このページの本文へ移動

第7章 決済の実行2.安全な決済のための条件

安全な決済手段の利用

まず、買物客が商店で品物を買い、その代金を商品券で支払ったとします。商店が買物客から受け取った商品券は、その商品券の発行会社へ持っていっておかねに換える必要があります。しかし、換金する前にこの商品券の発行会社が倒産してしまいますと、商品券をおかねに換えることができません。このように、商店にとって商品券を受け取ることは、損をする可能性を抱えたことを意味しています。損失の可能性が生じたのは、代金としておかねではなく、商品券を受け取ったこと――倒産する可能性のある会社が発行したものを受け取ったこと――に原因があるわけです。

受け取ったおかねが後になって紙くずになってしまうのであれば、そもそもおかねを受取れなかったのと一緒――買物客に「ただ」で品物を渡してしまったのと同じ――です。こうしたことが起こらないようにするには、第1に「支払手段として、その提供者が倒産する可能性が出来る限り小さいものを買物客に利用してもらうこと」が必要なのです。

実行したら取消さない

第2に、「提供者が破綻しない道具」を使っていても、いったん行われた支払が後になって取り消されるようなことでは、安心して決済できません。例えば、買物客からおかねを受け取った商店が、後になって誰かから「あの買物客の支払は無効です。取り消しますので、おかねを返して下さい」と要求され、これを受け入れざるを得ない場合を考えますs。

この場合、商店は既に品物を手放してしまっていますから、受け取っていたおかねを取りあげられると、買物客に「ただ」で品物を渡してしまったのと同じことになってしまいます。商店としては、いくらレジの所で品物とおかねを「取りかえっこ」して損をしないようにしていても、いったん行われた決済が取り消される可能性があるようでは何の意味もありません。このような問題を避けるためには、「一度行われた決済は絶対に取り消されないというルールで決済すること」が必要なのです。

取引後の迅速な決済

第3に、この商店で毎日何回も買物をする顧客があったとします。商店がこの顧客に対して「面倒だから夕方にまとめてお支払いください」と言ったとしましょう。このことは、「損をする可能性」という点からみてどう考えればいいでしょうか。確かに、この顧客が夕方に全額をきちんと払ってくれるならば、決済の回数が減らせて便利です。ところが「夕方のまとめ払い」の約束をしていますと、この顧客が日中のあるタイミングで倒産したりして支払が行えなくなった場合、商店は当日この会社から受け取るはずであったおかね全額を損してしまうことになります。こうした危険を避けるためには、日中に品物を売るたびに相手から確実におかねを受け取っておくことが望ましく、決済を1日の終わりにまとめて行うことは避けるべきなのです。すなわち「取引を行ったつど、直ちに1件1件決済を行うこと」が、安全な決済を行うためには望ましいのです。

「提供者が倒産しない支払手段を利用する」、「実行後は取り消さないというルールで決済する」、「取引のつど1件1件直ちに決済する」というこれら3項目は、実のところ、銀行間決済にも当てはまる一般的な項目です。これらの事柄を満たす形で銀行同士の決済が行われた場合、銀行間決済におけるシステミック・リスクは相当に削減されることになります。もっとも、現実の世界では、これら3項目を満たさない銀行間決済も行われています。その場合、それらの決済については、安全性を高めるような別途の対策をとることが必要となるわけです。そうした工夫については後ほどお話しすることにします。

  • 「安全な決済のための条件」を列挙した板書風のイメージ図。当該条件が「安全な決済手段を利用する」、「決済を実行したら取消さない」、「取引後、迅速に決済を行う」の3項目であり、また、この3項目を纏めると「日中ファイナリティーのある決済を行う」ことであることを示している。

ファイナリティーという概念

ひとつだけ補足しておきますと、決済の仕事に携わる人々の間で、よく「ファイナリティー(finality)のある決済」という言葉が使われます。これは、「それによって期待どおりの金額が確実に手に入るような決済」のことを言います。具体的には、まず、用いられる決済手段について(1)受け取ったおかねが後になって紙くずになったり消えてしまったりしない、また決済方法について(2)行われた決済が後から絶対に取り消されない――そういう決済が「ファイナリティーのある決済」と呼ばれます。

このうち(1)については、中央銀行が提供する決済手段(おさつや当座預金)を利用する場合は全く心配がないですし、一般の銀行の提供する決済手段(銀行預金)でも、その銀行の信用度が十分に大きければ高いファイナリティーの実現が可能なわけです。また(2)については、そうした取り消しのない決済であっても、それを1日の終わりに行ったのでは、それまでの間にある銀行が決済不能に陥った場合、全ての決済が実行できずに混乱に陥ってしまいます。このため、同じ「取り消しのない決済」であっても、それを「日中に」次々と行っていくこと――これを「日中ファイナリティー」のある決済と呼んでいます――、これが決済の安定を実現する上で重要なのです。先ほどの3項目は、ひとことで言えば「日中ファイナリティー」のある決済を行うこと、とまとめられるわけです。