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資本効率を巡る問題について

1999年10月28日
前田栄治※1
吉田孝太郎※2

日本銀行から

 本稿における意見等は、全て筆者の個人的な見解によるものであり、日本銀行および調査統計局の公式見解ではない。

  • ※1日本銀行調査統計局経済調査課(E-mail: eiji.maeda@boj.or.jp)
  • ※2日本銀行調査統計局経済調査課〈現在、日本銀行より米国デューク大学留学中〉

 以下には、(はじめに)を掲載しています。全文(本文、図表)は、こちら (ron9910b.pdf 357KB) から入手できます。なお、本稿は日本銀行調査月報10月号にも掲載しています。

はじめに

 最近、日本企業のROE(return on equity)・ROA(return on assets)の低さから、資本効率の悪化を指摘する議論が多くなっているようにうかがわれる。本稿は、こうした日本企業の資本効率を巡る問題を、包括的に考察したものである。具体的には、まず、最近における、日本企業のROE・ROA重視姿勢への転換の背景について述べる。次に、ROE・ROAの低下をマクロの視点から捉え直し、その要因を探る。さらに、ROE・ROA重視のもとでの企業行動や経済展開について、考え方を整理する。これらの分析に当たっては、ROE重視姿勢が強まった80年代の米国の動向を一つの参考としており、最後に、そうした米国の例から得られる幾つかの留意点を述べることとしたい。

 予め本稿の内容を要約すれば、以下のとおりである。

要旨

  1. このところ、日本企業は、これまでの売上げ重視から、ROE・ROA重視に姿勢を転換させている。これには、日本企業のROE・ROAが低水準となっていることが影響しているが、金融システムの不安定化に伴い銀行によるリスク・キャピタルの供給が行われにくくなるなかで、リスク・キャピタルの資本市場への依存度、なかでもROE・ROAを重視する外国人投資家に対する依存度が高まっていることも影響している可能性が大きい。こうしたROE・ROA重視という点では、80年代初頭の米国でも類似の現象が生じていた。
     今後も、こうした日本企業のROE・ROA重視の姿勢が続くかどうかは、金融システムの動向などにも依存するが、国内においてもグローバル・スタンダードが重視される傾向にあるほか、中長期的にも低めの経済成長が見込まれるなかでは、そうした姿勢がある程度は維持されるものと考えられる。
  2. ROE・ROAの低下は、マクロ経済の観点からは、実物資本ストックに対する収益率の低下と捉えることができる。マクロベースの資本収益率(=資本の平均生産性×資本分配率)の動向をみると、日本では一貫して低下傾向にあるが、90年代には同傾向が一段と強まり、直近では80年代の半分程度にまで低下している。
     その背景としては、(1)長期的にみて労働が希少かつ貯蓄が豊富なもとで、速いテンポで資本蓄積が行われてきた結果、一貫して資本の平均生産性が低下してきたことに加え、(2)90年代には、時短などの影響から、労働の希少性についての意識が強まるもとで資本蓄積のテンポがやや速まった一方、経済のショックに対し実質賃金の調整が相対的に小さく資本分配率が大きく低下したこと、(3)規制緩和やバブル崩壊といった90年代における経済構造の変化のなかで、構造的に低収益となった企業の変革や資産の流動化が進んでいないこと、などが指摘できる。
  3. 資本効率を重視するもとでは、企業は設備投資の抑制(資本蓄積の抑制)、人件費抑制(資本分配率の引き上げ)によって対応するものと考えられる。このところ本格化している「企業リストラ」は、そうした企業行動を表したものであろう。
     このうち設備投資については、アンケート調査において「中期的にも投資を抑制する」といった企業のスタンスがはっきりと示されているが、これには需要見通しだけでなく資本効率を重視する姿勢が影響していることが統計的に確認される。また、ROE・ROA重視姿勢が強まった80年代の米国の例に照らしても、今後、資本ストックの伸び率鈍化が予想される。この点、企業が資本効率を強く意識するもとで、非効率な資本ストックを温存しつつ、新たな投資を抑制するという行動に走った場合には、結果的に資本生産性の上昇に結び付かずに、潜在成長率の低下を伴った経済の縮小均衡に繋がるリスクがある点に留意が必要である。従って、「企業リストラ」が、単なる設備投資の節約といった後向きのものではなく、設備投資のスクラップ&ビルドを伴った本来のリストラクチャリング、すなわち「事業再構築」といった前向きのものになることが重要と考えられる。

     一方、雇用面については、資本分配率の引き上げを図るべく、労働生産性に比して実質賃金を抑制するといった企業行動が予想される。この点については、90年代に実質賃金が高めに維持されてきただけに、中長期的な経済成長や雇用確保という観点に立てば、そうした企業行動を後向きのみに捉えることは必ずしも適切ではないと考えられる。なお、80年代の米国では、労働市場が流動的なもとで、実質賃金の抑制に加えて賃金格差の拡大がみられたが、今後、日本においても同様の現象が生ずるかどうかは、雇用システムの抜本的な変革を必要とするだけに、不透明である。
  4. 80年代の米国では、そうした雇用面での対応に加え、設備のスクラップ&ビルドが進められ、資本収益率が上昇に向かった。また、このように新規投資がある程度維持された結果、経済が縮小均衡に陥ることは回避された。これには、M&Aが大幅に増加し資本効率を高めるような形で設備のスクラップ&ビルドが進められたことや、税制面の措置・規制緩和が新規投資・新規企業設立を促す方向で働いたこと、などが影響したものとみられる。これらは、広い意味での生産要素の流動化促進、競争原理を通じた経済の活性化と言えよう。
     日本においても、上記のような90年代の資本収益率低下の背景を考えると、その向上のためには、こうした米国の事例が一つの参考となろう。この点、最近の賃金調整の動きが、先行きどのような帰趨を辿るかが注目される。また、このところM&Aが急速に増加するなど、企業が生産要素の流動化などを徐々に進めていることがうかがわれる。こうした動きが、どのように生産性向上や新規投資に結び付いていくかはなお不透明であるが、政府も、労働移動の円滑化・人材資源の活性化や、事業の再構築、新規企業の育成を促す方向で法整備などを進めつつあり、今後、そうした方向でさらに議論が深まることが期待される。