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第9章 決済の安定3.私的動機の活用

システミック・リスクの削減が私的動機によって十分に達成されない、というお話をしましたが、決済システムを改善していく上で最も大きな力となるのは、やはり私的動機です。中央銀行による「決済システムのオーバーサイト」も、決済システムの運営者や利用者の私的動機に働きかけることを基本に据えています。少し長くなりますが、そのことをお話ししておくことにします。

クリアリング・システムの例

例えば、ここに1つのクリアリング・システムがあるとします。このシステムに参加している各銀行には「負け額」の限度が設けられていて、その最大額は1000億円です。つまり、万一ある銀行が当日に破綻してクリアリング結果を決済できなくなった場合、最大で1000億円の不足が生じて、全ての参加者の決済が滞ることになります。そこで、予め「流動性供給銀行」10行が決められていて、決済不能の銀行が現れた場合、各々から最大100億円(合計100×10=1000億円)を融通してもらう約束になっているとしましょう。

もちろん流動性供給銀行は損をしてまでおかねを融通してくれませんから、クリアリング・システムとしては参加者から1000億円分の国債などを担保として提供してもらって、いつでもすぐに流動性供給銀行に差し入れられるように準備しています。実際に1000億円の決済不能が発生し、流動性供給銀行に担保と引換えに1000億円を融通してもらいますと、今度はこれをクリアリング・システムの参加者間で分担して返済することになります。そこでクリアリング・システムは、各参加者に返済額を割り振るルールを予め決めています(参加者にとって、この割り振られた額は「損失」を意味していますから、これは「損失分担ルール」と呼ばれています)。

クリアリング・システムにおける「損失分担ルール」についての設例およびその説明を示す概念図。詳細は本文のとおり。

クリアリング・システムは、このような手を打ってシステミック・リスクに備えるわけですが、例えば仮に「損失分担ルール」が決まっていなければ、参加者には巨額の――負担しきれないほどの――損失分担を求められる可能性があります。また、「損失分担ルール」が一応存在していても、「最大いくらの負担を求められるか」が決まっていなければ、ルールがないのと同じで、思いがけない額の負担を求められる可能性があります。あるいは、参加者に予め担保を提供させるなど、参加者による損失分担が確実に行われる仕組みになっていなければ、ルールどおりの分担が実現せず各銀行の分担が増えてしまう可能性が残ります。

私的動機というプレッシャー

このように、決済システムが適切なシステミック・リスク対策を持っていませんと、結局のところ個別の銀行に大きな損失が及ぶことになりかねません。このため銀行は、ある決済システムに参加するにあたり、「そのシステムに参加することによって最大どれほどの額の損失を被る可能性があるか」を調べる必要があります。その結果、分担させられる可能性のある金額の上限がはっきりしていないとか、あまりに大きいと判断された場合、銀行はその決済システムへの参加を見送るべきなのです。こうして参加者が減っていきますと、そのシステムに持ち込める取引が一部の参加者間のものに限定されますから、当該システムの利用価値は減ってしまいます。その結果、この決済システムは運営を続けられなくなるかもしれません。こうした問題が生じないようにするため、決済システムは様々なシステミック・リスク対策を備えようと考えることになるのです。

私的動機が決済システムに改善を促すプレッシャーとなることを示す概念図。決済システム参加銀行は、損失の可能性について問題があると判断した場合、決済システムに対して「ルールの改善」を働きかけ、場合により参加を取り止める。こうした参加銀行の私的動機に基づいたプレッシャーは、システミック・リスク削減に効果的である。

このような「銀行の私的動機が決済システムに改善を促すプレッシャーとなってシステミック・リスクが削減される」というルートは効果的です。しかし、このルートによって公共目的を達成していくには、決済システムに参加することから生じるリスクを銀行が認識し、問題があると判断した場合、決済システムに対し改善を促せるようになっていることが不可欠です。そのためには、銀行が決済システムの安全性を評価する際の着眼点が――「決済システムが満たすべき原則」というような形で――示され、私的動機が働きやすくしておくことが考えられます。

実際、中央銀行は「決済システムが満たすべき原則」をまとめて公表しているのですが、これは、中央銀行を含む決済システムの運営者が自らのシステムを改善する際の、あるいは中央銀行が決済システムのオーバーサイトを行う際の指針として使われるほか、いまお話ししたような、銀行が自分の使う決済システムの安全性を評価する場面でも利用されることを狙いに作られているのです。以下では、そうした原則に沿って、決済システムがどういうシステミック・リスク対策をとるべきかについてお話しすることにします。