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金融不安とマネー、実体経済、物価の関係について

1999年12月
木村武
藤田茂

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

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以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (cwp99j06.lzh 300KB [MS-Word]) から入手できます。

要旨

本稿は、97年秋から99年初にかけての金融経済動向とその後の景気展開について、「金融不安」にフォーカスをあてモデル分析を行ったものである。

 観測不能な金融不安を定量的に評価することは容易ではないが、本稿では、これを、「民間主体が直面する資金繰りに関する先行きの不確実性」と定義して、その定量化を試みた。不確実性の増大は、企業や家計の支出行動やマネーに対する需要を大きく変化させる。すなわち、北海道拓殖銀行や山一證券の経営破綻を発端とする金融不安は、企業の資金制約に関する不確実性を拡大させ、設備投資にマイナスのインパクトを与えた一方で、マネーの予備的需要(将来の不確実性に備えたマネー需要、所謂precautionary demand)を増大させたものと考えられる。このように、金融不安による不確実性の増大は、実体経済の活動を低迷させる一方で、マネー需要を増加させる結果、マーシャルのkの上昇を引き起こす。precautionary demandに基づくマネーは、実体経済活動(transaction)には結びつかないため、それに支えられたマーシャルのkの上昇については、その分を割り引いてみる必要があるものと考えられる。

 本稿の分析では、TARCH(Threshold AutoRegressive Conditional Heteroscedasticity)モデルと呼ばれる時系列分析の手法を用いて、短観の資金繰りDIから、金融不安に伴う不確実性を推計・抽出する。わが国では、97年秋に発生した金融システムショックのように、金融不安によって経済主体の直面する不確実性が増大するような事態は、過去においては殆ど存在しなかったものと考えられるが、TARCHで推計した不確実性は、まさにそうした特徴を浮き彫りにしたものとなった。本稿の分析では、こうして推計した金融不安要因が、マネーと実体経済の長期均衡関係や、マネーと物価の関係にどのような影響をもたらしたのか、あるいは今後もたらし得るのかを、明らかにする。得られた結論は、以下の通り。

  • (1)従来から、マネーサプライと名目GDPの間には、安定した長期均衡関係が存在することが指摘されてきた。実際、多変量誤差修正モデル(Vector Error Correction Model、以下VECM)を用いて検証したところ、金融システムショックが発生する97/3Qまでの過去20年間のデータによれば、両者の間に長期均衡関係が存在することが確認できる。しかし、金融不安要因の存在を考慮せずに、97/4Q以降のサンプルを含めVECMを延長推計してみると、長期均衡関係の存在が否定されるようになった。
  • (2)一方、TARCHを用いて推計した金融不安要因を、VECMに取り込んで推計してみると、97/4Q以降のサンプルを含めても、マネーとGDPの長期均衡関係は安定的に存在することが確認できた。これは、金融不安要因の導入によって、マネーに対するprecautionary demandの可変性を説明可能にしたためである。
  • (3)推計したマネーとGDPの長期均衡関係をもとに、マネーギャップ(マネーの長期均衡値からの乖離率)を算出した。これによると、金融不安要因の増加により、98年中のマネーギャップは見かけ上、かなりのテンポで拡大するが、同要因を調整(マネーのprecautionary demandの変化を調整)してみると、マネーギャップはかなり縮む。98年中のマネーギャップは、均してみると、過剰感は窺われず、概ね均衡状態にあったといえる。
  • (4)次に、マネーと物価の関係をみるために、金融不安要因を調整したマネーギャップを用いて、P※1モデルに基づいたインフレ関数を推計した。P※1モデルとは、物価の変動圧力について、財市場の需給(GDPギャップ)と貨幣市場の需給(マネーギャップ)の両者を勘案して、推計したものである。これによると、マネーギャップは、足許の(ごく短期の)インフレ率に対しては説明力をさほど有していないが、1年から1年半先のインフレ率に対しては高い説明力を有する(情報変数として有用である)ことが明らかとなった。マネーギャップが1年から1年半先のインフレ率に対して予測力を有する背景には、マネーギャップがGDPギャップに対して1年半程度の先行性を有していることが影響している。つまり、マネーギャップの拡大は、金融緩和の効果を通してラグを持ちつつ実体経済に影響を及ぼし、これが、GDPギャップとインフレ率の相関(フィリップス曲線)を経由することによって、マネーギャップのインフレ率に対する先行性が導かれることになる。
  • (5)以上のマネー、GDP、物価の関係を踏まえ、99年入り後金融不安が減退していることの影響について考察する。TARCHを用いて推計した金融不安要因は、99/2Qにおいて、金融システムショック発生前のレベル(97/3Q)とほぼ等しい状態になっており、これは、金融機関に対する公的資金投入や日本銀行のゼロ金利政策が効を奏したものと評価できる。金融不安の減退は、マネーに対するprecautionary demandの沈静化を促すが、これはマネーギャップの拡大につながり、次第に景気に対してポジティブな効果をもたらしていく可能性がある。すなわち、マネーギャップの拡大は、ターム物まで含めた金利の低下や、潤沢な流動性の供給に支えられた株価の上昇など、既にその効果は一部でみられてきており、今後そうした効果と相俟って、企業や家計の支出活動が活発化していけば、実体経済にもプラスの影響がでてくる可能性がある。実際、VECMを用いたシミュレーションを行ってみると、金融不安の減退が、マネーギャップの拡大をもたらし、99年後半から2000年にかけて、実質GDPを持ち上げる方向に作用することが確認できる。こうした実体経済の動きは、P※1モデルから示唆されるように、物価に対してもデフレ圧力の緩和として作用していくものと考えられる。なお、この間、実体経済の回復の一方で、金融不安の沈静化により、マネーに対するprecautionary demandが減少するため、マネーの伸びが鈍化する、すなわち、マネーが実体経済と逆方向に働き得ること(=マーシャルのkの低下)については留意しておく必要があろう。
  • (6)また、上記VECMのシミュレーションに基づいた景気の見通しが、どの程度現実的なものかに関しては、不確定な要素も多々あり、慎重に見極めていく必要がある。すなわち、VECMで描かれる上記の前向きな力の一方で、モデルでは捉えていない種々のマイナス要因、例えば、雇用不安(失業増)による消費マインドの下押し圧力や、わが国経済の持つ構造問題(貯蓄・投資バランスの失調)などが、景気の下押し圧力として作用することに留意していく必要がある。今後も、このような多面的な要素を踏まえつつ、マネーの持つ情報をどのように景気判断に活かしていくべきか、検討を重ねていくことが重要であろう。