなく、代金の支払いを後回しにすることが許される場合があります。例えば、江戸時代の商人は、お得意さんとの決済をお盆前と年末の年2回にまとめて行う慣行をもっていたそうです。『東海道中膝栗毛』の弥次さん喜多さんは、年末とお盆の間の春先に「酒屋や米屋の払いも済ませずに」江戸を出発しています。今日でも、ご用聞きに来る酒屋さんやクリーニング屋さんの中には「お勘定は月末で結構です」という所が少なくありません。このように、品物やサービスを受け取っておきながら時間差をおいて代金決済をおこなうやり方を「ツケ払い」と言います。ツケ払いは今日さほど広範には行われていませんが、ご用聞きの酒屋さんなどのほか、家庭に配達される新聞の代金や、家庭の電話代・水道代なども1~2ヶ月のツケ払いが普通に行われています。これらツケ払いに共通しているのは、いずれも「おなじみ」の客について許されているという点です。今この場で代金を受け取っておかないと、この客は明日にはどこかへ行ってしまって、代金をもらい損ねるかもしれない――そういう場合、売り手は買い手にツケ払いを許さないわけです。

品物の受取りから代金の支払いまで時間差があるのがツケ払い、時間差がないのが即金払いであることを示すイメージ図。

損失を回避したい

「行きずり」の客には「即金払い」をさせて代金をもらい損ねないようにするとか、ツケ払いは居場所が分からなくなる心配のない「おなじみ」の客にしか許さない、というところに決済を行う理由のひとつが隠れています。つまり、おかねや品物を受け取る側の人は、「損」をしたくないので決済しようとするのです。何が「損」かと言いますと、家族でもない他人のために「ただ」で品物を与えて自分の財産を「不必要に」減らしてしまうことが「損」と考えられているわけです。どこの誰だか分からないような人にツケ払いを許した場合、結局おかねを払ってもらえず、損をする心配が大きい。だから即金払いを求める。

また、「おなじみ」の相手であっても、ツケを許す期間は長くて数ヶ月と、そう長くはありません。これは、いくら素性の知れた相手であっても、ツケの期間を(例えば5年、10年などと)長くし過ぎると、その間に相手が死んだり破産したりして代金を取りはぐれ、「損」をする可能性が高まるためでしょう。決済ということを行うひとつの目的は、相手が死んだり倒産したりしておかねを払ってくれなくなって自分が「損」を被ることを回避する――自分の財産を無用に減らさない――ことにあるわけです。

品物を引き渡してから代金を受け取るまでの期間が、商店にとって代金を取りはぐれる心配がある期間であることを示すイメージ図。

おかねを持っていることが必要

ところで決済を行う理由は、それを行うことで「損」を回避できるという以外に、もうひとつあるように思います。仮に、AさんがBさんに品物を売り、代金の受け取りを1ヶ月待ってあげることにしたとします。このとき、たとえBさんが1ヶ月後におかねを払ってくれることが絶対確実であったとしても、この1ヶ月の間、Aさんの手元におかねがあるわけではありません。あるのはBさんからおかねを受け取る権利(債権)だけです。さて、この1ヶ月の間にAさんがどこかで買い物をして、売り手から決済を求められたら、何が起こるでしょうか。Aさんは「債権」は持っていますが「おかね」は持っていませんので、代金を払うことができません。ツケ払いが許されれば別ですが、Aさんは買い物をすることが出来ないことになります。このような事態を避けるため、AさんはBさんに(たとえBさんが「おなじみ」であっても)「即金払い」を求めるかもしれません。

Aさんが売り手(Xさん)から即金での支払を求められた場合、Bさんにツケ払いを許しておくと、自分がXさんに払うお金が手に入らないことを示すイメージ図。

つまり、ものを売る人々は(相手が「行きずり」か「おなじみ」かに関係なく)早めにおかねを受け取って、先々自分がものを買うときに備えようとし始めるのです。言わば「人々が即金での決済を求めるので、自分も他人に即金での決済を求める」ということが起こり始める。おかねを支払う必要が生じたとき、別の人に対して「ツケ」という債権をもっていても支払の役にはたちませんから、おかね=決済手段を持っていようとする。これが、人々が決済を行うもうひとつの理由というわけです。

信用リスクと流動性リスク

おかねを払ってくれるはずだった人が倒産したりして、期待していたおかねが永久に受け取れなくなってしまい、自分が損をしてしまう可能性――このことを難しい言葉で「信用リスク」といいます。また、人から受け取れるはずだったおかねが、それを自分が使うタイミングまでに払ってもらえず、その結果、自分の支払が行えなくなる可能性――これは「流動性リスク」と呼ばれています(流動性とは、おかねのことです)。こうした言葉を使って表現すれば、私たちが決済をする目的は、自分が負う「信用リスク」や「流動性リスク」を小さくすることだと言うことができるわけです。