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日本銀行の金融調節の枠組み

(本文その5)

4.ゼロ金利政策の下で寄せられた金融調節上の疑問

1999年2月12日、政策委員会の金融政策決定会合は、いわゆる「ゼロ金利政策」を採択しました。それ以降日本銀行は、「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す」というディレクティブに沿って大量の資金供給を継続し、翌日物金利を0.02~0.03%の事実上のゼロ金利で安定的に推移させています。
しかし、無担保コールの翌日物金利を事実上ゼロ%に維持するため、法定準備需要を1兆円ほども上回る大量の資金供給を継続してきた結果、民間金融機関の日銀当座預金残高の構成に、次のような大きな変化が生じています。まず、準備預金制度の適用先金融機関に多額の超過準備残高が恒常的に存在するようになりました。また、準備預金制度の非適用先金融機関が多額の日銀当座預金残高を恒常的に保有するようになっています。従来は、このような超過準備残高や準備預金制度非適用先の日銀当座預金残高は、極めて少額に止まっていました35。このため、「準備預金残高」は積み期の平均でみれば法定所要額にほぼ等しく、かつ「日銀当座預金残高」ともほぼ同水準でした。しかし、ゼロ金利政策実施以降は、超過準備額や準備預金制度の非適用先の当座預金残高が増大したことに伴い、法定所要準備額<準備預金残高<日銀当座預金残高という状態が恒常化しています(図表4)。

<図表4>法定準備額、準備預金残高、当座預金残高の関係の変化 ――1日当たり平均残高(億円)
1997年4~9月   1999年4~9月
34,026 法定所要準備額 38,576
 
<88> <超過準備残高> <2,893>
 
34,114 準備預金残高 41,469
 
<48> <準備預金非適用先当預残高> <5,339>
 
34,162 日銀当座預金残高 46,808

こうした中で、ゼロ金利政策実施以降、市場関係者の一部から、日本銀行の資金供給スタンスに関する誤解が生じたり、日本銀行が公表する金融調節関連情報の信頼性に関する疑問が寄せられたりするようになっています。本章では、そうした疑問点等について説明します。

  1. 35 超過準備や準備預金制度非適用先の当座預金残高は、1997年秋から1998年末にかけて金融システム不安が増大した局面では、若干増加しましたが、それでも1日平均でみれば、いずれも1,000億円未満に止まっていました。

(1)日々の積み上幅のシグナル化

歴史的にみても極めてユニークな「ゼロ金利政策」は、従来日本銀行の金融調節をさほど注視していなかった短期金融市場以外の市場関係者や海外の市場関係者も含め、極めて多くの先の関心を、日々の金融調節に引きつけるようになりました。この結果、「政策委員会の定めるディレクティブの達成」という金融調節の役割が十分に理解されないまま、「積み上(下)幅」という日本独特の開示情報が、いわば「豊富な資金供給」の度合いを示すバロメーターとして注目される結果を招きました。とくに、日本銀行が、確実にゼロ金利を達成するために、事後的にみれば、常に所要準備額を1兆円ほども上回る大量の資金供給を続けてきたこともあって、市場では、「積み上幅」の変化が、ある種の政策的意味を持つシグナルとして誤解されている面が少なからずあるようです。

しかしながら、既に述べたように、無担保コール翌日物金利の具体的な誘導水準がディレクティブで示される以上、日々の金融調節額の変化や「積み上幅」には政策的な意味はありません。日本銀行が、これまで日々の積み上(下)幅のアナウンスメントを継続してきたのは、市場参加者の利便性に配意したものです。

(2)金融調節関連データの信頼性に関する疑問

日本銀行が日々公表する資金過不足の予測と「準備預金の残り所要対比」で資金供給の多寡をみるという手法は、前述のとおり、(a)積み期間トータルでは超過準備が発生しないこと、(b)日本銀行による資金供給が準備預金制度の適用先のみに保有されること、が前提となっています(3章(5)D参照)。

しかし、ゼロ金利政策実施以降は、無担保コール翌日物金利が事実上ゼロ%で推移するよう、法定準備需要を大きく上回る資金を供給しているため、準備預金制度の適用先に超過準備が恒常的に存在し、同時に、短資会社等準備預金制度の非適用先金融機関に資金供給額の相当部分が保有されるなど、そうした前提が崩れています。この結果、夕方発表される翌営業日の資金過不足額の予想や、当日9時20分にアナウンスされる「積み上幅見込み額」と、これらの実績が大幅に乖離する現象が恒常的に生じています(図表5)。また、昨年12月末にかけては、日本銀行が、コンピューター2000年問題対応として、極めて大量の資金を供給する中で、上記のような乖離が一段と拡大するという事態も生じました。このような予想と実績の乖離は、「日本銀行の予測精度が低下したのではないか」とか、「日本銀行は実際には十分に資金供給を行っていないのではないか」といった誤解を一部で招いています。

こうした予測と実績の乖離が生じるのは、次の事情によるものです。

  1. (a)資金過不足額の予想と実績との乖離は、予想段階では、財政等要因の中に前日の超過準備残高と準備預金非適用先当預残高を、支払要因(余剰要因)として全額算入しています(これらが全額市場に放出されると仮定)36が、実際には、市場に常に豊富な流動性が存在する下では、その日も再び超過準備等として保有されることが多いことによるものです。
  2. (b)また、朝9時20分にアナウンスする「積み上(下)幅の見込み額」と実績との乖離は、(a)と同様、「金融調節による資金供給がすべて有効に準備預金制度の適用先金融機関によって保有される」という前提が実現せず、資金供給額の大半が超過準備や準備預金制度の非適用先金融機関の当座預金として保有されることによって生じるものです。
<図表5> 資金過不足等の予測と実績の乖離(億円)
  1999年11月積み期平均 12月積み期平均
資金過不足(-)予測(a) 5,800 81,100
同 実績(b) -3,200 -3,600
乖離幅(a-b) 9,000 84,700
積み上(下<->)幅見込み(c) 10,200 107,000
同 実績(d) -100 8,600
乖離幅(c-d) 10,300 98,400
  • 積み期とは、当月16日から翌月15日までの1か月間。

このように、資金過不足額等の予測と実績の乖離は、超過準備や準備預金制度の非適用先当座預金の計数処理に伴う技術的なものであり、日本銀行が行う資金過不足の予測精度がゼロ金利政策以降低下している訳ではありません。資金過不足額から超過準備等の金額を除いたベース(本来の銀行券要因と財政等要因の合計額)で予測と実績を比較すると、乖離は平均1,000億円程度と、ゼロ金利実施前後でほとんど変わっていません(図表6)。

<図表6>資金過不足(超過準備等を除くベース)の1日平均予測誤差(億円)
  1998年3~11月 1999年3~11月
銀行券要因 350 290
財政等要因 740 940

また、朝方には1兆円程度の「積み上幅」見込み額が、実績では小幅の積み上ないしは積み下に下振れる点についても、金融調節による資金供給額が準備預金制度の適用先以外の金融機関や積み終了先に保有されるからであり、金融調節で十分な資金を供給していない訳ではありません。実際、超過準備や準備預金制度非適用先の保有資金も含む当座預金残高をみると、実績ベースでも、ほとんどの日において、残り所要準備額(3~4兆円の間で変動)を1兆円以上上回る資金供給を行っていることがわかります。また、実績ベースで積み下」となる日でも、翌日物金利が上昇することは全くありませんが、これは、金融調節で市場に対して十分な資金供給がなされており、市場参加者もそれを認識していることの証左であると考えられます。

  1. 36 民間金融機関が、利息の付かない超過準備や準備預金制度非適用先の当座預金残高をある日の業務終了時点で保有したとしても、翌日は準備預金制度の適用先に対して有利子で全額放出するはず、との考え方に基づきます。

(3)大量の資金供給継続に伴う「残り所要準備額」の急減

「積み上幅」は、準備預金残高と、翌日以降の残り所要準備額との差額を表わす可変的な数値です。大きな「積み上」を形成する金融調節を行い、かつそれが法定準備需要を満たす資金として有効に保有された場合には、残り所要額が急速に縮小することになります。毎日、残り所要準備額を1兆円ほども上回るような大量の資金供給を継続すると、積みの進捗状況によっては残り所要準備額が大幅に減少し、積み上1兆円となるような金融調節を行っても、資金決済需要を充足できない水準まで資金預金残高が減少する可能性があります。

仮に、積み上1兆円の資金供給が、準備預金制度の非適用先による保有などがなく、準備預金制度適用先の法定準備に有効に積まれていく場合を想定してみましょう(図表7)。積み初日に準備預金残高5兆円でスタートすると、残り所要準備額は20日目に2.9兆円(準備預金残高3.9兆円)、30日目にはゼロ(準備預金残高1兆円)になります。この場合、準備預金残高が1兆円では、資金決済需要を充足できず、翌日物金利が上昇するおそれがありますので、残高を例えば3兆円にするような金融調節を行うと、積み上幅は3兆円に拡大します。こうした大幅な積み上幅の拡大は、市場参加者がこれを緩和スタンスの強化と解釈するなどの誤解を招きかねません。

<図表7>積み上幅と残り所要額・準備預金残高の関係(兆円)37
積み上幅 1日目 15日目 20日目 30日目
1兆円 残り所要      
4.0 3.3 2.9 0.0
準預残高      
5.0 4.3 3.9 1.0
2兆円 残り所要      
4.0 2.6 1.9 0.0
準預残高      
6.0 4.6 3.9 2.0
3兆円 残り所要      
4.0 2.0 0.8 0.0
準預残高      
7.0 5.0 3.8 3.0

上記の問題は、ゼロ金利政策実施当初から存在していましたが、日本銀行による大量の資金供給の相当部分が、偶々準備預金制度の非適用先や積み終了先に保有され、実際には積みがさほど進捗しない事態が続いてきたため、問題が顕現化していませんでした。しかし、昨年12月積み期(12/16~1/15日)は、コンピューター2000年問題に伴う民間金融機関の流動性保有需要増大に対応するため、昨年末に巨額の積み上(22.6兆円:12/30~1/3日の5日間滞留)を形成する金融調節を実施した結果、12月30日以降、朝方の金融調節通知時点での残り所要準備額が計算上ゼロとなりました38。この結果、昨年末以降、市場参加者等の一部では、正確な積み上幅が計算できなくなったり、日本銀行の金融調節スタンスが変化したとの見方が生じるなど、若干の混乱が生じました。

  1. (a)残り所要準備額ゼロの場合の積み上幅の計算方法を巡って混乱が生じ、とくに12月30日の積み上幅予想に関し多くの照会が寄せられたほか、一部では誤った計数が報じられました。
  2. (b)年初に2000年問題を無事乗り越えた後、日本銀行は、昨年末までに供給した超過的な流動性の吸収を開始しましたが、その吸収ペースが海外中銀に比べて遅いとの見方から、「量的緩和への転換ではないか」、「円安誘導ではないか」との誤解が外国為替市場の一部などで生じました。そもそも、昨年末にかけての日本銀行の資金供給額が他国に比べ極めて多額に上ったため、年初の余剰額吸収にある程度の時間を要したことは事実です。しかし、「吸収ペースが遅い」との印象は、通常4兆円程度存在する残り所要準備額が昨年末以降ゼロになっていたため、年明け後1月15日までの積み上幅が、計算上大き目に出ていたことも影響していると思われます。
  1. 37 平均所要準備額4兆円、積み期間30日として計算。
  2. 38 積み上幅は、準備預金残高と残り所要準備額との差額であるため、残り所要準備額がゼロになると、理論上、本行の資金供給額(=準備預金残高)がすべて積み上幅となります。

(4)オペレーションの札割れ

日本銀行は、ゼロ金利政策実施以降、所要準備額を1兆円ほども上回る大量の資金供給を続けてきました。この結果、企業や家計の資金需要が低迷を続ける中で、金融機関には、「いつでも市場には十分な流動性がある」との安心感が広がり、民間金融機関の資金調達意欲は大きく減退しています。こうした状況を反映して、1999年6月から9月にかけて、日本銀行の手形買入オペレーション等で、応募額が入札予定額に満たない「札割れ」が相次いで発生しました(図表8)。日本銀行が、豊富な資金供給をギリギリまで押し進めている証左とみなしてよいと思います。

こうした札割れは、コンピューター2000年問題を背景とする流動性リスク不安の増大等から、昨年10月以降本年1月にかけて一時的に解消しました。それどころか、民間金融機関の超過的な流動性保有ニーズが最も強まった昨年末には、日本銀行が、残り所要準備額を20兆円余も上回る史上最高額の資金供給を行っても、札割れは生じませんでした。つまり、現在の日本銀行の金融政策方針は、資金需要が高まった際には、いくらでも資金供給を行うとの積極的な姿勢にあるし、またそれが可能であることが確認されたと言えましょう。しかし、2000年問題を無事乗り越えると、金融機関の資金調達意欲は再び大きく減退してきており、本年1月末以降、先日付スタートのオペレーションの札割れが再び生じています。それでも、無担保コール市場の翌日物金利が、0.02~0.03%程度で安定的に推移している状況に変わりはありません。

<図表8>オペレーションの札割れ発生回数
  手形買入 社債等担保
手形買入
CP買い現先 短期国債
買い現先
国債借入
(レポ)
1999年6~9月 9回 1回 1回 1回
2000年1~2月 1回 5回 1回
  • 2月10日までの計数。