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中堅中小企業ファイナンスに関する理論的分析の視点

2000年 7月26日
慶應義塾大学経済学部教授
塩澤修平 *1

日本銀行から

日本銀行金融市場局ワーキングペーパーシリーズは、金融市場局スタッフ等による調査・研究成果をとりまとめたもので、金融市場参加者、学界、研究機関などの関連する方々から幅広くコメントを頂戴することを意図しています。ただし、 論文の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融市場局の公式見解を示すものではありません。
なお、ワーキングペーパーシリーズに対するご意見・ご質問や、掲載ファイルに対するお問合せは、論文の執筆者までお寄せ下さい。

以下には、(要旨)を掲載しています。全文は、こちら (kwp00j11.pdf 91KB) から入手できます。

  1. *1慶應義塾大学経済学部教授 E-mail: shiozawa@econ.keio.ac.jp

(要旨)

 中堅中小あるいは新興企業ファイナンスに関する理論的分析の視点を検討する。ミクロ経済学的視点として(1)中堅中小・新興企業の観点からの資金調達手段の選択の問題、(2)金融機関のビジネスの可能性という観点からの中小・新興企業への金融の問題、(3)一般投資家の資金運用手段の多様化、(4)資金調達市場のあり方ならびに情報の不完全性・非対称性を原因とする「逆選抜」の問題、などがある。またマクロ経済学的な視点として、中堅中小・新興企業ファイナンスのあり方が及ぼす、経済成長、経済構造への影響の検討が挙げられる。
 中堅中小・新興企業とくに新興企業については、株式公開の際のキャピタル・ゲインを目的とした金融機関の出資行動も考えられるが、本稿では負債金融(デット・ファイナンス)を対象として考察し、プロジェクトが成功した場合にそこからあがる収益によって元利が返済される場合を主として想定する。中堅中小・新興企業の特質としては(1)多様性(2)情報収集における困難さ(3)小規模性、などが挙げられる。これらの特質から、中堅中小・新興企業ファイナンスは、期待される収益に対して、審査・調査費用が相対的に高く、個別企業に対し銀行などからの融資という形では、一般には事業として採算が取りにくい。そうした状況では、市場参加者にとっての公共財的な、あるいは限定された主体が共同消費するクラブ財的な役割をもつ社会的なインフラストラクチャー整備が、きわめて重要な社会的意義をもつ。
 優良な中堅中小・新興企業を育成することは、社会的厚生の観点からも大きな意味をもつ。ますます多様化してゆくさまざまなニーズに迅速に対応することは中堅中小・新興企業の社会的役割でもあり、優良な中堅中小・新興企業の発展による経済構造の変化は、GDPの増加だけでなく社会的厚生の増加にも直接結びつくものである。しかしそうした企業に対する融資がビジネスとして成立するためには、審査・調査費用が相応の水準になければならない。また、情報が不完全な市場では逆選抜が生じ、優良企業の方が退出してゆく傾向をもつ。そうした状況を排し、優良な企業と資金提供者の参加を促進するためには、社会的なインフラストラクチャーの整備が求められる。適正な社会的なインフラストラクチャーは、(1)投資家にとっては選択の基準を獲得しやすくする、(2)優良な中堅中小・新興企業にとっては逆選抜を避ける、(3)金融機関にとっては審査費用の低下を通じてビジネスの拡大をもたらす、といった意味もつ。これらの点と、インフラ整備に必要な費用負担の問題を総合的に判断していくことが肝要であろう。