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中長期的な日本経済の成長力

高齢化等に伴う労働投入量減少の影響を中心に

1998年 2月
松浦春洋
渡邉克紀
植村修一

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(はじめに)を掲載しています。全文は、こちら (cwp98j04.lzh 250KB [MS-Word]) から入手できます。

はじめに

(1) 問題意識

 わが国の経済成長率の推移をみると、60年代の10.0%(実質GDPベース、年平均、以下同じ)、70年代の4.4%、80年代の4.1%、90年代(91〜96年)の1.5%と、長い目でみるとかなり低下してきている。

 経済成長を規定する要因については様々なものが考えられるが、もっぱら資本と労働という二つの生産要素、及び生産要素当たりの生産性(=全要素生産性、Total Factor Productivity、技術進歩はその代表的なもの)の三つの要因で考えるのが一般的である。もっとも、事後的にこれらの成長の要因を計測することはある程度可能*だが、事前的に経済成長の趨勢的なパス(これをもって潜在成長率と呼ぶこともある)を見通すことは不可能である。現実の経済においては、様々なショックによって生産要素の投入量が変化し、技術進歩にも波が生じる。

 しかし、人口動態要因がもたらす労働投入量の少なくとも「天井」については、ある程度見通すことが可能である。この点、わが国は現在、他の先進国に例を見ないテンポで少子化・高齢化が進んでおり、これが今後の成長率に何がしかの影響を与えるのは避けられない状況と言えよう。事実、将来の年金・保険等の給付やその負担に関する不透明感が消費者行動を慎重化させているとの議論や、後継者難ゆえに設備投資に慎重な中小企業経営者の例などにみられるごとく、経済主体の「期待」形成を通じて、人口動態要因が既に実体経済に影響を及ぼしている可能性も考えられないではない。

 本稿は、こうした観点から、今後の中長期的なわが国経済の成長力について、少子化・高齢化等による労働投入量減少が及ぼす影響を中心に、若干の考察を試みるものである。具体的には、

  1. 1)労働力人口の減少や時短の進展による構造的な労働投入量の減少が、潜在成長力にどの程度直接のマイナス・インパクトをもたらすか、
  2. 2)こうした構造的な労働投入量の減少は、資本ストックの蓄積への影響を通じて潜在成長力にどの程度間接的なマイナス・インパクトをもたらすか、
  3. 3)人口動態要因の経済成長へのマイナス・インパクトが懸念される中で、もう一つの成長の源泉である技術進歩について、これを規定する要因にはどんなものが考えられるか、

等の諸点を分析する。

(2) 要旨

 あらかじめ本稿の分析結果を要約すると以下の通りである。

  1. 1)先行きの潜在労働投入量の動向を展望すると、潜在就業者数については、女性の労働市場への一段参入を見込んでも、高齢化・少子化の進展といった人口動態の変化の影響を受ける形で2005年以降減少するほか、潜在労働時間についても、総実労働時間1800時間の達成に向けた時短への取り組みから減少傾向にあると考えられる。年齢階層別(15〜64歳、65歳以上)に先行きの就業者/人口比率のトレンドについて一定の仮定を置いた上で、人口動態の変化や時短によってもたらされる潜在労働投入量減少のインパクトを単純に試算すると、2010年までは、もっぱら労働時間の減少が効く形で年平均-0.2%程度潜在GDP伸び率が押し下げられ、2011年〜2025年には、これに潜在就業者数の減少要因が加わることによって、-0.5%程度押し下げられることになる。
  2. 2)こうした潜在労働投入量の減少は、資本蓄積のパスにも影響を与える可能性がある。消費から得られる消費者の一人あたり効用を最大化するよう消費、貯蓄、資本蓄積、生産が同時に決定されるという「最適成長モデル」の枠組みに基づいて、潜在労働投入量の減少が潜在成長率に与える影響を試算すると、貯蓄率の低下に伴い資本蓄積のペースが鈍化する結果、潜在労働投入量の影響のみを考慮した場合に比べ、より成長率が押し下げられることとなる(2025年までの間の年平均で、ベース・ライン対比、潜在労働投入量の押し下げ寄与は-0.51%ポイントであるのに対し、資本投入量の減少も含めたトータルの寄与は、一国モデルのケースで-0.85%ポイント、開放モデルのケースで -0.76%ポイント)。
  3. 3)こうした状況の下で、今後とも経済成長の源泉として重要と考えられるものが技術進歩である。技術進歩のためのインプットである研究開発支出(R&D)の動向をみると、80年代のとくに前半における、エレクトロニクス分野を中心とする企業の積極的な研究開発支出とそれによる知識ストックの蓄積は、その後の新たな成長の源泉になっていた可能性がある。しかし、90年代入り後は、(1)研究開発支出が長期に亘って抑制されるとともに、(2)80年代にみられたような研究開発分野の多角化が止まり、さらには、(3)研究開発の生産誘発効果が低下しているなどの現象がみられている。こうした90年代の動向からみる限り、先行きのわが国の成長を考える上で、技術進歩の寄与に決して楽観はできない。
  4. 4)以上の点を踏まえ、今後の政策課題について考えてみると、まず潜在労働力を高める観点から、女性や高齢者への就業機会の提供を促す仕組みについて議論を深める必要がある。また、今後の税制や社会保障制度のあり方を論ずる際、女性や高齢者の潜在的就業意欲を生かすという視点も必要となろう。技術進歩については、わが国の技術水準が概ね先進国へのキャッチアップを遂げた一方、グローバル規模の激しい技術開発競争がみられる中で、今後はいかにして「ブレイク・スルー型」の技術開発ができるかがポイントとなる。そのためには、より基礎研究が重要となり、今後は、これまで民間主導であった技術開発に対する公的支援や産学協同体制の整備・充実が求められよう。また、規制緩和等の積極的な推進による競争促進や経営資源の移動を通じて、マクロ経済に占めるウエイトが高い国内非製造業を中心に、引続き経済全体の生産性向上を図ることも必要である。

なお、経済成長に影響を与える中長期的な要因には、マクロ経済政策、国際経済体制、環境・エネルギー問題等様々なものが考えられ、本稿で取り上げるのがその一部であることは、あらためて言うまでもない。

また、現下の経済情勢は総需要が総供給をかなり下回っている、すなわちGDPギャップが拡大していることに問題がある。したがって、当面は総需要の増加テンポをいかに高めるかにマクロ経済政策の主眼がおかれるべきであるが、長い目でみれば、労働供給の制約が経済成長のトレンドに何がしかの影響を及ぼすことは否定し難いと思われる。足元の経済主体の期待形成に人口動態の先行きのパスが影響を及ぼし始めている可能性−「過剰な反応」かもしれないが−のあることを考慮し、そのインパクトについて試算したのが本稿である。

  • 現実の経済成長に、いかなる要因がどれだけ寄与したかを明らかにするために考案されたのが、成長会計(Growth Accounting)の手法である。これは、成長の要因を、産出量の増加率(経済成長率)=α・資本ストックの増加率+(1−α)・労働人口の増加率+全要素生産性の増加率、ただしα:資本分配率、1−α:労働分配率、という式によって分解するものである。このうち全要素生産性の増加率は直接計測できないので、成長のうち資本、労働の寄与を除いた残差(いわゆるソロー残差)として、技術進歩の寄与度=実質GDP伸び率−資本投入量寄与度−労働投入量寄与度、により算出する。この手法によって、わが国の経済成長の要因を分解すると、60年代は資本投入と技術進歩が大きく寄与する形で「高度成長」を遂げたが、70年代以降その両者の寄与が半減する形で「安定成長」に移行した。90年代は両者の寄与がさらに落ち込んだ上、労働投入の寄与がマイナスに転化することによって「低成長」となっている。