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インフレの不確実性とインフレ率水準の関係

2000年 6月
木村武
種村知樹

日本銀行から

日本銀行調査統計局ワーキングペーパーシリーズは、調査統計局スタッフおよび外部研究者の研究成果をとりまとめたもので、内外の研究機関、研究者等の有識者から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、論文の中で示された内容や意見は、日本銀行あるいは調査統計局の公式見解を示すものではありません。

なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに関するお問い合わせは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (cwp00j10.pdf 345KB) から入手できます。

要旨

 わが国では、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢にはなお至らない中で、社会にとって望ましいインフレ率(=中央銀行が目標とすべきインフレ率)とは何%程度なのかについて、関心が高まっている。金利のゼロ制約や賃金の下方硬直性の存在を考慮すると、ゼロインフレよりは、ある程度プラスのインフレの方が望ましく、さらに、そうした制約等を完全に回避しようと思えば、数%以上のインフレが必要と考えることもできよう。また、期待インフレ率を高め、実質金利の低下を促すことにより経済を回復させようとする調整インフレ論者からみれば、やはり、数%以上のインフレが望ましいということになろう。しかし、望ましいインフレ率について議論する際には、インフレのコストについても考慮する必要があり、インフレの糊しろをできるだけ多めにとろうという考えは明らかに単純に過ぎる。

 本稿の目的は、インフレのコストとして、インフレの不確実性を取り上げ、これが、インフレ率水準とどう関係するのか実証することにある。インフレの不確実性の増大は、所得や富の強制的な再分配を招くほか、リスクプレミアムの上昇による金利の上昇などを通じて、経済主体による消費や貯蓄、投資、借入の意思決定に歪みをもたらすと考えられる。このため、インフレ率水準とインフレの不確実性の間に正の相関があれば、望ましいインフレ率は、インフレの不確実性を抑制するためにできるだけ低い方が望ましいということになる。

 本稿の具体的な分析アプローチは、State-Dependent ARCH(SD-ARCH:状態依存・自己回帰型条件付分散不均一モデル)と呼ばれるモデルを、複数のタイプのインフレ関数(フィリップス曲線型、自己回帰型)に適用し、インフレの不確実性を実際に推計することによって、これとインフレ率水準との関係を定量的に調べようというものである。

 本稿の実証分析から得られた主な結論は、以下の通り。

  1. (1)1960年代、1970年代以降の長期時系列を用いて分析した結果、インフレ率の上昇(低下)はインフレ率の不確実性を増加(減少)させることが確認できた。したがって、インフレの不確実性の観点からすると、インフレ率は低い方が望ましく、金利のゼロ制約や賃金の下方硬直性を完全に回避するために、インフレの糊しろを多めにとることや、調整インフレ政策には、コストが伴うことを十分認識する必要がある。
  2. (2)インフレの不確実性を最小にするという意味での最適インフレ率(注)は、ゼロ近傍にあるが、必ずしも物価指数上のゼロインフレとは対応していない。GDPデフレータとCPIに関しては、多少のプラスのインフレ率が望ましいとの推計結果が示された。一方、WPIの最適インフレ率にはかなりの幅があるが、マイナス領域にあることは確からしいと言える。物価指数によって最適インフレ率の符号が異なることに関して、確たる理由を見出すことは困難であるが、仮説としては、指数の計測誤差・上方バイアス(CPIの最適インフレ率がプラスの理由)や技術進歩率の格差(WPIの最適インフレ率がマイナスの理由)を指摘できよう。なお、いずれの指数の最適インフレ率についても、十分な幅をもってみる必要がある。なぜなら、最適インフレ率をゼロから乖離させる理由が、指数の計測誤差や技術進歩率であるならば、これらの要因が変動し得る以上、最適インフレ率もまた変化し得るためである。
  3. (3)インフレ率が比較的安定的に推移するようになった1980年代以降のサンプルに限った場合には、対象とする物価指数や推計モデルによって、インフレ率の水準と不確実性間の相関の有無に関して、異なる結果が得られた(WPIとCPIに対してフィリップス曲線型のインフレ関数を適用した場合、相関は確認できない)。しかし、WPIやCPIに比べより包括的な物価指標であるGDPデフレータについては、(1)推計モデルに拘わらず、インフレ率の水準と不確実性間の相関が確認できるほか、(2)サンプル期間の始期を1980年代末期にまでスライドさせていっても、最適インフレ率(1%前後)の存在が統計的に確認できた。こうした点を踏まえると、一部の推計結果において、インフレ率の水準と不確実性間の相関が確認されなかったことをもって、「インフレ率の変動が比較的安定した範囲なら、どのインフレ率水準でも不確実性は同じである」と考えるのは早計であり、むしろ、「インフレが安定化した80年代以降においても、両者の間には引続き相関がある」可能性が高いといえよう。
  • 本稿では、インフレの不確実性(予期せざるインフレのコスト)を最小化するインフレ率を、便宜上「最適インフレ率」と呼ぶこととするが、これは、(1)予期されたインフレのコストなどを含む「インフレの全コスト」を最小化するインフレ率や、(2)金利のゼロ制約や名目賃金の下方硬直性を考慮した場合の最適インフレ率を示したものではないことに留意。あくまで、インフレの不確実性単体を最小化するという観点から計算したインフレ率を指したものである。