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名目硬直性の内生的変動と金融政策

2008年6月
木村 武*1
黒住卓司*2
原 尚子*3

要旨

 金融政策の有効性は、名目硬直性に依存しており、金融政策ルールの研究など既往の政策分析は、名目硬直性を取り込んだニューケインジアン・モデルをベースにしている。多くの政策分析において重要な前提は、名目硬直性を所与とし、政策運営スタンスの変更によっても、硬直性の程度を一定不変として扱うということである。しかし、近年の実証分析によれば、名目硬直性の一定不変という前提は現実には満たされておらず、政策レジームの変化によって、硬直性の度合いが変わり得ることが示唆されている。つまり、名目硬直性を所与とした金融政策分析は、いわゆる「ルーカス批判」を免れない可能性が高い。

 本稿は、カルボ型の粘着価格モデルを用いて、名目硬直性の程度を内生化し、政策分析を行ったものである。過去の研究において、数少ない例外として、名目硬直性が中央銀行のインフレ目標値(定常インフレ率)に応じて変わることを指摘したものが幾つかあるが、本稿では、所与のインフレ目標値の下で、金融政策ルールのパラメータ(インフレ率や産出ギャップに対する政策金利の反応度)の変化によって、名目硬直性の程度が変化し得る点にフォーカスしている。

 本稿の主な分析結果は、次の3つである。

 第一に、中央銀行が物価の安定に対してより積極的な金融政策を行うと、企業はコストのかかる価格改定の頻度を低下させる——つまり、価格の粘着性が強まり——、その結果、フィリップス曲線はフラット化するということである。これは、物価安定を重視してきた多くの先進国において観察される「フィリップス曲線のフラット化現象」を理論的に説明するうえで、重要な視点と考えられる。

 第二に、物価安定に積極的な金融政策は、企業の価格改定頻度を低下させることによって、産出ギャップの安定性を犠牲にすることなく、インフレ率の安定化を達成できるということである。これは、名目硬直性の程度が一定不変の場合、中央銀行が物価安定をより重視すると、インフレ率と産出ギャップの安定性にトレードオフが発生することと対照的な結果である。我々のモデルでは、価格改定頻度の低下によって、トレードオフの発生原因であるコストプッシュ・ショックが価格に与える影響が低下するため、物価安定重視の政策が、インフレ率と産出ギャップの両方の安定性につながり得る。この分析結果は、いわゆる"Great Moderation"が、"Good Policy"によってもたらされたとするバーナンキ現FRB議長(2004)の主張を理論的にサポートするものである。

 最後に、政策評価に際しては、金融政策の運営スタンスの変化が、価格改定頻度の内生的変動を経由して、経済厚生に影響を及ぼすルートを明確に考慮する必要があるということである。社会の厚生損失は、インフレ率と産出ギャップそれぞれの分散の加重平均で近似されるが、その加重平均ウェイトは価格改定頻度に依存する。このため、金融政策の運営スタンスの変化は、インフレ率や産出ギャップの分散変動のみならず、価格改定頻度の内生的変動による厚生損失上の物価安定のウェイト変化をも経由して、経済厚生に影響を及ぼし得る。我々のモデル分析によれば、政策金利を、産出ギャップに対して「適度に」反応させる一方、インフレ率に対しては「積極的に」反応させる政策運営が、経済厚生上望ましいとの結果が得られた。

  1. *1日本銀行金融市場局(E-mail:takeshi.kimura@boj.or.jp)
  2. *2日本銀行調査統計局(E-mail:takushi.kurozumi@boj.or.jp)
  3. *3日本銀行調査統計局(E-mail:naoko.hara@boj.or.jp)

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