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本店の敷地は「金座」の跡地という話は本当ですか?

現在の本店の敷地は、歴史上貨幣に縁の深い土地で、江戸時代に金吹所(きんふきしょ、鋳造工場)、金局(きんきょく、事務所)、世襲の御金改役(ごきんあらためやく)である後藤庄三郎光次(ごとうしょうざぶろうみつつぐ)の役宅―これらを総称して「金座」と呼びました―があった場所です。

「金座」とは、勘定奉行の支配下にあり、御金改役を長官として、幕府から大判を除く金貨鋳造に関する独占的な特権を与えられていた金座人と呼ばれる町人によって構成された、いわば半官半民の事業団体のことです。

「金座」以外の貨幣鋳造機関としては、「銀座」、「銭座(ぜにざ)」、「大判座」<大判の金貨鋳造>がありました。「金座」は明治 2年(1869年)、造幣局に吸収され廃止されました。

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