調査・研究

ホーム > 調査・研究 > 日本銀行レポート・調査論文 > 調査論文 2000年 > 日本の雇用システムについて

日本の雇用システムについて

2000年 1月28日
服部良太※1
前田栄治※2

日本銀行から

 本稿の作成にあたっては、篠崎武久氏(学習院大学博士課程)、有永恵美氏(日本銀行調査統計局)の多大な協力を得た。なお、本稿における意見等は、全て筆者の個人的な見解によるものであり、日本銀行および調査統計局の公式見解ではない。

  • ※1日本銀行調査統計局経済調査課(E-mail: ryouta.hattori@boj.or.jp)
  • ※2日本銀行調査統計局経済調査課(E-mail: eiji.maeda@boj.or.jp)

 以下には、冒頭部分を掲載しています。全文(本文、図表)は、こちら (ron0001b.pdf 318KB) から入手できます。なお、本稿は日本銀行調査月報1月号にも掲載しています。

はじめに

 90年代半ば頃から、「長期雇用・年功賃金に特徴付けられる日本の雇用システムが景気回復を阻害する要因の一つである」との指摘が聞かれるようになっていたが、こうした指摘は、97年秋以降の景気の急速な後退に伴い、さらに増加しているように思われる1。しかし、日本の雇用システムは、80年代には日本経済成功の大きな要因といわれていた。それだけに、90年代になって日本の雇用システムを問題視するような指摘が行なわれているのは、景気低迷や過剰雇用の要因をただ単に雇用システムに求めようとしているためなのか、あるいは、長い目でみて雇用システムがワークしなくなってきている合理的な理由が存在しているためなのかについて、十分な検討が必要である。

  1. 例えば、植草[1999]は、「日本企業の国際競争力の回復と日本経済の復権のためには、雇用の流動化が急務であり、現在の日本の雇用システムはそれを阻害している」と指摘している。

 本稿は、以上の問題意識から、日本の雇用システムについて考察を加えたものである。具体的には、まず、日本の雇用システムの特徴点を諸外国との比較で改めて確認し、過去からの変化点を指摘する。次に、日本の雇用システムがワークするための前提条件を整理し、それら条件に照らして経済環境がどのように変化しつつあるかについて検討する。そのうえで、日本の雇用システムの将来的方向を展望することとしたい。

予め本稿の内容を要約すれば以下のとおりである。

  1.  「日本型雇用システム」の特徴とされる長期雇用・年功賃金は、最近のデータを用いても、諸外国との比較では依然として目立っている。もっとも、過去との比較という点では、長期雇用については、若年層において勤続年数が短期化し、転職率も上昇している。また、年功賃金についても、労働者の年齢構成の変化に伴い、大卒男性労働者を中心に賃金プロファイル(年功賃金カーブ)のフラット化が進むといった変化がみられる。
     ただし、90年代(92〜97年のデータ)に限ってみれば、賃金プロファイルのフラット化は一段落している。これには、賃金全体の引上げ余地がなくなり、これまでのように賃金上昇率に格差を設けるかたちでのフラット化ができなくなるなかで、企業が名目賃金の下方硬直性の問題(中高年層の賃金引下げによるフラット化が困難であること)に直面したことが影響していると考えられる。
  2.  長期雇用と年功賃金を説明する仮説としては、企業・雇用者間に暗黙の契約が結ばれているという考え方がある。これは、「日本の年功賃金は、労働生産性に比して若年時には賃金が低い一方、中高年時には賃金が高いことを意味しており、長期雇用と将来の賃金補填に関する暗黙の契約が、企業と労働者間で締結されている」という考え方である。このような契約には、企業固有の人的資本形成を通じて生産性の向上に繋がるといったメリットがあるとされている。
     以上の考え方に基づけば、「日本型雇用システム」がワークするための前提条件としては、(1)バランスのとれた労働者の年齢構成(生産性と賃金のバランス確保)、(2)高い経済成長、(3)企業存続への信頼、(4)経済成長・産業構造の安定、といったものが挙げられる。これら条件に照らすと、同システムを取り巻く経済環境は、とくに90年代に入り、高齢化や情報化などに伴い、システムがワークしにくい方向に変化している。
  3.  年功賃金制度のもとで労働者の年齢構成の変化が賃金に及ぼす影響を分析すると、90年代入り後、一人あたり賃金の上昇率の殆どが高齢化(および高学歴化)によって説明できる。また、今後について試算してみると、高齢化などが根強く賃金に上昇圧力をかけ続けるという姿になる。こうした傾向は、大企業においてとくに顕著であり、「『日本型雇用システム』が収益圧迫の大きな要因である」との企業の指摘を裏付けるものとなっている。
     今後は労働生産性に即した賃金設定の方向で制度の修正が進むとみられるが、労働分配率の上昇や期待成長率の大幅な低下といった経済環境から考えると、賃金全体の抑制が予想されるだけに、中高年層の賃金を引下げるかたちでの賃金プロファイルのフラット化が進む可能性が考えられる。ただし、これは、中高年層との「暗黙の契約」の破棄を意味するため、どのようなテンポで進むかは予想が難しい。
  4.  年功賃金と長期雇用の関係を業種別にみると、「賃金プロファイルのフラットな業種ほど平均勤続年数が短い」という関係が確認される。また、労働者サイドでは、若年層の意識が流動化を容認する方向に確実に変化しつつある。一方、企業サイドは、今のところ、年功賃金を変化させる一方で、長期雇用は維持しようとする姿勢を示している。しかし、企業サイドでも、不確実性が高いもとで、雇用を抱え込むことに従来以上にリスクを感じていると考えられ、長期雇用に対するこだわりは次第に薄れるものと予想される。このため、今後、長期雇用は修正の方向で進むと考えられる。ただし、そのテンポは、年功賃金の修正テンポと同様に予想が難しい。
  5.  労働市場の流動性の高さと失業率・賃金格差の関係を、先進諸国間で比較してみると、90年代にかけては、流動性の高い国では失業率が低下する一方、賃金格差が拡大しているという事実が発見される。このような点を踏まえると、仮に日本でも労働市場の流動化が進んだ場合には、賃金格差が拡大する可能性が指摘される。また、日本の場合、これまで労働者は企業特殊的技能を蓄積してきたとされるだけに、構造調整を進める過程での失業率上昇を防ぐためには、再教育支援など、円滑な労働移動を進めるような制度の充実が必要と考えられる。やや長い目でみた場合には、一段のパートタイム労働者の活用を促すような環境整備も重要である。そうした制度の充実は、労働参加への意欲(労働力率)を高め、わが国の抱える「高齢化・少子化に伴う労働力減少」という長期的な課題への対応ともなり得よう。