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本邦国債市場における市場参加者行動と価格決定メカニズム

98年末から99年中の市場の動きを理解するために

2000年 3月14日
重見庸典*1
加藤壮太郎*2
副島豊*3
清水季子*4

日本銀行から

日本銀行金融市場局ワーキングペーパーシリーズは、金融市場局スタッフ等による調査・研究成果をとりまとめたもので、金融市場参加者、学界、研究機関などの関連する方々から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、 論文の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融市場局の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問合せは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (kwp00j04.pdf 975KB) から入手できます。

  1. *1日本銀行 金融市場局 金融市場課E-mail: yousuke.shigemi@boj.or.jp
  2. *2日本銀行 金融市場局 金融市場課E-mail: yousuke.shigemi@boj.or.jp
  3. *3日本銀行 金融市場局 金融市場課E-mail: yutaka.soejima@boj.or.jp
  4. *4日本銀行 金融市場局 金融市場課E-mail: tokiko.shimizu@boj.or.jp

要旨

 国債市場における市場流動性・効率性の向上は、円金利体系のベンチマークイールドとなる国債利回りが市場実勢を反映し歪みなく決定されていく上で、極めて重要な課題である。また、効率的な国債市場の存在は、金融政策遂行上の観点からも、(1)市場参加者の金利観を映じたreliableな金利情報を得るため、(2)国債関連オペレーションを通じた円滑な金融調節を遂行するため、必要である。しかし、現在の国債市場を巡っては、マーケット・ストラクチャーの側面あるいは市場参加者行動等の側面から様々な問題点が指摘されており、ストレスに対しても脆弱な市場体質となっている。特に99年夏には、レポ市場におけるショック等を切っ掛けに、国債市場全般に亘る広範な流動性低下に発展するといった現象が観察されたことは記憶に新しい。
 本稿では、最近の本邦国債市場において顕現化した種々の現象について、その背景にある市場参加者のビヘイビアとインセンティブの関連に着目し、市場流動性に与えた影響を整理した。具体的には、市場参加者が直面した諸問題、それに伴うマーケット・メイク機能の低下(プライシングの困難化および収益面への影響等)について、金融市場局が実施したアンケート調査やヒアリング内容、独自に行った定量分析に基づいて整理・検証を行った。
 予めポイントを纏めると、以下の通り。

(市場動向<マクロ・ダイナミクス>とその背景<ミクロ・メカニズム>)

マクロ・ダイナミクス

 98年秋から年末にかけて国債需給に関する懸念が強まる中で、資金運用部の資金運用に関する要人発言等を切っ掛けに、98/12月には1ヶ月で105bpsという過去20年間で最大のマグニチュードで長期金利が上昇した。99/6月には債券先物の限月交替のタイミングが大幅にずれ込む中、最割安銘柄の突然の交替が発生し、対象銘柄の貸借料率が1%超まで拡大するという混乱が発生した。さらに99/8月には、最割安銘柄が流動性に問題を抱える超長期国債になることを忌避する動きと、Y2K問題を背景とするレポ市場の機能低下を背景に、最割安銘柄の貸借料率が2%を超えて急拡大したこと等から、現物・先物・レポ市場間の裁定関係、市場流動性が急激に低下した。

ミクロ・メカニズム

 上記マクロ動向の背景には、98年夏のLTCM危機等を切っ掛けに裁定取引を行う市場参加者の退出傾向が強まったことがある。こうした市場参加者による市場流動性提供能力の低下により、構造的問題が再び浮き彫りになったといえる。すなわち、現物市場の流動性の問題やY2K問題に絡む期待の不安定化というショックに対して、先物偏重の価格形成やレポ市場の未成熟といった本邦国債市場が抱える脆弱性が顕現化し、ヘッジ効率の低下、在庫リスクの上昇を通じ、マーケット・メイク業務に伴うコストが増大した。その結果、市場流動性の低下を補うマーケット・メカニズムが働かず、一段と市場流動性が低下していくというプロセスが展開したと理解できる。この間、従来指摘されていた最終投資家の価格感応度の低さも、市場内部での流動性創造メカニズムが機能しなかった一因と考えられる。

ミクロ・メカニズムの検証

 上記のような市場環境の変化の下で、業者の多くは、従来の手法に基づいたプライシングの限界に直面することとなった。大方の業者が採用しているプライシング手法は、(1)隣接する現物価格に基づくもの、(2)先物価格から算出される最割安銘柄価格に基づくもの、(3)スワップ等他市場のイールド情報に基づくもの、に大別される。これらの手法のパフォーマンスを検証したところ、99/6〜9月の先物市場およびレポ市場の混乱時期には先物およびスワップを基準としたプライシング手法のパフォーマンスが悪化する一方、隣接する現物を基にプライシングを行う手法のパフォーマンスが相対的に向上する結果となり、アンケート調査等で得られた市場の声と整合的な結果となった。
 また、業者のプライシング行動および投資家の保有行動を考える上では、「個別銘柄の特性・属性に起因するバイアス」について考慮する必要があり、この点についてスプライン関数を用いて検証を行った。この結果、流動性の高い新発債近辺の銘柄についてはバイアスは小さい一方、最割安銘柄近辺の銘柄は先物に引き摺られる形で割安に、最割安銘柄前後の銘柄は反動から割高にプライシングされる傾向が強いこと、207回債等に代表されるいわゆる「ロー・クーポン債」は、流動性の低さも影響し、大幅な割安にプライシングされる傾向があることが観察された。

今後の課題

 本稿で行なった一連のスタディーの結果、ボラティリティの上昇、裁定関係の悪化、市場流動性の低下といったマクロ的市場現象の背後には、市場参加者のヘッジ行動やプライシングの困難化に伴うポジションの縮小、マーケットメイク機能の低下といったミクロなメカニズムが働いていることが判った。また、多様な市場参加者のミクロな行動の集積として決定される市場価格や流動性といったマクロ的な市場環境が、逆に、市場参加者各々のインセンティブ、ひいてはビヘイビアに影響していたことも明らかになった。
 ここから次の2つの課題が導かれる。第1に、今後本邦国債市場の機能向上に取組むに当たっては、現物・先物・レポ市場の関係がバランスのとれた形で強化されるとともに、市場内部の流動性供給機能を阻害する要因を取り除く方向で取組むことが重要である。第2に、マクロ的現象をモニタリングする際には、その背後にあるミクロのメカニズムとのインタラクション、ひいては市場機能の状況に関する理解を向上させることが重要であり、このための分析能力・体制の整備が不可欠である。こうした取組みを通じて目指すものは、本行の政策運営上欠かせない前提である市場実勢を反映した金利情報の確保であり、金融調節の有効性の向上である。市場参加者や関係当局とともに本行としてもこうした取組みに積極的に関与していくことが重要と考えられる。