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中国の為替制度について

2002年 5月27日
赤間 弘※1
御船 純※2
野呂国央※3

日本銀行から

 本稿における意見等は、全て筆者の個人的な見解によるものであり、日本銀行及び国際局の公式見解ではない。

  • ※1日本銀行国際局国際調査課<E-mail:hiroshi.akama@boj.or.jp>
  • ※2日本銀行国際局国際調査課<E-mail:jun.mifune@boj.or.jp>
  • ※3日本銀行国際局国際調査課<E-mail:kunihisa.noro@boj.or.jp>

 以下には、(はじめに)および(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (ron0205a.pdf 265KB) から入手できます。

はじめに

 最近、中国の為替運営に対する関心が高まっている。中国は、1978年の改革・開放政策への転換以降、貿易・投資(直接投資)面で世界経済におけるプレゼンスを高めてきた。日本にとって、中国は、既に米国に次ぐ2番目の貿易相手国(注1)であるほか、近年、対中直接投資が日本の産業構造などに大きな影響を及ぼしている。さらに、中国の2001年12月のWTO加盟により、こうしたリンケージが一段と高まることが展望される。

  • (注1)日本の対中国、香港向け輸出、輸入が総輸出及び輸入に占めるウェイト(2001年中)は、各々13.4%、17.0%(対米向け輸出入 同30.1%、18.1%)。なお、香港向け輸出の大部分は中国へ再輸出されている。

 本稿では、最初に、中国における現行の為替運営について解説する。人民元とはどのような通貨で、人民元レートはどのようにコントロールされているかについて述べる。次に、改革・開放以降の人民元レートの長期的な推移を概観するとともに、現状の人民元レートの水準について若干の考察を行なう。そして、最後に、今後の為替運営の行方について展望する。中国のWTO加盟は、貿易・投資面での対外開放が最終局面に入ったことを意味しており、今後は、資本勘定の自由化や人民元レートの柔軟化が重要な政策課題となってきている。

要旨

【現行の為替運営】

1.貿易など経常取引に係る人民元の交換性は実現されている一方、資本取引は、人民元レートの安定を確保するため、依然として幅広く規制されている。(1)非居住者による人民元建て取引を全面的に禁止することにより、投機的取引を防止しているほか、(2)経済成長に不可欠な直接投資などの流入に対する規制が比較的緩い一方、居住者による対外投資を制限しているため、外国為替市場において、ドルが余剰となり易い仕組みとなっている。

2.中国は、1994年初に、それまで二重レートとなっていた人民元レートを一本化し、現行の管理変動相場制へ移行した。また、外貨取引センターを設立し、全ての為替取引を同センターに集中している。それ以降の為替需給は、経常黒字と直接投資の流入からほぼ一貫してドル余剰(=人民元高圧力)となっているが、中央銀行である中国人民銀行のドル買い介入により、概ねドル・ペッグ(1997年頃からは1ドル=8.3元)を維持している。この結果、現在、中国の外貨準備高は2,000億ドルを超え、中国は日本に次ぐ外貨準備保有国となっている。

3.この間、1998年頃から、中国の大幅な金利引き下げと企業の外貨保有制限に関する一部規制緩和などを背景に、居住者(個人・企業)の外貨預金が急増しており、為替需給や外貨準備の変動に大きな影響を与え始めている。これは、内外金利差(人民元とドルの金利差)が、中国の国際収支に影響を与え始めているという点で注目される。

4.中国人民銀行は、為替政策と金融政策の双方を担っているが、両者は密接に関連している。現在の為替・金融政策の枠組みは、(1)経済成長に不可欠である貿易と直接投資流入の拡大のために、人民元の対外的価値の安定を図ることを重要な政策目標とすると同時に、(2)資本移動を規制することにより、国内金融市場を海外金融市場から隔離し、金融政策を、専ら、国内物価や景気調整に割り当てるというものである。

【人民元レートの推移】

5.人民元レートは、為替制度改革が着手された1980年代初頭から、二重レートが統一された1994年初まで、対ドルで80%程度(1980年平均1ドル=1.5元→1994年初8.7元)の大幅な減価をみた。この時期は、貿易自由化(=自主貿易の拡大及び計画貿易の縮小)や価格自由化による物価高騰などから貿易収支が悪化し、人民元レートはこれに歩調を合わせるかたちで調整された。この間、人民元レートは、計画貿易に適用される「公定レート」と、自主貿易に適用される「市場レート」などが併存したが、公定レートは市場レートに追随するかたちで引き下げられ、1994年初に後者に鞘寄せされるかたちで一本化された。

6.1994年以降、人民元は、概ねドル・ペッグとなっているが、この時期にはドル高が進行し、円を含むアジア通貨が大幅に減価したこともあって、人民元の実効レートは上昇した。こうした「強いドル」との連動を可能ならしめた主因としては、高水準の直接投資流入(資本・技術の移転)が挙げられる。

7.現状の人民元レートの水準を評価するにあたって最も重要な要素は、中国のWTO加盟の影響をどのように織り込むかである。しかしながら、WTO加盟が、中国の貿易収支や国内生産・雇用にどの程度の影響を及ぼすのかは未だ見極め難く、現段階で、人民元レートの水準を評価することは難しいと言わざるを得ない。

【今後の為替運営の展望】

8.WTO加盟により、貿易・投資(直接投資)面での自由化が最終局面入りし、今後は資本勘定の自由化が視野に入ってくる。その際、金融システムの強化を十分に行なうなど適切な手順を踏むことが、アジア通貨危機の教訓から重要である。こうした認識の下、中国は、金融監督体制の強化や国有商業銀行の不良債権処理を進めてきているほか、証券投資の自由化にあたっても、投資額を限定する方式を検討するなど慎重なアプローチを選択している。ただ、一般的に、金融・経済のグローバリゼーションといった資本勘定の自由化を促す圧力の高まりから、国内事情だけで、自由化のテンポを決められる余地は以前に比べ狭まってきていることも確かである。このため、中国も、こうしたグローバリゼーションの文脈を明確に意識して、資本勘定の自由化の前提となる金融市場の整備や国有企業・国有商業銀行改革などを着実に進める必要性があろう。

9.人民元レートの運営については、今後、徐々に変動幅が拡大されることが展望される。WTO加盟は、中国経済のファンダメンタルズに多大な変化をもたらし、適正な人民元レートの水準を大幅にシフトさせることが予想される中で、レート水準調整をスムーズに行なうためには、より柔軟な為替レート制度が必要となろう。