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第5章 決済と銀行1.おさつと銀行

こんにち「おかね」として広く使われているのは、おさつと預金という2種類の決済手段です。私たちがおさつや預金を利用するとき、銀行と中央銀行がそれぞれの役割を果たしています。ここでは、銀行と中央銀行が決済の世界で果たしている基本的な役割について調べてみることにします。

おさつと預金との関係

まず、私たちが商店などでおさつを使って決済する場面を考えてみます。買い物をして、財布からおさつを取りだして商店に渡す。商店はこれを受け取ってレジの中に収める。このプロセスに銀行や中央銀行は関与していません。おさつを用いた決済は、銀行や中央銀行から切り離されて、支払人と受取人だけで完了できるのです。それでは、私たちが決済に使うおさつを手に入れたいと思った場合はどうでしょうか。

私たちは、おさつの形でおかねを受け取ることもありますが、銀行預金の形でおかねを受け取る場合も少なくありません。また取りあえず使わないおさつを銀行に持ち込んで預金にしておくので、決済のためにおさつが必要になったとき、私たちは多くの場合、預金を置いてある銀行から「引き出して」おさつを手に入れるのです。実際、預金がおかねとして広く利用されている背景のひとつは、このように預金がいつでもおさつに換えて引き出せるところにあると考えられます。もちろん、「いつでも」と言っても、預金をおさつに換えられるのは銀行の営業時間中に限られます。しかし最近では、夜おそくまでATMが使えるようになったりして、預金をおさつに換えられる時間はかなり長くなってきました。

預金は、それを預けてある銀行が倒産すると、おさつに換えることも出来なくなってしまう心配があります。ですから、ある銀行の安全性が疑わしくなると、人々はその銀行に預金を置くのをやめ、別の銀行に預金を移したり、おさつの形で持っていようと考えるようになります。この点、預金は、江戸時代の「両替屋包み」に似ています。「両替屋包み」(「包み金銀」とも呼ばれます)は、今日の銀行にあたる両替商が金貨・銀貨を紙で包んで封をして、その表面に金額を記したもので、封をされたまま流通していました。封を破って金貨・銀貨にバラしても使えるのですが、両替屋の面前で封を切らない限り、中身が足りなくても持ち主の責任とされたそうです。

両替屋包みの写真

▼両替屋包み
19世紀。
日本銀行貨幣博物館蔵

「両替屋包み」は、両替屋が信用されていて、いざ包みを開けば中に正しい額の金貨・銀貨が入っていると信じられるからこそ、人々に受入れられたわけです。両替屋が信用できなくなれば、人々は包みを両替屋に持ち込んで封を切り、正しい額の金貨・銀貨を手に入れようとしたでしょう。預金も同じことで、人々はその銀行が信用できなくなれば銀行の信用という包み紙を破って、「中身」のおさつを手に入れようとすることになるのです。

おさつの旅

さて銀行は、私たちが引き出す場合に備えて、窓口やATMの中におさつを準備しています。このおさつを銀行はどこから手に入れるのでしょうか。銀行は中央銀行の本店や支店に出かけていって、自分が中央銀行に置いている預金を減らして同額のおさつを引き出すのです。おさつは、このように発行者の中央銀行から銀行を経由して個人や企業に渡ります。中央銀行は、個人や企業といったおさつのユーザーに直接おさつを供給することが基本的にありません。これは中央銀行に口座を持つのが銀行などに限られていて、個人や企業は中央銀行への預金をもっていませんから、直接中央銀行からおさつの形で引き出すということがないからです。銀行は、中央銀行に預けている預金と、人々から預かっている預金という2つのものを使って、中央銀行と私たちとの間におさつを行き来させているわけです。

私たちが銀行から引き出したおさつは、人々や商店などの間を転々と流通していきます。おさつを受け取った人や会社がそのおさつを銀行に持ち込んで、自分の預金口座に入金したり、別の人への振込を依頼したりすることで、おさつは銀行に戻ります。銀行は、持ち込まれたおさつを別の預金者がおさつを引き出しにきた時の払い出しに使うかもしれませんが、使わないおさつは中央銀行に運び込み、自分の中央銀行預金を増やしておくのです。

銀行がおさつを中央銀行に持ち込んで中央銀行への預金にしようとする事情はいくつかあります。ひとつは、多くの国に準備預金制度と言って、「銀行は自分が預かった預金の一定割合を中央銀行に預けねばならない」という決まり(法律)が存在することです。このため銀行は、手元に余っているおさつがあれば、これを中央銀行に持ち込んで準備預金の一部に充てようと考えます。また、あとでお話しするように、銀行は普通よその銀行との決済を行う時に、おさつではなく自分が中央銀行に預けている預金を用います。このことも、銀行がおさつを中央銀行に持ち込んで中央銀行への預金という形に変えておこうとする理由だと考えられます。

このようにして戻ってきたおさつを中央銀行はどうするのでしょうか。中央銀行は、銀行を通じて戻ってきたおさつ1枚1枚について、ニセ札でないこと、汚れたり破れたりしておらず引続き使用に耐えること、を確認します(こういう仕事を鑑査といい、鑑査には自動鑑査機と呼ばれる機械が広く利用されています)。使用に耐える本物のおさつは、引き出しにきた銀行への支払に充てられ、再び世の中を流通し始めます。一方、汚れたり破れたりしているおさつは中央銀行において処分され、代わりに中央銀行の金庫に備蓄してある新品のおさつが投入されていくのです。

中央銀行、銀行、個人・企業の間のおさつの流れを示すイメージ図。詳細は本文のとおり。