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為替レートと原油価格変動のパススルーは変化したか

2009年11月
塩路悦朗*1
内野泰助*2

要旨

 本稿では、為替変動が輸出入物価に与える影響、すなわち前者が後者にパススルーされる程度が1990年代以降低下した、という仮説を検証する。また、為替や原油価格から国内物価へのパススルーについても同様の検証を行う。第一に、為替から輸入物価への影響に関しては、既存文献で1970〜80年代におけるパススルーが非常に大きかったことが報告されている。本稿はこれがこの時期に為替と原油の大きな変動のタイミングが一致したことによる見せ掛けの相関であった可能性を指摘する。第二に、為替・原油の国内物価へのパススルーについても、総合的な物価指数を見ている限り、原油を含む輸入原材料や中間財をもとに生産される財の比重が下がったから平均的な物価への影響が弱まったのか、それともこれら財の価格自体が為替や原油価格の影響を受けにくくなったのか、区別できない。本稿の特徴は財別の分析を行うことによってこれらの問題点を克服しようとしていることである。具体的な分析内容は以下である。

為替から輸出入物価へのパススルーについて

(1)輸入物価指数から原油等を取り除いた、「輸入物価指数(総合、除く原油)」指標を作成してVARを推定した。その結果、1990年以前・以後の為替の輸入物価に対するパススルーの推定値の差は大幅に縮小することがわかった。

(2)類別の輸出入物価指数を使ったVAR分析を行った。いくつかの類で為替から輸入物価へのパススルーの緩やかな低下を確認できた。さらに厳密な分析のため「類別名目実効為替レート(貿易額ウェイト)」という新しい系列を構築した。また、Ito, Koibuchi, Sato and Shimizu (2009)にならって「類別名目実効為替レート(契約通貨ウェイト)」を計算した。これらを用いて1990年以降のデータについて再計測を行った結果、通常の名目実効為替レートを用いた場合と比較して類によっては結果が大きく変わることがわかった。

原油価格・為替から国内物価へのパススルーについて

(3)各種国内物価指数を用いたVAR分析によりパススルー低下を確認した。

(4)原油依存度の高いプラスチック関係やガソリン価格を用いたVAR分析の結果、これらの財レベルで見ても為替・原油のパススルー低下が確認できた。

(5)次に産業連関表を用い、産業構造から予想される原油・為替のパススルー率を計算した。結果はVARで推定されたパススルー率の動きと整合的であった。これより、パススルー率低下の主因が各産業のコスト構造の変化にあることが確認される。そしてその変化の源泉は実質的な変化というよりも原油を初めとする輸入品価格の相対価格の変化にあったことがわかった。

経済分析担当の諸氏からこれまでいただいた多くの貴重なアドバイスに感謝する。また本稿の中間報告・草稿段階で門間一夫局長、粕谷宗久氏、関根敏隆氏、一上響氏をはじめとする多くの方々より重要なコメントを頂いた。物価統計担当の肥後雅博氏には物価データについて、また平形尚久氏から産業連関表に関して教えていただいた。また白塚重典氏から多くの有益なご示唆を頂いた。本研究を含むプロジェクトについて、Donghyun Park氏、橋本優子氏、佐藤清隆氏から詳細なコメントを頂いた。また、伊藤隆敏氏、小川英治氏とは本研究につながる貴重なディスカッションをさせていただいた。

  1. *1一橋大学経済学研究科 E-mail: shioji@econ.hit-u.ac.jp
  2. *2一橋大学経済学研究科博士後期課程、GCOEフェロー

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